あ! やせいのダイナソーがとびだしてきた!   作:いぶりがっこ

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第九話「メガシンカ」

「無敵でいくぞォーッ!」

 

 あっ! やせいのダイナソーが とびだしてきた!

 

 長きに渡る死闘の果て、地獄の四連戦を潜り抜けたキング・オブ・ダイナソーは、ついにヤマブキシティの中心部ににそそり立つ獣神(ポケモン)タワーの頂点へと辿り着いた。

 宝石のように色取り取りのネオンを散りばめた東洋のコンクリート・ジャングル。

 大都会の夜気を孕んだ涼やかな風が、傷つき火照った戦士の肌を撫で付けていく。

 

 先ほど感じた、大地を揺るがさんほどの闘気はどこにもない。

 

 ゆっくりと周囲を見渡し、違和感の出所を探す。

 特に目を引く物があるとすれば、強烈なサーチライトに照らし出された上等なリングと、その奥に佇立する銅像くらいのものであろうか?

 

「…………」

 

 銅像。

 ダイナソーは妙に、その立ち姿が気になった。

 その全長はゆうに4~5mを超そうかと言う、雄大な戦士の彫像であった。

 

 その男……、いや、あるいはそのモデルは雄ポケモンか?

 余分な脂肪が削ぎ落され、代わり、みちみちとはち切れんばかりの打撃筋肉(ヒッティングマッスル)に覆われた肉体が放つ威圧感は、とても人類種のそれとは思えなかった。

 そして、分厚い鋼の筋肉の上を、更に重厚な騎士の鎧が包み込む。

 

 首から下だけを見れば、いかにも歴戦の威厳に溢れたナイトの姿。

 だがその目元は、パッと見、変態じみた仮面に隠され、その心理を読み取る事は出来ない。

 不敵な笑いに吊り上がる口端が、その変態力に拍車をかける。

 パイナップルのように逆立った鶏冠は、雄大を飛び越えいっそ滑稽なほどに雄々しく天を衝く。

 

 何より、否が応にも見る者の視線を釘付けにするのは、両の拳を包むボクシンググローブ。

 等身大ならばサッカーボールほどもあろうかと言う丸っこい両手のインパクトを前にしては、果たしてその手でどうやって腰元の大剣を引き抜くのか、などと言う疑問も些事に過ぎない。

 

 有体に言って、珍妙な銅像であった。

 珍妙でありながら、いや、珍妙であるが故に尚、底知れぬ不気味さを放つ銅像であった。

 

「ムウ……、な、何と言う破廉恥な銅像なのだ。

 このキング・オブ・ダイナソーを差し置いて摩天楼より世界を望むとは」

 

 妙な対抗意識を滾らせながら、ダイナソーが銅像を見上げる。

 そもそも、団体社長や他の六騎士とも似ても似つかぬこの像は一体何なのか?

 団体のシンボル?

 だとしたら獣神武闘会(ポケモンコロシアム)は世間のパブリックなイメージを覆す、とんだ変態集団と言う事になる。

 あるいは何か、宗教的な?

 サッカーボール大のグローブをはめた神を崇め奉る……、ますますもって胡散臭い。

 

「イカン!

 ダイナソー、すぐにその像から離れるんだッ」

 

「何だと……、ム! ムオッ!?」

 

 不意に後方から、サワムラーのジョーの警告が耳に届いた。

 異変を察知したダイナソーが跳び退る。

 同時にギラリ、と銅像の両眼が怪しく輝き、さきほどの邪気が周囲に再び噴き出し始めた。

 

「ま、まさか……、この像が?」

 

「ああ、そうだ……。

 このヤマブキシティを睥睨する銅像こそが、今日のポケモン格闘界最大の災禍……」

 

「HA HA HA HA HA HA ――」

 

 動揺する男たちを嘲るがように、野太い笑声が夜天に響き渡る。

 闘気に共鳴するようにタワー全体が震え、変態的な戦士の像に細やかな亀裂が走り始める。

 

「HAHAHA!

 待ちかねたぞ、強き者よ!」

 

「お、むおおっ!?」 

 

 瞬間、ドウッ、とばかりに爆音が巻き起こり、破裂した金属片が周囲へと飛散した。

 蒙々と立ち込める粉塵の中、ガシャリ、と具足の擦れる音がダイナソーの耳に届く。

 

「まずは、よくぞここまで来た、と褒めておこう。

 太古の闘神、キング・オブ・ダイナソー、か。

 よもや、貴様のようなポケモンが未だこの時代に存在していようとはな」

 

「ムウ、その装束、その威容……。

 こ、この6500万年を生きたマイマッスルの知らぬポケモンだとォ!?」

 

 一陣の涼やかな夜風が砂煙を吹き飛ばし、異形の雄ポケモンが衆人の前に姿を現す。

 この男の凄まじい闘気を前にしては、いつから彼は銅像の中に居たのか、などと些細な疑念に過ぎなかった。

 

 デカイ。

 2mをゆうに上回る恐竜王にも匹敵しようかと言う屈強の肉体。

 ダイナソーのポケモンレスラーらしい厚みを持った体格とは対照的に、逆三角形にメリハリのついた逞しい筋肉。

 格調高い金色の鎧に、燃え上がる真紅のマントにショートタイツ。

 そんな威風堂々とした立ち姿を台無しにする変態的なマスクに、雄々しく天を衝くしゃぐま。

 そしてサッカーボール大のボクシンググローブ!

