俺の妹がこんなに優等生なはずがない   作:電猫

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第33話

 こういうイベント会場の紙袋はどうしてこう…恥ずかしい物しかないのだろうか?

 加奈子から貰ったEXメルル・スペシャルフィギュアだが、受け取ったときに剥き出しのままで受け取ってしまったのだ。大会の優勝商品を優勝した加奈子が持ち歩くのならともかく俺がこれを持っているのはマズい訳で…盗んだとは思われねえと思うが、余計な面倒は避けられるならそれに越したことはない。なのでフィギアをしまう為の紙袋を手に入れたのだが、この紙袋……メルルとアルちゃんが仲良く中央で決めポーズをしているのだ。アキバでならまだいいが、これを持って地元を歩く勇気は俺にはない。

 仕方ない、面倒だけど別のところで他の紙袋をゲットしねえと。まあそれもまずはこの会場を出てからだな。ああ、それとここから出る前にあやせに連絡を取らねえといけねーな。電話だとまだ説教中かもしんねーからメールいれとくか。

 携帯に文章を打ち込んでいると、ふと気が付いた。

 あーーー、よく考えると俺が桐乃に見つかるとマズいのか? あいつだと俺が持ってるこのメルル紙袋はもちろんのこと、他の紙袋にしても何もってるかって詮索してきそうだよな。…とりあえずそれもあやせに相談してみるか? 書きかけていた文章を削除して新たに俺は新たにメールを書き直す。

 

『加奈子から例の物を受け取った。桐乃といるなら、これを持ったまま合流しない方がいいよな? どうする? 先に家に戻ってた方がいいか?』

 

 これで良し。送信と。

 さて、あとは見つからないように…ヨドバシにでも行くか? あそこなら桐乃の興味を引くもん少ねーし。それにあやせと一緒なら桐乃もそのまま帰宅すんだろ…たぶん。その場合電気街口から帰宅だろうから、ヨドバシから中央改札口や昭和通り口から駅に入ればあいつらと鉢合わせることもないだろ。ふっ、完璧な計画だな。

 俺が今後の事を考え自画自賛しながら歩いていると、胸の内で何か引っかかるものをおぼえる。

 しっかし、なんか忘れてる気がすんだよな。何だっけか? うーーん。

 ……………あーーーーーーーーーっ!? 加奈子からコスプレ衣装回収してねえじゃねーか!?

 俺は厄介な事を思い出したと額に手を当てた。

 また戻るか? …あんな去り方して戻るって…はぁー、すげぇーカッコ悪いな。だけど、衣装を回収しねえわけにもいかねーよな。俺は肩を落として再び控室へ向かうため踵を返す。

 まだ加奈子の奴、帰ってねえよな? まあ、あいつも今頃コスプレ衣装をどうしようか悩んでいるかもしんねーな。俺がそんな事を考えながら歩いていると、ズボンのポケットから携帯の着信音が響いた。着信表示はあやせからであった。電話をかけてくるくらいなら桐乃への説教はきっと終わったのだろう。

 

「あやせか? どう…」

「に、兄さん、どうしましょう!?」

 

 通話に出たとたん、こちらが喋るのに被せる様にあやせの焦った声が携帯から聞こえてきた。

 

「ど、どーした、あやせ!? 何があった?」

 

 あやせの緊迫した声に俺も慌ててしまう。

 

「桐乃が、桐乃が…」

「桐乃がどうかしたのか!?」

 

 ま、まさか、またあやせと桐乃が……夏に起こった悪夢が脳裏によぎる。

 

「桐乃が凄い落ち込んじゃったんです。どうしましょう、兄さん」

「ああ、そうか……」

 

 思わず淡白な返事が俺の口から洩れる。とりあえず最悪な状況では無い様だ。

 

「そうか、じゃないですよ、兄さんっ! ちゃんと聞いて下さい!!」

「うわっ、わ、悪いっ!?」

 

 あやせの剣幕に反射的に背筋が伸びてしまう。もはやこれは俺の中で条件反射になってしまったようである。

 

「うーーー、桐乃を喜ばせようとしてたのに、落ち込ませちゃうなんて…私の馬鹿。でも、でも、どうしても我慢できなかったんですよ。親友があんな姿をしてるなんて…とても我慢できなかったんです!」

「…ああ、うん、あれは仕方ねえ。お前はきっと悪くないぞ」

 

 あやせの台詞にヒャッハーしていた桐乃を思い出し、思わず言葉が漏れた。その言葉にあやせが同意を見せる。

 

「そうですよねっ、仕方ないですよねっ! 不可抗力ですよねっ!!」

「お、おぉ。…ちなみにいま桐乃はどんな状態なんだ?」

「そ、それはですね……ええと…肩を落としてですね…」

「ふんふん、それで?」

「虚ろな眼差しで…」

「…………おう」

「そして、その………私が話しかけると、桐乃は…その…ごめんなさいとしか言わなくなっちゃったんです…」

「っ重症じゃねぇーーーーーか!?」

「だから兄さんに相談してるんじゃないですかぁーーー!!」

 

 俺の叫びに対してあやせも叫び返してくる。

 しっかし、あの桐乃が壊れるほどって…どんな説教をしたんだ、うちの妹は?

