ーーぽふっ。
フリーベンの街にあるチーズケーキが美味しい宿屋さんの二階に借りた部屋で、ボクはベッドにジャンピング女の子座りしながらーー叫ぶっ!
「あぁぁぁぁーーーー恥ずかしかった! スゴく恥ずかしかった! 一生分のジゴロ分を出し切っちゃった感じだね! もう一度死んで転生できない限りはやりたくないかな!」
一頻り叫び回ってゴロゴロ転がり、真っ赤になってる顔を枕に深く埋めまくりながら、ボクが思い出すのはお姉ちゃんのこと。
一人っ子だった前世のお姉ちゃんじゃなくて、姉妹として生まれた今生におけるお姉ちゃん。顔は全然似てないのに、なぜだかアスナにすごく似ている気がする大事な大事なボクのお姉ちゃん。
二人きりで過ごす時間が長かったボクらは、ごく自然な感じでボクが一方的に依存しちゃって甘えすぎちゃって。
恩返しというか、代償行為の姉代わり役を誰かのために演じてみたくなった結果、シリカちゃんをダシにして利用しちゃった部分が少なからずあったのだった。
「悪いこと・・・しちゃったかもなぁ・・・」
一人ごちたボクだけど、すぐにそれは間違いなんだと気づけてた。
悪いことしちゃったかもじゃなくて、悪いことをしちゃったんだ! 謝りに行かないと! 今すぐに!
例の『遠慮してると時間がもったいない』病が発病しちゃったボクは、大急ぎで部屋のから出てシリカちゃんの部屋に向かおうと扉に手をかけた瞬間に気が付いた。
部屋に入ったときに外しちゃって、今ボクのアバター・・・服着てなかったよ。
「ふぅー・・・危なかった~。ドアのロックを解除した直後に気づけたからギリギリセーフ・・・って、そういえば忘れちゃってた。《プネウマの花》関連で何かあったら連絡するよう言われてたんだっけ」
下着姿のままなのはなんだかなーって思うんだけど、連絡相手が同性同士の場合は問題なしだよね! たとえ前世での性別だとしても、ボクの心は男の子のままなんだから!
心は男! 身体は美少女! その名は転生者紺野綿季のアバター、真っ黒剣士のユウキだよ!
「・・・お、出た出た。もしもーし、ユウキだよー。夜遅くにごめーん。
あれ? もしかして寝てたの? じゃあ起きよう! 夜はまだ早い! よい子は寝る時間だけど悪い子代表のビーター君が寝るには早すぎる時間帯・・・ごめんなさい! なま言いました! 本気で許してお願いだから! 今、女の子とひとつ屋根の下にいることお母さんに告げ口されたらボク死んじゃう! 恥ずか死んじゃうほどのお仕置きされちゃうからホントに許してつかぁさい!」
「はふぅ・・・」
ーーぽふんっ。
あたしは下着姿でベッドに飛び込むと、翳した手の平越しに天井を見上げながら今日出会ったばかりの女の人のことを考えていた。
ユウキさん。
友達になってからはずっと一緒だったピナが隣で寝てないことも理由の一因なんだろうけど、それでも彼女のことが気になる理由はそれだけじゃないんだって、子供のあたしでも自覚できる。
あの人はちょっと不思議だ。得体が知れないと言うよりかは、何なんだかよく分からない。子供っぽいのに時々大人っぽくなって、言ってる言葉はすごく馬鹿っぽいのに暖かさで満ちていて、すごく大人に見えるときと、ものすごく幼い子供に見るときとが混在していて捕らえ所が見つからない。
たとえるとしたら、小鳥さんかな?
どこまで飛べるか自分では分からないまま飛ぶのが楽しすぎて嬉しすぎて、飛べる所までどこまでもどこまでも飛んで行きたがってるような見ている方が心配せざるをえなくなる男の子みたいな感じ・・・で、合ってるのかな? 正直、自分でも上手く説明できないんだけど・・・でもーー。
「もう少しお話ししたいなんて言ったら、笑われちゃうかな・・・?」
視界右下の時刻表示は、もう十時近かった。窓の下の通りからはプレイヤーの足音が消え、かすかに犬の遠吠えだけが聞こえてくる。
・・・いくらなんでも非常識だし、やっぱり寝ちゃおーー
とんとん! とんとんとん!
