荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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誤差の範囲ですが、今回少しだけ長めな気がします。
(25kも超えていません。短いです)


ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー

莫大な数の矢を用意していた袁紹軍。

一介の義勇兵でしかない劉備たちに詳しい作戦は伝えられなかったが、諸葛亮は現状で知ることのできる情報から袁紹軍の作戦を推測していた。

諸葛亮の推測によると、袁紹軍の布陣はただの背水の陣ではない。

戦いが始まる前、諸葛亮は自分の考えたことを関羽達に話した。

 

「背水の陣とは漢建国の名武将韓信が用いた策です。河を背に布陣することで兵を追い詰め決死の兵にすると同時に、敵が拠点を離れた隙を突き、遊兵で拠点を陥落させるというものでした。これにより、韓信は寡兵で敵に勝利したのです。袁州牧さんが筏を壊して退路を断ったのはこの古の戦いにあやかったからでしょう。ただ、袁州牧軍の作戦はより凄まじいものだと思います」

「しかし、白蓮殿の話だと袁州牧は何というか、その、あれだという話だが」

 

関羽が諸葛亮に尋ねた。

袁紹が諸葛亮をして凄まじいと言わしめる作戦を持っているとは関羽には思えなかった。

そもそも、袁紹軍の布陣はめちゃくちゃもいい所である。

本来ならば最前線に配備されるべき槍兵や騎兵が後方に追いやられ、後方支援を行うはずの弩兵が最前面に出ているのだ。

特に、劉備や呂布など辺境からの援軍として来た騎兵達が身動きの取れない本陣の背後に配属されているという事に至っては擁護しようがない、と関羽は考える。援軍として最も苦しい場所で使い潰される事は覚悟していたが、戦いようのない場所に送られるとは思っていもいなかった。

袁紹軍は孫子の『そ』の字も知らないのではないか、と思えてならない関羽。……『背水の陣』といった言葉は知っているようだが。

公孫賛から袁紹についての話を聞いた時は、まさかそんな人間が州牧をするわけがないだろう、と笑い飛ばした関羽。

だが、実物を見た感想として、関羽は公孫賛が正しい可能性を否定できなかった。

 

「その可能性も無いわけではありません。多分、袁州牧はそう深く考えていないでしょう。しかし、この布陣は非常に攻撃的なものです」

 

諸葛亮は関羽の言葉を一部認めつつ答えた。

 

「どういうことですかな? 前方に弩兵を配置したのは官軍を何としても近づけたくないからだ、と思っていたのですが。河をせにしたことで回り込まれる心配もありませんし」

 

趙雲が不思議そうに尋ねる。

 

「いえ、袁州牧軍の布陣は防御的なそれではなく、官軍を文字通り殲滅することも睨んだ極めて攻撃的なそれです。と言うより、背水の陣そのものが本来攻撃的な陣形なのです」

 

諸葛亮が説明を続ける。

 

「作戦の基本は弩の雨を降らせて官軍を十分怯ませた後、精鋭弩兵で中央突破を図るというものでしょう。精鋭の練度と弩の性能を見る限り、それは可能だと思います。そして、中央突破すれば時間をおかずに官軍を背後から騎兵と槍兵で攻撃出来ます。この時、前方に河がありますから官軍には逃げ道がありません。上手く行けば本当に官軍を全滅させ得るでしょう。そう考えれば私達や呂奉先といった辺境の騎兵が後方に配置されていることも説明がつきます。私達に期待されているのは、官軍中央を破った後、両翼を逆襲する際に素早く展開して両翼を包囲することでしょう」

「な、なんと!」

「それは……凄まじい、と言うほかありませんな」

「凄いのだ」

 

諸葛亮の説明に関羽、趙雲、張飛が感嘆の声を上げた。

一見愚形にしか見えない兵の配置。その裏に必殺の意図が隠されていたことに彼女たちは武将として驚きを隠せなかった。

そして、高揚も。

諸葛亮の予想した袁紹軍の作戦通りに事が進めば、この戦いは歴史に類を見ないものとなるだろう。

武人として生まれた彼女たちにしてみれば、歴史に残る戦いで名を残すと言う事は興奮を覚えずにはいられないものだった。

 

「この策を考えだしたのは恐らく、荀友若さんでしょう。袁州牧の配下、特に旧来の名士や豪族と清流は互いに主導権を握ろうと諍い合っていると聞きます。彼らが一貫した作戦を立てても必ず横槍が入るでしょう。これだけ大掛かり且つ一貫した作戦を袁州牧に認めさせる事ができるのは荀友若さんを除いていないと思います」

 

諸葛亮が推測を述べ終えた。

 

「ふむ、なるほど。友若殿はやはり袁州牧の快刀と呼ばれるだけありますな。最初に出会った時の印象ではそこまでの人物とは思えませんでしたが。関羽殿など悪漢を相手にするような振る舞いでしたから」

「あ、あの時のことは混ぜ返さないで貰いたい! そもそも、荀友若殿の態度は悪漢か何かと間違えてしまうのも無理は無いものだっただろう!」

「確かに変な人にしか見えなかったのだー」

「……そこが荀友若さんの恐ろしいところかもしれません」

 

趙雲、関羽、張飛と諸葛亮が若干興奮しながら話し合う。

 

「そう、なんだ……」

 

ただ一人、劉備のみが顔を曇らせていた。

劉備たちは漢帝国に逆らい袁紹に味方するためにここにいる。

200万にもなる幽州の民を守るためだ。

冀州の現状維持はようやく平和に暮らせるようになった辺境の民にとって死活問題である。

彼らを守るために、劉備たちは袁紹を勝利へと導かねばならない。

だから、袁紹に十分な勝算があることは喜ぶべきことであり、憂う必要など無いはずだ。

 

しかし、劉備はどうしても官軍の兵士達を思わずにはいられない。

だが、敵である官軍の兵士達にも守るべき家族がいるはずだった。

袁紹軍の圧倒的勝利は彼らの明日を奪うことだ。

戦う以上、勝つために全力を尽くさなければいけないとは理解している劉備であったが、素直に袁紹軍の作戦を喜ぶ気にはどうしてもなれなかった。

 

「桃香様……」

 

関羽が恥じ入ったように顔を伏せた。

相手は同じ漢の民である。相手を殲滅する様な作戦を喜ぶべきではなかった、と関羽は思う。

そして、関羽は悲しそうな顔を浮かべる劉備になんと声をかけたらいいものかと悩んだ。

 

「大丈夫なのだ!」

 

張飛が言った。

 

「桃香お姉ちゃんの夢は鈴々達みんなの夢なのだ。何時か絶対に叶えてみせるのだ」

 

元気よく宣言する張飛の言葉は何ら根拠を持たないものだった。

それでも、張飛の言葉には人を元気づける何かがあった。

 

「うん……そうだね。ありがとう、鈴々ちゃん」

 

劉備は微笑んで張飛を抱きしめた。

身長差の為、張飛の頭は双子山に埋まる格好になる。

 

「んー! んー!」

「え? わっ! ご、ごめんね、鈴々ちゃん」

「う、うっぷ! く、苦しかったのだ、お姉ちゃん!」

 

呼吸ができずに苦しげに身を捩る張飛に劉備が慌てて抱きしめていた手を放した。

 

「何を羨ましそうに見ているのですかな?」

「は? ……な、何を言うか!」

 

劉備と張飛の様子を黙って見ていた関羽をからかうように趙雲が話しかけた。

関羽は微かに頬を赤らめて言い返す。

 

「私の勘違いでしたかな? 愛紗殿は落ち込んでいた桃香様を励ました鈴々殿を羨んでいるのではないか、と思ったのでが」

「そんな訳があるか! ……勘違いに決まっているだろう」

「しかし、桃香様の抱擁は兵士達の憧れ。理想郷といっても過言ではありません。如何に愛紗殿が清廉であるといえ、桃香様が自分以外に抱擁をしているともなれば心中穏やかではいられないのではないですかな?」

 

口の減らない趙雲に関羽は顔を真っ赤に染めた。

ニヤリと笑った趙雲は話を続ける。

 

「ふむ。どうやら私の勘違いだった様子。しかし、桃香様が誰と抱擁しようが愛紗殿が構わないということであれば、私も桃香様に抱きしめてもらうことにしましょう」

「星! 私をからかって楽しいか!」

「楽しいですな。愛紗殿は少々真面目すぎるのですよ。もう少し肩の力を抜かれてはどうですかな?」

 

趙雲の言葉に関羽は押し黙った。

強張らせていた体を和らげるようにゆっくり呼吸をすると、やがてポツリと呟く。

 

「そこまで私は緊張していたか」

「ええ、ガチガチでしたよ。殿方は堅いに越したことはありませんが、女性たるものやはり柔らかさがなければ」

「……その下世話な物言いは何とかならんのか?」

 

関羽が呆れたように趙雲に言った。

対する趙雲は笑みを深くして関羽の横を指さした。

趙雲の指し示す方向に顔を向けると、劉備が手を広げて立っている。

 

「愛紗ちゃん!」

「と、桃香様!?」

 

いきなり抱きついてきた劉備に関羽は裏返った声を上げた。

趙雲が物凄く楽しそうな顔をしている。

関羽は自らの顔が真紅に染まっていることを自覚した。

 

