いま俺たちは駅前のカラオケボックスに集まっている。
今回の桐乃のことで黒猫と沙織に緊急招集をかけたのだ。
本当ならここに桐乃がいるはずだったが、外出を許して貰えなかった。
桐乃と打ち合わせが出来ないのは痛いが、本格的な説得前に親父さんを刺激するのはマズイので、桐乃には後で電話でこの内容を伝える予定だ。
桐乃がいないので、俺が代わりにあの日起こった事を、ゲーセンからその後の公園までなるべく克明に説明を始める。
話の途中で桐乃が俺らとはもう会わないと口走ったところでは、こいつらがぶち切れて大変だった。
「あのクサレビッチ!? いまからあいつの家乗り込むわよ!」
「うふふっ! 桐乃さんあなたも私の前から何も言わずに消えるんですね。えぇえぇ黒猫さん乗り込みましょう! 桐乃さんにしっかりと教育して差し上げませんと!」
「待て待てっ!? お前らストップ! 特に沙織、口調がおかしいから!? とにかく落ち着けぇーーー!!」
席を立ち上がり憤怒の形相で退出しようとする二人の腕を掴み、必死の思いで引き止めた。
こいつらを引き止めるのに俺が使った労力を、もし目の前のカラオケマシーンが調べてくれていたら、きっと100キロカロリーを余裕でオーバーした数字を叩き出したに違いない!
その後キレた二人を落ち着かせ、最後の『父さんを必ず説得してみせる!』まで、なんとか話しきることができた。
説明を聞き終わった後、黒猫が俺を睨みつけ問いかけた。
「貴方、私達の力を当てにし過ぎじゃないかしら? 私達が力を貸さないって言ったら、どうするつもりだったの?」
「はっ? どうするも何もお前らが桐乃の危機に力を貸さないはずないだろ? だからお前らが力を貸さない状況なんか、何も考えてないぞ?」
「なっ!?」
「プッ、く、黒猫氏の負けでござるな。拙者達をそ、そこまで信頼して頂き、と、とても嬉しいでござるよ」
「うーーーーー、見透かされてるみたいで癪に触るわ!」
俺の何当たり前のことを聞いているんだ? という態度に黒猫は唖然とした顔をして、その後俺に対して唸りだす。
黒猫お前名前の通り、獣にでもジョブチェンジするつもりか?
俺らのやり取りを見ていた沙織は口元を押さえて笑っている。
沙織、喋るか笑うかどちらかにしろ!
『ふぅー』とひと息呼吸をもらし、笑いの発作を治めて沙織が問いかけた。
「それでどうするでござるか?」
「ああ、とりあえず今度の日曜に桐乃の親父さんに会えるよう、桐乃にセッティングを頼んだ。たぶん大丈夫だと思う」
「自信なさげね。本当に大丈夫かしら? それにしても次の日曜だと、ほとんど時間無いじゃない!」
「なんでそんなに早く会談を申し込んだのでござる?」
「あぁ、それは時間が経てば経つほど、桐乃が追い詰められちまう気がするんだ! たしかに昨日あいつは立ち直ったよ。でもその後家で親に責められ続けたら、さすがのあいつもまいっちまうだろ? それに強硬手段で、アニメやゲームを捨てられちまう可能性もあるしな」
「たしかにそれはござろうな!」
俺の解答に得心したのか、二人がコクリと頷く。
さて次の質問は重要だ。まあ答えは見えているけどな。
「それでお前ら日曜どうする? 一緒に行くか?」
「もちろんでござるよ! きりりん氏、盟友の危機に参上するのは忍者の基本でござる」
即答である。
しかし沙織お前はいつから忍者になった?
そして忍者はどちらかというと、冷酷に見捨てる側だと思うぞ? 偏見かもしれんが!
黒猫の方はといえば。
「ふ、ふん、行ってあげるわよ。スイーツ女に貸しを作る大チャンスですもの」
胸の前で腕を組み、そっぽを向きながら黒猫は応えた。
そんな黒猫を俺たちは微笑ましく見守った。
「ふふっ、黒猫氏は本当に素直じゃないでござるなぁ」
「あぁ、まったくだ」
「貴方たち、何が可笑しいの!!」
顔を赤くして照れ隠しで怒る黒猫。
あーーなんだ。これお持ち帰りしちゃってもいいかな?
赤い顔して下から俺を見上げる格好で睨みつけてくる黒猫。その姿は破壊力抜群である!
俺はいま、少し萌えというものを理解したのかもしれない。
俺が新しい世界に一歩足を踏み入れている中、横で沙織が黒猫を宥めていた。
「まあまあ、黒猫氏。拙者達も悪ノリが過ぎたでござるよ。すまんでござる」
「ふん、いいわよ。それよりもいまは私を気色の悪い目で見てくる、そこの男の方が気になるのだけれど……」
身の危険を本能で察したのか? 黒猫が両腕を胸の前に交差させて、俺から身を遠ざける。
ばれてるぅぅ!? 黒猫の勘の良さに驚いた俺は弁明を始める。
慌てていたためか、何も考えずに思ったことをそのまま口にしてしまう。
「い、いや、お前の姿があまりに可愛く見えたから」
「なぁっ、か、可愛っ」
俺の言葉を聞いて、黒猫が俯いてしまう。
し、しまった! 何を言ってんだ俺!?