『シリカちゃーん、まだ起きてるー? ユウキなんだけどー。
ごめんねー、四十七層の説明忘れちゃってたよ。明日にしようかと思ったんだけど、待てそうにないから来ちゃった!』
「・・・・・・」
『と言うわけで、夜はまだ早い! よい子からよい大人になるためにもボクと一緒に勉強会をーー』
「間に合ってますので、明日のお昼にでも続きはお聞きしますね。お休みなさい、ユウキさん。よい夢を」
『シリカちゃん!? お願いだから、見捨てないで! ボクって夜に目が冴えちゃった後はなかなか寝付けなくなるタイプなんだよーっ!』
子供か! って、子供のあたしが言いたくなるほどのお子さま体質なユウキさん。
ーーもしかしてこれって、あれなのかな? 親鳥が雛鳥のことを心配そうに見守ってるときの感情。・・・一応だけど年上らしいだけどなぁ~・・・。
「うわぁー・・・綺麗~・・・」
「《ミラージュ・スフィア》って言うんだよ。効果がどうとか便利だなんだよりも、とにかく綺麗なところが見応えあるんだよねー♪」
キラキラ光る映像を映し出す水晶球を取り出してからユウキさんは、ザックリすぎてて要領を得ないアイテム解説だけすると球体を操作して映像を切り替えながら、明日いく四十七層と《思い出の丘》のマップ情報を簡単に説明してくれはじめた。
所々でユーモラスな表現を使って説明してくれるユウキさんのマップ解説は分かり易いと言うより面白くって、時折はいる真っ黒黒なブラックジョークは笑えないものばかりだったけど、でもスゴく楽しいと思った。
なによりもユウキさん自身が、スゴく楽しそうで嬉しそうなのが印象深かった。
ゲームオーバーが現実の死を意味してるデスゲーム内で、ここまで楽しそうに嬉しそうに話す人なんてはじめて見るかも。見ているこっちまで楽しくなるけど、その無邪気さが心配にもなる。
うん。やっぱり不思議な人だな、ユウキさんって。
「でね? この橋を渡ると丘が見え・・・・・・」
不意にユウキさんの声が途切れて、今まで見開かれていたキラキラしている両目が眇められ、無言で人差し指を立てながら自分の唇の前まで持ち上げると「しーっ」と言う意味合いにジェスチャーをしてから立ち上がる。
椅子から立ってからは踏み出さない。ただ、スフィアを取り出したときと同じ要領で別のアイテムを取り出して『構えをとる』。
そしてーー
「はぁぁぁっ!!!」
ずどぉぉぉぉっん!!!
破壊不能オブジェクトである扉に向かってソード・スキルを発動させると轟音が轟き、衝撃が走り、『扉の向こうで沢山の足音』が走り出して転んだりしながら逃げ出していく逃走音が聞き取れた。
「ユウキさん!? 今のはいったい・・・」
「・・・聞き耳スキルで聞かれていたみたいだね。探知系スキル鍛えまくりのキリトだったら、もっと的確に対応できたのかもだけど。勘働きメインのボクにはこれが限界かなぁ」
「・・・それって・・・」
立ち聞きされていた。
その事実があたしには何より辛かった。だって、そんな行為をやる目的が良いものであるはず無いのだから。
一度はあたしに断りを入れてから、どこかの誰か宛てにメッセージを打ち始めたユウキさん。
その背後でベッドに丸くなりながら、遠い記憶から掘り起こしてきたのはフリーのルポライターであるお父さん・・・の、若い頃の姿が映ってた写真。
一度だけ目にしたことがあるそれに映っていたお父さんの姿は、今ではもう旧式になっちゃってるパソコンを新品で買ったときのものらしくて、いつもは気難しい顔でキーを叩いているはずのお父さんがお母さんの肩を抱きしめながら笑顔で笑い合ってるところがとても印象的で、あたしは「ああ、どうして今まで忘れちゃってたんだろう・・・」と後悔しながら思い出しながらウトウト船をこぎながら、気が付いたときには遠い昔に家族で行ったハイキング場で春の温もりに包まれていた。
そこには今はまだ会えなくて辛いはずのお父さんとお母さんが笑顔で迎えてくれていて、そんな笑顔を見れば会いたくなって泣き出すはずのあたしまでもが笑顔一杯で元気良く野原を駆け回っていた。
そこにはいるはずのないピナが飛んでいて、隣にはあたしの手を握ってくれてるユウキさんがいて、空には大勢の妖精さんが飛んでいて夢みたいな夢の世界で、あたしは久しぶりに心の底から暖かさに包まれながら穏やかな眠りを満喫するため瞳を閉じていたーー。
「すぅー・・・、すぅー・・・」
「・・・・・・」
ーーベッドの上ではシリカちゃんが寝ている。寝息でわかるけど熟睡してる。安心しきっているみたいだ。警戒心なんか、どこにも見えない。
対するボクは床の上。まぁ、当然だよね。だって人様の部屋だもん。・・・ついでに言えば、借り主が鍵かけちゃってる状態で眠っちゃったから出られない・・・。軽く軟禁状態のボク、ユウキ。十四歳でちゅ。
「すぅー・・・、すぅー・・・」
「・・・・・・」
・・・うん、やっぱりダメだ。耐えられない。ボケてみたぐらいで解決できるほど甘くない事態だったよ。これはさすがに・・・ヤバすぎる。
「すぅー・・・、すぅー・・・」
「・・・・・・」
なんで・・・なんで寄りにもよって・・・。
「すぅー・・・、すぅー・・・」
「・・・・・・」
・・・同い年ぐらいの可愛い女の子と相部屋で寝させるんだよーーーーーーっ!!!!
拷問か!? これは拷問なのかな!? 性的な意味での拷問だったら完全に事案だ! 18禁指定だよ! CERE:Zだ! 表記ミスだよ! SAOの開発元に抗議のユーザー葉書だしてやる!
「すぅー・・・、すぅー・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・ホントもう、勘弁してよ・・・。妹みたいな女の子としてならお姉さんぶって可愛がれるけど、実の妹と『妹みたいな可愛い女の子』は全くの別物なんだよ?
血の繋がりないし食卓もお風呂も一緒にしたことないし同じベッドで寝たことなんてあったら問題になりかねない。
ふつうに赤の他人の可愛い女の子と同衾して平然と寝られる男の子って、ラブコメ以外にいるのかな・・・?
あと、「妹みたなもんだから」って理由で小学生の妹と一緒にお風呂する男子高校生のアニメを前世で入院前に見てるんだけどさ。
今時、同性の家族でだって小学生の妹と一緒にお風呂入ったりなんかしないよね・・・。もししているなら、たぶんだけどRー18指定な映画の中限定だとボクは思う。たぶんだけども。
「すぅー・・・、すぅー・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・そんな感じで悶々としながら過ごす春の夜長のミスディレクション。
太陽くーん。早く朝になってー。ボクはこうして朝がくるのを待ってるよー。
「うわあ・・・・・・!」
思わず歓声を上げてしまう。
だって、四十七層主外区ゲート広場は、無数の花々で溢れかえってたんだから!
