-8年前-
「今日で卒業か」
池田の実家の戦車道『池田流』を学び免許皆伝を得た佐藤は道場の門を潜った。数は少ないが、男も戦車道をしている時代だった。
「待ってください」
佐藤が振り返ると、門の所に麻美が居た。
「ほら。貴女も」
麻美が門の壁の所に隠れているのであろう人物を出そうとするが、相手もかなり抵抗しているのか、なかなか出せれない。
「ほら。さよならをちゃんと言いなさい」
「やだよ。何で卒業しちゃうの?。まだ、教えて欲しいことも沢山あるのに!!」
佐藤は声で隠れている人物が分かった。
「同じ10歳とは思えないほど泣き虫だな、ナターシャ」
やっとのことで麻美が引っ張り出した人物は在日ドイツ人のナターシャ・ハンセンだった。
「お前さんは遠くに居てもよく分かるよ。背が小さく、色素が薄いために白髪赤眼。姫カットの髪型」
「白、髪?・・・・・・」
「あ~!!。ナターシャ、佐藤君はからかってるだけだからね」
「白髪・・・・白髪」
佐藤は髪を掻く。
「まだ気にしてるのか?」
「そうよ。酷いじゃない」
「すまんすまん。まあ、俺はカッコイイと思うけどな。その白髪赤眼」
「もう」
麻美が呆れたように腰に手を当てる。
「それで、用があったんじゃないのか?引き止めたりして」
「そうだった。正確にはナターシャが、だけど」
「なるほど。積極的じゃない彼女の為に俺を引きとめたって訳ね」
「そうよ。年上なのに。これじゃあどっちが年上だか分からないわ」
「誕生日が来れば一緒だろ。で、ナターシャはこんな状態だから用事について聞けそうも無いな」
ナターシャはいじけてるみたいに座り込んで『白髪・・・・白髪・・・・。私、10歳』と言っている。
「はあ。まあ、また明日来るからそんときにでも話すよ」
その夜、彼女の家が火事で全焼。焼け跡からナターシャを含む家族の遺体が発見された。
-佐藤の自宅-
「消防は公には火の不始末を火災原因として発表したみたいだが、俺は疑問を抱いてな。警察や消防と交渉して、こいつを引き取り調査しているのだが。未だに原因が分からん。こいつが火元なのは間違いないと思うのだが」
焼け焦げたパンター戦車を指差しながら言う。
「確かにエンジンが一番激しく燃えていたから消防も警察もこいつのエンジンが火元と断定したんだが、問題はどうして戦車の扱いに慣れたナターシャが居るにも関わらず全焼するまでの被害が出たのかだ」
「何かがあったのね。その日、この戦車で」
私はその焦げたパンター戦車を撫でながら言う。
「この戦車、ナターシャのお気に入りだったのに」
「そうだ。だから、どうして火災に至ったのかを知りたいんだよ」
そこへ、一緒に乗ってきた猫達が来る。
「すまん、池田。猫は預かってくれ。明日、豊橋まで行ってくるから」
-豊橋市 消防本部-
「8年前の火災記録で新しいのは出ていませんよ。前に渡した資料が全てです」
「そうですか」
ナターシャの家の火災調査で担当している加藤正義主任調査員のもとを佐藤は訪ねていた。
「本来、火災調査書類は第三者には一部開示で全ては見せられないのですが、貴方の経歴から局長が許可を出して見せているんですよ」
「それは分かっています」
「戦車に詳しい貴方なら、どうしてあの戦車から火災が起こったか分かりますか?」
「初期型では火災が頻繁に起こったのは事実です。そして、あれも初期型。でも、エンジンをかけていないと火災が起こるとは考えられない」
すると、加藤調査員は一枚の写真を出した。
「そういえば、書類整理の段階で発見したのですが、これは何処の写真か分かりますか?」
提示された写真に写っていたのはパンター戦車の操作パネルだった。
「これは!!」
しかし、佐藤が注目したのはキースイッチがイグニッションになっていたのだ。つまり、エンジンが始動している状態だったのだ。
「でも、どうして」
火災が起こるまでエンジンを動かし続けていたのが考えられない。
「娘さん、ナターシャの検死報告書に不審な点はありました?」
「検死を行ったのは名古屋大学院の法医学の教授です。私は火災の火傷による多臓器不全としか聞いておりません。詳しく知りたければ、直接訪ねるのが良いかと。訪ねるのでしたらこちらで紹介しますが」
「お願いします」
-名古屋大学-
「お待たせしました。法医学教授の二宮剛です」
「こちらこそ、すみません」
「なにぶん突然でしたからね。電話を貰ってから今まで書類を捜すのに必死でしたから」
そして渡してきた書類を見る。
「一酸化炭素中毒、ですか」
「ええ、遺体から一酸化炭素が確認されました。しかし、直接の死因は火傷による多臓器不全で間違いありませんでした。恐らく、戦車からでる排気ガスを吸ったものだと思います。遺体も戦車の運転席で発見されていたようですし」
「分かりました。この書類はコピーですか?」
「ええ。加藤さんから連絡を受けて、そのコピーは貴方にお渡しします」
「ありがとう御座います」
そして佐藤はパッカード12に乗り大学を出た。
-名古屋-
パッカード12で移動していた時、電話が鳴った。
「はい?」
スピーカーとマイクを起動して応答する。
『佐藤か?』
「大河原さん、どうしたんです?」
『こっちでも調査してたんだが、豊橋警察署から使いが来てな。遺留品などの保管期限が過ぎたんだが、返還する人が居なくてな。お前さんが調査していると言ったら持ってきてくれた』
「大河原さん、その中に手帳とかメモ帳みたいのはありますか?」
『ああ、あるよ。焼け焦げてるが』
「解読は無理ですか?。検死結果を聞いて疑問も生まれましたし」
『解読は無理だな。それで、疑問って?』
「戦車の運転席にいながら排気ガスを吸った事です。それが事実なら、自殺の可能性も十分あるので」
『分かった。とにかく気をつけて帰って来い』
それを聞き電話を切り、アクセルを踏み込んで東名高速道路を走った。