荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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友若は逃げ出した

「進め! 敵を蹴散らせ!」

 

孫堅が兵士達を叱咤する。

 

「おい! 弩兵の小隊長と思しき奴らを射るが、儂にできるのはそこまでじゃぞ!」

「十分よ!」

「行くぞ、雪蓮!」

「はい! お母様!」

 

馬に乗った孫堅とその娘である孫策は袁紹軍の右翼に少数の騎兵のみで突撃していく。

孫堅軍のほとんどは歩兵である。

弩兵を大量に配備し、合間なく矢を放ちながら前進する袁紹軍に闇雲に接近しては予想される被害が大きすぎる。

そこで、孫堅は弓兵の援護の下、少数の騎兵で接敵し、敵を撹乱した後に歩兵を前進させるという作戦をとった。

無数の問題を抱え込んだ作戦である。

少数の騎兵が接敵する前に弩兵の攻撃集中に耐えられなければ、作戦の前提が成立しない。

騎兵が弩兵を十分に弩兵を混乱させることができなければ、後続部隊の接敵が不可能となる。

接敵できた所で孫権軍は寡兵であり、友軍の追撃がなければ数の暴力を前に浅草の露と消えるだろう。

歴戦の名将である孫堅は当然ながらその事を弁えていたし、黄蓋もだからこそ忠告をした。

しかしながら、無数の危険を理解してなお、孫堅はこの作戦を強行した。

 

袁紹軍の正面に配置された兵士達が相手であれば、孫堅はこの作戦を採ろうとはしなかっただろう。

口にだすことはなかったが、孫堅は袁紹軍正面の兵士達の練度が孫堅軍のそれよりも高い、と判断していた。

流石に距離を詰めれば孫堅軍が有利であろうが、そう簡単に倒せる相手ではないし、そもそも、距離を詰めること自体が難しい。

だが、右翼に配置された兵士達は違う。

右翼にもまた無数の弩兵が配備されていたがその練度は低く、接敵さえしてしまえば容易くこれを混乱の渦中に叩き落とすことが出来る、と孫堅は判断した。

 

馬に跨り風になる孫堅達少数に対して袁紹軍右翼は慌てて弩を構える。

数名、他とは違う格好をした袁紹兵が手を振り上げている様子が見えた。

 

「あれが兵士長か!」

 

叫ぶ孫堅の横を高速で数本の矢が駆け抜ける。

黄蓋の放ったそれであった。

常人をはるかに超えた才覚と能力を持つ黄蓋の矢は袁紹側の弩よりも速く、正確であった。

その矢は過たず指揮役と思われる兵士達を射殺した。

 

「よし! 祭、よくやった!」

 

孫堅が叫ぶ。

黄蓋の矢で指揮役と思われる兵士達が射止められた事に、袁紹兵は動揺を見せていた。

幾人かの兵士が慌てて孫堅達に向けて矢を放つが、ろくに狙いも定められていないそれらの殆どはかすりもしない。

それでも数本の矢が孫堅に突き刺さらんと突き進む。

 

「無駄だ! そんな腰の引けた矢が何万と来ようがこの江東の虎が倒せるものか!」

 

孫堅は南海覇王を振るって矢を叩き落とし、声高らかに叫んだ。

一騎当千、いや、一騎当万とすら思わせる貫禄と覇気に袁紹軍右翼は明らかに怯んだ様子を見せる。

その隙を逃さず、孫堅率いる騎兵は袁紹軍との距離をゼロにした。

 

「はああああ!」

 

覇気に満ちた掛け声とともに孫堅達の刃が振るわれる。

白刃が瞬く毎に首が飛び、鮮血が舞う光景に袁紹軍右翼は混乱状態に陥っていた。

 

「落ち着け! 相手は高々十数だ! 一斉に攻撃を――っ!!」

「させる訳無いでしょうが!」

 

孫策は混乱を収めようと動く兵士を的確に仕留める。

天性の勘が孫策に敵を冷静にさせてはいけないと告げていた。

そして、どの兵士が周囲をまとめ上げる危険があるかを孫策は勘で察知していた。

とは言え、20にも満たない騎兵で万を超える兵士達を混乱させ続けることは難しい。

 