「愛紗ちゃんも何時もありがとう」

 

関羽の耳元で劉備が囁いた。

背に回された腕は関羽を力いっぱい抱きしめていた。

関羽の肩に劉備の顔が押し付けられる。

うなじから漂ってきた快い香りが関羽の鼻孔を擽った。

密着した体は劉備の体温を関羽に伝えていた。

そして、その体の微かな震えも。

関羽は劉備がしたようにそっと腕を背に回すとゆっくりと抱きしめ返した。

どこまでも優しい少女をこの世の全ての苦しみから守ろうと誓い。

 

「ふふふっ、仲良きことは良きことですな」

 

趙雲が優しく笑った。

 

「うん、そうだね。星ちゃんも抱きしめて良いかな?」

「え? えええっ!? え、ええっと、構わないですよ」

 

関羽から肩を離した劉備が声をかける。

抱きしめて良いか、という問に趙雲は随分と慌てた。

 

「おや、星殿、そんなに焦って、まるで生娘のようではないか」

 

関羽は趙雲にそう言って溜飲を下げた。

 

「ず、随分と言うようになりましたな。私が生娘だなどという流言はさておいて」

「星に散々からかわれたからに決まっていいるだろうが!」

 

関羽の言葉に趙雲が言い返す。だが、そこにはいつものキレがない、と関羽は感じた。

随分と顔を赤くしているではないか、と関羽は思う。

 

「朱里ちゃんも抱きしめて良いかな」

「は、は、はわわっ!? も、もちろんでしゅ! 喜んで!」

 

趙雲から体を離した劉備が諸葛亮にも抱きしめて良いかと尋ねる。

諸葛亮は何度も噛みながら、是と答えた。

 

「じゃあ、いくよ」

「は、はうううぅぅ~」

 

張飛の失敗で学んだのか、劉備はしゃがんで顔の高さを諸葛亮と合わせると抱きしめた。

やがて、手をほどいて立ち上がった劉備。

若干残念そうにしている諸葛亮を背に関羽に問を発した。

 

「ええっと、他の皆にもした方がいいのかな?」

 

劉備の目は彼女の指揮下にある騎兵や義勇兵に向けられていた。

 

「その必要はありません」

 

関羽はきっぱりと首を横に振る。

兵士達の多くが男性であることは大きな問題だった。

下手な噂が立てば、劉備の名誉を傷つける恐れもある。

劉備が義務感に駆られているとしても、それだけは断じて認められなかった。

特に劉備たちの様子を見て前屈みになっている兵士達はこの戦いが終わったら扱き直してやろう、と関羽は思う。

 

――桃香様のお付き合いする男は私に勝てるくらいでなければな。

 

関羽は無茶なことを考えた。その条件では劉備が結婚できる未来が予想できない。

 

「え、でも……」

「止めて下さい」

 

諦めの悪い劉備にきっちりと言い含めると関羽は兵士達に向き直った。

 

「何をぼやぼやしているか! いつでも動けるよう、配置に着け!」

「おお、怖いですな」

「星、茶化さないでもらおうか」

 

趙雲の言葉を関羽は切り捨てた。

劉備が小さく笑みを浮かべた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

曹操率いる騎馬隊は袁紹軍を右方向から攻めんと大きく迂回した。

旗は掲げず、袁紹軍とは距離を取り、音をなるべく立てないようにして走っていた。

袁紹配下の友若の策によって後方に配置された曹操は、それを逆手に取ろうと曹の旗を本陣から動かさず袁紹軍を奇襲しようと企んだ。

曹操軍にとっては幸いな事に袁紹軍後方の部隊の多くが膨大な弩による一方的な戦況に気を良くしているのか、周囲への警戒が緩んでいた。

それでも、ある程度距離を詰めれば当然発見される。

突進する曹操騎馬隊に袁紹軍左翼の兵士達は慌てて陣形を整えようとした。

 

曹操は腰から小型の銃を抜いた。

銃を持つ右手を天に掲げ、左手は手のひらで耳を押さえる。

曹操がトリガーを引くとバネの力により火花が起こり、内部に込められた火薬が点火する。

銃口から放たれた銃弾は白煙をまき散らしながら飛んでいく。

 

「馬が暴れないようにしっかり手綱を握っておけ!」

 

夏侯惇が部下達に命じた。

左手より白煙が上がった。

曹操軍が待機していた場所からであった。

放物線を描いて飛来した

着弾とほぼ同時に弾が爆裂した。鳴り響く轟音。

虚を突く唐突な出来事に袁紹軍は大いに動揺した。

その動揺が収まらぬう内に曹操軍は袁紹軍に接敵した。

 

「撃て!」

 

先頭を走る夏候惇が叫ぶ。

銃を構えて後ろを走っていた兵士達500名余りが一斉に発砲する。

発砲を終えた兵士達は馬の速度をゆるめ、銃に弾と火薬を紙で包んだ薬莢を装填する。

その間に、装填済みの銃を持つ兵士達が前方に並び出る。

これにより、曹操軍はほとんど速度を落とすことなく進軍を続ける。

突然の爆音と倒れる味方に混乱の極地に達した袁紹軍左翼は為す術もなく、曹操軍は無人の荒野を征くが如く駆け抜けた。

 

「雑魚は捨ておけ! 狙いはただひとつ! 袁紹の首だ!」

 

曹操は高らかに叫んだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

曹操軍が配置されていた本陣で曹操の撃った煙を荀彧達は観測した。

 

「撃ちなさい!」

 

合図を待ちわびていた荀彧は鋭く命じる。

その言葉に工兵部隊を中心とする兵士達が導火線に火種を押し付け点火した。

一目散に距離を取る兵士達。

その背後で地面に半分埋め割れた幾つもの鉄の筒が轟音を上げた。

白煙とともに撃ちだされた弾は放物線を描いて袁紹軍の本陣及び左翼に着弾した。

荀彧が弾道予測計算を元に開発した弾道予測用の補助具によって、曹操軍は弾道方向と着弾時間をかなり正確に予測できる。

砲弾自身に取り付けられた導火線の長さを調整することによって砲弾の爆発するタイミングをコントロールできるのだ。

要するに高精度な打ち上げ花火である。

 

「次! 次弾の準備をしなさい! 観測兵の報告を元に砲筒の角度を調整しなさい!」

 

荀彧の命令に兵士達が動く。

白煙を上げる熱された鉄の筒を『しゃべる』と呼ばれる土木用具で工兵達は掘り返した。

鉄筒は竹板を紐で周囲に巻きつけられている。

鉄板を丸めて作られた鉄筒は発射の衝撃にひび割れていた。

 

「耐久性の無さはやはり問題ね……今のままじゃ費用がかかりすぎるわ。今後の課題ね」

「後装式をゴリ押ししたあんたが言うんやない」

 

荀彧の呟きに李典が言い返す。

 

「あら? 華琳様も後装式に賛同したじゃない?」

「どうやったって、安定しないんや。威力、耐久性やコスト、生産性、どれひとつを考えたってうちの答えは一緒や! 絶対に前装式を採用するべきやった!」

「だとしても、弩に対して明確な有意を確保するためには連射性能が絶対に必要よ。それに、異民族を真っ向から破るには騎乗したままで銃弾の換装ができないといけないわ」

 

技術者として憤る李典に対して荀彧はそう答えた。

言い返したそうにしている李典を無視すると荀彧は戦場を見やった。

次の砲撃合図はまだ先になるはずだった。

それでも、荀彧は戦場を、袁紹軍中枢の方角に視線を向けた。

そこには荀彧の兄がいるはずだった。

もう長いこと会っていない。それでも荀彧にとってたった一人の兄だった。

その兄友若が開発に失敗した銃火器。

そんなものできるわけがない、と周囲の人間が否定したそれ。

荀彧は兄に代わって実現させた。友若が作ろうとしていたそれを超える物を実現させてみせた。

 

「兄様……」

 

荀彧の手は強く握りしめられていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

袁紹軍左翼は既に組織だった動きが出来ていない。

曹操軍がそうなるようにその全てを傾けた結果である。

それでも、冀州から集った義勇兵の中には必死に戦おうとする者達がいた。

貧困と飢えに苦しんだ故郷を捨て冀州で安住を得た彼らは自らの暮らす世界を守ろうと必死だった。

立ち向かう英雄達の存在は味方である袁紹軍の兵士達を大いに励ます。

 

「撃て!」

 

勇敢な敵兵に夏侯淵は銃撃を集中させる。

曹操軍は寡兵。

袁紹軍を混乱の極値に追いやっている曹操軍であるが、一歩間違えば全滅する恐れすらある。

生き抜くためにも、曹操軍は勝ち続けなければならなかった。

 

 

「退け、退け、退けええい!!」

 

夏候惇が叫ぶ。

七星餓狼を振り回し、行く手を遮る袁紹兵を殺しながら。

 

「春蘭! 前に出すぎよ! 貴方の力は後で発揮してもらうわ! 力を温存しなさい!」

 

曹操が夏候惇を窘めた。

 

「も、申し訳ありません、華琳様!」

 

慌てて馬の速度を緩める夏候惇。

その横を夏侯淵率いる銃で武装した騎兵が前に出る。

 

「撃て!!」

 

