注:身体障害者に関する話題が出ます。気に障る方は閲覧をお控えください。
ブモォォーーーッン。
牛さんの《フィールドボス》で《ブルバス・バウ》が猛っているのを、ボクたちは彼が住処にしている盆地を見下ろせる小さなテーブルマウンテンから眺めてた。
「あいつ、毛皮が黒茶色ってことは黒毛和牛なのかな・・・」
キリトが色気より食い気を優先した感想を言って、
「肉がドロップしたら、分けてもらって食べてみたら」
アスナは好感度が微妙な時期のツンデレヒロインらしいセリフで返して、
「もしお肉が出ても、ボクは遠慮したいかなぁ・・・《逆襲の雌牛》クエストを思い出す」
スパコーーーーーッン!!!
トリを務めたボクがボケて、アスナに鞘で殴られる。
ーー最近、こんなのばっかりな気がするよぅ・・・。
現在、ボクたちが来ているのはキバオウさんとディアベルさんの仲間さんが指揮するパーティーが、圏外フィールドのフィールドボスを戦って倒すのを見学させてもらえる場所だ。
ディアベルさんが戦死した後、彼の率いたレイドパーティーはいくつかの小集団に分かれて分裂。
とくに抗争し始めることもなく平和的に大・中・小と三つの規模に別れて、それぞれが独自に活動し始めている。
今回のフィールドボス討伐作戦は、分裂した中では最強二組。キバオウさんと元ディアベルさんパーティーのリンドさんが率いる2つのパーティーが合同で行うみたいだよ。
「ん・・・?
あのパーティー、どっちがタンクでどっちがアタッカーなのかしら」
「う、うん・・・なんか両方似たような編成だな」
アスナとキリトが二つのパーティーの編成について話し始めるのを聞き流しながら、ボクは先日の一件、ネズハさんによる強化詐欺事件の事を思い出していた。
あの後、アルゴさんがネズハさんの話を聞いて、ボクたちが何をしたのかと言えば・・・何もしなかった。と言うよりも、何も出来ることがなかったんだ。
パーティー間の人間関係はネトゲ内において、外部の人間が特に関わりづらい案件の一つだ。事情を知らないとか、内情がよくわからないとかもあるけれど、一番の問題点は『何かあったときの責任が負いきれない』これに尽きるんじゃないかとボクは思ってる。
「責任がとれないから何もしなくていい」なんて理屈は通らないけど、じゃあ「責任を取る気もなく他人の問題に口を挟むのが良いことなのか?」この疑問にたいして正しい答えを出せる人はたぶんいない。
人それぞれが個人個人で、自分だけの正しい答えを導きだすのが精一杯の難題だから。
お金とか、パーティーに付く箔とか、色々絡んではいるようだけど最終的に解決しなくちゃ前に進めないのがネズハさんと仲間たちとの間に広がった心の壁・・・いや、海かな。
これを乗り越えらずに解決しちゃうと、結局は同じところに戻って来ちゃうんだよなぁ~、こういう問題は。
「あ・・・・・・、連中の、鎧の下の布装備を見てみろよ」
「え? ・・・・・・あ、ほんとだ、パーティーごとに色を合わせてあるわね」
キリトたちの会話内容が耳に入ったから、ボクも彼らの方を見てみると確かに2チームは分かり易く色分けされてて、自分たちのチームメンバーを誤認することがないよう工夫されてる。
攻略を目指してる場合の色分けとしては中途半端で、どちらかと言えば本来の所属団体を主張するのが目的なんだと思う。
だとすると、彼らの思惑というか狙いというか、あるいは『願い』や『誇り』と呼ぶべき感情がボクにも少しだけ理解できて胸が痛くなる。
ああーー彼らはやっぱり『彼のことを』、忘れたくないんだなって。
「・・・彼ら、攻略部隊を役割分担で再編成しなかったのね。
右のパーティーは、全員リンドさんの・・・つまり元ディアベルさんの仲間で、左の緑パーティーはキバオウさんの仲間。
確かにあの二人、あんまりウマが合いそうな感じじゃなかったけど・・・」
「・・・まぁ、気心の知れた仲間でパーティー分けした方が、六人の連携が取れるって判断かもしれないけど・・・」