「陣形を崩すな――っ!」

 

離れた距離で崩れた陣形を元に戻そうとする兵士に向けて、孫策は敵から奪った剣を振りかぶる。

高速で飛来した剣は周囲をまとめようとしていた兵士の眉間を貫き、即死させた。

だが、遠距離攻撃の十分な手数を持たない孫堅や孫策である。

やがて限界が訪れた。

 

「落ち着け! 弩兵は陣形を崩さず、弩を構えよ! 矢を放つと同時に槍兵で敵を串刺しにせよ! 相手は寡兵だ!」

 

袁紹軍は混乱から立ち直りつつあった。

 

「――っ!」

 

孫堅に付き従った騎兵の一人に袁紹軍の矢が集中した。

全身をハリネズミ状態にしたその騎兵は力なく落馬して果てた。

悪鬼を思わせる奮迅をしていた孫堅軍の最初の死者であった。

 

「ちいっ!」

 

孫堅が舌打ちを打った。

 

「弩を集中させろ!」

 

相手が不死身の化物ではなく殺せば死ぬ存在であると認識した袁紹軍は急速に立ち直りつつある。

 

「半壊くらいはいけると思ったんだがなあ」

 

孫堅はそう呟いた。

その背後から放たれた矢が袁紹軍をまとめていた兵士を的確に射抜く。

同時に、距離を詰めた孫堅軍の本体が袁紹軍右翼に攻撃を開始した。

 

「なに無茶を言っておるんじゃ。お主らは十分時間を稼いだわ」

「五斗米道の連中なら半壊までは持って行けたぞ」

「それは連中が碌な装備もしとらんからじゃ。愚痴を言っていないでさっさと動かんか!」

 

戦場であることを忘れたかのように愚痴を言う孫堅を黄蓋が叱りつける。

 

「うむ、そうだな」

 

孫堅は素直に答えると息を吸い込む。

 

「孫呉の同胞よ! 敵は混乱して烏合の衆と化した寡兵だ! 存分に打ち破れ!」

 

その声は孫呉の兵を大いに励まし、袁紹軍を大いに怯えさせた。

一騎当千を容易く成し遂げる英雄の声だった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……え? なにあれ?」

 

友若は震えながら呟いた。

友若の覗く望遠鏡の先には倍以上の袁紹軍を食い破ってなお勢い衰えることなく突き進む孫堅軍の旗が翻っていた。

早い段階から友若は孫堅軍の動きに注目していた。

だからこそ友若は思う。

あれは本物のバケモノだと。

 

なにより恐ろしいのが、孫堅軍の戦術が極々普通のものにしか見えなかった事だ。

冷静に考えれば、この戦いにおいて袁紹軍は優位に立っている、と友若は判断している。

遠征により疲労している官軍と異なり、袁紹軍は本拠地が近く、補給が容易である。

この差は大きいと友若は判断していた。

多くを他人に押し付けたとはいえ、銀行の金銭輸送で散々苦労した友若は、この時代に物を遠くまで運ぶという事が如何に困難かを身にしみている。

さらに、官軍側は弩に対して袁紹軍の精鋭3万が使う弩は飛距離と威力共に優位に立っている。

これを上手く運用すればかなりの打撃を官軍に与えることが出来るはずだと友若は思っていた。

友若が恐れに恐れている曹操にしても孫堅にしても、直属の兵は1万である。

互いに20万の兵が衝突する大戦においてさしたる力を発揮できるとは思えない。

 

だからこそ、友若は曹操や孫堅の奇策――桶狭間の様な事態を何よりも恐れていた。

奇策を持って数倍の兵を打ち破ったという話ならば友若はいくつか聞き覚えがある。

例えば、袁紹の行動の元となった故事、背水の陣は数倍の敵を壊滅させた画期的勝利であると知られている。

三国志の覇者に至る曹操や孫堅ならば、当然袁紹軍の僅かな隙を突いて大敗に追い込むに違いないと友若は思っていた。

妹の異常さをよく知るからこそ、友若はこの世界の知恵者は未来予知とか妖術くらいやってのけるだろうと信じていた。

 

