あ! やせいのダイナソーがとびだしてきた!   作:いぶりがっこ

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第六話「ダイナソーの ようすが……!」

「不死身で行くぞーッ!」

 

 あ! やせいのダイナソーが とびだしてきた!

 

 獣神タワー二階の門扉をドワオと突き破り、血気盛んな恐竜王がスクリーンに大映しになる。

 同時に室内がライトアップし、観客たちが一斉に声援を送る。

 

「フン!

 まさかこのご時勢に、太古の『ゼツメツ遊戯』をやるハメになるとはな。

 獣神武闘会(ポケモンコロシアム)も随分と凝った趣向を組んだものよ」

 

 のっしのっしと花道を進み、我が物顔でリング中央に躍り出る。

 そうして対面リング下の高級外車を見下ろして鼻を鳴らす。

 

「YOUがこの階の番犬か?

 一階を守る悪魔王子はマイマッスルの軍門に下ったぞ。

 とっとと出てきて吠えたてて見せろ」

 

「チッ!」

 

 居丈高なダイナソーの物言いに、車中の男が苛立たしげに体を起こした。

 網膜に刺さる強力なスポットライトの光を忌々しげに睨み据える。

 

 あ! やせいのオニドリルが とびだしてきた!

 

 毛皮のガウンを脱ぎ捨て悠々とリングインするポケモンの姿に、思わず観衆は息を呑んだ。

 デカイ。

 流石に2mを超す恐竜王とは比較出来ないが、それでも190はあろうかと言う長身である。

 とりポケモン特有の鳩胸を殊更にいからせ、悠然と肩で風を切って歩く淀みない姿。

 既存のとりポケの枠に収まりきらぬ凄い男だ。

 頭部には単なる色違いとは異なる、明らかに自分で染めたであろう金色の鶏冠を戦がせている。

 

「ふふ、改めて紹介させてもらおう。

 獣神タワー二階を守護するのは、獣神武闘会に突如として現れた超A級喧嘩士。

(オニ)ドリル』のヤマザキだッ!」

 

 黒マントのアナウンスに、会場の一部がざわりと震えた。

 表の格闘界に知られた名前では無い。

 

『鬼ドリル』のヤマザキ。

 港町、クチバシティのアンダーグラウンドエリア一帯を取り仕切る顔役の異名である。

 仲間とつるまず、子飼いのポケモンすら持たぬ一匹狼でありながら、矢鱈滅多ら喧嘩が強く、時にロケットだんの幹部相手にもゴロを巻く狂犬。

 モンスターボールを繰り出す暇もなく前歯を叩き折られた者。

 自らが繰り出したベトベトンの海に沈められた者。

 その凄惨極まる武勇伝から『売人』転じて『闇の壊し屋(ブローカー)』と呼ばれる危険人物、もといポケモンであった。

 

「ヤツじゃ!?

 ダイナソー! そいつがだいもんじスープレックスを襲った犯人じゃあ!」

 

 不意にリングサイドに駆けつけたスグルが叫んだ。

 要領を得ない言葉を引継ぎ、後から現れたテリー・ロヂャースが重い口を開く。

 

「数週間前、相次いで謎の襲撃を受けたウチのポケモンたちの体には、

 いずれも鋭いクチバシを深々と抉り込まれたような傷痕が刻まれていた。

 犯人はとりポケモン、それもかなり大型のオニドリル種の仕業である事は間違いない」

 

「ほう、なるほど、そういう事情であったか」

 

 テリーの言にダイナソーが口端を吊り上げビジョンを見やる。

 対し、黒マントは大袈裟に肩を竦めていかにも白々しく嘯いた。

 

「やれやれ、妙な言いがかりはよしてほしいものだな。

 オニスズメなんぞ、このカントーではそこらの草むらに分布するありふれたポケモン。

 それではウチのヤマザキがやったと言う証拠にはならんだろう?」

 

「フン、違いないな。

 もっとも、とりポケモンは基本的に総じて鳥目。

 暗い夜道でふいうちをかけられるような闇の住人ともなれば……?」

 

「一々かったりいんだよォ、テメーらは」

 

 如何にも退屈そうに首を鳴らし、ヤマザキが僅かに狂気の宿る瞳をダイナソーに向ける。

 何の気も無く大欠伸した次の瞬間には、抜き身の匕首でも飛んで来かねない危うい瞳であった。

 

「なあ、トカゲ野郎。

 ポケモンレスラーってヤツは地上最強が謳い文句だろォが?

 だったら台本(ブック)無しで戦えねえ三下は、どこぞの路上でくたばっちまっても文句は言えねえぜ」

 

「ヌハ! なるほどな。

 ならば迂闊に我々のマットに上がってしまった壊し屋とやらも、

 今宵ゼツメツしてしまったとて文句は言えんというワケだ!」

 

「雑魚が……、すぐにその口塞いでやるよ」

 

 ビリビリとでんきショックがマットを走り抜け、会場に常ならぬ緊張感が溢れ出す。

 くるり、と肩をいからせヤマザキが自陣へ引き返す。

 開戦の気配を肌で感じながら、ダイナソーもまたコーナーポストへ――

 

「こぉんのォ! 素人(アマチュア)がアァ―――ッッ!!」

 

 あ! やせいのコクーンが とびだしてきた!

 

「!?」

「くたばんなァ!!」

 

 やせいのオニドリルの たたきつける こうげき!

