俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第27話

「兄さん、早くして下さい! 行きますよ!」

 

 あやせの少し怒った声が玄関から俺の耳に届いた。その声に急かされて、俺は上着を羽織りながらドタドタと階段を慌てて駆け下りる。

 

「わ、悪い。待たせた」

 

 焦りながら謝罪を入れる俺に、玄関で待機しているあやせが腰に手を当てて睨みつけてくる。

 

「もうっ、どうしてこんな日に限って寝坊するんですか!」

「すまん」

 

 よりによってコスプレ大会の当日に寝過ごしちまうなんてな。

 ほんと言い訳も出来ないミスであった。

 妹に詫びながら中腰で靴の踵を手で整えていると、あやせが俺の頭に手を伸ばしてきた。

 うぉっ、お仕置きか!?

 思わず身構えてしまった俺に対して、あやせは撫でるように髪を梳いてくれる。

 

「ここ寝癖が跳ねてますよ。まったく兄さんは仕方ないですね。……よし、これで…大丈夫ですね!」

「…………」

 

 俺が固まっていると、あやせがきょとんとした顔で問い掛ける。

 

「どうかしましたか?」

「…………いや、何でもない。サンキューな」

 

 そう言いながらも俺の心の中は、とてもじゃないが何でもないなんて言えない状態だった。

 不意打ちもいいところだ。なまじお仕置きされるんじゃないかと身構えていたところに、優しい手つきで頭を撫でられるなんてギャップが激しすぎた。思わずドキッとしてしまった。

 撫でポは実在したのか!?

 ……しかしやる側とやられる側の立場逆じゃないだろうか?

 俺って攻略キャラだったのか!?

 しかも妹に?

 ダメだ。思考が混乱している。

 とりあえず……あやせに髪を梳かれるのは、なんというか、とても気恥ずかしかったのだ。

 

「……仲良いわね、あなた達。それより京介、朝ご飯食べないの? 用意したんだけど」

 

 脳内でパニックを起こしていた俺に背中から呆れたような声が聞こえてきた。その声に俺はビクッとなり、ゆっくりと振り返った。

 そこにはあやせをきつめにして20年位経ったらこうなるんだろうなという人が、リビングのドアを開けて溜息を吐いていた。

 近所でも評判の美人奥様である俺の母親である。母親を美人っていうのは抵抗あるが、外見は確かに綺麗なのだ。

 ただしどんなに美人だろうと、俺にとっては口うるさい何処にでもいる普通の母親と変わらないけどな。

 

「あ〜ごめん母さん。もう出ないと行けないから、適当にコンビニでパンでも食べるよ」

「…コンビニのご飯は身体に悪いのよ。用意した朝ご飯も無駄になっちゃうし、寝坊するなんてちゃんと目覚ましかけときなさいよ。あなたはまったく、少しはあやせを見習いなさい!」

 

 いつもの説教が始まってしまった。

 PTAの会長もやっていたので、うちの母親は生真面目な教育ママなのだ。そしてあやせが優秀な分、俺はしょっちゅう比較されて怒られるのだ。

 正直なところ、俺のように普通で平凡こそが一番みたいな性格じゃなきゃ、いちいち優秀な妹と比較され続けてたらグレてるぞと思わないでもない。

 ただし今回は俺でも自分に呆れる出来事なんで、ぐうの音も出ねえけどな。

 

「お母さん、もう行かないといけないから、その……」

 

 母の説教が長くなりそうな事を察してか、あやせが助け舟を入れてくれた。

 これから本格的になる前に横槍が入った為だろう、母がきょとんとした表情になる。それは先程の妹の様子とそっくりだった。流石は親子である。

 

「あっ、ああ、そうよね。二人とも夕飯までには帰れるの?」

「はい、夕方には帰れると思います。じゃあ、お母さん、行ってきます」

「朝飯ごめん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。車に気をつけるのよ」

 

 俺は母に朝飯の事に詫びを入れて、母親お決まりの挨拶を背に玄関を潜り抜けた。

 秋にも関わらずまだまだ元気な太陽光線が目には染みる。額に手を当て空を仰ぎみる。ああ、今日はいい天気だ。絶好のコスプレ大会日和である。

 ……絶好のコスプレ大会日和ってなんだろな? 俺の頭に浮かんできたのは、太陽の下で寝そべる魔法少女や吸血鬼、それに緑のセミの様な人造人間…う〜んシュールだ。

 おっと、あまり馬鹿な事を考えてないでさっさと歩かないと、これ以上あやせに迷惑をかけられねえしな。

 俺は前を歩くあやせを急いで追いかけた。

 