だからこそ、友若はこの戦いに大量の矢を持ち込むことを進言した。

取り敢えず、矢を射ち続けて敵を一切寄せ付けないようにしている間は、流石の曹操も孫堅も奇襲を仕掛けることは出来ないはずだと考えたからだ。

いくらなんでもビームを撃たれることはないだろうから、距離がある内は曹操や孫堅も大したことは出来ないはずだと友若は判断していた。

その程度の小細工で三国志の英雄をどうにか出来るとは思えなかったが、何とか逃げる時間くらいは稼げるのではないか、と友若は自分に言い聞かせた。

しかし、孫堅軍は無数の矢をものともせずに袁紹軍右翼に接敵し、暴れに暴れている。

それは弩をひたすら射って時間を稼ぎ、その間に何とか逃亡方法を定めるという友若の密計の根底が崩壊したことを意味していた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

この戦いにおける友若の戦略目標はひたすらに逃げ延びて、時間を稼ぎ、董卓を通して皇帝から恩赦を勝ち取るというものである。

劉備軍が味方となった際には歓喜した友若であるが、曹操に加えて三国志の覇者と思わしき孫堅までもが敵にいると知った友若は早々に勝利を諦めた。

曹操に仕えている妹の異常さが骨身にしみている友若にしてみれば、現状がいくら有利でも、それが勝利につながるとは到底思えない。

友若独自の尺度である三国志の覇者の分布は官軍が2人を抱えているのに対して袁紹軍は1人である。

倍の差がある上に野戦では孫子的にどうしようもない、と友若は考えた。

劉備に袁紹軍全体を率いさせればなんとかなるかも、と言う袁紹配下の武官にしてみれば絶対に受け入れられない提案が無難に冗談として流された時、友若は戦略目標を皇帝の恩赦と定めた。

それでも、劉備が大兵力を率いればそれなりに時間は稼げるはずだと友若は必死に劉備を推薦した。

だが、審配を始めとした勢力が強烈に反対した。

 

「何で公孫賛の所のぽっと出にそんな兵を任せなあかんのや! おかしいやろが!」

「優秀な人間に大任を任せるというのは基本だ!」

「その優秀っちゅうのがどないして分かるんや! ちっと胸がデカイからってふらふらしくさって! 大体、うちはあの髪の色が気に食わへん! 桃色は淫乱って昔から言うやないか」

「何の話だ!? 今は官軍との戦いについて話し合う場だろうが! と言うか、正南、その発言はあちこちを敵に回すぞ!?」

「そない煙に巻こうたって、うちの目は誤魔化されへんで! 友若! あんた随分とあの牛乳をガン見しとったやないか!」

「いやそれは気のせいじゃあ。あの時、俺にそんな余裕なかったし……でも思い返してみると確かに大きかったな、うん」

「ほ、ほら、やっぱり! 認めたやないか! このスケベ!」

「い、いや、今のはただの感想で、ってスケベちゃうわ! い、いやだなあ、本初様、そんな目で見ないでくださいよ。何というか、さっきの発言はどうしようもない不可抗力で――」

 

迂闊な発言の結果、多くの場合に友若に味方していた田豊が中立の立場を採った。

結果、劉備の率いる兵力が袁紹配下の将軍や有力豪族の兵力を超えないよう1万5千に制限された。

その内訳は劉備が幽州から率いて来た歩兵6千、騎兵4千に冀州における義勇兵5千である。

因みに、袁紹の配下武将二枚看板の1人である文醜が率いる兵が3万、顔良が1万8千であり、普通の豪族が率いる兵力の上限が1万である。

公孫賛の下で客将をやっていたとはいえ、幽州が冀州の経済圏に組み込まれてからは戦い事態が減少し、目立った戦果のない劉備。

その能力未知数の人物にこれだけの大兵力が任されるというのは異常もいいところであり、友若の発言力の強さを示していた。

友若はちっとも嬉しくなかったが。

曹操と孫堅が率いる兵力がそれぞれ1万である。

覇王の数で劣勢な上に、その覇王が率いる兵力でも不利な状況になってしまったからだ。

しかも、劉備の指揮下に加わった兵士達は鍛え上げられた兵士ではない。

普段は農民や商人をやっている一般人である。

冀州を守ろうというスローガンや絶大な支持を誇る役満シスターズ四十九の慰安によって彼らの士気は高く、鎧や槍、弩等の武器は十分に支給したため武装の点でもそうそう遅れを取るとは思えない。

しかし、練度の不足はいかんともしがたい差になる、と友若は思っていた。

平素から徹底的に鍛えあげられた皇帝の常備軍1万を率いる曹操や宗教勢力の反乱討伐を重ねた歴戦の勇士を率いる孫策に対向することは難しい、と。

 

――何で三国志の覇者にこんな中途半端な兵力持たせるんだよ! あほなのか、こいつらは!

