童貞のまま30歳になったらTSして本物の魔法使いになりました 作:いつのせキノン
帝都コーラルは中央大陸でも最も栄えた国と言える。
大陸の真ん中を縦断するコスモ山脈の山間部に位置し、大陸東西への中間地点、玄関口となっている。
「お、おぉ……すげぇ……」
この世界は西から太陽が上り、東へ沈む。
西門には大きな太陽を模した装飾がアーチとして施され、光に照らされていた。時間帯がまだ早朝なだけあって朝日とのマッチングがよく
その西門を見上げるのは、ここ周辺では見たこともない服装――男物のスーツを着た女性だった。
「は、ははっ、やっぱりだ……オークも出てきたし、盗賊とかもいたし……ここ、異世界だ……!!」
袖も裾もつんつるてん。胸もどこか窮屈そう。イタズラで男物のスーツを着ているかのようなちぐはぐ感は否めなかった。
しかし当の本人はそんなことよりも目の前の光景に夢中であった。
「ナイス神様……!! もうあんな社畜生活からもおさらばしていいってことだよな!? くぅぅぅっ……!!」
傍から見れば不審者極まりない。
何かに感動しているらしく、薄ら涙を流しながら押し寄せてくる幸福の味を噛み締めているようだ。
「……よしっ。じゃあまずは町に行ってホテルでも見つけるか!! ついでに朝飯も美味いモン食いたいしなっ!!」
ホクホク顔で笑う彼女は満面の笑みを浮かべて半ばスキップ状態で西門へ向かって歩き出した。
◆
世の中、三〇歳まで童貞を守れば魔法使いになれるだとか、そんな迷信めいた噂があったりもする。童貞は二〇歳までしか適用されないとか、今はそんな議論は置いておく。
ともかくとして、齢ニ十九歳の溝口守は、他に誰もいない深夜になるオフィスでぼんやりとそんなことを考えていた。
気付けば時計はいよいよ日付を跨ごうとしている。予定がびっしりと埋め込まれたPCのカレンダーに目をやると、明日の日付に妙な違和感を覚えた。
そうだ、明日は人生三〇回目の誕生日であった。
だが平日だ。
へっ、と口の端から気の抜けた笑い声が吐き捨てられる。
何が誕生日か、何が三〇歳か。祝ってくれる人もいない、童貞を奪ってくれるような彼女もない。一緒に寝てくれるのは布団だけだ。
「……何が悲しくて社畜なんかしてんだ、俺……」
いよいよ睡眠時間はマイナス六十四時間に突入しようというところ。いよいよ思考回路もダメになってきたらしい。
キーボードに置いていた手も動きが止まり、身体が限界を迎え始めた。
仕事の締め切りは明日の朝一〇時だ。
そこまで考えてふと気付く。あと一〇時間ある。一時間くらい仮眠をとっても充分間に合うのでは、と。
いやいやしかし、この眠気はまずい。目覚ましをかけても気付かないかもしれない。そうなれば終わりだ。一日泥のように眠るのは目に見えている。
ここはやはりさっさと終わらせるだけ終わらせて寝た方が……。
オフィスにいた頃の記憶はここまでだった。
そして目を覚ませば、森の中にいた。
「…………………………………………あ?」
森だ。紛うことなき森だ。
「……あぁっ!?」
はたと気付く。仕事だ、仕事はどうなった。まさか、寝過ごした?
「ま、まずは、……夢か? 起きればいいのか!? 夢なんだよな!? 起きろ、オレ、頼む、仕事の納期が……!!」
慌ててオロオロと歩き回り、それから頬をすぐに頬をつねった。ピリッとした痛みがして、靄がかっていた思考回路が徐々にハッキリしてくる。
ここは、森だ。
「夢、じゃない……っ!?」
完全に目が覚めた、ああ覚めたとも。
オレは、捨てられた……?
