コルベニクを倒した「.hackers」、ひょんな事からオフ会が開催されることになる。ブラックローズこと速水晶良は、カイトに会いたいという理由で参加を決める。ブラックローズはミストラル(黒川さん)と待ち合わせして、カイト達がいるオフ会に向かうのであった。
「ありがとう」
「カイトがいなかったら、私ここまで頑張れなかったかも」
あの時言いたかったセリフをやっと伝えることができた。そして今度は私が伝えるんだ、私のカイトへの想いを。
--
"The World" の管理者、リョースが貸し切ってくれたカフェーテニスラケットを持ち、スポーツバッグを肩にかけ、私は急いでその場所へと向かった。
「最寄り駅で待ち合わせたミストラル ー黒川さんが、私に気づき近づいてくる。
「ありゃ……ほんと、部活帰りなのね」
「休むワケにいかないし」
「えらい!」
「それより遅刻だよね、私」
「いいんじゃないかな。急だったしさ、決まったの」
「こっから遠いのかな……?」
「カフェ?すぐじゃない?」
なるべくしてこうなったのかー 最初は誰が言い出したのかわからない。だけども、オフ会の話が出た時にー 最初に賛同したのは、意外にもワイズマンだった。
「おもしろい案だな、わたしも参加しよう」
「場所はどうするんだ?」
バルムンクが口を開く。
「バイトもあるし、リアル事情も色々と混み合っているからな……都合が合えば行ってもいいが」
「全てはCC(サイバーコネクト)社のリュースに頼もうか」
「私がかっ⁈」
「おもしろそうね……私も加わろうかしら」
戸惑うリョースの横で、ヘルバ姉さんがクスと笑っていた。
ー 黒川さんは小綺麗なビルの前で立ち止まった。
「ここ」
「……うん」
オフ会なんかに興味はなかった。
"The World" を通じての仲間だとは思ったけれど、リアルを想像したことはないに等しい。
それでも行こうと思えたのは、カイトが行くと言ったからだ。カイトには会いたかった。ゲーム内では言ったけれど、直接会ってお礼が言いたかった。
腕輪所有者がカイトでよかった。
最初に声をかけたのがカイトでよかった。
最後まで共にした仲間がカイトでよかった。
高鳴る胸を押さえ、私は簡単に髪を手ぐしで直す。そんな私を見て、黒川さんは微笑んだ。
「大丈夫、晶良ちゃんは晶良ちゃんだから」
最初にー 私の目の前に姿を現わすのは誰だろうか……。
「みんな待ってるし、入ろっか」
黒川さんに促され、私はカフェのドアを開けた。
リョースらしい。
扉にぶら下がった札の「本日貸切」。
お店ごと貸し切って予約とは、一度引き受けたら責任を全うする、今では好ましくとも思える石頭っぷりである。
ドアを開けると、カウンターには40過ぎの男性とノートパソコンを持った背の高い女性、椅子は隅に片付けられており、テーブルには見知らぬ姿の仲間が立ちながらそれぞれ談笑していた。
「ブラックローズ!」
テーブルの中心にいる少年がこちらに声を掛けた。
赤いアディダスのパーカーにプレーンなジーンズ姿。リアルは知らないはずなのに、サッカー少年らしい整った黒い短髪と、目の奥に宿るやさしさ、そして垢抜けた笑顔。
間違いない、私はカイトであると確信した。
「あんた、もし人違いだったら失礼じゃないの?」
カイトも私のことがすぐ分かってくれたことが嬉しくて、つい思ってもないことを言ってしまう。
「だってテニスラケット持ってるじゃない。すぐわかるよ。」
…あんたはほんとに全く。
「もう一人は、ミストラルだね?」
「ピンポーン、当たりだよ!だけど男の子は女心ももう少し分かってあげないとね」
私に向かってウインクするミストラルにカイトは当惑していたが、私はミストラルに賛成だ。あんたがいるから私はここにいるんだから。あんなメールまで送ったのだから、もっと気の利いた言葉が欲しい。
カイト達の正面に私たち二人は加わった。もっともカイトの正面には女性陣ばかりだったが、ここは素直に譲ってもらえた。今この時は相棒との再会を喜ぶカイトを思ってのことだろう。そう今この時は。やっぱりモテるよね、カイト。
オレンジジュースでいいかなとカイトは聞き、グラスに注いで二人に手渡した。困った様子は既になく、とても自然な動きであった。誰にでも優しいカイトの性格はリアルでもやっぱり変わらないんだなと私はカイトを見て微笑んだ。
「これで全員だね、ヤスヒコ」
「だからヤスヒコではなくオルカと呼べと…あれ?ここではいいのか?まあそうだな」
カイトと隣にいる同い年であろう少年オルカはそう答えた。
「リョース、全員揃いましたよ」
カウンターに座ったおじさんはカイトの言葉にわかったと言い、隣の女性のノートパソコンに向かって言った。
「よし乾杯の挨拶をしてくれないか、ヘルバ」
「わかったわ」とノートパソコンから声が聞こえた。
みんなノートパソコンへ視線を移した、中を覗くと、ヘルバ姉さんを始めバルムンクやエルク、ぴろしさんといった今回は参加できなかったメンバーもいるようだ。みんなの手には木のビールジョッキを片手に持っている。
