-舞阪総合病院-
私が着いた時には、移送車に乗せられた雪穂が沢木医師と数名の看護師と共に駐車場に待っていた。
「もう直ぐ来ますよ。今、乗艦したそうですので」
私は朝一のバスで病院に駆けつけた。しばらくすると会長の車が姿を現した。
「会長、相変わらずロールスロイスですか」
会長の愛車であるロールスロイスファントムⅡが駐車場に止められる。そして、降りるなりこちらへ走ってくる。
「遅くなって御免ね。雪穂も大丈夫?」
「大丈夫ですよ。少し、咳とかが出ますけど」
「無理はしないでね。雪穂も、池田さんも」
「無理なコースは作っていないつもりですが。なるべく、平坦な道を考えています」
暫く話していると18tハーフトラックと牽引されているトレーラー、それに乗っているセンチュリオンが駐車場に到着した。
「隊長、遅くなりました」
助手席に座る朱里が降りる。それに前後して荷台に雪穂の乗る移送車を看護師たちが載せる作業に入る。
「あまり、無茶な運転は控えてくださいね。元気そうにしていますが、もう体力も落ちてきているので」
沢木医師が朱里にそう伝える。
「分かっていますよ。10時から一般開放になるので、それまでは走行の邪魔になる物も無いですので、予定通りに走れます」
-体験搭乗敷地-
体験搭乗する所は私たちが普段練習で使用しているコースと運転に慣れるためのコースがある。比較的平坦に出来ている後者のコースを走る予定だった。
「センチュリオンを降ろすから、少し待っててね」
荷台に備えられている医療設備に固定されている雪穂を見ながら、私は荷台を降りてセンチュリオンの降車作業に入った。
「朱里、操縦手席にお願い。明美、誘導をお願い」
待機していた明美と合流して降車作業に入る。私はよじ登って車長席に着いた。
「いいですよ。バックお願いします」
明美の誘導で慎重に降ろし始める。
「朱里、右に寄ってる。もっと右の履帯を動かして」
片方でも脱輪したら、下手をすればそのままひっくり返ることもありえる。それだけ降車作業は危険を伴う。
「隊長、あと少しです。今、降りました」
降りたのを確認し、ジャッキでトレーラーの後部を持ち上げる。そして、降車させるために分離していたトレーラーの後部連結車と繋げる。
「ご苦労様、これから雪穂さんを降ろします」
続いてハーフトラックの方の荷台から看護師たちが雪穂の移送車を降ろす作業に入る。そして、センチュリオンのエンジンルームの上まで運ぶ。
「砲搭後部に備え付けている体験搭乗用バスケットに固定してください」
移送車をバスケット内に居れ、固定する。そして、寝台部分を起き上がらせる。
「はい。これで戦車の正面とかも見えるでしょう」
私はそう雪穂に言う。雪穂は笑顔になる。
「うん。これが、お姉ちゃんの見ている光景なんだね」
「そうよ。少し後ろを向いて御覧なさい」
雪穂が後ろを振り向いたのを見て、私は無線機を掴む。
「朱里、エンジン再始動」
『了解』
それを合図に野太いエンジン音が響き、マフラーから黒い煙を噴出す。
「凄い、エンジン掛かった」
「ええ。普段から入念な整備をしているけど、体験搭乗の為に専用の整備工場に送ったから新品同様のエンジンよ」
雪穂は感動している様だった。ずっと夢だったのに、事故によって一生乗れないと諦めていた夢が叶ったのだから当然といえば当然だが。
「ねえ、早く走ってよ」
「慌てないの。それじゃあ、沢木医師。少し走りますので離れてください」
そう沢木医師たちに伝える。それを確認して無線機のスイッチを入れる。
「朱里、発進して。但し、いつもみたいな急発進はだめよ」
『分かっていますよ。最初は徐行で、徐々にスピードを出していきます』
言われたとおり、朱里は徐行で走り始める。コースに入るまではこの徐行で自走するのだ。
「待って。私も乗るわ」
そう言って会長が自走する戦車の上によじ登った。私は驚く。
「会長、幾ら徐行とはいえ自走する戦車の上に登るのは危険ですよ」
「分かってるわよ。でも、心配だから」
「ま、そうでしょうね」
私もいつもの車長席に着かずに砲塔の後ろに座っているのは雪穂が心配だからだ。
「雪穂、どう?。夢が叶った気分は?」
「はい、とっても嬉しいです。もう、諦めていたのに。最後に夢が叶って」
「最後って言わないの。もっと、生きて」
会長は雪穂を抱きしめて、そう言った。
「会長。無理ですよ。だって、自分の体ですよ。自分が一番分かります。もうあと、少ししか生きられないって」
戦車はようやくコースに入った所だった。雪穂に繋がれている心電図モニタの数値が下がり始める。私は慌てて無線機のスイッチを入れた。
「朱里、体験搭乗中止!!。直ぐに戻って」
『りょ、了解』
朱里はすぐさま旋回させる。そして、来た道を戻り始める。
「沢木医師、雪穂さんの容態が悪化しました。直ぐに戻ります」
『分かった。悲しいが、もう手遅れだ』
「どういうことですか?」
『もう彼女の体力を考えて手術なども出来ない。薬などでの延命もできない。だから、次の容体悪化がそのまま死へと直結している』
「そんな」
無線のやり取りを聞いていた会長は絶句する。
『本人も、了承してくれた。それと引き換えに外出の許可が出たんだ』
「なるほど、交換条件でしたか」
『責めてくれても構わない。しかし、病院としてもこれ以上の手を施すことはもうできないんだ』
「体力等を考えての判断なら責める余地はありません。それで、彼女はどうしますか?』
『両親と同じ墓へ入れて欲しいらしい。あとはこっちでやるから。君たちは学園祭を楽しみたまえ』
「そう、よ。お姉ちゃ、んたち。雪穂、に構わないで」
雪穂がうわ言の様に私たちに言ってくる。
「雪穂、しっかりしなさい。必ず助かるから!」
会長が必死に雪穂を励ますが、雪穂はついに吐血する。
「いい、の。これで、お母さ、んと、お父、さんに会える、から。お姉ちゃ、んたちは、気にし、ないで」
それを最後に腕がダラーンと下に向き、心電図モニタが心拍の停止を告げる音がなった。
「色々とありがとうございました」
沢木医師が私たちに頭を下げる。雪穂の遺体は毛布に包まれ、ハーフトラックに載せられた。
「彼女希望通りご両親のお墓に一緒に埋葬することになるので、後ほど住所を送ります」
「ええ、お願いします」
会長はそう沢木医師に言う。
「それでは、私はこれで。彼女の言うとおり、せめて学園祭の間は明るく振舞って下さいね。来てくれるお客さんもいるので」
「分かってます」
私は沢木医師を見送る。そして、会長に向き直った。
「会長、悲しいけど。今は会長としての仕事を果たしてください」
「貴方に言われなくても、分かってるわよ」
そう言って、会長は生徒会室のある校舎へと向かう。私はようやくひと段落が付いたと思う。同時に涙が出る。
「人の死って、慣れるもんじゃないわね」
「な~に、しょ気てんのよ!?」
校門の方から聞こえた大きい声に私はびっくりする。そちらを見ると、
「約束通り、来てあげたわよ」
鼎巻楓がDUKWに背中を預けて立っていた。