「あやせ、さっきは助かった」

「どういたしまして、でも兄さんお母さんは朝ご飯ちゃんと用意してくれたんですから、今回は仕方ないですけど、しっかりと反省して下さいね」

「うっ、反省はしてるけどよ。しっかし…あやせも起こしてくれればいいのに」

 

 俺は思わずつい思っていた事を口にしてしまった。

 

「……うふふふふふっ、兄さん、私はドアの前で一時間前に呼び掛けましたよ」

 

 あやせがとってもいい笑顔で振り返った。その素晴らしい笑顔に俺は冷や汗を禁じ得ない。

 

「え、えっと本当でしょうか。あやせさん」

 

 あやせの迫力に思わず敬語になってしまう俺。

 

「ええ。『おーう』って返事があったので、自分の支度をしていたのですが……まさか兄さんが二度寝していたとは思ってもいませんでしたよ」

「あっああ、うん、そのだな」

 

 やべぇーー、藪蛇だった。全然記憶にないんだけど。あやせが嘘つく筈ないし、無意識で返事しちまったんだろうな。

 

「それとも桐乃に借りたゲームみたいに部屋に入ってから、寝ている兄さんの上に跨って起こして欲しかったんですか?」

「いや、それはだな…………はぁ!?」

 

 ちょっと待て、いま聞き捨てならないセリフが混じってたぞ!?

 

「なんですか兄さん! 急に大きな声出してビックリするじゃないですか!」

「いや、あやせ…………………………そのな……桐乃の…その…ゲームやったのか?」

「はい? ゲーム? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 あやせが目を丸くして固まってしまった。

 ああ、なるほど、これは間違いなさそうだ。まさかの事態である。

 ……運がいいな桐乃、貸してきたのが18禁だったら、終わってたぞお前。まあその時はもれなく俺も死亡してただろうけどな。あとこんな事態なんで、運がいいっていってもほんと不幸中の幸い程度のレベルだけどな……

 しかし桐乃的にもあやせに自分のゲームをやられるのは困るんじゃないか? それならこれを機にギャルゲーを貸してくるのを防げるんじゃねえか? もしかしてこれはチャンスか?

 ……いや待て桐乃の事だ、あやせがゲームやったの知ったらこれ幸いとどんどん勧めてくるんじゃ…………『兄さん、どうですこのメルルフィギュア凄く可愛いですよね♪ 手に入れるの凄く苦労したんですよ! うふっうふふふふふふっ』

 そんなあやせは嫌だぁぁぁーーー!?

 こ、この事は俺の胸にしまっておこう。桐乃のような妹が誕生するなんて悪夢以外の何物でもねえ。

 俺が恐ろしい未来に戦慄していると、フリーズしていたあやせが復旧した。

 

「ち、違いますよ!? あ、あくまで桐乃が兄さんに貸すものがどんな物か確認しただけですからね! 本当に少しやってみただけなんですよ!」

「そ、そうだよな。桐乃がどんな物持っているか気になっただけだよな。……ハマったりなんかしてねえよな?」

「そうです。そうです。気になってしまっただけなんですよ! ハマったりなんかする訳ないじゃないですか!」

「………………」

「………………」

 

 凄く気まずい。まさかあやせがギャルゲーをプレイしてるとは思わなかったからな。あやせとしてもまさかバレるとは思ってなかったんだろう。

 確かに桐乃がどんなものをやっているのか親友なら気になって当たり前といえば当たり前なんだが……なんだろう、何かが酷く間違っている気がしてしまうのは、何故だろうか?

 ただあやせがオタク化するという恐怖の未来は実現しないようなので、それだけが幸いである。

 気まずさをごまかすようにあやせが質問をしてきた。

 

「ち、ちなみにですよ。あれは…兄さんが桐乃にリクエストしたんですか?」

 

 顔を赤らめた妹がチラリチラリと俺の顔を覗き込んでくる。

 リクエスト? えっと……最近桐乃に借りたソフトはたしか【実妹恋人〜禁断って萌えるよね〜】だったけ……

 アウト〜〜! いや、これもう完全アウト!! ゲームセットだろ!?

