今話は圏内事件の前辺りの話。
ヒースクリフによる、グリムロックさんに対してのアンチ的意見が封入されております。
ボクには生まれ変わる前から身体にハンデがある。
もしかしたら“ハンデを持ってたからこそ彼女になれた”のかもしれないけど、ボクの命は他の人よりも縛りが大きいのは生まれ変わったときから既定事実だった。
誰かを憎めば自分が苦しむ。
大勢と仲良くした方が長生きできる。
死ぬのは怖いけど、怖いからこそ何かに使って残したい。誰かに自分のことを覚えておいてもらいたい。
自分の生きてきた証を誰かに残せると信じられなくなったら、怖さで死んでしまいそうだから・・・・・・。
ーーそんな風に思い悩んで布団にくるまっていたボクのことを、ボクはいつから忘れてしまっていたんだろう・・・・・・・・・。
「はぁぁぁぁっっ!!!」
シュキィィィィッン!!!
ズバァァァァァッッ!!!
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
ーー煌めく白刃、水晶を切り裂いたときのような切り裂き音、そして手に入れた勝利に沸く歓声。
今日もまた、『閃光のアスナ』はみんなのあこがれとして大活躍している。
「今日もまた、彼女に助けられてしまったな」
苦笑するみたいな声で話しかけられたから振り向いてみたら“団長さん”がいた。
真っ赤な鎧にデッカい大盾、それから盾と一体化している十字剣。もう見た瞬間に『聖騎士』って言葉しか浮かんでこなくなるほど出来すぎな騎士様がそこには立っていて、嫌味じゃないけど大人の余裕綽々な微笑みが今のボクにはちょっとだけ腹立たしい。
アスナの所属することになった最強ギルド『血盟騎士団』、通称『KoB』。
ボクが助っ人として参加するのが日常になりかけてきているギルドの団長を務めているギルドマスターでナイスミドルなおじさん。その名も『ヒースクリフ』さん。
最近になってから名前が売れ始めたばかりなのに、現時点でSAO最強剣士の名前をほしいままにしている有名人がボクに話しかけてきていた。
「先ほど討伐に成功した中ボスモンスターは、今の我々を持ってしても容易い相手では決してなかった。最悪一人か二人の犠牲は覚悟しなければならないと腹を決めて挑んだボス戦だったのだが・・・・・・蓋を開けてみたら見ての通りの結末だよ」
肩をすくめながら言って、その人は続ける。
「彼女はまさしく『光』。色々と悩んでいた自分がバカに思えてくるほどの活躍ぶりだった。今の戦闘で彼女に命を拾われた団員は、私の見ていた範囲内だけでも二人いた。
常に前にでてボスのヘイトを稼ぎ続けてくれている彼女がいたからこそ回復が間に合った者たちだ。
私は、彼女を誘い自主的に入団を決めてくれたギルドのマスターとして自分の功績を誇りに思う」
「ーーそれを言ったら、あなたもじゃないんですか? ヒースクリフさん」
やや険があると自分でも感じられて、イヤになる声で応じてしまった自分自身に、ボクは軽く自己嫌悪に陥りそうになる。
心の中でため息をつくことで体外に心の毒素を吐き出す子供の頃からの癖を実行してから、彼との会話を再開する。
「最強の防御力を誇る聖騎士が守り抜いた命は、今日だけで五人を越えていました。ボスを倒した功績がアスナの物だとしたなら、みんなを死なせなかった功績はあなたの物だとボクは思っていますけど?」
「君もだよ、ユウキ君。君もまた今日の戦闘で仲間の命を救っている」
反論に同じ内容の反論を返されてしまったボクは、ブスッと不貞腐れて明後日の方向に向かってそっぽを向く。ヒースクリフさんは気にしてくれない。
「今日、君は少なくとも三人の命を救う活躍を示した。後方から指揮を執っている身として私にはよく見えていたよ。
自身は手柄もレアドロップアイテムも求めることなく、苦戦している者を見つけたときには駆け寄って助けに入り、自らがその者の剣となることで味方を守ることに専念し続けたていた。
アスナ君が敵に突貫して穿つ、鏃としての力を最大限発揮できたのも君が後方で皆を守る盾として機能していたからこそだと私は見ている。
ーーとは言え、今日の君の戦いからは光が減んじていると感じたのも事実ではあるがね」
