東方忠助の奇妙なヒーローアカデミア   作:寅猛

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汐華春乃には夢がある その②

 ヴィジランテ、正規の手続きを踏まず、ヒーロー免許を持たずにヒーロー活動を行うもの。

 本人たちの意思も、やっていることもヒーローの側と考えてもいい……かもしれない。

 しかし、人間の社会が法と秩序を中心に回っている以上、それらの行為はヴィランと同質のものとみなされる。

 いくらやっていることが正しかろうと、正規の手続きで行えないのならば、やましいところがあると自ら公言しているようなものだからだ。

 

 忘れてはならない、ヒーローとは職業なのだ。

 尊い覚悟も、黄金のような精神も、戦うための正当性足り得ない。

 繰り返す、ヒーローは職業なのだ。

 この世界ではーー。

 

「つってもよ〜、そんなにわりー事とは思えねーけどなァー」

「東方さん、仮にもヒーロー志すもの、それも雄英の生徒が言っていいことではありませんわ」

 

 まだ四月になったばかり、日が落ちるのはそこそこ早い。

 すでに薄暗い町並みを、忠助と八百万は並んで歩いていた。

 幸いにも八百万が通学に使っている駅は、忠助の通学路に近かった。

 八百万の性格上、もしも通学路の駅が逆の方向だったりしたら、送らせてくれなかっただろうから、忠助としてはちょうどよかった。

 

(別に実力を信頼してねーってわけじゃねーんだけどよ〜、こんな時間に女子を一人で帰らせんのも違うしよ〜、ま、結果オーライってやつか〜?)

 

 忠助が一人うなづいていると、無視されたと思ったのか八百万が口を尖らせる。

 

「聴いてますの? 東方さん!」

「そんな大声出さなくてもよ〜、バッチリ聞こえてんぜ〜」

「だったら、ヴィジランテを認めるような発言は慎むべきですわ」

「……いやわかるけどよ〜、でもそもそも人助けに免許がいるって時点でおかしいって思うことはねーのかァ?」

「ありませんわ。その理屈が通るのなら医師だって、消防士だって、やりたい人がやっていいことになってしまうではありませんか」

「む……」

「もっと言えば、東方さんのクレイジーダイヤモンド、素晴らしい個性ですけど、もしも東方さんがそれを好き勝手に使い始めたら迷惑を被る方がいらっしゃるでしょう?」

 

 確かに、小さな病院の一軒や二軒は破産させられるだろう。

 

「力を行使する側には、相応の責任が伴います」

「……ヴィジランテは、その責任から逃げてるって言いてーのかよ〜?」

「ええ、やましいところがないのならば正規の手続きを踏むべきですわ」

「ま、そりゃそーだろーけどよ〜〜」

 

 釈然としないと思ってしまうのは、おそらく忠助自身、ヒーローでもなんでもない人間に救われたことがあるからかもしれない。

 例えば、今更になって『あの人』がヒーローだったと聞かされても、忠助の憧れにはなんの影響も及ぼさないだろう。

 しかし、あの助けられた当時にそういう事実があったとしたらーー少しは捻くれていたかもしれない。

 仕事だから助けてくれたのだろうと、子どもらしくもない冷めた意見を持ったかもしれない。

 それを成したものが英雄でないからこそ、英雄的行為は心に響くものがあるーーそんな言い方も、おかしいかもしれないが……。

 

(……ま、それを分かれってのも、勝手な話ってやつだよな〜〜)

 

 忠助はパッと気持ちを切り替えると、八百万へと向きなおる。

 

「ま、どっちにしてもよ〜、アブネー奴には会わねーに越したことねーぜ、相澤センセーのいう通りなら、ソートーキてる奴っぽいしなァー」

「ええ、そうですわね……決して、許されることではありません」

 

 顔をしかめる八百万は、きっとさっきまで聞いていた話を思い出しているのだろう。

 相澤が教えてくれたのは、本当にさわりだけだった。

 なんでも最近、街で犯罪に関わった人間を執拗に痛めつけて、ご丁寧に証拠とともに警察署の前に放り出していく輩がいるらしいとのことだ。

 そんなセンセーショナルな話題が週刊誌にすら上がらないのは、警察が必死になって隠しているからだそうだ。

 

