幼馴染の負けフラグは女の子だけだと思ってました 作:夜光ゆう
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女神のように整えられた顔立ちに、ふわりとたゆたう柔らかい髪。それらを支える小柄ながらメリハリのついた体。
一度は夢見る。男の理想を体現したかのような可憐な少女。
そんな少女が今現在、もじもじと恥ずかしそうに俺のことを見つめる。
「あのね……」
俺の初恋相手でもある少女の言葉。
「好きな人が出来たの」
その時の俺はきっと泣きそうだった。
♯
俺、前川涼太が彼女と出会ったのは、生まれてから僅か二週間の七月七日。織姫と彦星が頭上で一年に一度の愛を語らう日。
それは、天の川を渡る二人に比べれば平凡で、よくある理由の一つ、両家の仲が良かった……ただ、それだけの出会いでしかない。
けれど、俺にとってはそれが、何事にも代え難い、奇跡的で運命的な――そんな出会いだったんだと思う。
そして、そんな出会いから十五年。
世間でいう幼馴染と呼ばれる俺達は、何をするにしても一緒だった。
公園で砂場遊びをする時も、旅行で海外に行った時も、入学式で写真を撮った時も、いつだって二人仲良く手を繋いで……側から見れば、家族と言っても過言ではないほどに濃密な時間を過ごしてきた。
そうした日々の中で、俺は彼女に恋をした。
今さら、きっかけが何だったかなんて言われても、多分答えられないだろう。
それほど長い時間を一緒に過ごしてきたし、あえてそれを探らなくても、可愛くて優しくて、そんな少女が側に居ればきっと誰だって好きになる。
だからこそ信じたくなかった。
自分の知らないところで、知らない人を好きになったという彼女の言葉を――。
♯
夕暮れに射す光が自室を頼りなく染め上げる中、俺は目の前に座る少女ーー姫野香織が発した言葉の意味を、改めて反芻する。
恐らくその言葉は、聞き間違いでもなければ冗談でもない。それは、香織の表情を見れば一目瞭然だ。真剣な想いで向き合いたいという気概が、ありありと伝わってくる。
だからこそ思う。何故、
「そっか……今まで香織のそういう話は、聞いたことなかったから少し驚いたけど……うん、よかったな。おめでとう」
嫉妬、悲哀、激情、後悔、ありとあらゆる感情で渦巻く心に蓋をして、身を切るような祝言を贈る。
「えへへ。ありがとう、でいいのかな?」
「まぁ、いいんじゃないか?ㅤ……そうだ。せっかくだしお赤飯でも炊いとくか!」
「もう!ㅤそこまでのことじゃないよ!」
「ははっ、冗談だよ冗談。香織をからかうと面白いからな。つい、弄りたくなるんだよ」
「まったく。そうやっていつもいつも弄んで、私は涼くんのおもちゃじゃないんだよ?」
「悪い悪い」
プンプンと怒りを露わにする香織。
俺はそうなることがわかっていて、からかい、話を逸らそうとしてしまう。
「もう、ほんとにしょうがないんだから。あんまりからかわないでちゃんと聞いてね?」
それでも、そこまでが限界。
恥ずかしい気持ちを押し殺してまで、真剣に相談しにきた彼女を、これ以上蔑ろにすることはできない。
「あぁ、わかってるよ……それで?ㅤ相談に乗って欲しいんだろ?」
「あっ、う、うん」
「ん?ㅤどうした?」
「えっと、まだちょっとからかわれるかな?ㅤって思ってたのに、すごく真面目な顔してたから」
「……もうからかわないよ。香織の一途な気持ちは伝わってきてるから」
「そ、そっか。なんだか恥ずかしいな」
赤くなる顔を俯き隠し、垂れた髪を指先でくるくると弄る香織。
俺はそれに見惚れないよう、手を叩き意識を切り替える。
