あ! やせいのダイナソーがとびだしてきた!   作:いぶりがっこ

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第五話「キング・オブ・ザ・ポケットモンスターズ」

 タマムシシティに日が落ちる。

 

 巨大な摩天楼が立ち昇るカントーのコンクリートジャングルが、黄昏の時刻を迎えつつあった。

 既に日は半ばまで落ち、ネオンの灯り出した繁華街には、不夜城の活気が溢れ始めていた。

 そんな中、都市の中心部に当たるスクランブル交差点には、どこか不安げな表情でオーロラビジョンを見上げる集団があった。

 

『全国1憶6000万のポケレスファンの皆様。

 ここタマムシシティは大変な事態となっております。

 DMS(だいもんじスープレックス)PMC(ポケモンコロシアム)の団体対抗戦第8試合は、

 いよいよ獣神武闘会のホームでの一戦を迎えようとしているのでありますが、

 開始時刻5分前となっても未だ、キング・オブ・ダイナソー選手は姿を見せません』

 

 アナウンサーの悲愴な声に、獣神(ポケモン)タワーに駆けつけたポケレスファンたちが溜息をこぼす。

 先日のおつきみやま特設リングでの一戦以来、ダイナソーが行方知れずになっているとの噂は、既にネットを通じてカントー中のファンの間に知れ渡っていた。

 だいもんじスープレックスにはもはやリザーバーを務められる選手がいない。

 彼らにとって今日の来場は、ポケモンプロレスの終焉を見届けるための儀式に過ぎなかった。

 

「ふふ、さしもの不死身の恐竜王も、あれほどの事故に巻き込まれては生還は出来ぬ、か……。

 いや、今日の試合を見に来た皆さんには、非常に残念な話ですな」

 

「事故じゃとォ!? フザけた事を抜かすなコノヤロー!」

 

「スグル、落ち着け」

 

 スクリーンに大写しとなった黒マントの言い草に、憤懣やる方ないスグルが叫ぶ。

 背後から取り押さえにかかるテリーもまた、気持ちは同じであった。

 だが、いかなる経緯があったとしても、ここまで駆けつけた観客たちに対し、納得の行くカードを用意できなかったのも事実。

 興業主として、だいもんじスープレックスの代表として果たさねばならぬ責務はあった。

 

「ふっ、残念だが、この勝負はノーコンテスト。

 選手を用意できなかった以上、事前の取り決め通り、団体のベルトを頂くとしようか?」

 

「…………」

 

 黒マントの言葉に対し、テリーは静かに怒りを噛み殺しながら、傍らのスタッフが持つ団体ベルトに目を向けた。

 

 ――と、

 

「ファーッハッハッハッハァッ!!

 待たせたなァ! 餌の諸君ッッ!!」

 

 

あ! やせいのダイナソーが とびだしてきた!

 

 

「「「 !? 」」」

 

 突如、会場に響いた不敵な笑い声に、場内の視線が一斉に動いた!

 たちまち入口よりプシューンとスモークが噴き上がり、次いで間の抜けたベルの音がチリンチリ~ンと響き始めた。

 

「ガアァアアアアァアアァァ――――ッッッ!!!」

 

 チャリで来た!

 恐竜王、僕らのキング・オブ・ダイナソーが、ピッカピカの自転車に乗ってやって来た。

 

「あ、あれは全ポケモントレーナーたちの憧れ!

 ハナダシティの1,000,000円の自転車じゃないか!」

 

「そ、そう言えば……!

 ハナダの自転車屋の親父は、昔から大のポケレスファンじゃったのう」

 

「そうか、ハナダシティのポケモンセンターでギリギリまで治療に専念し、

 その分の時間をあのチャリで短縮して来たと言うワケか!

 さすがは太古の時代を生き抜いたキング・オブ・ダイナソー。

 なんという冷静で的確な判断力なんだ!」

 

「ガアァアアアアァアアァァ――――ッッッ!!!」

 

 回す!

 回す回す回す回す回す回す回す回す!

 もっと回転数を上げろッ!!

 

 会場の大歓声を一身に浴びながら、ダイナソーが花道を駆け抜ける。

 下半身トレーニングが正直苦手な彼にとっては、乳酸もパンパンのキツイミッションではあったが、そんな事を言っている場合でもない。

 

「ガオッ!」

 

 自転車を乗り捨てた勢いでリングに飛び込み、そのままロープの下を潜り抜ける。

 時間いっぱい、かろうじて恐竜王が戦いの舞台へと躍り出た。

 

「ダイナソー! 体の方はもう大丈夫なのか!?」

 

「フフ、テリーよ、誰に物を言っているのだ?

 そこいらの軟弱なポケモンと、マイマッスルを一緒にするでないわ」

 

 フフン、と力強く鼻息を吹き出し、ダイナソーは頭上のオーロラビジョンへと視線を向けた。

 

「ヌハハ、残念だったなァ社長! 恐竜王はご覧の通り大健在である!

 マイマッスルを滅ぼすまで、ピッカピカの団体ベルトはお預けだ、頑張れッ!」

 

「ふふ、とんでもない。

 あと少しでこの大観衆を前にして、過去類を見ない放送事故になる所だったよ。

 間に合ってくれて本当にありがとう、最凶生物ポケモンよ」

 

 相変わらずの謎エールに対し、しかし画面上の黒マントは不敵な微笑で回答した。

 

「――さて恐竜王、今日の大歓声に対し、私から一つ提案がある。

 今日は我々、獣神武闘会ホームでの試合ゆえ、この獣神タワーには

『あくまポケモン六騎士』の残りメンバーを各階に一人ずつ配置してある」

 

「フフン、とうとうYOUたちも尻がヒトカゲと言うワケか。

 ようやく生存競争らしくなって来たようだなぁ!」

 

「とにかく、まあそこで、だ。

 我々の方もこれ以上、しち面倒な手続きを踏むのはゴメンだよ。

 今日はこのタワーの覇権を賭け、両チーム総力戦勝ち抜きデスマッチで、

 一気に決着をつけてしまうと言うのはどうかな!?」

 

「なっ!? なんだとッ」

 

 突然の黒マントからのルール変更の提案に対し、リングサイドのテリーが驚きの声を上げた!