 

 異常であった。

 こんな怪物が、カントーちほう固有のやせいポケモンであろうハズが無い。

 そんなポケモンプロレスファンたちの当然に疑念に、ニヤリ、と男の口端が吊り上がる。

 

「我が名はシシオー。

 この獣神武闘会を統べる、ポケモンかくとうぎ真の帝王。

 そう……、『慧毘我羅(エビワラー)』のシシオー、とでも名乗っておこうか」

 

 あっ! やせいのエビワラーが とびだしてきた!

 

「な……ッ!」

 

「慧毘我羅だとッ!? バ、バカな!」

 

 男の名乗りを受け、ざわりと会場に動揺が走る。

 

「あれが、あの異常骨格のポケモンが、

 平均身長140cm 体重50.2kgのエビワラー種だと言うのか?

 先のヤマザキも規格外の大型ポケモンだったが、この巨体の異常性はヤマザキの比じゃないぞ!

 オーキドはかせ、これは一体、どう言う事なんでしょうか?」

 

「うむ、いや、あるいは、まさか……!

 ドーピ……、もとい『えいようドリンク』なのかッ!?」

 

 傍らのタケシの問いかけに対し、ポケモン学会の権威、オーキドはかせが顔を上げて叫んだ。

 

 えいようドリンクとは、近年のポケモンスポーツ科学の発展に伴い開発された、ポケモン用サプリメントの総称である。

 ポケモンしょうぶに適した体格作りに効果的なマックスアップ。

 打撃筋肉を構成する上半身の成長を補うタウリン。

 大腿筋の強化と共に反射神経の向上に効果があると言われるインドメタシン。

 急所周りの皮脂を運動能力を阻害せぬ程度に肥大化させるブロムヘキシン。

 脳神経に作用し、ポケモンの集中力を高めるリゾチウム。

 

 それらを全ポケモンのアレルギーに考慮し飲み易く調合したえいようドリンクは、特定保健飲料の販売認可を得たヤマブキデパートの店頭のみで独占販売され、今日のポケモンしょうぶにおいては欠かす事の出来ない重要なファクターとなっている。

 ドリンクはいずれも高値で取引される希少品であり、それゆえに持つ者と持たざる者の間に格差を生み、近年のポケモンバトルにおける深刻な社会問題の一端となりつつある。

 

 えいようドリンクの投与による肉体の強化。

 はかせの推測に対しううむ、とひとつタケシが唸る。

 

「えいようドリンクの投与によって作られた肉体か……?

 しかしはかせ、一般に一体のポケモンに施せる投薬量には限界があるはずです。

 外見から種族が判別できないほどの異常成長を遂げる例なんて……」

 

「そこなんじゃがな、タケシくん。

 近年、市場へのえいようドリンクの流通が滞っていると言う話を聞いた事があるかね」

 

「ええ、もちろん。

 ヤマブキのデパートの店頭から商品が無くなり、予約は早くても半年待ちとか。

 けれど一体、それが何の関係があると言うんです」

 

「仮に、の話なんじゃが。

 カントー最大の物流拠点であるヤマブキシティに巨額の資本を投入し、

 同時に海の玄関であるクチバのアンダーグラウンドエリアを抑える組織があったならば、

 一企業によるえいようドリンクの独占、出来るとは思わないかね?」

 

「!?」

 

 物騒なオーキドはかせの言葉に、思わずタケシがギョッ、と目を剥く。

 現在、そんな大規模な市場介入を行える企業があるとすれば、このヤマブキに最大の摩天楼を構える獣神武闘会くらいのものであろう。

 

 だが、問題はその大量のドリンクを何に使うかと言う話だ。 

 タケシの指摘した通り、ポケモン一体辺りの投薬量には限界がある。

 自然の摂理に反した異常成長はその肉体に徐々に歪みを広げ、いずれはポケモンの寿命を縮める致命傷へと繋がっていく。

 えいようドリンクが所謂『ドーピング』と揶揄される所以もそこにある。

 

 ゆえにまっとうなトレーナーは勿論、悪逆非道のロケットだんいんですら、規定量を超えたドリンクの投与を行うことはない。

 通常の場合、手塩に掛けたポケモンを失うリスクを超えるリターンを、ドーピングによって得られる事は無いからだ。

 

 ……無論この場合、己の寿命と引き換えにしてでも、一時の地上最強の栄光が欲しいと考えるような狂ポケは『通常』の範疇には含まれない。

 

 ごくり、と一つを飲んで、テリー・ロジャーズが改めてリング上の偉丈夫を見上げる。

 

「ま、万に一つとでも言うべき驚異的なドーピング耐性と、

 過剰な急成長の負荷を支え得る肉体を作るための、常軌を逸したトレーニング。

 それが固有値と種族値の壁を打ち破り、

 一介のかくとうポケモンに過ぎなかったエビワラーを、あの怪物へとメガシンカさせたワケか」

 

「……ああ、そうだテリー。

 そしてアイツこそが、今日、俺がこの獣神タワーを訪れた理由だ」

 

 テリーの推測に一つ頷いて、傍らにいたサワムラーのジョーが、リングへと歩を進める。

 