 恥だから、だけではない。

 大衆というのは、この手の義賊的存在に甘い目を向けがちなところがある。

 何せ、面白いネタだからだ。

 真っ当な方法では裁けない悪を、闇夜に紛れて裁く何者かーー。

 自分に火の粉が降りかからない限り、こんなに楽しめるエンターテインメントはない。

 

 もっと言えば、面白がっているだけならまだいい。

 もしも個性を持て余している第三者が、ここにストレスの発散を見出してしまったらーー。

 なんの思想や主張も持たない模倣犯が現れるようになれば、もはや秩序などあったものではない。

 警察が必死に事実を隠している理由は、ここにある。

 

 そしてその話を聞くまで思い至らなかった忠助はともかく、最初からこの結論に至った八百万には、この犯人がどうしようもなく独善的に思えてしまうのだろう。

 その横顔がどこか危うく感じられて、忠助は思わず神妙な顔になる。

 

「こえー顔するもんじゃあねーぜ? まるで今からそのヴィジランテを倒しに行きますって言いそーじゃねーか」

「バカにしないでください、ミイラ取りがミイラなんて、ごめん被りますわ」

「そーかよ、ま、ならいーんだけどよ〜」

 

 危うさは消えてないが、その瞳には確かに知性の光が灯っている。

 いつもの八百万だ。

 これなら、心配はないだろう。

 内心胸をなで下ろしている最中にーー忠助はふと気づいた。

 気づいてしまった。

 

 故に、忠助は立ち止まる。

 止まらざるを、得ない。

 突然立ち止まったクラスメートに気づいて、八百万が振り返った。

 

 

「どうしたんですの? 東方さーー」

「……八百万よ〜、センセーは確か、昨日出たやつは駅の近くって言ってたよなァ?」

「ええ、そうですわね」

「それってよ〜、つまりこの辺ってことかよ〜?」

「……なんですの急に、そんなので驚かそうとしてもーー」

「じゃあ、見間違いって訳じゃあねーっつーわけかよ〜〜、あれはよ〜!」

「一体何をーー⁉︎」

 

 忠助が一点を注視していることに気づいた八百万は、自分もそれを見ようと身を乗り出してーー見た。

 ーー視線の先は、路地だった。

 建物と建物の間、歩いていれば十人中九人は、ここに路地があることすら気づかないほど地味な隙間。

 現に八百万も、今の今まで気づいていなかった。

 同時に、気づいてしまえばもう見て見ぬ振りはできないーー路地の入り口から、奥に引き摺られるように続いている血痕を……。

 

「これは……⁉︎」

「絵の具って訳じゃあなさそーだぜ、もちろん子沢山のおかーさんが持って帰ろーとしたトマトを地面にぶちまけたわけでもねー、正真正銘の大量出血ってやつだ!」

 

 とっさに路地の奥へ向かおうとする忠助の腕を、我に返った八百万が掴んだ。

 

「い、いけません! こういう時はまずプロのヒーローに連絡を取って待つべきですわ!」

「ああ、そうするのが当たり前だろーな、だがっ! この出血、明らかに待ってる余裕はねーぜっ!」

「で、でも……」

「心配すんなって、おれだって自分の立場はわかってるからよ〜、何がいても戦ったりしねー、怪我人を連れて、逃げて返ってくるだけにするぜ!」

「東方さん……」

 

 それでもなお心配そうに顔を歪める八百万に、忠助はニッと笑って親指を空に突き立てる。

 

「だからよ〜、おれがどんな状況になっても、逃げられるよーに準備頼むぜ〜〜? おめーはそーいうのが得意そーだからよ〜〜!」

「ーーわかりました、でも、くれぐれも戦闘は回避してください! 怪我人を連れて、すぐに戻ってきてください!」

「おう!」

 

 忠助は、返事をしながら路地の奥へと駆け出した。

 奥へ奥へと、進むに連れて忠助の中で疑問が膨れ上がって行く。

 

(血の量が、増えてる……? どーいうことだ?)

