荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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水軍の才

急速な経済発展を遂げる冀州においてもっとも大きな市場はやはり衣服市場である。

人口が倍増し、平均収入も数倍になったことで、それまで衣服を買えなかった中間層や下流層の女性たちにもおしゃれに興じることが可能となったのである。

株式会社の大規模な投資によって麻や綿、染料の生産量が増大し、麻布や綿布の価格がインフレにより実質的に価格が下がった事も一大服飾流行を後押しした。

こうして、冀州では華やかな装飾文化が発展する。

こうした流れに対して、冀州において上流層の女性達の衣服は高級化の一途を辿る。

以前と同様に中間層や下流層との差別化を図る為には必然であった。

 

高級化する上流層の衣服用素材として主に使用されたのは主に絹であるが、それ以外の高価格且つ珍妙な素材も好まれた。

その代表例が毛皮である。

特に、北方位民族が狩る獣の毛皮が冀州では喜ばれ、羽織モノや襟巻きとして利用された。

当初は一部の愛好家の間で広まっていた毛皮品であるが、冀州州牧である袁紹がそうした装飾品を身にまとったことで人気が爆発した。

と言っても、異民族経由で手に入れるしか無い珍妙な毛皮等は中流層程度では手の出しようのない高価な物だったため、一部の人間しかそうしたものを手に入れることは出来なかったが。

しかし、貴重であるという事が上流層の女性たちの自尊心をくすぐった。

そして、彼女たちは数十万銭を超える毛皮製品を買い漁ったのである。

 

毛皮の需要増大に伴って、冀州の商人や株式会社が異民族との交易拡大を試みた。

服飾関係の株を大量に保有していた友若の積極的な後押しもあり、彼らは辺境の官吏や将軍と話をつけて異民族から毛皮を購入する機会を得た。

 

辺境の官吏や将軍たちにとって冀州の申し出は天から金貨が降ってきたようなものだった。

異民族との大規模な交易許可を得る際に、友若はかなりの譲歩をしていた。

交易には多大な税が課されており、その収入は資金不足にあえいでいた辺境に一息つかせるだけのものだった。

 

辺境が資金不足に苦しんでいたのは皇帝の方針転換によるものである。

異民族国家の有力な王が死んだことで辺境が安定すると見た皇帝はそれまでの軍事費を削減した。

 

「異民族のやばい奴も死んだんでしょ? 漢帝国復興の改革のために予算はいくらあっても足りないのよ。と言うか、身を守るためにも私の軍を持たないといけないし。正直、今まで辺境に予算つぎ込みすぎちゃったよね。いくら不正に着服したかしらないけど、大分蓄えたでしょ? なら、少しくらい減らしても大丈夫だよね」

 

この時代、宦官と官僚の権力が肥大化し、漢帝国は汚職の歯止めがかからない状況である。

皇帝はこれを打開するべく様々な改革を打ち出していたが、常に予算不足が問題として付きまとっていた。

対異民族の脅威が減ったという話を聞いた皇帝は辺境に投じていた莫大な戦費削減を行った。

宦官や洛陽の官僚にしてみれば、この決定は洛陽に回される予算の増大を意味していた。

新たな利権確保のため彼らは積極的に皇帝を後押しした。

結果的に辺境の軍事費はちょっとどころか大幅に削減されることになる。

 

だが、異民族の有力な指導者が死んだからといって、その脅威が消失したわけではない。

洛陽からの予算削減により、辺境の防衛は困難になり、必然的に異民族の略奪を許すことになる。

この当時、遊牧騎馬民族に勝つことは難しい。

まして、予算が減らされて武装も満足に整えられない以上、まともな防衛など出来るわけがなかった。

 

「漢帝国は、皇帝は我々を見捨てたのか!」

「我々が長年洛陽を異民族の脅威から守ってきたのだぞ!」

 

民草や豪族は皇帝に恨みを抱くようになる。

 

そうした状況下で、辺境に資金をばら撒いたのが冀州であり、自らの保有する株式価値を上げる目的で毛皮交易拡大を望んだ友若であった。

一応、経済発展を持続させるという名目もあったため、友若は袁紹の名前を使って辺境の豪族や将軍と交渉を重ねて交易圏を確保した。

かなりの税を取られることになったが友若は気にしなかった。

急速に増大する需要に足して供給が追いつかない毛皮の価格上昇を考慮すれば、税によって毛皮の原価が数倍程度になったとしても問題なかったためである。

 

