東方忠助の奇妙なヒーローアカデミア   作:寅猛

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汐華春乃には夢がある その③

 あの後すぐ、児童虐待と殺人未遂で父は逮捕された。

 母も育児放棄が認められて、父ほどではないものの罰せられた。

 幼い汐華は、一人遠い町の施設に送られた。

 そこでの生活に、特筆すべきことなど何もなかった。

 

 汐華は年の割に聡いところがあったので、周りとの軋轢だけは回避していた。

 だがそれは友好的に接すると言う意味ではない。

 周囲との関係を持たないようにしていただけだ。

 だから彼女は、積極的に害されることこそなかったものの、明らかに施設内で浮いていた。

 そして、彼女はそれでいいと思っていた。

 人との関わりに希望を見出せるほど、彼女の人生に灯りはなかったのだ。

 ーーだが、たった一つだけ、彼女が興味を持ったものがあった。

 

 それが、ヒーローだった。

 

 施設に連れて来てくれた警察の人が、ぽろっと口を滑らせていたのだ。

 自分を助けてくれたのは、ヒーローを目指している若者だったらしいことをーー。

 何の関係もない自分を、地獄の底にいた自分を見つけてくれた、救い上げてくれた。

 希望を知らずに生きて来た少女が、それを与えてくれた存在に憧れるのは、志すのは、そんなに不自然な話でもなかった。

 

 人と関わるのはいつまでたっても苦手だったが、それを補えるほどに努力した。

 いつか自分もヒーローになるのだと、希望を与えてくれた汐華にとっての『あの人』と同じ場所に行くのだと。

 彼女なりに、夢に燃えていたのだ。

 

 

 あの日が来るまではーー。

 

 

 

 

※   ※   ※   ※

 

 ぼうっとしていた。

 ただひたすらに、終業のチャイムも耳に入らないくらい、八百万百はぼうっとしていた。

 自分の中にある正義感と、現実に存在する問題とがかけ離れすぎていて、感情の整理が追いつかないのだ。

 おそらく、正しいのは自分だ。それは間違いないはず。

 

(でも、だったら、どうしてーー)

 

 そればかりが頭の中でぐるぐると回って、答えはまとまらない。

 学年一の秀才も、こうなっては飾りの言葉にしか聞こえない。

 一体、自分はどうするべきーー。

 

「ーーモモ! ヤオモモって! 聞いてる⁉︎」

「……あ⁉︎ す、すみません耳郎さん、何のお話でしょうか?」

「大丈夫? 今日一日中そんな感じだったじゃん」

「え、ええ、心配ありませんわ」

 

 こちらを心配そうに覗き込んでいた耳郎に、八百万は慌てて笑いかけた。

 しかし耳郎はますます眉をひそめて、八百万を見る。

 

「……あのさ? やっぱ、昨日のこと?」

「え……」

 

 昨日の一件は、もうクラス中に知れ渡っていた。

 第一発見者とはいえ、学生が事件に巻き込まれたということで、学校側も説明責任を求められたからだ。

 今回に関していえば偶然以外の何物でもなかったので、何とかおおごとにはならなかった。

 というわけで当事者がいるA組は、担任の相澤が朝のうちに軽くそのことに触れていた。

 とは言っても、クラスメイトたちは八百万と忠助が偶然、事件現場に居合わせたことくらいしか知らない。

 

 耳郎は黙り込んだ八百万の様子を見て、自身の予想が当たっていたのだと思ってしまったらしい。

 

「やっぱりそうなんだ……あのさ、いくらヒーロー志望って言っても、急に事件現場なんてみたらビビるのが普通っていうか、だからその、怖かったなら、口に出したってーー」

 

 必死にこちらを元気付ける言葉を探している学友に、八百万はフッと微笑んだ。

 

「ありがとうございます、大丈夫ですわ」

「……なら、いいんだけどさ」

 

 心配そうな表情のまま、薄く微笑む耳郎。

 八百万は考える。

 例えばこのクラスに入ったばかりの頃、耳郎響香という少女と仲良くなるだなんて、予想していただろうか。

 爆豪のような人間がいることは? 麗日が意外と歯に絹着せぬ性格だったことは? 緑谷があんなに熱い人間だったということは?