その爆音にとうとう袁紹軍左翼は総崩れとなって逃げ出した。

馬をまっすぐ袁紹軍本陣へと向ける曹操軍。

 

「進路を左に向けなさい!」

 

袁紹軍左翼を切り裂いて走り抜けた曹操が叫ぶ。

袁の旗は袁紹軍本陣を離れて曹操軍の左前方にあった。

袁の旗の前には劉の旗が翻っている。

騎兵が兵士達の多くを占めている。

こちらに向けて既に動き出している部隊も見えた。

異民族と接する辺境の精鋭達であろう。

辺境の将兵の殆どが袁紹に味方したのだ。

その将兵の中で劉の性を持つ人間の名前を曹操は知っていた。

劉備玄徳。

公孫賛の下に身を寄せていた客将の名前である。

当然、精強な騎兵を連れてきているのだろう。

 

「秋蘭! まだいけるかしら!?」

「問題ありません、華琳様!」

 

曹操の問いかけに夏侯淵が答えた。

曹操は獰猛に笑みを浮かべる。

騎兵。

辺境異民族の脅威たるそれを如何に打ち破り無力化するか。

考えに考え、出した答えが今の曹操騎馬隊だった。

相手が騎兵であるならばどんな相手でも打ち破ってみせる。

曹操にはその自信があった。

劉備軍を突破して袁紹の首を狙うことは十分に可能だと曹操は判断した。

 

「突き進め!」

 

曹操が味方を鼓舞する。

右方向から弧を描くように馬を進めてくる劉備軍騎兵隊。

その数1000程。

劉備軍本体では慌てた様子で後続の騎馬隊が動き出そうとしている。

曹操軍の動きを予測していなかったのだろう。

 

「敵は我らの動きに驚いている! この隙を逃すな! 銃で敵を蹴散らすのだ!」

 

夏侯淵が命じた。

長い黒髪を一本にまとめた武将率いる騎馬隊は圧倒的寡兵でありながら進み続けている。

 

「報告! 左手より騎兵が向かってきます!」

 

兵士達の言葉に曹操達は慌てて左に顔を向けた。

曹操達が突き破ってきた袁紹軍左翼。

その影に隠れるように突き進む騎馬隊があった。

青い髪の武将率いる騎馬隊の数はやはり1000程度。

 

「我が名は趙子龍! 臆病者は失せるがいい!」

「なんだと! 貴様、切って捨ててやる!」

 

騎兵を率いる武将、趙雲の言葉に夏候惇が飛び出そうとした。

 

「止めなさい、春蘭! 秋蘭、蹴散らしなさい!」

「はっ! 標的は接敵している騎兵だ! 撃て!」

 

夏侯淵の命令に兵士達は銃口を趙雲騎兵隊に向けて発砲する。

鳴り響く轟音。

生まれてこの方聞いたこともない大音量に趙雲率いる騎馬隊の馬たちが怯えて足を止める。

 

「なっ!? 猪口才な!」

 

趙雲は槍を振るって自らを狙う銃弾を弾き飛ばしながら叫んだ。

趙雲の乗る馬もまた怯えて足を止めようとしていた。

趙雲の背後では少なからぬ騎兵たちが銃弾に倒れた。

 

「おのれ! 面妖な武器を使いおって! 曹操! 貴様には正々堂々と戦おうという気概がないのか!」

「なんだと! そこに直れ! 叩ききってやる」

「春蘭! 負け惜しみに付き合っている暇はないわ! 前に進みなさい!」

 

馬が暴れ戦うどころではない趙雲騎兵隊に見向きもせず、曹操軍は袁紹の首を目指して駆けて行った。

 

「むう。これは拙いかもしれませんな。孔明殿が危惧した以上に……」

 

曹操軍に一瞬で突破された趙雲は呟いた。どこか悔しげであった。

それでも、また諸葛孔明の作戦は終わっていない。

 

「馬を落ち着かせろ! 500騎ほど動けるようになった時点で追撃へと移る!」

 

趙雲は叫んだ。

曹操軍の進撃は何としても止めなければならない。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「は、はわわ、はわわ」

「しゅ、朱里ちゃん落ち着いて!? 曹孟徳さんの勢いが止まらないなら私達が戦わないと! 私が残りの騎兵を率いるわ。お願い。私に策をちょうだい」

 

曹操軍の予想を超えた突破力に焦っていた諸葛亮に劉備が声をかけた。

不思議と人を安心させる声。

劉備の大徳が成せるものだった。

 

「と、桃香様! 危険です!」

 

諸葛亮は目を見開いて劉備に言う。

 

「でも、誰かがやらなくちゃいけないんでしょう? 曹孟徳さんは絶対にここで止めないといけない。私より朱里ちゃんの方がずっと戦いは上手いからここで歩兵の皆を指揮してて」

「そ、それは……」

 

諸葛亮は言葉を詰まらせた。

劉備の目は決意に燃えていた。

 

「だ、駄目です! 桃香様はここで兵士達を鼓舞しなければなりません! 今、少数の騎兵を動かしても各個撃破の的になるだけです! ここは一丸となって曹孟徳さんの突撃を止めることに専念するべきです!」

 

諸葛亮は叫んだ。

既に曹操軍は劉備軍を射程に入れている。

今まで見せた突破力ならば張飛率いる騎馬隊も時間を稼ぐことは難しいだろう。

轟音を発する武器らしきもののために劉備軍の騎兵は殆ど戦うこともできずに無力化されていた。

馬が使えない。

その事実に愕然とする諸葛亮であったが、それを嘆いている時間はなかった。

曹操軍の、騎馬隊突撃の恐怖に少しでも耐えられるよう兵士達を落ち着かせなければいけなかった。

 

――私は見誤っていた……!

 

有力な武将である関羽、張飛、趙雲を向かわせた事を後悔する諸葛亮。

見た目が子供で腕っ節も見た目相応でしかない諸葛亮では十分に兵を鼓舞することができない。

強敵に怯える人間達を勇敢な戦士へ変えるのは誰もが不敗を確信する武将なのだから。

 

「み、皆さん、落ち着いて! 少し耐えればまだ望みはありましゅっ!?」

 

重要な局面で噛んでしまった諸葛亮。

これでは兵士の士気を上げられないと自責の念に駆られる。

 

「朱里ちゃん、大丈夫」

 

優しく諸葛亮の頭を撫でた劉備が前に進み出ながら言う。

劉備は兵士達に振り返って困ったように笑った。

 

「皆、聞いて! もう十分見ていると思うけど、曹孟徳さん達は強い。それでも、私は戦う。折角人々が豊かになった冀州を守るため、そして何よりようやく平和が訪れた幽州を守るには戦うしかないから!」

 

劉備の言葉に兵士達は怯えを見せた。

幽州の精鋭騎馬隊。

それを一瞬で突き破る曹操軍を兵士達は恐れた。

諸葛亮が慌てて劉備を見る。

劉備は一瞬、昔を思い出すように目を閉じた。

目を開けた劉備は話を続ける。

 

「……私が初めて幽州を訪れた時、誰もが泣いていた。親を失った子、伴侶を失った人々、飢えと貧困……誰もが生きるために、生き延びるために殺しあっていた。でも、今は違う! 烏族さん達や他の人達と商売をするようになって、幽州は変わった! 子供は親を失わず、伴侶は互いに寄り添って豊かになっている! 私はずっとつらい思いをしていた幽州の皆を守りたい! ようやく訪れた平和を守りたい! 今ここで、袁本初さんが死んでしまえば、冀州と幽州はどうなるのか分からない。私の勘違いで、もっと良くなるかもしれない。でも、また、昔みたいになってしまうかもしれない。危ないのは分かっている。私は愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、星ちゃんみたいに強くない。それでも、私は私に出来る事をしたい。だから、皆、お願い! 私に力を貸して!」

 

劉備は兵士達に頭を下げた。

 

「全く……他所から来た嬢ちゃんが俺達の故郷のためにこれだけの覚悟を見せたんだ。俺はやるぞ! ここで逃げちゃあ負け犬になっちまう」

「おいおい、俺達も忘れんなよ」

「微力ですが、私ももちろん玄徳様の為に力を尽くします」

 

兵士達は次々と自分も戦うことを宣言していった。

 

「皆……」

 

劉備が涙ぐんだ。

 

――流石です、桃香様。

 

諸葛亮は内心で呟いた。

武将という観点から見た劉備は決して飛び抜けているわけではない。

無能ではないが、優秀というには不足がある。

知略家としてもそれほど優れているわけではない。

政務なども人並みにはできるが、諸葛亮等と比べると大きく見劣りする。

だが、そうした不足は劉備という人間の持つ人徳という強みを些かも貶めていない。

人を引き付ける能力、この人のために力を尽くそうと思わせる類まれな才能が劉備にはあった。

王としての才能。

万民を導く才能。

そして、何よりも民の幸せを何時も考える性格。

そんな劉備に心服したからこそ諸葛亮は劉備に仕える事を決めた。

どんな逆境にあっても諦めずに万民の幸せを願う強さは諸葛亮には無いものだったから。

 

「残された時間はありませんが、この短い時間で簡単な作戦を話させて頂きます」

 

