東方忠助の奇妙なヒーローアカデミア   作:寅猛

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対人訓練その③

「汐華さんってスタンド型の個性だったのね……」

「能ある鷹が、爪を隠していただけのことだろう」

 

 口元に指をあてて目を丸くしている蛙吹に、隣に立つ常闇が瞑目して頷いた。

 蛙吹はその言葉に、納得しながらも、どこか寂しそうに呟いた。

 

「分かるわ、常闇ちゃんの言いたいこと……でもせっかく一緒のクラスなのに、隠しごとなんて寂しいわ」

「だよねだよね!私もそう思う!これは汐華が帰ってきたら尋問ですな!」

 

 蛙吹に同調する形で、元気よく声をあげるのは芦戸だ。

 朗らかな芦戸の笑みに、蛙吹も「そうね」と表情を柔らかくした。

 その様子を見ていたオールマイトは、顎に手を当てて考え込む。

 

 確かに個性を他人に知られないようにすることは、大きなアドバンテージとなる。

 対ヴィランとの戦闘では特にそうだ。

 だから気軽に自分の個性の詳細を語ってしまうような者はヒーローに向いているとは言い難い。

 そういう意味では立派なプロ意識と言えなくもない――だが、まだ十五の少女が、同じ教室にいる生徒すら信用できないというのは、流石に健全とはいえないのではないだろうか。

 

(ううむ……これは素直に相澤君に相談かな)

 

 その時だった。

 絶え間なく動いていた画面の向こう側の二人が、動きを止めた。

 何か状況が動いたようだ。

 オールマイトは、そして周りで見ていた生徒たちも一斉に、画面を見た。

 

※   ※   ※   ※

 

 突然動きを止めた汐華に、忠助は眉をひそめて足を止める。

 諦めたか――まさか。

 依然瞳からは熱が失われていない。

 心が折れていない相手に油断するほど、忠助は愚かではない。

 

「……やっぱり、期待通りだ」

「ああ?」

「ジョースケ、僕には、この汐華春乃には夢がある」

 

 そう言った直後、汐華からかすかに放たれていたプレッシャーがはっきりとした重圧として忠助に圧し掛かった。

 忠助は額に流れる冷汗を拭う暇もないほどに、汐華を凝視する。

 一瞬でも目を離せば、やられる。

 そんな確信じみた何かがあった。

 

「君は夢の妨げにはならない――でも、夢にたどり着くための壁にはちょうどいい」

「人を勝手に踏み台扱いしてんじゃあねーぜっ!!」

 

 忠助は気圧されてなるものかと、全身全霊で一歩を踏み出す。

 今引いてしまえば、きっと戦えなくなる。

 汐華が忠助を壁と呼ぶように、忠助にとっても今汐華は確かな壁となっていた。

 越えるべき壁と――。

 

 しかし、向かってくる忠助を見る汐華の表情は、どこまでも冷静だった。

 

「――確かに僕が君に正面から勝つことは難しい……だから今回は、小細工を使わせてもらう!」

 

 その時だった。

 忠助は、足もとで動き回る何かを見つけた。

 それはとても小さく、とてもすばしっこく――ここにいるはずのないもの。

 忠助はいきなり足元に現れた子猫に面くらった――しかもその猫はあろうことか次に忠助が踏もうとしている位置に寝そべっている。

 忠助は反射的に足を降ろす場所を無理やり変えた。

 

 果たして猫を踏まずに済んだ忠助は、離れていた汐華がすぐ傍まで迫っていることに気づいた。

 そして、無理やりな移動の代償としてバランスを崩した今の体勢では、何もできないことも――。

 

「こういう手は効くと思ったよ、君は良い奴だからな」

 

 『無駄ぁ!!』という叫びが聞こえた

 ゴールドエクスペリエンスの拳が、忠助の右頬を力強く殴りつける。

 ただでさえバランスを崩していた忠助は、ゴロゴロと地面を転がって倒れ込む。

 だが不幸中の幸いか、見立て通りパワーはたいしたことがないようで、人間に殴られた程度の痛みしか無い。

 それどころかむしろ一撃もらったことで気合が入ったのか、いつもよりも力が湧いてくるほどだ。

 忠助は次の攻撃に備えるために、急いで立ち上がろうとして――。

 

 ――体が全く動かないことに気づいた。

 

(こいつぁ……なんだ……!?)

 

 体が、まるで動かない。

 動けという指令は間違いなく脳から出ているはずなのに――体がそれに追い付いてこない。

 カツン、カツンと足音がやけにゆっくりと耳に飛び込んできた。

 まずい、まずい。

 それが分かっているはずなのに、体はまるで動かない。

 

 やっとの思いで顔を持ち上げた忠助の視界に飛び込んできたのは、こちらを見下ろす汐華の姿だった。

 汐華の横に立ったゴールドエクスペリエンスが、拳を振りかぶる。

 その動作は酷く緩慢に見えるのに、忠助は回避することができない。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと向かってきた拳が、ゆっくりと忠助の頬に突き刺さる。

 

(う、ぐぁ、痛みが、ゆっくりと――)

 

 次の瞬間、元の時間の流れに戻ってきたように、忠助は壁際まで吹き飛ばされた。

 

※   ※   ※   ※

 

「い、今汐華の奴何したんだぁ!?」

「わ、わかんねーよ!俺からは東方が棒立ちでぶっとばされたようにしか――」

 

 峰田が隣に立つ瀬呂を思い切り揺さぶりながら叫ぶが、瀬呂は瀬呂で混乱していた。

 さっきまで圧倒的に優勢だった忠助が、いつの間にか地面に倒れ伏している――それもたった一発でだ。

 クラス内でも影の薄かった汐華の活躍に、クラス中が息をのんでいた。

 