 

 ガツン!!

 

 強烈な一撃が火を噴いた。

 ダイナソーが背を向けた瞬間、ヤマザキはたまたまリングサイドにいたコクーンを高らかと振り被り、その後頭部めがけて躊躇いなく打ち下していた。

 

「グオォッ!?」

 

 さしもの石頭のダイナソーを目から火花が飛び出し、グラリと大地が傾く。

 千載一遇の好機を逃すハズもなく、一気呵成に畳みかける。

 手にしたコクーンもドンドンかたくなっていく。

 

「ヒャーッハハハッ!

 どうだ? どうだッ くたばっちまえやこの野郎!」

 

「グオオーッ!?」

 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 やせいのオニドリルの たたきつける!

 やせいのコクーンの かたくなる! 

 

 昏倒する恐竜王めがけ、カチコチの鈍器と化したコクーンを何度も何度も叩き付ける。

 プロレスルールを無視した苛烈な急襲に、たちまち会場中からブーイングが上がる。

 

「クソッ!

 あんのとりポケ野郎、案の定仕掛けてきおったぞッ!?」

 

「審判、何をしている!?

 早く反則を取れ!」

 

 リングサイドに駆け寄ったテリーたちがすぐさま声を上げるも、暴力の嵐は鳴りやまない。

 それもそのハズ、今日の試合のジャッジを務めるハズだったのは、ヤマザキの手の中でカチコチになっているコクーンであった。

 

「ガアァアアオオォオォ――――ッッ!!」

 

 やせいのダイナソーの いかり!

 

 アドレナリンに火が点いた。

 ヤマザキが得物を振り上げるタイミングに合わせ、恐竜王が真下から胸板を引き裂きに行く。

 

「……とォ」

 

 やせいのオニドリルの けたぐり!

 

「グォ!?」

「へへ……、こっちだぜぇ!」

 

 しかしヤマザキもさる者。

 迫りくる鼻先を足蹴にしながら爪をかわし、コクーンを打ち捨てリング中央へと逃れる。

 

「ウヌ?」

 

 次の瞬間、おもむろにヤマザキが奇妙な動きを見せた。

 上体を折って前かがみになり、マットスレスレまでだらりと下げた右の翼を、まるで振り子のように緩やかに揺すり始めた。

 

「どうしたぁトカゲ野郎? かかって来いよ」

 

 一瞬、いかりを忘れ動きを止めたダイナソーに対し、ヤマザキが真っ赤な舌をチロリと見せる。

 その挑発を見た後でも、恐竜王は容易には動き出せなかった。

 ダイナソーの中の本能的な何かが、彼の筋肉を縫い止めていた。

 だが、動くべき場面である。

 本能に背き、ダイナソーがわずかに半歩間合いを詰め――

 

「シャアぁアァァ―――――ッッ!!」

 

 やせいのオニドリルの つばさでうつ こうげき!

 

「ガァッ!?」

 

 パン! とリング上で空気の爆ぜるような乾いた音が響き渡った。

 ダイナソーの顎が跳ね上がり、視界が一瞬、閃光に染まった。

 

(飛び道具!?)

 

 思いもよらぬ距離から速射砲をマトモに受け、ダイナソーは瞬時に銃器の可能性を疑った。

 だが違う。

 この激痛は、肉体よりもむしろ精神に来た。

 何かが引っ掛かっている。

 泥沼のような意識の中から、何やら途轍もない物が引きずり出されようとしている。

 

「いくぞ……、いくぞ……、いくぞ……!」

 

 やせいのオニドリルの つばさでうつ つばさでうつ つばさでうつ こうげき! 

 

 パン! パン! パン! と爆竹でも打ち鳴らしたかのような破裂音が立て続けに響いた。

 謎の打撃の正体を垣間見たギャラリーが驚きの声を上げる。

 

 いや……、厳密には()()()()()()

 右の肩から先が消えてしまったかと錯覚するほどの超高速のスウィングが、遥か間合いの外にあるかに見えたダイナソーの顔面を的確に叩きつけていたのだ。

 観客に捉えられたのは中空を唸る蛇のような翼の残像に、一拍遅れた打撃音と共に爆ぜるダイナソーの顔面のみであった。

 

「な、なんだコレは……?

 一見、右の変則ジャブ、それもデトロイトスタイルのエビワラー種が用いる、

 フリッカージャブに近いように見えるが……」

 

「フリッカージャブじゃとォ!?

 バカを言うなテリー、そんな手打ちのパンチであのダイナソーが押し返されるものか?」

 

 傍らのテリーの呟きを、頭を振ってスグルが否定する。

 フリッカージャブ。

 ポケモンボクシングにおける変則的なジャブの一種類である。

 近代格闘技最速の攻撃と謳われるジャブは、投げ、蹴りを封じたエビワラー種のポケモンボクサーが得意とする攻撃と言える。

 

「左を制したポケモンが世界を制する」と言うWPBC会長の格言がある。

 ポケモンボクシングにおいて、間合いを測り、攻撃のリズムを掴むための基本的な技術。

 それがプロクラスの試合ともなれば、エビワラーのでんこうせっかと揶揄されるような高速の攻防が展開されるのである。

 特に左肩を前に半身をとった姿勢から、肩、肘口のしなりを活かして放たれるパンチはフリッカージャブと呼ばれ、速度、リーチ共に通常のジャブを上回る速射砲のスタイルとして、数多のかくとうポケモンたちから恐れられている。

 

「シャアぁアァァ―――――ッッ!!」 

 

 だが、いかにパンチ技術に特化したポケモンボクシングの世界であっても、リング中央から微動だにせず、コーナーの相手を滅多打ちに出来る技など存在するハズがない!

