俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第18話

 俺は今じりじりと照りつける日差しの下、有明にある東京ビッグサイトに来ている。何故そんな所にいるのかというと、沙織に夏コミって物に誘われた為だ。いまの心境は、あの時に断っとくんだっただ! 沙織から電話がかかってきた、数日前の記憶が蘇る。

 

「お久しぶりでござる、京介氏!」

「おう、元気してるか? 今日はどうした、またアキバへの誘いか?」

「拙者は元気いっぱい絶好調でござるよ! 今回はアキバで無く、オタクの祭典コミックマーケット、通称コミケへお誘いしたいと思いましてな」

「コミケ……聞いたことがあるような? というかオタクの祭典に、俺みたいな素人が参加しても、大丈夫なのか?」

「コミケは年2回ある、オタク最大のお祭りでござる! お祭りゆえにオタクで無くとも、参加は全然問題無いでごさるよ! ちなみに夏に開催なので、今回は夏コミって言うでござるよ!」

「ふーん、お祭りか? それなら面白そうだな! いつ行くんだ?」

「来週の金土日でござるよ!」

「金土日ね、ちょっと待ってくれ」

 

 来週来週っと、金土は家族で墓参りか。えっと日曜なら大丈夫だな!

 

「金土は無理だけど、日曜なら参加できそうだ!」

「おぉ、ちょうどいいでござるよ! きりりん氏も3日目なら都合が付くとの事ですし、全員で参加できるでござる!」

「じゃあ、来週日曜にな!」

「楽しみにしているでござる。場所と時間は後でメールを致しますぞ」

 

 それでオタクの祭りという情報のみでこの場所に来た訳だが、俺の眼に映るのは、とてつもない人の列だ。百や千どころじゃない、これ万はいるんじゃないか?

 

「なあ、これ全部その夏コミってやつの参加者なのか?」

「そうでござる。圧巻でござろう!」

「あたしも今回初参加なんだけど、噂通りこれは凄いわね」

「あら? 貴女が初参加なのは意外だわ。せいぜい、このワルプルギスの夜に翻弄されないよう注意することね」

「夜? これ夜まで続くのか?」

「ち、違うわよ。ワルプルギスの夜というのは魔女達の酒宴で、その……このお祭りと掛けたのよ」

「にっひっひ、厨二的説明乙! 京介あんたもやるわね!」

「あ〜なんだ、黒猫わるい」

「〜〜〜〜ふん」

 

 黒猫が顔を赤くして、そっぽを向いてしまう。あれだな、たぶんギャグを滑らして、自分で説明しないといけないみたいな恥ずかしさなんだろうな、きっと。

 

「それにしても人数多いな、何人くらい並んでんだこれ?」

 

 俺は周りを見渡し、並んでいる人達を眺める。とにかく人数が多い、凄いのはそれがきちんと列を成して統率されているところだろう。これを見ていると、日本人というのは、世界で一番秩序ある行動を取るのが上手い民族ではないだろうか? と思えてくる。

 

「そうでござるな? ここにいる人数はわからんでござるが、去年は確か3日目の合計人数は約20万でしたかな?」

「はあっ!? 20万!?」

「うわっ、聞くんじゃなかった。人数知ったら、余計暑いんですけど」

「あまり暑い暑い言わないで、こちらまで暑くなるわ」

「はあ? あたしは一回しか言って無いし、あんた三回言ってるじゃない。それって自爆じゃない?」

「はぁー、貴女は小学生なの? 数の問題じゃないでしょ」

 

いつものジャレ合いが始まった。いや、マジでお前ら凄えよ! この暑さの中で、ほんと元気だよな。

 

「そもそもあんた、たしか闇の衣で暑さに強いんでしょ! ……あれ?そういえば今日は黒く無いわね、あんた」

「……いまは妖力が不足しているのよ」

「妖力って、はいはい邪気眼邪気眼」

「なるほど、この間のアキバで暑さに参った訳でござるな?」

「勝手に納得しないでちょうだい!」

 

 あっ、そうだ何か違和感があると思ったら、今日の黒猫はいつもの黒ゴスロリでないのだ。暑さと人数の多さで、いっぱいいっぱいで見逃していた。白のノースリーブカットソーに黒いフレアミニスカート、肩からハンドバッグをかけている。なんというか普通の格好してると、こいつやっぱり美少女だよな! いや、もちろんいつものゴスロリ姿も凄く似合っているんだが、なんというかギャップ萌えというのだろうか? ついつい目をやってしまう。

 

「貴方まで、何をジロジロ見ているのかしら? そんなに私の格好がおかしいのかしら?」

「いや、そんな事ねえよ! 凄え似合ってるって、まったくなんでも似合うんだから、美人は得だよな!」

「あ、貴方、き、急に何を言うのかしら!?」

 

 黒猫が顔を赤くさせて慌て出す。どうしたんだこいつ? 普通に褒めただけだろ?