「すごい、まるで妖精さんの国に来たみたいです!」
「この層は通称《フラワーガーデン》って呼ばれてて、街だけじゃなくてフロア全体が花だらけなんだ。妖精の国みたいなのが好きだったら時間があるときにでも、北の端にある《巨大花の森》まで足をのばしてみようか? 案内してあげるけど・・・ふぇっくしょん! ・・・うう~・・・花粉で鼻水がぁ~、病弱な体故のアレルギーが~・・・」
「・・・ポリゴンデータの塊であるアバターに、花粉なんて関係ないと思うんですけど・・・」
なんでこう、この人は締めるべきところで締まらないのかなぁ~・・・それに、なんだか朝から眠そうだし。ゲームの中だし、あり得ないとは思うんだけど・・・ユウキさん、風邪ひいてなんかいないよね・・・? この人の場合、あり得ない事こそあり得そうで怖い。
「さぁ! フィールドへ出発だ! ぶえっくしょんっ!!」
「・・・早く花壇から離れたいだけですよね、絶対に・・・」
こうしてピナを救うための短い旅程は、全然ロマンチックじゃない始まり方をしたのだった。
ーーそして、街を出た直後のこと。
ユウキさんが「あ、そうだった。コレを渡しておくの忘れてた」と言ってアイテムストレージから取り出した四角い水晶体をあたしの手に握らせてきた。
「これは・・・?」
「脱出用のクリスタル。何かあったときには合図するからコレ使って脱出して。行き先はどこでも良いと思う。少なくとも、ボクがシリカちゃんを守ってあげられなくなってる状況でボクの側にいるより危険な場所は他にないから」
それは遠回しに「いざとなったら自分を見捨てて逃げ出せ、自分にこだわると君が死ぬ」そう言っているのが分かったから、あたしは思わず受け取るのを躊躇してしまう。
「でも・・・」
「もちろん、二人一緒に生きて帰還できるようボクも全力を尽くすけど、どんなに弱い敵が相手でも、油断してると殺されちゃうことだってある。敵が目の前にばかり出てくるとは限らない」
冗談めかした口調だったけどユウキさんの目は、笑っていなかった。真剣そのものな熱意でもって、受け取りを無言で強要してくる。躊躇いながらも受け取らざるを得なくなったあたしを見てからひとつ頷くと。
「さ! 今度こそ出発だー! フィールドに出たからもう安心! 花粉は飛んでこなーい!」
明らかに誤魔化してるのが丸わかりのジョークを口にしながら、彼女は先頭を切ってスキップしながら歩き出す。
その姿はお花畑を楽しそうにはしゃいで回る、幼い妖精さんを連想させるものがあったけど、黒尽くめの姿は逆の意味で喪服を連想しちゃったあたしは一瞬だけ、ほんの一瞬だけだけどユウキさんが無邪気な顔して死を振りまく《死神》のようにも見えて背中がゾクリと震えた。
「ん? どうかしたのシリカちゃん? おなか痛いのかな?」
「・・・ユウキさんじゃないんですから、そんな馬鹿なこと言い出したりしません。あたしはただ、考え事をしていただけです」
少し澄ましたように見せることで、誤魔化そうとするあたし。
妙に勘の鋭いユウキさんに通じたかどうか分からないけど、さっきの感想は本人に言っちゃダメなものだと直感的に理解できたから詳しく説明したりはしなかった。
ユウキさん自身も何も聞いてこようとはせず「~♪」鼻歌を歌いだしたから、あたしも無かったことにして先を急ぐことにする。
しばらくの間、あたしのレベル上げも兼ねて簡単な上級戦闘講座をレクチャーしてもらいながら、あたしたちは互いのことを少しずつだけだど話し合った。
ゲーム内で現実のことは聞くのも話すのもマナー違反だけど、ユウキさんは「みんなと仲良くなるためのマナー違反の方がずっと良い」と言ってくれたから、あたしもそれに甘えてしまった。お陰でその言葉に含まれてた寓意には気づくことなくスルーして・・・。
「お姉さん・・・ですか?」
「うん。ボクは双子の姉妹で、上にお姉ちゃんがいてね。子供の時にはさんざん甘えまくっちゃったもんだよ。いやー、懐かしいな~」
いつも楽しそうなユウキさんが今までで一番楽しそうな口調と笑顔で語り出したお姉さんのお話は双子と呼ぶには似てなさすぎて疑問点も多かったけど、それでもユウキさんがお姉さんのことをとっても大切に思っていることだけはスゴく良く伝わってきたから、
「お姉さんのこと、好きなんですね」
「うん、もちろん! 大好きだよ!」
満面の笑顔で返されると何も言えなくなる。これほど嬉しそうに実のお姉さんの話でノロケられるとツッコむ言葉すら空気を読めない子な感じがする。
だからあたしは微妙すぎる作り笑顔を返しながらも、決して嫌な気分はすることなく、
「じゃあ、早くゲームがクリアされてお姉さんの元へ帰れると良いですね」
この発言に他意はなく、素直にそうなってくれたらいいのになと、他人事なのに心から素直に願っている自分に少しだけ驚いたくらいだったんだけど・・・
「・・・うん。どうなんだろうね・・・」
なぜかユウキさんは激しくテンションを低下させてうつむきがちに答えられて、正直テンパってしまうほど驚かされた。・・・やっぱり先の行動が読めない人だなとも思ったけど・・・。
「リアルの事情を話すのはマナー違反だけど、今更だから言っちゃうね。ボクとお姉ちゃん、ちょっとした病気を患っちゃってるんだ。だから多分、ボクが帰ったときには見送ることしか出来なくなってると思うんだよねー。それって結構ツラいじゃない? だから出来たら、全部終わっちゃって手遅れになって何も出来ない無力感だけを感じればいい恵まれた環境で迎えてもらいたいかなって、思わないこともなくは・・・ない」
「・・・・・・・・・・・・」
お、重い・・・。ピナの件があるあたしも十分重いもの背負ってるけど、救える可能性が高い分だけ少しはマシかもと思えちゃうくらいに重たいです、ユウキさん・・・。はっきり言って中学生にどうこう言えるレベルの重さじゃありません・・・って、ユウキさんも中学生でした! どうしよう! さらに重たい事情になっちゃったんだけど!?