 

(出会ってみるまでわからない、話してみるまでわからない……そんなの、だれが相手だって同じことですわ)

 

 そう、だからこれから起きることを恐れる必要はない。

 自分はただ、知りたいだけなのだからーー。

 真実とか、正義とかそんなに大きなことではない。

 相手のことをーー。

 

「八百万」

「あれ東方? どうしたの?」

「おう、わりーな耳郎〜、ちょっと用があるんでなァ」

 

 忠助は耳郎に笑いかけてから、八百万の方へと向き直った。

 

「……いけるかよ〜? 何なら俺が一人で行ったって構わねーぜ?」

「いいえ、私も行きますーー行きたいんですの」

「グレートーーじゃ、行ってみっか!」

 

 二人の視線が、一箇所に向けられる。

 その先にいるのは、放課後の喧騒から一人逃れるように教室から出ていく、黒髪ショートのクラスメイトの姿だった。

 

※   ※   ※   ※

 

 奇しくも、行き先は昨日忠助と八百万が話をしていた、人気のない階段だった。

 ちなみに言うまでもないが、玄関に方角はこっちではない。

 つまり相手もわかっているのだ、忠助たちが接触してくることがーー。

 まあもともと廊下に遮蔽物なんてないので、気づかれるのは当たり前なのだが。

 

 汐華春乃は、特に気負いした風もなくーー振り返って二人に声をかけた。

 

「ーーそれで、僕に何か用ですか? ジョースケ、八百万さん」

「用っつーかよ〜、落し物のお届けだぜ〜」

 

 突然現れたクレイジーダイヤモンドが、忠助がポケットから取り出したものに触れる。

 修復のエネルギーを与えられたそれーーテントウムシ型のブローチーーは、一直線に汐華の胸元へと帰って行った。

 

「……ああ、ありがとうございます、あなたが拾ってくれていたんですね。通りで警察が来ないと思った」

 

 日本の警察は優秀ですからね、と嘯く汐華に、忠助は肩をすくめる。

 

「わりーけどよ〜、楽しくおしゃべりしに来ただけじゃあねーんだぜ?」

「ーー話が聞きたい、そう言う顔ですね」

「ああ、あんな場所でかつらまで被って何やってんだとかな」

「ウィッグって言うんですよ、最近は」

「そーかよ、ならーー」

「ーー汐華さん」

 

 忠助が話を続けようとするよりも早く、八百万が一歩前に出た。

 その表情に、向き合おうとする意思を感じて、忠助は黙って譲ることにする。

 

「何ですか? 八百万さん」

「私、昨日からずっと考えていたんですの、あなたに何を言うべきなのか」

「……意外ですね、君の性格なら、まずは僕を咎めると思ってました」

「もちろん、そういう気持ちもありました。どんな理由であれ、あなたのやっていることは犯罪ですもの」

「否定するつもりはありませんよ、わかってやってることだ」

「そう、それですわーー私、どうしてもあなたが考えなしにあんなことをするとは思えませんの」

「……そんなことを言われるほど、親しくなったつもりはありません」

「それでもわかりますわ!」

 

 八百万は、そっぽを向く汐華に詰め寄った。

 とっさに後ろに下がろうとする汐華に、八百万はなおも言葉を紡ぐ。

 

「私、汐華さんのこと何も知りませんわ、何であなたがあんなことしているのかも、でも、それは今から知ったっていいはずですわ!」

「……わかりません、なぜあなたは僕に構おうとするんです? そんなことをしても、何の得もないと思いますよ?」

「そんなの、ーーからですわ」

「え?」

「お友達に、なりたいからですわ!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ八百万に、汐華はぽかんと口を開けた。

 あまりにも、予想外すぎる告白に思考が停止してしまったようだ。

 対して、八百万は完全に吹っ切れたのか、半ば睨みつけるように汐華と視線を合わせた。

 

「クラスが一緒になった、自分と似た個性を持っている方と仲良くなりたいって、そんなにおかしいことですの⁉︎ 損だとか得だとか、そんなの理由になりませんわ!」

「仲、良く……?」

「汐華さん、理由があるなら聞かせてください、ヒーローだからとか、クラスメイトだからとかじゃない、私がそうしたいんです」

「……」

「汐華よ〜、そんなに考え込むことねーと思うぜ? そいつは言ってること以上は考えてねーんだからよ〜〜、何せ今日こうしておめーと話したいって言い出したのは、そいつなんだからよ〜〜」

