原作では男性のキャラクターを女子生徒として登場させます。そういうのは受け付けないという方は、誠に申し訳ございません。ブラウザバックをお勧めします。
「ママー!早く早くー!」
「こら、そんなに急いだら落としちゃうわよ?」
母親の忠告も耳に入らないのか、五歳にも満たないであろう少年は雑踏の中を走り回る。その手には同世代の子供ならば誰でも持っているヒーローのフィギュアだ。赤と青、そして白の混ざったコスチューム、V字型の前髪、筋骨隆々の肉体、そしてその顔に浮かぶ大胆不敵な笑み。
誰もが認めるナンバーワンヒーロー『オールマイト』は、人形の姿で尚少年の笑顔を守っているようだった。
人形を振り回しながら、瞳を輝かせる少年は、もしかすると「いつか自分もこんなヒーローになる」などと根拠のない、それでも尊い夢を胸で膨らませているのかもしれない。
母親もまた、そんな息子の姿が微笑ましいのか、周囲の迷惑になるとは分かっていながらも、息子を強く止められないようだった。
そんな日常のほんの一コマの中でも、悲劇の種は落ちている。
前方を見ていなかった少年の前に、足もとを確認せずに歩いていた女性が通りかかった。豪奢な衣装に身を包んだ、マダムとでも言えそうな女性は、足もとをちょろちょろ動き回る少年に気づかず、歩いてきた勢いのまま蹴飛ばした。
少年の手から離れたオールマイトの人形が地面を転がる。
「ぶげっ!」
「こーちゃん!」
慌てて母親が少年に駆け寄る。幸い怪我はないようだったが、少年は突然の出来事に目を回していた。
とりあえず怪我がないことに安堵した母親は、自分たちに差している影の存在に気づき、恐る恐るそちらを見上げた。
そこには二人を見下ろす形で仁王立ちしているマダムの姿があり、その眉が大きく震えていることから相当に怒っていることが容易に想像できた。
「ちょぉっと!!あなたその子供の母親ざますか!?」
「は、はい……そうですけど」
「人ごみの中で前も見ずに走り回るなんて、なんて非常識な子供ざましょ!親の品性が知れると言うものざます!」
「す、すみません……」
居丈高な態度はともかく、言っていることは間違っていないどころか向こうが正しい。
母親は、息子を抱きしめたまま深々と頭を下げた。息子も事態が飲み込めないながらも自分のせいで母親が怒鳴られていることには気づいているのか、不安そうに母親を見上げている。
「あんなたたちみたいな貧乏人と違って、ワタクシの身につけているものは一つ一つが最高級のブランド品ざます!このバッグも、腕時計も、靴も、どれか一つでも傷が付いてたら責任とれまして!?」
「本当に、本当に申し訳ありませんでした」
「フン!もういいざます、構っている時間すら惜しいざます!」
一心に謝ったことが功を奏したのか、マダムはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、来た時と同じようにずかずかと歩きはじめる。
しかし、先ほどまでとは違うことが一つだけある。
マダムの歩幅で三歩目に落ちている、オールマイトの人形だった。
本物のオールマイトならばいざ知らず、あくまで模したものでしか無いフィギュアは、でっぷりと肥えたマダムの体重に耐えられる筈もない。
バキバキと音をたてて真っ二つになったフィギュアを見て、黙っていた少年の目がかっと見開かれた。
「あー!!オールマイトぉ!」
「んん?なんだ、ただの人形ざますか」
少年はわなわなと震え、瞳に涙を浮かべる。
オールマイトはヒーローなのだ、かっこいいのだ、強いのだ。いつだって誰かを守って、いつだって誰にも負けなくて、いつだって笑っているのだ。
そんなオールマイトが、足蹴にされていいわけがない。少年は幼い義憤を武器に果敢にマダムを睨みつける。
しかし――。