 

「あーー何か近場が急に熱くなって、超ー不快なんですけど」

「まったくでござる。時と場所をわきまえて欲しいでござるな」

「…………」

 

 桐乃と沙織が睨んでくる。黒猫は黙り込んじまうし、俺が何をしたというんだ? 桐乃達の視線から逃れる為に周囲に目を移す。……おかしい、目を移した先の男どもにも睨まれるんだが、俺に味方はいないのかねえ。はぁーとため息を吐いた。

 針のむしろな時間を過ごし、ようやくビッグサイト内に入ることが出来た。いや出来てしまった。

 

「いやー、何これ? 空気がむわっとして、外より暑いんですけど」

「満員電車かよ!? 人詰め込みすぎだろ、これ!? なんか息苦しいんだが」

「コミケはあまりの人数に、空気が薄くなるという都市伝説があるくらいでござるよ」

「そうね、私の知ってる噂は、オタク達の汗と熱気で会場内に雲ができるって話ね」

 

 おい、お前らそれは本当に都市伝説なんだろうな? なんかこの暑苦しさを体験すると、マジでありそうな気がするんだが……

 

「ぎゃ〜、いまデブとすれ違ったら、汗がヌメッてした、ヌメッて!?」

「桐乃テメェ、俺に張り付くんじゃねーよ!?」

「京介、バリアになって、バリアに!!」

 

 桐乃がピタリと俺の背中に張り付く。人混みに押されるたびに、なんか柔らかい物を背中に感じる!? 前に微小女なんて言っちまったけど、けっこう……いかん、いかん、煩悩退散煩悩退散!

 

「はっはっは、早速お二人とも洗礼を浴びたでござるな!」

「もう少し行けば、少しはマシになるはずよ」

「お前ら、なんでこれで、落ち着いていられるんだよ!?」

「……慣れでごさるな」

「……慣れね」

「こんなん、慣れたくねーーー!!」

 

 ……黒猫に沙織よ、慣れという割にやけに遠い目をしているのはなんでだ?

 黒猫の言う通り、入り口を抜け少し行くと多少マシになった。あくまで多少だ、満員電車からは解放されたが、人混みの多さは相変わらず半端ないし、その人数による熱気で空気は変わらずむぁっと暑苦しい。

 

「まずは即売会に行くでござるよ」

「即売会?」

「同人誌が数多く売られているところよ」

「同人誌って、たしかあの薄いエロ本だっけ?」

「エロ本って言うな!!」

 

 痛てっ、桐乃が俺の頭にチョップをかましてくる。だって仕方ないだろ、俺がアキバで見たのは八割くらいエロ漫画だった気がするんだから。

 

「まあまあ、お二人とも、とりあえず行くでござるよ」

 

 沙織の先導に従い、即売会の会場に向かう。

 

「へー、こんな感じなのか」

 

 即売会場は、壁がコンクリート剥き出しのままで天井が高く、倉庫のような所に机がたくさん置かれている。その机でそれぞれの人達が、自分の同人誌を売っているようである。

 

「ここで同人誌や各種グッズを販売しているのでござるよ」

「じゃあ、早速行きましょうか」

「ちょっと待って、休憩ちょうだい、休憩」

 

 初参加の桐乃が、暑さと人混みにグロッキーだ。俺も正直かなり疲れたので、その案には賛成だ。売り場を離れ、人の邪魔にならないところで座り込む。

 

「では、これをどうぞでござる」

 

 沙織が俺達にペットボトルのお茶を手渡してくれる。冷たっ!? これわざわざ凍らしてきてくれたのか? 相変わらず気がきく奴だ。ありがたくお茶を半分ほど飲み干す。ぷはぁー生き返る! 水がこんなに美味かったのは久しぶりだ!

 

「水分補給は、ここでは生死に関わるから注意しなさい」

「生死に関わるって、一体何処の戦場なんだよ!!」

「京介氏、オタク達の戦場でござるよ! あっ、それと水分の取り過ぎも注意するでござるよ。トイレの待ち時間が30分とか、長いと一時間待ちでござるから」

 

 あらためてなんて所に来てしまったんだか。桐乃も愕然とした目をしている。

 

「そろそろ行くでござるよ」

「えー、もうちょっと休ませて」

「ふむ、そうでござるか。まずはメルルの同人誌を見に行こうと思っていたのですが、それではもう暫く休むと致そう」

「さっ、あんた達、いつまで休んでいるの、さっさと行くわよ!」

「……貴方には、呆れるしか無いわね」

 

 もの凄い手のひら返しを見たぜ!? さっきまで絶望で曇っていた桐乃の瞳が、いまはキラキラ輝いていやがる。こいつのメルル愛は半端ねーな! そして沙織、してやったりのドヤ顔は止めろ!

