またやってしまいました。私は気絶した兄さんをベッドに運びます。
でも兄さんがいけないんですよ! あんな破廉恥な格好を薦めてくるなんて、セクハラです!!
まったく兄さんときたら……まあ、他の男の人には見せたくないっていうのは……独占されているというか…大事にしてくれているというか…ちょっと嬉しいかもですけど……
私の脳裏に夏の神社での言葉が蘇ってきました。顔がだんだん熱くなってくるのが自覚できます。ダメです、ダメです!? あの事を思い出してしまうと、しばらくは浸って、動けなくなってしまいますから!
……兄さんときたら、ほんととんでもないものを記憶に焼き付けてくれたものです。
私は頬を叩き、兄から桐乃へのプレゼントについて思考を切り替えました。……でも、本当にどうしましょうか? あのコスプレは論外ですが、プレゼントのアイデア自体は凄く良いと思いました。これなら間違いなく桐乃は凄く喜んでくれると思いますし。ただ問題はこの大会で良い成績を取らないといけないところですよね……
私は兄さんのパソコンを操作してメルルのキャラクター紹介ページと大会のページを行き来します。大会は二回目という事もあり、前回の大会の様子も載っていたので見てみました。
「可愛い娘ですね。それに凄く似合ってます」
私の口から思わず感嘆の声が漏れてしまいました。
いま私が見ているのは前回優勝者、おそらく小学生の外国の女の子。先ほどメルルのキャラクターページで見たアルファ・オメガというキャラに本当にそっくりでした。
「これはレベル高いですね……」
私も読者モデルをやっているので、コスプレという畑違いでも衣装の出来やその人に似合っているかの判断は自信があります。その私から見ても優勝者の衣装はとても良く出来ていて、彼女に似合っていました。
兄さんは私が出れば優勝出来るって言ってくれましたが、これを見てしまうと優勝は厳しいんじゃないかと思います。それくらいレベルの高い大会だと思いました。
しばらくパソコンのページを移動していて気が付きました。いえ、むしろ気がつくのが遅かったかも知れません。
「これは……いけるかもしれませんね!」
このメルルというアニメの主人公、それが私の友人の加奈子にとても良く似ている事に……
☆
「兄さん、起きて下さい」
あやせに揺すられて俺は目を覚ました。
えっとたしか……そうだ妹にエッチなコスプレ薦めて、アッパーで気絶したんだったな。
なんだろう色々と短縮したら凄え変態兄貴が誕生しちまったぞ!?
いやいや、違うぞ、違うからな!? 俺は妹に卑猥な物を着せてハアハア喜ぶような変態じゃねーから!! 俺は必死に誰に対してか言い訳をしながら頭と両腕を振った。
「に、兄さん、だ、大丈夫ですか? ……あ、頭を変な所にぶつけました?」
俺の奇行にあやせが心配そうな声を掛けてくる。
妹の言葉が俺の胸を抉ってくるんだが、しかも頭を打ったとしたら犯人はお前だからな! 俺は内心であやせにツッコミをいれながらも、表面上は無難な返事をした。
「すまん、ちょっと混乱してた。……それで桐乃へのプレゼントどうするんだ? コスプレは無理だったんだろ?」
「それなんですけど兄さん、良い方法が見つかりました!!」
あやせが満面の笑みを浮かべている。よっぽど良い方法が見付かったんだな!
