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「……クソ、やっぱり弱体化なんてしてねえじゃねえか」
その様子を見ていた死柄木は、気だるそうにそう呟く。
まあ元から今回で終わるなど期待もしていなかったが、やはり面白くはない。
黒霧もイレイザーヘッドの猛攻をかわすのでいっぱいいっぱいみたいだし、ここはそろそろ引き時だ。
「でも、どうせ帰るなら、最後に一当てくらいしてからーー」
「そんなこと、させない!」
気配などどこにもなかったはずだった。
離れた場所にいたはずの、ガキの声。
死柄木が振り返った時には時すでに遅く、ショートレンジまで接近していた緑谷出久の右フックが、死柄木の頰を捉えた。
「ぐああああああ⁉︎」
「オールマイトには、手を出させない!」
「この、クソガキがああああああ!!」
「よそ見してんじゃあねーぜッ!! クレイジーダイヤモンド!!」
咄嗟に出久へと手を伸ばそうとした死柄木だったが、緑谷出久の背後から突撃してきた忠助のラッシュに、距離をとらざるを得なかった。
「急に飛び出すんじゃあねーぜ! 出久ぅ〜〜」
「ごめん、でもこれだけは譲れない!!」
「バァカ、行くななんて言ってねーだろーが、行くなら呼べっつってんだよ〜〜」
「――ありがとう」
背中合わせに構えている二人に、腸が煮えくり返る思いだった。
今すぐこのガキどもを塵にしないと気が済まない。
体内を焦がすような衝動のせいで、身体中が痒くて痒くて堪らない。
しかしーー。
「死柄木! 限界です! 撤退を!」
「クソがぁ……顔、覚えたぞ、お前ら!」
「来るならいつだって来い! オールマイトに、手出しはさせない!」
激情をさらに煮詰めたような憎悪にさらされながらも、出久は決して怯まなかった。
そのリアクションにますます怒りを増幅させながらも、死柄木は黒霧の元へと駆けて行く。
場を覆う黒いもやがその体積をますます大きくしてーーふっと消えた。
「逃すと思ってんのか……!」
イレイザーヘッドの個性。抹消。
イレイザーヘッドは、そのままの勢いで捕縛布を黒霧へと伸ばした。
他の教師陣もすぐにここに到着するだろう。
逃しさえしなければ、ここでこの二人を確保できる。
捕縛布は一直線に黒霧の胴体に向かいーー。
黒霧はその様子を人ごとのように眺めながら、ため息をついた。
「全く、なんて日でしょう。二体も持ってきた脳無はやられ、死柄木は嬲られ、消耗させたはずのイレイザーヘッドは復活している。その上――」
イレイザーヘッドの捕縛布が、黒霧の衣服へと触れた。
「――あんな小物の個性に頼らなくてはならないとは」
カチリ
その音を、スイッチを入れるようなその音を、東方忠助は覚えている。
記憶が、精神が、何よりーー怒りが記憶している。
だから忠助は咄嗟にイレイザーヘッドの方へ駆け出しながら、声の限りに叫んだ。
「イレイザーヘッド!! 今すぐ布を離すんだァーー!!」
イレイザーヘッドはプロのヒーローだ。
当然プロを名乗るにふさわしい判断力を備えている。
だからこそ、忠助に聞き返すような愚は犯さず、瞬時に捕縛布を首から外して地面に投げ捨てたーーしかし、それでもまだ遅かった。
黒霧に触れた捕縛布が歪に変形し、破裂するように形を崩して行く。
破壊のエネルギーは布を伝い根元へ進行、布を投げ捨てたイレイザーヘッドの左腕にーーギリギリ、届いてしまった。
「ぐっ⁉︎ これはーー」
肉体が内部から破裂していく激痛が左腕を襲う。
何よりマズイのは、それが瞬時に体の方へ登ってこようとしていることだ。
相澤消太は、瞬時にその結末を覚悟し目と閉じる。
――が、それはこの場に東方忠助がいなかったらの話だ。
「うおおおおおおおおおお!! クレイジーダイヤモンド、イレイザーヘッドの腕を切り落とせえええええ!!」
岩をも断つ手刀がイレイザーヘッドの前腕に直撃する。
人体が耐えられるわけもなく、左腕はあっさりと吹き飛んだ。
切り離された腕は血しぶきを撒き散らしながらくるくると宙を舞って――奇妙な形に膨れ上がって、爆発した。
「行きましょう、死柄木」
「ま、最後の一当てにしちゃ上出来だな……」
死柄木は心底愉快そうにそう言うと、地面に倒れ伏したイレイザーヘッド、そしてそれに駆け寄っていく出久と忠助を見ながら、ゆっくりと黒霧が出したもやの中へと消えていった。
「相澤先生!!」
「ここは俺が見る! おめーはオールマイトのところに行け! あっちもヤベーんだろーが!」
「――っ! ごめん、任せた!」
近寄ってこようとした出久を追いやり、忠助は自分が来ていた学ランを破くとイレイザーヘッドの左腕をきつく縛り付ける。
出血のショックがでかいのか、イレイザーヘッドは朦朧としているようで、自分の腕に施された応急処置を見て、掠れた声で言った。
「……うまい、もんだな」
「治療とか、詳しくなるもんですよ、俺みたいな個性だと」
「そうか……まぁ、ヒーローになるなら、覚えておいて損はない、からな」
ヒーロー、相澤の口からでたその言葉に、忠助は顔を歪ませた。
「……すみません」
「何が、だ?」
「腕、俺のせいでーー!」
「何言ってんだ、お前のおかげで、生徒も守れた、死なずに済んだ、お前は、俺とみんなを、救ったんだ」
「でも、でもこの腕じゃーー」
その先は言えなかった。
相澤は、小さく嘆息すると、脂汗をひたいに浮かべたまま無理やり体を起こした。