「ジョー。

 君はもしや、あのエビワラーの事を知っていたのか?」

 

「……元々俺とヤツは、同門のジム出身のバルキー種だった。

 ボクシングとキック、最終的に選んだ道は違えども、

 共に最強のかくとうポケモンを目指し切磋琢磨していた時期もあった」

 

 ギラリ、とジョーが抜き身のアイアンテールのような鋭い眼差しをシシオーへと向ける。

 一方、変態的な仮面に隠されたシシオーの視線はタマムシの摩天楼へと向けられ、かつての朋友の姿を見ようともしない。

 

「だが、十年前の異種格闘技戦での敗北以来、ヤツは変わった。

 法の規制を超えたドーピングの使用に、危険な武器の解禁。

 ただ目先の勝利のみに固執し、かくとうポケモンとしての矜持までをも捨てちまいやがった」

 

「…………」

 

「だから俺は帰って来た。

 最強の言葉の意味を履き違えて誇りを失った、かつての同胞に引導を渡すためにな」

 

「それが、YOUをジョウトちほうへの武者修行へと駆り立てた動機か」

 

 ロープを掴みエプロンへ立ったジョーに対し、リングの下からダイナソーが呼びかける。

 

「フン、競技選手の強がりは関心せんな。

 YOUは今日、このマイマッスルのメガトンパンチを七発までも浴びたのだぞ。

 そんなズタボロの体であの怪物とやろうと言うのか?」

 

「労わってくれるのはありがたいがな。

 ダイナソー、これは俺たちバルキー種の問題だ。

 ヤツとの決着は俺自身の手でつけさせてもらう」

 

「フン、かくとうポケモンとしてのプライドか。

 嫌いでは無い……、がッ!」

 

「うっ、うおっ!?」

 

 やせいのダイナソーの ちきゅうなげ!

 

 突如としてダイナソーが動いた。

 リング際のジョーの腰元に飛びついて、そのまま一息にぶっこ抜いた。

 勢いのままに諸共にリングから落下し、ポケモン二体分の体重を乗せた裏投げを叩きつける。

 

「ガッハァ!?」

 

 背面の衝撃に肺腑の酸素が抜け、全身が痺れる。

 そんなのたうつジョーの有様を横目に、悠々とダイナソーがリングに上る。

 

「ヌッハハハァーッ!

 残念だったなァ、ハリケーンアッパーのジョーよ。

 ヤツのご指名はこの恐竜王、キーング・オブ・ダイナソーなのだぁ!

 負け犬はリングサイドで大人しく観戦しているがいいわッ」

 

「ぐぅっ、ダ、ダイナソー、お前と言うヤツは……!」

 

「ま、待て、危険だダイナソー!?」

 

「そうじゃダイナソー、テリーの言うとおりだ!

 ドーピングだのブロードソードだの、これは尋常の試合ではない。

 こんなのはプロレスとは呼べん、殺されるぞ!」

 

 たちまち色めき立つトレーナーの言葉を鼻息と共に吐き出して、恐竜王がなお不敵に嗤う。

 

「二人とも、その弱気はポケモンプロレスのトレーナーたちの台詞とも思えぬな!

 使わせればよかろう。

 剣も、爪も、鉄球も、棍も、鞭も、銃も、パワードスーツも、覇王翔吼拳も。

 それしきの事で強くなったと思っているような単純な輩は、

 所詮、弱肉強食のキング・オブ・ファイターズを生き延びるなど構わんのだッ!」

 

「キング・オブ・ファイターズ?

 ダイナソー、お前は一体……」

 

「さあ、待たせたなシシオーとやら。

 望み通り、このキング・オブ・ダイナソーがYOUの相手をしよう」

 

「フッ、胆力の方は十分なようだな」

 

 強引に会話を切ってアップを始めたダイナソーに対し、ばさりとシシオーが外套を脱ぎ捨てる。

 金色の鎧に包まれたはち切れんばかりの肉体が、恐竜王の眼前に姿を現す。

 黙々とアップを続けながら、シャドーボクシングを行う敵の姿を見やる。

 わずかに背を丸めて前傾をとったボクサー、それも典型的なインファイターの構え。

 眼前に添えられたサッカーボール大のグローブの奥で、金色の仮面が怪しく輝く。

 

「ピーカブー、強打者の構え、か。

 事ここに至って、よりによってボクサーを相手どる事になるとは。

 ヌハッ! 運命の神様ポケモンに感謝せずにはいられんなあ!」

 

「HAHAHA! ボクサー、だと?

 ボクシングを嗜むエビワラーの青年は十年前に死んだのだ!」

 

 ブオン、と突き出されたグローブの拳圧で、魔天楼に一陣の風が吹き抜ける。

 

「我が流派は『シシオードー』

 ボクシングと騎士道を組み合わせた、まったく新しいポケモンかくとうぎ。

 太古の帝王よ、貴様は今宵、この新たな力の証人となるのだ」

 

「フン、これはまた随分と大袈裟なギミックを仕込んだものだな。

 だが、派手な見てくれで観客の気を引こうとする輩は、レスラーとして許せん!」

 

 バッ、と高らかに諸手を広げ、ダイナソーが肉食獣特有のファイティング・スタイルをとった。

 2mを超す大型個体が並び立ち、随分と狭くなったリングの上で、ぐにゃり、空気が歪む。

 

 世界に満ちた緊張感に耐えかねたか、カン!と、どこからかゴングの音が響き渡った。

 刹那、歪んだ空気が一瞬にして爆発した。

 

「HAAAAAAAA――!」

「!?」

 

 てきのエビワラーの とびげり!