 

「やいやいやいやい!

 何をいきなり都合の良い話をしとるんじゃい!

 そんなルールではウチのダイナソーは、立て続けに四連戦せねばイカンではないか!」

 

 トレーナーのスグルのもっともな指摘に呼応して、会場中にたちまちブーイングが溢れ出す。

 ダイナソーはしばし、会場の反応に耳を傾けるように瞑目していたが、その内、リングサイドのテリーをちらりと横目で見た。

 

「……社長、この話を受けるのだ」

 

「バ、バカな!? 無謀だぞダイナソー!

 進んでヤツらの仕組んだ罠の中に飛び込もうと言うのか?」

 

 テリー・ロヂャースの戸惑いに対し、ダイナソーは静かに首を振って、意外なほどに落ち着いた口調で答えた。

 

「そうではない。

 YOUにはこの無茶な提案の中に、ヤツらの焦りと驕りを嗅ぎとれぬか?」

 

「焦り……?」

 

「本来ならば、獣神武闘会にとっての最大の武器は、金と権力だ。

 この提案がご破算に終わり、順当に我々が勝ち上がったならば、ヤツらはもう手段を選ぶまい。

 ありとあらゆる手管を尽くし、今後の試合の妨害をして来る事だろう」

 

「……それは、確かに、な」

 

 ダイナソーの言葉に、テリーは未だ、ポケモンセンターで療養中の選手たちの事を思い出した。

 金と権力を握る敵の手にかかれば、ありとあらゆる悪事を合法的に行う事が出来てしまう。

 ここに来て団体が三連敗ともなれば、敵も必死になるのは明白である。

 

 先のおつきみやま特設リングで起きた『事故』

 あんな無法に幾度となく曝されては、いかな恐竜王とてゼツメツは必死ではないか?

 

「だが、ヤツらも出来れば、その手だけは打ちたくないのだ。

 たかだかポケモン一つを潰すにしてはコストが悪い、団体のイメージにも大きく傷が付く。

 多少強引な申し出だとしても、公の取り決めの下、まっとうな手段でケリを付けたい……。

 フフン! いかにも群れの中でしか生きられぬ、軟弱なポケモンの発想ではないか?」

 

「……それでこの四連戦、なのか。

 1dayマッチ、この大観衆の前でなら、ヤツらにもこれ以上のワナを用意する余裕がない。

 我々にとってもメリットのある提案と言う事なんだな」

 

 テリーはダイナソーの見解に一つ頷き、しかしすぐに不安げにリングを見上げた。

 恐竜王の逞しい大きな背中、先の火傷の跡こそ消えているが、その肉体に疲労が蓄積している事だけは疑いない。

 

「フン、マイマッスルなら心配は無用だ。

 史上最強ポケモンダイナソーは、根本的に他のポケモンとは筋肉の作りが違うのでな」

 

「バカな事を言うな。

 あれほどの死闘を潜り抜けた肉体が、無傷なハズがあるものか?」

 

「そうとも!

 フフ、この完全無欠のダイナソーが追い込まれておるわ。

 傷つき、傷み、餓え、乾き……、今はこの上ないほどのベスト・コンディションにある。

 野生においても、プロレスにおいてもだッ」

 

「…………」

 

 どこまでも不敵なダイナソーの微笑に、テリーはついに言葉を失った。

 一つだけ重要なのは、今回のPMCの提案を、ダイナソーの本能は「隙」と捉えている事だ。

 四連戦と言う細い糸の先に微かに見えた、盤上唯一の勝ち筋……。

 虚勢やヤケクソでもなく、ダイナソーは生存のための最善のルートを走ろうとしているのだ。

 

「……いいだろう。

 我々だいもんじスープレックスは、獣神武闘会の提案を真っ向から受けて立つ!」

 

 団体代表テリー・ロヂャースが高らかと宣言した。

 元よりダイナソーとDMSは運命共同体、その決断に否やはない。

 

『な、なんとォーッ!?

 ここでテリー社長から、まさかまさかのOKサインです。

 ここタマムシシティ獣神タワーは、今宵、両団体の雌雄を決する不夜城と化しました』

 

 会場中から、たちまち悲鳴にも似た歓声が沸き上がる。

 絶叫の渦に紛れるように、ぽつり、とテリーが壇上のダイナソーに囁きかける。

 

「ダイナソー。

 もしもの時はこのタオルを、ためらいなく投げ入れさせてもらうからな」

 

「フフン、心配性な事だ。

 冷や汗を拭うための布が無くなってしまうではないか?」

 

 ダイナソーは不敵に鼻で笑い、再びオーロラビジョンへ向けて大口を開いた。

 

「さあプロモーター、望み通り舞台の方は整ったようだぞ!

 早いところ餌の紹介をしてもらおう!」

 

「無論、ふふ、我々とて鬼ポケモンではない。

 苦痛を長引かせぬよう、勝負はこの初戦で決めさせてもらう」

 

 黒マントがパチン、と指を鳴らした。

 たちまち会場の照明が落とされ、対面の花道からレーザーが放たれ始めた。

 

『――ゼンキョダイキョウショウキョウコウハイ

 ソウボウチョウロクサイチョウタレツにサンカクキン――』

 

「ムム、なんだ?