 スグルの否定はもっともである。

 スピード、リーチ、そして威力。

 ヤマザキの右拳はフリッカーと呼ぶには、あまりにもケタが違い過ぎた。

 

 暴虐の嵐が吹き荒れる。

 元来、ハンドスピードを重視するジャブ系のパンチは、それゆえに体重を乗せ辛い。

 階級に守られた試合ならとにかく、重量級相手ではその足を止められる程の武器足り得ない。

 だが今、ヤマザキの放つ暴虐の翼は鞭のしなやかさとハンマーの重さを両立していた。

 遥か間合いの大外から、変幻自在の蛇のようにのたうつ牙が飛んで来る。

 不死身の筋肉と堅牢な皮膚を持ったダイナソーが、翼一本を相手にコーナーから脱出する事も叶わない。

 

「見ろ、何じゃあの関節の働きを無視したような滅茶苦茶なパンチの軌道は?

 桁違いのタフネスを誇るダイナソーを片手で封じるなど、そんなジャブがあって堪るか!

 とりポケモンの翼の長さを考慮したとしても、あのリーチはありえん!」

 

「関節の働きを……?

 いや、まさか、そう言う事なのか?」

 

 ハッ、とテリーが顔を上げ、まじまじとリング上を睨み据える。

 目にも留まらぬ蛇拳の軌道を追い駆け、たらり、と一筋の汗が零れ落ちる。

 

「……それだよスグル。

 ヤマザキのヤツは自ら右腕の関節を外し、翼の軌道を変えているんだ。  

 関節をハズした分だけリーチを伸ばし、遠心力を乗せたスイングを叩きつけているんだ」

 

「な、なんじゃとォ!?

 バカな、そんな事をしては……!」

 

「関節には外れグセが付く。

 もはや、あの翼でそらをとぶのは不可能だろうな。

 あれは空を捨て、地上で生き残る道を選んだヤマザキだからこそできる必殺技なんだ」

 

「蛇のように大地をのたうつとりポケモン。

 そ、それが、闇の壊し屋の正体と言うワケか」

 

 ごくり、と固唾を呑んでスグルがリングを見上げる。

 観衆の罵声もいつしか止み、凄惨な空気が会場を支配しつつあった。

 

弱い(ヨーサン)……」

 

 コーナーに磔となった恐竜王を見下ろすヤマザキの目に、はっきりと狂気の色が浮き上る。

 

「……ハッ、ヒャハーハハッハァ! ザマァ無えなあ恐竜王ッ!

 テメェごときケダモノを躾けるには、右一本で十分だぜェッ!!」

 

「ウヌッ グ! ヌガッ!」

 

 未だかつてない猛打を前に、ヤマザキの悪態に反攻も叶わずダイナソーが片膝を突く。

 パァン、パァンと無敵の肉体が爆ぜ、裂けた皮膚から鮮血が溢れる。

 だが、ダメージは肉体よりもむしろ精神に来ていた。

 

 やせいのダイナソーの いかりのボルテージが あがっていく!

 

 体が爆ぜる度に、規格外の心臓から大量の血が圧送される。

 燃え滾る血液は全身を駆け巡って細胞を灼き、全身の筋肉を爆発寸前のマグマへと変えて行く。

 

 やせいのダイナソーの いかりのボルテージが あがっていく!

 

 どくり。

 激情が溢れる。

 あのヤマザキの人を喰ったような再三に渡る悪態に、ではない。

 ルールを無視した卑劣な残虐ファイトの数々に、でもない。

 拳一つに為す術も無く打ちのめされている、己自身の不甲斐なさに、でもない。

 

(フリッカー……ジャブ)

 

 やせいのダイナソーの いかりのボルテージが あがっていく!

 

 似ている。

 近代ボクシング最速の一打、見えざる拳、変則的な軌道――!

 

 どくり。

 

 ヤツの拳を浴びる毎に、腹の底からベトベトンのようなドス黒い憎悪が湧いて来る。

 この胸を破るような激情が何処から来るものなのか、彼は知らない。

 だが、脳髄は物を思うには非ず。

 物を思うは、むしろ……、むしろ、筋肉(マッスル)!!

 

 やせいのダイナソーの いかりのボルテージが あがっていく!

 

 たとえ脳髄が記憶を失おうとも、有史以来、ありとあらゆるゼツメツの危機を乗り越えて来た不屈の肉体は覚えていた。

 彼がこの世に存在する理由。

 キング・オブ・ダイナソーと言う破格の種が、世界に生まれた本当の理由。

 崇高なる果たすべき使命。

 即ち――

 

 

 ボ ク サ ー を ゼ ツ メ ツ さ せ ろ !!

 

 

「ティーラァノォッs×○△ドr□るルガオォオオオオォォ――――ッ!!!!」

 

 

 やせいのダイナソーの すてみタックル!