兵士達が雄叫びを上げ終わった頃合いを見計らった諸葛亮が言った。

諸葛亮の予想通り、張飛率いる騎馬隊をほとんど時間をかけることなく突破した曹操軍は劉備軍本体へとその矛先を向けている。

曹操軍との戦闘に入るまでの限られた時間に諸葛亮は即席の策を構築した。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「くそっ! 私としたことがとんだ失態だ!」

 

関羽は思わず吐き捨てた。

曹操率いる騎兵隊の先頭に位置する兵士達が持っていた筒状の武器。

恐らく火薬を利用して金属の弾を打ち出す仕組みだろう、と関羽は当たりを付けた。

高速で飛来する金属の弾は脅威だった。

だが、それだけならば曹操軍の突撃を止めることも可能だったと関羽は断じる。

関羽たちにとって曹操軍が用いた新兵器の最大の脅威は馬を怯えさせる轟音だった。

馬が怯えて行動不能になった関羽軍を迂回するようにして曹操軍は突き進んでいった。

 

心に何処かに油断があったと関羽は認めざるを得なかった。

幽州では異民族が落ち着いた為に大きな戦いもなく、劉備たちは武功を上げる機会を得られなかった。

もっとも、劉備達は幽州の平和を喜んでおり、武功がないことを嘆きはしなかったが。

ただ、武功がないといっても劉備が今回連れてきた騎兵は精鋭中の精鋭だ。

遊牧騎馬民族との関係が大幅に改善したことで、幽州の騎馬隊は異民族から乗馬技術について学ぶ機会を得ていた。諸葛亮の発案により、異民族との融和をより推進するという目的の下、行われた政策の一つである。

その結果、幽州騎馬隊の乗馬技術は格段に進歩した。

リップサービスはあるだろうが、教官として関羽達を受け持った異民族の族長は自分達に匹敵するとその乗馬技術を褒め称えた。

劉備の率いる騎馬隊が漢帝国で最強の騎兵隊であると思っているのは、決して関羽等の指揮官だけではない。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

荀シンが官軍側の人間で強い注目を見せた人物の1人であると諸葛亮は曹操を警戒していた。

孫堅軍が暴れている際、劉備軍は孫堅と同様に強行突破してくるであろう曹操軍を抑えるために動くべきだ、と主張したのは諸葛亮であった。

 

「あの袁冀州州牧の快刀と呼ばれる荀友若さんが警戒していた曹孟徳さんと孫文台さんの内、孫文台さんは実際に弩の雨を掻い潜って冀州軍の右翼を崩しています。ならば曹孟徳さんも必ず冀州軍を打ち破って攻めてくるでしょう。袁州牧の命を狙って。官軍中央が崩壊した今、戦いに勝とうとすれば袁冀州州牧の命を取るくらいしかありませんから」

「だが、朱里よ、この精強な冀州軍を破るなど可能なのか?」

 

いくら孫堅が接敵に成功したとはいえ、官軍中央を圧倒している袁紹軍相手に強行突破は可能なのか、と関羽は尋ねた。

幽州から連れてきた騎兵隊でもこれだけの軍を崩すことは難しいだろう。

まして、冀州軍の最奥に位置する袁紹の安全を配慮することは無駄骨に終わる公算が高いのではないか、と関羽は思う。

幽州として冀州に味方することを決めた以上、今後のためにもある程度の戦功は必要だと主張していたのは諸葛亮だ。

予想を外れて曹操軍が攻めて来なければ、戦う機会さえ失ってしまう。

 

「必ず来ます」

 

関羽達の不安を吹き飛ばすように諸葛亮は言った。

 

「曹孟徳さんの軍は騎兵集団です。曹孟徳さんは欺瞞工作をしながら、その機動力を活かして冀州軍の左手に回りこむでしょう。袁州牧軍の中央前方に配置された兵士達は精鋭中の精鋭です。更に、官軍のそれを圧倒する弩を持っています。ならば、曹孟徳さんは正面から戦いを挑むよりも側面からの奇襲を選択するでしょう」

「それは、そうかもしれん。しかし、現状、官軍の中央が圧倒されている様子ではないか。この状況ではいくら曹操と言えども退却せざるを得ないのではないか。曹操が優秀だという話は聞いているが、不可能を可能にする程のものなのか?」

 

辺境で幾度か戦った事のある関羽は戦いというものに時があることを知っていた。

ここまで官軍が崩れている状況で高々1万の騎兵で何が出来るのか、と関羽は思う。

しかし、関羽を超える知謀を持つ諸葛亮は曹操が攻めてくることを確信した様子である。

関羽は、何故諸葛亮がそれだけの確信を持つに至ったかを知りたかった。

 

「荀友若さんが曹孟徳さんを警戒していたからです」

 

諸葛亮が答える。

 

「荀友若さんはまだ漢帝国では無名のはずの桃香様の名前を知っていました。それは、幾万といる無名の将兵の中から桃香様を見出したという事です。それほどまでに人を見る目がある荀友若さんが強く警戒する曹孟徳さんが素直に引く訳がありません。私は荀友若さんの人を見る目を信用しています」

「……なるほど、確かにまだ名を知られていないはずの桃香様を見出した荀友若殿が曹操を警戒しているというのは十分な理由だな」

 

関羽は頷いた。

無名の劉備を見出した人物の判断は無碍に扱うべきではない。

 

「曹孟徳さんが配置された陣の旗に動きは見られないという話です。ですが、曹孟徳さんはもう動き出しているでしょう。袁州牧を狙わざるを得ない曹孟徳さんは本陣を攻撃しようと冀州軍左手の強行突破を図ると思います。ただ、袁州牧は既に前進を始めようとしています。荀友若さんが当初の予定通り官軍中央の強行突破からの逆襲を狙って行動を始めたのでしょう。恐らく、曹孟徳さんが左手を突破してくる頃には本陣を離れて前に進んでいることでしょう」

「ふむ。矢の数から、袁紹軍が動くまでもう少し時間があると思っていましたが――」

 

趙雲が軽く首を傾げた。

 

「孫堅さんの動きに応じてでしょう。袁紹さんの中央に位置するのは精強な兵士達ですが、両翼は義勇兵が多く、練度も十分高いとは言えません。孫堅さんの動きに連動して右の官軍が動き出せば厄介なことになるでしょう。河を背にした状態で兵士達が追い詰められていると恐怖に駆られたら、最悪、軍が崩壊する可能性も無視出来ません。袁州牧はそれを嫌ったのでしょう。だからこそ、中央を一気に突き崩すことにしたのだと思います」

 

もちろん、当初の策よりも中央の被害は大きくなるでしょうが、と諸葛亮は続けた。

 

「なるほど、分かった。それで、我々はどうするべきだ? 曹操をどう迎え撃つべきだ?」

 

関羽が諸葛亮に尋ねた。

 

「騎兵を複数の部隊、3つに分けて波状攻撃を仕掛けるべきだと思います。曹孟徳さんの配下は騎兵部隊です。荀友若さんが強く警戒するほど優秀で、実際に短時間で複数の砦を陥落させている以上、その突破力は我々を超えていると考えるべきだと思います」

「幽州で鍛えあげれた我々の練度はかなりのものだと自負していますが、朱里殿はその我々より曹操の方が強い、と?」

 

諸葛亮の言葉に趙雲が問う。

 

「油断するよりはずっとましだと思います。実際、曹孟徳さんの騎兵がこの袁州牧の軍を突き破って進むだけの力を持っているのならば、私達が真正面からそれを止めるのは困難でしょう。曹孟徳さんの兵は職業軍人ですから厳しい訓練を課すことができますし、曹孟徳さんは袁州牧程では無いにしろ、かなりの資金を持っています。武装の点では私達よりも遥かに良い物を持っているはずです」

 

諸葛亮は話し続ける。

 

「だから、私はこれを真正面から止めずにいなすべきだと思います。つまり、一度に全ての兵力をぶつけるのではなく、連続的に騎兵で突撃を行い、曹孟徳さんの動きを遅くするのです。もちろん、寡兵でぶつかる以上、簡単に蹴散らされてしまうでしょう。しかし、皆さんであれば、一度蹴散らされた兵士達を再びまとめ上げることができます。そして、騎兵であれば動きが遅くなった曹孟徳さんの軍に追いつくことができるはずです。幽州の騎兵の練度を考えれば、絶え間なく曹孟徳さんの足止めができるでしょう。そして、足が止まりさえすれば、曹孟徳さんの騎兵は寡兵。袁州牧軍と連携すれば数の点で圧倒的な優位を確保できます」

「つまり、私たちは曹操の足止めに徹するという訳か。だが、兵力の分散は避けるべきではないのか?」

「それは相手がこちらを殲滅しようと考えている場合の話です。ですが、曹孟徳さんがここまで攻めてくるとすれば、それは袁州牧その人を狙ってのものでしょう。一々相手を撃滅するよりも、突き進むことを優先するはずです。これに対してこちらが兵力を集中すれば、それを強行突破された場合に後がありません。曹孟徳さんが具体的にどのような戦術を採用するか分からない以上、断続的に足止めを仕掛けながら臨機応変に対応する方が良いと思います」

 

そう言って諸葛亮は劉備を見た。

 