 このマイマッスルが小躍りするご機嫌ソングは……?」

 

「カントーちほうで大人気のラップ『キンニク言えるかな?』だ。

 陽気なメロディに合わせ、小さなお子様でも151種類の筋肉が無理なく覚えられる定番曲。

 オリコンでも絶大な支持を集めている――」 

 

 そこまで説明した所で、事態に気が付いたテリーが一度、言葉を切った。

 

「そして、ポケモンプロレスにおいては……。

 カイリキー種のレスラーが好んで用いる入場曲でもある」

 

 

「カーッカッカッカイリキ~ッ!」

 

 

 場内に、不意に太い高笑いが響き渡った。

 精悍なゴーリキーを思わせる、実にゴーリ的な迫力漲る悪役笑いであった。

 

「あ、あれはまさかッ!

 偉大なるポケモンレスラー、カイリキー・ゴッチの子息にして、ポケモンMMA絶対王者。

 ポ界の王子!『快璃貴(カイリキー)』のプリンスではないか!?」

 

 ポケレス通を自称する観客たちが、たちまちあっ、と声を上げた。

 混乱する会場を、自信に満ちたカイリキー種の足音がずんずんと突き進む。

 

『――カ~ッカッカ言えるかな? キンニクのなまえ~』

 

 曲の終わりと共に、鮮やかにロープを飛び越え悪魔王子がリングインした。

 カイリキー種の若者には珍しいしなやかな筋肉を、恐竜王がギラリと値踏みする。

 

 たかさ 1.8m おもさ 120kg

 

 レフェリーの紹介によれば、カイリキー種の中でも身長がある半面、体重は平均より軽い。

 上半身の隆起著しい同種の中ではスマートとも言える体形だが、よくよく見れば各部位に若木のような逞しい筋肉を備えているのが分かる。

 こと大腿筋を中心とした下半身の盛り上がりは、同種の中でも抜きんでたものと言える。

 典型的なMMA系ポケモンファイターの肉体であった。

 

 ショープロレスと言う職業上、白筋の発達と適度な脂肪で打撃への抵抗力をつけるポケモンレスラーに対し、総合上がりのポケモンたちは、あくまで技術と立ち回りによって打撃を防ぐ。

 粘り強い下半身と赤筋に蓄えた持久力によって相手を倒し、そのまま寝技で勝負を付けるのだ。

 下半身のトレーニングが苦手なダイナソーは、内心忌々しげに鼻を鳴らした。

 いずれにせよ、伝説的ポケモンレスラー、カイリキー・ゴッチの子息が、ポケモンプロレスの世界と決別した事だけは間違いない。

 

「フン! ようやく本職のお出ましと言うワケか。

 MMAの持ち味、存分に堪能させてもらうとしよう」

 

「カカカカイリキー」

 

 ダイナソーの呟きが聞こえたのか、ポ界のプリンスが不敵に笑う。

 

「フフ、さあ行け、次代の伝説ポケモンよッ!

 時代遅れの恐竜プロレスに近代格闘技と言うモノを教えてやれッ」

 

「カカ!」

 

 カン! と高らかとゴングが鳴った。

 眩いスポットライトの下、超雄ポケモンが二体、向かい合う。

 

 ピクン、プリンスの指先がまず動いた。

 四本の腕の内、肩側の二本が高らかと掲げられ、向かい合うダイナソーをやんわりと挑発する。

 

 観衆からおお、とどよめきが起こる。

 手四つ、まずは開幕、ロックアップで互いの力量を推し量る。

 故、カイリキー・ゴッチが得意とした黄金パターンであった。

 

「フハ! わざわざ敵の土俵でやりあおうとは、随分と恰好をつけたものだな。

 その無謀では長生き出来ぬぞ」

 

 敵の意気に応じダイナソーもまた両手をかざした。

 睨み合いの中、太い指先がゆっくりと重なる。

 

「カカ!」

 

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 

「ウヌ!?」

 

 瞬間、プリンスが急襲した。

 肩側の二本の腕でダイナソーの諸手を握り締め、残った両手で対主の脇腹をひたすらに叩く。

 手四つ、ダイナソーは二つ、カイリキーは四つ、つまり余った二つの拳でタコ殴りにされる。

 ヤドンにも分かる算数である。

 

「ヌウゥ、敵ながら見事なふいうち……、と、言いたい所だが」

 

「カカ?」

 

「ヌッハハハハ! 愚か者めがッ!

 生物史上最強ポケモンとの上腕二等筋比べの真っ只中なのだぞッ!

 そのような注意散漫なパンチなんぞ、マイマッスルの敵ではないわッ」

 

 やせいのダイナソーの かたくなる!

 

「……カ!」

 

 ダイナソーのふっきんは ぐーんと かたくなった!

 

 不意に手応えが変わった。

 ゴローニャを丸呑みにしたガビゴンの腹でもぶっ叩いているかのような頑強な弾力に、攻めているプリンスの方が戸惑いの声を上げる。

 

「効かぬッ! 効かぬわッ!

 やせいのくまポケモンのザンレツケンにすら耐え抜いたこの腹筋に、

 素人の手打ちのパンチなんぞ通用するものか!!」

 

「カカ!!」

 

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 

 ダイナソーの両肩がみちみちと膨れ上がり、相対するプリンスを押し倒しに掛かり始めた。

 対するプリンスは連打の回転速度を上げて抵抗するも、恐竜王の腹筋を貫くには至らない。

 

「そしてェ!

