「おおぅ・・・」
《月夜の黒猫団》が拠点としてのホームにしてる宿屋の一室で、ボクは今夜もスパッツとタンクトップ姿で(どっちも色はグレイだよ)ベッドに胡座をかいて呻いてた。
黒猫団の訓練をボクが監督してあげられるのも、残すところわずか。
比較的順調な男の子たちのレベルアップ具合に問題はない。サチちゃんの盾持ち剣士転向だけは鈍足だけど、想定内だから別に良し。世はすべて事もなし。
ーーだから、問題があるとすれば黒猫団内部にじゃなくて、外から見ているこわ~い人の方。
「そりゃ、帰宅予定を勝手に変更しちゃったボクも悪いとは思うけどさ~。でも、さすがに長文メッセージを1時間に三つはやりすぎだよアスナ・・・」
貯まり貯まったアスナからの長文メッセージの山をスクロールさせながら、ボクはちょっとだけゲンナリしながら虚ろに高い天井を見上げることにした。
「知らない天井だ」
しょうもないネタをかます事で不安を体内から追い出したボクは、そろそろ来るはずの彼女を迎え入れるために準備を始めることにした。
現実逃避と嗤わば嗤え。
ゲームと違って現実には、立ち向かっても勝っても負けても一切合切関係してこないBADENDというものがあるのだよ。
訪れるのが確定している終わりに関して、ボクは最後の瞬間まで楽しく過ごせるよう努力する道を選ぶタイプなんだい!
トントン。
お、来た来た。「入っていーよー」
がちゃ。
「ごめんね、ユウキ。今日もやっぱり眠れなくて」
笑顔を浮かべて、でも足先が震えるほど不安に襲われながらサチちゃんは今日もボクの寝室を訪れては一緒のベッドで朝まで過ごす。
そんな彼女の横顔を見ながらボクは思う。
この子は、少しだけキリトに似ていると。
サチちゃんは何でもかんでも抱え込んで溜め込んじゃって、親しくなればなる程に不満や不安を言い出さなくなる、所謂ひとつの『よい子』な性格。
皆から期待されたら応えるために精一杯がんばるのに、頑張りましたから褒めてくださいがお願いできない、本当はとっても努力家な女の子。人に見えないところで色々仲間のためにしてくれてる優しい子。
でもーーそれを誰より分かってほしい仲間たちほど彼女の実力を高く評価し、『おまえならやれば出来る!』を強制されちゃう難しいタイプの女の子でもあるとは思う。
親元を離れて長期入院している子供たちは我慢するのが得意だし、よい子でいるのも得意になる子が結構多い。
他の子がわがまま言ったりしてると逆に大人しくなって面倒見が良くなるタイプの子は、前世の病院生活では珍しくなかった。
こう言う子は危険だ。我慢して努力することに慣れ過ぎちゃってて、自分がどこまでなら我慢できるか努力できるかを考えてない。出来てしまうから、考えなくなってしまってる。
他人のことはよく見えてるのに、自分の上限だけは把握できずに限界超えて、壊れてから周りが気づく。そう言うタイプの子と、彼女の特徴は酷似しすぎてる。
「ねぇ。今夜は、なんのお話を聞いてみたい? 何でもいいよ? ボクが知ってる範囲で全部教えてあげるから」
「・・・本当に? だったら妖精王オベイロンの話の続きを聞かせてくれる?」
「おっけー♪ この前は途中で寝落ちしちゃったオベイロンの話の続きはねぇ~」
毎晩、毎晩。ボク達はどうでもいい内容を話し合った。そう言うのしか話さなくてすむ様にボクと彼女が意識し合ってたからでもあるんだけども。
彼女のタイプに現実論は無意味だ。
みんなの分まで不安を代替わりしてでも周りの笑顔を守っている子は、実年齢に関係なく頭がすごく良くて人の気持ちに敏感だ。嘘はすぐに見抜かれるから意味を成せない。
言わなくても分かっていることを口に出すのは、意味や意義はあるけど効果はあんまりない。そう言うのも求めているけど、それだと一時凌ぎしかしてあげられない。
本格的な問題解決は赤の他人だと無理だから、ボクは彼女にとっての『お母さん』を演じればいい。彼女たちは誰からも頼られてるから、誰にも頼れない。頼れそうな人を見つけたら、却って依存しちゃう。
もう二度と会えない、二度とお礼を言えなくなってしまった二人のお母さんたちが教えてくれた。
子供だからと言う理由だけで無条件に我が子を甘やかしてくれるお母さんは子供にとっては絶対的な存在であり、不安に怯える子供の心には夢で過ごせる時間と、お休み前の寝物語として聞かせてくれるお伽噺がどれだけ助けになっているかをボクは前世と今生、二つの世界で二人のお母さんから教わっている。
だからボクは未熟でも役不足でも、今だけはサチちゃんのお母さんをしてあげる。求められるまま全部してあげちゃう。思いっきり甘えさせてあげるんだ。
だって、期間限定って特別な日のことなんだから。特別な日は、その時しかできないことしないと勿体ないでしょ?