「うん、分かった。朱里ちゃんが言うなら間違いないよね」

「私も依存はありません。それで、具体的にはどう動くべきだ?」

「まず、騎兵を1000ずつ、4つの部隊に分けます。そして――」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

騎兵部隊の練度により可能となった連続的な機動力を見越して諸葛亮が構築した作戦は、曹操軍がどれほどの突撃力を持っていようとも十分に時間を稼げるはずだった。

馬を使い物にならなくしたあの轟音がなければ。

曹操軍の兵士達が構えた筒が放った爆発音に関羽率いる騎馬隊の馬は恐慌状態になった。

馬を落ち着かせようとして、まともに動くこともできない関羽軍を横切って曹操軍は突き進んでいった。

趙雲と関羽が殆ど時間を稼げずに曹操軍の侵攻を許した様子を見た張飛は指揮下の騎兵隊の進路を変えた。

諸葛亮の当初の作戦では張飛達の騎馬隊は曹操軍の斜めから突撃する予定であった。寡兵である以上、横合いから攻撃を仕掛け、曹操軍を混乱させた隙に距離をとるというのが諸葛亮が張飛達に指し示した策だった。

しかし、同じ様に斜めから攻撃を仕掛けた趙雲と関羽は足止めが出来ていない。

曹操軍の精強さが原因ではなく、謎の轟音により馬が使えなくなったのが理由であった。

嘶いて立ち往生する劉備軍の騎兵を横切って曹操軍は突き進んでいる。

 

「真正面からぶつかるのだ!」

 

張飛は叫ぶ。

兵士達は死闘を予感しながらも鬨の声を上げた。

馬もまた乗馬する人間の決死の覚悟に嘶いた。

 

曹操軍と張飛の騎兵隊。

両者の距離が詰まった時、夏侯淵が配下に発砲を命じる。

 

「こんな攻撃、効かないのだ!」

 

趙雲が飛来した銃弾を弾き飛ばしながら叫ぶ。彼女の乗る猪は極度の興奮状態にあるのか、銃声に何の反応も示さなかった。

張飛は突き進み、槍を振るう。

その槍は曹操軍の先頭を走る筒を構えた騎兵の1人を容易く貫き、落馬させた。

一瞬で槍を引き戻した張飛は休む間もなく槍を振るう。

 

「鈴々がお前たちなんかやっつけてやるのだ!」

 

張飛の後ろを走る騎兵隊も多少の混乱はあったものの指揮官を守ろうと必死に曹操軍に食らいつく。

趙雲と関羽を突破する際の発砲。それにより張飛達の馬たちが事前に発砲音に気構えがあったからこそ可能になった。

 

「とりゃーーー!!!」

 

高速で振り回される張飛の槍に曹操軍の兵士達は次々と死んでいく。

 

「やるな、お前!」

 

夏侯惇が張飛隊の突出を抑えようと、七星餓狼を振るい馬頭を張飛に向ける。

 

「春蘭! 貴方が牙をむくべき時はまだよ!」

 

それを窘めながら曹操が指揮下の騎兵たちを引き連れ張飛に向かう。

 

「華琳様! 危険です!」

「構わないわ! 虎穴にはいらずどうして虎子を得られよう!!」

 

曹操は叫ぶと同時に絶を振るう。

 

「ぬりゃあーーー!」

 

張飛が叫び声とともに槍を振るう。

愛馬と猪に乗りかなりの速度で駆け抜ける曹操と張飛の交差は一瞬だった。

張飛の服に切れ込みが入り、曹操の頬に一筋の赤い線が走った。

 

「春蘭、進みなさい! 秋蘭、次弾を撃つのよ!」

「撃て!」

 

曹操が叫ぶとほぼ同時に夏侯淵は配下に発砲を命じた。

文字通り槍が届く距離での発砲音に張飛率いる騎兵の馬も流石に動揺し、暴れた。

 

「お、落ち着け!」

 

兵士達が必死に宥めようとするが、一度恐怖に駆られた馬を立て直す労力は並大抵ではない。

 

「くっ、待て、待つのだ!」

 

張飛が叫ぶ。

既に曹操軍は味方の混乱で身動きの取れない張飛の手が届かない場所を走っていた。

 

「華琳様、無茶をなさらないで下さい!」

「そうです! 私が戦いますから」

 

曹操の己が身を省みない行動に夏侯淵と夏侯惇が苦言を呈した。

 

「今、無茶をしなくて何時するというのかしら!? 後ろではさっき破った騎兵たちが動き出しているわよ!」

 

曹操は2人の臣下に言い放つ。

夏侯惇は曹操の言葉に背後を振り返った。

曹操の言葉通り、先程打ち破ったはずの騎兵達が曹操軍を追いかけてきている。

 

「なんだと!? くっ! さっき徹底的に叩いておけば!」

 

夏侯惇は悔しげに叫んだ。

曹操軍に戦いを挑んだ相手は高々千程度の寡兵だった。

夏侯惇の部隊がこれに攻撃をしかければ、容易に打ち破ることができただろう。

 

「落ち着け、姉者! 私達にそんな時間的余裕はなかった! しかし、拙い……華琳様! このままでは銃の再装填が間に合いません! 一度速度を落として次弾装填の時間を!」

 

夏侯淵が曹操に叫ぶ。

夏侯淵が率いる銃を装備した騎兵隊の数は1000。

装填にかかる時間は通常の弩の3分の1を切る。

連射性能だけで見れば夏侯淵の騎兵隊は弩兵3000に相当することになる。その全員が馬を乗りこなし高い機動力を持つ以上、実際にはそれ以上の戦力である。

だが、それでも限界はある。

張飛の騎馬隊を切り抜けるために発砲を繰り返したことで、装填された銃を持っている兵士がいなくなっていた。

袁紹軍左翼を突き破り、3回に渡る騎馬隊の突撃を突破した代償として、銃はかなりの熱を持っている。

再び銃を使うためにはどうしても時間が必要だった。

曹操軍の基本戦術は敵本陣までの道を夏侯淵の銃部隊によって切り開くというものである。

そして、曹操達はまだ袁紹軍本陣までたどり着いてはいない。

 

「いえ! もう、構わないわ! 春蘭! 温存していた貴方の力! 存分に奮いなさい!」

「はっ!!」

 

曹操は夏侯淳に命じた。

背後の騎兵隊は予想を超える練度を持っていた。

銃が使えない状況でまともに戦えば、相当の被害を受けるだろう、と曹操は判断する。

ならば、追撃を受ける前に劉備軍を突破しなければならない。

劉備軍。

呂布や張遼等と異なりほとんど武功の無い公孫賛の客将だったが、その力が侮って良いものではないということを曹操は既に十分認識していた。

曹操の放った諜報によれば劉備を麗羽、袁紹に推薦したのは友若である。

流石、あの袁紹の下で冀州をここまで発展させた人物であると曹操は内心で友若を褒め称える。

とは言え、曹操の現在の状況を考えれば賛美ばかりしていられない。

曹操は決断した。

 

曹操の命令を受けて夏侯淳率いる騎馬部隊7000は陣形を展開しながら最前列に躍り出た。

袁紹軍左翼を突き破り、趙雲を始めとする優秀な騎兵隊を全て突破してきた曹操軍1万。

だが、その内7000は戦いに参加することなく、力を温存していた。

 

一部の武将を除けば、兵士達には戦える限界が存在する。

いくら鍛えあげられた兵士と言えども、全力で戦い続けられる時間というのは長くない。

少数で敵の頭を叩く首狩り作戦の有用性は古来より度々示されてきた。

この成功によって本来負けるはずの勢力が勝利したことも多い。

だが、現実的な戦術としてこれが採用されることが少ないのは全力で戦闘可能な時間限界が理由である。

総大将は殆どの場合、敵陣の最奥に位置する。

これを叩くためには敵の守りを突破しなければならない。

だが、普通の兵士はどれだけ鍛えた所で敵陣を突破して総大将の首を取るまで戦い続けることができないのだ。

 

だから、曹操は首狩り作戦にあたって、如何に戦わず敵陣を突き抜けるかを考えた。

通常なら、まず不可能である。突出した部隊は敵の集中砲火を浴びることになる。

しかし、連射が可能な銃火器を手に入れた曹操にはそれが可能だった。

答えは単純だ。

銃火器の威力と音で敵兵を足止めし、敵の本陣を襲えば良い。

曹操の配下には個人としての武に優れた夏侯淳や許緒、楽進がいる。

彼女たちがその力を存分に発揮できる状況さえ用意できたならば、異民族の王であろうとその頭を胴体と繋げておくことはできないはずである。

 

夏侯淳率いる騎兵隊7000は曹操の構築した戦術の通り、温存していた力を存分に振るおうとしていた。

 

「行くぞ! 全員死力を尽くせ! 万が一、華琳様の武名を穢すような者があれば、この私が手ずから叩ききってくれる!」

 

夏侯淳が兵士達に檄を飛ばす。

 

「ボク達も行くよー!!」

「前進!」

 

許緒と楽進が両脇に続く。

劉備軍は目の前だった。

 

「突き破れ!」

「何としてでも防げ!」

 

両軍の掛け声が交差した。

 

諸葛亮の策は、槍兵を並べて曹操軍の初撃を食い止めるという単純なものである。

劉備の下には練度の不十分な義勇軍が多く含まれている。

時間もない状況下で複雑な作戦を立てても意味が無い。

そして、劉備によって兵士達の士気は最高潮だった。

今この時ならば、どんな危険にあっても兵士達は逃げずに戦うだろう。

作戦は単純であればあるだけ良い。

そして、騎兵は速度を持ってこそ威力を発揮する。

この場において数千程度の兵士達を死なせたとしても十分な戦術的価値が騎兵の動きを止めることにはあった。

 

――私が、この人達を死なせる、殺す……!