 いやエロ無しの完全な純愛系だったし、意外な事にまあまあ面白かったけどよ。だけどどう考えてもやらかしちまった。

 桐乃いわく『タイトルで失敗しちゃっただけの名作だからタイトルは気にせずとりあえずやってみて、内容はマジ神でチョー切ないんだって、ヒロインのちとせちゃんがこれまた健気で可愛くて可愛くて、うひひっ』まあそこまで言うならと、最近いろいろ麻痺してたから借りちまったけどよ。

 もし借りた当時に戻れるんなら自分をぶん殴ってでも止めてるよ! マジで時間戻して引き止めてえ〜〜!!

 実の妹に実妹系の美少女ゲームされるってどんな羞恥プレイだよ!?

 そりゃあやせも実の兄貴がこんなもんやってたら顔を赤くするよな。

 と、とにかく誤解を解かねえと!!

 

「違うぞあやせ! 勘違いするなよ、これは桐乃の趣味なんだ! あいつは小さくて可愛い女の子、特にあどけない妹物が大好きなんだ。だから自分の好きな物を勧めてきたのであって、俺があいつにリクエストした訳じゃねえからな!!」

 

 俺は誤解を解くために必死になって言葉を重ねた。

 俺の勢いに押された為か? あやせが身を引きながら答える。

 

「そ、そうなんですか桐乃の趣味……」

 

 なにやら桐乃を売ってしまった気がするが、そもそもこんなもんを貸してきたあいつが悪いんだ。

 脳内で桐乃が『京介の裏切り者〜〜〜!!』と騒いでいるが気にしたら負けだな。

 

「ああ、そうなんだよ。だいたいあやせがいるのに妹物なんかリクエストするはず無いだろ」

「…そうですよね」

「それにもしリクエストするならメガネの似合う清楚なお嬢様系を頼むしよ」

「……へえーー、そうなんですか……」

「いくらヒロインが可愛いかったとしても妹物の恋愛はねえよな」

「………………」

「どした、あやせ?」

 

 気がつくとあやせがジトッとした目でこちらを睨んでくる。

 

「ふーんだ。なんでもないですよ。どうせ兄さんはメガネの似合う女性がいいんですよね。麻奈美お姉さんや槇島さんみたいな」

「はあ? なんで麻奈美が出てくるんだ? それに沙織がメガネが似合う女性なんて言ったら、それは全世界のメガネっ娘に対する冒涜だからな!」

 

 あいつは凄えいい奴だけど、あのぐるぐるメガネを認める事は俺には出来ねえよ。

 

「……なんでしょう。拗ねた自分がバカみたいに思えますね。麻奈美お姉さんが可哀想になってきました。槇島さんのも酷い評価ですし……はぁ〜、兄さんのばか」

 

 うん? あやせが小さい声で何か呟いて溜息を吐いてるんだが、俺またなんか間違えちまったか?

 そういえば、あやせが持っているのって今回のコスプレの衣装か?

 あやせが普段は持ち歩かないような大きめのバッグを肩から下げている。

 ……俺も気が利かないよな。家から駅に行くまで結構歩いたけど今頃気がつくなんてよ。いつまでも可愛い妹に重い物持たせる訳にいかねえよな。

 俺は左手で首筋を擦りながら、反対の手をあやせに伸ばした。

 

「あやせ、ほら貸せよ」

「? なんですか兄さん?」

 

 あやせが不思議そうな顔をしている。言葉が足りねえか。

 

「荷物だよ。荷物。だいぶたっちまったけど重いだろ」

「えっ、あっ、大丈夫ですよ。服ですからそんなに重くないですし」

 

 やれやれうちの妹様は慎ましいよな。

 桐乃や加奈子だったら『なに京介、珍しく気が利くじゃん、今日雨降んじゃない? まあせっかくだからよろしく!』『なになに遂に加奈子様の下僕としての自覚が出来てきたのか? まかせるけど落とすんじゃねーぞ京介!』きっとこんな感じなんだろな。

 まあ余り図々しいのも困りものだけど、遠慮が過ぎるのもちょっとな。

 俺はあやせの肩にかかっているバッグをヒョイと持ち上げた。

 

「あっ、もう、兄さん強引ですよ」

「こうでもしないと渡さないだろお前。好意は素直に受け取っておけよ」

「はぁ、まったく…ありがとうございます兄さん」

 