フリーズした黒猫とあたふたしてる俺を見かねて沙織が声をかけた。
しかし何か声に怒りを感じる。
「イチャイチャは別のところで、やってくだされ」
「イ、イチャイチャなんかしてないわよ! そもそもこんないかにも平凡地味な男に惹かれる訳が無いでしょう!」
グサァッ! 言葉の刃が俺に突き刺さる。
たしかに自分でも地味で平凡なのは理解しているが、人にしかも女の子に目の前で言われると堪えるな。
はぁーマジへこむ。
俺の落ち込んだ姿を見て、自分が口走った言葉に気がついたのか? 黒猫が仕方ないという顔をして言葉を発した。
「別に、貴方を悪く言うつもりは無かったのよ。地味って思っちゃったのは本当だけれど……」
とどめを刺すつもりかこいつは!
しかしどうやら続きがあったようだ。
「貴方を信頼しているわ。いつも私達のオタク談話に仕方なさそうな顔で付き合ってくれる、お人好しなところ。私達が貸す物に対して、面倒臭そうな表情で……これはちょっと許せないわね。でも全て見て感想を言ってくれる律儀なところ。そして今回の友人の為に、友人と一緒に親を説得しようなんて非常識な、とてもお節介なところ。正直桐乃が少し羨ましいわ」
こんなに黒猫が俺を評価してくれているとは思わなかった。
黒猫の信頼の眼差しに、俺の心臓は急ピッチで作業を始め、首筋を通して血液を顔に送り続ける。
沙織が微笑みながら黒猫に追従した。
「えぇ、それが京介さんの良いところですわ。おっと、本当にきりりん氏が羨ましいでござるよ!」
二人の信頼の言葉を聞き、穏やかな気持ちになった俺は思わず微笑んだ。
こいつらの信頼に応えたい、俺の口から言葉がこぼれ落ちた。
「あのときは桐乃の泣き顔を見たら、何とかしてやらなきゃって思って、必死だっただけだよ。そしてそれはもし黒猫、沙織が同じ状況だったとしても俺は同じことするぞ! 俺にとってお前らは大切な存在だからな!」
「〜〜〜〜(こ、この男は!?)」
「〜〜〜〜(その表情で反則ですわよ!?)
部屋の中がシーンと静まり返る。
あれ? 俺は何かしちまったか? 信頼に応えたくて、こいつらに大切な仲間ってことを伝えただけなんだが?
黒猫を見る。口をパクパクさせて固まっている。俺と視線が重なると顔を真っ赤にさせて、慌てて顔を逸らした。
沙織を見る。今度はこいつが顔を伏せて俯いている。よく見ると沙織は耳まで赤くなっている。
お、俺はそ、そんなに恥ずかしいと思っちゃうクサイ台詞を口にしてしまったのだろうか!?
そう思ってしまったら、頭にカーッと血が上り、俺も何も言えなくなってしまった。
部屋の中に気不味い沈黙が訪れる。
このまま永遠に沈黙が続くのか? と思われたところ、『コホンッ』咳払い一つして、一番最初に回復した沙織が気不味さを打ち破った。
「そ、それで桐乃氏の父君への対策なのでござるが、どの様にフォロー致しましょうか?」
「あ、そうだな、説得は桐乃がするとして。俺らはどうやって援護するかが問題だよな」
なんとか落ち着いた俺も、沙織に答える。
だだし具体的なアイディアが全然浮かんでこない。
そんな中で、こちらも落ち着いたのか黒猫が、冷静に意見を述べた。
「ふぅー、えぇそうね? なら私達がやる事は相手の世間的正論をいかに論破するか、徹底的にシミュレートすることね」
「世間的正論をシミュレート?」
「えぇ、世間の大人にとってオタク趣味は気持ち悪い趣味という意見が一般的だわ! 本当に腹立たしいけれどもそれが世間の評価なの! だから私達は相手が言ってくるオタク趣味の問題点を論破して、オタク趣味も普通の趣味と変わらないと納得させなければならないの!」
「つまり親父殿が言ってきそうなことを予想して、解答を考えておくのでござるな?」
「えぇ、その通りよ!」
黒猫が対策を考え、沙織がまとめる。
すぐにこんな意見が出てくるとは、頼もしい連中だ!
俺は笑みをこぼした。
「さすがだよ、お前ら!」
「感心ばかりしてないで、貴方もしっかり考えるのよ!」
「あぁ、勿論だ! よっしゃあ、希望の光が見えて来たぜ!」
それから俺たちは時間の限り、桐乃の親父さんが言ってきそうな事を必死で頭を捻らせ、その対策に没頭した。
そして日曜日、いよいよ対決する運命の日を迎える。
大切な仲間と言ったつもりが、存在って言ってしまった京介くんです!
これはマスケラの影響にしといてください(笑)
これからも楽しめる物語を頑張って作っていきたいと思います。