「改めて皆の者、今回は本当にご苦労であった。ネットワーククライシスの危機は去り、"The World"は新たに生まれ変わった。今日は私とリョースからのささやかな催しだ、存分に楽しんでくれるといい。乾杯!」
「「乾杯!」」
周りには使命を全うした笑顔で溢れていた。
それだけでも今日は来てよかったと思う。
.hackersオフ会の始まりだ。
始まればあっという間だった。
私はみんなのリアルのことは考えたことはほとんどなかったが、ワイズマンが小学生だったことが一番のサプライズだった。
「ご苦労だったな」と話しかけて来た時に誰だか全くわからず、ミストラルと私は顔を見合わせ思わず無言。
ワイズマンだと名乗った時は、リョースによる事実確認がなければすぐには信じなかっただろう。もっともミストラルから年上との接し方について叱られてしょんぼりしたり、カイトにカードゲームの面白さを熱心に語る姿は、いかにも小学生らしい。
寺島良子は想像通りお嬢様だった。ただお嬢様のお淑やかは鳴りを潜めていた。
彼女は積極的にみんなに話しかけていたし、私には「負けませんからね」と言うくらいだ。でも嫌な感じはしないし、お互いそう思ったと私は思う。寺島良子もまた、カイトと過ごすことで変わったのだろう。
でも実家にカイトを連れて行くのだけは阻止しないと…!
対照的になつめは、人見知りする性格のようだ。一人でポツンとしていた所に話しかけた。図書委員をしているらしく、本の話になると多少会話が弾んだ。
あとはぴろしさんとなぜかウマが合うのか。リョースとヘルバの助手のお姉さんの所にミストラルとなつめと私の5人と"The World" から参加メンバーとで会話している際、ぴろしさんに「なつめ、もっと発言しないか!」「カイトの所に行きたまえ!」とか度々会話の流れを遮るような自由なツッコミにはなぜか強気に対応する。いいコンビなのかな。
もっとも私も人のことは言えない。カイトとはまだ話せていない。カイトの周りにはオルカを始め、常にたくさんの人がいた。大人の人もいる。私はあのメールを送った気恥ずかしさもあって、中々近づくことができず、結局終わりの挨拶の時間になってしまった。
「では最後は、やはり腕輪所持者のカイトから終わりの挨拶をしてくれるか?」
リョースは切り出した。
「わかりました」カイトはそう言い、あたりを見合わせた後、少し間を空けて言った。
「今日はみなさん、忙しいなか集まってくれてどうもありがとう。ヘルバとリョース、お店の予約から色々とオフ会の準備をしてもらってごめん、ありがとう。」
リョースは相変わらず生意気なガキだと照れ臭そうにそっぽを向き、ヘルバ姉さんはほとんど石頭がやったけどねと助手とともに微笑んだ。
「波の恐怖は去り、アウラが生まれ変わった"The World"で楽しんでプレイできるのは、仲間のみんなと一致団結した結果だからこそだと思ってます。みんながいたから僕も頑張れたし、みんなもそう思ってくれていると嬉しいなと思います。
きっかけは、オルカが意識不明になったことでした。でも一人で途方に暮れてしまって。そんな時、声をかけてくれたのがブラックローズでした。あの時マク・アヌでブラックローズに出会わなければ、今この場にいることはなかったと思ってます。僕の相棒…何だか照れ臭いな…ブラックローズありがとう」
カイトは私の目を真剣に見つめ、そう言った。
その後も一人一人律儀にお礼を言ってるらしく、カイトらしいなと思ったが、内容は全然頭に入らなかった。私はカズのことで不安でいっぱいでカイトに頼りきりだと思っていたけど、あいつもまた同じ気持ちだったんだ。私たちは常にパートナーだった。同じことを思い共に相棒として信じ支え合っていた。その確認を行うだけで、大事な人と繋がる喜びに全身が熱くなった。
やっぱりあんたがいい、萩谷先輩ごめんなさい。そんなことを考え、ただただカイトの目や鼻や口や耳にみとれるばかりで、話してる内容はもはや耳に入らない。
ミストラルが横で軽くどついてくれたときには、カイトの挨拶は終わっており、各々のカフェを出ようと支度する所だった。
「晶良ちゃんは本当にかわいいねぇ!」
そう言ってミストラルは私を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと黒川さん何してるんですか!?」
ミストラルの胸の中でモゴモゴ口にするだけで精一杯だった。
ミストラルは気にせず、耳元で「だけどそれだけで満足なの?」とささやくと、私の耳は真っ赤になってしまった。
私の反応に満足したのか、私から離れ、これから二次会でカラオケがあることを告げた。
「私はそろそろ旦那と赤ちゃんの所に戻らないといけないから参加できないけど」
とミストラルは言い、そしてまた耳元で、
「カイトはここの片付けを手伝うらしいからチャンスだよ!」とこれまたからかう様に笑って、じゃあまたね!とカフェを後にした。
二次会の先導はワイズマンのようで、テキパキと誘導している。そしてミストラルの言う通り、カイトはここから出ようとはせず、リョースと共に後片付けをするようだ。
ー それだけで満足なの?
