俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第21話

 あやせは淡々と俺に説明してくれた。

 あやせの話をまとめると。母さんが勤めているPTAの会合を手伝った時に、美少女アダルトアニメやゲームの規制を求める講演に参加した。そこで小さい子供を性的な目的で楽しむマンガや、パソコンゲームが有る事を知ってしまった。なので妹にとってオタク趣味は児童ポルノと同じ扱いのようだ。

 またシスカリ殺人未遂事件という事件があり、その事件の犯人が、俺が桐乃に借りたシスカリの影響で事件を起こしたと自供した事から、オタク趣味をやっていたら、俺や桐乃が犯罪者になってしまうんじゃないかという心配をしているとの事だ。

 オタク趣味が児童ポルノと同じ扱いか……俺があやせの立場だったとすると、桐乃があやせに言った事はつまり……赤城に『俺はロリコンなんだ』と言われ……いや待て、あやせは女性だから……とすると、赤城が『俺、小さい男の子が、大好きなんだ』と俺に告白する。なんだそんな事か。ああ……これは通報するしかないな。お巡りさん、こっちです。

 駄目だ!? これじゃあ桐乃の趣味を認めろなんて言えねぇー!?

 落ち着け、俺! ……まずはシスカリ事件の方を何とかしよう。

 

「あやせ、おれ達が犯罪者にならないか心配してくれて、ありがとな」

「わかってくれたんですか? なら兄さんもオタク趣味は辞めて下さい。一緒に桐乃を説得……」

 

 あやせの顔が歪み、言葉を途中で切った。たぶん桐乃に言ってしまった事を思い出したのだろう。でも俺は安心した。言葉では、ああ言ってしまったが、あやせはまだ桐乃の事を心配している。決して親友を見限ったりはしていないのだ。

 

「落ち着け、あやせ。桐乃の事は、もう一度後で、ゆっくり話そう」

「…………」

 

 あやせは答えない。俺ははぁー、と溜息を吐いた。

 

「あやせ、俺はアニメやゲームで犯罪者になるって事は無いと思うんだ」

「嘘です! 実際にシスカリ事件で、犯人が自分で言ってるじゃないですか!!」

「すまん、言葉が足りなかった。オタク趣味が犯罪を助長する可能性はあるかも知れない」

「なら……」

「だけど全く助長しないかも知れない。むしろ逆に犯罪を抑制する可能性もあるかも知れない」

「……抑制ですか?」

「人って、禁止されるとやりたくなったり、欲しくなったりするだろ? 児童ポルノは禁止されてるから、オタク趣味を代わりにして実際に犯罪をしない様にするとか……」

「……代償行為ですか? でもそれは……」

 

 極端な話が、禁酒法じゃなかったかな? たしか密造酒や裏での取り引きなんかで、犯罪が増加したみたいな……まあうろ覚えの知識だが。

 あと海外に比べて、日本の児童性犯罪は少ないって聞いたことがあったような? まあこれは日本の治安が良いからなどもあるから、参考になるか分からないけどな。

 

「そう、それ! ……まあ本当に抑制に繋がってるかは分からないけどな。だけど逆に言えば、その犯罪者一人だけの意見で、犯罪の助長になるって事も言えなくないか?」

「それは……でも、実際に事件は起こってますし……」

「たしかに事件は起こったけど、シスカリが本当に人を狂わせるなら、既に禁止されてなきゃおかしいんじゃないか?」

「ちょっとずつ、影響があるとか……」

「その…オタク趣味は、良い面もあれば、悪い面もあると俺は思うんだ。だから禁止されていないんじゃないかな?」

「…………」

 

 あやせが黙り込む。

 こんな説得で大丈夫なのだろうか? 自信は無いが、いけるところまでいこう。あと、あまりオタク趣味を肯定し過ぎるのも不味いよな。ちょっとフォローしておくか。

 

「まあ俺は、小さい子供のエロい物を肯定したいわけじゃないんだ。俺、ロリコンじゃないしな」

「……それは知ってます。兄さんが持っていたエッチな物は、胸が大きな人が多かったですからね」

「ぶっ、お、お前、そこでそれを、持って来るなよ!?」

 

 思わず唾を吐き出しちまった!? まさかのカウンターパンチだ!?

