荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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株式はじめました

友若から株式制度の草案を見せられた田豊は無言で考え込んだ。

草案は荒削りではあったが、ほとんどそのままで運用が可能と思われる程度には体裁が整えられていた。

そして、その内容は田豊の理解の範疇にはなかった。

これは、田豊の理解能力が劣っているというわけではない。

この漢帝国において友若の提出したその草案の意味を理解できるのは極々少数だろう。

むしろ、大半の者は考慮にも値しないとしてその草案を切り捨てるに違いない。

土地と農業に主軸を置く漢帝国にとって商業とはあくまでお菓子に付いて来るおまけのようなものである。

商業きらびやかさは数多くの人間を惹きつけるが、それでもおまけはあくまでおまけなのである。

 

だが、田豊は友若の提案をすぐに下らないと切り捨てることはしなかった。

凡人とは言わないまでも、あくまでそこそこでしかなかった田豊にとって他の天才が彼の理解を越える事など良くあることでしかなかったからである。

転生チートである友若が自分よりも年若い妹にボコボコにされる世界では、無数の凡人の努力の結晶が一人の天才に覆されることなど珍しくない。

そして、田豊の強みの一つはそれをよく弁えていることだった。

 

友若を否定することは容易い。

田豊が友若の草案を握りつぶしたとしても誰もそれを疑問におもうことはないだろう。

それ程に普通からかけ離れた奇抜なアイデアだ。

 

「有若さん、これは一体何なんですの」

「? 株式制度の草案です」

「その株式とは一体何なんですの」

「え、えーっと、本初様なら分かると思ったんですが……えーっと、株式は株式です」

「ぇ? お、おーっほっほっほっほ! も、もちろん、この袁本初、友若さんが何を言おうとしているかはわ、分かりますわ。ですが! 元皓さんや他の皆さんには少しばかり難しい話のように思いますわ。ですから、友若さん、他の皆さんにも分かりやすいように説明していただけないかしら」

「……え? 本初様が理解できるなら他の皆さんも問題ないんじゃ――」

「いや、荀友若殿、是非とも説明を願いたい。この愚老にも理解できるように最初から頼む」

「ほ、ほら、元皓さんも友若さんの説明を必要としていますわ」

「え、えーっと、つまり株式というのは商売を始める人達が簡単にお金を集めるための制度で――」

 

しかし、もしかしたら友若には凡人には見えていない世界が見えているのかもしれない、と田豊は考えたのだ。

その可能性がある以上、友若の草案をそのまま握りつぶすつもりは田豊にはなかった。

あの天才であることが疑いようもない荀彧の兄である友若だ。

田豊の理解もよらない未来を見据えている可能性は十分にある。

 

漢帝国はもはや長くない。現皇帝と先代の時代の無数の失策により、皇帝の権威は失墜している。

代わりに帝国を牛耳っているのは宦官たちであるが、それも長くは持たないであろう。

宦官の専政は豪族や知識階級の強い反感を読んでいる。

宦官たちはそれを宮廷力学を駆使して何とか収めているが、それは帝国の権威を押し下げ続けている。

本拠地というものを持たない宦官たちはそうするしかないのだが、いずれ彼らは息詰まざるを得ない。

漢帝国という名前は続くかもしれないが、その実態は今後変わらざるをえないだろう。

 

常人ではあったが、長年の経験は田豊に漢帝国の未来が潰えていることを示唆していた。

現状を続ければいずれ破綻せざるを得ないと。

指導力を喪失している皇帝、自らの権益と命を守ることに必死な宦官、宦官憎しで動いている清流派のいずれの勢力も現状を変える指導力を持つことはできないだろう。

 