 

「えっ、なんて!?」「なんてッ!?」「今、なんて!?」

 

 突如としてダイナソーが動いた。

 前傾に倒れるような体勢から、凄まじい筋肉の八つ当たりに突き動かされスタートを切った。

 意味不明な咆哮が轟き渡り、大観衆が思わず一斉に聞き返す。

 

「チィィッ! ダボがァッ!!」

 

 やせいのオニドリルの つばさでうつ こうげき!

 

 急速に息を吹き返した恐竜王に対し、ヤマザキもまた即座にカウンターを狙いに行く。

 第一打、左瞼の上を強かに叩く打ち下ろしの右。

 視界の半分が塞がり、それでもダイナソーは止まらない。

 第二打、そのままダイナソーの顎を天空まで跳ね上げる縦の裏拳。

 上体が仰け反り、それでもダイナソーの大腿筋は、まるで別個の生物のように加速する。

 

「ルガアァオオオォォォッッ!!」

「おっ おおおおお!?」

 

 第三打、それは放たれなかった。

 距離が詰まり、諸手に掲げたダイナソーの鉤爪がヤマザキの両翼に絡みついた。

 真正面、手四つに組み合った体勢から、対角のコーナー目掛け、一気呵成に押し込んで行く。

 赤バー点滅からのきしかいせいの絶対的恐竜パワー。

 こうなってしまっては凄いとりポケもただの捕食者と餌に過ぎない。

 互いに両手を封じられた体勢ではあるが、ダイナソーは文字通り最後の牙を残している。

 

「ガアアオォォッ」

 

 やせいのダイナソーの かみくだ……

 

「イキがってンじゃねえ三下がァ!!」

 

 やせいのオニドリルの ロケットずつき!

 

 

 ――ドワォ!!

 

 

「ヌォッ!?」

 

 突如、リング上でだいばくはつが巻き起こった。

 両者の目から火花が飛び散り、鶏冠の下のタマゴばくだんに引火、たちまち巻き起こる粉塵が両雄の姿を覆い隠して行く。

 

(火薬……!)

 

 過激な気付けが本能的恐怖を呼び起こし、ようやくダイナソーは我に返った。

 濛々と視界を塞ぐ砂煙の先から、危険な予感がビリリダマの如く迫る。

 

 やせいのオニドリルの ホネこんぼう!

 

 来た。

 ゆらりと蠢く右羽の影に、ポケモンプロレスお約束の鈍器が握られている。

 

 ホネこんぼう。

 ポケモンバトルにおけるルールブック制定の際、カモネギのネギやラッキーのタマゴばくだん、ヤドランのシェルダー等と共に「爪や牙にも等しいアイディンティティ」として認可された合法的鈍器である。

 ヒール同士の抗争も珍しくないポケモンレスラーたるダイナソーも、当然警戒していた攻撃ではあったのだが――。

 

「殺ったァ!」

「!?」

 

 やせいのオニドリルの いあいぎり!

 

 刹那、ヤマザキの手の内でホネこんぼうが滑り、ギラリと光る抜き身の刃が姿を現した。

 粉塵の壁を切り裂いて横一文字に閃光が滑り抜け、熱い物が一筋、ダイナソーの胸板を走る。

 

「グオォオォォッ!?」

 

 鮮血が舞い、同時に客席から悲鳴が上がった。

 粉塵が薄れる中で人々が目にしたものは、胸板から血を流し膝を突いた恐竜王の姿。

 睥睨する壊し屋の口元に下卑た嗤いが浮かんでいく。

 煙の中、爆薬に次いで卑劣な凶器を使ったであろう事は明白であった。

 

「あ、あの野郎ッ!? またやりやがったなぁ~!」

 

「リングを降りろ、ダイナソー!

 これ以上、ヤツらの卑劣な手口に付き合う必要は無い!」

 

「黙って見ておれッ!!」

 

 たちまち会場から巻き起こった怒号の渦を、しかし他ならぬダイナソーが一喝した。 

 両肩を震わして対主を見上げ、そして口端に不敵な笑みを作る。

 

「くだらねぇ、どいつもコイツも……。

 なあトカゲ野郎、凶器攻撃ってのもテメェらお得意の台本の内だろ?

 だったら今さら卑怯だなんて泣き事は言わねえよなぁ?」

 

「全然。

 むしろ貴様との出会いを、ポケモンの神に感謝したいくらいだな」

 

 嘲るようなヤマザキの嗤いと対照的に、いっそ清々しいほど不敵にダイナソーが嗤う。

 ああ、全く見事な限りではないか?

 予測不可能の爆風に紛れた仕込みこんぼうの解禁。

 しかも煙が晴れた時、匕首はホネブーメランへと戻り仕手の手元を離れている。

 今頃は得物を回収した手の者が、混乱する会場を後にした所であろう。

 さすがは本職、そこいらのロケットだんなど話にもならない悪辣っぷりである。

 

「ヌッハハハ! 嬉しいぞヤマザキとやら。

 YOUほどに生き汚ないちくしょうポケモンと出くわしたのは、何千万年ぶりの事であったか!

 ようやくサバイバルマッチらしくなってきたではないか!」

 

「……チッ! いちいちうっとォしいンだよッ!!

 イキがってンじゃねえ三下がァ!」

 

 やせいのオニドリルの すなかけ! 