「よし。それじゃあ何から聞こうか」
「あっ、その前に一つだけいい?」
「ん?ㅤなんだ?」
「えっとね、相談しておいてなんだよって思われるかもしれないけど、好きな人の名前は伏せていいかな?」
「え?」
それは予想外だった。
まさか好きな相手を知ることができないとは。
「あー、理由は聞いても?」
「うん。あのね、涼くんならバカにしないってわかってるんだけど、それでも恥ずかしくて……」
「なるほど」
確かに、恥ずかしがり屋の香織にとって、好きな人の名前を明かすのは、かなり勇気のいることなのかもしれない。
「オッケー、わかった。名前は伏せて聞くよ」
「ごめんね?」
「気にすんなよ。別に、分かんなくても相談には乗れるしな。また言いたくなった時に教えてくれればいいよ」
「うん!ㅤありがとう!」
薄暗い部屋に満ちる眩い輝き。
たまにだが、香織は女神の生まれ変わり……否、そのものなんじゃないかと思う時がある。
「ハッ、さすがに盲目過ぎるか」
「何か言った?」
「いや、何でもないよ。それじゃあ聞こうか」
「うん!ㅤあのね――」
それから俺は、好きな人について色々なことを聞かされた。
初めての出会いから、これまで過ごしてきた時間。好きになった理由まで、色々と。
正直な話。俺は会話の途中、何度も耳を塞ぎそうになった。それだけ、自分の好きな相手が別の奴のことを延々と嬉しそうに話す姿は、穴の空いた心を深く抉るかのように辛く悲しかったのだ。
けれど俺は、最後まで逃げ出すことなく聞き続けた。何故だろうか、理由は自分でもよくわからない。それでも、熱っぽい表情を浮かべ、興奮した様子で話し続ける香織を、ただただ取り繕った笑みで見ていた。
「あっ、もうこんな時間」
今まで秘めていた想いをぶちまけたおかげか、すっきりとした面持ちの香織が、ベッドの隅に置いてある時計を見て声を上げる。
彼女の視線を追いかけると、短針がちょうど七と八の間を示していた。
「ごめんね。話し過ぎちゃったね」
「いいよ別に。今まで話せる相手いなくて嬉しかったんだろ?」
「わぁ、すごい!ㅤ涼くんの言うとおりだよ!ㅤ今まで好きな人がいること、誰にも言えなかったから……」
「だろうな。それにしても、相談っていう話だったのに、出会いや好きなところしか聞いてないけどいいのか?」
「……ほんとだ。私、全然相談してないや」
「ぷっ……」
俺が考えてたよりもずっと深刻そうな顔つきで唸る香織に、思わず空気が漏れる。
「あぁ!ㅤ今笑ったでしょ!」
「いや全然。笑ってませんよ?ㅤ……ふっ」
「笑ってるじゃん!ㅤからかうのやめるって言ったのにぃ!」
「それは相談し終えるまでの話です。これ以降の申し出は受け付けておりません」
「ずるい!ㅤやっぱり涼くんは意地悪だ!」
そう言って、バタバタと駄々っ子のように手足を振り回す姿は、小さな背と相まって、我儘を言う子供にしか見えない。
「悪かったよ。ほらよしよし。相談ならまたいつでも聞いてやるから大丈夫だぞ」
「……またそうやって子供扱いする」
「これくらいは許してくれ」
「……しょうがないな。今回は許してあげるよ」
「はは、ありがとうございます」
と、最後に軽く髪を梳き、撫でていた手を離す。
「それじゃあ、遅くなる前に家に帰れよ」
「そうだね。そろそろ御暇しようかな」
「気をつけて……と言ってもお隣だが、まあうん。気をつけてな」
「ふふっ、ありがと」
軽く微笑む香織に合わせ、帰りを見送るため俺もその場から立ち上がる。
二階の自室から一階へと降り、玄関で靴を履き終えた香織は、家を出るための扉へと手をかける。すると、その動作の途中で「あっ!」と何かを思い出したかのような声を上げ、くるりとこちらへ向き直ると、