だが、漢帝国が破綻するとして、その先がどうなるかと言う事は田豊には分からなかった。

彼の経験から幾つかは予測ができる。

洛陽が相対的に権威を喪失し、地方に土地と人員を持っている豪族が台頭などは自然な流れとして起こるだろう。

それは半ば必然だ。

しかし、群雄の乱立する世において袁紹が覇者となるためにはどの様に動けばいいのかという見通しが田豊には持てなかった。

もちろん、田豊は袁紹のために最善を尽くすつもりである。

更に、袁紹には顔良や文醜、歴代にわたって袁家に仕えてきた忠臣達が居るのである。

袁紹の下に集った清流派の名士たちもまた彼女のために尽くすだろう。

溢れんばかりの富でもなく、生産性の高い豊かな土地でもなく、この忠実な部下たち袁紹の持つ最大の資産であった。

 

しかし、それだけで他の群雄たちに勝てるのか。勝ち抜くことができるのか。

決して口にだすことはないが、田豊は内心で疑問に思っていた。

なるほど、田豊も含めて袁紹の部下たちは優秀である。

これだけの規模と粒を兼ね備えた家臣団を有している者は劉表など極々僅かである。

しかし、袁紹の部下達はあくまで『優秀な程度』でしかない。

本物の天才が相手になった時、常人とは次元の異なる最適解を導き出す彼らに勝つには優秀なだけではだめではないか。

論理的な根拠があるわけではなかったが、過去の経験から田豊は現状に危機感を覚えていたのである。

 

田豊はその生涯において過去に凄まじいばかりの才能を持った歳若い女性たちを何度か見てきた。

田豊にしてみたら孫程度の年齢でしかない彼女たちはたやすく彼以上の成果を叩きだした。

その度に、若かりし頃の田豊は惨めな気持ちになったものである。

田豊が天才たちの存在を冷静に受け入れられるようになったのは、老年に差し掛かった頃だった。

彼女たちは天才なのだから仕方がない。悪く言えば凡人の域を出ない田豊は他の無数の凡人たちと同様にそう諦めた。

 

だが、主である袁紹が敗北する可能性を相手が高々天才であるという程度で諦める訳にはいかない。

何としてでも勝たなければならない。

それが、田豊の役目である。

 

――そして、そのためには、優秀なだけではだめなのだ。現状を打破する革新的な考えが出来る人間が、天才が必要なのだ……!

 

「――つまり、商売を始めようと思う人達にしてみれば、万が一失敗することがあっても奴隷にされたりする危険がない。だからこそ、より踏み込んだ事業展開ができるという訳です。それに対して、株式を購入する側にしてみれば商売が上手くいっている限りにおいて――」

 

田豊は袁紹に対して説明を続ける友若から、その奥にあるものを見ようとしているかのように目を細めた。

友若の説明は田豊の心には響かなかった。

そもそも、商人を援助することに田豊は意味を感じなかった。

商人は勝手に現れて好き勝手に商売をする。時と場合によっては為政の邪魔にもなる連中、というのが田豊の商人に対する印象だった。

 

「友若さん、どうして私が商人なんかを助けなければいけませんの。彼らは勝手に物を売って勝手に儲けているじゃありませんか」

「し、しかしですね、経済の発展には投資家の存在が必要なような気がしないでもないのですが」

「もう! さっぱり分かりませんわ! 別に商人なんか助けなくても、何も困らないじゃありませんか。何をごちゃごちゃ言っているのかわかりませんが、私はそんな事をするつもりは――」

「――麗羽様」

 

田豊は友若の提案を拒否しようとした袁紹に声をかけた。

 

「なんですの、元皓さん」

「荀友若殿のご提案、受けるべきかと」

「どうしてですの? 何で私が商人なんかを助けなければいけないのですか?」

「麗羽様、この草案はそのまま実行できるほどにまとまっております。そして、荀友若殿は麗羽様の為を思えばこそ、このような提案をまとめ上げたのです。もちろん、荀友若殿の提案が必ず上手く行くという保証はどこにもありません。ですが、麗羽様、仮に上手くいかなかったとしても貴方の為を思い一所懸命に努力した配下の者を無碍に捨ておいてはなりません」