 俺が戦慄で身を震わせていると、あやせの落ち込んだ声が携帯から流れてくる。

 

「どうしましょう……兄さん。私は桐乃に喜んで貰いたかったのに…」

 

 あやせの声色にしょんぼりしているイメージが浮かび上がる。妹の悲しむ顔なんて見たくねえ。しかも今回あやせは桐乃の為に頑張ってたのに、これじゃあ報われねえよ。これは俺がなんとかしねえと。

 

「あやせ、俺に任せとけ!」

「兄さん、いい方法があるんですか!?」

 

 俺の言葉に携帯から聞こえてくるあやせの声のトーンが明るくなる。その様子に俺は…い、いまから考えるとはとても言えなくなってしまった。

 考えろ考えるんだ俺。最近何か落ち込んでいる女の子を慰めているのを見た記憶が…そうだ!! たしか桐乃から借りたゲームで落ち込んだ妹を慰めるシーンがあった。ギャルゲーだがこの際使えるものは何でも使わねえとな!

 

「いいかよく聞け、あやせ」

「はい、兄さん」

「まずは桐乃を優しく抱きしめるんだ。温もりを感じると人は落ち着く」

 

 ゲームのシーンを思い出しながら、テレビ番組でたしか言っていたであろう説得力のありそうな言葉を付け加えて補足する。

 

「なるほど、たしかにさっき抱きしめていたとき桐乃は落ち着いてましたね。さすがです、兄さん」

 

 えっ、既にやってたのか? あやせと桐乃に何があったんだ!? ま、まあ、とにかく次だ。ええとたしか…

 

「その後はだな。えっと、そうだ、頭を優しく撫でながら相手を肯定し続ける」

「肯定することで自信を持たせるんですね」

 

 なるほど、そういう効果があるのか…いかん感心してる場合じゃない。その先を思い出さないと。

 

「おう、きっとそれだ。その後は落ち着いた相手の瞳を覗き込む」

「しっかりと目と目を合わせるんですね」

「ああ、それで…」

 

 その後は…主人公と妹のキスシーンが…………あ、危ねーーーーっ!? 頭に浮かんだシーンをあやせにそのまま伝えちまうところだったぜ。

 『それで、ゆっくりと唇を重ねるんだ』もしもこんなことを言ってたら『こんな時にふざけるなんて兄さんは何を考えているんですかぁーー!!』って大激怒されちまうところだった。いや、激怒ならまだいいんだが、もしかしたら二度と口を利いてくれなくなってたかもしんねえな。ふぅー、危ねーー。

 

「兄さん、兄さん、どうしたんですかっ? その後はどうするんですか?」

 

 耳元からあやせの焦った様子の声が聞こえる。突然俺が黙りこんでしまったから不安を感じてしまったのだろう。危機を回避したからってほっとしてる場合じゃねえ。

 

「あ、ああ、すまん。ちょっと考えてた。それで、その後はだな…」

「はい。その後は?」

「そ、その後はその後は………すまんあやせ、ここが俺の限界だ」

「えぇー、兄さん期待をさせておいてなんですか、それは」

 

 あやせの呆れた声が携帯から流れてくる。任せとけと言ったのに自分が情けない。だけどよ…思わず言い訳が口から滑り落ちる。

 

「すまないあやせ。だけど良く考えると落ち込んだ女の子を慰めた経験が俺の場合、お前と麻奈美しかないからな…」

 

 前に桐乃が親父さんの件で落ち込んだ時も話を聞いてやるくらいしか出来なかったからな。親父さんの説得のフォローもしたが、あれは慰めた訳じゃないしな。

 麻奈美の件も小学校でクラスが別になって落ち込んでたから休み時間や昼休みに遊びに行ってやっただけだから、今回は役に立たないし。あやせの場合は

 

「お前が落ち込んだ時の事だと、一緒の布団で寝てやったぐらいだから、参考にならねーし」

「っなぁーーーっ!? な、なにを言ってるんですかぁぁぁあぁぁっぁぁぁーーー!!」

「うぉっっ!?」

 

 耳元からもの凄い叫び声が聞こえてきた。慌てて携帯から顔を遠ざけたが耳の奥がキーンとする。鼓膜は大丈夫だろうか?