こうして、辺境は財政を皇帝ではなく袁紹に依存することになった。

 

さらに、冀州との交易を活発化させたことは結果として異民族の脅威を減らす方向に働いた。

異民族は毛皮の他に酪や毛糸などを財力のある冀州商人に売ることで貨幣を得た。

その貨幣を使って異民族は漢帝国から穀物を購入することが可能になった。

 

もともと異民族が漢帝国を襲う最大の理由は食料の不足である。

生産能力の乏しい異民族にとって生きるために他の動物の命を奪うというのは極々当たり前の行為であった。

そこに食料を抱えた人間が含まれるのも当然の道理である。

何も財を持たず生きるために襲ってくる異民族は多少の犠牲に躊躇しない。

基本的に馬を自在に操る異民族に対抗できない漢帝国は彼らが暴れる度に食料を渡したり、和解金等を支払ったりして領土を保ってきた。

土地に執着しない異民族は物資さえ手に入れることが出来れば満足して去って行くのである。

 

ここで、冀州との交易により異民族は安定的な貨幣収入を手にした。

これによって異民族は商業取引により食料を恒常的に入手できるようになった。

交易の関税などによって莫大な税収を得た辺境軍の軍備強化を目の当たりにした異民族の多くは戦いよりも取引によって必需品を入手するようになったのである。

 

もちろん、漢帝国に対して断固として敵対視性を崩さない異民族もいた。

だが、商取引を行うようになった異民族の協力もあって、辺境は安定を取り戻していった。

 

ここで効果を発揮したのがやはり衣服であった。

この恋姫的世界における漢帝国の服飾技術は当時の世界水準を遥かに凌駕している。

冀州の商人たちが辺境へ運んできた衣服――冀州において流行を外した下流、中流層向けの不良在庫を買い叩いたもの――を見た異民族達は驚愕した。

そして、異民族達はこぞって冀州の衣服を買い求めるようになったのである。

たちまちの内に、異民族達にとって冀州の衣服を持っていることは権力の証になった。

……冀州では周回遅れの二束三文の扱いである衣服ばかりだったが。

 

これに目をつけた諸葛亮は公孫賛に進言して、冀州の商人たちが運んでくる衣服を買い占めさせた。

そして、漢帝国に協力的な異民族のみに衣服を売ることで、反漢帝国的な態度を取る勢力の排除に成功した。

幽州のこの成果に関する情報は劉備の意向もあってたちまちの内に他の辺境に伝わり、辺境における異民族対策の基本戦略として広まっていくことになったのである。

 

この流れに直接関わったこともあり、友若は辺境の安定が袁紹の統治する冀州の安定に依存していることを何となく理解していた。

冀州の購買力を基点として安定を維持するようになった辺境にとって、その冀州の政変は望ましくないはずである。

だからこそ、辺境の政治家や軍人であれば、袁紹と皇帝のとりなしを名乗りでてくれるかもしれない。

友若はその様に考えていた。

 

そして、辺境の有力者の中で友若が目をつけたのが董卓であった。

交易制度を確立するために動いていた際、友若は董卓と何度か出会っている。

その時の董卓の様子から、友若は彼女の説得にはそれなりの自信を持っていた。

少なくとも、いきなり逆賊として殺しにかかってくる性格ではないだろう、と友若は判断していた。

さらに、冀州との交易によって莫大な利益を董卓は得ている。

どの程度の税が支払われているかは株を保有している株式会社からの情報で知っているのだ。

だからこそ、董卓たちは朝廷に現状をかき乱されたくないはずである。

一方で、董卓は弱小勢力とはいえ、実態はどうであれ名将を抱えていると評判があり、皇帝の外戚であり、洛陽と距離の近い并州の軍人である。

様々な観点から見て、董卓が皇帝との橋渡しに最適だと友若は考えていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ボクたちは袁紹の治める冀州から大きな利益を得ている。袁紹が逆賊と認定された今、ボクたちはただでさえ朝廷から睨まれ易い。今回の冀州討伐には異民族対策を理由に不参加を決め込むつもりだったけど、だからと言って朝廷と事を構えられるわけがない。態々袁紹と一緒に逆賊と認定された荀シンを見逃す訳にはいかないわ」

 

賈駆は急遽集められた并州の重鎮たちに自らの意見を述べた。

 