ーーそんなある日のこと。
晩御飯を食べるため食堂に降りてったら、サチちゃんの姿が宿屋から消えたって、ケイタたちが大騒ぎしてた。病院ではよくあること、よくあること。
と言うわけでボクはセオリー通りに街中でも目立たない場所にある主外区外れの水路に行ってみたら、案の定というかお約束と言うべきなのか、サチちゃんは一人で膝を抱えたままうずくまっていたから、思わず吹き出しちゃったよ。
意外すぎる反応だったのか、少し驚いた後でサチちゃんがもの凄く不機嫌になっちゃったけど、これは仕方ない。
だってーーあんまりにもボクと同じ事やって、同じ場所で同じポーズでうずくまってる黒歴史持ちなんだもん。そりゃ吹き出すよ。
「ゴメンゴメン、あやまる、あやまりますゴメンナサイ。
ーーところで疲れちゃったから、ここ座ってもいいかな? いいよね? 座るよ? よっこいしょっと」
「ぜんぜん反省した様子がない! それから最後のおじさん臭い!」
前世と今生トータルするとギリギリ三十路ですから~。
「もう! ユウキはまったく!ユウキはまったく!」
有無をいわさず了解も得ずに側まで近づいて座ったボクを、彼女はイヤがることなく不平と不満だけをブツブツこぼしながら受け入れてくれた。
まぁ、これも良くあることなんだけど、いろいろ溜め込んじゃってる子は全部吐き出させてからの方が話しやすいし受け入れやすくなる事をボクは実体験して知っている。ボクがしてあげた経験と、ボクがしてもらった経験の双方が身を持って教えてくれている。
心の負担はアインクラッドに存在している最上級の毒系バッドステータスよりも強力な世界最凶の猛毒だ。そんなのを体内に残したままじゃ会話にならない。毒の緩和は毒治療の基本だよ。
言いたいこと言って落ち着いたのか、さっきまでとは打って変わって一言もしゃべらないまま黙りこくっちゃったサチちゃんだけど、やがてポツポツと小声でボクに話しかけてくる。
ーーいや、違うか。ボクにじゃなくて、彼女は彼女自身の不安にに話しかけてるんだろうな。
人と向き合うのに慣れていてても、人の中で生きる自分が望んでたのと違う気がする自分自身とはなかなか話す機会がないからね。こう言うときには都合がいいのかな?