 この体勢から攻撃を繰り出せるのは、YOUだけでは無いぞッ」

 

 やせいのダイナソーの かみつく こうげき!

 

「カァ!」

 

 体勢を崩した獲物目掛け、ダイナソーががばりと大顎を開いた。

 しかしさすがは総合格闘技、プリンスは打撃が無理筋と見るや、たちまち投げにシフトした。

 空いた両手をダイナソーの腰に回し、おおきくのけぞりながら噛み付きを避ける。

 この無理な体勢でも、土台となるプリンスの下半身は良く持ち堪えていた。

 攻めて来る敵の勢いを利用して豪快に裏投げに行く。

 

「ガオ!」

 

 ダイナソーもまた強引に体を捩り、脳天直撃を避けた。

 ブリッジが崩れ、両者がサイド気味にマットに落ちる。

 だが、元よりこれはダメージを与えるための投げではない。

 

「カーカカ!」

「ウム?」

 

 果たして、いち早く体勢を立て直したプリンスが、仰向けとなったダイナソーの上を取った。

 ギャラリーから歓声と悲鳴が同時に上がる。

 マウントポジション、近代ポケモン格闘技における詰みの形。

 総合格闘家は甘っちょろいポケモンレスラーのように、腹筋アピールだの引き起こしだのと呑気していない。

 

「カーカカカカカカカ!!」

 

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 てきのカイリキーの れんぞくパンチ!

 

 そして、すぐさまパウンドの雨霰が降って来た。

 四本の拳、どのようにしても防ぎきれるものではない。

 しかも強かな若き王者は、攻撃の手を緩める事無く関節に移るタイミングを狙っている。

 このまま敵が根負けするまで打ち続け、不用意な反撃に出た所を捕え、極める。

 MMAにおける黄金パターンである。

 

「グハッ! フッハハハ、や、やるではないかッ!

 ガフ! さあ もっとバリバリに打って来るが良い!!」

 

「……カカ!」

 

 為す術も無く滅多打ちにされながら、それでも恐竜王が減らず口を叩き始めた。

 このきょうりゅうポケモンと言う種の打撃に対する免疫は、呆れるほどに異常であった。

 肉食恐竜特有の頑強な頸回りの骨格は脳が揺れるのを防ぎ、分厚い面の皮は威力の浸透を阻む。

 

 本人はあまり憶えていないが、くまポケモンのメガトンパンチや、びょうにんポケモンのメガトンキック、おいろけポケモンのメガトンハイヒールなどに耐え続けた肉体は並ではない。

 打たれる覚悟を決めたダイナソーを外功で崩すのは容易な事ではないのだ。

 上に乗ったのがいもうとポケモンじゃ無かったのが幸いであった。

 

「ガオッ!」

 

 やせいのダイナソーの ひっかく こうげき!

 

 プリンスがドン引きした一瞬を突いて、ダイナソーが下から打ち返した。

 20cmプラス爪のリーチ差、とは言え今の恐竜王の肉体は、臍の上に跨るプリンスの完全な支配下にある。

 果たしてプリンスは待ってましたとばかりにダイナソーの腕を捕え、そのまま腕関節に移行しようとした。

 

「見よ! この腹筋ッ」

 

 瞬間、ダイナソーが動いた。

 プリンスが重心を移すタイミングに合わせ、鮮やかなインドラ橋でその五体を弾き飛ばした。

 総合にはない、むしろ企業的にもあり得ないマッスルコラボレーション、こんなのアリカ?

 さしもの名手もバランスを崩し、そのまま前方にごろりと転がった。

 

 歓声が会場に溢れる中、ダイナソーがゆらりと体を起こす。

 対するプリンスはまだ床の上、仰向けのまま上体を起こし、M字開脚をダイナソーに向ける。

 出遅れたワケでも降参でも無い。

 マンキー流柔術の総合参戦以降、カントー各地で見られるようになった戦形の一つである。

 

 立ち技格闘技に対する最大の防御法は、即ち立たない事にある。

 不用意に立ち上がって迂闊な打撃をもらうより、まずはグラウンドで様子を伺うと言うワケだ。

 倒れた状態は危険と言う前提を覆すエスケープは、まさにコロンブスのタマゴばくだん。

 後に世紀の大凡戦と謳われた『エビ・オコリ状態』で世間に認知されて以降、この待ちは消極行為としてペナルティが課せられるようになってはいたが、それでもなお寝技からの脱出直後にはしばしば見られる光景であった。

 

「フン、下らぬなぁ?

 YOUも所詮はやせいを捨てた口か……」

 

 一向に起き上がる気配のない相手を睥睨しながら、ダイナソーが苛立たしげに吐き捨てる。

 そしてこの近代格闘技の罠に対し、臆することなくのっしのっしと歩を進める。

 

「分からぬか?

 捕食者に対し自ら腹を曝すなど、のらポケモンにおいては服従にも等しい行為なのだ!」

 

「カカァー!」

 

 てきのカイリキーのメガトンキック!

 やせいのダイナソーの かみつく こうげき!

 

 ガッ、と衝撃が交錯した。

 同時に会場から、ひっ、と甲高い悲鳴が上がった。

 

「ぐっふふふふふぅ~」

「カカ!?」

 

 捕えていた!

 目の前に差し出されたプリンスの右脚の太腿に、恐竜王がガブリといった。

 

「グゥワァアァァオォォ―――ッ!!」

 

「~~~~~~ッッ!!??」

 

 そして、ブン投げた!!