「まぁ、そんな理由でお姉ちゃんぶりたくなってシリカちゃんに無理矢理絡んじゃったって言うのも今回の理由のうちではあるんだよね。迷惑かけちゃってたらゴメンね?」
「ぜ、全然そんなこと無いです! 迷惑なんて感じていません! 本当に! これっぽちも!」
「ホントに? 無理してない?」
「大丈夫です! 少しだって感じてませんから!!」
むしろ、その質問が無理させられてます! だから気を使って止めてください! あたし的には本当に助かってる部分が多いので居心地悪くなりかけてます!
多少のことは相殺できてますし、楽しめてもいますからお願い!あたしにこれ以上気を使わないでーーっ!!!
「そっか。なら、良かった。ーーあ、アレじゃないかな? 思い出の丘って。まだ少し距離があるけどシリカちゃんの安全を優先してゆっくりと・・・」
「ピナを早く蘇らせてあげたいので急ぎましょう!」
「お、おう? なんだか急に勢いが・・・ま、いっか。ボクも早く生き返らせてあげて、シリカちゃんの周りを嬉しそうに元気に飛び回ってるピナちゃんの姿を見てみたいし」
お願いだからもう止めてーーーーーーーっ!!!!!
「はぁ・・・やっと蘇生の花が手に入りました・・・これでようやくピナを生き返らせて宿屋に帰って落ち着けます・・・」
疲れ切った声でため息混じりにつぶやくあたしにユウキさんが、
「疲れてるね。大丈夫? もしかしてさっきのでケガしちゃったりした?
あの、『あたしもガンバりますよー!』って意気込んだ直後の一歩目で足下からエロゲに出てきそうなモンスターが現れて襲われるエロゲ展開な戦いの時に」
「違います。・・・いえ、それもありますけども・・・」
「じゃあ、アレかな? 丘の近くでボクを見上げたときに蔓草に足を捕まれて上下逆さまで持ち上げられて大口開けてパクりされそうになりながら、翻りそうになってるスカート押さえて「見ないで助けて!」な、エロゲ展開してた奴?」
「それも違います。・・・あれはあれでスゴく恥ずかしくて疲れましたけど・・・」
「じゃあ・・・」
「ごめんなさい、もういいです。思い出してたらピナを生き返らせる前に、あたしが恥ずかしさで首を吊ってしまいそうなので・・・」
本当に、なんであたしは今日一日だけで、大人の人たちがやってるっていうイヤラシいゲームに出てくる女の人みたいな目に何度も何度も合わされてきたんでしょうか・・・。あたし、中学生のはずなのに・・・理不尽です。
おかげで、最後の《プネウマの花》が咲いた綺麗なシーンを素直に楽しんで見れなくなっちゃってましたよ・・・。
「・・・やっぱり、ユウキさんと関わちゃったから・・・」
「なんでさっ!?」
もちろん、八つ当たりです。あたしの恥ずかしいところ何度も何度も見てくれてたんですから、これぐらいは我慢してくれるのが当然なんですー! 女の子のパンツは地球より重い!
「はぁ・・・とりあえず街に戻ってからピナは蘇らせることにします。今日はなんだか運が悪そうなので万が一があり得ますし・・・」
「そうだね。それがいいかも。ピナちゃんも生き返って最初に見たのが友達のパンツだったらヒドすぎるもんね」
「ユウキさん・・・街に着いたらお仕置きです」
「だから、なんでさっ!?」
知りません。デリカシーのない人たちにお仕置きは基本なんです。女子中学生の常識です。ユウキさんは男の子っぽい所があるから知らなかっただけです。なのであたしは絶対正義。
「ううぅぅ・・・昨日会ったばかりの女の子にまでお仕置きされちゃうボクって一体・・・。
ーーま、それはともかくとして」
目をグルグルさせながら頭を抱えちゃってたユウキさんの雰囲気が突然変わって剣呑になり、スラリと剣を抜きはなって構えまで取ってって・・・え、ええええぇぇぇっ!?