「・・・・・・ユウキ。どうしてこんなとこが判ったの?」
「サチちゃんが今、みんなには内緒で行くとしたらここだと思ってた。だから下見は前に済ませてあったし、トラップもどきで居場所も特定しやすくしてある。思ってたより、ずっと簡単だったよ?」
またしても驚いた顔を見せるサチちゃん。今までの取って付けたように弱気な表情を、今日は一度も見せてない。良いことだと思う。だって、この子は周りに合わせすぎてる自分に気づいてないから。
人に合わせることは大切だけど、自分の意見を言うのは悪いことだ我が侭だって思い込むのは、間違いなく悪いことだ。自分で言わないようにするのと、言っちゃダメだから言わないって言うのの間には海よりも深くて山よりも高い断崖絶壁がある。
我慢するのは良いけど、我慢させられるのを我慢してちゃダメだよ絶対に。
「・・・ねぇ、ユウキ。私が今あなたに一緒にどっか逃げようって言ったらどうする?」
一分か二分ぐらい経ってから、サチちゃんは消え入りそうな声でボクにそう尋ねてきた。
でも、ゴメンね。
その質問に対する答えをボクは生まれたときからーーううん、生まれ変わったあの瞬間に決めちゃってるんだ。だから何度同じ質問をされても即答で同じ答えしか返せないんだよ。本当にゴメン。
「サチが逃げられるまではボクが守り抜く。黒猫団のみんなが追ってきたら返り討ちにして追い返すし、モンスターにだって絶対負けないし殺させない。
安全に暮らせる場所まで逃げ延びてから小さな家を買ってサチにあげて、それからボクは前線に戻ってアインクラッドを攻略する。誰にもボクの目に映る範囲の人たちを死なせたりなんかしない。みんなを守り抜くためなら、ボクは誰だって敵に回して守り抜くために剣を振るう。ボクにはサチ一人を守り抜く剣にはなれないんだ。ゴメンね」
しばらく沈黙してからサチちゃんは小さく笑って、でも涙を流してて。
「・・・・・・うん。なんとなく、そう答えるんじゃないかなって気がしてた」
そんな泣き笑いのちぐはぐな表情でボクを真っ直ぐ見つめてくるから困ってしまった。
弱った。こう言うときに即興で答えられるほど、ボクは対人経験ないんだった。普段はなにも考えずに、貫くと決めた道を信じて貫いてるだけだもんなぁ~。言いたいこと言ってるだけの人間に気遣いとかはすごく難しい。
・・・・・・これ、割と本気でどうすればいいのかな・・・? えっと、ギャルゲー知識ギャルゲー知識を脳内検索しはじめてっと・・・。
「私ね、臆病なんだ」
ギャルゲーち・・・ん? 今なんて言ってた? もしかして「臆病」とか言ってなかったかな?
そんなバカなことはないと思うけど、ボクは検索を中断してサチちゃんの話に聞き入ることにした。ひょっとしたらこれが突破口になるかもしれない。そう思ったから。
「・・・私、死ぬの怖い。怖くて、この頃あんまり眠れないの。このゲームに閉じこめられてからずっと怖くて仕方ない。
こんなに怖いんだったら、いっそ死んじゃいたいって思うこともあるけど、それもできない。死ぬ勇気があるなら、こんな街の圏内に隠れてないもんね」
・・・話を聞いていくうちに、ボクは今日までのバカな自分を殴り飛ばしたくなってきた。
傲慢で自信過剰で自意識過剰で前世知識があるから自分は何でも分かっているとでも思っていたのか、この似非転生野郎めが!って、怒鳴り散らしながら自分自身を傷つけられたらどんなに気が楽になっただろうと思うけど、それは今この場で贖罪を済ませてからだ。
彼女を知らずに見下していた自分自身の罪を終わらせてからじゃなければ罰なんか受けれられない。罪を罪として白日のーー月の光の下に照らし出さなきゃいけない。自分を罰するためには、自分が加害者だと認識した事実を被害者に直接本人の口から伝えなくちゃいけない。
それが罰の入り口ではじまり。それを通らないと罰も裁きも自己満足で終わっちゃうから。
ーー自己嫌悪に没頭してたせいなのかな? 次にサチちゃんがなにを言うのか予想できてたはずなのに、思わず意表を突かれてボクは愕然とさせられることになる。