「へぇ〜、どんな方法なんだ?」
「兄さん、これを見て下さい!」
あやせが携帯の写真を俺に見せてくる。そこに写っていたのはクソガキ、もといララポで会った来栖加奈子の姿だった。
「ん? こいつの写真がどうしたんだ?」
「兄さん気がつきませんか? 加奈子なんですけど、メルルそっくりなんですよ!」
「おっ、えっ!? あーーーーマジか!? 確かにそっくりだ! なんで気がつかなかったんだ? 桐乃も気付いてないよな?」
「たぶん……普段の加奈子のイメージが、このキャラクターと合わないからじゃないですか? 私は単純に姿だけ似てるなーって思い気がつきましたけど」
「あーーーなるほどな!」
アニメを見ていると逆に気が付かないのかも知れない。正義の魔法少女とクソガキ加奈子はイメージが違いすぎるからな。
でもこれでララポで加奈子に会った時に感じた違和感が何なのか分かってスッキリした。あのとき俺は加奈子にメルルの影を見ていたんだな。
「あ〜でも……あいつがコスプレ大会なんか出てくれるか?」
俺は思い付いた問題を指摘する。
『はあ〜っ!? あたしがなんでそんなキメェー大会出なきゃなんね〜んだよ!!』……なんだろう幻聴が聞こえるくらいリアルに想像出来てしまった。
「うふふふっ、大丈夫ですよ兄さん。加奈子は私がし〜っかりと説得しますから」
「おっ、おう、そうか!? な、なら大丈夫だな」
あやせがにっこりと微笑んでいる。しかし俺はその微笑みを見てると背中から流れる汗が止まらない……加奈子の冥福を祈ってやろう。
「兄さん、実は…もう一つお願いがあるんですが?」
「なんだ? もうなにが来ても驚かねーぞ!」
そう言いながらも身構えてしまう俺。
「もう〜、なんで警戒してるんですか! 五更さんに連絡を取って貰いたいだけですよ!」
心外だとでも言うように拗ねた口調の妹からの頼みごとは意外なものだった。
「黒猫に、なんでだ?」
「前に会った時に、あの人の衣装が凄く良くできてましたから」
「ああ、なるほど黒猫にコスプレ衣装を用意して貰うんだな! たしかにあいつなら優勝出来るようなの作れそうだしな!」
あやせの言葉になるほどとポンと手を叩いた。しかしそれは妹の覚悟を甘く見ていたのだった。
「いえ、違いますよ。コスプレで五更さんを頼るのは確かなんですけど……大会の衣装は私が作ろうと思います!」
「えっ、お前が作るの!? なんでまた?」
「大会に出るのが加奈子で、衣装を五更さんに用意して貰ってだと……桐乃にプレゼントをするのに私は何もしてない事になっちゃいますから……それにこれは完全に私の我が儘なんですけど、今回のプレゼントは学校の大会のものなので、五更さんや槇島さん、それに兄さんの力はなるべくなら借りたくないんです。……兄さんに相談して、五更さんにコスプレ衣装の作り方を教わろうなんて、もう十分過ぎる程力を借りるからおかしな話ですけど……」
「いや、おかしくないさ」
俺は微笑して、あやせの頭を軽く撫でた。
桐乃の一番の親友でいたいという可愛い嫉妬なのだろう。
……なら俺からあいつに贈るのも止めておこう。あと黒猫と沙織にも自重してもらうように頼むか。あいつらには悪いけど、今回は可愛い妹を優先させてもらおう。まああいつらなら事情を話せば納得してくれるんじゃね〜かな? またシスコンシスコン言われそ〜だけどな。
「じゃあ、連絡するぞ。場所はこの間のサイゼでいいか?」
「ええ、大丈夫です。それと兄さん、もし五更さんが大丈夫なら彼女と二人で会いたいんですけど、いいですか?」
「へっ? 俺抜きで、お前と黒猫二人でってことか?」
「ええ、もし衣装作りを教えてもらえるなら、今後兄さんぬきですし、それなら最初から二人で話してみたいなと……」
まあたしかに俺の力をなるべく借りたく無いって言ってたし、コスプレ衣装作りをする時に俺は邪魔になるかもしれないからな〜。
「う〜ん、まあ黒猫に聞いてみるよ」
「ありがとう、兄さん!」
黒猫しだいだな。しかし黒猫が二人で会うのOKしたら……黒猫あいつ人見知りだし、大丈夫だろうか?