「そこに誰かいるんでしょ? 出てきなよ」
剣の切っ先を橋の向こうの両脇に立ち並んでる木立ての一本に向けながら、ユウキさんは静かに凄みを効かせた声で言い放った。
数秒間、なにも起きないまま過ぎ去った後で、不意にがさりと木の葉が動いた。
出てきたプレイヤーを示すカーソルの色はグリーン。犯罪者じゃないことにホッとしたけど、その人物は予想外すぎる人だったので別の意味でビックリさせられた。
「ろ・・・ロザリアさん・・・!? なんでこんなところに・・・!?」
赤い髪の女性槍使いはあたしの質問には答えずにユウキさんを眺めながら、唇の端を吊り上げて笑った。
「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、剣士さん。あなどってたかしら?」
彼女の見下したような視線と口調に対してユウキさんは、逆に意外そうな顔をしながら小首を傾げて、
「ハイディング? あんな分かり易いチンケな隠れん坊の延長が? 索敵スキルを使うまでもなく一目瞭然だったけど?」
ロザリアさんの表情が怒りと不快さで歪んで、綺麗な顔の裏側にあったドス黒い物が一気に吹き出しかけている。
ユウキさんは平然としたままだ。小揺るぎもしていない。
まるで、“この程度のことなら慣れている”と無言のまま勝利宣言をしているかのように・・・。
「むしろ、ボクの方こそ君のことを買いかぶりすぎてたかもね。この程度のオレンジプレイヤーだったなら、さっきの場所で声をかけずに見逃してあげても良かったかもしれない。見つけちゃった今では後の祭りにしかならないけど・・・一応、言っとくだけ言っておく。ごめんね?」
「・・・舐めた口きいてくれるじゃないか、このチビ餓鬼・・・!!!」
あたしはグリーンのロザリアさんが犯罪者プレイヤーな理由が分からずに混乱していたけれど、聞くより先にロザリアさんが片手をあげて隠れていた仲間たちを呼び出したことで答えは一目瞭然だった。
彼女以外の全員がオレンジカーソルを示しているから、リーダーのロザリアさんだけがあたしたちを見繕っていて・・・!
そんなあたしの思考を先読みしてたのかロザリアさんは、ちろりと舌で唇を舐めて笑いながら。
「そうよォ。この二週間あんたらのパーティーと一緒にいたのは戦力を確認して、冒険でお金が貯まるのをって待ってたの。一番楽しみな獲物だったアンタが抜けて残念だったけど、レアアイテムを取りに行くって言うじゃない。
《プネウマの花》って今が旬だから、とってもいい相場なのよね。やっぱり情報収集は大事よねぇー」
そこで言葉を切ってロザリアさんは、またしてもユウキさんに視線を向けて肩をすくめた。
「でも、そこまで解っててその子に付き合うなんて・・・バカぁ? それとも本当に誑し込まれちゃったのォ?」
昨日の意趣返しなのか、悪意たっぷりにユウキさんを罵倒したロザリアさんだけど、帰ってきたのはやっぱりユウキさんらしい意外性あふれるもので、彼女を唖然とさせるには十分すぎる代物だった。
ユウキさんはロザリアさんが放った質問の形を取った罵倒に対して、こう答えたのだ。
「え? そんな裏事情、今の今までボク知らなかったんだけど・・・。そういう事情が裏で起きてたの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「「「はぁっ!?」」
敵の人たち、全員唖然としてから大絶叫。
犯罪者さんたち、形無しです。やっぱり、さすがですねユウキさんは・・・。
「ボクとしてはキミたちみたいな小物はどうでも良かったんだ。本当だよ?
倒してたら切りがない中級オレンジギルドなんか相手にするより、ボクには絶対に倒さなくちゃいけない奴らがいるからそっちが本命だった。
キミたちが奴らに使い捨てとして利用されてたら誘き出せるかもって期待してはいたんだけど、無いなら無いで構わなかった。昨日の脅しでシリカちゃんに危害を加える意志を放棄してくれさえすれば無視してあげても全然問題なかったんだよ。
ボクはみんなを救うヒーローでもなければ、誰も気づかない世界を夢見て戦う勇者でもない。
ただの・・・PKKに過ぎないんだから」
ユウキさんの発言に、あたしを含めたその場にいる全員が驚愕させられた。
PKK・・・NPCであるモンスターじゃなくて、プレイヤーを襲って殺すプレイヤーたちプレイヤーキラーを、逆に殺してしまうプレイヤー。悪人なのか善人なのか、どっちでもないのか全く解らない謎の存在。
なんでそんな行為をユウキさんが・・・!?
「・・・はっ。見え透いたハッタリを・・・。マジになっちゃってバカみたい。
ここで人を殺したところで本当にソイツが死ぬ証拠ないし、そんなんで現実に戻った時に罪になるわけないわよ。
だいたい、戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈を持ち込む奴がね」
「そうだね。たぶん、高い確率でオレンジプレイヤー全員がほぼ観察処分とかで済まされるんじゃないかな?
まぁ、それだからこそ殺さなきゃいけない奴はゲームの中にいる間に殺しておく必要性があるんだけど」
「・・・!!!」
「それから、後半のと最後のにはボクも全面的に同意かな。
本当にムカつくよね、そういう奴らはさ。
戻れるかどうかも解らないからって、戻ったときのことはお座なりにして適当な悪の理屈をぶっこくだけの半端な小悪党には毎回毎回笑わされてばっかりだよ。
ボクもそういう奴が一番嫌いだ。命がけでボスモンスターに挑む度胸もないのに格下相手には威勢が良くなるチキンなヘタレ連中が、この世界にご都合主義な生命軽視の思想を持ち込んで猿山のボス猿を気取っているのを見せられるのは本当にバカみたいで腹が立つ」
「・・・・・・」
ロザリアさんが、もうこれ以上ないってくらいに怒りで顔を赤らめている。
「・・・アンタも正義の味方ぶって、犯罪者を取り締まりたいだけの自己満プレイヤーでしょうが」
「そうかもしれないね。べつにどっちでもいいけどさ。それを決めるのはボク以外の他の人たちだから関係ない。ボクへの評価はボクじゃない誰かに委ねるしかないから、ボクは自分が今やりたいと思ったことをやるだけだよ。
やり終わった後のボクがどうなっていようと・・・今のボクの知った事じゃない」
「「「・・・・・・」」」
ユウキさんの暴論に誰もが唖然として言葉をなくしている。
だって、ユウキさんの発言は自分自身の自己否定だったから。
後のことはどうなるか解らないから今は好きにやるって、そんなの・・・そんなの犯罪者プレイヤーのオレンジギルドと変わりないじゃないですか!