「仕事、間に合わなかったのかな……そんでもって捨てられた……」
そうか、そうなのだ、そうに違いない。捨てられたのだ、会社の捨て駒になった……。
「さらばオレのリーマン生活……無職になってしまったぁ……」
頭を抱え、
溝口守は普通のサラリーマンだった。高校も大学も平々凡々、特別頭が悪い訳でもなく、良かった訳でもなく。就職活動辛かった時代に辛うじて貰えた内定に飛び付いてみたものの社畜街道まっしぐら。今更他にどこが自分を取ってくれようか。
「はー…………帰りたい……てかここどこだ」
取り敢えず帰ろう、ということで胸ポケットのスマホ取り出――
むにゅっ、と、何か柔らかいものが手に当たった。
「お、おぉ……っ!?」
何だろう、今の柔らかいものは。やけに柔らかかったが……。
そう思い、恐る恐る視線を下げながらもう一度胸の辺りに手をやると……。
「おっ、なっ、胸が……!?」
胸が膨らんでいる。おっぱいだ。男が羨む夢が詰まった女性の象徴だ。
おっぱいだ。でかい。
「あ……おぉ……」
そこでハッと我に返る。メンズスーツのシャツを押し上げる胸と、視界にチラチラと入ってくる黒に銀のメッシュが入った髪の毛。手先も男だった時のゴツゴツしたものから、女性らしい細いソレに変わっていた。
「――待て待て待て待て、待てよ、待てよ……」
一旦額に手を当ててよく考える。
意識は確かに正常だ。感覚も良好、のはず。
今の状況を冷静になって整理してみると、
どうやっても夢でしか起こり得ないことだ。現実で起こるなんてちゃんちゃらおかしい、狂ってる。
ぺたぺたと顔を触ってみる。
無精髭も毛深さもない。ぷにぷにとマシュマロのような柔らかさの弾力が手のひらに返ってくる。髪はサラサラでまるでCMモデルがやってる演出のようだ。
「……何か、すげぇな……」
感覚はリアル。夢でないということは現実なのだろう。認めたくないが、そうせざるを得ない。
「そ、そうだ、ケータイ!! ケータイで自撮りすれば顔がわかるはず……!!」
今度こそ、胸ポケットのケータイを取り出す。途中、手が自分の胸に当たってどぎまぎしてスマートフォンを取り落としたのはご愛嬌というやつだ。
震える手でどうにかこうにかカメラを起動し内向きに設定する。そして、
「……………………………………………………、」
絶句する。
ものすごい美人がいた。
金色の瞳と黒地に銀のメッシュの入ったロングヘア。服装はともかく、スタイルはスーツの上からでもよくわかる程にグラマラスで抜群だ。
「……誰だ、コイツ……オレ……?」
撮った自撮り写真を眺め「むむむ……」と唸る。まさかこんな美人さんになってしまっているとは……かなり役得なのでは?
「ちぇっ、男の時に同じくらい美形でイケメンだったらモテたのにな……非童貞は夢のまた夢ってか……」
かつての自分を思い出し、ないなぁと一人愚痴愚痴と文句を垂れ流し――――不意に近くの茂みが大きく揺れて音を立てたことに気付いて肩を震わせる。
「……だ、誰かいる、のか……? ――ひぃっ!?」
恐る恐るその方向を向けば、そこには自分を見下ろす影が。
ずんぐりむっくりした体躯。その大きさは一瞬熊かと思ったが、違う。岩のように硬そうな緑色の肌、平べったい顔と大きな口。
「おっ、おおおおオークぅっ!?」
驚愕が口から悲鳴となって飛び出した。
ファンタジーな話によく出てくるモンスターだ。薄い本でもよく出番がある例のモンスターだ、間違いない。
口の端から飛び出す牙と、そこから垂れている涎。とてもじゃないが対話できる知能を持っているようには見えない。
それと、
「せめて下くらいは隠せよ!?」
オークは裸だった。下半身には立派なモノが反り勃っており、この状況は明らかに自分がエロ同人みたいにめちゃくちゃにされる立場だ。純粋に悪寒しかしないし本当にやめてほしい。
ぎゃーぎゃーと喚いていると、不意にオークが歩幅を大きくして駆け寄ってきた。ドスドスと重々しい音を立てて、性欲の限り襲ってくる!!