 そんな中、ひとりだけ他の生徒とは違う点に着目していた人物がいる――八百万だ。

 八百万は、画面内に映っているはずの何かを探している。

 そんなクラスメイトの姿に、隣に立っている耳郎が声をかけた。

 

「どうしたのヤオモモ?」

「いえ、さっき東方さんの足元にいた猫が、どこにもいなくて……」

「猫の心配!?優しいなぁ!」

「ああ、いえそうではないのですが」

 

 どこか呆れた様子の耳郎に曖昧な返事を返しながら、八百万は自分が見た光景が間違いではないと確信していた。

 汐華が目立たない動きで、手から猫を生み出していた場面を――。

 

「生物を……創造する力……?」

 

 小さな小さな呟きは、他の誰にも聞こえていないようだった。

 

※   ※   ※   ※

 

 形勢は一気に逆転していた。

 たった一発で足元がおぼつかないほどのダメージを受けた忠助は、すでに防戦一方だ。

 結局なんの能力なのかは皆目見当もつかないが、とりあえず殴られてはいけないことは確かだ。

 

「ったくよ~~、痛みで……動けなくなりそうなのは……初めての経験ってやつだぜ……」

 

 過剰に回避してしまうのも仕方ない。

 おそらくさっきの一撃、汐華は目一杯加減していた。

 くらった感触で分かるのだ。おそらく全力で打ち込まれていたら、最悪痛みでショック死することもあり得る。

 それほどの激痛だった。

 外傷はそれほどでもない、なのに一撃でライフゲージを八割削られたような感覚がある。

 

 もう一撃も、貰えない。

 

「避けているばかりでは何も変わりませんよ」

「言われなくてもよ……今、終わらせてやるぜっ!!」

 

 ゴールドエクスペリエンスの攻撃を綺麗に回避した忠助は、カウンターの要領でクレイジーダイヤモンドの拳を汐華に向かって放つ。

 しかし、その膝から急激に力が抜けたせいで、拳はあらぬ方向へ逸れ、汐華の服の襟を掠めて破っただけで終わった。

 息も絶え絶えに膝をつく忠助を、汐華はどこか冷めた瞳で見下ろした。

 

「ありがとうございますジョースケ、君のおかげで、僕はきっと夢に一歩近づけた」

 

 対する忠助は地面に向かって俯いたまま一言も発さない。

 汐華は、そんな忠助にさらに言葉を重ねる。

 

「できる限り痛みを与えないように気絶させると約束しますよ……お疲れ様でした」

 

 ゴールドエクスペリエンスが振り上げた拳を無慈悲に振り下ろす。

 と、そのタイミングを待っていたように、忠助は思い切り転がってそれを回避した。

 ごろごろと転がった忠助は、壁際までたどり着く。

 

「……随分と諦めが悪いですね」

「あたりめーだろーが、こんなんで諦めるようなやつがヒーローなんか目指せねーだろーがよ~~~!!クレイジーダイヤモンド!!」

 

 クレイジーダイヤモンドが、全力のラッシュを壁に叩きこんだ。

 その行動に目を丸くする汐華の前で、壁に人がくぐれる程の穴が開通した。

 壁の向こうには、何も存在しない――建物の外だ。

 

「何を――」

「俺のクレイジーダイヤモンドは……物を修復する、直す時に、二つのものを一つにくっつけることができる」

 

 そう言うと忠助はポケットから何かを取り出した。

 握った拳からさらさらと落ちていくのは、何かの粉末だ。

 訝しげにそれを眺めていた汐華は、忠助が不敵な笑みを浮かべて服の襟を指でさしていることに気づいた。

 その仕草に、汐華はゆっくりと自分の服の襟を見る。

 

 ――破れたはずの、傷一つない襟を。

 

「――っ!?しまった!!」

「もう手遅れだぜっ!!クレイジーダイヤモンド!!」

 

 何かに気づいて服に手をかけた汐華だったが、クレイジーダイヤモンドの拳が風に吹かれて流れていく粉末に当たる方がはるかに早かった。

 クレイジーダイヤモンドの修復エネルギーに包まれた粉末が、一斉に壁に開いた穴から外に飛び出していく。

 

 ――同時に、汐華の体も宙に浮いた。

 彼女の意思に関係なく一直線に、壁に開いた穴へと――。

 

「逃げてるみて―で気が引けるけどよ~~~、今回はこんなもんで許せよな~~」

 

 穴から外に飛び出す直前、忠助のそんな声が汐華の耳に飛び込む。

 ご丁寧に壁に相手穴がふさがっていくのを見ながら、汐華は口元を少しだけ吊り上げた。

 それはどう見ても不機嫌からくるものではなく、愉快さからくるものだった。

 

 移動はすぐに終わりを迎えた。

 汐華が地面に降り立ったのは、ヒーロー側の開始地点であるビルの入口。

 地面に着地した汐華の襟元から、さらさらと粉末が出ていく。

 今なら分かる。最後の一撃、あれは外れてしまったのではなく、自分の襟もとにこれを混ぜるためのものだったのだ。

 おそらく真正面から攻撃してしまえば、対応される可能性があると思ったのだろう。

 慎重すぎると言えるかもしれないが、結果的に負けたのは自分だ。

 

 汐華は、粉末が戻っていく場所――入口のすぐ傍にある破壊されたアスファルトが修復されていく様子を見ていた。

 しかもそれとは別に、入口は歪に修復されたコンクリートで塞いである。

 最初から、誰か一人を外に追い出して復帰不能にするつもりだったのだろう。

 

「……やるじゃないか」

 

 逃げてるみたいだなんてとんでもない。

 素晴らしい戦略だ。

 汐華はしてやられたというのに、ただただ愉快そうに――

 まるで、今夜の献立が大好物だと知った子供のように……。

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