「まぁーっ!このガキンチョ、ワタクシを睨んだざますか!?自分からぶつかっておいてなんて態度ざましょ!」
目を吊り上げて睨みかえしてくるマダムに、本気で怒りを向けてくる大人に、少年のなけなしの負けん気はぽっきりと折れてしまった。
幼い少年にできることはもう一つしか無い。瞳に溜まっていた雫を地面に落し、少年は大声を上げて泣き出した。
「大丈夫、大丈夫よこーちゃん、ごめんね、お母さんがちゃんと走っちゃダメって言ってあげなくてごめんね」
母親は息子を抱きしめて必死に宥めるが、一行に泣きやむ気配はなかった。周囲の通行人はようやくこの小競り合いに気づいたようだったが、誰もが関わりたくないのかわれ関せずの態度で通り過ぎていく。
マダムは、この雑踏の中深い孤独に突き落とされた二人を見下ろして、厭らしく頬を吊り上げた。
「ああ、これだから貧乏人は嫌ざます、人形なんかで泣きわめいてみっともないったらありゃしない!」
マダムはもう一度大きく鼻を鳴らすと、大きな歩幅で雑踏の中に消えていった。
――そんなマダムとすれ違って、誰もが見て見ぬふりをする親子に向かっていく一人の人物がいた。
その人物は道端で粉々になったオールマイト人形を、破片まで含めて丁寧に拾うと親子へと歩み寄る。
「あの~、大丈夫っスかぁ?」
息子を抱きしめていたせいで、近寄ってきた相手に気づいていなかった母親が、力なく顔をあげると、そこには控えめに言っても『普通じゃない』格好をした男が立っていた。
身長は百九十近くあるだろう、彫りが深い顔立ちを見るに家系に外国人がいるのかもしれない。
身に纏っているのは学ランなのだが、大きく開かれた胸元や袖には金色の装飾が付いており、他にもあちこち改造しているようだ。
何よりも特徴的なのはその頭だ。時代錯誤も甚だしいリーゼントは、その高校生――恐らくだが――が不良と呼ばれる人種であると一目で分からせるには十分だった。
母親は咄嗟に息子を庇うように強く抱きしめると、男をキッと睨みつけた。
「な、なんですか!?何か用ですか!?」
少年は自分が警戒されていることに気づくと、頬を掻きながら、気まずそうに微笑んだ。
「あ、えっと、俺は怪しいものじゃないんで、警戒しないでほしいっス。この人形、その子のっスよね?」
その表情が意外にも愛嬌を感じさせるような類のものであったからか、母親は息子を抱きしめていた手を緩めた。
男の手のひらの上で、ボロボロになったオールマイト人形を見て、一度は引っ込んだはずの涙が、少年の目から溢れてくる。
「ぼくの、ぼくのオールマイト……」
「安心しな、もう泣かなくても大丈夫だぜ」
「え?」
「オールマイトはよぉ~、めちゃつえぇヒーローなんだぜ?キース・ムーンだってビビって腰抜かすくらいにはなぁ~~」
男は優しげな笑みを浮かべながら、掌を合わせて人形をすっぽりと包みこんだ。
少年は一瞬男が人形をさらに壊すのではないかと疑ったが、その穏やかな表情を見て、ぽかんとしながら立ち尽くしていた。
「坊主、手ぇ出しな」
少年は、何が何だか分からなかったが、とりあえず言われるがままに手を前に突き出した。男は満足そうに笑うと、両手で包んでいたそれを、少年の手のひらの上に置いた。
手の上に置かれたものを見て、少年は瞳を輝かせる。
「うわぁ~!オールマイトが直ってる!」
「グレート、やっぱオールマイトはつええよな~~、もう治っちまったみたいだ」
「ありがとうおにいちゃん!!」
「俺じゃあねえよ、オールマイトが強かったんだって」
男はそう言ってはしゃぐ少年の頭に大きな掌を被せた。一部始終を見ていた母親は、慌てて男に頭を下げる。
「あ、あの!ありがとうございます!それに、さっきはすみません、失礼な態度を――」
「気にしないでください、こんな見た目で警戒するなっていう方が無茶っスから」
少年が言い終わるのと同時に、人ごみの彼方から悲鳴が聞こえてきた。