 動きとしては体を返しての一方背負いにも近いスルーだが、掴んでいるのは腕では無く脚。

 しかもダイナソーは両手を使っていない。

 咬合力と頸、肩を中心とした上体の筋肉をフル稼働して一息にプリンスを後方へと放り投げた。

 

「カカ!?」

 

 この規格外の筋肉に対し受身が間に合ったのは、流石にかくとうポケモンの遺伝子である。

 だが、通常のグラウンドの攻防にはあり得ないプロレス。

 一瞬思考が空白となり、思わず動きが固まってしまった。

 たちまちぬっ、と太い腕が背後から迫る。

 

 やせいのダイナソーの しめつける こうげき!

 

「……!」

 

 そして、とうとうダイナソーが捕獲に成功した。

 プリンスの両腕を背後からフルネルソンに固めて押さえ付ける。

 捕まえてしまえば圧倒的な膂力の差が出る。

 両肩の二本の腕は相変わらずフリーのままだが、この体勢から背後の敵に攻撃する術は無い。

 

「フフ、カイリキ王子よ、教本通りの見事なファイトだったぞ。

 残念ながら、マイマッスルの攻略法は教科書に載っていなかったようだがなあ!」

 

「カ!」

 

「こちらはこの後の試合も立て込んでいるのでな、ここらで締めにさせてもらおう!」

 

 

 やせいのダイナソーの はねる こうげき!

 

 言うが早いか、ダイナソーがフィニッシュムーヴに移った。

 ダブルアームスピンの要領で回転を加えながら、一陣の竜巻と化して上空に跳び上がる。

 

『で、で、出たァ―――ッッ!!

 この高さはキング・オブ・ダイナソーの十八番、ゼツメツハリケーンの体勢であります!

 ダイナソー、早くもここで勝負を決しようと言うのかァ――ッ!?』

 

「さあ、行くぞプリンスよ!

 その賢いオツムをマットで叩き割ってやる!!」

 

 遥か上空へ飛んだ二頭の行方を、固唾を呑んで一同が見守る。

 そんな中、モニターごしに試合を見つめる黒マントは、相変わらず余裕に満ちた笑顔であった。

 

「フフ、とうとう舞台は整ったぞ!

 さあプリンスよ、その石頭に本物のバスター合戦というものを教えてやれッ!」

 

「カーカカカ」

 

 てきの カイリキーの かぜおこし!

 

 必殺技がいよいよ降下に入ろうかと言う刹那、プリンスが奇妙な動きを見せた。

 空いた両手を地面に向け、大きな円を描くように振るったのだ。

 力強いスイングがつむじ風となり、やがて落下地点に小型の竜巻を作り出した。

 

「な、なんじゃあ? プリンスのヤツ?

 あれでは自分の作った竜巻の中に突っ込むぞ!?

 完全に自爆では無いか!」

 

「い、いや……、違う!?」

 

 突如、テリーが愕然と顔を上げた。

 果たして、竜巻の中に突入した直後、もつれ合う二頭の動きが緩慢なものに変わり始めた。

 

「グヌッ!? こ、これは……!」

 

「ダディ!? 一体何が起こっているの!」

 

「相殺だッ!

 時計回りに回転するダイナソーに対し、反時計回りの竜巻の気流をぶつける事によって、

 プリンスはゼツメツハリケーンの回転力を殺しているのだ。

 し、しかも発生した上昇気流で落下速度まで減じて……。

 あれでは必殺たり得ない! 単なるデスバレーボムに過ぎん!!」

 

「カーッカッカッカッ!」

 

 ――ピタッ!

 

 瞬間、空気が凍り付いた。

 予期していた振動も、マットを揺らす反響も無かった。

 プリンスの技巧が、太古の恐竜パワーを完全に封じ切ったのだ。

 静寂のリングの上で、ダイナソーを背に抱えたまま、プリンスが鮮やかな倒立で衝撃を受けきっていた。

 

『な、何と言う光景でありましょうか!?

 ゼツメツハリケーン破れたり!

 ポ界のプリンス、その悪魔的超美技によって、恐竜王の暴力を受け切りましたァー!』

 

「フハハ! 愚かな恐竜王に教えてやろう。

 故、カイリキー・ゴッチはバスター合戦を誰よりも得意としたポケモンレスラー。

 日進月歩のバスター合戦の世界において、

 6500万年前の奥義なんぞ過去の技と知るがよいッ!」

 

「バ、バカな……、グォ!?」

 

 己が必殺技を破られた屈辱に、さしもの恐竜王も精神的動揺を来した一瞬を捕えられた。

 カイリキー種の逞しい筋肉が膨れ上がる。

 天地逆転したダイナソーの頭部を左肩に担ぎ、肩口の二本の腕は股裂きにした両腿に、脇腹の二本の腕は相手の肩から腋にかけてロックする。

 

「カーッカッカッカイリキーッ!」

 

 そして高らかとリフトする。

 その雄大な姿にたちまち会場中に電撃が走り抜けた。

 

「ゲェ―ッ!?

 あの体勢はまさか、ゴッチ48の殺ポケ技の一つ『カイリキバスター』ではないか!?」

 

「別名、五所蹂躙絡み。

 落下の衝撃で首折り、股裂き、背骨折りを同時に極める豪快かつ高等な必殺技。

 あ、あの天才は、伝説的ポケモンレスラーの奥義までをモノにしたと言うのか!?」

 

「奥義だと……、ふふん、笑わせるな!

 プリンス、貴様の真必殺技(フェイバリットホールド)を披露してやるが良いッ!!」

 

「カーッカカカ!」

 

 

 やせいのカイリキーの かいりき!