「あー、もう! 折角、今回の騒動に無関係を決め込めると思っていたのに! あのアホ共のせいで散々だわ!」

 

ひと通り発言を終えると、賈駆は冷静な様子から一変して怒鳴り散らす。

 

「え、詠ちゃん、落ち着いて……」

「とは言え、朝廷が勝ったら不味いんとちゃうんか、賈駆っち。冀州の商人がいなくなったら税収が半減どころやないで」

「ええ、そうよ! どうしてこうなるのよっ! そもそも、名門の癖に逆賊認定なんかされてんじゃないわよ! 馬鹿なの!? 折角、異民族がおとなしくなって并州が安定してきたのにそれを台無しにするなんて洛陽の連中は何を考えているのよ!? 袁紹の勢力を削りたいのは分かるけど、もっとうまいやり方があるでしょうが! 自分の足を食ってどうするのよ! と言うか、どうしてこう問題ばかり湧いてくるのよ!」

 

なんかもういっぱいいっぱいな様子の賈駆に気圧されたように他の面々は黙り込んだ。

 

「ふー、ふー」

 

息を荒げる賈駆。

 

賈駆の半生は基本的にろくでもない事ばかりだった。

異民族の暴れる辺境に生まれ、略奪に怯えた幼少期。

そんな中で親友となった董卓を守ろうと必死に努力するも周囲の状況に翻弄されるばかりである。

異民族に優秀な王が生まれたことで、辺境軍は敗北に敗北を重ね、歴戦の戦士たちが次々に死んでいった。

ぶっちゃけ、漢帝国の対策はひたすら頭を下げて金を払い異民族に去ってもらうくらいしかない。

見た目の良い董卓などは度々異民族に女性として差し出されそうになった。

そうしたふざけた輩の局部を潰したり、脅しをかけたりしながら、必死に親友を守り戦っていると、異民族の王が死んだ。

ようやく一息つけると思ったら、皇帝がこれ幸いにと軍事費を大幅削減。

異民族の指導者がいなくなった訳ではないため、防衛戦力を維持できなくなったことで余計に辺境の状況は悪化した。

冀州との交易拡大を認めたことで何とか軍を維持できるようになり、ようやく一息ついたと思ったら冀州を治める袁紹が逆賊となってその財源存続が危うくなる状況。

賈駆本人は最善を尽くしているのに、周囲の状況変化がどうしようもない方向に進んでいく。

 

「と言うか、并州は朝廷に味方するのですか? 今回、朝廷の言い分は横暴すぎるのです」

「……そうかもね。だから何? 朝廷としてはこれ以上袁紹の権勢拡大を容認できるわけがない。儒教とか既存の勢力とかガン無視の袁紹がこれ以上力を持てば、漢帝国が滅びかねない。やり方はともかく、袁紹の排除は朝廷の存続のためにも必要よ」

「むっ! それでは朝廷の不義を認めるということですか!? 間違った事に加担するなんてとんでもないのです!」

「あのね、正しいとか、正しくないとか、そんなことはどうでもいいの。ボク達が考えなければいけないのはどっちが勝つかよ。どちらが正しいかを決めるのは勝った方。ボク達みたいな弱小勢力は勝ち馬に乗らなければ瞬く間に潰されて消えることになるわ」

 

憤る陳宮に対して賈駆は冷たく告げた。

幼少の経験によって賈駆は大義というものに虚しさを感じていた。

例え間違ったことをしても、賈駆に敗北は許されない。

親友董卓を守ることを第一に考える賈駆はそう誓っていた。

 

「だからといって――!」

「まあまあ」

 

賈駆の様子に納得出来ないと反論する陳宮。

対立をやめようとしない2人を取りしたのが張遼であった。

 

「ともかく、今回の件は朝廷と袁紹のどっちにも問題があるっちゅうことや。だから、軽々に袁紹やんに味方するわけにはいかん。そうゆうことやな、賈駆っち?」

「……まあ、間違ってはいないわ」

「むむむっ、ならばそれを先に言うのです!」

「あんたが話を聞かないんでしょうが!」

「だから、2人共喧嘩はやめいっちゅうねん」

「ふ、2人共落ち着いて」

「……喧嘩はダメ」

 

張遼と董卓、ついでに呂布の仲裁もあって2人は対立をやめた。

 