聞き覚えのある声の様な気がするが――。
急に聞こえた悲鳴に、また心配そうな顔をする母親に、男が語りかける。
「心配することないですよ、多分歩いてる最中に靴とカバンと腕時計が変形しただけでしょうから、たまによくあることっスよ」
「たまに、よくある?」
「えっと、それより実はお尋ねしたいことがあって――」
日本語の矛盾に気づかれる前に、強引に話題を変えた男は、しかしながら当初の目的通り、どうしても確認せねばならなかったことを母親に尋ねた。
「雄英高校ってどっちにあるか分かりますか、地図無くしちゃって」
※ ※ ※ ※ ※
「冗談じゃあ、ねぇっスよ」
ぜぇぜぇと呼吸を乱しながら、目に見えない運命とやらに悪態をつく。
見上げる先にあるのは、Hの形にそびえ立つ校舎、製作者のセンスは理解できないがとにかく異彩を放つことには成功しているその建造物の前を見上げながら、東方忠助は呼吸を整えた。
地図をなくして彷徨っていたのは確かだが、まさかまるっきり逆方向に進んでいるとは予想外だった。おかげで時間ぎりぎりになってしまった。
(流石に地図をなくしましたなんて聞いてもらえるはずもねえしよ~~、こんなつまらねえことで入学できなかったら出久に合わせる顔がねえぜ~)
もう時間ギリギリすぎるからか誰もいない道を通り、そそくさと会場に向かう。幸いなくしたのは地図だけで受験票はポケットの中に確かにあった。
入口で受験票を渡し、もう人がこれでもかという程入っている会場に足を踏み入れた。
それにしても圧倒的な人数だ、流石倍率三百倍というだけはある。
(もうここに入った時点で、戦いは始まってるってことかよ……視線をあちこちから感じるぜ~)
実際忠助が会場に入った瞬間から、彼に視線を向ける者は数多かった。しかしそれはライバルを観察しようなどという高尚なものではなく。ただひたすらに忠助の奇抜な格好故向けられている好奇の視線なのだが、当の本人は何も気づいていない。
一歩一歩、慎重に、かつ大胆に、忠助は歩みを進めていく。
ビビっていると思われれば不利になる、視線を下げるわけにはいかない。そのおかげとでも言うべきか、忠助の視線にとある人物が映った。
それは緑色の頭髪を蓄えた少年の後ろ姿、顔は確認できないがひと目で分かる。
忠助は満足そうに微笑むと、自分の席に向かう。旧友に会えた喜びは確かにあるが、再会はこんな地味な場面であるべきではない。
(合格して、教室で会うってのが一番イカす再会だろうからよ~~、それまでは声かけるつもりはねぇぜ~)
なんの前触れもなくにやける忠助に、周囲の学生たちは不気味なものを見る目を向けたり、或いは視線を逸らしたりと、反応はまちまちだが、思いは一つ。
――このへんな奴には関わらないようにしよう、と。
そんな視線も、理想の再会を妄想するのに忙しい当人には気にならないのだった。
忠助が自分に割り当てられた席に腰かけると同時に、最前列に設置されていた壇に一人の人物が現れる。
入試の説明が始まるようだ、どうやら誇張抜きにギリギリだったらしい。壇上に上がったのは、サングラスと首につけたスピーカーのような器材が目立つ、どこか軽薄そうなイメージを与える男、とてもじゃないが教育機関にいる人間には見えないが、ラジオを聴くことが趣味の忠助には、それが誰なのかひと目でわかった。
「おいおいおいぃ、プレゼントマイクじゃねぇかっ!知ってはいたけど、本当に教員全員プロヒーローってことかよ~~」
既知の情報ではあるが、現実として目前に迫るとやはりテンションが上がる。自分がトップクラスに好きなヒーローということも手伝って、忠助の盛り上がりは最高潮だ
その上今年はなんとあのオールマイトが教師として雄英に来ることになったと言う噂がある。本当だとするならばこんなチャンスは他にないだろう。