――孫子でも戦力の集中は大事だって言っているだろうが!

 

友若は内心で毒づいた。

他の人間が三国志の知識を持っているわけがない、という常識は友若の頭から滑り落ちていた。

 

唯一の救いは、呂布と張遼が存外強いらしい、ということだ。

手合わせした関羽が2人が非常に強いと発言したのだ。

特に呂布については自分以上だと関羽は述べた。その言葉はでしゃばることのない関羽の謙遜に違いない、と友若は聞き流したが。

しかし、あの『関羽』が言うのならばそれなりに信じても良いのではないか、と友若は思う。

 

――もしかして、呂布と張遼は将来的に劉備に付き従ったりするということなのかな。

――覇者に付き従った武将は多いはずだ。関羽ほどではないとしても呂布と張遼はそれなりに強い武将なのかもしれない。

 

とは言え、一介の武将がいくらいた所で、三国志の覇者相手に役立つとは友若には思えなかった。

何しろ、あの曹操はあのバケモノ、荀彧を支配下においている。

いくら個々の能力が高くても覇王を前には意味を成さないに違いないと友若は思う。

 

状況を俯瞰すると、袁紹と自分自身が生き残る術は皇帝に許しを請って三国志の覇王を大人しくさせて貰うしかない、と友若は信じた。

 

だから、やる気満々の袁紹のために戦いが避けられなくなった時、友若は如何に被害を抑えて逃げ延びるべきかを考えた。

他の幕僚が如何に官軍を打ち倒すか苦悩している真横で友若は真剣に如何に降伏するべきかと思考を重ねていた。

その末に、友若は弩を基本とした戦術を提案する。

取り敢えず、官軍との距離を稼いでおけば、逃げやすいだろうと思ったからだ。

袁紹軍が大量の弩を抱えていること、その弩が賊の討伐などで凄まじい戦果を発揮していたため、袁紹配下の武将たちはこの案に賛成した。

 

――後はどうやって本初様を説得するかを考えておかないと

 

そう簡単に自分を曲げない袁紹にどうしたら早い段階で退却を認めさせることが出来るかを考えた友若は、ふと絶望的な気持ちになった。

喉元に剣を突きつけられるまで袁紹が敗北を認めるとは思えなかった。

そして、喉元に剣を突きつけられた状態はそのまま剣を突き刺される状態と紙一重だ。

友若はそんな危うい状況を何としてでも回避したいと思っていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

最初は少数の兵力だと孫堅軍の動きを無視していた袁紹軍中枢は事態の変化に頭を悩ませていた。

中央前方では文醜率いる袁紹私兵3万と、その両脇に配置された弩兵部隊合計2万の弩によって官軍距離を詰められず、一方的な戦況を示している。

一方で、袁紹軍右翼は孫堅軍の勇猛果敢な攻勢に陣形を崩し、無様な体を晒していた。

 

「中央から大幅に部隊を引き抜くべきです。幸い中央には余裕があります。右翼の孫堅軍のにこれ以上暴れられれば右翼が崩壊しかねません」

「なにを言うか。中央を薄くすれば、その隙に官軍の精鋭が盛り返しかねん。右翼を指揮する韓馥殿は歴戦の武将だ。江東の虎だか知らんが、高々1万の兵程度、抑えてみせるだろう」

「あの様子を御覧ください! 我々が不毛な議論を交わしている今まさに友軍が死んでいるのです!」

「だからと言って右翼に兵を向ければ敵の思う壺だと分からんのか! あんな少数の兵だけで大軍に立ち向かうわけがない! 敵の狙いは我々に兵力の分散を強要し、一斉攻勢をかけることのはずだ!」