 あやせは困ったように息を一つ吐いた後、嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔が見れれば報酬としては十分過ぎるほどだよ。

 

「そういえば時間まだ大丈夫なのか?」

「一応余裕を持ってますから、まだ大丈夫ですよ」

「それなら朝飯食べてから出ても大丈夫だったか?」

「……そうですね。ごめんなさい兄さん。いま考えると急かし過ぎちゃいましたね」

「いや、寝坊した俺が悪いから謝る必要はねえよ」

 

 あやせとそんな他愛ない話をしながら駅にたどり着いた。

 休みという事もあり、私服姿の人がそれぞれに楽しそうに闊歩している。ほんとに楽しいかはわかんねえけど、少なくとも平日に比べれば表情が明るい人間は明らかに多い。

 そんな中、人混みで見慣れた坊主頭の姿があった。あれは間違いなく田村さん家の長男である。

 

「おーい、ロック!」

 

 俺が呼び掛けると坊主頭ことロックはビクッとした後にこちらを振り向き、ほっとした表情を浮かべた。

 

「なんだあんちゃんかよ。脅かさないでくれよな」

「別に脅かしてないだろ。普通に呼んだだけじゃねーか。それともなんだお前誰かに追われてんのかよ?」

 

 俺が話しかけている間もこいつは何かを警戒するようにビクビクとしている。お調子者のロックのこんな姿は珍しい。

 

「なんでわかったんだ、あんちゃん!? 凄えな、おれ実はいま逃亡中なんだぜ!」

 

 適当に言ったら当たっちまったよ。しかしこいつ駅前の広場なんて目立つとこにいて……逃亡者としてそれはどうなんだ?

 まあロックらしいっちゃあらしいけどな。

 

「こんにちは、田村くん。誰から逃亡中なんですか?」

 

 俺の後ろからあやせがひょこっと顔を出し、ロックに挨拶をする。

 

「わわわ、あ、新垣さん、こ、こ、こんにちはです」

 

 相変わらずあやせの前だときょどるよな、こいつ。

 

「んで、なんで逃亡者なんてやってんだよ?」

「えっと…それは……」

 

 あやせの顔をチラ見しながら言いづらそうなロック。

 どうせバカな事して逃げてるんだろうけど、それをあやせには知られたくないのか?

 ……ロック、同じ男としてその気持ちは十分わかるぜ。まあ理解出来るだけで容赦はしてやらねえけどよ!

 

「どうせアホな理由なんだろ? ロックがバカな事するのはあやせも十分理解してるから、今更取り繕ったって手遅れだぞ!」

「あんちゃん、酷え!?」

 

 ロックが救いを求めるようにあやせに目線を移した。

 

「えっと…あはは」

 

 あやせが困ったように笑う。その姿にロックがガーンとショックを受けているようだ。

 あやせとロックはそれ程付き合いは無いようだけど、俺があやせと話すときに時々だがロックの話題も出ることがあり、だいたいそういう時の内容はあいつのおバカな行動なのだ。

 俺は別に悪意があってしてる訳じゃないぞ。ただロックの普段が普段なだけなんだから。

 

「というわけで諦めて吐いちまいなロック!」

「おお、あんちゃんなんかそれ刑事みたいでカッコイイな」

「おっ、そうか?」

「兄さん、恥ずかしいですから」

「おう……そうか」

 

 うーん、あやせには評判が悪いみたいだ。やっぱりこういうのは男にしかわかんねーかな?

 いや? …黒猫か沙織ならわかってくれそうだよな。

 

「まあいいや。で、結局なにしたんだロック?」

「はぁ〜、実はさ、あんちゃん。聞くも涙語るも涙の話でさ、学校の先生から…母ちゃんに連絡がいっちゃったんだよ」

「ふ〜ん?」

「リアクション薄くねえか、あんちゃん!?」

「いや、あやせならともかくお前だとそこまで意外じゃねーし、なに悪さしたんだ?」

「ううっ、あんちゃん俺への対応が厳しすぎないか?」

 

 俺の言葉に涙目になるロック。しまった言い過ぎたか。しかしロック、男の涙目なんて気持ち悪いだけだぞ。

 

「もうっ、兄さん。あんまり田村君をイジメないで下さい。二人が仲良いのは分かりましたから」

「新垣さん〜〜〜」

 

