あ! やせいのダイナソーがとびだしてきた! 作:いぶりがっこ
一週間後、おつきみやま屋外特設リング。
『お聞きください、この大歓声ッ!
DMS対PMC、団体抗争戦第七試合!
窮地のだいもんじスープレックスに突如として現れた救世主の姿を一目見ようと、
ここ、おつきみやま特別リングは年季の入ったポケレスファンで溢れ返っております!』
会場に溢れだす活気を目の当たりにしながら、アナウンサーが高らかと声を張り上げる。
切り立った岩山を利用した即席のスタジアムは既に満員御礼。
天候、気象共に格好のポケモンプロレス日和であった。
「ふふん、来たな太古の帝王よ!
今日、貴様はここで近代格闘技の真髄を知る所となるのだ」
深い渓谷に太い鎖で張り巡らした、空中庭園のような吹き抜けのリング。
今日の舞台の出来栄えに満足げな笑みを浮かべつつ、高らかと黒マントが挑発する。
「フハハッ! 随分と面白い趣向ではないか!
その自信、今日の餌には期待が持てそうだなァッ!」
向かい合う対面。
テリーJrの手にしたモンスターボールの中から、恐竜王が高らかと嗤う。
このような姿になってもなお、彼はなお王者の誇りを何一つ失ってはいなかった。
『両選手、入場!』
時は満ちた。
リングアナの宣言と同時に両陣営が動き、手にしたボールがリングへと放り込まれる。
「キング! 行って来い!」
「行くが良い『
「マァ――――ッスルッッ!!」
あ! やせいのダイナソーが とびだしてきた!
「ゴロロ~」
てきの くろマントは ゴローンをくりだした
太い声が二つ、同時に山岳にこだました。
突如として出現した超重量級のポケモン二体に、たまらずマットがギシリと揺れる。
『赤コーナー!
215cm 118kg だいもんじスープレックス所属、
キング・オブ・ダイナソーッ!!』
「ガァオォゥッ!!」
レフェリーの紹介に合わせ、恐竜王が高らかと咆哮を上げた。
真っ赤に燃えるような皮膚、ハリのある大胸筋。
流石に当人が言うだけの事はあって、この上ない程のベスト・コンディションであった。
『青コーナー!
116cm 130kg 獣神武闘会所属、
護牢雲のモランマァーッ!!』
「ゴロロ~」
情熱的な赤コーナーとは対照的に、青コーナーのモランマは静かに唸り声をこぼした。
巌のようなポケモンであった。
洗い晒しの柔道着の袖から、ごつごつと太く逞しい褐色の腕が生えていた。
黒帯で縛られた巌の如き太い胴、襟元からはこれまた太く角ばった胸板が膨らんでいた。
彫りの深い両の瞼の下で、実力者らしい鋭い眼光が敵を見定めている。
太く、硬く、逞しい、まるで岩石のようなポケモンであった。
と言うか、ぶっちゃけいわポケモンであった。
「柔道か……、ふん、少しは骨のある手合いのようだな」
対主の逞しい肉体を見つめながら、ダイナソーがふんすと鼻息を荒げる。
いわポケモンにどれだけ骨があるかは不明である。
『ポケモンプロレスッ レディー……、ファイッ!』
やがて、渓谷に高らかとゴングが鳴り響いた。
観客の声援を受けながら、モランマが悠然とリングに振り替える。
「ゴ!?」
「ガオッ!」
あっ、と観衆が驚きの声を上げた。
ダイナソーはゴングと同時に対角の敵目掛け突進していた。
やせいのダイナソーの ひっかくこうげき!
やせいのダイナソーの ひっかくこうげき!
やせいのダイナソーの ひっかくこうげき!
風を巻いてダイナソー必殺の爪が唸りを上げた。
横一文字に胸板を引き裂くような一閃。
体を返し、脇腹を抉りながら打ち上げるような一撃。
更に袈裟掛けに切り下ろす渾身のスイング。
「ゴロロ~」
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
それら全ての攻撃をゴローンは動じもせずに受け止めて見せた。
凄まじいファーストコンタクトに、客席からどよめきの声が漏れる。
「ふは、アンキロハンマーを真っ向から受けてビクともせぬか!
