幼馴染の負けフラグは女の子だけだと思ってました 作:夜光ゆう
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日を跨いだ昼休み、ゴールデンウィークを間近に控え、今後の予定を楽しそうに話し合う同級生達を尻目に、俺はあるクラスのもとへと向かっていた。
俺が昨日、雫との話し合いでやるべきだと思った行動は二つ。
今向かっているのは、そのうちの一つを成すための、重要な鍵を握っている人物のクラスだ。
「一昨日振りだな……」
辿り着いた教室を前に深呼吸を一つ。
なぜかデジャブを感じるうえに、廊下にいる人間からは奇異の目を向けられそうな行動だが、俺にはそんなこと一々構ってられないし、そもそも気にする余裕もない。
目の前に、まるでエベレストを幻想視するかのようにそびえ立つは、普通科文系クラス二年八組の扉。
そう……察しのいい人なら気づいているかもしれないが、ここは幼馴染であり、初恋の人でもある、姫野香織が所属しているクラス……つまり、今の俺にとっての鬼門だ。
「はぁ……緊張する……でも、これ以上は時間が勿体無いか」
多少怖気そうになる気持ちに喝を入れ、扉に手をかける。
この高校の昼休みは四十五分しかない。
いや、他の高校の昼休み事情がわからないので、それが平均に比べ、長いのか短いのかの判別は出来ないが、少なくとも俺にとっては短く感じる。
というのも、俺達、特別進学科のクラスと普通科である香織達のクラスは、南校舎と北校舎で分かれている。そのせいで、ここまで来るのにも五分ほどの時間がかかっており、スマホの時計を確認すれば、昼休みも僅か三十五分ちょいしか残っていないのだ。
これじゃあ、短いと感じてしまうのも仕方ないだろ?
だからこそ、グズグズしてられない。
「失礼しまーす」
俺は一応の礼儀として、小声で入室する旨を伝え教室に入る。
「うっ……」
教室に入ってまず向けられるのは、廊下と同じく奇異の目。だがそれは、「この人何してるんだろ?」といった不審ではなく、「何でここにいるんだろ?」という疑問の眼差し。
理由はよくわからないが、俺はこの学校でそこそこの有名人らしい。なので、二年生の中では、俺のことを知っている奴は多いのだそうだ。
ちなみにソースはミカ。というか、あいつがそばにいるせいで目立ってるんじゃないのか?ㅤ……今度言って聞かせよう。もう遅いだろうけど。まぁ、今は香織が優先だ。あいつの席はどこだ?
と、周りの視線を我慢し、教室内を見渡そうとした時、
「涼くーん!ㅤこっちこっちー!」
席を立ち、元気な声で俺を呼ぶ香織の姿が見えた。
「ふぅ……今行くよ」
俺は、声をかけられたことに安堵し、早歩き気味に香織のもとへと近づく。
「やあ、涼くん。待ってたよ」
「悪いな。少し遅かったか?」
「ううん、今来たとこ……って、これはデートの待ち合わせで言うセリフだよね。えへへっ」
「っ!」
嬉しそうに顔を綻ばせる香織。俺はその屈託ない笑顔に心臓を鷲掴みにされる。
だってヤバイ。可愛過ぎる。これが本当のデートだったらどれだけよかったか。
「ど、どうしたの?ㅤ急に苦しそうな顔して……」
「あ、はは、いや、なんでもない。ちょっと持病の癪がな……」
まぁ、この場合は恋の病だけどな……。
「そっか……それならよかった!」
「…………」
持病の癪に対して、それならよかったって……。絶対こいつ、癪の意味を理解してないだろ。
「ふっ、ふふ、あははっ!ㅤそれならよかったって……その返答はおかしいと思うわよ香織」
その時、聞きなれない笑い声が耳に入った。
俺はその声がした方――香織の左横に視線を移す。
そこに座っていたのは、長く艶のある黒髪を背中辺りにまで伸ばした、意思の強そうな瞳が特徴の少女……いや、少女というよりかは、女性と表現した方が正しいのかもしれない。そのぐらい彼女は、大人びた美しさと、艶っぽい色香を醸し出していた。
言うならば、香織が可愛らしい天使なのに対し、彼女は妖艶で美しい女神。改めて、二人を並べ見ると、その辺り一帯が天界のような華々しさで満ち溢れている気さえする。
それほど美しい少女が、すらりと流麗な――けれど、ひ弱さは感じさせない体をくの字に曲げ、とても楽しそうに笑っていた
「えっと……」
俺は彼女が誰かわからず、戸惑いの声を漏らす。
香織の友達だろうか?ㅤ実を言うと、俺は香織の交友関係にはそれほど詳しくない。それが、二年生になってからひと月も経っていないクラスのことなら尚更だ。
「ふふっ、ごめんなさいね?ㅤ突然笑ってしまって」
「いえ、それは全然いいんですけど……」
スラリとした手先を口もとにあて、優美に笑うその姿に、俺は自然と敬語で接してしまう。
「あら、どうして敬語なの?ㅤ同級生なんだからタメ口で構わないわよ?」
と、言われましても……。
「えーと、それじゃあタメ口でいかせてもらうけど……その、本当に同級生だよな?」
「……酷いわ。女の子に向かって老けて見えるなんて……」
「わっ!?ㅤご、ごめん!ㅤそんなつもりじゃなくて」
顔を押さえ、シクシクと泣き始めた少女に、俺は慌ててポケットからハンカチを取り出そうとする。
しかしその途中、それを遮るかのように香織が口を開いた。
「渡さなくても大丈夫だよ涼くん。翠ちゃんのあれは嘘泣きだからね」
嘘泣き?
