幼馴染の負けフラグは女の子だけだと思ってました   作:夜光ゆう

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放課後作戦会議

「あー恥ずかしかった」

 

 下駄箱から駐輪場へと移動し、俺たちはそれぞれの自転車を引いて並び歩く。

 

「同じことするの、二回目だね……」

 

「朝の教室のやつだろ?ㅤそう考えると俺達って、場の空気に呑み込まれ過ぎだよなぁ。周りが一切見えなくなってる」

 

「うん……ストッパー役が必要だと思う」

 

「だよな。けどそれは、既にいるだろ?」

 

「そうだね」

 

 頭に浮かぶのは、困った表情で後ろ髪をかく、女性らしさに満ちた友人の姿。

 本人が聞けば、迷惑そうに顔を歪める話かもしれないが、物事に集中すると他に目がいかなくなる俺たちにとって、ミカとはそれだけありがたい存在だったりする。

 

「まぁ、その場にいなきゃ意味ないけどな」

 

「……そうだね」

 

 俺と雫が部活をやっていない人間。帰宅部なのに対し、ミカは家庭科部に所属している。

 ゆえに、放課後すぐ家庭科室に向かったあいつは、今この場にはいない。

 

「それにしても凄いよな。あいつの見た目がああだから、家庭科部って聞いても全然違和感がねぇ。……あの部、ミカ以外は全員女子なのに」

 

「……むしろミカくんも女子」

 

「……それ、本人の前で言うなよ?ㅤ何気に気にしてるからな」

 

「んー……状況によるね」

 

 人差し指を唇に当て、悪どい顔付きで答える雫。

 こいつ、今朝みたいなことがあったら躊躇いなく言う気だ。そういう顔してる。

 

「……ほどほどにな」

 

「それも状況による、けど……まぁ、涼太が言うならそうするよ。あんまりあれこれするのも疲れるしね……」

 

「お前は、いい意味でも悪い意味でも低燃費だな」

 

 力を入れる時は入れ、だらける時はだらける。雫は状況によって、うまいことそのスイッチを切り替える。

 

「褒め言葉なら受け取る……」

 

「褒め言葉だから受け取れ」

 

「そっか……わかった。ありがと」

 

「おう」

 

 はにかむ雫に、俺も笑みを返す。

 それから十秒程経ったか、雫は突然、校門を出たあたりで立ち止まった。

 

「急にどうした?」

 

 何か忘れものか?ㅤもしくは俺の笑顔が気持ち悪かったとか?ㅤ……あっ、やばい涙が――。

 そんな俺の内心を他所に、雫は涙目の俺を見据え、

 

「……この後どうする?」

 

 と、予想外の質問を投げかけてきた。

 

「この後?」

 

 俺はその意図が分からず僅かに戸惑う。

 

「この後っていうのは、俺がこれからどう過ごすとか、そういう意味で聞いてるのか?」

 

「微妙に違う……かな?ㅤ私が聞いたのは、今朝の続きはしなくてもいいの?ㅤ……ってこと」

 

「あぁ……そういうことか」

 

 雫が投げかけた質問に納得する。

 確かに朝は、雫のおかげで決意の表明はできたが、それ以外のことに関してはノープラン。

 実際にどういう段取りで、どのように行動すればいいのか、話し合ってすらいない。

 

「でもいいのか?ㅤ俺的には、話を聞いてもらって、目指すべき方向性を示してくれただけでも御の字なのに……」

 

「別にいいよ……乗りかかった船だし……背中を押した側としては見届けたい」

 

「…………」

 

 正直に言えば、少し意外だった。

 確かに雫は、仲の良い奴に相談されたり、助けを求められたりすると、なんだかんだ言いながらも救いの手を伸ばしてくれる。

 だが、彼女から困ってる相手に手を伸ばすという行為は、殆どと言ってもいいほどしない。しかもそれが、既にある程度解決している問題ならなおさらだ。

 だからこそ気になる。何を思ってそう提案してきたのか。

 ……いや、やめよう。それは恩人に対する態度じゃない。どんな理由があろうと、手伝ってくれるって言ってるんだ。ならそれをありがたく受け取ろう。

 

「……迷惑、だったかな?」

 

 そんな思考をしている間に、俺が反応しないことで調子に乗りすぎたと思ったのか、目尻を下げ俯く雫。

 やばい、いつもの集中し過ぎによる悪い癖が出た。

 

「あ、っと悪い悪い。すこし考えごとしてただけだよ。それで?ㅤ手伝ってくれるんだろ?ㅤいやぁ、すげぇありがたいよ!ㅤ俺もこれからどうしようかな〜って、悩んでたところだったんだ!」

 

「……本当?」

 

 慌てて言い繕った俺に、雫は訝しむような視線を向ける。

 

「マジマジ!ㅤまじまじとマジマジ!」

 

「……一度、精神科の受診をお勧めするよ」

 

「そこまで言う!?」

 