「・・・・・・・・・」
ボクは答えない。ただ、ブスッとしたまま石に腰掛けて黙り続けてるだけだ。
「なんと言うべきか、同量の活躍と成果でありながら中身が異なっている・・・いや、違うな。『思い』が『理由』が『動機』が違っていたと評すぎか。
ーーあるいは『自由に戦えていなかった』と切って捨ててしまう方が君好みだったかな?」
ぎしり。ボクの中から嫌な音が聞こえて時の流れが一時停止。ボクだけ止まっている世界でヒースクリフさんは心の内まで通し見ているような穏やかすぎる視線と口調で今のボクの不調原因を的確に言い当ててくる。
「本来の君は嘘でさえ『その方が良い』と信じてつくことの出来る人間だと、私は高く評価している。
焦りにも似た衝動が自分にとっての優先順位を間違えることを許さず、『間違いを選ぶことが出来ない』。リスクとリターンを勘案した時にリスクを0にしようとは思わず、得られるリターンが多い方を選び続ける合理主義に徹した人間だと」
「・・・・・・・・・・・・」
「君は誰かにどう思われるかよりも、自分が相手をどう思いたいのかを優先することが出来るきわめて希な考え方の持ち主だ。
相手に嫌われることを恐れはしても、恐怖が前へと進みたがる足を止めさせることは決してないし“出来ない”。
そういう人間だからこそアスナ君は君を信頼し、私も君を血盟騎士団に入隊させたいと渇望し続けさせられてもいる」
「・・・・・・・・・・・・」
「だが、最近の君が振るう剣の太刀筋からは“怯え”の陰が見受けられる。
誰かからの感情を意識してしまい、『相手の知らない今までの自分を見せること』を怖がっている。
自分の言葉で想いを伝えることを恐れ、自分ではない誰かを演じ続けているかのような戦い方は本当の君らしくないと、他の誰より君自身が思っているのではないかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「なにか悩みがあるなら誰でもいい、話してみたまえ。
全てを話すことの出来ない事情故に却って傷つくだけで終わってしまう可能性を否定することはできない事だが、それでさえ選択肢を選んでいった先にある数多くの結末、その内の一つに過ぎないことだ。
最初から『この選択肢を選べば正しい答えに行き着くルート』など、人生にもMMOにも存在してはいない。
すべての結末は結果論に過ぎない以上、いくら悩み迷ったところで欲する結果が得られる保証はどこにもないのだ。
どんな答えが出ようとも自分がそうなってほしいと望んでいたわけでないならば気にしすぎる必要性はないと思うが?」
「・・・・・・すごいゲーム脳ですね・・・。さすがのボクでもドン引きです・・・」
ゲームの例えを現実に当てはめる人ならいっぱい見てきたけど、さすがにこの答えに至った人とは会ったこと無かった気がするなー。
現実とゲームをごっちゃにしてるのに、現実とゲームを完全に別けてる理屈でもあるからよくわかんなくなっちゃいそうだよ。
「年長者として老婆心から言わせてもらうが、自分が弱っているときに『誰かを縋りたい、助けてほしい』と願ってしまう心の弱さは否定しすぎるものではないと私は思っている。
悩んで答えが出せないときには誰でもいい、頼りたまえ。少なくとも一人でふさぎ込み思考の迷路を彷徨い続けるよりかは遙かにマシだと断言できる。
無論、将来の貴重な戦力を確保するための先行投資として君からの相談事は、いつ何時でも応じる用意が私にはある。場合によっては入団勧誘への返答を先延ばしにするぐらいのことであるなら構わない。受け入れよう。
ーーもっとも、撤回するつもりはサラサラないのだがね・・・・・・」
「欲望に正直すぎる人だな~」
聖騎士という言葉のイメージから想像してたのと180度違っている欲求は、この人と関わり合いを持つようになった数週間前に気づかされた特徴だ。
武器でもアイテムでも人材でも、とにかく拘るときには拘りまくるし、拘らないときにはキッパリと未練なく捨てられる。ある意味で非常に潔すぎる変な人。
それが今のボクが抱いてる聖騎士ヒースクリフの人物像だ。
あと他に特徴的な変なところは、こだわり抜く対象が『高性能』とは限らないことぐらいかな~?