「……そうなのか?」
「あら、バレちゃった?」
そう言って彼女は、顔を覆っていた手をどけ、ペロッと舌を出しお茶目に笑う。
「はぁ……なんだ嘘泣きか。泣かせたかと思ってすげぇ焦ったわ」
「ふふっ、ごめんなさいね?ㅤ私なりの挨拶のつもりだったの。あなたの人柄は香織ちゃんから聞いていたし、少しくらい悪戯しても問題ないかな?ㅤってね?」
問題ないってお前……。
「勘弁してくれ。俺にしてみれば、知らない人間に突然泣かれたんだぞ?ㅤ申し訳ない気持ちで一杯になるわ」
「ふふっ、はーい。反省しまーす」
「本当かよ……」
どう見ても反省の色が見えないんだが……まぁ、そういう悪戯が好きそうな奴だし、あんまり気にしても仕方ないか。
それよりも今は、目的を果たすことの方が大事だ。時計を見れば、昼休みも残り三十分くらいしか残っていない。そろそろ移動しないと本格的にまずい時間だ。
「香織、そろそろ行く準備はいいか?ㅤこのままだと昼が終わりそうだ」
「わぁ!ㅤ本当だ!ㅤ今すぐ準備するね!」
時計を確認した香織は、せかせかと慌ただしくカバンを漁りだす。
それを尻目に俺は、先ほどまで会話していた少女に声をかけた。
「なぁ、えーと……」
「翠よ。私の名前。
「あぁ、よろしくな涼風」
背筋を伸ばし、豊満な胸に手をあて一礼する涼風に、俺は教えてもらった名前を呼び、友好の証として握手を求める。しかし涼風は、その握手に首を振り、
「翠よ。そう呼んで?ㅤあなたとはこれからも長い付き合いになりそうだし。その代わり、私も涼太君って呼ばせてもらうわ」
「そっか、わかった。なら翠、改めてよろしくな」
「ふふっ、こちらこそ。無理言ってごめんなさいね」
そう謝罪して、翠は改めて俺の手を握る。俺はその力強さに一瞬驚いたが、顔には出さないよう気をつけ、話を続ける。
「それで翠、悪いけど昼休みの間だけ香織を借りてくぞ?」
「ふふっ、大丈夫、話は聞いてるわ。たまには、一人でお昼を食べるというのも乙なものよね」
「悪いな。ありがと」
「いいえ、気にしないで。その代わり、よければ今度は私もご同伴に預かっていいかしら?ㅤあなたとも、もっと仲良くなりたいし、ね?」
同意を得るかのように首を傾げ、パチっと音がなりそうなほど綺麗なウインクをこちらへと贈ってくる翠。
「……これは相当な男泣かせだろうなぁ」
「ふふっ、惚れちゃった?」
「あぁ……と言ってやりたいところだが、悪いな、心に決めた人がいるんだ」
「あら、それは残念。あなたみたいな男の子に惚れられてるその子が羨ましいわ。きっと相手の子も幸せね」
「……なら、良かったんだけどな」
その呟きは小さすぎて、きっと翠には聞こえなかっただろう。
「お待たせ!ㅤ涼くん!ㅤ準備はオッケーです!」
と、そんな会話をしているうちに、準備を済ませた香織が、左手に弁当、右手に敬礼のポーズで待機していた。
「ははっ、なんだよそのポーズ。でも、そうだな……よし!ㅤそれじゃあ行くぞ隊員!」
「了解です隊長!ㅤそれじゃあ翠ちゃん行ってくるね?」
「はーい。戦死しないように気をつけてね〜」
元気に手を振る香織に、柔らかくそれを返す翠。同じ振るという行為でも、ここまで差が出るっていうのも面白い話だ。
でもそうか……涼風翠……ね。少し悪戯っぽい性格だけど、ノリもいいし、結構いい出会いだったかもな。
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俺達の学校は、大きく分けると、北校舎、南校舎、西校舎の三つに分かれている。
上空から見るとちょうどコの字ような形だ。
そして、その開きである北校舎と南校舎の間には、大きな庭園のような空間が広がり、そこでは噴水や整えられた庭をバックに、カップル達がイチャイチャと昼休みを楽しそうに過ごしている。
