「はぁぁーー、なんとか間に合ったな」
俺はメルルのコスプレ大会が開かれる会場前で呟いた。
開演まではまだ一時間はあるのだが、大会への参加者側としては結構ギリギリらしい。
「もう、本当だったらもっと余裕があったのに、兄さんのせいですよ」
俺の呟きに反応したあやせが俺に文句を言ってくる。
おいおい、そいつはねえだろう。
あの後、気絶してしまった俺だが30分も経たずに目を覚まして、いままでの記録を大幅に塗り替える快挙を達成したのだ。しかしその為に支払った代償は大きく、あやせに叩かれた両頬がまだジンジン痛んでいる。
気絶に往復ビンタ、ここまでされたのだから文句を言われるのは心外である。
「いやいや待てよ、俺のせいじゃないだろ。どう考えても悪いのは気絶させたお前の方だろ」
思わず言い返した俺の返答に、あやせがキョトンとした顔した後ぷるぷる震えだした。
「な、何を言っているんですか! あんな事されたら反撃して当たり前じゃないですか! デ、デートなんて口走って、わ、私を抱き寄せて、あ、あ、あまつさえ……キス、キスしようとするなんて〜〜〜〜〜〜通報しますよ!!」
あやせの絶叫が会場に響き渡る。メルルコスプレ大会の会場は予想以上にデカく、1000人位は集まれる屋外ステージで、いまはスタッフが準備に勤しんでいた。そんな中にこの叫びである、仕事しているスタッフの人達が手を止めてこちらに注目してしまう。
こ、こいつ、なんて事を口走りやがる!?
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーー!? キスしようとなんてしてねえからなっ!! そ、それにだ。たとえキスしたとしても、兄妹なんだから通報はねえだろう!」
あやせはキスされると思ったのかよ!? うわぁー、だから来る途中の電車では、赤い顔してこっちを無視してたのかよ。
先程の電車内での事を思い返していると、またもあやせがとんでもない発言を繰り出した。
「に、兄さんは、兄妹なら無理矢理キスしても犯罪じゃないと思ってるんですか!?」
目を丸くして驚愕の表情を浮かべる妹。
「はぁぁ? なんでそうなるんだ? 無理矢理キスなんて一言も言ってねえだろ!」
余計な一言を付け加えてしまったとはいえ、なんでそうなる。
「だってあの時は……無理矢理…じゃあないですか」
あの時? 駅での事か? たしかにあの時は凄く顔を近づけちまったけど……駅での出来事を思い出して、俺の視線が思わずあやせの唇に吸い込まれる。
「や、やっぱり兄さん……」
俺の行動が悪かったのか? それとも普段は優秀なあやせの頭脳がショートしてしまったのか? 完全に勘違いした妹が俺から後ずさり……防犯ブザーを取り出す。
あやせのその行動に慌てて俺は叫ぶ。
「だから違うぅぅぅぅぅぅーー!! キスしようとしてない。キスなんかしない。キスなんかしようとも思わない!」
いやいや防犯ブザーは本気でシャレにならないからな!?
俺はあやせの誤解を解くために必死で言葉を重ねる。
まさか妹相手にこんな弁解をする事になるなんて、人生は驚きの連続だよ。もちろんこんなサプライズは望んでねえけどよ、チクショウ!
「………そうですか、しようとも思わないですか」
俺の懸命な言葉に納得してくれたのか、あやせがポツリと言葉を漏らし俯いた。
落ち着いてくれたのはいいんだが、俺としては早くその右手の物を仕舞って欲しい。いや、ほんと切実に。
「あのー大丈夫ですか? えーーとその、呼んだほうがいいですか?」
そんな俺たちに話し掛ける人物が現れた。もっと正確に表現するなら、あやせに女性スタッフがおずおずと語り掛けて来たのだ。
スタッフのお姉さんの手には携帯が握られており、背後に警備員らしき二人組がおり、俺を睨みつけている。なんだか物々しい様子だ。それにお姉さんの言葉……呼ぶ……それは……もしかして警察か?
俺たちのいままでの行動は……
美少女が男に通報しますよと叫ぶ
キスをするだのしないだの叫ぶ男
俯いている美少女、右手には握られている防犯ブザー……
おいおい…………これは…本当にヤバイのではないか?