 

 意外、ボクサーが蹴った!

 シシオードーの創始者が選んだファーストコンタクトは、腰に帯びた大剣でも、厳ついボクシンググローブでもなく、その太く鋭い足。

 それがまるで飛燕の如く疾風の如く瞬く間に飛んできた。

 前傾をとるボクサースタイルでは、どうしても蹴りを放つ動作がワンテンポ遅れる。

 そんな当然の常識すらも、このまったく新しい格闘技には通用しない。

 

「ウヌッ!?」

 

 交錯の瞬間、筋肉に刻み込まれた闘争の記憶がダイナソーを救った。

 かつて滝行の最中に山中で遭遇した、極限流空手を嗜むくまポケモンとの生存競争。

 あの本職の飛び蹴りを浴びた経験が活きた。

 本能的なサイドステップで回避したダイナソーのすぐ脇を、2mを超す黄金の巨体が通過する。

 烈風が恐竜王の右頬を切り裂き、衝撃派がビリビリとリングを軋ませる。

 

「ゲェーッ!?

 な、なんちゅうスピードとパワーなんじゃ!

 これがシシオードー! あんなケリをマトモに浴びてはひとたまりも無いぞ!」

 

「油断するな! 来るぞダイナソーッ」

 

「HAHAHA! ダイナマーイ」

 

 てきのエビワラーの れんぞくパンチ!

 

 たちまち巨体が踵を返し、変態的な黄金仮面が至近に迫る。

 

 左!

 左!

 右!

 左!

  

 サッカーボールほどもあるボクシンググローブが、おどろくべき速度で唸りを上げて迫り来る。

 並のボクサーを遥かに凌ぐハンドスピード。

 しかも、その全てが一撃必殺。

 おそるべきコンビネーションが掠める度に、ダイナソーの肉体が拳圧でズタズタに裂かれ鮮血が舞う。

 

「HAA!」

「グオオッ!?」

 

 1かい あたった!

 

 強烈な左ストレートがガードの上からダイナソーを叩いた。

 凄まじい膂力にブロックが弾かれ、吹き飛んだ肉体がコーナーに叩きつけられる。

 超ヘビー級ダイナマイトパンチの衝撃に息が詰まる。

 だが、呻いている余裕は無い。

 対ボクサー用に鍛えに鍛えた恐竜王の筋肉が告げる。

 左は布石。

 すぐに本命の右が飛んで来る。

 

「キーングストレート!」

 

 てきのエビワラーの はかいこうせん!

 

「うおおおおおおおおッッ!!??」

 

 で……、出た!

 

 黄金の鎧に包まれた肉体が緑色に発光し、刹那、渾身の右ストレートが撃ち出された。

 シシオーの右手から噴き出した闘気はビームと化し、鋼鉄製のポストを一瞬の内に蒸発させ、そのまま一直線に夜天を焦がす。

 辛うじて身をかわし、焼け焦げた右肩を抑えたまま、ダイナソーが大きく息を吐く。

 

 強い。

 秘密結社ネスツのサイボーグが生み出したビーム兵器もかくやと言うほどのひっさつパンチ。

 これほどに完成された気を操るポケモンは、6500万年に及ぶ闘争史にも皆無であった。

 ダイナソーの脳裏にゼツメツの四文字が駆け抜ける。

 

「NOだッ!

 憶するなマイマッスルよ、今こそが千載一遇の好機なのだ!!」

 

 本能に背き、ダイナソーが敢然と前に出た。

 その命知らずな行為に、観客席から悲鳴が上がる。

 

「ボクサー相手にインファイトだとォ!?

 やめろォ! 無謀じゃダイナソー!?」

 

「いや、ち、違うぞスグル。

 あれだけの威力のはかいこうせんを放った直後だ。

 いかなシシオードーとて、反動でマトモに動く事は出来ないハズ」

 

「その通り!

 やはり私はポケモンレスラー。

 相手が何者であろうとも、組み付いて一投げせねば気が収まらぬ」

 

 動きを止めたシシオーに対し、咆哮を上げて恐竜王が走る。

 だが、流石は獣神武闘会を支配する帝王。

 硬直した右手を一直線に差し出したまま、左手は既に大剣の柄にかかっていた。

 

「サンダー」

 

 てきのエビワラーの 10まんボルト!  

 

「!」

 

 流暢な英語と同時にシシオーが抜剣し、リング中央に突如として落雷が降り注いだ。

 眩い閃光と轟音の中、巨大な大剣が()()、ダイナソー目がけ唸りを上げて飛来する。

 白銀に光る第一の刃をかわしたその先で、金色の第二の刃が深々と腹筋を切り裂いて行く。

 

(そ、そうか……!

 二本目は雷で作り上げた電撃の刃!)