 あやせが冷たい目で俺を見据える。

 

「なんですか兄さん? ……今回は眼鏡っ娘DXって物を見つけたんですが?」

「申し訳ありません。ほんとに俺が悪かったです。勘弁して下さい!!」

 

 俺はその場で、勢いよく土下座をした。

 おかしい? さっきまでシリアスな話をしていた筈なのに、何でこうなるんだ!?

 あやせが俺のそんな痴態を見て、大きくはぁぁぁぁー、と嘆息を吐いた。

 

「……もういいです。今回はそれどころじゃありませんし」

「……助かる。それで、何の話だったけ?」

 

 あまりに予想外な横槍で、俺の思考がフリーズしていた。

 

「………………オタク趣味の犯罪の話ですよ」

 

 あやせの視線が超痛い。

 俺はこほんと咳払いを一つ入れる。

 

「……そうだったな。あと人は簡単に犯罪に走らないと思う。アニメやゲーム程度の影響じゃ、特にだ」

「……根拠はあるんですか?」

 

 あやせの目が冷たいままだ。なんとか挽回しないと……

 

「えっとな、アニメやゲームとか、好きな物は何かしら影響はあると思う。例えばスポーツ漫画を見て、それを始める奴もいると思う……」

「そうですね。でもそれだと、影響を受けるという話になりませんか?」

「まあちょっと待って、最後まで話を聞いてくれ」

「…………」

「続けるぞ。だけど犯罪となるとモラルやリスクを考えて、ストッパーが掛かると俺は思う。例えば、凄い推理好きな人が推理小説の影響を受けて殺人事件を起こしたとかは、聞いた事がないだろ?」

「それは……そうですけど……例が、極端すぎませんか?」

「おう、そうだな。とすると……不良漫画や、カンフー映画の面白いのを見ると、ちょっと暴れたくなるっていうか、体がムズムズするんだけど、それはあくまで思うだけなんだ。そのまま喧嘩しに行ったりはしないだろ?」

「兄さん……その感覚は私に分かりません」

 

 うーんそうか、世界を狙えるハイキック持ってるあやせなら分かると思ったんだが?

 

「……兄さん、変な事、考えていませんか?」

 

 あやせが、ジト目で俺を睨む。か、勘が鋭すぎねえか、あやせ!?

 

「い、いや、な、何も考えていないぞ」

「そんなに焦ってますと、白状した様なものですよ、兄さん」

 

  妹の視線が鋭くなる。は、早く話を続けなければ。

 

「は、話を戻そう……あやせ、恋愛漫画や小説は読むか?」

「……………………それは、もちろん見ますよ」

「良い作品見て、私もこういう恋愛したいとか思った事は無いか?」

「…………それは……ありますけど」

「でも、したいと思うだけで、漫画で感動しても、すぐに告白しに行ったりはしないんじゃないか?」

「…………好きな人がいませんから、わかりません……でも、恋してる友達を見ていると、告白は凄い勇気がいりますから……たぶんすぐに行ったりはしないと思います」

 

 そっか、あやせにいま好きな奴はいないのか。なんだろう…もの凄くほっとした。

 

「なんですか、兄さん……にまにまと笑顔になって」

「い、いや、何でもない。えっと……それでまとめると、犯罪のきっかけにはなるかも知れないけど、それはオタク趣味に限らず、他の物でも可能性はあるし、きっかけ以上の行動に移る程の影響力は無いと思う」

「…………無理やりな結論の気がするんですが……」

 

 あやせの顔が納得していませんと、俺を見つめる。

 俺はオタク趣味が犯罪を増長なんかしないと、本当に思っている。しかし説明すればするほど、説得力を持たせるのが難しい事に気がつく。せめて真剣な事は伝わるように、あやせの目を真面目に見つめ返した。

 

「…………オタク趣味が、犯罪に繋がらないというのはわかりました」

「そうか、良かった」

 

 先にあやせが視線を逸らした。なんか頬が赤い気がする?