 

諸葛亮は自分に言い聞かせた。

軍師としての判断が諸葛亮に奮起した兵士達の犠牲を要求していた。

曹操率いる騎馬隊にここを突破されれば背後にあるのは混乱して迎撃態勢をとれていない袁紹軍だ。

袁紹がその命を落とすようなことがあれば袁紹軍は崩壊する。

それは、袁紹の下で発展を遂げた冀州の終焉とようやく平和に生きられるようになった辺境の崩壊へと繋がる危険がある。

兵士達の命と幽州を始めとする辺境の人々の平和。

その二つを天秤にかけて後者を選択したのは諸葛亮だった。

 

「はあああぁぁぁっ!!!」

 

曹操軍の先頭を走る武将達は並外れていた。

武器が振るわれるごとに、次々と劉備軍の兵士達は死んでいく。

そもそも、歩兵と騎兵の戦力比は決して等価ではないのだ。

それでも、劉備軍の兵士達は逃げようとはしなかった。

その生命が尽きるまで。

 

「どけえぇぇ!!!」

 

予想を超えて攻め崩せない劉備軍に夏侯淳が叫ぶ。

背後からは劉備軍の騎兵隊が迫っている。

更に、真横から唐突に現れた騎兵が曹操軍に襲いかかろうとしていた。

劉備の下に予備兵力として残された騎兵を諸葛亮が動かしたのだ。

 

「皆! 頑張って!」

 

劉備が剣を振るいながら叫ぶ。

曹操軍側に押され気味の場所を支援しようと、劉備は剣を抜いて最前線に躍り出たのだ。

 

「おい、嬢ちゃん! あんたは下がっとれ! 戦うのは俺達の役目だ!」

 

小隊を取りまとめる隊長が劉備を諌めた。

強引に劉備を下がらせた将達長は部下を怒鳴りつけた。

 

「おい! お前ら! 嬢ちゃんを不安がらせてるぞ! 何腑抜けてるんだ! ちびの曹操率いる兵なぞ恐るるに足らんわ!」

 

兵士達は奮起した。

劉備の存在はそれだけで無名の兵士達を奮い立たせる。

その兵士達に諸葛亮はその知の限りを尽くして策を練る。

結果として、この時、劉備率いる兵士達は歴戦の精鋭にも優るとも劣らなかっただろう。

死力を尽くしている以上、長くは戦えない。

それでも、この時だけを見れば劉備率いる兵士達は歴史に名を残すに相応しい奮迅を見せていた。

 

だが――

 

「貴様ら! いつもの訓練を思い出せ!」

 

夏侯淳が叫ぶ。

 

「戦闘部隊を援護する! 回りこんで一斉に発砲するぞ!」

 

夏侯淵が銃騎兵をまとめながら夏侯淵が叫んだ。

 

曹操は配下の騎兵に凄まじい訓練を課していた。

曹操に敗北は許されないのだ。

付き従う優秀な配下のため、そして何より曹操自身、己に敗北を許すつもりなどなかった。

 

「何をやっているの! 劉備など、無名の将に相手に何を手こずっている! 突き破りなさい!」

「撃て!」

 

曹操が檄を飛ばすのと夏侯淵の合図はほぼ同時になされた。

間近での発砲音に鼓膜をしたたかに打たれた劉備軍の兵士達の僅かな同様。

それを見逃さずに一斉に攻勢をかけた曹操軍はとうとう劉備軍の陣形を崩壊させた。

 

 

「目的は直ぐ先! 画竜点睛を欠く事の無いよう奮起せよ!」

 

曹操が叫ぶ。

既に袁紹軍本陣が視界に入っている。

曹操軍は死に物狂いで袁紹軍本陣の最後尾に突撃を仕掛けた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「荀大老師殿! ご無事ですか!?」

 

茫然自失していた友若にメガネをかけた利発的な女性が声をかけた。

 

「え……あ、ああ……」

 

友若は言葉にならない返事を返す。

微かに眉をひそめた女性。

 

「馬を連れて参りました。すぐに指揮を執ってください。曹操軍が強襲しました」

「え、そ、そんなこと言われても……君は?」

「私は郭奉孝と申します。本陣の伝令を任されております。荀大老師殿、指揮を。袁州牧のいる本陣は混乱しております」

 

郭嘉の言葉に友若は頭を抱えた。

曹操に勝てるわけなど無い、と思っていた友若であるが、そこに銃火器が加わるとなれば最早どうしようもない。

やはり、三国志の覇者と戦うことなどするべきではなかった、と友若は後悔する。

彼女達は文字通りバケモノなのだ。

曹操にいたってはあのバケモノである荀彧を配下にしているのだ。

あのプライドが高く、人を見下す事に情念を燃やす荀彧を、と友若は自らを棚に上げて思った。

そっくりそのままブーメランである。

その曹操が官軍に属している、という情報を手に入れた段階で逃げるべきだった、と友若は悔いた。

 

「げ、元皓殿は?」

「先ほどの攻撃による爆発で負傷されています。そもそも、袁州牧の筆頭軍師は貴方ではないのですか?」

「……」

 

友若はこの時ほど過去の自分を殴りたいと思ったことはなかった。

かつて、株式制度により冀州が大きな成功を収めた時に、田豊は友若に軍事についての知識があるかと尋ねた。

調子に乗っていた友若は自らの軍略が孫子にも匹敵すると嘯いた。

結果としてそれを驚くほど素直に信じた田豊により友若は軍事面でも幕僚として扱われるようになったのだ。

そして気が付くと、何故か軍事面でも友若は袁紹配下として最高責任者になっていた。

 

原因は友若を大きく勘違いしている田豊である。

友若が政治以外にも軍事に関しても才能を有していると思い込んでいた。

田豊は経験的に飛び抜けて優秀な人間というものは万事に優れている傾向があることを知っていたのだ。

なまじ、友若が田豊の理解を超えた経済政策を大成功させたのが不味かった。

軍事に関して天才だという友若の法螺を田豊はあっさり信じたのだ。

 

細かいことは気にしない友若はそんな勘違いをされているなど思ってもいなかった。

何も考えずに権限が増えたことを面倒くさがりながらも喜んでいた。

その後、軍事に関しても権限を得た友若は失業対策目的で私兵の数を増大させたり、鉄の価格維持を目的として大量の弩と矢を作らせたり、と好き勝手にしていた。

だが、そうした権限はいざという時、曹操を相手に戦う立場と引き換えである事を友若は郭嘉によって思い出させられた。

 

――割に合ってねえぞ! 全然割に合ってねえぞ! 銃火器を、大砲を使うバグ連中が相手だなんて聞いていないぞ!

 

思うままに権力がもたらす自由を満喫していたはずの友若は内心で喚く。

そんな友若の余りにも無様な様子に郭嘉が口を開いた。

 

「急いで下さい! 時間がありません。このままでは曹操にいいようにされて折角の勝利を台無しにしてしまいます」

「い、いやいや、相手は大砲を使ったんだぞ! 勝てるわけがないだろう!」

 

現実逃避していた友若に知りたくもない現実を思い出させた郭嘉。

その存在を疎んだ友若はこの低能が、と内心で思いながら乱暴な言葉で言い放った。

銃火器という近代戦で独壇場の武器を見て恐れもしないなんて所詮は野蛮人か、と友若は思う。

対する郭嘉は不思議そうに眉を顰めた。

 

「既に官軍の両翼の大半は撤退し、中央も潰走に追い込んでいます。恐らく袁州牧を狙った曹操さえ潰せばこちらの勝利は完全に確定するでしょう」

「その曹操をどうやって倒すっていうんだよ! 連中は銃火器を使っているんだぞ!」

「先程の攻撃でしたら今は使えないはずです。曹操騎兵隊がこちらに攻撃を仕掛けています。味方を巻き込む危険がある以上、あれはしばらく無いでしょう」

 

郭嘉は理路整然と答えた。

だからどうした、と友若は内心で吐き捨てる。

そんなことが分かったからといって、何の役に立つというのか。

友若が求めているのはその曹操への対処方法だ。

使えねー、と内心で呟く友若。

使えないのは間違いなくお前のほうだ、とツッコミを入れる人間は存在しなかった。

 

「目下の問題は如何に曹操率いる騎馬隊を撃退するかです」

「無理に決まってんだろ」

 

友若は即答した。

仮にも袁紹軍の軍略を司る人間が絶対に言ってはいけないはずの言葉である。

郭嘉は実は友若はただの小物なのではないか、と思い出している。正解であった。

ただし、転生チート知識持ちなのだが。

 

何はともあれ、郭嘉も立場上、袁紹が勝利するべく力を尽くさねばならない。

取り敢えず、郭嘉は先程の友若の言葉を聞かなかったことにして、現状の説明をすることにした。

 