「でもその場合、パーティー間の連携は悪くなるでしょ。あのボスの場合、どう考えてもタゲられるパーティーと攻撃するパーティーの呼吸が重要だと思うけど」
「まったく仰るとおり」
アスナとキリトの最強ソロプレイヤー二人から手厳しい評価を下された十二人の先頭が、ついにボスの反応圏に踏み込んで戦闘開始。
そこからは結構一方的な戦いとなった。
キバオウさんもリンドさんも素人じみたミスを連発しては味方を危機的状態に追いやりながら、それでもギリギリのところで犠牲者を出すことなく、少しづつだけど勝利に近づいている。
「これじゃ、レイド組んでる意味ないっつうか・・・・・・むしろMobの取り合いじゃないか。ここは何とかなっても、今後大丈夫なのかよ・・・・・・」
ため息混じりにキリトが言うけど・・・ボクは少しだけ別の見方で彼らを見ていた。
だから分かることがあって、それをキリトとアスナの二人にーー多分、これからもソロを続けるんだろう最強剣士二人に聞いてもらいたくて口を開く。
「たぶん、逆なんだと思う。彼らは、目の前のMobを倒すために戦ってるんじゃなくて、今後の自分たちパーティーのためにMobを取り合ってるんじゃないのかな。
ーー自分たちの信じるディアベルさんのやり方を確立するために」
「「・・・え?」」
二人が惚けた表情でボクを見て、ボクは二人を少しだけとぼけた表情で見返して、ほにゃっと苦笑しながら二つのパーティーの不器用な十二人に心の中で声援を送る。頑張れって。
「キバオウさんもリンドさんもボクたちと同じで第一層フロアボス討伐に参加した、現時点での最強格だ。今キリトやアスナが言ってた程度の常識は当然、把握しているんだと思う。
それでも彼らが非効率的と知りつつも同じようなやり方で、でも少しだけ違っているやり方を仲間たちにも自分にも強制しているのは、あれが本来の彼らの戦い方じゃないからだよ。
慣れてないから上手く動かすことが出来ないし、自分自身もベストポジションがどこだか分からない。手探りの状態で彼らはフィールドボスに挑んでる」
「な、なんでだよユウキ? そんな事したって死ぬ可能性が増えるだけで、リスクコントロールがまるでできてない。安全マージンを取るのが基本のデスゲームで、それは自殺行為に等しいじゃないか」
「そうだよユウキ。あの人たちだってアインクラッドを攻略して、現実世界に帰還したいと思ってるはずだよ? それなのに自分の身を不必要に危険にさらす意味も必要もどこにも見当たらないじゃない」
「そうだね。二人の言うとおりだとボクも思う。
思うんだけどーー」
はぁ、とため息を付いてから、ボクはどうしようもない程に度し難いおバカさん十二人に目線を向けながら、困ったちゃんを見つめるときの表情で笑いながら告げる。
「ボクたちはそれをやった。第一層で、あのボスの間で、ディアベルさんの呼びかけに応じて集まった寄せ集めの烏合の衆が、MMOの常識的には敗色の方が濃厚な戦いに勝利を確信して挑んで勝利した。
そしてその結果、第一層ボス攻略時には参加しなかった高レベルプレイヤーたちが集まってきてくれて攻略組の基礎が形成されたんだ。
だからこそ彼らは、自分たちが信じるディアベルさんのやり方を、自分たちなりの解釈で再現しようと必死になってる。文字通り、命を懸けながらね。あれだけピンチに陥り続けてもパーティーが戦線崩壊しないのはそのせいだよ、きっと」
唖然として黙り込んでる最強ソロ二人。
苦笑しながら頬をかいて、気恥ずかしさを誤魔化してるボク。
ーーこの表情こそ、ボクがこの一件から全力で二人を外しにかかった理由。
ソロでパーティーを持たず、将来的にもギルドを結成する気のない二人にとって正しい答えが、もう既にギルド名さえ決めちゃってる人たちの問題で正しく機能するとは到底思えなかったから。
仲間同士の信頼を取り戻し会うのは、実のところ簡単だ。今回の場合においてはの話だけどね?