 

 

 高笑いを一つ残し、次の瞬間、プリンスが高らかと大地を蹴った。

 遥か頭上に跳んだ二人を見上げ、観衆が絶望的な悲鳴を上げる。

 

「聞こえておるかダイナソーッ! 体を返せ、6を9に引っくり返すんじゃ!

 そうすればあべこべにバスターを仕掛ける形になる。

 お前さんの恐竜パワーならそれが出来る!」

 

「ムッ、そ、そうか、よしッ!」

 

 地上のスグルのアドバイスを受け、すぐさまダイナソーがバスター返しに打って出る。

 が……、ダメ!

 

「イ、イカン!?

 両手両足の関節を、四本の腕に完全に極められてしまっている!

 これでは身動きが取れーんッ!?」

 

「な、なんじゃとォ―――ッ!?」

 

「そ、そうか……、そのための総合格闘技。

 プリンスがプロレスから転向したのは、父親の生み出した必殺技を完成させるため……!

 脱出不能な新バスターのフォームを模索するためであったと言う事か!」

 

「その通り!

 プリンスが仕掛けているあの技は、もはや過去のカイリキバスターではない!

 この一撃は、未来に賭け昇る栄光の――」

 

「カカ!」

 

 

 プ リ ン ス バ ス タ ー !!

 

 

 ドゥッ! と激しい振動がマットを震わせた。

 ダイナソーの全身の関節が悲鳴を上げる。

 一拍遅れ、ビリビリとした衝撃波が観客たちの全身を叩いた。

 

 リング中央。

 砂煙の中、まるで前衛芸術のように静止した二体のポケモン。

 誰ひとりとして声を上げる事は出来なかった。

 

 偉大なるグレートチャンプ、カイリキー・ゴッチの更に上を行く真必殺技。

 ポケレスファンたちはその技の威力を、長い歴史で以って理解している。

 ぐったりと活力を失った恐竜王の肉体を、プリンスがゆっくりと後方に投げ捨てる。

 

 決着は付いた。

 この必殺技の後にはもう、ピンフォールもテンカウントも必要ない。

 

「ここまでか、すまない、ダイナソー」

 

 テリーが呟き、肩に掛けたタオルをぐっ、と握り直した。

 いずれレフェリーが両手を交差するであろうが、今は早くあの恩人を救出せねばならない。 

 

「いやっ! ま、待つんじゃテリー!?

 ダイナソーのヤツが立ち上がりよるぞ!」

 

「!?」

 

 間一髪、投げかけたタオルの裾を傍らのスグルがはっしと掴んだ。

 会場から驚きの声が上がる中、ぶるぶると痙攣する両脚を押さえつけ、ダイナソーが必死に体を起こす。

 

「バ、バカな!?

 近代格闘技の完成品とも言うべきプリンスバスターを浴びて立ち上がるだとォ!」

 

「カカ!?」

 

 驚き振り向くプリンスの顔にも同様が走る。

 ゴングが鳴るまでは攻め続けるべき総合格闘家が、呆然と動きを止めてしまった。

 プリンスバスターとはそれだけの必殺技であったのだ。

 

 やせいのダイナソーの ゆびをふる!

 いかにも重そうな頭部を振って、ダイナソーが荒い息を吐き出して嘯いた。

 

「ヌ……、フフ、何と言う事は無い。

 撃杓の瞬間、すんでの所で技の沸点を外してやったのだ」

 

「技の沸点? どういう事だダイナソー!?」

 

「わ……、わからん、私自身にもさっぱり分からん」

 

 質問に答えるダイナソーの言葉は、明らかにどうかしているものであった。

 あるいは彼の魂は未だ、この瞬間にも三途の半ばにいたのかもしれない。

 

「分からんが、一つだけ確かな事がある。

 それは、マイマッスルが完全にヤツの必殺技を打ち破ったという事だァ――ッ!?」

 

「カ―!?」

 

「ヌッハハハ! プリンスバスター破れたりィ!

 残念だったなァ二代目、YOUの名を冠した取って置きは、もはや必殺でも何でもないのだ!

 悔しいか? 悔しかろう!? YOUのマッスルも泣いているぞォー!」

 

 やせいのダイナソーの ほえる こうげき!

 ふらふらとリング上を夢遊病者のように彷徨いながら、口だけは達者に捲し立てる。

 その危うい仕草に、むしろ味方のリングサイドから罵声が飛ぶ。

 

「ええい、何が破れたりじゃあ!?

 足が千鳥になっとるではないかァーッ!?」

 

「いいから逃げろダイナソー!

 このままでは本当に殺されてしまうぞ!?」

 

「逃げろだとォ! バカを言うな!?

 このまま空手でリングを降りては、この新鋭に遅かれ早かれゼツメツさせられてしまうわッ!」

 

 やせいのダイナソーは いうことをきいていない!

 腰を落として大地を踏み締め、いまだ呆然としているプリンスをギロリと睨み据える。

 

「さあ! どうしたプリンス、大チャンスであるぞ?

 失った牙を取り戻したくば、今一度プリンスバスターで来るが良い!

 今度こそYOUの必殺技を完全に粉砕し、餌と捕食者の違いを知らしめてやるわッ!!」

 

「カァ――ッッ!!」

 

 てきのプリンスの ふきとばし!