彼女は怯えながら、自分の身体を抱きしめながら、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、何でこんなことになっちゃったの? なんでゲームから出られないの? なんでゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの? こんなことに、何の意味があるの・・・・・・?」
ーーああ、そう言うことだったのか。
ボクは、ようやく納得できたおかげなのか、奇妙な安心感に包まれてヘタリ込んでしまってた。茅場晶彦がデスゲームを作った気持ちが今、ようやく分かったんだ。
ボクは彼女をーーサチちゃんを見る。
死に怯えながら毎日を過ごしていて、それでも笑って、泣いて、必死にこのアインクラッドを生きているプレイヤー。
《SAO》をゲームオーバーになったら死ぬだけのゲームとしてじゃなくて、本当に死が身近にある剣と冒険の世界《アインクラッド》で冒険者をして何とか日々を生きてる《アインクラッド》の住人たち。
プログラムされた内容を実行に移すだけのNPCとは違って、デスゲームとしての《SAO》をリアルと同じ自分が生きてる世界と認識して生きている彼女のようなプレイヤーこそがアインクラッドで生きてる本当の住人たちであり、茅場晶彦が剣と冒険の世界を作るためには絶対に必要だと感じた人たちなんだと理解できた。
考えてみれば当たり前のことだった。
勇者が巨大な鉄の城に閉じこめられて、頂上にある魔王の城まで辿りつき、魔王を倒して世界を救い現実世界に帰還する。
それだけが見たいんだったらMMOである必要性が全くない。ふつうのオフラインRPGで充分だ。実際にSAOが出来るまでVRはそう言うゲーム機だったんだから。
でも、彼はSAOを作った。SAOじゃないとダメだったからだ。そうしないと彼が見たがっていた『私の世界』を観賞することができないから。
SAOはたぶん、キリトのような選ばれし者がクリアすること前提で創られたゲームなんだと思う。勇者が魔王を倒して閉じこめられてる人たちすべてを救出する王道展開こそ、彼がナーブギアを創るために半生を費やしてまで見たいと切望していた世界なんだとボクは思う。
だからこそ、勇者の周囲で彼を支える人たちは、彼に色々な事を教えてくれる、『この世界の住人たち』じゃないとダメだったんだ!
「・・・・・・・・・すごいなぁ、サチは」
「・・・え?」
何の前触れもなく褒められて、サチちゃんは目をパチクリしてた。そりゃそうなるよね。ボクだってそうなるだろうし、キリトだったら思いっきり慌てそう。相手がサチちゃんみたいなか弱い系正統派美少女だったら尚の事だ。
「死ぬほど怖いのに、死んじゃいたいと思うほど怖いのに、自分で死んじゃうことすら出来ないくらい怖いのに、毎日毎日眠れなくなるくらい、怖くて怖くて仕方がないのに、でも君はここにいる。ここまで来てるし、来れている。
死にたくない怖い、現実に帰りたいけど帰れない、こんな世界はイヤだ早く帰りたい帰してよって、心の底からずっと絶叫し続けてたのに、その事を知っているのは今初めて聞いたボクがこの世界で最初の人間だったなんて、サチちゃんの勇気レベルがカンストしてない?」
「・・・・・・・・・・・・」
考えてもいないことだったらしくて、サチちゃんはしばらくフリーズしたように動きを止めちゃった。一分経って二分経って三分経って四分経ってーーって、これもしかして処理落ちしてない? いくら何でも長すぎるような気がーー
「・・・そ、そんなことないよ? うん、ぜんぜんない全くない。突然なにを言い出すのかなー、ユウキったら~あはははは」
うわぁ・・・わっかりやす。
「え、えっとね。なんて説明したらいいのかな・・・。そう! この間ね、長い間仲良くしてた他のギルドの友達が死んじゃったんだ。私と同じくらい恐がりで、ぜんぜん安全なはずの場所でシカ狩りをしなかった子なんだけど、それでも運悪く一人の時にモンスターに襲われて、死んじゃったの」
「うん」
ボクは相づちだけ打っておく。ここは彼女の思いをすべて聞くことが出来る最重要イベントで、彼女の『心を弱い女の子で、戦いには向かない』と見下していた自覚の乏しい強者の側に属するボクの驕りを叩き潰す絶好の機会でもあった。
ありがたくご教授させてもらいます!サチ先生!