さすがはがんせきポケモン、砕き散らすのは骨が折れそうだな」
「ゴロローッ」
ニヤリ、と胸板の爪痕をなぞりながら、モランマが不敵な笑みを浮かべる。
そうして高らかと諸手を上げ、真正面から恐竜王と向かい合う。
観客のボルテージが高まりつつあるリングサイドで、だいもんじスープレックスの社長、テリー・ロヂャースは一人、冷静な眼差しを今日の敵へと向けていた。
「流石は
二戦目にして早くもダイナソーの弱点を突いて来たか……」
「弱点じゃと?
テリー、そいつは一体どういう事だ?」
意味深なテリーの言葉に、トレーナーのスグルが疑問の声を漏らす。
「うむ。
本来ならば、かくとうわざが主体となるポケレスのリングにおいて、
いわタイプのポケモンは一方的に弱点を突かれる形となるのだが……。
ことダイナソー戦に関して言えば話は別だ。
持って生まれた鋭い爪が災いして、打撃系のかくとうわざをマトモに繰り出す事が出来ない。
となれば当然、いわタイプのポケモン特有の高い物理耐性が活きて来る。
このまま立ち技での攻防を続けていては、ダイナソーに活路はないぞ」
「へっへーん、何を言うとるんじゃテリーよぅ。
ダイナソーはもともと投げ技主体のポケモンレスラーじゃい。
打撃がいまひとつなら自慢の投げで……、ハッ!?」
「気付いたか?
そう、そのための柔道。
柔道とは、投げる武道、投げられぬ武道、相手の投げを殺す膨大な学問。
いかなダイナソーとは言え、あのヘビー級の巨体と組み合っては勝ち目がない」
「焦れついて懐に飛び込めば、それこそ相手の思う壺と言うワケか。
なんと厄介な相手をぶつけてくるんじゃ」
一部の見巧者たちもまた、マットの上の見えざるせめぎ合いに気が付き始めていた。
打撃か? 投げか? 飛び込むか? じっと待つか?
「ゴロッ」
束の間の様子見から一転、諸手を広げてモランマが動いた。
相手の打撃を真っ向耐えて、そのままむんずと掴んで一投げする。
己の耐久力に絶対の自信を持つ者の構えである。
「フン、とっ組み合いが望みか。
私が
「ゴロ?」
迫りくる太い両手に合わせ、ダイナソーが体を沈めた。
スカを喰らい、前方につんのめる形となったモランマの太い腹に恐竜王が照準を合わせる。
「ヌッハハ! アテが外れたなァ柔道王!
今の私はやせいの
やせいのダイナソーの ずつき!
瞬間、ドテッ腹目掛け、恐竜特有の分厚い頭骨を叩き込んだ。
こうかは いまひとつのようだ
思わずよろめき、距離を取ったモランマに対し、体を回して太い尻尾を浴びせていく。
こうかは いまひとつのようだ
何と言う打たれ強さであろうか?
ダイナソーの恐竜パワーをまともに受けながら、目の前の岩石には怯む気配が一切見えない。
不満げに鼻を鳴らすダイナソーに対し、調子づいた黒マントが指示を送る。
「しゃらくさい! 打撃戦が恐竜王の希望なのか?
良いだろう、モランマよ、望み通り貴様のメガトンパンチを喰らわしてやれ」
「ゴロロッ!」
てきのゴローンの メガトンパンチ!
黒マントの指示を受け、モランマが豪快に右腕を振り回して来た。
だが、それもまたダイナソーの予想通りの反撃に過ぎない。
強烈なモランマの右ストレートを左肩でいなしながら、ダイナソーはカウンターの地獄突きを喉仏目がけ突き立てた。
こうかは いまひとつのようだ
「ゴロ?」
「ガオッ!