 

「ウヌ!」

 

 言うが早いか、ヤマザキが高らかと右脚を蹴り上げ、ダイナソー目掛け砂煙を浴びせた。

 咄嗟にバックステップで砂を避けるも、再び立ち昇る粉塵の壁が視界を塞ぐ。

 

「シャァらアァアアァ―――ッッ!!」

 

 やせいのオニドリルの からてチョップ!

 

「!?」

 

 そこはまだ、ヤマザキの間合いの内。

 たちまち砂煙を突き破り、左の手羽先が一直線に飛んで来た。

 再三に渡る蛇拳の変則軌道から一転、鮮やかなからてポケモンの左の貫手。

 直線的な刺突に対し距離感が掴めない。

 高速の翼の先端が太い両手のガードを摺り抜け、胸の切創に深々と突き刺さり――

 

 やせいのオニドリルの どくどく!

 

「ヌガ……ッ!?」

 

 そうしてヤマザキ最後の罠が完成した。

 焼け付くような痛みと共にダイナソーの全身が痙攣し、冷たい汗が背筋を滑り落ちる。

 グラリとぼやける視界の先に、ケバケバしい紫に染まった左の手羽先を捉える。

 

(……毒手!)

 

「雑魚が、テメエ如きじゃ燃えねえンだッ!

 何千年生きてんのかは知らねえが、俺とやり合うには百年早ェんだよ」

 

 やせいのオニドリルの けたぐり!

 

 容赦の無い右脚を鳩尾に受け、ダイナソーがごろりとコーナーへ転がる。

 それでもダイナソーは必死にコーナーに背を預け、震える体を無理矢理に起こす。

 マズイ。

 だらりと両手をぶらりに揺するヤマザキの構え。

 降り注ぐ隕石を目の当たりにした時のような戦慄が全身を駆け巡る。

 ヤバイのが来る。

 コーナー、袋小路、脱出、否、もう遅い――!

 

「シャアァアアァァ――――」

 

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 やせいのオニドリルの れんぞくパンチ!

 

「~~~~~~~ッッ!?」

 

 重機関砲のような凄まじい乱打が飛んで来た。

 さながら双頭の大蛇。

 速く、重く、何よりも変幻自在に喰らい付く。

 

「ヒャーッハッハッハハハハハァッ!!

 どうだァ! 痛ぇか? 痛エか! 痛えのかァ!?」

 

 狂乱の翼。

 ガードが爆ぜ、空いた脇腹に突き刺さり、破裂音が鼓膜を叩き、崩れかけた顎をハネ上げる。

 無呼吸連打。

 防御が通じない、のみならず、倒れる事すら許されぬ暴力の嵐。

 ただ、ヤマザキの嬌声が奏でるままに、人形のように踊り続けるしかない。

 

 ふっ、と不意に嵐が止んだ。

 意識を刈り取られ、ボロクズのようにされた恐竜王の体が前方に崩れ落ちる。

 終わりか?

 いや、オニドリルはまだ、その名を冠した必殺技を残している。

 果たしてヤマザキは首を畳み、体に大きく捻じりを加えダイナソーの心臓にアタリを付ける。

 

「くたばンなアァアアァアァァ――――ッッ」

 

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!

 

 絞り切った矢の如く、弾かれたようにヤマザキが飛び出した。

 螺旋を描く鋭い嘴が胸板に突き刺さり、傷口を抉りながらダイナソーの巨体をふっ飛ばす。

 

「きょッ 恐竜たちよッ スマヌゥ――――ッッ!!」

 

 恐竜王の咆哮が会場に轟いた。

 圧力に耐えかねたロープが一斉に弾け飛び、その屈強の肉体が場外に舞う。

 一瞬の間を置き、ガシャン、と客席の前の鉄柵を叩く音が響き渡った。

 

 やせいのダイナソーは めのまえが まっくらになった……

 

 

 

 

 …

 ……

 

 ………

 …………

 

 ……………

 ………………つよい。

 

 

 鬼ドリルのヤマザキ。

 これほど勇壮な雄ポケモンに出くわしたのは、いつ以来の事であったろうか?

 

 迷いのない奇襲、爆薬、刃物、それに毒――

 

 軟弱な観衆どもはピーチクパーチクと口うるさく喚いてはいたが、私自身は取り立てて、ヤツの流儀を卑怯だとは思わない。

 

 ピジョットは生き延びるために翼を伸ばした。

 ラッタは生き延びるために前歯を磨いた。

 ダグドリオは生き延びるために首を増やした。

 クサイハナは生き延びるために腐臭を増した。

 ユンゲラーは生き延びるためにESPの世界に入門した。

 

 人類は生き延びるために徒党を組み、武器を手に取り知恵を振り絞った。

 

 卑怯ではない。

 私が究極の筋肉を目指したように、それぞれが最善と思う手段で生き延びる術を探しただけだ。

 

 ヤツの場合は、暴力。

 迷いも無く、躊躇いも無く容赦も無い。

 生き延びると言う目的に対しリアルで、その野生は時に美しくさえもある。

 

 人類が生物ピラミッドの頂点を極め、自然を支配し、ポケモンたちがパートナーとは名ばかりの愛玩動物に成り下がった現代においてなお、ヤツだけが文明社会をあざ笑うかのように、卑劣な手段の限りを尽くし、人間どもと対等に渡り合っている。

 

 ……誇らしい。

 

 そう、そうなのだろう。

 今ならば素直に、ヤツの執念を認められる。

 生きる、と言う行為に対し、純度が違った、ヤツの方が真摯に向き合っていた。

 それだけの話だ。

 道を開ける時が来たのだ。

 かつて私がゼツメツさせた、このカントーちほうの仲間たちのように。

 ダイナソーと言う種の一つが、この世から消え去る時が来ただけなのだ。

 全ては自然の摂理である。

 

 

 ……偉大なる恐竜(ダイナソー)の先人たちよ、すまぬ。

 

 

 …

 ……

 

 ………

 …………けれど、

 

 けれど、それならば、なぜ、私の拳はこんなにも震えているのだろうか?