 

 正直、忠助は大人に相談する気満々だったのだが、それを止めて話がしたいと主張したのは八百万だった。

 だから今回、忠助は全て彼女に任せるつもりだ。

 汐華はそれを聞いて、ほんの少し眉をひそめる。

 それは拒絶や、否定というよりは、困惑している表情だった。

 

「……どう、言ったらいいのかなーー少し驚いているのかもしれない。こんなことを言われたのは、初めてだから」

「え……?」

「八百万さん、僕には夢があるんです」

「夢……」

「はい、夢です。誰に恥じることもない、僕だけの、叶えたい夢です」

「それは、教えてもらえますの……?」

 

 汐華はほんの少しだけ沈黙して、またすぐに口を開いた。

 

「ヒーローに、なりたいんです」

「それは、雄英にきてるからにはーー」

「違います、僕がなりたいのは本物のヒーローです」

「本物の、ヒーロー……?」

 

 汐華の言っている意味がいまいち掴みきれないのか、八百万は困惑していた。

 汐華は、そんな彼女に大きく頷いてから、また語り出す。

 

「僕は昔、ヒーローに命を救われたことがあります」

 

 ヒーローが救けに来る

 今の時代では、決してありえないことではない。

 そして、それが新たなヒーロー産むことになるのもーー。

 

 

「その人みたいに、自分も誰かを助けたいってことですの? それなら、きちんと正規の手続きを踏んでからでも遅くはーー」

「ーー大切なのは、法なんでしょうか」

「どういう、意味ですの?」

「……数年前、新聞の地方欄に小さな記事が載りました。長年活動していたヴィジランテが、逮捕されたという記事でした」

「そ、それが何か?」

「ーーそこに写っていたのは、あの時僕を救ってくれたヒーローでした」

 

 八百万が息を飲む音が聞こえる。

 忠助も、知らず知らずに眉間にしわを寄せていた。

 無表情なのは当の本人だけだ。

 

「人を信じる心も、世の中が地獄じゃないってことも、あの人が教えてくれた……でも、世間は彼の行いを悪だという」

「……汐華さん」

「僕は、そうは思いたくない。彼はヒーローでした、間違いなく、僕の命を救ってくれたヒーローだったんです……!」

 

 二人は同時に気づいた。

 汐華の手が、うっ血するほど固く握られていることにーー。

 表情に出さないようにしているだけで、そのうちには激情が吹き荒れていることにーー。

 

「この汐華春乃には夢がある! あの時教えてもらった正義が、与えてもらった命が、決して間違いじゃなかったと証明するという夢がーー!」

「だから、あなたも同じようにするというのですか?」

「はい、僕はこの活動をやめるつもりはありません……だから、あなたたちがそれを許せないというのならーー」

 

 汐華の背後にゴールドエクスペリエンスが現れる。

 すっかり暗くなった廊下で、黄金に輝く生命のエネルギーを纏ってーー。

 汐華春乃は、立っていた。

 夢のために、立っていた。

 

「僕は、あなた達を倒してでも、進みます……!」

 

 瞬きすら許さない一撃が、八百万へと向かう。

 回避を選ぶ暇すら与えない一撃ーーしかし、横から伸びてきた白く屈強な腕がそれを妨害した。

 

「クレイジーダイヤモンド!」

「ーーっ⁉︎ ジョースケ……!」

「話は最後まで聞くもんだぜ」

「離して、くれないか!」

 

 金色の拳が放たれる。 

 ダイヤモンドがそれを迎え撃つ。

 頭上で行われる超高速の打ち合いに顔を歪めながらも、フリーになった八百万がゆっくりと汐華へと歩み寄る。

 

 

「汐華さん、私は、あなたを止めたい……!」

「止まるわけには、行かないんです! たとえ、許されないとしても……!」

「ーーバカッ!」

 

 乾いた破裂音が響き渡った。

 立っているのは、平手を振り抜いた形の八百万と、赤くなった頰を触って呆然としている汐華。

 頰を叩かれたから、呆然としているのかーー違う。

 汐華の目に映っているのは、瞳に涙を貯めている八百万の姿だった。

 