どうやらYOUは、持って生まれた体格だけで今日まで生き延びて来たクチのようだな!
YOUのようなウスノロですら生き残れるとは、いわに生まれたポケモンは幸せ者よ」
やせいのダイナソーの たたきつけるこうげき!
こうかは いまひとつのようだ
「だが、苦手とは克服するためにこそあるのだ!!
YOUも少しは
やせいのダイナソーの かみつき!
こうかは いまひとつのようだ
そうだ!
ダイナソーの筋肉は、主人の思想を全力で肯定して跳ね上がる。
効果こそいまひとつ、なれど試合は、確実にダイナソーが主導権を握っている。
あのようなウスノロの攻撃が当るものか。
たとえダイナソー本人は忘れていても、彼の筋肉は憶えているのだ。
いつかの地獄……、餓えたおおかみポケモン相手に繰り広げられた、最悪の戦場の一幕を――
――恥知らずのゼーレから、こちらの防御を容赦なく突き破って来るあんこくポケモン。
――胡散臭い上下運動を繰り返し、突如として爆発的な大技を乱発するマッポポケモン。
――0フレームの牙を起点に、凄惨なラッシュで蹂躙してくるおにいちゃんポケモン。
――ヒューヒュー煩く飛び回り、ミサイルばりの足技を突き立てて来るおいろけポケモン。
――スパドンの気配を匂わせ、こちらの一挙手一投足を封殺してくるテコンドーポケモン。
鍛え抜いた筋肉が一切通用しない、危険な街角でのストリート・ファイト。
そのゼツメツ率は、あるいはあの過酷な氷河期すらをも上回っていたのでは無かろうか?
持ち味の全てを殺された彼に残った物は、勘と、経験と、その胸に尽きぬ闘魂のみであった。
あの地獄の世界に比べれば、素人同然のパンチに脅威などあるハズがない。
ゲレンデが溶けるほど円月輪され続けた日々は無駄では無かったのだ。
「ガオォオオォ―――ッッ!!」
やせいのダイナソーの こうげき!
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
「なんと!
いかに打撃対策の苦手な柔道家相手とは言え、こうも的確に攻撃を当てて行くとは。
ダイナソーとは、ここまで繊細な立ち回りのできるポケモンじゃったのか」
一方的な試合展開を前に、ポケレス観戦歴の長いオーキドはかせが感嘆の声を上げる。
こうかは いまひとつのようだ
「し、しかし知っての通り。
いわタイプのポケモンに相手にノーマルタイプの攻撃は、全て威力半減。
こんな事をしていてもラチが開かん。
あの恐竜王は一体なにを考えておるのじゃ?」
「いや、ラチは……、開く!」
地元のニビジムから観戦に来ていたトレーナーのタケシが、冷たい汗を一つこぼす。
こうかは いまひとつのようだ
「オーキドはかせ……。
以前、ウチのジムで繰り広げられた『ファイアレッドの惨劇』を憶えていますか?」
「あ……、ああ~!」
タケシの言葉に、オーキドはかせの顔色が、さっ、と陰った。
それは、オーキドはかせにとっても苦い悔恨の記憶であった。
数年前、オーキドはかせからヒトカゲを託され、意気揚々とマサラタウンにBYE-BYEした、若きポケモントレーナーがいた。
22ばんどうろを越えてトキワのもりを抜け、ポッポ、ニドラン♂、コラッタ、トランセルを手持ちに加え、少年はとうとう第一の関門、ニビシティへと辿り着いた。
第一の悲劇がここにあった。
ニビのポケモンジムを束ねるトレーナーは、いわポケモンつかいのタケシ。
この時点で少年の手元には、いわタイプにまともに攻撃を通せるポケモンが一体もいなかった。
しかも、おつきみやまへと続く街の出口には、おせっかいなタケシの知人が待ち構えており、新たなポケモンを探しに行く事も、わざマシン12を取りに行く事も叶わない。
これが第二の悲劇である。
ポケモンの使い方を見るためのジム戦なのに、まともな戦いを挑む事ができないこの理不尽。