 

 全身の筋肉が灼き切れるかのような感覚に、ダイナソーは技のカラクリを理解した。

 爪先から脳髄まで走り抜ける痛烈な電撃に、ビグンと全身の筋肉が硬直する。

 実体剣、ソード・オブ・レオと黄金のサンダー・サーベル。

 ダイナソーがようやく体勢を立て直した時、二本の剣はブーメランのようにくるくると手品のように主の手元に戻り、既にシシオーは二投目の体勢へと移っていた。

 

「サイレンストォーム」

 

 てきのエビワラーの つるぎのまい!  

 

 くるくると回転する両の剣が、一瞬にして猛竜巻を発生させた。

 狭いリングの上に旋風の壁が二つ。

 ダイナソーの前にもはや進路は無い、退路も。

 右か? 左か? 上か?

 いずれにせよ無意味。

 どこに飛んでもダイナソーの五体はたちまちの内に弾き飛ばされ、直後、あのはかいこうせんの直撃を浴びる事になるだろう。

 

「……ならば、これしかあるまいッ!」

 

 やせいのダイナソーの すてみタックル!

 

 意表を突いて、ダイナソーが真正面の竜巻目がけて飛び込んだ。

 両の竜巻が牙を剥く絶対の死地、そのわずかな隙間。

 そこだけが双方の旋風が相殺し合う唯一の緩衝地帯であった。

 

「ヌオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 ボロ雑巾のように全身を切り裂かれながら、なお執念深く突っ走る。

 永遠のような一瞬の果て、ダイナソーが竜巻の顎を突破する。

 ようやく見えた攻略ポイント。

 今のシシオーの両手に、あの危険な剣は無い――

 

「ガッ!?」

 

 開けた視界の先、グローブを開いたシシオーの奇妙な構えに、ダイナソーの全身が総毛だった。

 誘われた、罠、知っている、ハワード、あの技。

 竜巻の隙間は攻略ポイントではない。

 始めからそこに飛び込むよう、この天才に誘導されていたのだ。

 だが遅い。

 勢いのついた肉食獣は急には止まれない。

 

「ナイトメーア」

 

 てきのエビワラーの あてみなげ!  

 

 はたして、必死の爪が敵の首に触れようかと言う瞬間、ダイナソーはあっさりと崩されていた。

 手品のように巨体が空転し、恐竜王の体が虚しくマットに落ちる。

 

 拳闘、気功、武器術、そして柔。

 シシオードーとは、彼一代の手でここまで完成された技術であったのか。

 なんと言う優しい投げ……、ではない。

 シシオーの怪しい黄金マスクが、ダイナソーの股間をロックしている。

 運ばれてしまった。

 ダイナソーの雄ポケモンを蹴りやすい最適の位置に。

 

 てきのエビワラーの ローキック! 

 

「はグぉッ!!??」

 

 来た!

 殺人機械(キリングマシーン)戦に続き、本日二度目の金的蹴り。

 如何に鍛えようとて筋肉を纏う事の叶わぬ男の急所。

 それでも奇跡的に男性的な意味でのゼツメツを回避できたのは、ダイナソーの6500万年に及ぶ執念が為した奇跡としか言いようが無かった。

 だが、いつまでも這い蹲って悶絶しているワケにはいかない。

 ボクシングには、倒れた相手を攻撃する手段が無い。

 その致命的な弱点を克服するため、この狂ポケはシシオードーを開闢するにまで至ったのだ。

 

 見よ。

 いつの間にか竜巻は潰え、白銀に輝く刃が太いグローブの中に握られているではないか。

 

「アースチョパーッ」

 

「くうっ!?」

 

 てきのエビワラーの たたきつける こうげき!

 

 ダン! と大上段からの一太刀がリング中央に炸裂した。

 かろうじてゴローンと身をかわしたダイナソーの脇に、深いクレパスが一直線に走り抜ける。

 わずかでも反応が遅れていれば縦に体を両断されていた。

 だが、安堵している余裕は無い。

 深々と突き立った大剣をわざわざ抜き直すほど、シシオードーは呑気していない。

 

「ダイナマーイ」

 

 果たして、シシオーは剣を捨て、ピーカブースタイルで突っ込んできた。

 完璧なタイミング。

 下半身に力の戻らぬ今の状況では、先ほどのような回避は出来ない。

 だが、コンビネーションは覚えた。

 パンチの軌道が分かれば、かわす事も受ける事も叶わずとも、堪える事くらいは出来る。

 

 てきのエビワラーの れんぞくパンチ!

 てきのエビワラーの れんぞくパンチ!

 

「ガ」

 

 閃光のような拳が二つ、鼻先で爆裂した。

 視界が白色に染まり、グラリと足元が揺れる。

 

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

 てきのエビワラーの れんぞくパンチ!

 

「ゴ」

 

 てきのエビワラーの れんぞくパンチ!

 

 今世紀最高のボディーブローが来た。

 金剛石で作ったサッカーボールのような拳が、横隔膜に炸裂する。

 酷い。

 五臓六腑が丸ごと大口から飛び出しかねない最悪の一撃。

 

 やせいのダイナソーは がまんをした!

 

 そして、ここだ。

 迫り来る変態的な仮面。

 サッカーボール大のボクシンググローブ。

 フィニッシュの左ストレート。

 ここに合わせる。

 本来ならばレスラーであるダイナソー。

 どう足掻いても本職のパンチスピードに追いつけるものではない。

 だが、パンチ一発の速さには追い付けなくとも、パンチ四発分の速さになら対抗できよう。

 

「ガアオオーッ」

 

 やせいのダイナソーは カウンター!