「ともかく、どちらが正しいとも間違っているとも言えない以上、ボク達は勝つ方に味方しないといけないわけよ。どっかの誰かさんが堂々と并州をねり歩いてくれたおかげで、中立を保つことができなくなっちゃったんだから」

「なんや、面白うないわ。折角なら負けそうな方について逆境を跳ね返してやるっちゅうほうが面白そうやんか」

「そうですぞ。呂布殿が味方すればどっちであっても戦いに勝てるのですから問題ないのです!」

「……現状ではボク達は朝廷側に味方するべきだと思うわ。理由は二つ。一つは今回の出来事が袁紹にとって想定外の事態だと思われるからよ。ボク達の治める辺境と違って異民族の脅威もなく長年平和を享受してきた冀州にまともな兵なんて居るわけがないわ。まして、袁紹は逆賊。正当性がない以上、即興で集めた兵士の士気が簡単に上がるとは思えない。もちろん袁紹はそれなりの私兵を持っているでしょうけど、諸侯が平時に保持できる兵力は1万まで。十万以上の兵力を動員するであろう官軍相手に冀州の兵が勝てるとは思えないわ」

「うーむ。ですが、そこにねね達が味方すれば十分勝機があるのではないのですか?」

「それだけならね。ただし、もう一つの理由、公孫賛がいる以上、袁紹の勝利は危ういと言わざるをえないわ。冀州の北、幽州を治める公孫賛と朝廷の官軍に同時に責められれば冀州の勝利はないでしょうね」

「公孫賛が朝廷に味方する保証はあるのですか?」

「公孫賛は真面目で皇帝に忠義を持っている。正直、その融通のきかなさはどうかと思うけど、だからこそ皇帝にもそれなりに信頼されているわ。それに公孫賛は袁紹と不仲よ。まだ確定したわけではないけれど、皇帝に味方すると考えるべきね」

「なるほどなあ」

 

賈駆は袁紹が苦しい戦いを強いられると断じる。

張遼が相槌を打った。

統治で手一杯で、洛陽や他州の情報に手が回らない賈駆の情報は若干古かった。

こんなんだから、洛陽の政治家にいいように扱われるということに賈駆はまだ気がついていなかった。

 

「むむっ! 断定は危険ではないのですか。公孫賛も辺境の将軍。冀州との交易はねね達と同じく重要な財源ではないのですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……可能性の低いことに一々怯えている暇はないわ。情報が足りなくても状況の変化する速度は変わらないわ。なら、ボク達は今持っている情報を最大限に利用して最善手を探り当てなければならないじゃない」

「賈駆っちの言いたいことは分かった。で、一つ聞きたいんやけど――」

 

陳宮と賈駆の話し合いを聞いていた張遼が問を発した。

 

「賈駆っち的にはどっちが勝ったほうがええんや」

「……それは袁紹ね。正直、今の朝廷じゃあ、折角安定してきた辺境を台無しにしかねないわ。ただ、袁紹の勝率は限りなく低い以上、朝廷の側に付くしかないと思うわ」

「ほんなら、勝ち目があるようなら袁紹に味方したほうがいいっちゅうことか」

「……そうね」

 

賈駆は張遼の言葉に同意する。

冀州との交易は今の并州には欠かせない。

 

「ほんなら、これから来る荀シンと話してみて、もし勝ち目がありそうやったら、うちらは袁紹に味方すればええんとちゃうか」

「その可能性は限りなく低いと思うけど。でも、まあいいわ。もし、荀シンが袁紹に勝利の可能性があることを示せれば袁紹に味方してもいいと思う。だけど、今回の件が完全に袁紹にとって予想外の出来事で、何の対策もないならば、会談の席で荀シンを殺して朝廷に忠義を示す……月、辛いかもしれないけれど」

「うんうん、私は大丈夫。だから、詠ちゃんも無理しないでね」

「分かっているわ」

 

かくして、董卓とその配下達は荀シンとの会談に備えた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「こうして話し合いの場を設けて頂き、感謝の念でいっぱいです。ありがとうございます、董仲穎殿」

 

友若は董卓に頭を下げた。

董卓側は董卓を筆頭にメガネを掛けた賈駆、晒しがむき出しの張遼、ちびっ子にしか見えない陳宮と天下の飛将軍と名高いらしい呂布が並んでいた。

 

「態々、逆賊が皇帝の臣下の前に姿を現すとはね。どうせなら、自分と袁紹の首を切り落として持ってきてくれればよかったのに」

 

