桐乃から借りた例のソフトを昨日ついにコンプリートした!
長く険しい道のりだった! 少しでも早く返すために、ここ一週間学校が終わったら家に速攻で帰り、やり続けたのだ!
本当に何度精神を破壊されかけたことやら、眼鏡姿あやせの写真という回復アイテムがなければ、俺はいま廃人になっていたかもしれない。
これほどの達成感を味わったのは久しぶりだ!
昨日エンディング曲が終わりENDの文字が出たときには、思わず両手を高々と掲げてガッツポーズしちまった。
辛く苦しい日々が終わった開放感から今日は、あてなくぷらぷら散歩することにした。
駅前商店街を本屋で立ち読みしたり、CDショップを冷やかしたりとしているうちに、鳥類と一緒に家に帰ろうと曲が流れてきた。
その曲につられた訳ではないが、そろそろ帰るか? と思ったところで、ここ一週間俺を苦行に追い込んだ張本人を見つけた。
桐乃はゲーセンで太鼓マスターをプレイしている。
ようやくクリアした旨を伝えてやろうと近づいて行くと様子がおかしい。
リズムなんか御構い無しに、力任せに太鼓にバチを叩きつけていた。ガンッ! ガンッ! ガンッ!
なんだあいつぶっ壊すつもりか!?
このままだと店員呼ばれるだろ? 止めるつもりで急いで桐乃に近寄った。
「死ね! 死ね! 死ねっ! みんな死ねぇっ!!」
なんておっかねえこと言ってやがるこの女! 思わず肩にかけようとした手をビビって引っ込めちまった!
……まあこのまま放置する訳にはいかんよな。改めて引っ込めた手を肩に伸ばした。
「おい、桐乃!」
「誰っ!?」
振り向きざまに桐乃が振るったバチが俺の脇腹にクリーンヒット!
「ゴハッ!?」
「なんだ、京介か!」
い、息ができねー! なんて暴力的なヤローだ! 会うたびに俺に対して遠慮がなくなっていく! せめて謝れ!
いろいろと言ってやろうと桐乃の顔を睨みつける。そこには涙目姿の少女がおり、その姿に文句を言いかけていた俺の口がピタリと動きを止める。
「お、お前泣いてん……」
「泣いてない!」
桐乃が俺の言葉を遮る。
桐乃が太鼓マスターに八つ当たりしていたときから注目を集めていたのだろう、遠巻きにこちらをチラチラと見つめるギャラリー達が増えてきた。
「……はぁ、場所かえるか?」
「……うん」
桐乃も気が付いたのだろう。反論することなく同意した。
ゲーセンを抜け出し、とりあえず近くの公園に行きベンチに腰掛ける。
途中の自販機で買ったミルクティーを桐乃に向かい放り投げる。
「ほれっ! それでなにがあった?」
「わっ!? ……あんがと」
「…………」
「…………」
缶を受け取り礼は言ったものの、それから口を閉ざす桐乃。
しかたない別の話題で切り込むか。
「昨日ようやく『妹と恋しよっ♪』クリアしたぞ! 凄げぇ大変だった! 今度返す。いつ持っていけばいい?」
「……いぃ。それあんたに上げる」
「はぁっ!?」
耳を疑ったね! あの『詩織ちゃん、超ぉサイコー! 詩織ちゃん、マジ神! 詩織ちゃん、ウッヘッヘ!』なんてマジでこいつ大丈夫か? ってくらい『妹と恋しよっ♪』を好きだったこいつがソフト手放すだと!?
「聞き間違ったかも、すまん。もう一度言ってくれ」
「だぁからー! あんたにやるって言ったの!」
桐乃が絶叫する。
まじ、これは本格的に何があったんだ?
「あと、これからは京介と会わない! 黒猫や沙織とも会わない!」
「お前、急に何を!?」
「あいつらにはあんたから言っておいて!」
そう言って立ち去ろうとする桐乃。
逃げようとする桐乃の腕を慌てて俺は掴み上げた。
「ふざけんなよ! なに一方的に決めてんだよ!」
「離してっ!」
「離さねえ! 少なくとも理由言うまでは絶対に離さねえ!」
「……わかった。理由言うから離して」
俺の覚悟が伝わったのか、桐乃は諦めてベンチに戻った。
「それで?」
「……あたしオタクを卒業することにしたの。だってオタクってキモいじゃん! だからあたしにはそんな友達は必要ないの! だってあたしは……」
「お、お前ふざけん……嘘つくなよ」
「嘘なんてついてない……」
「じゃあなんで泣いているんだ?」
桐乃の瞳から涙が一雫溢れ落ちた。その雫はだんだん数を増し、やがて線となり頬を伝い落ちる。
「ち、違っ、あ、あたしはな、泣いてなんて、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー」
強がりも限界に達したのだろう、桐乃が泣き崩れた。
こういうときはどうしたらいいのだろう? 彼氏なら胸を貸してやればいい! 親友なら背中を撫でるだろうか?