「な、何やってんスか⁉︎ 動いちゃダメっすよ!」
「ーー東、方、お前は、確かに冷静で、判断力もあって、大人びてるかもしれない……でもな、まだ子供だ、俺の人生のことまで、気にしなくていいんだ」
そう言うと、相澤は右手で忠助の頭を乱暴に撫でた。
雑だけど、確かに優しさを感じられる手だった。
それで限界だった。
忠助の目から、とめどなく涙が溢れてくる。
一人のヒーローの、強くて優しいヒーローの終わりを目の当たりにした悲しみは、きっと忠助の心に生涯残り続けるだろう。
さようなら、イレイザーヘッド。
「済んだならどいてもらえますかジョースケ」
「へ?」
振り向けば、そこにいたのは今までどこにいたのか汐華春乃だった。
汐華はどこで拾って来たのか、大きめの瓦礫を持っている。
呆気にとられている忠助を置き去りに、汐華は瓦礫を地面に置いた。
「ゴールドエクスペリエンス」
汐華のゴールドエクスペリエンスが瓦礫にそっと触れる。
黄金の輝きに包まれた瓦礫は、徐々に脈を打つように震え始めた。
そして、粘土細工のようにうごめいてーー人の腕へと姿を変えた。
「……はぁ?」
呆然とする忠助の前で、汐華は新しく作った腕を相澤の傷口へと接着させるーードキュゥンという妙な擬音があたりに響き、相澤が痛みに呻き声をあげる。
次の瞬間にはーー。
「……聞いてはいたが、本当にすごいなお前の個性は」
「僕のは無くなったパーツを作ることしかできませんから、痛みも消せませんし、治癒能力という意味ならやはりジョースケに軍配があがるかと」
「適材適所というわけか」
「はい、もう他の先生方も到着していますよ」
「わかった、今向かう」
何事もなかったかのように歩いていく二人の背中を眺めながら、忠助は急激な脱力感に襲われてその場に倒れた。
「治癒系とは、確かに聞いてたけどよ〜〜」
だが、叫ばずにはいられない。
「なんじゃそりゃああーーーーーーー!!」
※ ※ ※
「おい緑谷! どこ行くんだ? 先生たち来たから一回集まれって言われてーー」
「ごめん! 先に行っといて!」
ちょうど入口へと戻っている最中だった切島たちとすれ違う形で、出久は走った。
その先にいるのはもちろんーー。
「オールマイト!」
体から煙が噴き出しているオールマイトに、出久は慌てて駆け寄って行く。
間違いない、あれは本来の姿に戻ってしまう兆候だ。
どうやら、戻ってしまう前に切島たちを追い払ったらしい。
「オールマイト!」
「……ああ、緑谷少年か、相澤くんは?」
「――忠助が見てくれてます! きっと大丈夫です!」
「そうか、なら良かった」
「オールマイトこそ! 大丈夫なんですか⁉︎」
「心配ないさ、見てたろう? 巨星墜ちずってね!」
「言ってる場合じゃなでしょう! なんでマイティブレスを! あれは使えないって自分で言ってたじゃないですか!」
そう、オールマイトの奥の手、マイティブレス。
実は出久もその詳細をまだ聞いていない。
準備が整ったら教えると言われているだけだ。
だから、出久が知っているのはたった一つ。
あの呼吸が、長い鍛錬を必要とするものだということ。
そして、
緑谷出久は思い出す。
オールマイトと初めて出会った時、見せてもらった彼の体をーー。
右胸に痛々しく残る大きな傷と、上半身全てに残る、
緑谷出久は知っている。
もはやオールマイトに残されたヒーローとしての時間は、幾ばくもないことをーー。
彼がすでに、一人で戦えるような体ではないことを。
「イレイザーヘッドと協力したって良かった、他の先生が来るまで粘ったってよかった! なのに、なのにーー!」
「緑谷少年……」
「全部自分でやらないでくださいよ! 周りに頼ったっていいじゃないですか……」
胸中にあるのは、苛立ちと悲しさだった。
自分にはいる、背中を任せられる相棒が、どんな時も自信を持って味方だと言ってくれる存在が、同じ場所で戦ってくれる奴がーー。
でも、今のオールマイトにはそれがいない。
その事実がとてつもなく悲しく、どうすることもできない無力な自分が腹立たしかった。
感情をあらわにした出久に、オールマイトはばつが悪そうに言った。
「ごめんな少年。そんな顔をさせるつもりはなかった」
「……僕の方こそ、すみません。ただの八つ当たりです」
「いや、ありがたいよ、そう言ってもらえて……でも、こればかりは性分でもある、奴らはあまりにも危険すぎた、私一人で方をつけるのが一番被害が少なかった」
「わかってます」
オールマイトは正しい。
言っていることも、やっていることもーー。
ただ、それに頼り切るわけにはいかない。
だって、出久は最高のヒーローになりたいのだ。
いつだって笑って、誰だって、オールマイトだって助けてしられる、最高のヒーローにーー。
出久は目に浮かんでいた涙を拭うと、力強い視線をオールマイトに向けた。
「オールマイト! 僕、もっと強くなります! どんなピンチも、笑って切り抜けられるように!」
「――ああ! もちろんだ!」
オールマイトが突き出した拳に、自分の拳をぶつける。
誓いを更に強固に、緑谷出久は成長する。
次は、守られるだけにならないようにーー。
最後駆け足になってしまいましたが、とりあえずUSJ編は終わりです。
ただ、少しだけ書いておきたいシーンがあるので、明日か明後日にもう1話あげます。
そのあとは……次はもう少し早く書けるように努力するので、次回もよろしくお願いします。