 ロックがキラキラした目であやせを見つめる。

 だがよロック、その庇われ方はどう考えてもお前男として見られてねーぞ。まあ俺にとってはそっちの方が都合いいけどな。

 

「悪かったよロック。それでどんな連絡が来たんだよ?」

「あっ、うん。えっと夏休みの宿題を出してくれって……」

 

 あれ、俺の聞き間違いか? 夏休みの宿題って……

 

「はぁっ? お前もう9月終わりだぞ!?」

 

 あやせもロックの予想の斜め上の答えに唖然とした表情を浮かべている。

 

「前にあんちゃん言ってたじゃんか。夏休みの宿題の本当の締め切りは新学期始まってから一週間後だって!」

「兄さん?」

 

 ロックを呆れて見ていたあやせの目が冷たくなって俺に向いてくる。

 たしかに言ったな、小学校の頃31日ひいひい言ってるこいつ見て、一週間後くらいが締め切りでなんとかなるとか……

 ちなみに俺はきちんと休み中に終わらせてたぞ。嘘じゃねえから、母親が厳しくてそんな裏テクニック使えなかったんだよ。

 まあとにかく勢いで誤魔化そう。

 

「アホか!? 確かに言ったかもしんねーけど、それすらとっくに過ぎてんじゃねーか!」

「……一週間過ぎてなんとかなったから……このまま逃げ切れるかなってさ」

 

 明後日の方向を見ながらロックが告白する。

 またロックのおバカ日記に新たなページが加わった瞬間である。

 ロックの告白によりあやせが再び呆れた目を俺からあいつに移す。どうやら俺への追求は回避出来たようだ。

 

「さて、無駄な時間を過ごしちまったな。行くぞあやせ!」

「えっと…いいんですか、兄さん?」

 

 あやせの手を取り、駅構内へ向かう。さすがのあやせもあんまりな内容を聞かされた為か、強く引き止めようとはしてこない。

 

「待ってくれよ、あんちゃん! ここまで聞いておいて見捨てないでくれよ!」

 

 立ち去ろうとする俺に対して、駆け寄って袖を掴むロック。

 

「ええい、服を引っ張るんじゃねー、伸びんだろ!」

「あんちゃんにまで見捨てられたら、俺どうすればいいんだよ!?」

「知るかっ! どう考えても自業自得じゃねーか!!」

「そ、そう言わず、知恵を貸してくれよ〜」

 

 泣き付くロック。こいつ何が何でも掴んで離さないつもりかよ。

 あやせも困った顔でこちらを見ている。それに周りの人たちが遠巻きにこちらを見て笑ってやがるし。

 やれやれなんで俺はロックに呼び掛けちまったんだろな。少し前の自分の行動に後悔する。

 ……しかたねえ時間もあんま無いし、さっさと片付けるか。

 俺は、はぁ〜とため息を一つ吐いてロックに答えてやる。

 

「ロック、結論から言うと既に手遅れだ。真っ直ぐに帰って、母ちゃんに土下座するしかねえよ」

「うげぇ、ほんとそれしかないのか、あんちゃん…」

 

 俺の返答に顔を歪めるロック。

 

「ああ、どう考えても詰んでる。そうだな…後は爺さんか麻奈美を味方につけて被害を減らす位しか思いつかねーよ」

「爺ちゃんはともかく、姉ちゃんは難しいよ。むしろ母ちゃんと一緒に叱ってくると思う」

 

 まあ確かにひょうきんな爺さんに比べて麻奈美は真面目だからな。

 

「うん、そう言われりゃそうか。でも麻奈美が怒ったって別に大した事ないだろ?」

「なに言ってんだよあんちゃん。姉ちゃんが怒ると怖いんだぞ!」

 

 そうかあ? あいつが怒っても『京ちゃん、ぷんぷんだよ』って言いながら顔を膨らませてる位のイメージしかわかねーんだけどな?

 

「とにかく早く帰って謝るしか道はないんだから、諦めろロック」

「ううっ、そんな〜」

 

 ロックががっくりと膝をついた。

 こいつは逃げられる道がほんとに有ると思ってたのか?