 

 なぜこんなにも、肩甲骨に力が入るのか?

 尾骶骨はなぜに、太い尾をピンと反り返らせるのか?

 体を支える大腿筋に、なぜこんなにもみちみちと力が溢れて行くのか?

 

 分からない。

 けれど、脳髄は、物を思うには非ず、物を考える処には非ず。

 

 物を思うは、むしろ……、むしろ、むしろ、筋肉(マッスル)!!

 

 有史以来、ありとあらゆるゼツメツの窮地を共にしたマイマッスルは、すっかりドわすれの多くなった脳髄よりも、私の事を遥かによく知っている。

 

 その筋肉が怒りに震えていた。

 筋細胞も、時にポケモンを憎悪するのだ。

 張り詰めた大胸筋が血涙を流している。

 怒りに膨れる腹直筋が、己の存在をアピールする。

 後背筋が勇ましくも燃え上がり、ヤツをマットから叩き出せと叫んでいる。

 

 わからない。

 この灼熱の激情がなんであるのか、今の私には理解できない。

 だが、ここはリングだ。

 野生の掟が通用しない、独自の秩序に縛られた世界。

 私の野生が与り知らぬ、もう一つの私のルーツが眠るであろう世界だ。

 

 確かな事はただ一つ。

 もうダメだと思っていた私の肉体に、今一度立ち上がるだけの余力が残っていたと言う事実。

 

 ならば、立て。

 余計な思考は、もう要らぬ。

 闘争の意志、不滅の魂。

 

 そう。

 

 

『この胸に、闘魂あるかぎり……!』

 

 

 

 

 ……おや!? ダイナソーの ようすが……!

 

 

 ざわり、と観衆が僅かに震えた。

 空気の変化を察知したヤマザキが足を止め、ゆるりと場外へと視線を戻す。

 

 ダイナソーが、音も無く立ち上がっていた。

 痙攣する下半身を引き摺り、大きく鼻息を荒げながら、それでもなお鋭い眼光でリング上を見上げていた。

 

 誰もが「勝負あり」を疑わなかった状況である。

 思わず観衆は息を呑んで、この後の展開を注視していた。

 

 チィッ、とヤマザキが大きく舌打ちをする。

 本来ならばゆうにカウントは過ぎ、ダイナソーの場外負けが宣告されているべきである。

 だが、決着を告げるべきレフェリーは、未だにマットの片隅でかたくなっている。

 ヤマザキの仕掛けた反則に、皮肉にもダイナソーが救われた形である。

 ポケモンプロレスの神様は、キング・オブ・ダイナソーを見離してはいなかった。

 

「かったりぃ、大したギャラの出る仕事でもないんだぜェ」

 

 いかにも苛立たしげに体を揺すり、ヤマザキが先ほどの狂気混じりの瞳をリング下へ向ける。

 

「マゾ野郎が、その体で起き上がったから何だッてンだ。

 努力賞でも貰えるとでも思ったかよ?」

 

「……わ、わからぬ、私にも分からぬ」

 

 後背の鉄柵にもたれるように体を預け、そうしてダイナソーは不敵な微笑をリングへ向けた。

 

「だがなヤマザキ、YOUの敗因だけならよく分かるぞ。

 やはりと言うか、闇の住人が慣れない事をするべきでは無かったなあ?」

 

「ンだあ?」

 

「分からぬか?

 一度リングに上がってしまえば、YOUなど所詮、反則しか能の無い塩レスラーに過ぎん!

 おとなしく路地裏にでも引き籠っていれば良かったものを。

 この眩いライトの下では、YOUごとき、そこいらの練習生相手にも勝てはせんわっ!」

 

「……へっ!

 マイクパフォーマンスならシオンタウンでやってろやァ―――ッ!!」

 

 やせいのオニドリルの はねる こうげき!

 

 言うが早いが、ヤマザキが動いた。

 コーナーポストを駆け昇り、大上段から場外目掛けてダイヴする。

 

「死ィねよやアァアアアァアァァ―――ッッ!!」

 

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし! 

 

 再び回転が始まった。

 それはもはやドリルくちばしのレベルでは無かった。

 まるで上空から迫るギロチン! 全身がドリル! レベル4! ドリルオニドリル!

 一本のドリルと化したポケモンが凄まじいばかりの唸りを上げてダイナソーに迫る。

 

「見よッ! この腹筋!!」

 

 やせいのダイナソーの はねる こうげき!