 まあとりあえず、桐乃達が犯罪者予備軍っていうのは、回避出来たか。俺はふぅー、と吐息を漏らした。

 

「でも私にとって、オタク趣味が児童ポルノと変わらないおぞましい趣味には変わりません。絶対認められません!!」

 

 うーん、結局問題はこっちだよな。桐乃はオタク趣味が大好き、あやせは大嫌い、これは感情の問題だから簡単に納得して変えられるものじゃないよな。

 オタク趣味は児童ポルノと同じは、言い過ぎだから、なんとかできそうだけど……桐乃のジャンルが……それにもろに被るんだよな……はぁー、どうしたものか?

 

「あやせ、児童ポルノと同じは言い過ぎだと思うけど……お前はオタク趣味は嫌いでいいと思う。でも……」

「兄さんがなんと言っても、認めま…………えっ!? 兄さんいま何て言いました?」

 

 あやせがきょとんとした表情を浮かべる。

 

「うん、お前はオタク趣味は嫌いのままで、いいと思う。だけど……」

「え、ええーー、なんですかそれ? 兄さんは私を説得するんじゃなかったんですか!?」

「ああ、嫌いな物を好きにさせるのは難しいし、無理やり好きにさせるのは、やっぱり違うだろうからな。ただ……」

「……じゃあ兄さんはオタク趣味、辞めてくれるんですね?」

 

 ……あやせに続きを言わせて貰えない。

 

「……いや、続けたいと思ってる」

「な、なんですかぁぁ、それは!!!!」

 

 あやせが立ち上がって叫ぶ。あまりの迫力に土下座してしまいそうになった。

 

「兄さん、ふざけてるんですか!!」

「ふざけてないよ、あやせ。俺にとってオタク趣味はあいつらと繋がる大事な物なんだよ。それを捨てるっていうのは、あいつらとの繋がりを捨てると同じ事なんだよ」

「…………なら、兄さんはやっぱり私でなくて、桐乃達を選ぶんですね」

 

 あやせが悲痛な表情になった。俺は慌ててフォローに走った。

 

「それは違う。さっき言っただろ、お前は大切な妹だって」

「なら、なんで、オタク趣味を捨てないのに、私にオタク嫌いのままでいいなんて言うんですか!! 私に兄さんを嫌いになれって事なんですか!!」

「いや、お前に嫌われたら、凄いショックだぞ、たぶん泣いちまうぞ、俺!」

 

 家で会っても、挨拶もされずに無視される。話しかけても、そっけない態度で冷たくあしらわれる。何故だろう、妹に嫌われる姿がリアルに想像できてしまい、顔が青くなる。

 

「……なら、どういう事なんですか?」

「うん、あのな。オタク趣味は嫌いのままでいい。ただそれをやっているだけで、人を否定しないで欲しいんだ。オタクでもいい奴や、立派な奴もいる。オタクという一つの評価で、その人の全てを否定しないで欲しいんだ」

「なんですか、それ……結局認めろって事じゃないですか……」

「あやせは桐乃がオタクだったから、嫌いになったのか?」

「ち、違いますよ! 嫌いになれないから……こんなに…悩んでるんじゃ、ないですか!」

「あやせにとって、桐乃はどんな奴だ?」

「桐乃は……私にとって憧れです。スポーツ万能で勉強が出来て、それに凄いオシャレで可愛くて、性格も明るくって一緒にいると楽しい……私の親友……」

「俺の知ってるあいつは、生意気で、オタク趣味を無理やり押し付けてくるし、アニメの談話で二、三時間拘束する、ろくでもない奴で。美少女フィギュアを眺めて気持ち悪い顔で笑っていて、こいつほんとに大丈夫か?って……」

「桐乃の悪口はやめて下さい!!」

 

 あやせが俺の言葉を遮った。やっぱり親友が悪く言われるのは、嫌なんだな。あやせと桐乃の絆に口元が緩む。……まあ桐乃のは、悪口のつもりは一切なかったんだけどな。

 俺はあやせの言葉をスルーして話を続ける。

 

「……でも、全てほんとに楽しそうにしてるんだよ。なんだろうあそこまで楽しそうにしてると、こっちも楽しくなるっていうか……あんなに熱中出来るものがあるのは、正直羨ましいな」

「…………私はそんな桐乃を知りません。やっぱり隠されていたんでしょうか……」

 