しょっぱなから話し合う気を見せない様子で賈駆が皮肉を言った。

 

「貴様……れ……本初様を指してその口の聞き様は何だ!」

 

友若の隣に座る沮鵠が憤りの声を上げる。

 

「お、落ち着け! 沮鵠!」

 

友若は沮鵠を必死に宥めた。

内心では董卓側の予想以上に辛辣な様子に戸惑いを隠せない。

 

――あれ、これやばいんじゃね。もしかしていきなり斬りかかられたりしないよなあ……

 

友若はビビりまくりながらそう思った。

 

「友若さん、私は皇帝陛下の臣下です。逆賊になってしまった荀友若さんを見逃すわけには行きません」

 

董卓は小さい声でありながらも毅然とした態度を見せて言う。

 

――だだだだだだだ、だ、だ、だめじゃねえか! 誰だよ、董卓なら話し合いに応じてくれるとか言った奴! 無能もいいところじゃねえか! 董卓はどう見ても俺を問答無用で殺す気だぞ!!

 

友若はパニックを起こした。

 

「貴様ら……」

 

沮鵠が腰に下げた剣に手を伸ばした。

会談の場に帯刀を許されたことで油断してしまった、と沮鵠は思った。

だが、鍛えあげられた自らの腕を持ってすれば呂布や張遼といった有名な武人を出しぬいて董卓を人質にとることも不可能ではないはずだ、と沮鵠は考える。

天下に名高いからといってそれが絶対ではないことを思い知らせてやる。

沮鵠はそう決意して機を伺った。

 

――血の気の早いやっちゃな―

 

張遼は内心で呆れていた。

そこそこ腕は立つようだが自分や呂布ならば沮鵠に先手を取られたとしても素手で無力化できると判断した張遼は何も行動するつもりはなかったが。

どの道、背後の刺客に気がついていない以上、全ては無駄なのだから。

 

「……しかし、袁本初殿は漢帝国の名門中の名門。今回の件も何かの間違いではないかと私たちは思っています」

 

董卓は話を続けた。

 

「そこで、お聞きしたのですが、荀友若殿、袁本初殿は今回の件についてどのように振る舞うおつもりなのでしょうか」

 

――え? え? 今何を言った? 完全に聞き逃していたぞ!?

 

董卓の質問に友若はようやく我を取り戻したが、何を聞かれたのかもさっぱりだった。

もちろん、董卓の言葉の不自然さにも気が付かない。

 

――どうするかって言っていたよな。それで大丈夫だよな。聞き返せるふいんき(何故か変換できない)じゃないし。っていうか、メガネの娘、めっちゃ睨んでるよ!?

 

「え、ええっと……董卓殿には陛下に袁本初様及び私が忠実な臣下であることを伝えていただきたいのです」

 

皇帝の味方に付くという董卓の言葉を信じた友若は必死に自分たちが皇帝に歯向かうなんて事実無根ですと言い募る。

天子様と戦うなんて考えてもいません、自分たちは決して天子様の脅威ではない、弁明の機会を与えて欲しい。

友若は必死だった。

そもそも曹操なんかに勝てるわけがないのだから、土下座外交でも適わない、と友若は考えている。

沮鵠は呆れた視線を友若に向けている。

そんな友若の様子に賈駆の目が冷気を放った。

 

「ですから、袁本初様と私は決して――」

 

もういいだろう。

賈駆はその様に判断し、刺客へと合図を飛ばそうとした。

 

「え、ええっと、荀友若さん、官軍に攻められれば袁本初さんはどうされるおつもりですか」

 

賈駆の様子を見た董卓は友若に助け舟を出した。

 

「え!? も、もちろん、そうなれば皇帝に忠実な本初様や私は降伏します」

 

友若は助け舟を蹴飛ばして転覆させた。

 

「いや、でも官軍とはいえ勝った際は略奪とかするやろ。それに、皇帝は冀州の商売を否定しとるし、冀州の繁栄と民を守るために戦ったりはせえへんのか?」

「? いや、そんなことはしません。あくまでも、私たちは天子様に忠実な家臣ですから」

 

友若が張遼の助け舟の竜骨を一撃で叩き折った。

獅子奮迅の立ちまわりである。

友若には水軍の才能があるかもしれない。

 

――もう、十分でしょうが。

 