俺は不安を胸に黒猫のアドレスを呼び出した。
☆
ふうー、私は一口飲んだコーヒーカップを皿に戻した。カチカチと耳障りな音を立てて皿に置かれたコーヒーカップ。
駄目ね。千葉(せんよう)の堕天聖たる私がこのような事で無様に緊張するなんて、待ち合わせの三十分も前に来てしまったし。
やはり京介に付き添ってもらうべきだったかしら。
……いえ、あんな心配そうな声で『大丈夫か黒猫? 無理なら断わってくれて構わないんだぞ』なんて言われたら、私のプライドにかけて断れないわよ! まったくあの男は私を王宮に閉じ込められた世間知らずの姫とでも思っているのかしら。
それにしてもまさかメデューサと二人で秘密の会合を開く事になるとは……やはり未来というものは読めないものね。
……どうやら、今回の待ち人があらわれたようね。
「すみません、お待たせしました」
「気にしなくていいわ、私もさっき来たばかりだから。それにまだ指定の時刻より10分早いし」
本当は20分前に来ていたのだけれど、ここは年上として余裕の態度を見せておきましょう。
「でも、私が五更さんにお願いをしに来たのに、遅れてしまった訳ですから……」
「相手がいいと言っているのに謝る方が失礼よ。いいからさっさと座りなさい。……貴女もドリンクバーで良いかしら? それとも何か食べる?」
「……ふふっ、ありがとうございます。食べ物は大丈夫なので、ドリンクバーでお願いします」
メデューサが嬉しそうに微笑んできた。何が可笑しいのだろうか? 私はボタンを押して店員を呼びながら、ムッとした声で問い掛けた。
「何か可笑しい事があったかしら?」
「いえ、ごめんなさい。ぶっきらぼうな態度なんですけど、五更さんはやっぱり良い人なんだと思いまして」
「なっ!?」
メデューサは私の問いに微笑ましげに答えてきた。
彼女はやっぱり京介の妹なのね。なんというか無防備に人の懐に飛び込んでくる感じが同じなのだ。
最初に彼女と京介を見た時はなんて似ていない兄妹なんだと思ったのに。まああの時はそれどころじゃない修羅場だったのだけど……あの時は彼女の迫力に本当に石化してしまうんじゃないかと思ったわ。
それに地味顔の京介と正統派美少女ヒロインの様な美形の妹。そして彼女の別れ際の『兄さんを、とっちゃだめですよ♪』発言から、このまったく似ていない兄妹は、もしや血の繋がっていない…みたいなアニメの様な展開を考えてしまい。しばらく悶々としてしまったわね。
私が思考に耽っていると店員がやってきた。
「お待たせ致しました」
「すみません、ドリンクバー追加お願いします」
「かしこまりました。ドリンクバーお一つ追加ですね。他に何かございますか?」
「それだけで大丈夫です」
「ありがとうございます。それではあちらでお取り下さい」
彼女がそつなく注文を終わらせた。店員の声のトーンが私の時と違いすぎてムカつくわね。美少女が微笑んでいるのだからわからないでもないけど……プロなら差別しないでほしいわね……呪うわよ。
「五更さん、ドリンクとって来ますね」
「ええ、いってらっしゃい」
ドリンクを取りに行く彼女の背中を見つめながら私は京介からの電話の内容を思い出した。
メルルのコスプレ大会に出たいからコスプレ衣装の作り方を妹に教えて欲しいねえ。コスプレに興味を持ってくれる人が増えるなら嬉しいのだけど……大会の賞品目当てだけだと複雑だわ。
「お待たせしました」
考え込んでいるとメデューサがオレンジジュースを手に戻ってきた。
さて、なるようになれね。気合いを入れますか。
「あらためて、久しぶりね。まだ正式に名乗ってなかったわね。千葉の堕天聖、黒猫よ!」
「せ、せんようのだてんせいですか……」
あらあら、ドン引きしてるわね。まっ、それが庶民の反応よね。特に彼女はオタク嫌いのようだし、このまま話はお流れかしら?
「あーーー、失礼しました。せんようさん、だてんせいさん、黒猫さん、五更さん、どう呼んだらよろしいですか?」
あら? 驚いたわ。本当にオタクへの抵抗が減ってきたのね。
「黒猫でいいわよ」
「そうですか。それじゃあ黒猫さん、改めまして新垣あやせです。いつも兄がお世話になってます」
「呼び捨てでいいわよ。桐乃や京介もそうだしね」
「年上の人を……いえ、なら黒猫、よろしくお願いします。それなら私の事もあやせでいいですよ」
ふむ、ちょっと考えたようね。まあ何を考えたかはわからないけれど。こっちもいつまでもメデューサ呼びは失礼かしらね?