 右耳が休暇の申請をだしてしまったので携帯を左手に持ち替え、あやせに苦情をいれる。

 

「お前なあ、いきなり叫ぶなよ。鼓膜が破れたらどうすんだよ」

「ごめんなさい。でも、兄さんがいきなり変な事を言うのが悪いんですよ。そ、その、い、一緒のお布団なんて…そんな事してないですから!!」

 

 あやせの焦ったような早口が携帯から聞こえてくる。別に兄妹なんだし子供の時に一緒の布団で寝るなんて否定するほど大した事じゃないと思うんだがな。

 

「いやいや、お前が泣き止むまで抱きしめて、頭を撫でてやったろ?」

「~~~~~~~~っ!? そんな記憶ありません。兄さんの妄想です!」

 

 おいおい、本当に忘れてんのか? ならショックなんだが……いやでも幼稚園や小学校低学年の時の記憶なんて結構忘れちまうもんか?

 これが現実か、悲しいな。『おにいちゃん』って言いながら俺の後ろをトコトコ歩いてきたあの頃の天使(あやせ)は俺の記憶にしっかりと焼き付いているのに。

 

「妄想はひでぇーよ。あやせは忘れてるかもだけど、小さい頃はお前よく俺の布団に潜り込んでたんだぜ」

「えっ? あっ!? こ、子供の時の事だったんですね」

「幼稚園の頃なんか嫌な事があるとすぐに俺の布団にくるから、お前のおねしょに巻き込まれ……」

「思い出しましたからぁぁぁっぁーーーー!! 兄さんは余計なことは思い出さないで下さい」

 

 あやせの再びの絶叫が俺の言葉を遮った。

 ……うん、これは俺にデリカシーが足りなかったな。俺の脳裏に電話越しで顔を真っ赤にさせたあやせの姿が浮かんでくる。これ以上はまたあやせを怒らせちまいそうだから話を戻さないとな。

 

「ああと、そのなんだ。話を戻すぞ。そんな訳でこれ以上は桐乃を慰める手段は浮かばないんだ。すまない」

「あ、はい。わかりました」

「あれ? さっきと違って素直に納得したな?」

「はぁぁーー、兄さんの話の衝撃で逆に落ち着いてしまいましたよ。……ごめんなさい、兄さんは一生懸命考えてくれたのに責めてしまいました。もともとは私が悪いのに、兄さんに甘えてしまってました。ここからは私の力で頑張ってみます」

 

 はっきりとした力のこもった声が耳元に届く、どうやら完全に立ち直ったようだ。ほっとすると同時にあやせの力になれなかった自分への悔しさと寂しさを感じてしまう。そんな自分の心境が思わず言葉を漏してしまう。

 

「おう、そうか……悪いな、あまり役に立てなくて。それと妹に甘えられるのは兄貴としては嬉しいもんだから……まあ、その…なんだ、いつでも頼ってくれ」

 

 うぐぐっ、なんだ、言葉にするともの凄く恥ずかしくなってきた。

 俺は慌ててあやせが返事をする前に言葉を重ねた。

 

「いや、すまん、さっきのは無しだ。忘れてくれ!」

 

 しかしそんな俺への返答はくすくすと笑い声、そして…

 

「ダーメです。もう聞いちゃいましたから。私に頼られるのは嬉しいんですね、兄さん。ふふっ」

 

 弾んだ調子のあやせの否定の言葉だった。

 

「…………」

「こほん、すみません。桐乃をいつまでも待たせておけませんから、そろそろ失礼しますね」

「えっ…ああ…」

「ええと…でもその前に……おかげで元気が出ました。ありがと、兄さん♪」

 

 予想外のあやせの言葉に俺が思わず固まってしまい生返事しかできない状態で電話が切れる。

 あやせが調子を取り戻してくれたのは嬉しい。俺の言葉が元気づけるのに役に立ったのも嬉しい。桐乃を放っておくのもマズいのも、もちろん分かる。だからこれで良かった筈なんだ。筈なんだけど……ますます妹に頭が上がらなくなってしまった気がする。

 これからはもっとやっかいな頼みごとがくるかもなーと思い、やれやれと嘆息する。心の中では面倒なことになったぜと考えているのだが、なぜだか口元が緩んでくる。

 電話を切る前のあやせの言葉を浮かべながら思っちまう。

 まったく、妹の感謝の言葉一つで満足しちまうなんて、兄貴って奴は安上がりな生き物だよな!




明けましておめでとうございます。
ついに年を跨いでしまいました。すみません。
こんなペースですが、今年も宜しくお願いします。

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