少年は世を憎み、時代に絶望し、やがて一人の修羅へと堕ちた。
具体的には、トキワのもりの一部が焦土となるまで、一心不乱にさなぎポケモンを狩り続けた。
「――その後、全身ガチムチとなったリザードを引き連れジムへと戻って来た少年は、
俺のイワークが泣くまで、ひっかくのをやめてくれなかった……。
圧倒的なレベルの差は、ありとあらゆる世の不条理を乗り越えて行く」
「レベルを上げて物理で殴ればいい……、世界の真理じゃな。
少年よ、許せ……」
自らの過ちが招いた悲劇を胸に、オーキドはかせは天を仰いで嘆息する。
なお、力の殉教者と化した少年をハナダの地で待ち受けていたのは、悪名高いスターミーのバブルこうせんだったと言う。
修羅の堕ち行く先には、ただ延々と修羅道が続くのみである。
だが、過去の惨劇に胸を痛めてばかりもいられない。
目の前のリングでは、まさしくあの日の悲劇が再現されようとしているのだ。
「ガルルオォ―――ッッ!」
やせいのダイナソーの きりさくこうげき!
「ゴ、ゴロッ!?」
きゅうしょに あたった!
そして、ついに山が動いた。
ビギンと鈍い音がして、モランマの胸板に深い亀裂が走り抜ける。
「フハハハハ!
見たかッ これが筋肉の持つ可能性なのだッ!
しょせんケイ素系ポケモンのYOUには理解できまいッ」
「ゴロロ……」
「さあ、そろそろ
この一撃で、おつきみやまの路傍の石と果てるが良いわァーッ!」
やせいのダイナソーの メガトンキック!
すさまじいばかりの野生の脚力で、ダイナソーが前蹴りを繰り出しに行く。
だが、絶体絶命の窮地を前にしながら、黒マントは余裕たっぷりに不敵な笑みを見せた。
「フン、余興は終いだ!
モランマ、お前の真の姿を見せるが良い」
「ゴロロ~」
てきのゴローンの まるくなる!
その時、不思議な事が起こった!
ダイナソーのビッグ・ブーツを浴びたモランマの胸板が砕け散り、その内側から、つやつやと輝くクリスタルのボディが現れたのだ。
圧倒的硬度をまともに受けた反動で、ダイナソーの巨体がバランスを崩し、たたらを踏む。
「なっ! なんと、これは一体どう言う事だッ!
マイマッスルの恐竜パワーを弾き返すほどに、光り輝くそのボディは一体……?」
珍しく動揺を露わとしたダイナソーに対し、喜色満面、黒マントが高らかと解説に移る。
「フフ……、冥途の土産に教えてやろう。
モランマは元々、おつきみやま旧ダイヤモンド鉱山で生まれたこうせきポケモン!
知っての通り、ダイヤモンドはこの地上で最も硬い物質。
このモランマはまるくなるを使う事により、
ポケモン硬度をぐーんと引き上げる事が出来る特異体質なのだ!」
「「「 な、なんだってーっ!? 」」」
「さあ、見せてやれモランマ!
ポケモン硬度10! ダイヤモンドパワーの圧倒的戦闘力をッ」
「ゴロローッ」
てきのゴローンの まるくなる!
眩い光が、たちまちリングの上に溢れ返った。
光の中でパラパラと角質が砕け、モランマの全身がどんどんまるくなっていく。
質量的には軽くなっているにも関わらず、ダイナソーはモランマの全身がどんどん膨らんでいくような錯覚を覚えた。
やがて、光は潰えた。
リングの中心にはキラキラと透き通るクリスタルボディと化した柔道王の姿があった。
「ふふん、恐竜の王よ、こうなってはもう、貴様には万に一つの勝ち目も無いぞ。
ダイヤモンドパワーを発揮したモランマのボディは、あらゆる物理攻撃を受け付けん。
弱点であるハズのかくとうわざでさえ、ダイヤモンドの前には無力化するのだ」
「ほう」
「そして、全身の硬度が上がっていると言う事は、攻撃力も等しく増大していると言う事。
インドぞうの如き軟弱な生身の肉体で、次の一撃を耐えられるかなッ!」
「ゴロローッ!」
てきのゴローンの とっしん!