 

 対し、ダイナソーが意外にも跳んだ。

 この絶対の窮地で恐竜王に頼れるものは、やはり己が自慢の筋肉。

 諸手を広げ、ヤマザキの狂気を丸ごと受け止めんばかりの勢いで満身創痍の上体を曝す。

 

 中空で、再び両雄が激突する。

 

「ヌッ グオアァアアアアァァァ―――ッッ!!??」

 

 当然のように、勝ったのはヤマザキ。

 標的が飛び跳ねた分、そのクチバシは胸板の傷口を外したものの、その僅かに下、恐竜王自慢の腹筋に深々と突き刺さった。

 勢いのままダイナソーが大地に落ち、再び鉄柵に思い切り叩きつけられる。

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

 ドテッ腹にクチバシを突き立てたまま、ヤマザキがいよいよ鬼回転を増して行く。

 ダイナソーの腹からブスブスと煙が立ち上り、焦げ臭い匂いが周囲に立ち込める。

 あまりの圧力に背中を預けた鉄柵がひしゃげ、ダイナソーの体がどんどんのめり込んで行く。

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

 腹筋が喰い破られる!?

 観衆は惨劇を覚悟した。

 全ては時間の問題であった。

 オニドリルの太く鋭いクチバシはやがて筋肉を貫通し、内臓をズタズタに喰い千切るであろう。

 南無三!

 ヤマザキの宣言した通り、ダイナソーはポケモンセンターどころかシオンタウン送りすら覚悟せねばならない窮地であった。

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

「グゥオオオオオオオオォォ―――ッッ」

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

「シャアアアアアアアアァァ―――ッッ」

 やせいのオニドリルの ドリルくちばし!  

 

 

 

 ――そして、とうとう回転が止まった。

 

 恐ろしいばかりの沈黙が会場を支配していた。

 ダイナソーは、ピクリとも動かない。

 オニドリルが腹に刺さった大トカゲと言う、シュール極まりない姿のまま、五体をひしゃげた鉄柵に預けて静止していた。

 ヤマザキもまた動かなかった。

 勝負は決した。

 ここから僅かにでもクチバシを引き抜けば、たちまち血液がハイドロポンプのように吹き出し、ゼツメツ奥義の如き惨状を呈す――

 

「……テ、テメェ……!」

 

 いや!

 ヤマザキが全身の筋肉を震わし体を引こうとしている。

 だが、それでも両者は動かない……動けない?

 

 あっ! と観衆もようやく気が付いた。

 ヤマザキは動かないのではない、動けないのだ。

 

 最期に勝ったのは……、腹筋!!

 

 いつしか攻守は逆転していた。

 今、オニドリル最大の武器であるクチバシを、ダイナソーが腹筋でクラッチしていた。

 動揺を来すヤマザキを前にして、ダイナソーの眼光にギロリと鋭い光が戻る。

 

「……この腹筋はな、マイマッスルだけのオリジナルなのだ、ヤマザキよ。

 YOUのような小狡いポケモンを、きっちりカタにハメるためのなぁ」

 

 やせいのダイナソーの かたくなる!

 

「グヌヌッ ぬ、抜けねぇ!?」

 

「メタモンの如くソフトに包み、ポリゴンの如くハードに締め上げる。

 トリケラトプスの勇者のメガホーンも、マンモスの族長のビッグタスクも、

 いつだって私はそのようにして受け止めて来た。

 慌てふためく相手を前に、悠々とフィニッシュホールドに移るためになァ――ッ」

 

 やせいのダイナソーの しめつける こうげき!

 

 上体を跳ね起こしたダイナソーが、ヤマザキの両肩をリバース・フルネルソンに捕えた。

 

「さあ、お伽噺は終わりだ。

 闇の壊し屋、鬼ドリルのヤマザキよ。

 我が盟友、テリー・ロヂャースの弟子たちを痛めつけてくれた酬い、

 正義の鉄拳……、もとい! 悪の制裁をその身に受けるが良いッ!!」

 

「……ッ!」

 

 やせいのダイナソーの がまんが とかれた!

 

「ジャスッ!」

 

 ダイナソーが叫び、瞬間、とりポケごと高らかと天空へ舞い上がった。

 待ち侘びた瞬間に、観客席から一斉に歓声が上がる。

 

「……メツゥ!」

 

 が、どうした事か?

 中空でダイナソーが尻尾を振って、無理矢理に体勢を変えた。

 必殺の軌道が逸れる。

 マットの中央に落ちる筈だった二人の体が、もつれ合いながら外へ外へとよれて行く。

 

「クゥオオッ! テメ、まさか……!」

 

「ダイナソーのヤツめ!

 まさか、あの高さから場外に落とすつもりなのかッ!?」

 

「い、いやッ! 違う、この軌道は!!」

 

「キング! やめるんだァ――――ッ!」

 

 テリーJrの悲痛な叫びが響き渡る。

 だが やせいのダイナソーは いうことを きいていない!

 

「ハリケエェエエエェ――――――ン!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 やせいのダイナソーの りゅうのいかり!

 

 ガン! と鈍い金属音が会場を震わした。

 場内に微かに悲鳴が上がる。

 

「お……ご……」

 

 ヤマザキが落ちたのは、マットとエプロンの中間、コーナーポスト。

 鋼鉄の柱に強かに脳天を打ち、190cmもの大柄な体躯が鉄柱に逆さまに突き立った。

 

『アワワ……、な、なんとした事でありましょうか!?

 ヤマザキ選手の再三に渡る反則行為を前に、とうとう恐竜王のいかりが爆発ッ!!

 禁断の必殺技・ジャスメツハリケーンでコーナーポストへと叩きつけましたァーッ!』

 

「ジャ、ジャスメツハリケーン……!