賈駆がそういう感情を込めた視線を張遼に送る。

朝廷側に付く事を考えている状況であまり変なことは言えない。

 

賈駆が刺客に指示を出そうとした瞬間、会議の場に伝令が駆け込んできた。

伝令は驚いている賈駆の元に駆け寄ると耳打ちした。

公孫賛が袁紹の味方についた、と。

 

「……少し、休憩しましょう」

 

賈駆は周囲にそう言った。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「そうして辺境の軍人風情にあんな卑屈な態度をとったんですか」

 

休憩のために充てがわれた控え室で、沮鵠は友若に詰問した。

 

「あのなあ……皇帝の側に付くって董卓は言っているんだ。下手なことを言ったら董卓に殺されちまうだろうが」

「だからといって宦官の言いがかりにどうして麗羽様が頭を下げないといけないのですかっ!」

 

沮鵠は憤る。

 

「いや、董卓はただ陛下に仕えているだけだ。宦官とは関係ないだろう」

「関係なくなんかありません! 宦官の専横を許す皇帝にも十分否があります! そもそも、麗羽様は十分な訓練を積んだ私兵を大量に抱えています。猪々子様、斗詩様といった優秀な武人も沢山います。宦官の手先なんかに負けるわけがありません!」

「いや、皇帝の臣下の前でそんなこと言えるわけがないだろう。最悪、この場は適当にごまかして冀州に帰ればいい。董卓にはもともと戦力は期待していないからな。皇帝陛下に取り次いでもらいたいと思ったからこそ俺は冀州に来たんだ。本初様も逆賊という立場を大層悲しまれていた。皇帝陛下と話して逆賊指定を解除してもらわなくちゃならない」

「……」

「それに、何よりも大事なのは2人揃って生きて帰ることだ。生きて帰れれば董卓陣営の様子を麗羽様に伝えることもできる。それはこんな所で自分の自尊心を守るために命を捨てるよりも大事なことだ」

 

友若は偉そうにそんなことを言った。

つい先程、船を2槽程撃沈しただけのことはある。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「お待たせしました」

「いえ、問題ありません」

 

会談を突如中断したことを董卓は詫びた。

友若はそれに気にする必要はない応える。

 

「先ほどから友若殿も言っておられましたが、今回の袁本初様への朝廷のやり方は私も強引すぎると思います」

「え?」

 

先ほどとは打って変わった董卓の様子に友若は驚きの声を上げた。

 

「当然だ」

 

沮鵠がしたり顔で頷いた。

賈駆が何も言わずに歯噛みした。

友若は沮鵠に黙るように合図する。

いきなりの董卓の豹変。

何を狙っているか分かったものではないと友若は気を引きしめた。

最初に威圧して、次に懐柔を試みるのは交渉の基本である。

 

「ええ、ですから、先程も言っている通り、董仲穎殿には皇帝陛下に私達の主張を伝えて貰いたいのです」

「……しかし、既に勅が下っています。まずは、官軍の対処が先では?」

「ですから、官軍との戦闘になる事自体を回避したいのです」

「しかし、漢帝国の名門中の名門の当主袁本初様に皇帝陛下は喧嘩を売ったのです。ある程度、官軍が負け越さないことには対話は無理だと思いますが」

 

官軍に勝利するためには協力する必要があると考えている董卓達。

官軍に勝利することなど欠片も考えず、朝廷と和睦して袁紹と自分の命を安堵することだけを考えている友若。

両者の間には目的意識の点で大きな隔たりがあった。

 

「ふん。異民族ごときに苦戦している貴様らの力など必要ない、ということです」

 

沮鵠が辛辣な言葉を吐いた。

カチンと来たのか董卓側の表情が硬くなる。

え、こいつ何いってんの、と友若は驚いた。

 

「えっ? そうなんですか」

 

董卓だけが純粋に驚いた様子だった。

 

「何を抜かしやがるですか! この呂布殿は天下無双! それに、こっちの兵は異民族の相手をこっちに押し付けて安穏と過ごしてきた冀州のお前らとは格が違うのです!」

 

我慢できないとばかりに陳宮が噛み付く。

 

「そうやな。子供の強がりとはいえ、うちらも武人の誇りっちゅうもんがある。あんまり舐め腐った口聞いてんじゃねえぞ」

「こっ、子供扱いするなあ!」

 

沮鵠が吠えた。

そういえば、銀行では職員に散々からかわれていたなと友若は現実逃避気味に思い出した。

 