「……分かりましたわ」

「そ、それでは!?」

「ええ、友若さん、この案の通り株? とやらをやりますわ。やるからには華麗に! 全力で! 友若さんの私を思っての献策に答えないわけには生きませんもの! おーっほっほっほ!」

 

田豊は友若の底を見極めることにした。

幸いにして、友若が今回持ってきた献策は失敗したところでさしたる害はない。

袁紹の将来のためには天才が必要だった。

もし、友若がそうであるのなら、そして彼が袁紹に心から仕えてくれるのであれば、それは今後訪れるであろう動乱の世を田豊の主人が勝ち抜くために役に立つだろう。

田豊はそう思った。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

なんだか分からなかったがあの田豊が味方してくれた結果、献策が認められたことに友若は素直に喜んでいた。

 

「おい、友若! お前、田豊のクソジジイに助けられたんやって?」

「え? あっ、正南さん。そうなんですよ。なんだか知らないですけど本初様の説得を手伝ってくれて助かりました」

「おま、お前な~。うちはあの田豊のクソジジイを出し抜きたかったからあんたに協力したんやで。それがその田豊に助けられてたら世話ないっちゅうねん」

「もう、怜香ったら相変わらず元皓さんを嫌っているのね」

「怜香の田豊嫌いは筋金入りだからねー。まあ、私はそれよりも報酬のMIKOFUKUが欲しいのだけれど。まあ、すぐにとは言わないから明日までに準備してよ」

「ちょっ、ちょっと待って下さい! 明日までなんて無理ですよ」

「えー!? じゃあ、今晩まででいいわ」

「あ、それなら……って期限短くなっているじゃないですか!?」

 

草案の取りまとめに協力してくれた同僚とそんな会話をしながら、友若は進んでいった。

かくして、漢帝国に市場初めての株式会社が誕生する。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「うーん、中々上手くはいかないものだなあ」

 

友若は悩ましげに呟いた。

株式制度が制定されると殆ど同時に、ちびちびと貯蓄していた金と同僚たちから借りた金を合わせて友若は新たに立ち上がる服屋の株式を大量購入した。

そして、その服屋に対して友若はWAFUKUなどの衣服作成手法を渡したのである。

友若以外の服屋もWAFUKUを取り扱って履いたが、彼のそれとは所々で違っていた。

友若としては正統派WAFUKUという看板があれば十分に戦えると思っていたのである。

そして、実際に友若が出資した服屋はそれなりに成功を収め、その利益の一部が友若に還元された。

具体的には出資金額の半分程度の回収に友若は成功したのである。

一年でこれだけ回収できたため、このままであれば株を買って三年目以降は毎年大きな収入が期待できた。

 

「ただ、なあ……」

 

冀州において株式が制定されて一年、最も多く株を購入したのは実は当初株式に乗り気でなかった袁紹である。

友若の肝いりで始まった株式は当初殆ど誰も手を出さなかった。

多くの資産家は株式という全く未知のものに手を出したがらなかったのである。

袁紹がポシャりかけていた株式という制度を何とかしようと手当たり次第に株を買い漁らなければ、友若が初めてまともな形で提案した異世界チート知識は単なる失敗として処理されただろう。

ともかく、袁紹の豊富な資金力と彼女自身の協力があったからこそ、当初はその存在理由すらも疑問に思われていた株式は大きな成功をおさめることになる。

あと、政務から逃げてきた袁紹がどこの株を買うかをサイコロを転がしながら決めなければここまで大きな成功はなかったに違いない。

ここ一年、株式の投資による配当によって袁紹の資産は2割ほど増加していた。

 

「今度からは本初様の選んだ株を買うようにしよう……」

 

そして、友若は自分の選んだ投資先がサイコロなんかに負けたことに凹んでいた。

 


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