 なんという恐ろしい必殺技なんじゃ。

 己が心の正義(ジャスティス)を滅する、まさしく悪役(ヒール)にしか許されん禁じ手というワケか」

 

 アナウンサー必死の実況により、ようやく空気が動き始めた。

 意識を手放したオニドリルの巨体が、どうっとリングサイドに倒れ込む。

 ここでようやく我に返ったコクーンからのサインによって、すぐさまゴングが打ち鳴らされた。

 

 高らかと掲げられたダイナソーの右手に、いつもの歓声は無い。

 観客達もようやく思い出し始めていた。

 キング・オブ・ダイナソーは、生まれついてのあくタイプだ。

 ポケモンプロレス消滅の危機を前にして、今でこそポケモンレスラーの代表として戦っているが、その本質は遥か太古の時代より数多の猛者をゼツメツさせて来た暴君の遺伝子なのだ。

 

「ダイナソー、傷を見せるんだ」

 

 リングを降りたダイナソーに対し、駆け付けたテリー・ロヂャースは、敢えて咎め立てする事も無くつとめて冷静にそう言った。

 ダイナソーの方もいつものような悪態を見せず、素直に傍らの椅子へと腰を下ろす。

 どくけし、ヤケドなおし、すごいキズぐすり。

 さすがにテリーは心得ていた。

 今はまだアドレナリンが痛みを誤魔化してくれてはいるが、すぐに限界は来る。

 残り二戦、この短いインターバルの合間に次の生存競争の準備を整えておかねばならなかった。

 

「……なぜ、技のフィニッシュを変えた?」

 

 応急処置の手を止める事無く、テリーがポツリと呟いた。

 見下ろすダイナソーの左の瞼が、わずかにピクリと震える。

 

「最後の一撃、いつものゼツメツハリケーンとは入りが違っていた。

 あの瞬間のお前は、何か似て異なる別の技を繰り出そうとしていたのではないのか?」

 

「…………」

 

「……リングの中に、失われた自分のルーツが眠っていると言っていたな。

 その記憶、お前は今でも、本当に取り戻したいと思っているのか……?」

 

「……YOU」

 

 ざわり。

 ダイナソーの二の句を遮るように観衆がどよめき始めた。

 会話を止め二人がリングサイドへ視線を向ける。

 

「テメ……コラ……」

 

 ヤマザキであった。

 金色の鶏冠を己が血潮で紅に染め、夢遊病者のように視線を泳がせながら、それでもこのとりポケの異端児は、覚束ない足取りを二人の元へと向けていた。

 

「な、なんじゃあ貴様はッ!?

 もうとっくに決着はついとるんじゃぞッ!!」

 

 慌てて割って入ろうとしたスグルを押し止め、恐竜王が無言で体を起こす。

 一触即発の気配。

 へっ、と血反吐を吐き捨て、ヤマザキが震える手羽をダイナソーへ向ける。

 

「認め、ねえ、ぞ……このっ、チキン、野郎、が……」

 

 かろうじて聞き取れたのはそこまでであった。

 ヤマザキの丸めた背が前方に泳ぎ、190を超す巨体がそのまま前のめりに崩れ落ちた。

 完全に意識を手放した狂犬を見下ろし、ダイナソーがふはっ、と鼻息を吐き出す。

 

「見ての通りだ、テリー。

 これが先ほどのYOUの問いに対する答えよ」

 

「ヤマザキが?」

 

「この不屈の執念。

 跳んだ瞬間、並みの一撃では断ち切れぬと直感したのだ。

 ゆえに鉄柱に叩き付けるしか無かった。

 わずかでも手心を加えれば、今頃はこちらがゼツメツさせられていたやもしれん」

 

「……本当にそれだけか?」

 

「くどいな、治療ももう十分であろう?」

 

 会話を打ち切り、椅子を打ち捨てダイナソーが三階に続く階段へと踵を返す。

 

「ダイナソー!」

 

「余計な詮索は無用だ。

 あくまポケモン六騎士も残すは二匹!

 このヤマザキ以上にマイマッスルを追い詰めるような輩が上の階に残っているならば、

 YOUが心配するまでも無く、自ずから答えは出るであろうよ!」

 

 そう断言して、震える観衆の視線の中央を、恐竜王はのっしのっしと歩き始めた。

 有史以来、長きに渡る歳月を孤独に戦い続けた戦士の背が、今はあまりにも遠い。

 

「キング……」

 

「……そう心配するな、ジュニア。

 お前の瞳にも見えたのだろう?」

 

 細い背を震わす息子の肩を、テリーの大きな手が優しく叩く。

 そう、あの一瞬、テリー・ロヂャースの目にもはっきりと見えた。

 勇ましく大地を蹴るダイナソーの背中から飛び出した、雄大な荒鷲の翼を――。

 

 あの翼はきっと、傷だらけの恐竜王を正しい世界へと連れ戻してくれる。

 今はただ、一瞬の羽のひとひらが見せた輝きを信じる他に無かった。

 

 

 

 団体対抗戦第9試合

 

 キング・オブ・ダイナソー(DMS)〇-✖『鬼ドリル』のヤマザキ(PMC)

 

 試合時間:44分53秒

 フィニッシュホールド:ジャス……メツハリケーン(KO勝ち)

 

 

 

 





 ……あれ? ダイナソーの へんかが とまった!




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