 

「あのメルル馬鹿はともかく、貴方も早く立ち上がりなさい。あまり怠惰だと、ベルフェゴールに取り憑かれるわよ」

「へいへい」

 

 黒猫にもせっつかれて、俺は重い腰を上げる。しかし黒猫も何処となく、そわそわと落ち着きが無い。ああなんだ、桐乃に文句言いながらも、結局お前も買いに行きたくて仕方なかった訳ね。

 

「遅い、いつまで待たせるの。さっ、行くわよ!」

「ふふっ、今回は特別に、私自ら戦場を案内してあげるわ!」

「おい、両手引っ張んなよ! 自分で歩くから」

「ふふふ、京介氏モテモテでござるな!」

 

 桐乃が遅いと戻って来て、俺の右手を引っ張る。左手はこれから買えるものを想像しているのか? 上機嫌な黒猫が引っ張る。美少女二人に手を引かれ、まさに両手に花だが、向かう先がオタクの戦場では嬉しくない。それを理解しているのだろう、沙織が面白そうに茶化してくる。なので沙織に精一杯の悪態を返す。

 

「うるせー、これがモテモテに見えるなら、お前の目はとんだ節穴だぁ!!」

 

 

          ☆

 

 

「あやせー、お願い頼んでもいい?」

「何ですか、お母さん?」

「あのね、京介の布団を干して欲しいの」

「兄さんのですか?」

「そうなのよ、あのバカ、今日干して置くって約束してたのに、干さないで出掛けちゃったのよ」

「そういえば、今日は珍しく朝から出掛けてましたね」

「お願い出来る?」

「いいですよ。そのままベランダに干せばいいですか? それともシーツとか外します?」

「そのままでいいわよ。日に干して置けば大丈夫だから」

「わかりました。やっておきます」

「ありがとね、あやせ」

 

 お母さんに仕事を頼まれてしまいました。まったく約束を守らないなんて、兄さん帰ったらお仕置きですね!

 兄の部屋に入り、布団を持ち上げます。汗の匂いとそれだけじゃなくて、何でしょう男の人の、これが兄さんの匂い……って私は何をしているんですか!? これじゃあ、まるで変態じゃないですか!? 急いでベランダまで布団を持っていきます。布団を干した後は窓を開けて、布団だけじゃなくベッドも叩いて埃をはたきます。何でしょうか? ベッドを叩いたら違和感が、ベッドの間に何かあるのでしょうか? 兄さんのベッドの間に物が……きっとまたエッチな物を隠しているんですね。没収です没収!!

 私はベッドの間に手を差し込み、隠してある物を取り出します。しかしそれは私の想像していた物ではありませんでした。

 

「なんですか、これ!?」

 

 私の手元にあるのはアニメのDVDとゲームソフトです。『星くず☆うぃっちメルル』『maschera〜堕天した獣の慟哭〜』『機動戦士ガソダム』『真妹大戦シスカリプス』

 兄さんはオタクになってしまったんでしょうか。私の目の前が真っ暗になります。

 悪い事とわかっていますが、兄の部屋を家捜しします。マンガや雑誌、ゲームソフトなどが出て来ましたが、あきらかなオタクっぽい物は出て来ません。かわりにエッチな物は出て来ましたが……なんですか、この眼鏡っ娘DXっていうのは!? 表紙の娘が何処となく私に似ているような……兄さんと真剣にお話をしないといけないですね。……違います、いまはエッチな物でなくて、オタクっぽい物が問題なんです。もちろんエッチな物も気になりますが、それは後まわしです。

 兄さんがオタクになってしまったなら、この部屋にある物じゃあ少な過ぎますよね? しかもこのDVDは途中の巻ですし、となると誰かから借りたのでしょうか? 私の脳裏に、麻奈実お姉さん家の勉強会での会話が蘇ります。『凄っげぇ濃い友人達が出来たんだよ。あいつら人の都合御構い無しにぐいぐいくるからいろいろと時間とられちまったんだ』

 兄さんにオタク友達が出来ました。それは最近で、その人達に兄はいろいろと勧められて兄さんがそれをやっている。それなら最近の兄さんの不審な行動にも説明がつきます。私の想像は、おそらく間違って無いと思います。

 なんなんですか、それは!? 私はその人達に怒りを覚えます。私は兄さんがオタクに変わってしまうのが許せません。兄の交友関係に、妹の私が口出しするのが間違っているのはわかります。でも嫌なんです、兄さんが変わってしまうのが。

 私にとってオタク趣味というのは、極端な話かもしれませんが、児童ポルノと同じ扱いです。そういう物は本当に極一部なのかもしれませんが、実際に小さい子供を性的な目的で楽しむマンガや、パソコンゲームが有るのを知っています。そんな物をやり続けたら、本当に犯罪を起こしてしまうんじゃ無いでしょうか? いま兄さんが借りている『真妹大戦シスカリプス』あれはシスカリ殺人未遂事件の元になったソフトですよね。たぶんオタクになっても、兄さんは優しい兄さんのままだと思います。でも万が一、同じように影響を受けて、兄さんが犯罪者になってしまったらと思うと、怖くて仕方ありません。私はどうしたらいいのでしょう。

 ……どれくらいぼーっとしていたのでしょうか? いけません今日は午後から仕事があったんでした。正直なところ、こんな気分でバイトに行きたくありません。休んでしまいたいと思います。でも家でじっとしていると、悪い方悪い方に物事を考えてしまいそうです。バイトで外に出て体を動かしていた方が、余計な事を考えないでよい気がします。

 私はバイトに行く為に、のろのろと準備を始めました。

 




一言、バレたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

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