 

 そう、ゆえにここで勝負。

 今度は相手が止まれないタイミング。

 ここで突破口を開く。

 

 ……が。

 

「HAHAHAHA」

 

 ダイナソーのこうげきは はずれてしまった

 

「なっ!?」

 

 何と言う!?

 フェイント、古典的、ひっかけ。

 何と言うことであろうか。

 この渾身の一手すらも、目の前の怪物には読み切られていた。

 

 グン、とシシオーの巨体が沈み、ダイナソーの左のクロスが虚しく宙を切る。

 そして、曝け出してしまう。

 史上最強のパンチを持つ帝王を前に、無防備となった大きな顎を。

 

「……!?」

 

「キーングアッパー!」

 

 てきのエビワラーの メガトンパンチ!

 

 で……、出た!

 

 黄金の鎧に包まれた肉体が緑色に発光し、刹那、渾身の右アッパーが天空目掛けて放たれた。

 あの伝説の助っ人ポケモン、フランクリンをも凌ぐほどの壮大なアッパースウィング。

 地の底から星空へ抜ける戦慄のフィニッシュブローが大顎を捕え、120kgの巨体が否応なく空へと飛んだ。

 

「~~~~~~~~~~ッッ!!??」

 

 10秒。

 

 遥か天空のダイナソーが地に落ちるまで、実にそれだけの時間がかかった。

 だが、見上げる観衆は今や、語る言葉も時間の感覚すらも失っていた。

 

 永遠とも覚える10秒の果て、遂に時間は動き始め、死に体の恐竜王の五体がグシャリとマットに叩き付けられた。

 

 

「3分……、ジャスト1ラウンド、か。

 普通のかくとうポケモンとしては、よく持ち堪えたと褒めるべき、なのだろうな」

 

 無残に大地に突き立った敵の姿を見下ろして、まるで独り言のようにシシオーが呟いた。

 誰一人、物音一つ立てる事すら出来なかった。

 この男は、強い。

 武器がどうとか、ドーピングがどうとか、そう言う次元を超えた高みに、この帝王はいる。

 

「太古の時代を支配した暴君と言えど、所詮はこれがやせいの限界。

 我が流派の神髄を引き出すまでには至らなかったか」

 

 どこか寂し気に一言呟き、マットに突き刺さったままになっていた大剣を引き抜く。

 虚しさはしかし、この場に立ち会った者たち全てが感じ取っていた。

 これが最強の姿である。

 遥か6500万年彼方より連綿と続いてきたポケモンかくとうぎの歴史は、今日、一人の天才の出現によって終焉の時を迎えたのだ。

 

「……それが、YOUほどの男がハワードの如き匹夫を動かし、

 ポケモンかくとうぎの世界を壊滅させようとしていた理由か」

 

「――!」

 

 シシオーの仮面の奥に初めてわずかに驚きの色が見え隠れした。

 観客席からもたちまちざわめきが溢れ出す。

 ダイナソーであった。

 今や己の流した血で真紅の色に染まった恐竜王が、必死の形相で対主を見上げていた。

 

「まだ息があったか。

 これが6500万年の時を超えた生存本能の奇跡、か。

 もっともこれがボクシングだったなら、とっくに10カウントを数えていた所だが」

 

「詰めを誤ったな、百獣の王よ。

 とっととフォールに来てさえいれば、10どころか3カウントで終わっていたぞ」

 

 減らず口を叩きながら、ダイナソーがようやく腰を上げ、震える二本の太い足で再びマットを踏み締める。

 リングサイドのテリーが、そんな恐竜王の呟きに対し疑念をこぼす。

 

「ポケモンかくとうぎを滅ぼそうとした理由だと……?

 ダイナソー、お前には、その仮面の男の心が分かるというのか?」

 

「テリーよ、この男は『敵』を探していたのだ。

 鍛え上げた己の肉体のすべてをぶつけられるほどの強敵を、な」

 

「……十年前に未熟なエビワラーが味わった、生涯初の敗北。

 それが全ての始まりであった」

 

 ダイナソーの断定に促されるように、タマムシの夜風に乗せ、孤高の帝王が訥々と己の心境を語り始めた。

 

「あの戦いで、ボクシングの、いや、己の力の限界を知った私は、

 ありとあらゆる時代で通用する真の武術を求める道を選んだ。

 己の寿命を、そして過去のありとあらゆる技術を克服するための研鑽の日々。

 だが、やがて完成した肉体を手に入れた私に残ったのは、単なる虚しさだけであった」

 

「大言とは言わん。

 YOUの筋肉にとって、このカントーちほうはあまりにも狭すぎる。

 地上の技の全てを極めた帝王の日々は、さぞや退屈であったのだろう?」

 

「四角いケージとレフェリーの前でしか力を発揮出来ぬ総合格闘技。

 せせこましいセオリーとやらに終始する攻防……。

 このカントーの格闘界が、ハワードの如き小物に打ち滅ぼされてしまう程度の物のならば、

 我はそのような惰弱な世界は必要としない」

 

「…………」

 

「……だが、ハワードの卑劣な罠を食い破ってきた貴様ならば、

 あるいは、我が渇きを満たせるのでは、などと、随分と下らぬ幻想を抱いたものよ」

 

「フン、失望するには早すぎるぞ、シシオーとやら」

 

 ゆらり、とダイナソーがふらつく足取りで前に出た。

 たちまち客席に動揺が巻き起こる。

 

「待て! 行くなダイナソーッ!? 殺されるぞ!」

 

「早まるなダイナソー! 無茶をするんじゃない!」

 

 セコンドたちの必死の声も、今の彼には届いていないのか?