「わかったわ、あやせ。私にコスプレ衣装の作り方を教わりたいって聞いているけど間違い無いかしら?」
「はい。メルルのコスプレ大会用の衣装を作りたいので、是非教えて欲しいんです!」
ふうん、熱意は十分みたいね。
「貴女オタク趣味は嫌いなんでしょ。大会の賞品目当てのそんな人には教えたく無いのだけれど」
「…………それは」
表情を暗くするあやせ。そんな彼女に私は微笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、冗談よ。京介から聞いているわ。桐乃へのプレゼントなんでしょ?」
「そうです……」
私の言葉にあやせがムッとした表情を浮かべた。これくらいの意趣返しはさせてもらいましょう。まったく京介も面倒な事を投げてきたものだわ。
「それは私が作ってはマズイのかしら? 桐乃の為なら、面倒臭いけど本当に特別に作ってあげてもいいわよ?」
「私が、桐乃の為に、作りたいんです!!」
即答ね!? やっぱり京介の言うように桐乃とわたし達の関係への嫉妬がからんでるのね。面倒臭い、あの馬鹿への友情なんて私は持っていないというのに。……まあお祝いというなら、特別にプレゼントを用意してあげてもいいのだけれど……でも、それも今回は止めてくれって言われたんだけどね。まったくあのシスコンは!
「はぁ〜、わかったわ。それでどんな衣装を作りたいの? それと貴女、ミシンとか縫い物は問題無い?」
「えっと縫い物は基本的な事は出来ます。ミシンも家にあります。あと衣装は主人公のメルルの衣装をお願いします」
縫い物が出来て、ミシンがあるならなんとかなるかしらね。型とかは私が協力すればいいし、それにしてもメルルねえ〜、あれはあやせが着ても似合わないんじゃないかしら?
「衣装はメルルでいいの? その……とても賞品を狙えるとは思えないのだけれど」
「あっ、すみません。衣装を着るの私じゃないんです。この娘に着せようと思ってます」
そう言うとあやせは私に携帯の写真を見せた。
「なるほど、これなら優勝も狙えるかも知れないわね」
写真にはリアルメルルといってもいい少女が写っていた。
「ええ、優勝ねらいますよ!」
「でも、貴女じゃないなら寸法とかはわかるのかしら?」
「それも問題ありません!」
力強い返事が帰ってきた。どうやら本当に優勝狙っているようね。
「すみません、それともう一つ……」
あやせがまた写真を見せて、小さな声で私に頼みごとをしてきた。
「貴女、正気!?」
「ええ、万が一の時に……」
「わかったわ。我が闇の力を持って、全力で協力してあげるわ!」
まさかそこまでの覚悟を決めているなんて……恐ろしい女ね!?
「それじゃあ、話は決まった事だし。我が居城に移って話を詰めるわよ」
「居城…黒猫の家ですね。わかりました」
サイゼを出ようと思った私にふと疑問がよぎった。
「そういえば、一つ聞いていいかしら?」
「もちろんいいですよ、なんですか?」
「今回の話し合い程度なら、別に京介が居ても良かったんじゃないかしら?」
「え、ええとですね……」
「なにかしら? 隠すような事があったかしら?」
「う〜〜、はぁ〜、兄さんには言わないで下さいよ。……もしかしたら、今みたいに黒猫の家に行く事になるかもと思いまして……」
「それがどうしたの?」
「……兄さんが黒猫の家を知ってですね。もしふとした事で兄さんと黒猫が家で二人きりになってしまうのが嫌だなと思ってしまいました」
「はぁ!? それだけなの?」
「えっと……はい」
目の前で顔を赤らめている馬鹿を見つめる。
……このブラコンはもう手遅れね。
私は京介が本当にアニメやマンガの様に道を間違えないか心配になってしまった。
あやせのブラコン化……手遅れかな?
それにしても話が進まない、申し訳ありません。