「ええっと、先ほどの沮鵠の言葉は大変無礼でした。監督者として謝罪させて頂きます。しかし、やはり董仲穎殿に援軍を出していただく必要はないと思っております。それよりも、皇帝陛下と外戚関係にある董仲穎殿には皇帝との仲裁をしていただきたいと……」

 

敵に曹操がいる時点で多少の増援など焼け石に水だと思っている友若は相変わらず董卓に皇帝との取次を求めた。

 

「そこまで言うなら、官軍相手に勝算があるんでしょうね。一応、あんた達の味方に付く以上、あんた達だけで勝てる見込みが無いなら、ボク達としては援軍を送らない選択肢はないわ。でも、数万の兵に鎧から武器まで全部揃える官軍に対抗するだけの兵を袁紹は揃えられるのかしら」

 

賈駆が冷たく言う。

対して、沮鵠が自信満々に答える。

 

「ふん! 麗羽様の配下の兵たちは官軍なんかよりも軽くて頑丈な鎧を着ています! それに、現在麗羽様が保有している弩の数は3万を超えています! 官軍だろうがなんだろうが麗羽様が負けるわけがありません!」

「はあ!? 弩が3万!? 冗談も程々にしなさいよ!」

 

歩兵最強の武器である弩を3万も保有しているなどという戯言に賈駆が噛み付いた。

 

「あ、いや、確かに……交換用に準備してある部品の分を含めると本当は弩は6万程だ。一ヶ月後位までに頑張れば後1万は追加できると思う」

「え?」

「は?」

「へ?」

 

賈駆がその程度の数の弩では不十分だ、と言いたいのだろうと判断した友若は慌てて沮鵠の言葉を訂正した。

態々冀州まで負けに来るのも可哀想だな、と思った友若は董卓に参戦させたくなかった。

守ってあげたくなるオーラが出ている董卓に友若はデレていた。

 

友若の言葉には嘘はなかった。

弩の生産量も十分可能なレベルである。

鉄の価格維持を目的に生産を始めた弩であるが、友若が下手に入れ知恵して生産効率が上がってしまったため、冀州には大量の弩の在庫があった。

矢の方も弩の数に合わせて増産したため、袁紹の保有する弩の数はすごいことになっている。

具体的には袁紹の抱える私兵――経済的に依存させた豪族に名目上の私兵を預けている分を含む――合計3万ほどよりも弩の数のほうが多いのだ。

因みに、通常の軍における弩兵の割合は1、2割である。

 

「あんた、ボクを馬鹿にしているの!?」

 

我を取り戻した賈駆が怒鳴った。

諸侯の保有する私兵が1万であることを考えれば、普通そんな数の弩を持っているなどありえない。

弩というのは生産コストや維持費の高い武器なのである。

市場経済というものを間近に見たことのない董卓達にしてみれば、価格調整のために軍事物資の納入を増やすなどという発想は考慮の外であった。

 

「いや、本当だけど」

「……なるほど、そういうこと」

 

自然な様子で答えた友若に賈駆は確信した。

袁紹はもともと朝廷との戦いを予定していたのだと。

そうでもなければ、異常な量の弩を準備していたということに説明がつかない。

実際の数は友若の言葉よりも少ないのだろうが袁紹が万を超える弩を準備していたということはそういうことに違いない、と賈駆は判断した。

 

――それなのにひたすら朝廷との和平を口にするなんて、とんだタヌキ野郎じゃない!

 

賈駆は内心で毒づいた。

 

――袁紹は官軍を打ち破ったという名声を独占したい、ということ。恐らく、北の公孫賛を敵に回すことはできないから、袁紹と公孫賛で名声の山分けを狙っているということね

 

賈駆は決心した。

 

「まあ、いいわ。董卓が援軍に行くのは不味い、ということね」

「? あ、ああ」

「なら、呂布と張遼を送るわ。客将という扱いにすれば文句は無いでしょう? ボク達に譲歩できるのはここまでよ」

 