黒マントの哄笑に合わせモランマが動いた。
ずん、ずん、ずんとマットを揺らし、地上最硬の兵器がダイナソーに迫る。
「フン、モランマとやら!
YOUは脳味噌までつやつやと炭素化してしまったのか?
どれほどに硬度を上げた所で、当らなければどうと言う事は……」
あ! やせいのイシツブテが とびだしてきた!
「!?」
次の瞬間、最大の不幸が恐竜王を襲った。
同時刻、たまたま近場のイシツブテがっせん会場から飛来した流れイシツブテが、最悪のタイミングで後頭部を直撃したのだ!
「ガァッ!?」
一瞬、脳が揺れ、わずかに回避のタイミングが遅れた。
為す術もなく130kgのダイヤモンドと正面衝突したダイナソーが、ゴロンゴロンとマットを転げ回る。
『あぁ~っとォ!?
何と言うアクシデントでありましょうか!
偶然飛来したイシツブテに気を取られたダイナソー。
モランマのダイヤモンドパワーをマトモに浴びてしまいましたァーッ!』
「ふざけるなァ! そんな偶然があるか!?」
「試合を止めろ審判、こいつは獣神武闘会のワナだッ」
たちまち会場中からブーイングが上がり、テリーたちも抗議のために立ち上がったが、レフェリーは頑として取り合わない。
懸命な読者ならお分かりだろうが、今日のレフェリーもまた、ダイヤモンドパワーによって攻略済みだったのだ。
「フン! 幸も不幸も全ては天の差配よ。
やれ、モランマ!
天はきょうりゅうポケモンのゼツメツを望んでおるのだ!」
「ゴロロー」
無慈悲な黒マントの采配に一つ頷き、モランマがコーナーポストの最上段へとよじ昇る。
「ガ、ガオ……」
ダイナソーも必死で体を捩るも、ダイヤモンドパワーの衝撃から身を起こす事が叶わない。
マットから見上げる柔道王のクリスタルボディは、まるできらきらと煌めくまんまるのお月さまに見えた。
「ゴロローッ!」
次の瞬間、ダイヤモンドがリングに舞った。
130kgの隕石が、ダイナソー目掛け情け容赦も無く降り注ぐ。
「お つ き み や ま ド ロ ッ プ !!」
てきのドローンの のしかかるこうげき!
やせいのダイナソーは めのまえが まっくらになった
・
・
・
――夢。
夢を見ていた。
空が割れた日の夢だった。
大小数多の流星群が、長い尾を引いて次々と天空から降り注ぎ、大地が砕け、世界が業火に包まれていく。
きょうりゅうポケモンたちの世界の終わりの日だ。
地上の帝王を気取っていた猛者たちが、卑小な小動物のように逃げ惑い、為す術も無く灼かれていく。
それでも、この業火の中で斃れた者は幸福であった。
その後の極寒のブリザードの中、飢えと孤独に苛まれながら、惨めな最期を遂げる事が無かったのだから……。
……なぜ、今更になってこんな記憶を思い出すのか?
恐竜王は、目の前の惨劇をはっきりと「夢」と認識し、どこか冷めた瞳で見つめていた。
そう、恐らくは、アレだ。
おつきみやまドロップ。
コーナー最上段から降って来る130kgに、彼はかつての隕石を想起した。
肉体だけでなく、その心に刻まれたトラウマまでをも抉られてしまったと言うワケ――
(そんなハズがあるかッ!!)