「情報が錯綜していますが、曹操自身が騎兵を率いて我が軍左翼へと突撃している事は確実でしょう。曹操が愚かでないのであれば、袁州牧その人の命を狙っているものと思われます。我が軍の左翼を突き破り、本陣をも崩してみせるというのは中々信じがたいことですが」

 

曹操軍の爆撃により混乱した状況下で正しい情報を抽出した郭嘉。

その凄まじいまでの有能さに欠片も気がつくことない友若。

袁紹軍左翼の方向から断続的に聞こえてくる破裂音に身を竦ませながら叫んだ。

 

「大砲を、銃火器を使ってくる連中だぞ! できるに決まってるだろうが! ……ど、どうしたら……くそっ! どういうことだよ! 冗談じゃねえぞ!」

「先程からの破裂音の正体が銃火器だとして、それほどの威力を持っているのですか? 火薬を使っている様子ですが」

「何を言ってるんだ! 前時代的な武器なんか相手になるわけがないだろうが! 火薬で弾を打ち出すんだぞ! 火薬の量を増やせば、弓矢なんかと違って幾らでも威力と速度が出せるんだ!」

 

友若の言葉に郭嘉はなるほど、と相槌を打った。

何がなるほどだ、と友若は内心で毒づく。

 

「銃火器というものにずいぶん詳しいのですね」

「当たり前だろう! 昔、実家で簡単な火縄銃を作ろうとしたこともあったんだぞ」

「曹操の配下に荀大老師殿の妹君が居ると聞き及んでいますが、もしかするとその妹君が曹操に銃火器を持ち込んだのでは?」

「っ!!」

 

郭嘉の言葉に友若は蒼白になった。

そうだ、あのバケモノは銃火器の存在を知っていた、と友若は思い出す。

その様子を見た郭嘉は納得した様子で頷く。

 

「荀大老師殿、時間がありません。銃火器に関して知っていることを話して下さい。まず、それについて知らなければ対応出来ません」

「さっき言った通りだよ! 鉄の筒に火薬と鉛球とか金属の弾を入れて点火して爆風で弾を飛ばす仕組みだ。弩なんかと違って弓を引く必要がないから上手く作れば連射もできる。最終的には何百っていう弾を一瞬でばら撒けるようになるさ! 射程距離も全然違う! 弓矢の十倍くらい簡単に達成できるさ!」

「しかし、曹操軍の持つ銃火器はそこまでではないでしょう。それだけの事ができるなら騎兵の突撃も必要なくなる」

 

郭嘉は少考した。

 

「恐らく、曹操の持つ銃はある程度の連射性能を持ち、馬上で弾の装填ができるのでしょう。そして、その数はそう多くは無いはずです。ならば――」

「いくら考えたってあの連中が何を考えているなんて分からないだろう! と、とにかく、今はどう逃げるかだけを考えないと……」

「いえ、相手は騎兵。逃げられるものではありません。しかし、いくら銃火器とやらを持っていたとしても相手は寡兵。数に物を言わせれば敗北はありえません。だからこそ、曹操は死に物狂いで袁州牧を狙うでしょう。ともかく、銃火器について兵士達に伝えなければいけません。陣形を崩壊させるような事態は何としてでも避けなければ」

 

郭嘉が冷静に言い放つ。

どのような状況でも冷静さを保つことこそが重要であると郭嘉は知っていた。

その平静な様子にパニックに陥っていた友若もようやく我を取り戻した。

 

「じゃあ、えーっと、郭、兵士達への連絡は任せる。俺は袁本初様の下へ行く」

「分かりました」

 

頭を下げる郭嘉に返事を返す時間も惜しいとばかりに友若は馬に乗ると袁紹の下へと駆け出した。

 

「な、何としてでも本初様を逃さないと!」

 

友若は恐怖に涙しながら小さな声で言い放った。

 

「くそっ! 俺は何で本初様を助けたいなんて思っちまったんだ! 1人で逃げるべきだろうがっ! 曹操をどうにかするなんて無理に決まってる!」

 

友若は嘆きながら馬を走らせた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

曹操軍の突撃は苛烈の一言だった。

銃火器等、一切の小細工に頼らないそれ。勢いを止めれば死ぬと、決死の覚悟で攻撃を仕掛ける曹操軍。

対する袁紹軍は勝ち戦に浮かれていたところを背後から突かれる格好になった。

本陣付近での砲弾爆発のによって司令部が一時機能マヒを引き起こしたため、兵士達の動揺は十分に収まっていなかったのだ。

郭嘉が迎撃態勢を整えようと走り回ったが、彼女には十分な権限が与えられていなかった。

出世に関しては年齢序列の傾向が強い袁紹配下の弊害だった。

特異な才能の持ち主を十全に発揮する場が用意されていないのだ。

田豊の強い推薦がなければ友若も郭嘉等と同様に埋もれていただろう。

 

「くそっ! 弩兵を並べろ!」

「駄目だ! 敵味方が入り乱れている! 味方を殺すきか!?」

「『銃火器』とやらには気をつけろ! 大きな音がするが大したことはない!」

「それよりもこいつらを何とかしろ! 突破されるぞ!」

「うわああぁぁあ!」

「も、もう無理だぁぁぁ!」

 

一部の兵士達が悲鳴を上げて逃げようとする。

その動きは瞬く間に袁紹軍最後尾に伝播した。

元々、本陣後ろに配置される兵士達だ。決して練度は高くない。

劉備軍程の優秀な軍が最後尾に配置されるということがむしろ異常なのだ。

 

「雑魚には構うな! 突き進め! 袁紹の首をとった者には褒美を存分に取らせるぞ!」

「「「うおおおおおおオオォォォォォォ!!!」」」

 

夏侯惇が叫ぶ。

兵士達は雄叫びを上げてそれに答えた。

袁紹軍の最後尾を突き破り曹操軍は突き進む。

その先には袁紹軍の本陣があった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「おのれ! 曹操め! 袁本初様を何としてでもお守りしろ!」

 

本陣を守る精鋭の兵士達が叫んだ。

兵士の動きは素早かった。混乱した状況下にあって、予め決まっていたかのように隊列を整え、弩を構える。

袁紹の私兵の内、特に優秀であると認められた精鋭中の精鋭であった。

ただ、数は少なく500。局所的な兵力比は20倍に近い。曹操軍を止める事は絶望的であった。

周囲は友軍がひしめいているが、この瞬間、降り掛かった刃を払うためには何の役にも立たない。

 

「おい! 友若!」

 

精鋭の隊長が友若に向かって字を叫んだ。

なんて無礼なやつだ、と友若は状況も忘れて憤る。

常日頃、友若の作った連弩を散々馬鹿にしていた人物である。それでも彼女は友若の呼び名には大老師という怪しさ極まりない役職名を使っていた。

こんな連中と殿を務めるなんぞ御免だ、と友若は内心で思った。

 

「貴様が本初様を守れ!」

「友若殿! お願いする! 麗羽様を連れて逃げてくだされ!」

 

どうやって袁紹と共に逃げるかを考えていた友若は驚いて兵士長や田豊の顔を見た。

軍事の責任者として殿を押し付けられると思っていたのだ。

友若は袁紹を守るためにここに来たが、命を捨てる覚悟まではなかった。

2階級特進などには欠片も意義を見出さない友若は当然ながら適当な人間に全てを押し付けるつもりだった。

そして、他の人間も同様だと思っていた友若。

一応、兵士は仕方ないにしても、軍師などの幕僚が自発的に袁紹と共に友若を逃がそうとするというのは意外だった。

 

「え……?」

「ちょっ!? どういうことですの!?」

「麗羽様、お下がりください! 戦うのは私達の役目です!」

 

袁紹が退避を促す田豊に袁紹が苛立ちながら叫ぶ。

兵士長が袁紹に叫び返した。

 

「おい、友若! 何をボサボサしている!! 貴様は本初様を連れてさっさと逃げろ!!」

「は、はいぃ!」

 

兵士長の怒鳴り声の剣幕に友若は思わず裏返った声を返すと袁紹の乗る馬の鼻を引いた。

 

「ちょっと、友若さん! 私は逃げませんわ! 何で私が華琳の小娘如きに逃げなければならないのですか!」

「なっ!? 何いってんだこのアーパー姫!! 何時も何時も思ってたけど、どうしてあんたはこんなにあほなんだ!!」

「ちょっ! ちょっと、友若さん!! 今の言葉はどういう――!!!」

「――御免」

 

逃げることを拒否して暴れようとする袁紹の首筋を沮鵠が打ち付けた。

気を失い倒れる袁紹の体を沮鵠が支える。

 

「ボンクラ! 麗羽様を連れて逃げろ! 無事に麗羽様を逃せばさっきの言葉は聞かなかったことにしてやる!」

 

そう言って沮鵠は友若に袁紹の馬に乗るよう促した。

 

「……恩に着る」

 

馬を乗り換えた友若が小さく呟いた。

 

「何を殊勝なことを! そんな事を言う暇があったら麗羽様をどうやって逃すかを考えろ!」

「急げ! 何をやっている! 敵はすぐそこまで来ているのだぞ!」

 

兵士長が友若の乗った馬の尻を叩く。

袁紹が金に糸目をつけずに求めた汗血馬は嘶くと猛烈な速度で駆け出した。

 