 

「田村君、えっと…頑張って下さい」

 

 あやせも困惑した様子で励ましている。真面目なあやせだから心情的にはロックの母ちゃん側の味方なんだろうけど、さすがに目の前で凹んでるロックを見て追い討ちは掛けられないのだろうな。

 

「そうだ! あんちゃん、一緒に来てくれ! あんちゃんが居れば母ちゃんも姉ちゃんもそんなに怒らない筈だ!」

 

 あやせの励ましにすら反応できず突っ伏していたロックが、名案を思いついたとばかりに急に顔を上げてきた。

 しかしよりによってなんて事を思い付きやがる。

 

「俺を巻き込むんじゃねえよ!! それにだ、今日はこの後用事があるから無理だ!」

「用事? そういえばここ駅だし、どっか行くのか、あんちゃん?」

 

 ロックが今更ながらに俺たちの事に気がついた。

 

「あやせと一緒に東京にな。だからロック、諦めて家に帰れ。お前の無事を祈ってやるくらいするからよ」

「…………」

 

 俺の言葉を聞いたロックはあやせと俺の顔を交互に見た後、腕を組んで宙を見上げた。そしてとんでもない一言を告げた。

 

「ならさ、俺も一緒に行くよ!」

「はい?」

「このまま帰るより時間を置いて怒りが収まった頃に帰った方がいいかもしんないし」

 

 ロックの言うことには僅かにだがそういう可能性も確かにある。だけど余計に怒りが増す可能性の方が遥かに大きいと思うけどな。

 しかしこいつ相当切迫詰まってんな。俺だけならともかくあやせがいるのについて来ようとするなんて。

 とにかく問題は俺たちがこれから行くのがコスプレ大会という事だ。ロックについて来られるのは非常に困る。しかしどう断るべきか、こいついま必死だし、普通の断り方だとついて来そうだしな。

 なんとか上手く……これでいってみるか?

 

「あのなロック……俺たちのデートを邪魔しないでくれ」

「あっ、に、兄さん!?」

 

 俺はあやせの腰を抱き寄せてロックに宣言した。

 他人の逢い引きについて来る奴はいねえ!! しかもインパクト十分だし、これでロックもお袋さんどころじゃなくなるだろ。

 

「えっ、デート、あんちゃん、えっ!?」

 

 やはりインパクト十分だ。ロックが混乱しているうちに畳み掛けよう。

 

「可愛い妹とお出かけなんだ。二人っきりにしてくれロック」

「か、可愛いって、に、兄さん、そんな」

 

 あやせがなにか言っているようだが、今はロックを説得するのが先決だ。

 呆気に取られていたロックがぷるぷる震え出し、そして叫びを上げながら逃げ出した。

 

「そんな嘘だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 凄えなあいつ、ドップラー効果を残して去っていったよ。

 そしてすまないロック、お前の言うように嘘なんだ。

 

「ふ〜〜、なんとかなったな。あやせ悪いな。んっ、あやせ?」

「デート、可愛いって、そんな、えっ、えっ、これってデートだったんですか? えっ、えっ」

 

 顔を赤くした妹がブツブツなにやら呟いている。

 咄嗟の事であやせに説明出来なかったし、あやせも混乱させちまったか?

 俺はあやせの顔を覗き込んだ。凄い真っ赤だ。これ熱とか出てないよな?

 

「おーい、あやせ、大丈夫か?」

 

 俺が呼びかけると、ようやくあやせの焦点が戻る。

 そこですぐ離れれば良かったんだ。俺はあやせを覗き込む為に顔を寄せていた訳だ。その距離は目と鼻の先、少し前に出ればキスが出来そうな距離だったんだ。

 惚けていたあやせが気が付いた時にキスが出来そうな距離に男の顔がありました。さてどうなるでしょうか?

 答えはこちら。

 

「えっ、あっ、はいぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 あやせが叫び声を上げながら、右手を天高く突き上げた。

 ああ、いつもの伝説級のアッパーカットだよ。

 俺は地に落ちるまでに二つの事を思った。

 こんな地元の駅でこんな騒ぎ起こしちまって、これからどうしたものか?

 そして気絶するだろう俺はコスプレ大会に間に合うのだろうか?と。

 




すみません自分で読み直して、後半違和感感じて書き直してしまいました。
またまた遅くなってしまいました。しかも話が進まない。
しかし自分的には岩男くんを久々に出せたので満足です。
亀のような進み方ですが、気長に付き合っていただければありがたいです。
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