本来なら、男女が二人きりで集まるとなればそこに行くのが常識なのだが、残念なことに俺達はカップルでもなければ、ただ昼飯を食うために集まったわけでもない。
というわけで現在、二人がいるのは、人が殆ど来ることのない西校舎の裏側。そこは、賑やかな表側とは違い、哀愁漂う静けさに満ちている。俺達はその場所で、小さなレンガ作りの花壇に腰掛け、それぞれが用意した昼飯を広げていた。
「涼くん、それってコンビニのパンだよね?ㅤもしかして、朝やお昼はそればっかり食べてる……なんてことはないよね?」
香織は自分で作ったであろう弁当を膝に乗せ、まさしくその通りの物を頬張る俺に、ジト目で非難の言葉をぶつけてくる。
どうしよう……とりあえず、もしかしたらの可能性にかけて誤魔化してみるか。
「あ、あはは、そんなことあるはずがないだろ?ㅤ全く、何を言ってるん「コンビニの袋があるのに?ㅤ見たことのある包装で包まれてるのに?ㅤ近くにパン屋さんはないのに?」」
「ご、ごめんなさい」
無理でした。というか食い気味に詰問してくる香織が怖かったです。
そうやって瞬時に謝った俺に、香織は膝に乗せた弁当箱のタコさんウインナーをつつきながら、
「あーあ、悲しいなぁ……私と約束したのに……コンビニでご飯は済ませないって言ったのに……クラスが離れてるからって嘘ついてたんだ。あーあ、酷いなぁ……悲しいなぁ……」
それはもう絵に描いたような拗ねかたをしてらっしゃった。
これは何とかしないと、そう思った俺は慌てて言い訳を試みる。
「い、いや、俺も悪いとは思ってるよ?ㅤでもさ、朝作るのって大変なんだよ。それに、食べるの俺だけだからさ、モチベーションも上がんないし」
俺の母さんは五年前に他界していて、父さんも仕事の都合上あまり家に帰ってこない。
そうなると、せっかく飯を作っても食べるのは俺一人なので、手間的にも感情的にもコンビニで済ませたくなる。
「もう……だから言ったでしょ?ㅤ私が涼くんの分も作ってあげるよって」
「いや、気持ちは凄く嬉しいんだけど、部活の朝練があるのに、そんな負担をかけさせるわけにはいかないだろ……」
香織が所属している部活は柔道部。
つまりこいつは、柔道の特待生としてこの学校に入学している。だからこそ、それに選ばれるほど努力を重ねる香織の負担になるようなことだけは避けたい。
まぁ、この考えのせいで、俺は香織に直接的なアピールをしなくなったわけだけど。
「ふふっ、そんなこと気にしてたの?ㅤ大丈夫だよ。お弁当作りは好きでやってることだし、いつもお世話になってる涼くんのために、何かしてあげたいんだ」
「だけどな……」
尚もまだ言い渋る俺に、香織はパンッと自身の掌を合わせ音を出すと、
「もう!ㅤ私がいいって言ってるんだからいいの!ㅤもちろん、心配してくれる気持ちは凄く嬉しいよ?ㅤでもね、それで涼くんの栄養が偏る方が私は悲しいかな」
本当に心から心配してる、そんな表情を浮かべ、香織は此方を伺ってくる。
はぁ……その言い方はずるいよな。そう言われて俺が断れるわけがない。
「…………無理はしないでくれよ」
何となく認めるのが恥ずかしくて、ぶっきらぼうな物言いになってしまったが、香織はそんな俺の返答に満足したのか、白い歯を見せ大きく笑う。
「あははっ!ㅤうん!ㅤ私に任せてね!ㅤ栄養バランスをちゃんと考えた上で、頬っぺたが落ちるほど美味しものを作ってあげるから」
「ははっ、それは楽しみだな」
本当に楽しみだった。やっぱりなんだかんだ言っても、好きな女の子に弁当を作って貰うっていうのは、飛び上がるほどに嬉しいことなんだなぁ。もちろん比喩で。
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