 

 普通、強烈な一撃を食らわせて奥へ引きずり込んだのなら、血の量は最初がピーク、引き摺られて行くごとに減って行くはずなのだがーー。

 明らかに、進むに連れて出血が増えている。

 こんなふうになるには、方法は一つしかない。

 

「最初の一撃は、相手の逃がすための一撃ってわけかよ〜〜」

 

 そして逃げて行く相手を、後ろから攻撃し続ける。

 そうすれば、出血は徐々に増えていくだろうがーーそれはもはや殺人ですらない、狩りだ。

 命を、玩具にする行いだ。

 

「ムカムカしてくんぜ〜〜、こいつぁよ〜〜‼︎」

 

 大して長くもない路地裏だ、全力疾走の甲斐あってすぐに最奥に到達する。

 バシャっと、忠助の足元で水がーー血が跳ねた。

 大事にしている学ランのズボンの裾が汚れることも気にせず、忠助は目の前の光景から目を離さない。

 

 異様な光景だった。

 地面に水溜りを作っている血液は、明らかに致死量を超えている。

 人間一人を圧搾機にかけたような量だ。

 おそらく奥で倒れ伏している血まみれの男から、流れ出たものだろう。

 その付近には、倒れたゴミ箱とその生身が散乱している。

 

 だが、今注目すべきはそれらではない。

 倒れた男のすぐ傍に、一人の人物が立っていた。

 あたりはやけに薄暗い上に、こちらに背を向けているため、その全容はうかがい知れない。

 わかっているのは、随分細身だということーー女性なのかもしれない。

 そして、首筋で編まれている長い金髪だけだ。

 

 奴が犯人とみて間違いない。

 ならば、今すべきことはーーおそらくその目は薄いだろうがーーまだ息があるかもしれない被害者を奪還すること。

 忠助は、迷わずに声をあげた。

 

「動くんじゃあねーぜ、今おれの個性の照準をお前に合わせたからよ〜〜! 威力が加減できねーんでなァ! 風穴開けられたくねーならじっとしてることをおすすめするぜ!」

 

 もちろん嘘だ。

 クレイジーダイヤモンドで殴るには距離が離れすぎている。

 だが、今は『そうかもしれない』と思わせるのが重要なのだ。

 とにかく隙をつくり出さなくては、奪還どころではない。

 幸い、体育祭は当分先だ。 

 さすがに忠助の個性が知れ渡っていることもないだろう。

 

 こう着状態にさえ持ち込めば、八百万が呼んだプロヒーローが来てくれるはずだ。

 そうすればーー。

 

 ーーが、忠助の思考は唐突に遮られた。

 一切のためらいなく、こちらに突撃して来た相手によってーー。

 

「な、なにぃーーー⁉︎」

 

 驚愕の声を上げると同時に、顔を伏せたまま突っ込んで来たその人物は肩から忠助にぶつかった。

 幸い体格的には忠助が勝っているからか、大したダメージはなかったものの、予想外の攻撃に忠助は背中から壁に叩きつけられる。

 苦鳴を漏らしながらも、忠助の思考はフルに回転する。

 

(あ、あのタイミングで突っ込んでくるってこたぁ……可能性は三つ、ハッタリが一瞬でバレたか、おれの個性がなんであろうとメじゃねーってほどの自信家か、じゃなきゃあーー)

 

 三つめの可能性が頭をよぎる。

 そして思考がまとまる前に、目の前の人物は懐から黒っぽい箱のようなものを取り出してーー忠助に向かって突き出した。

 それがなんなのかを理解する前に脳が警鐘を鳴らす。

 忠助は、とっさに伸びて来た腕を掴んで止めた。

 直後ーーバチバチという音とともに、光のなかった路地裏に閃光が走った。

 

「スタンガンかよ……⁉︎」

 

 しかも明らかに違法に改造されている。

 当たったらどうなるか、試したいとは思えない。

 忠助は、右足を振り上げて相手の腹を蹴りつけた。

 体格で劣る相手は、忠助の蹴りに負けて路地をゴロゴロところがる。

 その拍子に、相手の胸元から何かが転がり落ちた。

 

 が、今はそんなことに気を配っている暇はない。

 忠助は一直線に転んだ相手に向かって走り出す。

 

「わりーけどよ〜〜、応援が来るまで寝といてもらうぜ〜!!」

「ーー東方さん!」

 

 あと一歩、あと一歩のところだった。

 聞こえて来た声に、忠助は慌てて振り返る。

 路地の入り口にいるはずの、八百万がそこに立っていた。

 懸命にかけて来たのだろう、息を切らせてーー。

 

「ば、ばか、おめー待ってろって言っただろーが!」

「だ、だって、私のところまで東方さんの声が届いて来たんですのよ⁉︎ 何かあったのかと思って」

 