 その澄んだ瞳は、ただ相対する敵のみを捉えている。

 

「HAHAHA 死に急ぐか恐竜の王よ。

 最強を失い戦いに死ぬ、それもよかろう」

 

 シシオーが、手にした大剣を高らかと掲げた。

 戦慄がたちまち周囲を駆け抜ける。

 

「そうだ、やってみるが良い。

 その時YOUは、ポケモンプロレスの奥深さを知る事になるだろう」

 

「死に恥を曝すか、恐竜王?

 無駄な虚勢は己の格を落とすだけだぞ」

 

「やめてえぇええぇぇ――――ッッ!!」

 

 テリーJrの悲痛な叫びが、タマムシの天に響き渡った。

 だが遅い、シシオードー最強の太刀筋は、音よりも早く全てを終わらせる。

 

「アースチョパーッ」

 

 

 斬!

 

 

 てきのエビワラーの たたきつける こうげき!

 

 大上段からの唐竹割が、閃光の如く大気を疾った。

 2mを超す長身から打ち放たれた渾身の一太刀は、鍛え抜かれた恐竜王の肉体を縦一文字に抜き去り、勢いのままリング諸共に大地を両断した。

 ズン! と一つ世界が震え、やがて静寂の中、ダイナソーの体が正中線からゆっくりと左右に分かたれていく。

 

「キングウウゥウゥゥ―――ッッ!!!」

 

 ダイナソーが斬られた!

 喉まで張り裂けんばかりに少年が相棒の名を呼んだ。

 真っ二つに分かたれた頭部が乾いた音を立てて大地に転がる。

 凄まじいばかりの断末奥義の炸裂に、ある者は顔を伏せ、ある者は意識を手放し、ある者はその場に崩れ落ちて落涙した。

 

 だが……。

 

「むぅ?」

 

 奇妙な呻きを漏らしたのは、勝者となったシシオーであった。

 非の打ちようのない会心の一撃が、今、ダイナソーの肉体を両断した、ハズだった。

 だが、6500万年を生き抜いた屈強の筋骨を切り裂いたにしては、なぜか手応えがなかった。

 事実、おもむろに周りを見渡せば、両断した頭骨以外には、夜風によって飛ばされていく真っ赤な皮膚しかその場には残っていなかった。

 恐竜の王を象徴するはち切れんばかりの肉体が、煙のように消え失せていた。

 

 シシオーの動揺が、たちまち観客たちにも伝搬していく。

 ようやく事態を理解したスグルが、おそるおそる顔を上げ、傍らのテリーに疑念をこぼす。

 

「こ……、これは一体どう言う事なんじゃ?

 テリー、ダ、ダイナソーの亡骸は、どこに消えてしまったと言うんじゃ?」

 

「わ、分からん、分からないが……、

 あるいは、脱皮?

 これは爬虫類ポケモン特有の変身(トランスフォーム)ではないのか?」

 

「脱皮だと? そいつは何の話なんじゃ?」

 

「古代、ポケモンプロレスの黎明期。

 脱皮を駆使する事によってあらゆる爬虫類へと変形する、

 特異なポケモンギミックレスラーがカントーに存在したと言う伝承を聞いた事がある。

 既に現存しない超先史文明の古代種なのか?

 あるいは特異なメタモンの異常進化か?

 単なる四方山話と思っていたが、しかし今の事態は、そうとしか説明する事が出来ない」

 

「ト……、変身!

 だとしたらダイナソーには、ここから『先』があると言うのか!?」

 

 ごくり、と一つ固唾を呑んで、スグルが髪の毛ほどの異変も見逃すまいとリングを凝視する。

 事態の変化を察知したシシオーもまた、大剣を片手に油断なく周囲に視線を向ける。

 再び緊張感の走るリングに月光が陰り、さっ、と深い影が落ち――。

 

「――上かッ!?」

 

「アクティブテュポーン!!」

 

 

 なぞのポケモンの はねる こうげき!

 

 窮地を察したシシオーが、すぐさま上方の刺客目掛け反撃に移ろうとした。

 だが、瞬く間に眼前に迫る巨大な筋肉の塊に対し、寸毫ではあるが珍しく判断が鈍った。

 剣か? 打撃か?

 一瞬の迷いが逆襲の余地を奪い、たちまちシシオーの黄金の肩パットの上に、みちみちと逞しい大腿筋を包み込んだ真紅のショートタイツ絡みついた。

 

「ダァ―――ッ!」

 

 なぞのポケモンの ちきゅうなげ!