「それから、私すごくいろいろ考えて、それで思ったの。この世界でずーっと生きていくためには、どんなに周りの仲間が強くても、本人に生きようっていう意志が、絶対に生き残るんだって気持ちがなければダメなんだって」
「うんうん、なるほど。それでそれで?」
「私ね、ほんとうのこと言うと、最初にフィールドに出たときからずっと怖かったの。はじまりの街から出たくなかった。黒猫団のみんなと現実でもずっと仲良しだったし、、一緒にいるのは楽しかったけど、でも狩りに出るのはいやだった。そんな気持ちで戦ってたら、やっぱりいつか死んじゃうよね。それは、誰のせいでもない、私本人の問題なんだから」
「うんうん」
「私はユウキが強いのを知って嬉しかった。それを知ってから、君の隣でなら、怖がらずに眠ることができるようになったの。それに、もしかしたら、私と一緒にいることが、君にとっても必要なことなのかもって思えたことも、すごく嬉しかった。なら、私みたいな恐がりが、ムリして上の層に登ってきた意味もあったことになるよね?」
「うんうん、そうだね」
「えっと・・・えっとね、つまり私がなにを言いたいかというと、もし私が死んでも、ユウキはがんばって生きてね、ってことです。生きて、この世界の最後を見届けて、この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味、そして君と私が出会った意味を見つけてください。それだけが、私の願いです。
・・・なんか、途中から脱線しちゃってごめんなさい」
「あはははは、ぜんぜんヘーキ、だいじょーV!」
明るく軽く受け流してから、ボクは少しだけ真剣味を加えた表情で彼女の目を真っ直ぐ見つめて、ストレートにボクの思いを嘘偽りなく告げる。
卑怯な言葉だと自覚してるけど、言わずにいるのは言いたい気持ちに嘘ついてるからボクにとっては同じ事。
同じ傷つけるなら自覚のない嘘でつけるより、傷つけちゃう覚悟を持って言った方が何倍も良い。それがボクの信念だから。
「でも、ゴメン。今の話聞いてからだと、それはムリです。
サチちゃんがボクのために、みんなのために怖いの無理して我慢し続けて生きてきたのに死んじゃいましたから私のことは忘れて頑張って生きてくださいは無理です。不可能です。ボクはサチちゃんほど勇気に満ちあふれた精神持ってないんです、ただ剣の才能が君よりあるだけなんです」
「ーーーー!!!!」
「だから、ごめんなさい。生きてください。死なないで、生き抜いてください。
怖いの我慢してここまで来たんだよ、みんなが気づいてないだけで本当は怖かったんだよ辛かったんだよって、黒猫団のみんなに打ち明けて、不満と不平と文句の暴風雨をみんなにぶつけまくって黒猫団に方針転換強制してでも生き延びてください」
「そんな・・・でも!」
「ーーて言うか、生き延びてもらいます。断った場合は今聞いた内容を録音していたメッセージ録音クリスタルを彼らにクリスマスプレゼントさせていただきますので覚悟の程を。
ちょっとだけ早い、Merry Christmas!」
「黒サンタだ!真っ黒黒な黒サンタだよ! ぜんぜん幸せを運んできてないじゃないの! そんなサンタクロースは今がクリスマスじゃなくても来てほしくないよ!」
「ふはははははーー! なにを言っているのかなサチくん! サンタクロースは良い子にプレゼントを贈る存在だよ! もらった本人がプレゼントで幸せになるかならないかは貰った人の意志と努力で決まるもの!
いきなり煙突から侵入してきてMerry Christmas!って叫んで、何が入ってるかも分からない箱を押しつけて逃げてく不法侵入の常習犯に良識なんか期待するだけ無駄なのさー!」
そして何よりボクのアバター《ユウキ》のイメージカラーは紫! 黒に近い色だよ! 少なくとも赤じゃないし青でもない! よい意味合いでのサンタクロースなんかとはほど遠い! 一番近いサンタクロースさんはサンタ・オルタさんだ!