ネズハさんが犯罪に手を出さざるを得なくなったのは、彼がSAOに接続した最初のテストでFNC判定ーーフルダイブ不適合と認定されたことが原因だ。
アインクラッドに『アバターのネズハさん』が誕生したとき、産み落とされた時点で彼は視覚障害を負っていた。見えないってほど重傷じゃないけど、遠近感、奥行き感がうまく働かないらしい。アバターの手と、その向こうのオブジェクトがどれくらい離れているかも判別できないほどに。
彼はその事実を仲間たちに伝えないままパーティーにとどまり続けて、ついにはASOの正式サービス開始の日、デスゲームが始まったあの《はじまりの街》まで騙し続けて仲間に入れて“もらい続けた”。
投剣スキルを上げることで何とか追従してきたけど、それも限界に達した彼は、ギルドが出遅れてるのは自分を抱えているからだと。
口には出さないけど、みんなそう思っているはずだと。
鍛冶屋に転向するって言っても修行にお金がかかるから、いっそこいつをはじまりの街に置いていこうって誰かが言い出すのを自分は待ってる状況だったんだって。
これを聞いてボクは確信した。
この件はすべて『誤解によって成り立っている』んだって事を。
身体障害者は過剰なほど周囲に気を使う悪癖がある。その一方で彼らは、周囲からの言葉に影響されやすい。悪意も善意も関係なく、困ったときには何かに縋りたがる癖が付いている。
逆に彼らの多くはヒドく純粋で傷つきやすく、健常者にとっては何でもない平凡な一言が胸に突き刺さって抜けない棘になることだってある。
これは生まれつきハンデを負ってた人間にしか実感できない問題で、彼らを抱え込み続ける側に必要なのはその場凌ぎの感情論じゃなくて、長期間ハンデを背負った彼らを背負い続けて支え続けて不安を肩代わりしてあげられる為には自分になにが出来るかと考える計画性だ。心じゃなくて、数字なんだよ。だからキリトとアスナをこの件にはこれ以上、関わらせるわけには行かなかったんだ。
弱者救済。今の日本人が大好きな言葉だけど、これは決して綺麗なだけのお題目じゃない。現実的な手法で解決していくべき大問題だ。感情論の入り込む余地なんてこれっぽっちもない、
彼らを救うのに優しさは必要ない。それは救いたいと思うときにのみ必要な感情だ。
当然だよね。実際に彼らを救うために必要となるのは、気持ちじゃなくて行動力なんだから。
出来るだけ多くの人の理解と協力と支援を。そのためには出来るだけ強大な組織と資産を。
守るため、支えるためなら強さと正しさと優しさで十分だけど、守り続けて支え続けることは容易じゃない。理屈じゃないけど、気持ちでもない。物理的に影響を与えられる大きな何かがどうしても必要となってしまうんだ。
たとえ強くなったキリトとアスナが彼を守り続けて、彼がレベルだけは攻略組に達したとしても問題は解決しない。むしろ最悪なまでに悪化してると思う。
障害を負った人間にとって、劣等感と感謝の念は簡単に位置が入れ替わってしまうアンバランスなものなんだ。ちょっとした言葉で感謝が殺意に、劣等感が優越感へと変わってしまう。
そんな人とずっと一緒にやってくことは、普通の人たちが考えてるほど簡単じゃないし楽しいものでは決してない。辛いときの方が多いし、みんな笑顔で過ごせる1日のために一ヶ月の苦労を要求される事なんてザラにある。
でもーー
「だとしたら《レジェンド・ブレイブス》の人たちは、そのハンデをSAO正式サービスの三ヶ月前から背負ってきたって事になるんだ。経験者としては正直、気づかないなんて事はあり得ないと思うんだよね」
ボクの長話を聞き続けてくれた二人は、少しだけ顔を青くしながらも確認を取ってくる。
「つまり彼らは全部承知の上でネズハに負担をかけたくないから騙されてるフリをし続けていて、ネズハが一人で暴走してるだけだからキバオウとリンドの二人に事情を説明して協力させる、と。それがおまえの考えた作戦なんだなユウキ?」
「大まかなところだとそうなるね。
・・・と言うか、それ以外には今のところ打てる手がないんだよ。障害者の心理ってそれぐらい難しいものだから、知らない人の群の中に放置するなんて危険すぎる」
ボクは天を仰いで吐息しながら、アスナから聞いたキバオウさんの話を思い出して、
「いっそのことキバオウさんが考えてる《アインクラッド解放軍》に初期メンバーとして加入させてもらえないものかなー。そうすれば全部の問題が一気に解決できるのに」
「えー!? あの一層にある《はじまりの街》に拠点を固定して、あそこに留まってる何千人ものプレイヤーからも積極的にメンバーを募集して武器防具も支給して集団戦闘の訓練までさせて、最前線プレイヤーの数そのものを増やそうなんて頭おかしい考えの人にネズハさんたちを預けようだなんて!