「許されるからとか、許されないからとか、そんな話じゃないんです! 私調べてきましたわ、汐華さんが昨日警察に突き出そうとしていた男のこと」

「……」

「個性は持っていないものの、幾人もの女性を襲い、家の権力でそれを隠していたんですってね」

「……次の事件を起こす前に、止める必要があった」

 

 八百万は、キッと汐華を睨みつけて叫んだ。

 

「だからって、汐華さんに何かあったらどうするつもりだったんですか⁉︎」

「……え?」

「相手が個性を持ってないから大丈夫? 自分は強いから大丈夫? そんなの気休めですわ! どんなことが起きるかなんて誰にもわからないじゃありませんか! 怪我したら、死んじゃったら、どうするんですか!」

「……」

「汐華さんを助けてくれたヒーローが、どんな方なのかは存じません、でも、その人だってあなたが怪我をしたら、悲しいに決まってますわ!」

「僕はーー」

 

 俯いて、なおも言葉を吐き出そうとした汐華は、突然柔らかい感触に包まれた。

 抱きしめられたのだと、汐華が気づくよりも早く、八百万はその後頭部に手を伸ばすと、ゆっくりと黒い髪を撫でた。

 

「汐華さん、夢はきっと叶えられますわ……だから、そんなに急がなくていいんですのよ」

 

 頭をなんども撫でられながら、汐華春乃は思い出す。

 ずっと昔、こんなことがあった気がする。

 いつだろう、もう思い出せないくらい昔に、こうして頭を撫でられた気がするのだ。

 いつなのかも、誰なのかも、もう思い出せないけれどーー。

 

 ただ、なんとなく八百万を殴らずに終えてよかったと、汐華は思った。

 

※   ※   ※   ※

 

(こりゃ、もうお役御免ってやつだな〜)

 

 忠助は、抱き合う二人にゆっくりと背を向ける。

 そしてそのまま帰ろうとしてーー

 廊下の曲がり角から、こちらを見ている相澤に気がついた。

 

「あ」

「ーーよう、やっと気づいてくれたか」

 

 忠助は慌てて、そこまで走っていくと相澤を捕まえてその場から離れた。

 

「なななな、なぁにやってんスかァー!」

「何って、見回りに決まってんだろ」

「あ、あのう、ちなみにどこから見てたんスか?」

「ーーお前と汐華が個性使って喧嘩しだしたとこからだよ」

 

 何一つ安心できないが、とりあえず忠助は胸をなでおろした。

 ーーが、当然それでは終わらない。

 

「さて、校内とはいえ個性の無断使用だ……普通なら停学ものなんだが、初犯ってことも考慮して、説教と反省文のセットとどっちがいいか選ばせてやる」

「……グレートですね、そいつぁ」

 

 一時間後、こってりと絞られた上に、反省文用の紙を両手で抱えて帰る東方忠助の姿が校門で確認された。

 

※   ※   ※   ※

 翌日、日直だった八百万は一番に教室の扉をくぐった。

 爽やかな朝日が窓から差し込む中、教室の掃除をしていると、ガラリと扉が開いた。

 入ってきたのは、黒髪ショートのクラスメイト。

 

「あ、おはようございます汐華さん」

「……おはようございます」

 

 沈黙が、二人の間を通り過ぎる。

 次に口を開いたのは、汐華だった。

 いつも通りの、抑揚を感じさせない声音で、汐華は言う。

 

「……僕は、今の活動をやめようとは思いません」

「そう、ですか……」

「でも、もしも本当に危ないと思ったら、友達に相談するようにします。それでいいですかーーモモ」

「ーーえ?」

 

 言いたいことだけ言って、汐華は自分の席へ向かった。

 八百万は、その後ろ姿を見てぱあっと顔を輝かせる。

 

「もちろんですわ! 汐華さん!」

 

 背を向けている汐華も、おそらく同じような顔をしていたに、違いなかった。




 蛇足的な解説
  汐華春乃のコンセプトは「夢が固まりきっていないジョルノ」といったところです。
  原作における「ギャングの男」ポジションの彼と一瞬しか関われなかったこともあり、
  人を信じる心も、学びきれなかったところがあります。
  全体的に本物よりもはるかに未熟者です。
  でもだからこそ、クラスメイトとの関わりを経て、これから成長する余地があるので
  す! 

                           ……と言うことにしておこう。


 それでは、またしばらく開く可能性はありますがタイトルだけは決定してます  
  次回「USJに行こう!」
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