そんな訳ない。もう答えは萩谷先輩をハッキリと振った時点で決まっている。
私はワイズマンの誘導に沿ってカフェを出て、2、3分間歩いてから、忘れ物したから場所だけ教えてとワイズマンに伝えた後に、歩いて来た道を一人で戻って行った。
あのカフェに着いた頃には、ちょうどカイト、リョースとヘルバ姉さんの助手の三人が扉から出てくるところだった。
「どうかしたの?ブラックローズ?」
カイトは聞いた。
「え、えっと……」
切り出し方をまるで考えてなかった。<pbr>伝えたいことで頭はすでに沸騰状態で、伝えるシチュエーションなど頭になかった。
「何か忘れ物でもした?中には何もなかったと思ったけど?」
カイトは少し不安げにリョースとヘルバ姉さんの助手を見上げた。
「私たち2人は先に行ってるから、お嬢ちゃんは坊やともう一度中を探してみたら?ねぇ、リョース」
「そうだな。カイト、命令だ、よろしく頼む」
と二人はニヤニヤしながら、二次会のカラオケ店に向かって行った。
私たち二人はポツンと立っていたが、私は二人に感謝しながら、「そういうわけであんたも手伝うのよ」とお姉さんモードでそう言って中に入り、カイトは少し納得がいかない様子で後に続いた。
お店には店長が一人カウンターに座りゆっくりしていたが、もう二人きりのチャンスは来ないぞと腹をくくり、店長にしばらく二人きりにしてくれないかとお願いすると、店長は黙ってうなずき店の奥へ下がった。
「て、店長に私の忘れ物があるか探してもらってる。」
声は多少つっかえながらも、カイトに言った。
テニスの公式試合とまた違い、指先は心臓の鼓動の速さに応じて小刻みに震え、感情は今にも不安と期待で張り裂けそうで、そして何より一人でやらなければならない。
「りょーかい」
いつもの調子でそう言ってカイトは私の側に難なく近づく。
隣のカイトに視線を向ける。背は私と同じくらいだろうか?"The World"では私の方が大きかったが、リアルでは同じくらい。並んで歩いても様になるよね、などと妄想してしまう。
「どうかした?」
視線に気づいたカイトは私に聞いた。
今でも心臓はバクバクする。だが私は負けず嫌いなのだ。深呼吸をゆっくり行い、そしてカイトの目を真剣に見つめた。
「ありがとう」
「カイトがいなかったらここまで来れなかったと思う」
リアルで直接伝えたかった感謝の気持ちをやっと伝えることができた。
その安心感と共に、カイトが徐々に赤面する様子を観察できるくらいには心が落ち着いてきた。伝えるなら今だ。
「私はこれからは相棒ではなく、恋人としてあなたと一緒にいたい」
私も赤面しているに違いない。カイトは少し戸惑っているようだ。無理もない、きっと私と同じように他からもアプローチをかけられているのだろう。
「僕は、ブラックローズのことを相棒だと思ってるけど……いきなり恋人と言われても……」
私はそんなにずるくもなれない。
カイトのことが大好きな、ライバルであり仲間がたくさんいることを知っている。
「ま、これからは私があんたをメロメロにするから。返事はもう決まってるから安心しなさい」
とお姉さんモードに切り変え、ちょっと恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにカイトの手を引きカフェを出た。
「さて、早くみんなのところへ戻ろうか!」
私はきっと笑顔で言えたに違いない。私の想いは伝わったのだから。
「ちょっと!忘れものは⁉︎」
カイトは男の面子を保とうとしているのかもしれない。かわいいやつめ。でもその答えはもう決めていた。
「あんたの名前と連絡先!」
私の想いを舐めるなよ、真っ赤なカイト!