 雫の疑いと場の空気を晴らそうとしただけなのに、なんて言われようだ。

 ……まぁ、自分でもこれはないなって思ったけどね。それ以上思いつかなかったからしょうがない。……あっ、

 

「生姜がないからしょうがない。……なんてどうでしょう?」

 

「…………」

 

 ストッ。カチャン。チリンチリン。スーッ。

 キメ顔で固まる俺を無視して、雫は無言で去っていった。

 

「…………もう二度と、雫の前で親父ギャグを言うのはやめよう」

 

 香織に続く。新たな決意を胸に灯した一幕だった。

 

 ……浅いな、俺の決意表明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、雫に追いつき話し合った結果、相談に乗ってもらうという結論に至り、それじゃあ場所はどうするかという問題について、長い時間居座れ、誰にも聞かれないという条件下のもと、俺の家が選ばれた。というか俺が発案した。

 そして現在、俺の部屋――に行くのは面倒だったので、玄関入って左手にあるリビングへと雫を案内し、俺はキッチンで二人分のコップに飲み物を用意すると、片方を雫に手渡した。

 

「ほい。雫はオレンジジュースが好きだったよな」

 

「うん……よく覚えてたね。ありがと」

 

 ソファーに腰掛ける雫は、受け取ったジュースを一口飲み、目の前のテーブルへと置く。

 それを尻目に、俺も彼女と全く同じ動作をとって、その隣に座った。

 

「それにしても、雫が家に来るのも久しぶりじゃないか?」

 

「んー……そうでもないと思う。たぶん、三十一日と六時間五十二分二十五秒ぶりぐらい……」

 

「あははっ!ㅤ懐かしいなぁそれ。あれだろ?ㅤ何時間、何分、何秒、地球が何回まわった時、ってやつと同じ冗談。俺も香織に言われた時は、そうやって適当に返してたなぁ」

 

 雫の冗談を受け、しみじみと昔を懐かしむ。

 あれって、今の小学生はやってるのかな?

 

「…………?ㅤ……あぁ、うん。そうだね」

 

「…………え?」

 

 何、今の間。やけに長くなかった?ㅤ気のせい?ㅤ気のせいだよね。うん。

 

「……気のせいじゃないよ」

 

「怖えぇよ!」

 

 いや、マジで怖えぇよ!ㅤ驚き通り越して恐怖を感じるわ!

 なんだ最後のホラー映画で言う「みぃーつけたぁ」みたいな台詞は、変なところで心読むのやめろ。

 

「冗談」

 

「……本当かよ」

 

 相も変わらず、眠そうな顔で言うもんだから判別がつきにくい。そもそも、雫だからありえそうな話なんだよな。細かい時間を覚えるなんて朝飯前だろうし。

 

「……それよりも、本題に入ろ」

 

 と、唐突に流れをぶった斬る雫。

 

「……いきなりだな」

 

「時間は有限だから」

 

「…………」

 

 いやそうだろうけど、それは今の流れを作った本人が言う台詞じゃない。

 

「はぁ……まぁ、お前が言うならそれでいいや……それで、何かいい案はあるのか?」

 

 心地よい反発に身を預けながら、とりあえず俺は、雫の言う通り本題に入った。

 

「そうだね……一先ず涼太は、今すぐ告白するつもりはないんだよね?」

 

「まぁ、そうだな。今告白しても振られるのは目に見えてるし」

 

「うん、そこは同意見。一切の芽なく振られると思う」

 

 割とあっさり……というか鋭い切っ先を添えて同意する雫。

 

「……自分で言ったことなんだけどね?ㅤもうちょい、オブラートに包んでもバチは当たらないと思うよ?」

 

 じゃないと、親友の手によって心が壊されそうなんですけど……。

 

「……当たるとか、当たらないとかじゃない。今は現実を見る時だよ。後悔や恥は、今朝置いてきたでしょ?ㅤ……それとも、まだ残ってる?」

 

『もう気持ちは切り替えたはずだろ?』と雫はだらけた態勢ながらも、真剣な眼差しでこちらを見据える。

 そうか……叱咤激励する意味でも、こいつはわざと厳しい言い方をして……。

 

「そうだな……そうだった!ㅤどんなことがあっても諦めないって決めたもんな!ㅤサンキュー雫!ㅤ目が覚めたよ!」

 

 俺はその場から勢いよく立ち上がり、拳を硬く握る。

 そんな俺を見て雫は、優しく微笑んだ。

 

「それならよかった……まぁ、厳しい言い方とそれは、全く関係ないけど……」

 

「関係ないんかい!」

 

 思わず関西弁でツッコンじゃったよ。

 

「さっきからどうした?ㅤちょっとおかしいぞ?」

 

 平時の雫に比べ、少しテンションが高い気がする。

 

「んー……もしかして緊張してるのかもしれない……涼太と二人きりで家にいるから」

 

「あー言われてみれば、お前が俺と家に二人きりの時はいつもそうだった気がする……でも、学校でも二人きりの時多いじゃん。なんで今更?」

 

 理由が分からず首を傾げる?ㅤ本当になんで今更って感じだ。

 