桐乃のことは仲間とは思っている。しかし妹の友人で、付き合いもここ一ヶ月程度でしかない俺にはどちらもしてやれず、桐乃が泣き止むまで見守ってやることしか出来なかった。
「……ごめん」
「気にすんな、謝ることじゃない。ほれ!」
「あんがと。京介がハンカチちゃんと持ってるなんて意外」
「……あやせがうるせぇーんだよ」
「ふふっ、想像できるかも」
俺があやせに叱られているところでも考えたのか桐乃が微笑む。
どうやら落ち着いたようだ。
「なにがあったんだよ?」
「あのね、お父さんに趣味がバレちゃった……」
「親父さんにか……」
「うん、くだらないって言われちゃった。あたしが好きなアニメもゲームも、そして京介や黒猫、沙織のオタク友達も……」
「桐乃……」
「全部、全部、くだらんって。違うのに、そうじゃないのに、あ、あたしな、何も、言い返せなかった……」
言われたときのことを思い出したのだろう桐乃の顔が悔しさで歪む。
せっかく止まっていた涙もポツリポツリとまた桐乃の膝に落ちていく。
俺の左手が自然に動いていた。先ほどは何も出来なかったが、いま左手は桐乃の頭をゆっくりゆっくり撫でている。
これが役に立つのかは分からない。でも少しでも桐乃の悲しみがやわらげばいいと思う。
子供の頃、あやせがよく泣いていたときによく同じことをしていたのを思い出す。
「はぁーーー」
「落ち着いたか?」
「うん、ありがと、少しスッキリした」
「約束果たせたな」
「約束?」
「そ、約束! 愚痴を聞いてやるって言っただろ!」
「……まだ覚えてたんだ。うん、あたしもう一度お父さんと話してみる。たぶんアニメやゲームは諦めなきゃダメかもだけど、京介や黒猫や沙織にはこれからも会えるようお願いする」
桐乃が覚悟を決める、その瞳には決意が宿って見えた。
しかし俺は知っている。こいつがどんなにアニメとゲームを好きか。いやこいつの場合もはやそれを愛していると言っていいだろう。
誰がほとんど初対面の相手に延々とメルルの素晴らしさについて喋り続けられるだろうか? 誰が実の妹がいる兄貴に妹物のギャルゲーを勧めてくるだろうか?
こいつがやることは正直非常識だ。それは断言できる!
しかしこいつがアニメやギャルゲーの話をしているときは、とても嬉しそうに、そして幸せそうに喋るのだ。
そしてそれは黒猫、沙織も同じだ。
きっと彼等は真のオタクなのだろう。
そんな真のオタクの桐乃がアニメ、ゲームを諦める。
何故だろう? とても認めたくない!
これから俺がやろうとすることは、お節介だ!
家族の間にわってはいる、きっととても迷惑なことだろう。
なにせ桐乃の父が言うことはとても正論だからだ!
アニメはともかくとして、何処の世界に女子中学生がギャルゲーをやることを喜ぶ父親がいるのだろうか?
たぶん、いや間違いなく俺が父親の立場でもギャルゲーは勢いで取り上げてしまうと思う。
だからこれから俺がやることは完全に俺の我儘だ!
俺がいままで通り幸せそうに笑いながらアニメやゲームで、俺たちと盛り上がっている桐乃の姿を見ていたいという俺の個人的欲求だ!
「一度、お前の親父さんに会わせて貰えねぇか?」
「えっお父さんに?」
「あぁ、非常識だってことは、百も承知だ! 本来なら赤の他人の俺が出しゃばっていいわけがねぇ! だけどさっきお前『アニメやゲームを諦めても』って言ってたろ? 黒猫や沙織に今後会えたとしてもアニメやゲーム出来ないお前は楽しめるのか? 羨んだりせずに友人関係を続けていけるか?」
「そ、それは……もちろん」
桐乃が口ごもりながら、力なく肯定する。
桐乃と黒猫、沙織を結びつけたのは、オタク趣味だ。
たぶん桐乃のオタク趣味が禁止されても、こいつらはいい友人関係を続けられるだろう、でもそれはいつか破綻しちまうんじゃないかと思う。
桐乃が『オタクっ娘集まれ!』のコミュニティを参加したのは、あやせ達学校の友人に求められないものを求めたからだと思う。
酷い言い方になっちまうかも知れないが、黒猫や沙織に桐乃が求めるのは、普通の友人じゃなくて、オタク友達としての友情だろう。
そのオタク趣味を封印して関係を続けるのは、きっと酷く困難だろう。
「桐乃、俺はたぶんお前の親父さんを説得するなんて無理だと思う。所詮他人だからな」
「なら、なんで?」
「だからお前を手伝わせてくれないか?」
「えっ?」
「お前親父さんともう一度話すんだろう? そのときに、お前がオタク趣味を辞めないですむようフォローしたいんだ」
「あたしのフォロー……」
「ああ、まだわからねぇが。黒猫と沙織にも力を借りて、親父さんを攻略しよう!」
「あいつら力貸してくれるかな?」
「一緒に親父さんと会うってのはわからねぇが? 相談に乗ったり、攻略方法は間違いなく考えてくれると思うぞ! むしろ何も話さないでみろ、絶対にそっちの方がキレるぞ、あいつら!」
「そうね『水臭いですぞきりりん氏!』『私に秘密を作るなんて、偉くなったものねスイーツが!』くらい言ってきそうね」
「だろ、だから間違いなくあいつらは力を貸してくれるって! ただし親父さんを説得するのは、あくまで桐乃お前自身だぞ」
「わかってる! お父さんを必ず説得してみせる」
力強く桐乃が宣言する。
それはさっきまで泣きじゃくっていた奴とは、とても思えなかった。
嬉しくなり、ついついポンポンと桐乃の頭を軽く叩いた。
「ははっ、その意気だ!」
「うっさい、触んな! ……あんがと」
桐乃が俺の手を払いのけた後、そっぽをむきながらボソリとお礼を呟いた。
日刊ランキング1位、朝見て飲み物吹き出しました!?
感想で書いたのですが、
俺の小説がこんなに評価されるはずがない
本当にそんな気分です。
ランキングの嬉しさから、続きを一気に書いてしまいました!
応援してくださる皆様に感謝感謝です。
これからも頑張って執筆します。