 忠助は、自身の失態を呪った。

 おそらくさっき体当たりを食らう直前に、驚いて叫んでしまったせいだ。

 それを聞いて、いても立ってもいられなくなって来てしまったのだろう。

 無理もない、自分だって逆の立場ならそうする。

 

 しかし、あまりにもタイミングが悪い。

 

 忠助は、目をそらしていた相手が動く気配を感じて、慌てて向きなおる。

 直後、ヴィジランテはポケットから取り出したナイフをーー一直線に八百万へと放った。

 ナイフは一切のぶれなく、八百万の腹部へと向かって進んで行く。

 

「う、うおおおおお⁉︎ 弾き飛ばせ! クレイジーダイヤモンド!」

 

 二百キロ近い拳速が、タッチの差でナイフを地面に叩き落とす。

 

「ひ、東方さん⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」

「完全にこっちのセリフだっつーんだよ〜〜、怪我ねーかよ?」

「は、はい、でもーー」

 

 八百万が申し訳なさそうに見ている先に視線をやれば、そこにはどういう手段をとったのか、さっきまでいたはずのヴィジランテがいなくなっていた。

 

「……いなくなった瞬間は、見てたかよ〜?」

「……申し訳ありません」

「そーかよ、だが、今はそれどころでもねーな」

 

 忠助は足早に、地面に放置された被害者の元へと駆け寄る。

 個性の無断使用は厳禁だが、今回ばかりは大目に見てもらうしかない。

 忠助の腕から分裂するように伸びたクレイジーダイヤモンドの腕が、被害者の体に触れる。

 

「……どーいうことだ?」

「どうしたんですか? 早く直して差し上げないと!」

「逆だぜ八百万、どうやらおれの出番には遅すぎたらしい」

「え、そん、な……まさか⁉︎」

 

 口元に手を当てて顔を青くする八百万に、忠助は緩やかに首を振って否定した。

 

「そうじゃねー、状況から見て流れた血はこの人のもんで間違いねーだろーぜ、だがーー()()()()()()()()()()

「な、治っている? どういうことですか?」

「言ったとおりの意味だぜ、服は血で染まっちまってるし、あちこちボロボロに破れてるが、体には何の傷もねー」

「偏見を捨てて、状況を素直に見るなら……さっきのヴィジランテの仕業、でしょうか?」

「執拗に痛めつける、ねぇ」

 

 忠助は、面倒臭そうに舌を打った。

 

「……どうやら、相澤センセーの話には続きがあったみてーだな、ヴィジランテは相手を執拗に痛めつけた後に、わざわざ治してからケーサツに連れてってるってわけだ、そりゃあ、隠蔽もするっつー話だよな〜」

 

 八百万も、忠助の言いたいことを瞬時に察したようだった。

 真剣な瞳のまま、深く頷く。

 

「治癒系の個性を持った、犯罪者予備軍……ヴィラン組織からすれば、喉から手が出るほど欲しい人材でしょうね」

「ったくよ〜、予想以上におおごとになりそーじゃねーか」

「……だとしても、私たちが関わるのはここまでですわ、その人を連れてさっきの場所に戻りましょう、これ以上は本当にプロの領分、まさか首を突っ込み間なんて言わないでくださいね?」

「それこそ悪いジョーダンってやつだぜ、学生の身分でよ〜、これ以上できることなんてーー」

 

 チャリン、と足元で音がなった。

 何かを蹴ってしまったらしい。

 

「何でしょう、これ……」

 

 被害者を背負ったままの忠助に代わって、八百万がそれに手を伸ばす。

 手元にとったものの、あかりの入ってこない路地裏では、それが何なのかわからなかった。

 

「八百万、わりー、明かりもらっていいかよ〜」

「ちょっと待ってください」

 

 八百万は自然な動きで腕からペンライトを創り出すと、手にしたそれを照らしてーー同時に固まった。

 

「……そんな、これって、何でここに?」

「ーーそーいえばよ〜、さっき落としてたな、おれとやりあってる最中によ〜〜」

「嘘、そんなの嘘ですわ!」

 

 力なく頭を振る八百万の横で、忠助は深々とため息をついた。

 

「まさに、『やれやれ』って感じだぜ……」

 




 外じゃスタンド(個性)使っちゃいけないから、バトル描写難しい……
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