「しかし、中央の精鋭は予想以上によくやっています。中央官軍は未だに距離を詰めることすら出来ていませんし、予備を引きぬいても良いのではないでしょうか」

「ここの予備兵力を引き抜いたら他に回せる兵が無くなってしまうぞ!」

「そもそも、孫堅軍が大暴れしていることは確かだが、右翼にはまだ手付かずの友軍が連中の3倍はいる。寡兵相手にそんな対応を取る必要があるのか」

「その寡兵に右翼は大きく陣形を崩されているのです。友若が警戒していた孫堅軍を侮るべきではありません」

「ぐっ……貴様は韓馥殿が南方の蛮人に敗れるというのか!」

「現実として右翼は今、大きく崩れています」

「だが、兵の損失は大したものではない。韓馥殿ならば時間をかけずに混乱を収めてみせるだろう。寡兵を相手に兵を動かしていては話しにもならん。大体、右翼が孫堅軍に良いようにされているのは前方に弩兵ばかりを配置したからだろうが」

「中央、左翼共に弩兵を全面に押し出す作戦は成功を収めています。右翼の状況は作戦の問題ではなく、孫堅軍の精強さが理由であると考えるべきでしょう」

 

袁紹の幕僚達は右翼に援軍を送るべきか否かを議論する。

両者は激しく対立していた。

感情的な理由が強かったがために容易にまとまる気配を見せない。

多くの部下を抱える袁紹配下には複数の派閥が存在する。

その中でも冀州の急速な成長にともなって勢力を拡大したのが田豊派閥と元清流派閥である。

当初、袁紹の下での立身出世に興味のなかった友若はこうした派閥と距離を置いていた。

金さえ稼げればいいとかつて友若は思っていたのだ。

現在、袁紹達に情を絆された友若は、彼女たちを生き残らせたい、と考えている。

ともかく、どの派閥にも属していない友若であるが、周囲はそうは思わない。

友若の異常な出世と田豊や元清流の人間達と関係の深い友若はこれらの派閥に属しているものと思われていた。

これらの派閥は現在袁紹配下において主導力を握っているが、それだけにかつて権勢を誇っていた旧来の豪族勢力や名士勢力の派閥からは敵意を向けられている。

色々と話題にも事欠かない友若は田豊もしくは元清流派閥を嫌う人間達から格好の標的として認識されていた。

特に武官には軍事的な功績を一切上げていないにもかかわらず軍事作戦の最高責任者の1人となった友若を嫌う者が多い。

そのため、武官の多くは孫堅の脅威を大したものでないと切り捨てた。

彼らの思考の根拠は袁紹軍右翼にはまだ余裕があったことにあったが、その判断の裏には孫堅の脅威をひたすらに煽っていた友若に対する反感が存在していたことは否めない。

 

――あの荀シンとかいう小僧、大した度胸もないくせに出世しやがって

 

好意的に見れば丁寧な、悪く解釈すれば卑屈な友若の日頃の態度はそんな風に解釈されていた。

さんざん機会がありながらも袁紹政権内部で強権を求めなかった結果、中途半端に高い地位を得た友若の自業自得であった。

 

ただ、派閥争いを考慮の外においたとしても、この状況は袁紹軍首脳部にとって悩ましいものだった。

 

袁紹軍中央には予備兵力7万がある。

一見、十分な予備兵力があるように思えるが、これには前方の弩兵に官軍が接近した場合に弩兵に代わり、敵と戦うことを期待された兵力5万を含んでいる。

つまり、当初の作戦通りに動くのであれば袁紹軍が右翼に動かせる兵力は最大2万程度である。

そのため、武器は接近戦において強力な威力を発揮する槍が多い。

その実態は義勇兵であり、訓練が十分とはいえないことから前方に配置されている弩兵精鋭部隊5万との入れ替わりにはかなりの時間を必要とすることが予想された。

槍兵を前に出すタイミングを誤れば、今現在の戦況とは逆に大きな損害を出しかねない。

 