俺は背中に冷たい汗を掻き、蒼白になって固まってしまう。
そんな俺の態度にますます表情を硬ばらせるスタッフのお姉さん。そして少しずつ近寄ってくる警備員。緊迫した静寂がその場を支配したそんな中、俯いていたあやせがお姉さんに頭を下げた。
「すみません、紛らわしいことしてしまいました。この人は兄なんです。ちょっとふざけてしまい、その…本当に申し訳ありません」
「…………本当にそうなの?」
あやせの言葉に女性スタッフが疑惑の目線を俺に向けてくる。まああやせの手に握られているものを考えれば疑われて当然である。
綺麗なお姉さんから、冷たい目線を向けられる。ある種の人達からしたらご褒美なんだろうけど、そんな趣味は無い俺にはまったく嬉しくない。
とにかく誤解を解くために、俺はあやせに続いて慌てて謝罪した。
「す、すいません、ほ、本当に俺はこいつの兄貴なんです。ほんとすいませんでした」
焦っていた為どもってしまったが、真剣さは伝わったのだろう。頭を下げる俺たちにお姉さんが呆れた声で注意する。
「……分かりました。あまり騒ぐようだと退場してもらう事になります。注意して下さい」
ふはぁぁー、どうやら俺の社会的地位はなんとか守られたようだ。
妹に無理矢理キスを迫り、警察に逮捕されるなんて事になったら、あいつらに何を言われるか……
『うわぁ、あんた、遂にやっちゃったのね…マジキモイ』
『ふぅー、獣性を抑えることが出来ないなんて本当に最低ね。獣ですら貴方よりはきっと知的よ』
『京介氏……綺麗な体になって帰ってくるでござるよ』
くそう、想像の中なのに誰も俺を信じてくれねえ。いやまて麻奈美なら
『京ちゃん……兄妹でそういう事はしちゃいけないんだよ……』
麻奈美、お前もか。……これ以上考えるのは止めておこう。実際は何もなかったんだしな、うん。
俺への誤解が解けたので、二人の警備員は持ち場に帰っていく。俺たちに注目していた準備スタッフは自分達の仕事に戻っていき、スタッフのお姉さんも踵を返そうとしたが、それをあやせが引きとどめた。
「あの、すみません。…………実は友人が大会に参加するので、衣装を持って来たのですが…」
『まだ何かあるの?』とでも言うようにお姉さんが振り向き顔をしかめたが、あやせの言葉を聞き表情を変える。
「あら、あなたは参加者側だったの? それなら受け付けをするからついて来て」
「はい、分かりました」
どうやらお姉さんが受け付けをやってくれるようだ。それにしてもあの後で、この行動、我が妹は肝が座りすぎだろ。
「友達が参加と言ったけど、あなたは参加しないのかしら?」
「はい、私は衣装の作成と応援なので」
「そうなの? 勿体ない、あなたなら優勝も狙えるんじゃないかしら」
「いえいえ、私なんかじゃ無理ですよ。むしろお姉さんはこういう仕事につかれているようですけど、参加はされないんですか?」
「昔は参加してたんだけど……やっぱりね……」
「そうなんですか? お姉さん綺麗ですし、何も問題なさそうですけど?」
「あははっ、ありがとうね。でもね年を取ると……って、着いちゃったわね。じゃあそこで待ってて下さいね」
「えっ、あっ、はい」
あやせとお姉さんが会話をしながら進んで行くのを、俺は黙って後ろからついて行く。
あんな事があったのに、にこやかに会話するって……女って奴は凄えよな。
「はい、確認が取れました。これが参加者の証明書です。首から下げて置いて下さいね。くれぐれも無くさないように、こちらを真っ直ぐに行って右手が控え室になります」
俺が女性のコミュニケーション能力の高さにビビっていると、お姉さんが受け付けで確認をして、大会の参加証を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うあやせ。
「あ、ありがとうございます」
それに比べてお礼を言う俺の顔は強張ってしまう。情けねえ。
そんな俺に何を思ったのだろうか、お姉さんがクスッと笑いながら言葉をかける。
「あんまり妹さんを困らせたらダメですよ。お兄さん」
「〜〜〜〜〜〜〜〜はい」
彼女の言葉に顔が急速に熱くなる。一言返事をするので精一杯だった。
逃げるように案内を受けた控え室に向かう。隣を歩くあやせとはあの後からまだ一言も口を聞いていない。
さて、どうするべきなんだ? 謝ればいいのか? いや、しかし何に対してだ? 顔を近づけ過ぎて悪いと言えばいいのか? しかしそれじゃあ、せっかく解けた誤解を蒸し返さねえか? うーーん、どうする?