「白凰、お前ら、死ぬなよ……!」

 

馬上で友若は呟いた。

 

「くそっ! 何なんだよ! 何でお前らはそんな……!」

 

その手には袁紹の体があった。

友若は何よりも袁紹を守らなければならない。

 

背後では袁紹までの道を塞ごうとする袁紹軍精鋭達に曹操軍が突撃するところだった。

曹操軍の槍が届くか届かないかの刹那、精鋭達は一斉に矢を放つ。

超至近距離で放たれた矢は容易く馬の体を貫き、馬上の兵士の命を奪った。

 

「「「うおおおおおおオオォォォ!!!」」」

 

袁紹軍の精鋭達は吶喊の声を上げた。

彼らが最強であると信ずる『真弩』を構え突き進む。

猛烈な勢いで迫る馬に臆することなく、彼らは突き進み、馬の腹に弩の先端を突きつける。

 

「馬を狙え! 曹操軍の足を断ち切るのだ!!」

 

圧倒的な質量と速度で迫る騎兵。それに踏み殺されながらも、精鋭たちは決して引かなかった。

 

「くっ! しつこい!!」

 

夏侯淳が袁紹軍の兵士を切り捨てながら叫ぶ。

七星餓狼が振るわれる度に血を流し死んでいく兵士達。

高々500。

しかし、死ぬまで止まることのない袁紹軍精鋭に曹操軍は思わぬ足止めを食らっていた。

 

「秋蘭、回りこむわ!」

 

その状況を見た曹操が叫ぶ。

周囲を取り囲む袁紹軍は動き出している。

時間の浪費は死へのカウントダウンに等しかった。

曹操の後ろを夏侯淵は少数の部下を連れて一気に袁紹軍精鋭の横を駆け抜ける。

 

「誰かやつを止めろ!!」

 

袁紹軍から叫び声が上がる。

袁紹軍精鋭は動けず、周囲の兵士達は組織だった動きが出来ていない。

それでも、何とか曹操達を食い止めようと馬に乗った男が曹操の行く手を遮ろうとした。

 

「曹操! 貴様には麗羽様に指一本――!」

「邪魔!!!」

 

とは言え、戦い慣れていない相手など武術も嗜む曹操の敵ではない。

交差する瞬間に首を切り落とし、群がる兵士達を斬り殺し、曹操は突き進む。

その目に立派な馬に乗った人物が映った。

曹操の愛するブレインたる荀彧と同じクセのあるブラウンの髪。

袁紹の快刀。

そして、友若の前に金糸の女性が乗っていた。

気を失っているのか女性の方は危なげに体を揺らしている。

 

曹操は一瞬、背後の夏侯淵を意識した。

振り向くことなく、夏侯淵が今まさに弓を引こうとしていると確信する。

 

曹操の目には駿馬に乗った2人の男女が写っていた。

友若の姿が曹操の瞳に反射する。

 

「――っ、秋蘭!!!」

 

曹操の声とほぼ同時に夏侯淵は矢を放った。

文字通り瞬きする間もなく友若へと飛来した矢は友若と曹操を遮るように駆け抜けた影によって弾かれた。

 

「先程は遅れを取ったが、次は同じ様には行かぬぞ! この関雲長が居る限り、先へは進めないものと思ってもらおう!」

 

美しい黒髪を一本に束ねた女性は青竜刀を掲げて叫んだ。

 

「っ! 天命か……」

 

曹操は唇を噛み締め呟いた。

 

「ここまでよ! 秋蘭!」

 

曹操は作戦の断念を決断した。

 

「耳を塞ぎなさい!」

 

決断を下してからの曹操の動きは素早かった。

懐から取り出した短銃を空に向けて引き金を引く。

破裂音とともに天を衝くような煙が生じた。

 

「っ! 夏侯将軍、あれを!」

「むっ! よし、撤退だ! 曹操様の合図が出た! 撤退に移れ! 馬を失った者を拾いながら撤退するぞ!」

 

夏侯惇が部下たちに指示を下す。

 

「ま、待て! 貴様ら! 逃げるのか!」

 

夏侯淵達に向けて叫ぶ沮鵠の声も虚しく、騎兵の機動力を存分に発揮した夏侯惇は瞬く間に遠く離れていった。

 

撤退に移った曹操軍の身の代わりの早さに袁紹軍は反応ができなかった。

さらに、再び袁紹軍を襲った砲弾の爆発。

袁紹軍がようやく陣形を整えて追撃しようとした時には曹操軍は既に袁紹軍の陣形をくぐり抜け弩の有効射程距離を越えようとしているところだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

官軍と袁紹軍が大軍同士でぶつかり合ったこの戦いは袁紹側の勝利に終わった。

官軍側は官軍7万、豪族勢力2万を失い、脱走兵も含めれば文字通り半数以上の兵力を失い潰走した。

だが、袁紹軍は曹操軍の首狩り作戦により本陣への攻撃を受ける。

結果として、田豊や沮授を始めとした優秀な参謀、本陣護衛にあたっていた精鋭の全てを失った。

更に、これにより動揺した袁紹軍は官軍にとどめを刺す機会を失う。

純粋に勝利を喜ぶにはケチがつきすぎていた。

 

そして、友若は――

 




前半終了。
思ったよりも時間がかかりました。

以下中書き

さて、どうでしたでしょうか。
見切り発車的に書き始めた恋姫ssの様な何かですが、おかげさまで折り返し地点まで書き上げることができました。
後半はあれとあれ、あれ、あれ、あれ、あれとあれ、あれ、あれは全カットで、最後にあれで全部で7話くらいになると思われます。(※1)

・ネタバレもあるので余り書くことは無いのですが、オリキャラを含む登場したキャラについて少しだけ説明していこうと思います。ただし、今後のストーリーに深く関わりそうなところはノーコメントで。あと袁紹勢に限る。
……つまり、名前と特徴の列挙です。

袁紹勢
袁紹(字:本初 真名:麗羽) 愛すべきバカ。持つ者。
荀シン(字:友若 真名:??) 主人公 転生チートオリ主。ブラウンの髪。
田豊(字:元皓 真名:??) オリキャラ。もう出番はないです。
審配(字:正南 真名:怜香) 黒髪短髪関西系口調。持たざる者。
沮授(字:?? 真名:??) 出番はないです。
張バク(字:孟卓 真名:??) 真面目口調。MIKOFUKUの人だが、後半のプロットを考えた筆者によって半ば居ない子状態。
何ギョウ(字:伯求 真名:??) 誰これ? 袁紹の配下を調べている時に出てきた名前。
許攸(子遠 黄蘭) 金髪ふわふわ真面目風口調。持つ者。
沮鵠(字:?? 真名:白凰) 白髪活発系真面目少女。武の人だが何故か文官の仕事ばかりしている。持たざる者。
文醜(字:?? 真名:猪々子) 原作組。影が薄い。持たざる者。
顔良(字:?? 真名:斗詩) 原作組。影もない。
馬鈞(字:?? 真名:??) 技術者。真弩を実際に作った人。
郭嘉(字:奉孝 真名:稟) 原作曹操組。鼻血の人。

こんなところかな。
他の勢力についてはそのうち(※2)書き足します。

・思ったこと
まともに公開した(※3)二次創作はこれで2作品目ですが、こちらは何とか完結の目処がたちました。
終わりが見えるのは何というか嬉しいです。
10月、遅くとも11月には何とか完結させたいです。豚さんの方の内容を忘れかけているので。

・残念だったこと
ふと小説情報を開いたら総合評価が8889となっていた事がありました。この時、どうして、自分で評価を入れて8888のゾロ目にしてキャプチャしなかったのか、今でも悔やまれます。
あと、某所で山月記の話が出ていて、何であのネタを入れなかったんだあああァァァと身悶えしました。中島敦の名人伝とか大好きです。プロットは既にあってこのネタを入れる余地が思い浮かばないのが悔やまれてなりません。まあ、こんな場末ssに中島敦をネタとして持ってくるのお申し訳ないので、これでよかったのかもしれませんが。

・意外だったこと
銃に関しては当初の時期から(※4)導入を決めており、多少の批判はあるだろうと気楽に考えていました。
正直な所、株式制度の成功とか呂布とか呂布とか呂布とかもっとやばいと思っていた作者です。
あと、鉄の板バネを使っている『真弩』のやばさもあれです。皆さんあっさり流してましたけど。
むしろ、あっさり銃まで流されたらどうしよう、と思っていました。杞憂でしたが。

・お願い
感想に対する感想は止めてください。
こんな内容のssを書いている時点で筆者は批判ぐらい覚悟しています。
辛い感想は見なかったことにしています。

・今後
2、3週間更新を休みます。
誤字訂正とかをするつもりです。
感想返しもするかもしれません。

・感謝
こんなssですがお付き合いいただきありがとうございます。
ss書きとして誰かに読んでいただけると言う事に優る喜びはありません。
UAの増加に日々喜んでいる作者です。

※1 前半は当初6、7話くらいで終わる予定でした。
※2 その気になれば10年後、20年後も可能。
※3 知ってたとしても、見なかったことにしてください。
※4 大まかなプロットが決まったのが3話くらいだったような……すいません、嘘つきました。覚えてません。
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