急速にプライドが覚醒し始める。
自分は流星群も地獄の氷河期をも乗り越えた王の中の王、キング・オブ・ダイナソーである。
きょうりゅうポケモンの辞書に感傷の二文字は無い。
早馬灯とは、追い詰められた生物が生き延びる術を記憶に求める、生存本能の証明なのだ。
ならばこの光景は、むしろ好機。
この地獄の世界の中に、あの金城鉄壁のダイヤモンドを打ち砕く秘策が隠されているのだ。
(……! そう言う事かぁ~ッ!?)
・
・
・
「見よッ! この腹筋!!」
カウント2.9!
山が動いた。
ダイナソーのマイマッスルが力強く連動する。
たちまち後背筋、腹直筋を殊更に見せつけるような雄大なブリッジが、130kgのポケモンを持ち上げフォールを切った。
『なんとォ!
これは驚きです!! 絶体絶命と思われていたキング・オブ・ダイナソー!
この窮地でおつきみやまドロップを返しましたッ!』
アナウンサーの興奮気味に叫びを上げ、会場がやにわに沸騰する。
そんな筋肉アピールをしている余裕があるなら反撃しろ、などと無粋な事を言う人間は一人としていない。
これはポケモンプロレス。
むしろ攻撃にかこつけてもっと筋肉アピールをするべきなのだ。
「ひょう!
ダイナソーのヤツ、どこにあんな余力が残っていたんじゃ!
心なしかヤツの筋肉が、ダイヤモンドに負けじと輝いているように見えるわい!」
「いや、さ、錯覚ではないぞ!
あれはまさか……、噂に聞くT.O.P.ではないのか!?」
「知っておるのかテリー!?」
「Time Of Pokemon professional wrestling.
鍛え抜かれたポケモンレスラーたちが、その肉体の極限状態において、
秘められた野生の全てを爆発させる現象だ。
我々人間で言う所の『火事場のクソ力』に相当する。
もっとも、全身の筋肉が発光するほどのT.O.P.は、さすがに私も初めて見たが……」
テリーの眉唾な解説は、果たして真実か否か。
兎にも角にも、恐竜王が臍でダイヤモンドを持ち上げていると言う状況のみが、ただ一つの事実であった。
「ヌハハハハッ! 見事なおつきみやまドロップだったぞ!
危うく滅ぼされてしまう所だったわッ!」
「ゴ、ゴロロ?」
「だが、YOUのおかげでようやく地獄を取り戻せたぞッ!!
次はYOUにも本物のデス・マッチを味わってもらおうかァーッ!」
言うが早いか、たちまちダイナソーの肉体が跳ね上がった。
ブリッジの姿勢を崩さぬまま、首と足首の筋肉をフル稼働させ宙に舞い、その自慢の腹筋でモランマを高らかと弾き飛ばす。
ラーマヤーマの中で、インドぞうを天空まで跳ね飛ばしたと綴られるインドラ橋である。
「ガオッ」
そして、浮き上ったモランマを米俵でも担ぐように右肩でキャッチした。
たちまちわっ、と歓声が沸く。
『そして、ついにここでリフトに成功。
カナディアン・バックブリーカーにモランマを捉えた恐竜王!
さあ、ここからどのような投げを打っていくのかァ~!?』
「愚かな、こちらは地上最硬度を誇るダイヤモンドポケモンなのだぞ!
マットに落とそうがコーナーにぶつけようが、ダメージなど微塵も通ろうものか!」
「ああ、認めようとも。
マイマッスルを持ってしても、ダイヤの肉体に傷を負わせるのは容易ではない……」
130kgを右肩に抱えたまま、ダイナソーはしみじみとそう呟き、次の瞬間、ふはっ、と勢い良く鼻息を吐き出した。
「だが、柔道王よ!!
肉体はとにかく精神の方は、次の一撃に耐えられるかァーッ!」
やせいのダイナソーの いわおとし!
ダンッ! と激しい衝撃がマットを軋ませた。
瞬間、信じられない事が起こった。
モランマが突如として苦悶の表情を浮かべ、マットの上をゴローンゴローンと転ったのだ。
「ゴロッ ゴロロォーッ!?」
「フハハハハ! やはりかッ」
転げ回るモランマを捕え、再びダイナソーが投げに行く。
さきほど同様、太い両腕で相手の下半身を抱え上げ、そのまま美しいアーチを描いてマットに叩きつけて行く。
やせいのダイナソーの いわおとし!