「コイツ・・・完全にイカレてやがる・・・!!!」
ロザリアさんがつぶやいて、彼女の近くにいた長剣使いのオレンジプレイヤーが、なにかを思い出したみたいな顔をして「イカレている・・・?」と呟いてからブツブツと続け出す。
「黒尽くめの服、盾なしの片手剣。だが、性別は男じゃない・・・。まさか!?」
彼はガバッとロザリアさんに詰め寄りながら「ダメだっ!」と叫んで、
「ロザリアさん、コイツはダメだ!コイツだけは相手にしちゃいけない! 俺たちみんな殺されちまう!」
「あん? まさか攻略組だって言うんじゃないだろうね? 攻略組がこんなとこいる訳ないじゃない! どうせビビらせようって魂胆のコスプレ野郎に決まってる! それにーーもし本当に攻略組だったとしても、この人数でかかればたった一人くらい余裕ーー」
「ダメだ!!」
彼女の虚勢を叩き壊したのは、またしても味方であるはずの長剣使いプレイヤー。
ロザリアさんが不愉快そうに彼を見ても彼は怯え出さない。なぜなら既に限界まで青ざめて怯えきっていたから・・・。
「こいつはヤバい、ヤバいんだよ・・・。今まで何人も《ラフィンコフィン》のがメンバーが、コイツ一人に殺されちまってる・・・。
一度殺すと決めた相手は地の果てまで追いかけてって、どんな悪辣な罠も逆用して殺しにくる《絶対に殺す剣》、最凶犯罪ギルド《ラフィンコフィン》狩り専門のPKK、《絶剣》のユウキからは誰も逃れらねぇんだ! ダメだ! 逃げたい! 俺は・・・俺はまだ死にたくねぇんだよぉぉっ!!!」
絶叫して泣き叫び出すた長剣使いさんに当てられたのか、何人かのオレンジプレイヤーさんが武器を手にしたまま互いの顔を見合わせながら言い合いをし始める。
ロザリアさんは大声で攻撃命令を出し続けているし、実際に攻撃態勢を取った人もいたけどユウキさんが剣の切っ先を向けたまま微動だにさせていないのを見た途端に怖じ気付いて後ろに下がる。
このパターンを何度か繰り返していたら、彼らの背後の方から(あたしたちの方からだと前方ですね)もう一人、ユウキさんのとは色合いが微妙に異なる黒尽くめのコートを羽織った男の人がやってきて、
「やれやれ。敵の索敵スキルを誉める前に、まずは自分たちの索敵スキルを上げておいてくれ。オレンジギルドが背後から近づいてくる敵に挟み撃ちにされてたら世話ないだろう?」
「誰だいっ!? コイツの仲間か!?」
ロザリアさんが金切り声で詰問するけど、その人は彼女には目もくれずにあたしを見てからニコリと笑って目礼して、ユウキさんに顔を向けた途端にため息を付いてから顰めっ面で苦情を言い出す。
「・・・お前なぁ・・・昨日あれだけ言っておいただろうが。俺が連中の背後に回り込むまで適当にお茶を濁しながら時間稼ぎに徹しとけって。なのに、いきなり抜剣するなんて相変わらずなにを考えてるんだ・・・」
「いや~、はっはっは。ごめんごめんキリト。わざとじゃないんだ、ホントだよ?