袁紹軍の弩兵の多くが利用している『真弩』、もしくはその亜種は極めて頑丈で、接近戦にも耐え得る。

高い剛性を達成するために『真弩』の重量は相当のもので、鈍器としての殺傷能力は高い。

中央の精鋭部隊では『真弩』の先端に槍の穂先を取り付けて、敵を突き殺せるように改良してある。

これは実際、賊退治において効果を発揮した。

 

これについて兵士達の評判は非常に良かった。

 

「これでいつでも真弩が仕えるぜ!」

「これはもはや真弩ではない。神弩だ!」

「来た! 神弩来た! これで勝つる!」

「それに引き換え、ちょっと衝撃を与えただけでまともに動かなくなるどこかの連弩……プククッ!」

「おいおい、それを言ってやるなよ。ちょっとばかり威力が低くて賊をろくに殺せず、衝撃に弱くて手から落とそうものならすぐに使えなくなり、整備がやたら面倒臭い上に、矢の装填作業はやたらと時間がかかり、何のために連射機能をもたせたのか意味不明な弩だが、いい所も無いわけじゃあないさ。多分な」

「その通りだ。これをネタにいけ好かない荀老師様を馬鹿にできるんだ。最高だろうが」

 

靴の裏にこびり着いたガムのようにしつこい袁紹の私兵達の皮肉に、その日の晩、友若は浴びるように酒を呑むことで答えた。

 

「せいみつききのあつかいにきをはらうのはとうれんらろがー。あのやばんいんどもめー、いまにみれろ」

 

酒に飲まれて戯言を垂れ流し続ける友若の様子に、同席していた審配は我慢の限度を超えた。

 

「いい加減黙らんかい! 男らしくしゃきっとせい!」

 

怒りの声と共に振るわれた拳が負け犬友若の意識を刈り取った。

この時の様子はいつの間にか袁紹配下の精鋭たちの知るところとなったのである。

そんな友若にとっての不幸がかつてあった。

 

話が逸れたが、まとめると、袁紹軍の精鋭が操る『真弩』は接近戦も可能なのである。

 

しかし、袁紹軍の軍師たちはこの弩で官軍との接近戦まで行うつもりはなかった。

所詮弩は弩という意識がある軍師たちにしてみれば、賊退治程度に効果を示したからといって真っ当な装備に身を固めた槍兵などを相手に弩兵が戦えるとは思えなかった。

『真弩』は槍よりも重く、一方でリーチが短い。

一般人に槍と真弩を持たせた場合、接近戦では槍のほうが明らかに強い。

実際の賊討伐を目にしていない友若や軍師は、鍛えあげられた兵士が『真弩』持ったの戦闘能力の高さを見誤っていた。

だから、友若や軍師を始めとした袁紹軍首脳部の予想を大幅に超えて戦果を上げる弩兵に、軍師たちはどのタイミングで弩兵を下げて槍兵と交代させるべきか、と頭を悩ませた。

 

――とにかく、まずは逃げないと……!

 

その横で友若は必死に逃亡手段を考えていた。

矢の雨の中を駆け抜けて、数倍の敵を蹴散らしている孫堅軍と剣を交える勇気は友若には存在しない。

今後のことを考えればなるべく被害は抑えなければいけない。

孫堅軍がこれ以上暴れない内に逃げ出さなければと友若は考えた。

 

――で、でも、ど、どこに逃げればいいんだ!?

 

背後は河である。

どこかの考えの足りない姫、誰とは言わないが袁紹が渡河のために渡していた筏橋を壊したため、退路は存在しない。

友若や袁紹等の少数だけならば馬に乗り逃げることは可能だ。

しかし、それでは官軍が追いすがってきた時に身を守る兵がいなくなってしまう。

流石にそれが拙いことくらいはテンパっている友若にも理解できた。

味方を見捨てて逃げるのはデメリットが大きすぎる、と友若は判断する。

朝廷と話し合うためにも多少の力はあった方が良い。

場合によっては、軍事力そのものが取引材料にもなる可能性もある。

もちろん、いよいよ危なくなったら当然ながら友若はアホ姫の尻を叩いてでも少数で逃げ出す気満々だったが、まだその時ではない。

 

――しかし、後退はダメとかどう考えても詰んでるわ! 右では孫堅が暴れているし、左の曹操も動きを見せている。中央の官軍が何とかなっているのがせめてもの救いだけど……あれ?