「ゴロロロォ~~~~ッ」
こうかは ばつぐんだ!
『あぁ~っとぉ!? これは一体どうした事だ!
絶対無敵と思われていたモランマが、ここに来てダイナソーの投げに苦しんでおります!』
「ええい! どうしたと言うのだモランマ!?
何の変哲もないフィッシャーマンズスープレックスに、何をそんなに怯えておるかッ」
「フハハ! 浅学な人類のために教えておこう。
この投げ技はフィッシャーマンズスープレックスなどでは無いッ!!」
今や絶対的強者へと返り咲いたダイナソーが、逃げ惑うモランマを三度捕えながら、訥々と自らの技を語り始めた。
「遡ること6500万年前。
北米大陸に我々の好敵手たるきょうりゅうポケモン、トリケラトプスと言う一族があった。
ヤツらの岩石並みに頑丈な皮膚は爪や牙を通さず、
時にはその太い角で、我々の仲間も手痛い逆襲を喰らう事すらあったものだ」
「ほく、べい……?
おいテリー、ダイナソーのヤツは何を言っとるんじゃ?」
「分からん、だが、何せ6500万年も昔の話だからな。
奴の故郷が現在のカントーちほうと異なる形をしていたとしても、何ら驚く事では無い」
ダイナソーの発言に戸惑いつつも、テリーが自分なりの推論を重ねて行く。
とにかく、今は地名の由来などどうでもよい事なのだ。
「そして、奴らトリケラの族長とのデスマッチの際に、
我々T-レックスの勇者が編み出した戦法がこれだった!
奴らの突進を利用してナイアガラの瀑布へと誘い込み、諸共に滝壷へダイブッ!!」
かつての死闘を実演するかのように、ダイナソーが再び対主を高らかと抱え上げる。
「それ以来、我々はこの形から入るスープレックスの事を、
かつての死闘の地に因み『ナイアガラバスター』と呼ぶのだァ―――ッ」
やせいのダイナソーの いわおとし!
「あ、ああ~っ!?」
瞬間、詰め掛けた観客たちの目にもはっきりと見えた。
天高く抱えられたモランマが、真っ直ぐにナイアガラの滝壷に吸い込まれて行く様を。
「そうか!
ダイヤモンドパワー攻略の秘訣は精神攻撃かッ!」
「どう言う事じゃ!? テリー!」
「あのダイナソーの、観客にまで荘厳なナイアガラをイメージさせてしまうほどの筋肉表現力ッ
あんな一撃を直に浴びせられては堪ったモノではない。
今、モランマが転がっているのはおつきみやまのマットでは無い。
彼は今、ナイアガラの滝壷に沈められたかのような、地獄の責め苦を味わっているのだ!」
「な、なるほど!
いわ/じめんタイプのゴローン種にとって、みずタイプの攻撃は悪夢の四倍殺。
どれほど硬度を上げた所で、迫りくる水の恐怖には勝てんと言うワケか。
ダイナソーのヤツめ、なんとエゲツない事を考えよるんじゃ……」
「ゴロォロォロォロオォオォ~~~~~~ォ」
おつきみやまの岩肌に、とうとうモランマの悲鳴が響き渡った。
ダイヤモンドパワーを維持できなくなり、その皮膚が赤茶けた岩石へと戻ってしまう。
「持って生まれたとくせいに頼り過ぎたなァ ダイヤモンドポケモンよッ!!
YOUはもっと心の腹筋を鍛えておくべきだったのだッ!」
やせいのダイナソーの かみくだく こうげき!
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
こうかは いまひとつのようだ
「ゴロロォ~~~」
そして、
ダイナソーの圧倒的恐竜ラッシュを前に、岩石の肉体が容赦なく削られ、抉られ、砕け散っては磨り潰されて行く。
「ゲェーッ!