俺がどうするか悩んでいる間に控え室に到着してしまった。気まずい空気のままで、控え室に入るとそれを吹き飛ばす空気破壊者が降臨しやがった。
先に来ていたガキンチョもとい今回の主役である来栖加奈子である。
「あやせおっせえし、加奈子様より遅れてくるなんて何様だよ。もう帰っちまおうかと思ってたぜ」
加奈子が開口一番で文句を飛ばしてくる。
相変わらずの偉そうな態度だが、今回は遅刻して来たおれ達が完全に悪い。
あやせが加奈子の前で両手を合わせた。
「ごめんなさい加奈子。色々あって遅くなっちゃいました」
「チッ、まあいいけどよ。貸しに追加1だかんな」
「ふぅー分かりました。頼み事したのに遅れて来たわたし達が悪いですからね」
「にひひっ、なら構わねーよ。これでケーキ4個食えんのかー、何食おうかなー♪」
あやせが約束をしたとたんに顰めっ面から相好を崩す加奈子。
現金というべきか単純というか、ケーキ一つでチョロい娘である。ここまでチョロいと逆に心配になってくる。まあこいつの心配はともかく、とりあえず俺も挨拶しねえとな。
「よう、久しぶりだな加奈子。遅れて悪かったな」
俺は右手を上げて妄想の世界に飛んで行っていた少女を呼び戻す。
「あんっ…………誰だオメェ? 加奈子様の名前呼ぶなんて気安くねえか」
こちらを一瞥して加奈子が宣う。
「おいっ、前にお前が名前で呼べっつっただろーが! というか人の事を忘れてんじゃねーよ!!」
前にララポで飯奢ってやっただろーが、この野郎!
「冗談だっつーの。久しぶりだな京介。相変わらず冴えねー顔してんな」
加奈子がケラケラ笑いながら答える。
忘れてなかったのはいいけど、一言余計だよなこいつ。
「うっせーよ! お前も相変わらず成長してねーよな」
「はあっ? 目腐ってんだろオメェ! ちょー成長してんし!」
「は? 何処が? 身長? それとも胸か? 全然わかんねーよ」
俺の言葉に胸に手を当て激昂する加奈子。
「なぁーーー、て、てめぇ、セクハラしてんじゃねーーよ!? 変態地味ショボ兄貴!!」
「誰が変態地味ショボ兄貴だ!! それにセクハラなんかして……」
ねーぞ! と叫ぼうとした時、もの凄いプレッシャーを感じた。
「…………兄さん」
決して大きな声でない。むしろ落ち着いた可愛らしい声である。なのに恐怖しか感じられない。思わず俺は居住まいを正した。
「あ、あぁ、な、なんだあやせ?」
な、な、なんであやせは怒ってるんだ? さっきの件やっぱり謝っとかなきゃダメだったか?
「なんで兄さんは、久しぶりに会った加奈子の胸の大きさが分かるんですか? そんなに加奈子の胸に興味があるんですか?」
な、なるほど俺が加奈子の胸に興味を持っていると勘違いしたのか。なら話は簡単だ!
「いや、待て、落ち着けあやせ!? どう考えてもこいつの胸が成長してねえ事を指摘しただけだ。ゼロにゼロを足してもゼロ、つまりはそういう事だ!」
俺は加奈子の胸に指を指して抗弁する。
「だ、誰がゼロだっつうんだよ!? ふざけんな! 前に測った時70はあったつうの!! 〜〜〜〜って、てめえ何て事言わせやがる!?」
ふーん、こいつ70なのか? しかし意外だな、こいつでも恥ずかしがるんだな?
俺は赤い顔して胸を押さえている加奈子を見つめる。
「……言葉巧みに加奈子のバストサイズを聞き出すなんて、兄さんはやっぱり……」
加奈子の胸を見つめたのが悪かったのか? あやせが暗い瞳をして呟く。
マ、マズイ状況が悪化した。早く誤解を解かねえと。
「ち、違うからな、どう考えても加奈子の自爆だから、そ、それに胸は大きい方がいいからな、ぺったんな加奈子の胸には興味ねえよ」
「…ちなみに私はどうですか?」
「えっ、あ? もう少しあったほうが……」
焦っていたせいか、俺は……いまとんでもない事を口走らなかったか?
「………………へえ、そうなんですね」
「………………ぺったん」
女子中学生達に凄え冷たい目で見下される。ゾクゾクしちまうぜ。……この後の事を考えてな。
「ああっ、なんつうか言葉の間違いというか、その、なんだ。許してもらえねえかな?」
「うふふっ、兄さん、許してもらえると思いますか?」
「死ねよ、変態」
「だよな……」
躙り寄る二人の少女を尻目に、俺は天井を仰ぎ見る。控え室の蛍光灯がこれから起こる惨劇から目を逸らすかの如く、またたいたような気がした。
ほんと久しぶりの投稿になってしまいました。
申し訳ない。
しかし投稿日がクリスマスか…
サンタさん俺にもあやせのような妹を…
えっ、無理