喧々囂々。ワイワイ、ガヤガヤ。
《アインクラッド》って言う、剣と冒険の世界の片隅にある小さな街の水路の端っこの方でボク達二人は愛でも何でもない、しょうもないおしゃべりをして時を過ごす。
やがて迷宮区を探し終わって帰ってきたらボクも消えてて戻ってないからと町中探し回ってた黒猫団のヤローどもも駆けつけてきて、みんなでワイワイガヤガヤして一晩過ごして朝起きたらその場で地面に横たわってました。周囲に散乱している空き瓶が微妙にイヤでした。
それからボクがやった事なんてなにもない。
黒猫団のみんなはサチちゃんの気持ちに気づかなくてゴメンと謝って、土下座までして大いに慌てさせまくって、でもみんなサチちゃんに片手剣士に転職してほしかったのは恐がりな彼女に危なっかしさを感じてからで、『みんなで頑張って生きて帰ろうぜ』な、防御力重視の『いのちだいじに』方針だったことを説明してサチちゃんからもゴメンナサイ。
ギルド全体で誤解があったのに気を使いあってお見合いしてた事実に気づいてバッカみてぇな王道展開に。
ご都合主義だけど、現実なんてこんなもの。口で言っていれば問題ない程度のことでも、知らないままだと全滅の危機すら内包しちゃうのが人間関係。
知っているか知らないかで全てが決まるのは、ゲームもリアルも変わらないし変えられない現実なんだとボクは思ってる。
だから正しい情報を手に入れた今、ボクが黒猫団にもたらせる物は何もない。ここからは彼らの物語で、彼らの旅だ。部外者はときどき立ち寄らせてもらって仲間たちとの友情を確かめあえればそれで良い。
もし、ボクが彼らのためにまだ出来ることがあるとしたら、それはいつか必ず訪れる彼らの旅が終わる瞬間に、彼らが誰一人欠けることなく笑顔で迎えられ得るよう神様に祈っておくぐらいかな?
効果あるかないか分からないのが、神頼み。
御利益あるか分からないなら、あると信じて祈っておく。
やらないよりかはマシだと思ってやっておけば、いざというとき信じて生き延びられるかもしれないから。
お守りは、出たとこ勝負の人生に挑んで勝つための精神力を補正してくれる補助装備。
そう言うもんだと信じるボクは、後顧の憂いなく宿屋の扉を開けて外に出てーー
「へぇ~・・・。帰ってくると言いながら帰ってくる気配がなくて、一週間近く家出していたドラ娘がさわやか笑顔で朝帰りするんだ、そうなんだ。
ねぇ、ユウキ。なにか言い残したことはあるかしら? 聞くだけ聞いてあげるから言ってみなさい。
言うだけなら、聞くだけならリスクも危険も存在しないわよ?」
バタンッ!!!
「助けて、みんな! 今こそ月夜の黒猫団が一致団結して仲間を守るときーー」
『いや、ゴメン。無理です不可能です諦めてください守り切れません。今まで相手にしてきたモンスターのどれよりも死の恐怖を実感させられましたので。
やっぱり前線組のユウキに僕たち(私たち)が関わる資格なんてなかったんです。だから頑張って生き延びて! グッドラック!!』
「う、裏切り者ーーーーー!!!!」
裏切ったな! ボクの気持ちを裏切ったな! さんざんレベルアップに利用したあげく用済みになった途端にポイしたな! この恨みは忘れないぞーーーーーっ!!!
「いいから来なさい。帰ってお説教の時間です。今日は人前に出れなくなる事を覚悟しておきなさい」
「なに!? なにされるのボク!? 今日一日人前に出れなくなるお説教って、どんなお説教!? むしろそれって、お仕置きって言わないかな!?」
ズルズル、ズルズルと襟首つかんで引き摺られながらもボクらは家路につく。
ボクにとって三人目のお母さんは優しく手厳しくてキッツいお仕置きしてくるけれど、今までで唯一ボクの側に居続けてる人。居続けてくれてる人。ボクを置いて先に逝ったりはしない人。
絶対に守りたい人で、絶対に守り抜かなくちゃいけない人。最期を迎えるときに見送られたい人でもあって、旅を終えた後にはもう一度会いたくなって化けて出ちゃいそうな人でもある女の子で、他の誰より長生きしてほしくって、ボクが死んだ後も元気に長生きしていてほしいと心から思う気持ちに嘘なんて欠片もない。
けど。
だけど。
本音を言っちゃっても構わないなら。
いつまでもいつまでも長生きして、ボクの隣にいてほしい。
サチちゃんやキリト、みんなと一緒にどこまでもどこまでも旅をしていきたい。
旅するときにはいつも隣で笑ってくれて、悪いことしちゃった時には怒ってほしいし叱ってほしい。
デスゲームの中でこんな願いを抱いちゃうボクは、ひょっとしてサチちゃんよりも、他のどんな悪徳プレイヤーよりも我が侭で自分勝手だったりするのかな?
つづく