 

 再三の挑発に、堪らずプリンスが動いた。

 四本の腕を旋回させ、先ほどの倍の規模の旋風をダイナソーめがけ叩きつける。

 痛烈な竜巻地獄をモロに受け、120kgもの筋肉が木の葉のように上空へと飛んだ。

 

「カーカカカカイリキー!」

 

 合わせて、プリンスが大地を蹴った。

 スポットライトを全身で浴びながら、空中で敵の四肢を次々と固めていく。

 組み合いでも、打撃からでも、敵が離れていてもセットに移れるのが完全なる必殺技。

 ポ界のプリンスが、その真骨頂をあまねくカントー中に知らしめようとしていた。

 

「キングウゥウゥゥ―――――ッッ!!」

 

 テリーJrの悲痛な叫びが響く中、ダイナソーは自身の状況を酷く冷静に見つめていた。

 ここまでは概ね計算通り。

 全身の筋肉に負担を強いる大技の連発は、仕手であるプリンスの肉体にもさぞ応えるであろう。

 ここで絶対の必殺技を返せたならば、もう一度天秤をひっくり返す事も可能である。

 

 問題は、如何にして返すか?

 

 先ほどの一撃から生還できたのは、偶然でもなければタフネスでもない。

 ダイナソーの中の野生の本能が、この完全無欠の型の欠陥を見抜き、技の沸点を外したからだ……、とダイナソー本人は確信している。

 その急所はどこか?

 極められていない箇所がある筈である、自由になる部位が。

 腕か? 脚か? 腰か?

 

 あるいは……。

 

「――! こ、これかあァ――ッ」

 

 

 やせいのダイナソーの わるあがき!

 

 

 グン! と不意に落下が止まった。

 まるで見えざるゴースのかなしばりでも浴びたかのように。

 はるか上空で動きを止めた巨漢二人を、観客たちが呆然と見上げる。

 

 受け手であるダイナソーが何かを仕掛けたのは間違いない。

 だが、彼の両手両足はガチリと押さえつけられたままである。

 ねんりきか?

 あるいはまた我々ポケレスファンの知らぬ、太古のリング由来の秘奥なのか?

 

「い、いや違う! アレを見ろ!」

 

 ようやく事態に気が付いたテリーが上空を指し示す。

 そう、ダイナソーの肉体で極められていない部位が一つだけあったのだ。

 

 それは、しっぽ!

 ドラゴンポケモン特有の太い尾が、遥か上空のTV中継台に絡み付いて、二頭の体を宙吊りにしていたのだ。

 

『あぁーっとォ! これはダイナソーの頭脳プレイ。

 フリーになったしっぽを巧みに絡め、必殺技の遂行を妨害しました!』

 

「フハハ! 欲張りすぎたな獣神武闘会!!

 よもやホームのゴージャスな放映設備が仇になろうとはなッ!」

 

「くっ、黙れ、まだ技の形は崩れておらんわッ!

 プリンスよ、ダイナソーのしっぽを振り解いて、そのままバスターを決めてしまえッ!!」

 

「カカッ」

 

 黒マントの指示を受け、我に返ったプリンスが必死に体を揺すり始めた。

 1/4トンの重量に中継台が軋みを上げ、さしもの強靭な尾もズルズルと滑り始める。

 その段になってもダイナソーはどこか余裕のある笑みで会場を見下ろしていた。

 

「ふふん、どうしたと言うのだプリンスよ。

 随分と焦っているようだなァ?」

 

「カッ、カァッ!!」

 

「そんなに必死こいて体を揺すっては……。

 この体勢唯一の急所である、首のフックが外れてしまうではないかァ―――ッッ!?」

 

「……!」

 

 

 やせいのダイナソーの かみくだく!

 

 

「カァ――ッ!!??」

 

 

 がぶり。

 不意に甲高い悲鳴が上空に響き渡った。

 プリンスの意識が上に行った瞬間、ダイナソーはずぼりと首のフックを外し、そのまま右肩に深々と咬みついたのだ。

 同時にしっぽが滑り抜け、両雄がもつれあいながらマットに落ちる。

 バン、とマットを叩く振動が反響し、フィニッシュムーヴの失敗を知らしめる。

 

『や、やりましたッ!?

 おそるべし野生! キング・オブ・ダイナソー!

 完全と思われていたプリンスバスターの体勢から脱出いたしましたァー!』

 

 割れんばかりの歓声が会場に反響していた。

 興奮の中、両雄が諸手を突いて必死に体を起こし始める。

 

「やった!

 ハハ、見たかテリーよ! ダイナソーの奴が本当に返しおったぞ!」

 

「いや! まだだッ

 肉体に蓄積したダメージはダイナソーの方が遥かに大きい。

 次の攻防を凌がねば、そのまま一息に極められてしまうぞ!」

 

「カカァ―ッ!」

 

 てきのカイリキーの とっしん!

 

 はたして、いち早く立て直したプリンスが、渾身の低空タックルを繰り出して来た。

 いかにもプロレス的なバスター合戦からの鮮やかな転身。

 疲労の色濃く残るダイナソーには捌ききれない攻撃……、の、ハズだった。

 

「……カ?」

 

 喰い止められた。

 近代格闘技最大の技巧が、恐竜王の信じがたい膂力を前に。

 

「……凌げぬ、と思ったのか?

 6500万年前、サイホーンやケンタロスを超える大型四足獣と、

 年がら年中、押し相撲をやっていたマイマッスルが、

 たかだか二十年そこらの技巧に後れを取るとでも?」

 

「~~~ッ!」

 

「ヌハッ!

 総合格闘技の看板が驕りとなってしまったようだなァ!

 この世界でただ一つ、野生こそが唯一無二の総合(リアル)なのだッ!!」

 

 やせいのダイナソーの かぜおこし!

 

 言うが早いか、再びダイナソーが動き始めた。

 プリンスの体をリバース・フルネルソンに固め、そのままスピン・ダブルアームに移行する。

 逞しい肉体が金色に輝き、やがて恐竜王を中心として再び竜巻が発生する。

 

「T.O.P.だ!

