俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第1話

 世間には妹萌えという概念が存在するようだ。きっとその概念の創設者には、実際の妹がいなかったに違いない。

 

 実の妹がいる俺から言わせれば、妹なんてものは口うるさい恐ろしい生き物だ。確かに幼稚園や小学生の一時期は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と俺の後ろを追いかけて来る姿がとても愛らしいものだった。

 しかし月日は流れ、現在中学二年生の妹とくれば『兄さん、制服をソファーに投げっぱなしにしないで下さい。シワができるでしょう』や『お風呂から出たら、きちんと蓋をして下さい。お湯が冷めてしまいます』または『麦茶を飲んだのなら、冷蔵庫にちゃんとしまって下さい』など『お前は俺のお袋か!』とツッコミをいれたくなるくらいに口喧しい。

 妹の言い分もわかる。たしかに高校二年にもなって、制服と麦茶を放置して風呂の蓋閉め忘れる俺が悪い。しかし、待ってほしい俺も毎度毎度それらの事をやっているわけではない。普段はきちんと制服はハンガーに麦茶は冷蔵庫に風呂の蓋もちゃんと閉めている。たまたま忘れてしまうときがあるだけだ。そしてそれは人間誰しもある事だと思う。

 それを口喧しく注意されれば、ついつい『うっせーなー』くらい言ってしまうものだろう。しかしそれを言ってしまったが最後、まるで豚を見るような目で『兄さん、そこに座って下さい』と身体の芯から凍りつくような声で言われるのだ。

 もちろん俺も高二の男だ。中二の小娘に凄まれたくらいでは白旗はあげない。

 ……正座させられての説教一、二時間くらいどうって事ないのだ。

 妹相手に情けないって、うるさい! 何故かは知らないが、新垣京介は新垣あやせに絶対勝てない運命にある気がするんだよ。

 とにかく妹って奴は、とても口うるさくて本当におっかない生き物なんだ。妹萌え〜なんて言う人間の気がしれないね。

 一限前の数学で脳を使い過ぎたため、机に突っ伏して英気を養っていたところに『今期アニメは妹物が、良作だよなー』『そうそうやっぱり妹は萌えるよな』などと言う会話が耳に入ってきたため、ついつい益体も無い思考をしてしまった。

 やれやれ脳を休めるためにダラけていたのに余計に疲れた気がする。

 

「そうだ。妹こそ至高、まさに究極、瀬名ちゃんは俺の天使。お前もそう思うだろう新垣」

 

 馬鹿が話しかけて来た。

 

「突然話しかけてくるな。疲れているんだ、放って置いてくれ。それに妹なんざぁ、小うるさいだけだ」

「何を言っているんだ新垣、お前にも可愛い妹がいるだろう。それをうるさいだなんて嘆かわしい」

 

 赤城浩平、中学からの友人で実の妹がいながらその実妹に萌える。まさにシスコンの中のシスコンである。俺はなんでこんな奴の友人をやっているのだろう。

 

「うるせぇ、妹が可愛い訳あるか! ……外見は可愛いかもしれないが、あんな暴力的な妹は論外だ」

 

 思わず、妹あやせの姿を思い浮かべてしまった。

 新垣あやせ、現在中学二年生。その外見と落ち着きのある行動から大人っぽく、可愛いというより綺麗と表現が当てはまるタイプの女の子。例とするなら漫画なんかのクラスの美人委員長を思い浮かべてもらえばよいと思う。

 実のところ容姿は自分のタイプにドストライクなのだ。しかし『自分の妹が理想のタイプです!』こんなこと言えるわけがない。それこそまさにとんだシスコン野郎である。妹がタイプだということは精神の安定上認めることはできない。けれど美形ということは認めざるをえない。

 妹に美人だの理想の容姿など、それこそシスコンの身内贔屓な意見に思えるが、これは客観的な事実なのだ。妹は読モ、いわゆる読者モデルに選ばれるくらいには美人なのだ。

 だから俺が妹の容姿が可愛いと言っても、それは世間一般的な事実に基づいた意見で、赤城のように妹を天使に例えるようなシスコンとは違うわけだ。

 まあそれはさておき、あやせの姿を思い浮かべたときに天啓がひらめいた。

 委員長といえば、三つ編み。そして眼鏡、そう眼鏡だ!

 妹に眼鏡をかけたらとても似合うだろうということに気が付いた。

 今度、何とかしてかけてもらおう。たとえ土下座をしてでも……

 

「たしかに、あやせちゃん綺麗だもんね。ねぇ京ちゃん」

 

 もう一人会話に参加して来た。俺の貴重な休息時間がどんどん減っていく。

 俺を京ちゃんと呼ぶこの女は田村麻奈実、10年以上の付き合いを持つ友人、いわゆる幼馴染である。のんびりとした独特の天然テンポをしており、こいつといると非常に落ち着き心地良く感じる奴だ。

 だが、今回は妹の話題を供給しそうな麻奈実の参加は勘弁してほしいところだった。

 案の定、赤城の野郎が乗っかてきやがった。

 

「あぁたしかに新垣妹は可愛いよな。本当に新垣と血が繋がっているのか疑っちゃうよな」

「うるさい、ブ男で悪かったな」

 

 イケメンに言われると腹がたつ。赤城は容姿だけなら美形なのだ。認めたくはないが。まあせっかくの容姿も赤城のシスコンぷりを知ると、女子達は皆潮が引くように去っていく。残念イケメンという言葉がこれ程似合う奴もいない。

 