 

頭から煙が出るほど考えに考えた友若はふと気が付いた。

 

――もしかして、正面の官軍ってすげー弱いのか?

 

友若は転生チート知識からあと十年もすれば黄巾の乱が起こり、その結果、漢王朝が滅ぶと思っている。

そして、そのすぐ後に、曹操、劉備に孫堅が台頭するのだと考えていた。

因みに、正史では黄巾の乱の発生から漢帝国の終焉まで36年ほどあったりする。

とは言え、そんな事を知らない友若。

 

――十年後くらいに反乱で滅ぶ帝国だ。正直、今も大したことない。

 

冀州の税収のほうが漢帝国の歳入よりも多いし、と友若は考える。

 

――武器だってこっちのほうが上みたいだ。そもそも、官軍には曹操や孫堅みたいなバケモノはいない。と言う事は、官軍相手なら勝てるんじゃねえか!?

 

友若は雷に打たれたかのごとく固まった。

突如として脳裏に湧いた考えが友若には神の啓示のように思えた。

 

――いや、これは神の啓示に間違いない! 神は言っている。官軍を打ち破って逃げろ、と!

 

何より素晴らしいのが、中央を突破して前進を続ければ、孫堅とも曹操とも戦わずに済む可能性があるのだ、と友若は考えた。

敵官軍の大義名分は皇帝勅令だ。

つまり、皇帝の勅が覆れば官軍は戦う理由を失うのである。

如何に、曹操や孫堅と言えども皇帝の勅が無ければ戦闘を継続することはないはずだ、と友若は思う。

ならば、中央突破しても孫堅と曹操が追撃を仕掛けてきたら、洛陽まで逃亡して皇帝に覇王を止めるよう命令させればよい、と友若は考えた。

中央突破は曹操と孫堅の脅威から逃れると同時に、皇帝の元まで逃げ延びるための退路を切り開くことが出来る一石二鳥の作戦だ、と友若は内心で自画自賛した。

余りにも酷い戦略だった。

友若を批判する武官達を全くもって正しいと断定しなければいけないレベルである。

そもそも、何の準備もなく、20万の大兵力を洛陽との距離を踏破するだけの兵站を確保することは不可能である。

さらに、戦争において最も死傷者が多いのは追撃であるなど、友若の考えは突っ込みどころ満載であった。

どう考えても、皇帝のところまで逃げられるわけがない。

だが、読心術の使えない他の幕僚たちは友若に突っ込むことができなかった。

 

「本初様!」

 

友若は叫んだ。

それまで沈黙を保って自分の世界に没入していた友若の言葉に視線が集中する。

武官達の表情は苦々しげだった。

 

袁紹は友若を信頼している。

友若の才覚を評価した田豊などがそうなるように仕向けた。

ここで、友若が直接袁紹に意見すれば、それがそのまま採用される事が多い。

 

幕僚達の多くはそれができない。

基本的に優柔不断な袁紹に自分の意見を採用してもらおうと思えば、ほかの幕僚を説得してそれ採用するべきだという雰囲気を形作らなければいけない。

つまり、袁紹配下の派閥を味方につけてまとめ上げなければいけないのである。

結果として、袁紹の統治は行動が遅くなりがちである。

利害関係を調整する必要から大胆な献策は難しい。

献策の内容が如何に優れていようが、袁紹の配下はまず派閥をまとめ上げなければいけないのだ。

そして、派閥を上手くまとめあげた者こそが出世を重ねていく。

そのため、袁紹配下で出世を目指すものは、利害関係の調整に腐心していた。

 

だが、友若は違う。

当初、袁紹配下としての出世に欠片も興味のなかった友若は、とにかく、自分が手っ取り早く金を稼げる制度を作ろうと考えて株式制度を提案した。

その株式制度はあまりにも大胆であったため、それがいかなる意味を持つのか正しく理解できた者はいなかった。

通常なら、棄却されていたはずの案である。

だが、友若の出世を顧みない大胆な献策を評価した田豊の強い勧めによって、袁紹はこの株式制度を採用した。

袁紹配下はこの決定に賛成も反対もしなかった。

大々的に失敗したら友若を後押しした田豊を追い落とす材料に使えるだろう、という程度の認識であった。

得にも害にもなりそうにない株式制度に強いて関わる意味を見出せなかったのである。

その結果、株式制度の発足から銀行制度の確立に至る成功の名声は友若が独占することになった。

 