ただ、ボクって我慢するのが苦手だからさー。彼ら使ってピエロが釣れるかもって考えたら止まらなくなっちゃって」
「言い訳はいい。・・・と言うか、俺に言っても無駄だな。アスナにでも言っといてくれ。さっき回り込んでるときに軽く報告しておいたから、後で詳しく説明も止められると思うぞきっと」
「・・・・・・」
途端に青ざめて調子づくのを止めたユウキさん。ガタガタ震えだして立場逆転しちゃってるけど、でも敵の人たちも震えたままだから逆転はしてないんだよね。
うん。よく分からない。とりあえずアスナさんって名前の人があたし的には気になるだけかな。なぜだか今のユウキさんを見てるとムシャクシャしてくるから。
そんな風にあたしが心の中で葛藤していることなど露知らず(当たり前だけど)黒尽くめの男の人は改めてロザリアさんたちに向き直っていた。
予想外の事態が連続して起きてるからなんだろうけど、ロザリアさんはパニック気味で発狂寸前の猫みたいな声でヒステリックに彼に向かって問いただそうとする。
「誰だお前は!? 《絶剣》の仲間のPKKがあたし等を殺しに来たのか!? それともお前もあたし等と同じでプネウアの花を狙ってるだけの同業者か!?」
「いいや、どっちでもないよ。あのバカとは違う理由でだが、俺もあんたを探してたのさ、ロザリアさん。いやーー犯罪者ギルド《タイタンズハント》のリーダーさん、と言った方がいいのかな?」
「・・・!? どうしてその事を・・・!!!」
彼はまたしてもロザリアさんの質問を無視して、さっきまで泣き叫んでた長剣使いの男性を指さしてから告げてきた。
「そこのあんた。ユウキのことを知ってた事から見て一応は情報通なんだろ? だったら俺のことも風の噂ぐらいは知ってるんじゃないのか?」
「ああ、もう・・・本当に今日は最悪だ。最悪の日だよ・・・厄日過ぎる・・・」
手に持つ武器を投げ出してから天を仰ぎ、この世の終わりだとでも言い足そうな顔で彼についてのことも詳しく説明してくれる。
「盾なしの片手剣に漆黒のコート・・・なんてこった、ソロで前線に挑み続けてるビーターと、ソロで犯罪者ギルドを狩り続けてる絶剣に挟まれてちゃ、生きて逃げ延びるなんて絶対に不可能じゃねぇかよ・・・」
彼の言葉を聞いて他の仲間たちまで絶望したのか、次々と降参の意志を示すために武器と防具を投げ捨てていく。
ただ一人、ロザリアさんだけは抵抗を諦めていないのか武器を持ったまま手下に向かって「戦え!戦え!」って、喚き続けてはいるけれど、誰一人として耳を傾けようとはしていない。むしろ迷惑そうな表情で視線を逸らし、顔を合わせようとしない人ばかりしか残っていない。
そんな彼らに向かって男の人は腰から転移結晶を掴み出し、裁判官が判決を言い渡すみたいに厳かで厳しく、反論の余地も与えないまま結論だけを決定事項として押しつける。
「これは、俺に依頼した男が全財産をはたいて買った転移結晶だ。十日前に三十七層であんたらに全滅させられたギルド《シルバーフラグス》のメンバーで、一人だけ生き残れたリーダーが、依頼を引き受けた俺に渡してくれた物だよ。
ーーああ、安心してくれ。そんなに絶望で青ざめなくても、あんたらを殺してくれと頼まれて来たわけじゃない。むしろ、その逆さ。あんたらを殺すことなく国鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ってたよ。
・・・本当はあんたに、奴の気持ちが解るか問いただしてからぶち込んでやるつもりだったんだが・・・。その必要はなかったみたいだな。
その醜態を見た奴が同じ質問をあんたにするとは思えない。あまりにも自明すぎる愚問に感じてバカらしくなるだけだろう。
あんたもそう思うだろ? ボス猿になれたと思い込んでただけのロザリアさん」
「~~~~!!!!!」
彼女の顔は、人間が怒りだけでどれだけ歪めるのかを実験しているかのように醜く歪んで、美人だった頃の面影は少しも残っていない。完全に別物になっちゃってる。
彼は誰からの返事も待たずに濃紺の結晶を掲げて「コリドー・オープン!」と叫ぶと、瞬時に結晶が砕け散り目の前の空間に青い光の渦が出現する。
「今更抵抗しようなんてバカはいないと思うが、念のための駄目押しとして伝えておく。
俺のレベルは78、ヒットポイントは一四五〇〇。さらにバトルヒーリングスキルによる自動回復が十秒で六〇〇ポイント。
もし仮にあんたらが俺に与えるダメージの総量が十秒あたり四〇〇程度しか出せなかった場合は何時間攻撃しても俺は倒せないよ」
これが止めの一言だった。
オレンジプレイヤーたちは口々に誰かに対する悪態を口について出しながら、「そんなのアリかよ、ムチャクチャじゃねぇかよ・・・」と、内一人が口に出したときだ。
「「ありなんだよ」」
と、二人の黒い攻略組プレイヤーが異口同音に、吐き捨てるみたいな口調で言い放ったのは。
「たかが数字が増えるだけで無茶な差がつく。それがレベル制MMOの理不尽さなんだ!」
「そう言うことだよ。レベルは数字だ。数字は努力さえすれば誰でも貯まる、貯められる。
それなのにキミたちは数を頼って格下相手にいい気になって虐めを繰り返して、楽してズルして努力するのを止めてしまったから、今この場で這い蹲っているんだよ。
これがゲーム世界に妙な理屈を持ち込んだ末の結果だ。ゲームではあっても遊びじゃないデスゲームを、殺人ゲームの遊びと勘違いした愚考の自業自得な末路なんだよ。生きてリアルに帰れたら、茅場昭彦の墓前に詫び入れに行くといい。甘えて楽しちゃってごめんなさい、てね」
辛辣すぎる二人の言葉に悄然となりながら一人、また一人と青い光の中へ入っていくのを見送りながら、あたしはついつい油断してしまった。
勝負はついてたから、戦いは終わってたから、戦闘は終了していたから。
“遊びとしてのゲームだったら通じる理屈”を、あたしまでもが過大評価しすぎてしまっていて、敵は負けたら諦めるものだという理屈に縛られすぎてたみたいだ。
ロザリアさんが不意に動き出して向かった先に立っていたのは・・・あたし!?