 

 次の瞬間、なぞのポケモンが一息にシシオーをぶっこ抜いた。

 筋骨隆々とした後背筋が美しく反り返り、2m100kgを超す両雄が鮮やかに宙に舞い、ダイナミックにマットを揺らした。

 

「グォッ!?」

 

 シシオーが初めて呻き声を漏らした。

 不意打ちとは言え、シシオーが大地に伏した姿を目の当たりにして、ギャラリーから興奮と混乱の渦が巻き起こり始める。

 

『あぁ~っとォ!?

 これは一体、何が起こっているのでありましょうか~!?

 突如としてリングを急襲したなぞの大型ムキムキポケモン、

 鮮やかなフランケンシュタイナーで、あの絶対王者から、見事ダウンを奪いましたァ―ッ!』

 

「お、おい! 見たかテリー!」

 

「ああ、なんと言う見事な必殺技だ。

 ちきゅうなげとは技の一部に地球をイメージさせる動きが入ってさえいれば、

 その形を問わない多彩な投げ技の総称なのだが、

 あのフランケンシュタイナーの完成度は、今まで見たどのちきゅうなげよりも素晴らしい。

 中空で一回転する二人の肉体を地球に見立てるとは、何と言うダイナミックな発想なんだ!」

 

「し、しかし、奴は一体何者なんじゃ!?

 あの巨体と技の完成度。

 あれほどの実力溢れるポケモンレスラーが、まだこのカントーに居たというのか?」

 

「わ、私の気のせいかもしれないが、

 奴の見事な空中殺法は、プロレスと言うより『ルチャ・リブレ』

 カロスちほうのルチャブルたちに伝わる伝統格闘技に近いような気がしてならない!」

 

「ルチャ・リブレだとォ!? バ、バカな!

 あの恐竜王に匹敵する屈強の肉体を持ったレスラーが、とりポケモンの仲間だと言うのか!」

 

「トァ!」

 

 観客のどよめきを蹴散らして、ジャンプ一番、なぞのポケモンが鮮やかなムーンサルトでコーナーポスト最上段に降り立った。

 ご丁寧にもシシオーの投げ捨てたマントを目ざとく羽織り直し、逞しい上腕二頭筋をひけらかすような腕組みで下界を睥睨する。

 頭を一つ振るい、体を起こしたシシオーが乱入者の威容を改めて見上げる。

 

 あのダイナソーにも引けをとらない、筋骨隆々としたかくとうポケモンの肉体。

 猛禽の如く獲物を狙う鋭い眼光。

 その盛り上がりだけで渾身のジャーマンを想起させる眩いばかりの腹直筋。

 鋭い牙の代わりに備えた、鳥類特有の逞しい嘴。

 

 今だかつて誰も見た事のない、プロレスと荒鷲を組み合わせたまったく新しいとりポケモンがそこには居た!

 

「貴様……、一体何者だ?

 あの古き恐竜王は、どこに消えたと!?」

 

「キング・オブ・ダイナソーは死んだのだ……。

 力への妄執によって蘇った太古の遺伝子は、

 同じ力の殉教者の手によって、再び深い地の底へと眠りについた」

 

 シシオーの問いかけに対し、なぞのポケモンはしみじみと嘆息し、次の瞬間、太く逞しい指先をギャラリーへ向けて叫んだ。

 

「だが、たとえ彼が斃れても、プロレスを愛するカントーの人々の心の炎は死んではいない!

 ゆえにここからは彼に代わり、この伝説獣のパワーを宿したマイマッスルが相手をしよう!」

 

「心の、炎……!」

 

 ピクン、と僅かにシシオーの体が震え、やがてその口元に、にっ、と怪しい笑みが張り付いた。

 伝説獣、炎、とりポケモン――。

 全ての符号が彼の中で一直線に繋がっていく。

 

「HAHAHA!

 そうか……、そう言う事であったか」

 

「……何の話だ?」

 

「ここカントーちほうに古くから語られる伝説の三鳥。

 打ち捨てられたむじんはつでんしょに巣食う、雷を統べる荒ぶる神の化身、サンダー。

 人の手の及ばぬふたごじまの奥、霧深き氷湖で翼を休めるぜったいれいどの瞳、フリーザー。

 そしてもう一体。

 未熟な挑戦者を大文字風車固め(ファイヤースープレックス)なる必殺技で焼き尽くすと言う、チャンピオンロードの闘神!」

 

「…………」

 

「雷、氷、そしてプロレス。

 HAHAHA! 黴の生えた御伽噺とばかり思っていたでんせつポケモンの一柱に、

 よもや、今日、このような形で遭遇しようとはな!

 あの恐竜王ではないが、ポケモンかくとうぎの神に感謝せずにはいられん」

 

「こちらでの私の呼び名は知らぬ。

 だが、プロレスを愛するメインイベンターの一人として、

 戦いの前に改めて名乗らせてもらおう」

 

 言いながら、なぞのポケモンが鮮やかにマントを投げ捨てた。

 見上げる万来の大観衆の視線が、はち切れんばかりのプロレスラーの肉体に集中する。

 

「私の名はグリフォン! 勇者グリフォン!

 YOUの暴走からポケモンプロレスを守るためにこのカントーへとやってきた、

 セカンドサウスのヒーロー、グリフォンマスクだァ――ッ!」

 

 

 あ! やせいのグリフォンが とびだしてきた!

 

 

 

 

 




 おめでとう! やせいのダイナソーは グリフォンマスクに しんかした!


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