「はぁ……なんだかなぁ……。もういいや、話、続けよ」

 

「あ、はい」

 

 雫は呆れたように呟いた。

 なんだろうか。いつもと同じ声音だったのに、有無を言わせないものを感じた。心なしか、機嫌も悪くなってる気がするし。

 そうやって頭を悩ます俺を他所に、雫は続ける。

 

「それじゃあ最初に、問題点を上げようか。……今の状況を整理すると、問題は大きく分けて二つ。一に、香織ちゃんには既に好きな人がいる。二に、香織ちゃんにとっての涼太はお兄ちゃん的存在。……この二つだね」

 

「あっ、うん。そうだな」

 

 一つ、二つと指を伸ばし、ハキハキとした口調で問題点を指摘する雫。

 ……機嫌悪そうに見えたのは気のせいだったかな?

 

「それで、まずこの中の一つ。好きな人について。現状わかってる相手の情報は、私達と同じ学校で、たぶん二年生か三年生ってこと……だけなんだよね?」

 

「あぁ、それだけだな」

 

「……改めて聞くと、情報が少なすぎるなぁ……」

 

 雫は頭上を眺め、長い吐息を吐く。

 俺もそう思います。

 

「これについては、これから情報収集が必要になるか?」

 

「そう……だね。相手を知り己を知れば――なんてことわざもあるし……。相手のスペックは、知っておいて損はないと思うよ。ライバルとして……まぁ、一方的だけど」

 

「はぁ……だよな。相手からしてみれば、俺が香織を想ってることなんて知らないだろうし……。そもそも、相手が香織のことをどう思っているのか、香織の好意に気づいているのか……それすらも、全然分かんないからな」

 

 見えない敵と戦う。まさに、独り相撲ってやつだろう。

 

「うん……だからこの問題は、今はどうしようもない。それよりも重要なことがある……それが、二つ目」

 

「二つ目……」

 

 姿勢を正し、こちらを見つめる雫の言葉を切り取って転がす。

 

「今朝も話したけど、涼太が香織ちゃんから、恋愛対象として見られてないのが大きい。これじゃあもしも、香織ちゃんの恋が敗れたとしても、涼太が恋人のポジションにつく可能性はゼロのまま……」

 

「…………」

 

 そう。結局そこに至る。そこをどうにかしない限り、結末がバッドなことに変わりはない。

 

「……でも、具体的にはどうすればいい?ㅤ今さら、俺と香織の関係をリセットすることは出来ないだろ?ㅤ……やるとすれば、男として意識してもらうよう努力するしかないよな?」

 

「うん……究極的に言えばそれしかない。香織ちゃんの涼太への意識を変えさせる。もちろん、口で言うほど簡単じゃないけど……」

 

「だろうな……」

 

 何せ、十年以上の時間を変えさせるんだ。そんな簡単な話じゃない。俺にとっては、問題解決の糸口が見つかるか見つからないかレベルの話だ。

 というのも、俺がこの十年間何も努力してこなかったかというと、もちろんそんなことはない。むしろ自分で言うのもなんだが、滅茶苦茶必死に努力した。

 

 小学生。香織にいいところを見せようと、陸上、水泳、球技ありとあらゆるスポーツを高いレベルで熟せるようにした。

 中学生。香織に勉強面で頼られるように、常に学年トップか次席に収まるよう学び続け、優秀な成績を残した。

 高校受験。スポーツの特待生として入学する香織を追いかけるため、文武両道全てにおいて全国上位に通用するよう努力し、俺も同じく特待生として選ばれた。

 高校生。周りから垢抜けていくやつが多い中、俺もそれに取り残されないよう、髪型や服装について色々気をつかうようにした。

 

 ――が、それでもダメだった。

 

 ここまで必死に努力しても、香織が俺を男として見ることはなかった。

 だからこその停滞だ。これ以上何をすればいい?ㅤどうすれば男として意識される?

 

 一体、今の俺には何が足りない?

 

「…………そうか!ㅤわかった!ㅤわかったぞ雫!ㅤ金持ちになる!ㅤ金持ちになればいいんだ!ㅤこれが今の俺に足りないことだったんだ!」

 

 そうだそうだ!ㅤなんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろ!ㅤ運動、学力、容姿ときたら、残りは金!ㅤ世間でも言うじゃないか!ㅤ男の価値は金で決まるって!ㅤ確かどこかで、男の理想像としてATMが描かれていたはず……。

 

「つまり、無口で余計なことはしない、金だけ排出する存在として生まれ変わればいいんだ!」

 

 まさに理想。こんなに一緒にいて楽な相手はいないだろ。

 

 ――と、一人悦に浸っていた俺は、

 

「…………」

 

 ヒューン。パコッ。

 

「あ痛っ!?」

 

 無言の雫にノートを投げつけられた。

 

「……落ち着いた?」

 

「…………はい。すいませんでした」

 

 これまでずっと立ちっぱなしだった俺は、ソファーに正座し、現実逃避していたことを素直に謝った。

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