「私は、人であろうと物であろうと『欲しい』と感じさせられた対象には異常なまでに執着する奇癖をもった人間だ。一度でも目にしてしまったら手に入るまで何十時間でも追い続けるだろう。
それが『ゲーマー』というものだからな。執着心と愛情が同一の物だなどとは思わないが、一度でも愛した存在が自分の元を離れていく際に、潔く見送れるような愛情は愛ではないとも思っているのだよ。
だからこそ君も、休むべき時にはしっかり休んで療養し、また私の欲する君として前線に復帰してくれることを強く願うものである」
「・・・お気遣いどーも」
いつもの元気がないと誰が見たって一目瞭然な口調でボクは適当な返事をして立ち上がると、付いてもいない埃を払う動作をして見せながら軽く伸びをして気分を少しでも入れ替えようと努力してみる。あんまり効果はでなかったけど。
そんなボクを眺めながらヒースクリフさんは「しかし・・・」と、さっきとは少しだけ違う表情と声でつぶやきながらボクを見つめる。
「私が欲しているのは『自分の自由に人を守り救おうとするユウキ君』だ。性能と外見だけ引き継がせただけの『絶剣』に過ぎなくなった君には何の執着も愛着も感じられなくなっていることだろう。
高性能な武具なら今持っている“コレ”があれば十分すぎるのでね。君が君のまま君として自分の自由意志により血盟騎士団に入団してくれることを私は本心から望んでいる。
鉄の城で自由に生きている君を、この世界に生きる人間の一員として大切に思う気持ちに嘘偽りはない」
ひどく真摯で切実な想いを告白するみたいな口調で団長さんは言い、「一度だけしか使えない代物だが・・・」とボクにだけ聞こえるように小声で言いながら連絡先を渡してくれた。
「先ほど言ったとおり、悩みがあって私が力になれるようなら遠慮なく頼ってくれ。配慮は必要ない。これで私は意外なことに、君のファンだったりするのだよ。
好きなアイドルキャラには、塞ぎ込んで暗くなって欲しくないと願うのもまたゲーマーとしての性と言うべき物だろう?」
にやりと笑って立ち去っていく団長さん。遠慮してたのか、遠巻きにボクたち二人が会話するのを(すごく怖い顔して)眺めていたアスナが、それと同時に駆け寄ってきてくれて「ユウキーっ!」ブンブン右手を振りまくってくれている。なんとなくだけど子犬チックで可愛いのかも。
「・・・団長と二人でなんの話をしていたの? ーーまさかエッチな内容じゃないでしょうね・・・?」
「アスナの中にあるボクのイメージってどうなってるのさ!? なんか、ものすっごくダメな子に見られている気がしてしょうがないんだけど!?」
「・・・・・・・・・・・・そんなことはないわよ、うん。絶対にないわ、本当に」
「だったら何でボクの目を見て言ってくれないのさ!? なんで明後日の方角を見つめながら懐かしそうな顔してエンディングっぽい口調で言われてるのかなボクは!?
なに!? そんなに悪くてダメな子なのボクって!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・た、多少は?」
「やっぱりダメな子だと思われてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」
ドッと笑い声が巻き起こる元中ボス部屋。
戦い終わったみんなが笑顔を浮かべてくれて、アスナも楽しそうな笑顔で笑ってくれる。
ゲームオーバーが現実の死に直結しているデスゲームの中で、みんなが元気に笑ってくれて笑顔でいられる時間が少しでも増えるのを、ボクはすごく嬉しいし喜んでいる。
ボクが元気でいることで、みんなが笑顔でいられる時間が増えるのを嬉しく思う気持ちは本当。『それでいい』と思っている気持ちも本当。嘘じゃない。
ボクの『いつ終わるかわからない命』が、誰かの命を救うのに役立ってくれているのは素直に嬉しいし誇らしい。これも本当。
だけど。
それでも。
ボクはボクであって、あの子本人じゃない。
ボクは所詮、紺野木綿季の身体に入った今野悠樹であって、紺野木綿季その人には決してなれなかったんだってことに今更気づいた自分がいる。
人のために命を使えてた自分は、ただ単に『どうせ失われてしまう物なんだから』と諦めていたからこそだったんだと、ようやく気が付いた自分がいる。
ボクは、アスナの笑った笑顔が好きで、ずっと見ていたいと思う。アスナの笑顔を守り抜きたいと、今でも変わらず思い続けてる。
ーーでも、『自分が死んでも彼女だけは守り抜く』覚悟は、今のボクにはない。命より大事な物を亡くしてしまった後だから。
今になって思う。今更になって願ってしまう。
今のボクは死にたくないし、生きていたい。アスナの隣で笑っていたい。笑っている笑顔を見続けさせて欲しい。
アスナのことを好きになって、一緒にいたいと思ってしまったボクは『絶剣』になれる高性能キャラ紺野木綿季ちゃんじゃなくて
臆病で弱っちい、病院の中から見た世界しか知らない
ーーー今野悠樹に戻ってしまった心を知られるのを恐れる『偽物』に成り下がってしまってたんだ・・・・・・。
つづく
サブタイトルの意味:
誰かのために死ぬだけなら勇気はいらない。捨てればいいだけ。だから鍍金(メッキ)。
誰かのために自分の命を使って何が出来るかを考えて悩み続けるのが、転生ユウキの信じる勇気の在り方。
金よりも価値ある『鉄』になれた勇者こそが、彼女の行き付くゴールとなるよう頑張らせたいですね!