ダイナソーのヤツ、なんちゅう咬合力をしとるんじゃ!?」
「そ、そう言えば聞いた事がある。
きょうりゅうポケモンの中には胃石と言って、
胃袋の中に小石を飲み込み消化の助けにしていた種がいるらしい……」
「イシツブテもまた食事の一部と言うワケか。
恐竜とはつくづく恐ろしいポケモンだのう」
「フィニィ――――ッシュ!!」
やせいのダイナソーの たたきつける こうげき!
こうかは いまひとつのようだ
ある程度、食事が終わった所で、トドメを刺しにダイナソーが動いた。
鮮やかな前宙から太い尻尾を浴びせ、そのまま対主をコーナーポストへ叩き付ける。
相変わらずいまひとつな打撃であったが、心の折れた手合いには十分な一撃であった。
続行不能を判断したレフェリーが両手を交差し、すぐさま試合終了のゴングが打ち鳴らされる。
『そして、ここでとうとう試合終了のゴングです。
恐るべきはやせいのパワー!!
キング・オブ・ダイナソー、地上最硬のダイヤモンドをも糧として、
あくまポケモン六騎士の伝説に楔を突き立てました!』
「ヌハハッ! 偏食し過ぎては良い筋肉が育たんのでなァーッ!
少々喰い足りないが、今日はこのくらいで勘弁しておいてやろうではないかッ」
「くっ」
キング・オブ・ダイナソーの岩を喰ったようなインタビューに対し、黒マントはわなわなと拳を震わせていたが、その内にキッとリングに視線を向け、今やひんしのモランマ向けて叫んだ。
「モランマよッ!
貴様それでも誇り高きあくまポケモン六騎士の端くれかーッ!?
このままむざむざと岩死にする事だけは許さんぞ―ッ」
「……むっ」
黒マントの檄に呼応して、死に体だったモランマが動いた。
見るも無残となった細い右腕を必死に伸ばし、ダイナソーの足首をすがるように握り締める。
「……ゼツメツよりも名を惜しむか? 敵ながら天晴だな。
この地上にダイヤモンドポケモンと言う種が存在した事、マイマッスルに刻んでおこう」
「ゴ、ゴロ……」
にっ、とモランマが得意の不敵な笑みを浮かべた。
たちまち恐竜王の背筋を、 ぞ く り と悪寒が走り抜けたッ!
「ガァオゥッ!?」
てきのゴローンの だいばくはつ!
―― ドワォッ!!
「「「 !? 」」」
リング中央で、突如として激しい火柱が噴き上がった。
石礫が客席にまで弾け飛び、爆音がおつきみやまを震わせる。
「ガァッ!?」
濛々と立ち昇る黒煙の中から、間一髪、ダイナソーが飛び出して来る。
そこかしこに酷い火傷を負いながらも、やせいの本能は辛うじてサヴァイブに成功した。
だが、恐竜王の肉体は爆発に耐えられても、ここまで超重量級の激突を支えて来たキャンパスは耐えられなかった。
四隅を繋いだ太い鎖がビギンと音を立てて弾け飛び、ダイナソーを乗せたリングが緩やかに降下を開始する。
「戻れッ キング!」
テリーJrが反射的に叫んだ。
しかし、肝心かなめのモンスターボールはリングの上。
ダイナソーは今や少年の手の届かぬ所に居る。
「ガァルルルオオオォオオォォ――――ッッ!!」
天を睨んだ恐竜王の雄叫びが、おつきみやまを震わせ、そして、虚しく谷底へと消えて行く。
「キングゥ――――ッ」
そして、ポケモンを呼ぶ少年の悲痛な声もまた、季節外れの谷風によって掻き消されていった。
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団体対抗戦第7試合
キング・オブ・ダイナソー(DMS)〇-✖『護牢雲』のモランマ(PMC)
試合時間:26分18秒
フィニッシュホールド:ディナーオブダイナソー(KO勝ち)