「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!? 嫌だああぁぁぁぁぁッ!! 何でッ、何だっていきなりオークに犯されなきゃいけないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
取り敢えず逃げる。走って、走って、走って、躓いて、転びそうになって、時折振り返って。
怖い!! 普通に怖い!! ちびりそう!!
ぐるぐると頭が回る。ついでに視界まで回ってくる。酸欠でどんどん身体が重くなってくる。
「あだっ!?」
と、足が上がりきらず木の根っこにつま先を引っ掛け、うつ伏せに転んだ。
「いてて……っ、くそっ、逃げ――うわぁッ!?」
ドスンッ、と。転んだ自分の足元にオークが着地した。
その体躯は見上げるほど、三メートル近くはあるか。想像以上の威圧感に身体が竦み、腰が抜けたように動かなくなる。
そのオークが観念しろとばかりに丸太のように太い腕を伸ばしてきた。間違いなく、捕まえる気だ。その後のことは推して知るべし。
「待て待て待て待て!! 確かに美少女を犯したいのはわかるがオレじゃなくてもいいだろ!? ほら、どっかの国のお姫様とか騎士団の女騎士とかさぁッ!?」
果たして言葉は通じるのか。じりじりと滲み寄るオークから後退るが一向に距離は離れず縮まらず。あぁ、このまま惨めに犯されるのか……と薄い本の展開が頭をよぎった。ジャンルは処女喪失と異種姦だろう。
「チクショウ……こんなとこで……童貞捨てる前に処女を奪われるってか……」
思い返すのは仕事に忙殺された日々。休日出勤は当たり前、サービス残業、取引先の無茶な要求……。辛うじて捻出された休日は泥のように寝て過ごし、風俗だとか筆おろしだとか、そんな暇は片時も無かった。
どうせなら、無理してでも行けばよかった……誘いもあったのに……。
「――――ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!
――――轟々と、火の手が上がっていた。
「…………あ、れ……?」
熱気に当てられ目を開けば、そこは火の海のど真ん中であった。
辺りを見回してみても、周辺にあった森もオークも跡形も無く、ただただ焦土が広がっていた。
ドロドロと己の中に流れる血が熱く
炎だ。世界の全てを焼き尽くす真っ赤な業火だ。
「……っ……、熱い……何だ、これ……?」
体の内側から発せられる熱量に視界がぼやける。吐き出す息も、まるで火そのもののように熱を帯びていた。
しかし、そこに不快感は全くない。寧ろ心地良い。
「……ぅわっ!? てっ、手がッ……!?」
自分の手を振る見やると白い炎が立ち上って燃えていた。だが不思議と熱さはなく、それが自分自身の意志により発火しているモノだと理解する。
火が消えるイメージをすれば燃えていた炎はしぼんでいき、やがえ消えた。
「これ……魔法か……?」
運動後のように気持ち良く火照った身体を見回す。
どんな原理なのかスーツは無事ならしくどこにも傷や穴はない。どうやらただの炎ではなく、燃やすものを制御できるとんでもない力らしい。
さて、これを魔法と呼ばずして何と呼ぶのか?
「は、ははは、……マジで魔法使いになっちまった……」
この日、溝口守は正真正銘の魔法使いとなった。
ついでとばかりに、美少女という属性もついて。
TS魔法少女、溝口守の冒険は、今ここから始まる……。
体に引っ張られる感覚というものはとうの昔になくなっていた。
どんなにかつての自分を思い出したところで、意識したところで、もう戻れないことを無意識のうちに理解する。
しかし、それを自覚することは決してない。その身体にとって、その精神性は当たり前だから、故に何とも思わないし、思考することはない。
だから、この話はこれで終わり。二度と、思い返すことはない。
TSロリverのDTTS魔法使い、見たい?
-
とても見たい
-
どちらかと言えば見たい
-
どちらかと言えば興味ない
-
興味ない