自他共に認める、世界一のヒーローを師事できる、これは自分には勿論、あの緑髪の幼馴染にとっては何より貴重で、奇跡的な展開だろう。
そう、彼が最高のヒーローになるための土台としては、これ以上ない。
「こいつぁ、中々にグレートだぜ……!」
「あの、君……?」
「……ん?ああ、俺かい?」
妄想をたぎらせていた忠助は、隣から肩を叩かれて我に返った。
いったい何事かと隣を見た忠助は、そこにいた人物と目があった。
座っているのは黒髪ショートカットの女子だった。どこか冷めた印象を与える冷めた瞳から察するに、ハーフなのだろうか。
体型も良い意味で日本人離れしているとでも言うべきか、長身で凹凸のはっきりした体つきをしているのが座っている状態でも分かる。
直截な物言いをするならば、稀に見るレベルの美貌を持った少女だった。
忠助も多分にもれず感性は極めて普通の男子中学生である、目を奪われなかったと言えば嘘になる。
とはいえ、ここでへらへらした態度で臨んでは男としてのプライドが許さない。忠助は意図的に厳格な顔を作った。
「あのよ~、一応聞いておくけど、初対面だよなぁ~?」
「ええ、あなたと会うのは初めてだと思いますよ」
「だったらいったい何の用だよー、今は黙って説明聞くのがいいと思うぜ~」
「そうですね、僕もそう思います。だから声をかけているんです」
「ああ?そりゃいったいどういう意味だよ」
「もう説明終わってますよ、今から移動です」
「げっ!マジかよ、何にも聞いてなかったぜ」
思いを先にめぐらせ過ぎて今に集中するのを忘れていたようだ。気づけば周囲の生徒も着々と移動を開始しており、動かずに座っているのは自分だけだ。
忠助は慌てて立ちあがると、呼びかけてくれた少女に深々と頭を下げた。
「あ、ありがとな!あんたのおかげで助かったぜ、危うく試験受ける前に落ちちまうとこだった!」
「いえ、それより、君は話を聞いてなかったんですよね。試験は大丈夫なんですか?」
「おう、机に置いてあった資料には目ぇ通しといたからよ~、何やるかくらいはばっちりだぜ~」
「そうですか、それじゃあ僕はこれで」
少女はそう言って立ち上がる。忠助の見立て通り女子にしては随分背が高い。百七十は越しているだろう。
着ているのは忠助同様学ランだが、胸や腹、他にも数か所、テントウムシを模ったアクセサリーが付けられている。そして忠助にとっていちばん目を引くのは、ハート型に広げられた胸元だろうか。
去っていく少女の後ろ姿に、忠助は声をかける。
「けっこうよ~、いかした着こなしじゃあねぇかよ~」
「見え透いたお世辞は結構です、無駄な時間になりますから」
「気分悪くしたなら謝るぜ~、けど言ってることは本心だ、特にそのハート型に開けてんのがいいぜ、ハート型ってのがよぉ~」
「……あなたは、おかしな人ですね」
少女は忠助のほうを振り返ると、その頬をほんの少し緩めた。
全体的に影のある印象の彼女だが、微笑みを湛えればそこらにいる女の子と対して変わらない。
忠助は、若干馬鹿にされたことすら気に留めず、少女に微笑みを返した。
「東方忠助」
「え?」
「俺の名前だ、あんたの名前も教えてくれねえか?」
「……止めておきましょう、まだ受かってもない人に名前を教えても、これっきりになる可能性の方が高いですから」
「おいおい、まるで自分は受かることが決定してる……ってな言い方だな」
「それこそ愚問ですよ、落ちるつもりでここにきている人はいない、そうでしょう?」
「……分かったぜ、あんたの名前は、入学したらいの一番に聞いてやっからよ~、抱腹絶倒間違いなしな自己紹介でも準備しとくんだな~」
「ええ、楽しみにしてますよ、ジョースケ」
こんどこそ、少女は歩いて行った。
無論忠助にもそれを見送ってやる時間などない、荷物をまとめるとそそくさとその場を後にした。
名前は出してないけど誰か分かりますか?いや、バレバレまであるか……。