この成功により、袁紹は友若の意見に全面的な信頼を寄せるようになる。

袁紹の信頼を利用した友若は次々と大胆な献策を行った。

その献策はかつて有能な袁紹配下の能吏が派閥の壁に阻まれて実現できなかったものの流用が多く、ほとんどが大きな効果を上げた。

それによって袁紹の友若への信頼は益々高まり、その信頼故に友若は派閥を無視した大胆な献策を行える、というループが発生したのである。

旧来の袁紹配下にしてみれば面白いわけがない。

特に、友若に無断で献策をパクられた能吏等は怒り心頭であったし、派閥をまとめ上げていた者達にしてみれば権勢を奪われた格好だ。

友若にしてみれば訳の分からない話である。

友若にしてみればただ今まで採用されて来なかった意見を拾い上げただけである。

袁紹配下の派閥関係に最初から関わっていない友若は、そんなものが存在していることさえ知らなかったのだ。

かくして、友若は田豊と元清流を除いた袁紹配下の各派閥勢力から強烈な敵意を向けられていた。

それでも、友若が力を持ち続けているのは袁紹の信頼があるからだ。

仮に、友若が失策を重ねて袁紹から信用されなくなれば、袁紹配下の各勢力は喜んで友若を亡き者にしようと動き出すだろう。

敵意を向けられていることくらいは認識していた友若。

だが、そんな大変な事態になっているとは考えもしなかった。

 

「本初様、今直ぐに全軍を前進させて官軍中央を打ち破るべきです!」

 

いつも通りに冀州内部における権力闘争など知りもしない友若は、曹操と孫堅の脅威のみを恐れて袁紹に献策する。

 

「なっ!? 何を馬鹿なことを言っているのだ、荀大老子殿!」

 

友若の突飛な意見に幕僚が驚きの声を上げた。

 

「弩兵と槍兵の入れ替えにどのくらい時間がかかるか分かっておられるのか!」

「大老子殿の策を採用したがために、我々は槍兵を前に移動させる時間が必要なのだ!」

 

まっとうな非難であった。

だが、三国志の覇者の恐怖に視野狭窄に陥った友若はそんな批判などものともしなかった。

 

「本初様配下の精鋭達の持つ『真弩』は接近戦にも耐えられます。弓射によって大きく動揺した官軍など敵ではありません。そして、敵が怯んでいる今こそ攻撃の好機。今直ぐに全兵力を持って攻勢をかければ容易に官軍を打ち破ることができるでしょう。本初様、ご決断を」

 

友若には確信があった。

袁紹が友若の提案を採用すると。

もともと我慢強くない袁紹は距離をおいて弩をひたすらに射つ状況に退屈し始めていた。

そもそも、袁紹は華麗に進撃し敵を蹂躙すればよい、と考えていたのだ。

にも関わらず、弩兵を全面に押し出すことを認めたのは友若が強硬に主張したからであった。

当然、その友若が意見を翻したとなれば、袁紹の結論はただひとつだ。

 

「おーっほっほっほ! 私は最初から華麗に突撃すれば良いと思っていたのですが、ようやく友若さんも私と同じ意見になったのですわね。皆さん、聞きましたか。これよりこの袁本初全軍を持って全面攻撃をかけるのです! 宦官の手先にこの袁本初は屈さないということを天下に示すのですわ!」

 

幕僚たちは軽く絶望的な顔をした。

本来袁紹軍の陣容は歩兵に守られるべき弩兵が最前面に出ているという異様なものである。

その愚形のまま攻めれば、莫大な犠牲が予想された。

 

――これで、孫堅と曹操から逃げられるはず……!

 

同僚達が悲観的予想に前途を憂いている中、友若は無邪気に自分の策が採用されたことを喜んでいた。

 




俺、戦争編が終わったら誤字訂正と感想返信をするんだ……

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