「結構遅くまで話し込んじゃったし、よかったらうちでご飯食べよ?ㅤ今から夕ご飯用意するの大変でしょ?」
「あー……せっかくだけど、今日はやめとくよ。昨日の残り物があるんだ。食べないと勿体無いだろ?」
肩を竦め、咄嗟に思いついた作り話で断る。
普段の俺にとって、その申し出はとてもありがたいものだったはずだ。けれど今は、これ以上香織の前で上手に笑える気がしない。
「そっか。またいつでもいいから食べに来てね?ㅤお父さんとお母さんも、涼くんなら大歓迎って言ってるし」
「あぁ、また必ずお邪魔させてもらうよ」
「ふふっ、絶対だよ?ㅤそれじゃあ今日はありがとね?ㅤたくさんお話聞いてもらって、スッキリしちゃった」
好きな人の話をされるのは死ぬほど辛いものだったが、コイツの憂いのない笑顔を見ていると「聞いてよかったかもな」と思ってしまう。
「それならよかった。また何かあれば相談しに来いよ」
「うん!ㅤ私、涼くんがいなかったら、ずっと一人で抱えたままだった。だから本当にありがとう」
「ったく、何回言う気だよ。俺とお前の仲なんだ。今更遠慮なんて要らないだろ」
「それでも!ㅤ親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ?」
「なるほど。まあ、確かに一理あるな」
ふむふむと頷く俺に、香織は「でしょ?」と小首を傾げ、
「でもね。遠慮はいらないって言ってくれたのは凄く嬉しかった。だって、私にとっての涼くんは頼れるお兄ちゃんみたいな人だから」
――と、俺に対する明確な立ち位置を告げた。
「…………」
その時の俺はどんな顔をしていたんだろう。……いや、どんな顔をしていようが関係ない。結局、いくら俺が香織への想いを募らせようと、彼女からしてみれば、恋愛対象どころか隣に住む
ただ、それだけの話。
「……いつでも頼りにしてくれよ。俺にとってもお前は可愛い妹なんだから」
呆然と、今にも崩れ落ちそうな心から漏れ出たのは、『
「うん!ㅤありがとうお兄ちゃん!」
そんな香織の冗談も、今はただ苦しいだけだった。
「はぁ……」
あの後、家に戻った香織を確認してから、二階に上がり、自室のベッドへと倒れこむ。
「ははっ、何してんだろうな」
真っ暗な部屋に、枕を通して篭る声が静かに響く。
「あーあ、あっけなかったな。俺の初恋」
本当にあっけなかった。いくらでも想いを伝えるチャンスはあったのに、それを不意にし続けた結果がこれだ。
「いや、逆に伝えなくてよかったのかもな。どうせ振られてたんだ。変にギクシャクするより何百倍もましだ」
そうだ。向こうはどうせ
……それなのに
「あいつの側にいれるならそれでいいよ。うんそうだよな……ぜ、たい。そっちのほあが……っ!」
それなのに
「くっ、ぅぅぅ、……」
どうして涙が止まらないんだろう。
「クソクソクソクソクソっ!ㅤ好きだった!ㅤずっと、ずっと好きだったんだ!ㅤ簡単に納得できるわけねぇだろ!」
蓋をしていた感情が溢れだし、大粒の涙となって零れ落ちる。
「なんでなんでなんで!ㅤ……っ!ㅤ……クソっ!」
結局のところ、どれだけ言い訳を並べ誤魔化しても、悲しくないわけが、悔しくないわけがなかった。そんな簡単に割り切れるものなら、十年以上も片思いなんてしていない。
「はぁ……」
もう何も考えたくなかった。
「明日、学校行きたくねぇな……」
その呟きを最後に、俺の意識は遠ざかっていった。
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