 あやせの表情が暗くなり、顔を俯かせる。慌てて俺は否定した。

 

「こ、これは隠していたのとは違うと思うぞ、逆に俺はそんな完璧超人なあいつは知らない。まあ服装はいつもオシャレだったけどな、ただ見せていた顔が違っただけだろ?」

「……見せていた顔ですか?」

「ああ、俺だって男友達といる時と、お前と話している時は態度は違うし、それはたぶん、誰でも人によって態度が変わるのは、普通の事だと思うぞ」

「…………」

「桐乃がお前に隠していたのは、自分の趣味の事だろ。これがバレたら、あやせに嫌われると思ったんじゃねえか。だから桐乃が隠し事をしたのは、大切な親友に嫌われたくないからじゃねえかな?」

「…………」

「桐乃はたぶん、お前を本当に大切に思っていると思うよ。だからさ、お前はいままで通り、親友として桐乃に接してやれないか?」

 

 あやせが嫌々とでもいう様に頭を振った。

 

「ダメなんです。いままで通りなんて、出来ません。……どうしてもあれを認めなくないんです」

 

 あやせのオタク趣味嫌いは、相当に根深いようだ。

 これはもう最後の切り札を切るしかない。ただこれで、もし……いや、妹を信じよう。

 

「…………前に桐乃が親とオタク趣味で揉めて…その時さ、桐乃が言ったんだ『オタク趣味をするだけで、私は否定されちゃうの?』って。…………………………あやせ、俺はオタクになったら…お前の兄貴で……いちゃいけないのかな?」

 

 これは言いたくなかった。もしこれで肯定されてしまったらと思うと、怖くて仕方ない。あの時の桐乃の震えが、ようやくわかった気がした。

 

「……………………ずるい、ずるいですよ…卑怯ですよ、兄さん。……………………たとえ……オタクになっても、兄さんは……私の大事な、兄さんです」

 

 あやせの言葉に、俺の全身の力が抜ける。俺は安堵感から、感謝の言葉が溢れる。

 

「そうか……あやせ、ありがとう」

 

 あやせは俺の言葉に反応しないで、深く考え込んだ。

 どれくらい経ったろうか? 静寂をあやせが零した言葉が破った。

 

「……………………そうですね………………桐乃がオタクでも……私の大事な、親友というのは変わらないですよね。……もう一度桐乃と話し合ってみます」

 

 まだ心情的には納得いっていないのだろう、あやせの顔は複雑そうな表情をしている。

 ただ一歩、大きく前進出来た気がする。俺は安堵の溜息を吐いた。

 

「ああ、そうしてくれ。……さっき、もしもお前に肯定されたらと思ったら、怖くて仕方なかったよ」

「……そんな質問をするなんて……本当に桐乃達が大切なんですね……」

 

 あやせが寂しそうに笑ったが、俺はそれに気がつかなかった。軽く笑いながら、あやせに答えた。

 

「ああ、あいつらといると大変なんだけど、悪くねぇーんだよ」

「……兄さん、一つ質問していいですか?」

「ん、ああ、もちろんいいぞ!」

 

 あやせが一拍呼吸を置いたあと、俺に尋ねる。

 

「兄さん、私と桐乃達、どっちが大事ですか?」

 

 とんでもない質問がきた。

 

「うえ!? えっと……比べられないというか、両方大事っていうのはダメか?」

「ダメです」

 

 あやせがにっこり微笑む。

 えっと、あいつらの事も友人として大事だけど…あやせと比べると……でも、これを、口にするのか?

 ……………………俺は覚悟を決めた。

 

「いいか、一度しか言わねえからな!」

 

 まったく、認めざるを得ない。俺はシスコンだ。

 将来恋人でも出来れば違ってくるかもしれないが、いまは可愛い妹以上に大切な人はいないのだ。

 俺はあやせに思いの丈をぶつけた。

 

「俺には、お前以上に、大事な奴なんていない! 誰よりも、お前が大事だ!!」




最後のセリフを言う為に、なんでこんなに長くなったのだろう?
説得文は難しいですね。書けば書くほど、これでいいか自信が失われていきます。

まあ何はともあれ、京介シスコン確定おめでとう!!

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