「このバケモノ二人には勝てないけど・・・アンタ一人にだったらアタシの方に勝機はあるだろう!? アンタを人質に取りさえすればアタシ一人だけでも逃げ延びられる・・・!!」
鬼気迫る表情で迫ってきていたロザリアさんの気迫に押されて、あたしは咄嗟に目をつむってしまう。ゲームだったら問題ないけど、デスゲームだったら致命的なミス。
この場合、その代償を払わされるのはあたしじゃなくて他の二人・・・ああ、確かにMMOのシステムは理不尽だと思った。
なんでもっと自己責任だけですませられるよう調整してくれなかったんだろう。役立たずなまま、お荷物のまま、あたしは最初から最後まで守られ続けて守られるしか脳のないダメな子として終わるのかな。
そう思ったときだった。目をつむった暗闇の先でロザリアさんが「ぎゃっ!」と潰れたカエルみたいな声をあげて地面に尻餅をついたのは。
彼女を吹き飛ばした加害者は・・・ユウキさんだった。いつの間にか鞘を被せてあった片手直剣を使ってソードスキルを使用したらしい。刀身に被せてある鞘に青いオーラみたいな靄がたゆたっていた。
「ごほっ! げほっ! ぐえっほげっほ!」
「一応、親切心で言っておいてあげるんだけどさ」
ユウキさんは普段と変わらない口調、普段通りの表情と態度のままで、自分が鞘で吹き飛ばしたロザリアさんに大したことじゃない様に冷酷な内容の警告を告げていく。
「ボクにはキリトの事情は関係ない。彼がどこで誰に依頼を受けようと知ったこっちゃないんだよね。だからキリトとは関係なく、ボクがボクの事情でキミを殺す理由は普通にある。
キミの存在がシリカちゃんを危険に晒す可能性があると判断したなら、今この場でボクが殺す。キリトがなにを言おうと何をしようと関係ない。守ると決めたからには死んでも守るし、殺してでも守り抜く。
殺すと決めたからには殺す。大切な人を殺させないためなら、誰を敵に回したって構わない。『絶対に殺させないためなら誰だろうと絶対殺す』それがボクの流儀だから」
ユウキさんの言葉にお尻をけっ飛ばされたみたいな悲鳴を上げたロザリアさんは、転がるようにして青い光の中へとむかって走り出していき、途中で何度か転びながらもなんとか牢獄へと続く光の中へ逃げ込むことが出来た。
彼女がその後どうなったのか、あたしが知ることは帰還後も一生なかったけれど、この一件で受けた心の傷を慮るとちょっとだけ心が痛くもなった。
それだけの恐怖心を彼女は今日一日だけで与えられたのだ。
ああ、確かに今日は厄日だなと、あたしは思った。
この一件に関係した人たち全員にとっての厄日。黒い妖精の姿をした死神に祟られた半端ものたちにとって人生最大の厄日が、今ようやく終わりを迎えたのだった・・・。
「ユウキさん・・・行っちゃうんですか・・・?」
街まで戻って《黒の剣士》キリトさんが依頼人に依頼達成の報告をしに帰って行った後で宿屋に戻ったあたしたち二人は、なんだか落ち着かない様子のまま時間だけを無為に過ごしていた。
しばしの沈黙の後であたしが言ったのが最初の言葉。「行っちゃうんですか?」
それに対するユウキさんの返答はとても短くて、「うん。そろそろ戻ろうと思ってる」。
予想していたとおりの返事に、あたしは思わずうなだれる。
連れて行ってください、とは言えない。言えるわけがない。
キリトさんのレベル78には届かなくても、ユウキさんだって75だ。あたしなんかの45より30も上も数字。さっきの戦闘で数字の差の恐ろしさを思い知ったばかりのあたしには、理屈の上でも感情による理由でも二人が住んでる世界の遠さを実感せざるを得なくなっていた。
「・・・・・・あ・・・あたし・・・・・・」
言葉がでない。さっきまで平然と皮肉や嫌みを言い合えてたユウキさんが、今では凄く遠くに感じて言葉にできなくなってしまう。言っていいのか解らなくなってしまう。
ーーあたし、ユウキさんとずっと一緒にいたいです。
たった二日。それだけの短い期間しか過ごしてない関係なのに、あたしの中でユウキさんは印象深すぎたし衝撃的すぎる存在でもあった。
忘れるなんて出来ない。思い出したら会いたくなる。また、笑顔がみたい。泣いてるところも、しょげてるところも、元気いっぱいな満面の笑顔もすべて、ずっと側で見続けていたい。
ーーそんなあり得ない妄想に取り付かれつつあったあたしの前に、ユウキさんは笑顔で右手を握って立てた小指を差し出してくる。
「これは・・・?」
「約束」
それだけ言ってユウキさんはあたしにも握り拳を作らせてから小指を立たせ、指切りげんまんの要領で上下に軽く揺り動かす。
「お姉ちゃんとボクが、よくやってたオマジナイなんだ。次会うまでの間に守っておく約束を交わすの。再会したとき、次のための約束をするために」
「次のための約束・・・」
「そ。今さよならして離れていくから、離れてる間だけ守る約束。“ずっと”続かない場所に行くときには、“ずっと”一緒にいられる場所へ戻ってこれるようお祈りするの。
次会うために、今約束を交わして離れていくの。離れていくから再会するために約束を交わすの。また会えたときには別の約束を交わせるように“ずっと”続かない約束を」
「それは・・・・・・」
――とても素敵な約束ですね。
あたしはたぶん、笑顔でそう言ったと思う。自分では見えないけど、たぶん笑えてたはずだ。たぶんだけど。
「じゃあ、約束です。ゆーびきーりげーんまーん♪」
「うーそついたらー、はーりせんぼんのーまsーー」
「嘘ついたら、ユウキさんがあたしと結婚してくれて、一生大事にしてくーれる♪
指切った!」
「重いよ!? その約束はさすがに重すぎるよ!」
重いです。乙女の初恋は地球よりも重いパンツより、もっともっと重いのです。
それを奪ったからには責任とってもらいます。異論反論は一切受け付けません。
乙女の愛の絆は・・・どんなに強力なソードスキルでも斬れませんからね? 覚悟してください、優しすぎるヒトデナシの絶剣さん♪
つづく