「そんなに卑下になるなよ。お前はブ男じゃないよ。何というか、平凡?」

「きょ、京ちゃんはカ、カッコイイよ」

 

 友人のフォローになっていないフォロー。幼馴染の同情。涙がでそうだ。

 まあ同情でも褒めてくれた麻奈実の頭を撫でてやる。

 

「お前はいい奴だなぁー」

「えへへ〜」

 

 頭を撫でられて気持ちよかったのか麻奈実が相好を崩す。

 

「はいはい、今日も夫婦は仲良いね〜」

「ふ、夫婦っ!?」

「いつも言っているだろ。俺と麻奈実とはそんな関係じゃあない。そうだなあ例えるならおばあちゃんと孫?」

「ひーどーいー! 私達同い年!」

「はは、悪い悪い」

 

 笑顔から膨れっ面に変化した麻奈実の頭をポンポンと叩く。

 

「それはそうとさっきあやせちゃんが暴力的って言っていたけど、何かあやせちゃんに怒られるようなことをしたの? 京ちゃん」

「なにぃ? 妹をいじめるなんて、最低だぞ新垣」

「なんもしてねぇよ」

「本当にー? あやせちゃんが理由なく京ちゃんに暴力的を振るうなんて思えないんだけど」

 

 麻奈実がジト目で見つめてくる。

 

「本当だっつーの。むしろあの時俺は良い事をしてたんだぞ」

「良い事って?」

 

 俺はあのときの事を思い返す。

 休みだったが両親は仕事があり、あやせも友人と遊びに行っていた。特に出かける予定もなかった俺は休日を名前の通り休息をとる日と決め、家でダラダラと過ごしていた。

 午前中は太陽がしっかり仕事していたが、太陽も休みが欲しくなったのか雲の中に休息を取りに行き、午後からポツリポツリと雨が降り始めた。

 『今日は一日晴れでしょう』という天気予報のお姉さんを信じたため、洗濯物を干したまま家族は出かけてしまっていた。

 家にいるのは俺ひとり、しかたない面倒臭いと思いながらも洗濯物を取り込んだ。

 ここで辞めておけば、この後の悲劇は避けられたのだが、暇をしていたこともあって珍しく取り込んだ洗濯物を畳んでやろうと思ってしまった。

 そして洗濯物を畳んでいる途中で、あやせが帰って来た。

 悲劇の幕は上がる。

 

「ただいまぁ。雨なんて降らないってテレビで言ってたのに」

「おかえり。大丈夫か?風呂入るか?」

「大丈夫。そんなに濡れなかったから。あっ、洗濯物取り込んでくれたんだ、兄さんありが……」

 

 居間に入ってきたあやせが洗濯物を畳んでいる俺を見て、感謝の言葉を途中でピタリと停止させる。

 

「兄さん……何をしているの?」

「何って、見てわかるだろ? 洗濯物を畳んでいるんだよ」

 

 あやせが感情が籠らない淡々とした口調で問い掛けてくる。

 何故だろう部屋が突然凍えるように寒く感じられる。

 

「そう、それで兄さんが手にいま持っているものは何?」

「あぁ、これは……」

 

 そう言われて右手に握っていた物を見下ろす。ピンク色の下着だ。俗にいうパンツ、パンティ、ショーツと呼ばれる物である。

 妹の下着を握っている姿を妹に問い詰められている俺。冷や汗がたらりとこめかみを流れる。

 

「兄さん、何か言いたいことはありますか?」

 

 にっこりと笑いながら近づいてくる妹。

 ああ、笑顔って本来動物の威嚇行動っていう話を何処かで聞いたことがあったな。その話はきっと本当だ。俺はいま身震いが止まらない。

 何か言わなければと混乱した脳が言葉を紡いだ。

 

「あやせ、お兄ちゃんはピンクもいいけど、中学生の下着の色はやっぱり白が一番だと思うな」

「死ね、変態」

 

 あやせのミドルキックが座っていた俺の側頭部に直撃した。

 そこからの先の記憶は途切れ。次に見た光景は夜仕事から戻ってきた親の『あんたなんでこんなところで寝てるのよ』という言葉と呆れた顔だった。

 

 といった話を掻い摘んで麻奈実達に説明した。

 

「京ちゃん、それはどう考えても京ちゃんが悪いよ」

 

 麻奈実が嘆息をつく。

 

「新垣、お前なんて羨ましい事をしているんだ。俺なんて瀬名ちゃんに『絶対に洗濯物にはさわらないで』って言われているのに」

 

 変態が絶叫を上げた。

 

「いや、いくらなんでも洗濯物を畳んでいた兄に対して蹴りは無いだろ。気絶したんだよ俺!」

「はぁー、京ちゃんデリカシーが足りないよ」

「甘んじて受け止めるべきだな」

 

 くそぉ、此処でも味方はいないか。

 あのときも両親に何でこんなところで寝ていたか説明を求められ答えたら、母親からは呆れられ。親父には笑われたからな。

 

 麻奈実達と馬鹿な話をしていたら、休憩時間終了のチャイムが鳴った。しまった俺の貴重な休み時間が終わってしまった。

 これもきっとあやせのせいに違いない。

 そんな八つ当たり的なことを考えた為だろうか。

 

「兄さん、そこに座って下さい」

 

 そんな幻聴が聞こえた気がした。

 俺の妹がこんなに恐ろしいはずがない。

 




いまさらながら俺妹です。
エロマンガ先生のアニメ見て書いてしまいました。
頑張って更新していきたいと思います。

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