ユウキ! なんて悪いこと言い出すの! 叩き直してあげるから、ちょっとそこの岩に手を突いてお尻を突き出しなさい!」
「・・・アスナ? いったい君はボクをなんだと思っているのかな・・・?」
あと、君はいったいボクの何なのかと問いたいです。
「ま、まぁまぁアスナ落ち着いて・・・。でも、ユウキ。俺も今度の件ではアスナの意見に賛成だ。あいつの言う《わいはわいのやりかた》を、俺はどうしても承伏できない」
キリトがアスナを宥めてるときとは打って変わって厳しい表情でボクに意見する。
う~ん、やっぱり偏見持っちゃうと、そう考えちゃうよねー。分かってたけどさ。
それにキリトは、ソロで最強でベーターだ。そんな彼だからこそ見落としてしまう落とし所が存在していることを彼はどうやら知らないみたい。
「彼がディアベルさんから受け継いだ《わいのやりかた》は、キリトが思っているのと少し違うと思うよ?」
「・・・どう違うって言うんだよ?」
ちょっとだけ不機嫌そうなキリトの返しに、ボクは少しだけ気取ってみてから、
「『勝とうぜ、みんな』」
「「!!!!!!!」」
さっきよりもずっと驚いた表情でボクを見つめ返す二人に、ボクはさっき以上に困った表情で返すことしかできない。・・・恥ずかしかったから。
「キバオウさんは本気で『みんなと一緒に勝って帰ろうとしてる』。ディアベルさんの訃報を聞いても他人事のように知らんぷりして《はじまりの街》から出ようとしないプレイヤーたちさえ一緒に戦って勝って帰りたいと思ってる。
そう言った人たちにも土下座させて貯め込んだ金やアイテム軒並み吐き出させて、命を預けられて預けられるパーティーメンバーになってもらいたいと本気で思い、実行に移そうとしているスゴい人だよ。彼なら信用しても大丈夫。
何千人もプレイヤーが参戦してる巨大組織だったら、運営するのに職人プレイヤーや商人ロールプレイヤーだって必要になってくる。後方支援組を増やすことで結果的に、最前線プレイヤーの数そのものを増やすことが可能になる。
たぶん、彼の言ってる《アインクラッド解放軍》っていうのは、そう言う組織を構想してるんじゃないかな?」
「で、でもねユウキ? 私、家がそれなりに大きくて地位もあるから分かるけど、組織ってそんなに簡単に動かせるものではないし、利権とか色々絡んできて歪んでくものなんだよ?」
「そだよ? だから障害者のネズハさんを支え続けてきた実績のある《レジェンド・ブレイブス》のみんなが側にいて、キバオウさんを支えてもらいたいんだよ」
今度こそ(゜д゜)ポカーンとなって沈黙しちゃったアスナとキリト。そんなに驚くほど意外性のある意見だったかな~?
将来性のある組織に先行投資しておこうってだけの話じゃん。解放軍自体、まだ影すらできてないんだし捕らぬ狸の話だよ?
「んじゃ、むこうも決着ついたみたいだし、ボクちょっとキバオウさん達とお話ししに行ってくるねー☆ きゅいーーん♪」
こうしてボクは走り出す。キバオウさん達のところに。
走ることで気分を紛らわせながら。黒い感情に心を支配されないために。心を支配させないために。
「『そいつが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるなら、すげぇクールな稼ぎ方があるぜ』、ねぇ・・・」
走りながら、ボクの脳味噌が思い出したくもないのに思い出すのはネズハさんから聞かされた、黒エナメルの雨合羽フードさん。
障害者のネズハさんを支え続けた《レズェンド・ブレイブス》の好意と優しさと信頼を地に落として辱め、最悪リンチで殺されるのを見物したがってたっぽい人殺しヤロー。
自分が生き残るために人を殺すんじゃなくて、人が人を殺してるのを見て笑いたがる最低最悪のクズやろー。
「決めた」
走りながらボクは決意する。たぶん、この決意はアスナにも《トンネルで出会ったあの子》にも妥協させることができないだろうなぁと、他人事のように思いながら。
「雨合羽ローブの人・・・・・・・・・・・・君はボクの、倒すべき敵だ」
つづく