今後の事を考えれば、名声はできるだけ得ておきたい。

本来の能力の割に散々苦汁をなめさせられてきた賈駆としては容易に名声を手に入れられそうな状況に参加しないという選択肢はない。

それに、官軍相手に袁紹がどのように戦うかも知っておかなければならない。明日は誰が敵になるかわからないのである。

大量の弩を保有する袁紹がどう戦うかは詳しく知っておかなければならない。

だが、袁紹としては、必要がない限り自分たちだけで手に入れられる名声を他の人間に分け与えるつもりはないだろう。

沮鵠などは明らかにそうした雰囲気を漂わせている。

ならば、客将という形で呂布と張遼を送り込めばいい。

こうすれば表向き、両者の戦果は袁紹のものになる。

ただし、呂布と張遼個人の武将としての名声はそれぞれのものだ。

彼女たちが董卓のもとに帰参した際もこの名声は消えない。

さらに、呂布を向かわせるということは陳宮も同伴させることが可能ということだ。

賈駆にしてみればまだまだ幼い陳宮であるがその頭脳は一級だ。

下手な人物を送るよりも袁紹の戦い方を分析するためによっぽど役に立つだろう。

董卓自身が名声を獲得できないことは残念だが、ここは諦めるしか無いだろう。

この形なら袁紹が負けた際も董卓は無関係を言い張れるし、決して悪い選択ではない。

もちろん、立場は悪化する事は間違いないが、今回の一件で幽州の公孫賛を失った漢帝国にこれ以上辺境の有力武将を排除する余裕はないはずだ。

賈駆はそう考えた。

 

「これでいいかしら?」

「あ、ああ」

 

詰め寄る賈駆に気圧された友若は頷いた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「よろしくなあ、荀シンやん」

「あの、字で呼んで貰えませんか」

「おう、分かったで、荀シンやん」

 

冀州への帰還する道すがら、友若と張遼はそんな会話を交わした。

結局、賈駆に押し切られた友若は呂布と張遼と4000の騎馬隊の動向を渋々容認した。

戦ったらどの道勝ち目がないんだからそんなことよりも逆賊指定を何とかしてくれと思う友若であったが、董卓に協力を渋られてはどうしようもなかった。

 

「なるほど、お前も随分と苦労しているのですね、沮鵠」

「白凰でいいわ。貴方とは何故か他人のような気がしない」

「ねねのことも音々音と呼んでいいのですぞ、白凰」

 

友若と張遼の後ろには呂布と陳宮、沮鵠が馬を並べている。

何故か陳宮と沮鵠は気が合うらしく、真名を交換するほど親しげに会話をしていた。

 

「何時も何時も子供扱いを受けるねね達は団結してこれと戦わなければならないのです」

「その通りね。どこかのアホも黄蘭様の十分の一でもいいから真面目で優秀だったら良かったのに」

「賈駆のやつは呂布殿の爪の垢でも煎じて飲めばいいのです」

 

後ろのからかわれ要員の会話を聞きながら友若はため息を付いた。

 

「なんや、折角うちらが付いて来たのに辛気な顔しくさって」

「いや、いくら張将軍や呂将軍がいるとはいえ、相手には曹操がいます。勝利は難しいでしょう」

 

流石に負けるとは言わなかったがそれに準ずる友若の言葉に張遼は獰猛な笑顔を見せた。

 

「ほう、荀シンやんはその曹操とやらの方がうちよりも強いっちゅうんか? まあええわ。武人は戦場で語るもの。うちら辺境の軍人を馬鹿にしくさっているあんたの頭を叩きなおしてやるわ」

「いや、馬鹿にしているとかそういうわけではなくて、曹操がずば抜けすぎているというだけで――」

「こう言っちゃあなんやが、うちもめっちゃ強いで。その曹操とか言う奴にも負けるつもりはあらへん」

 

張遼はそう言うと不敵に笑った。

友若も張遼に釣られて笑った。

勝てる、とは友若には思えなかったが、善戦くらいは出来るかもしれない。

戦いは避けられなくても簡単に倒せないと朝廷が判断すればなんとかなるかもしれないと友若は前向きに考えることにした。

 

因みに、この後冀州についた友若はあの『劉備』が公孫賛の下から援軍としてやって来るという話を聞いて狂喜し、同行していた張遼と呂布を始めとした并州からの援軍にモヤモヤとした感情を抱かせる。

こっちの援軍には対して期待していないのに、公孫賛の方は凄い喜びようじゃないか、と。

幽州にも異民族はいるかもしれないが并州でも長年強大な異民族と戦いを重ねてきたのである。

あからさまに差を付けられていい気はしない。

并州の兵士たちは官軍との戦いで自分達の武を示さんと決意した。

 


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