 ダイナソーのヤツ、次の一撃で勝負を決めるつもりだぞッ!」

 

「しゃらくさいッ!!

 ゼツメツハリケーンはもはや過去の技ッ 何度やっても同じ事よッ!」

 

「その通りッ!

 YOUに破られた事により、マイ必殺技(フェイバリット・ホールド)は今、新たな進化を迎えようとしているのだ!

 感謝するぞプリンス! YOUは今世紀稀にみるディナーであったわッ!」

 

 

 やせいのダイナソーの スピードスター!

 

 

「スウゥ――――パァアアァァ――――――――ッッ!!!!」

 

 恐竜王の大絶叫が、館内全体をビリビリと震わせる。

 油断なくリバースを狙っていたプリンスも、その凄まじいばかりの速度と高さに戦慄した。

 この技はどこまで昇っていくのか?

 返しの竜巻地獄をしくじれば、即ち、死――!

 

「ゼツメツハリケエェエエェェ―――――――ンッッ!!!!」

 

「カァッ!!??」

 

 やせいのダイナソーの たたきつけるこうげき!

 

 地上のマットの遠さに気を取られた刹那、衝撃は頭上から来た。

 加速するダイナソーの真の狙いは、バスターを頭上で決める事。

 中継台のえらく高級そうなカメラに顔面が叩き付けられ、ガシャリとモニターに亀裂が走る。

 

「マァアアァ――――ックスッ!!」

 

 そして、圧し折れた中継台諸共に落下が始まった。

 完全に不意を突かれたプリンスに、反攻の余地は残っていなかった。

 

 

 ―― ド ワ オ ッ!!

 

 

 直後、爆音にマットが揺れ、凄まじいばかりの粉塵が舞い上がった。

 ビリビリと振動が会場を震わせる。

 崩れ落ちたセットの中、やがて煙は晴れ、悠然と立ち上がる恐竜王と、半ばまでマットに突き立つプリンス姿が現れた。

 

『き、決まったァ――――ッッ!!

 恐竜王キング・オブ・ダイナソー、天地逆転という奇想天外な発想により。

 四連戦の初戦、プリンスとのバスター合戦を制しましたァ!!」

 

 実況の叫びに観衆が呼応し、けたたましくゴングが打ち鳴らされる。

 ダイナソーは一つ溜息を吐き出し、足元のプリンスに視線を向けた。

 

「……プリンスよ、この世に完全なる必殺技などありはせぬぞ。

 完全を目指し進化する肉体があるのみなのだ。

 ここでゼツメツしたくなくば、死ぬ気で這い上がって来るのだな」

 

 そう独り言のように呟いて、すぐさまダイナソーは頭上のオーロラビジョンへと視線を向けた。

 

「さあ社長、まずは一人目を頂かせてもらったぞ!

 ここから先、もっともっとマイマッスルを喜ばせてくれるのであろうなァ!」

 

「やかましい! おのれダイナソーッ!

 そのセットいくらしたと思っているのだッ!?」

 

「ヌハハハハ! そう怒るな。

 この修理費はYOUたちの団体ベルトを質草にして弁償しようではないか!」

 

「んんんんー、許るさーん!! 私の楽しみを邪魔しおって!!

 とっとと上がって来い、恐竜王よッ!

 貴様には望みどおり、次の階で地獄を見せてくれるわッ」

 

「おう! やらいでか!」

 

 モニター上の黒マントの激昂に合わせ、上階へと続くシャッターが開かれた。

 たちまち次の獲物を求め、ダイナソーがでんこうせっかの牙と化した。

 

 

 一方その頃。

 獣神タワー二階のリングサイドには、このカントーちほうには珍しいオープンカーが到着した所であった。

 薄闇の中、大きな左ハンドルの運転席で、一羽の巨大なポケモンが体を揺する。

 並みのポケモンを遥かに凌ぐ2m近い長身に、大仰な毛皮のガウンから覗く、とりポケモン特有のミチミチと発達した太いハト胸。

 おそらくは空を飛ぶために発達した筋肉ではない。

 大きすぎる体躯は空を往くポケモンにとってはハンデとなる。

 空を捨て、その拳骨で地上に住処を開くために作り上げられた肉体である。

 

「ここがタマムシシティけえ……」

 

 画面上のダイナソーの咆哮を意にも介さず、男は金色の鶏冠を揺すって夜景へと目を向けた。

 とりポケモンでありながら流暢に人間の言葉を口にし、空も飛ばずに高級外車を乗り回す。

 明らかな異形、異端種である。

 色違いポケモンだの目では無い。

 退屈そうな瞳の中に、狂気の色が微かに走る。

 

「なんともチンケな(シティ)だのう!!」

 

 苛立ちをぶつけるように男が言った。

 嘴の端に残忍な笑みが吊り上がる。

 その凄まじい笑みだけで、警察からポケモントレーナー、果ては同業者のロケットだんまで震え上がらせた雄ポケモンである。

 

 

(オニ)ドリル』のヤマザキ。

 

 

 カントーちほうの裏街道に生きる闇のブローカー。

 彼もまた、翼の生えた一匹の餓狼ポケモンであった……。

 

 

 

 

 団体対抗戦第8試合

 

 キング・オブ・ダイナソー(DMS)〇-✖『快璃貴(カイリキー)』のプリンス(PMC)

 

 試合時間:22分35秒

 フィニッシュホールド:スーパーゼツメツハリケーン(KO勝ち)

 

 

 

 

 

 

 

 

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