ボスの迫力に負けて安全なエリアまで逃げ出してきた俺たちの前には今、お揃いの全身鎧に身を包んだ十二人の男達が並ばされている。
一見すると強壮で高圧的。重厚感あふれる見た目だったが、中身の人間が疲労困憊の極にある状態では、取り繕っている虚仮威しな感を払拭できるはずがない。
中央に立つ男から「休め」と命じられてヘタリ込んで腰を下ろしてしまう体たらくぶりを晒すようではなおさらだ。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。君らはもうこの先も攻略しているのか?」
先頭に立つリーダー格、コーバッツとか言うらしい男が尊大な口調で俺たちに『要求』してきた。
驚いたことに、「軍」って言うのは俺たち外部の部外者が揶揄してつけた便宜上の名前・・・ハッキリ言えば「蔑称」に近い呼び方だったはずだけど、いつから正式名称に採用されてたんだろう。そのうえ『中佐』と来たもんだ。
ギルドをはじめとする組織の論理が苦手な俺はやや辟易しながら「キリト。ソロだ」と短く名乗ってから、相手の質問に応じてやる。
「この先の手前まではマッピングしてあるけど・・・・・・」
「うむ。では、そのマップデータを提供して貰いたい」
当然の権利であり義務だ、と言わんばかりの男の台詞に俺も少なからず驚かされたが、後ろにいたクラインはそれどころではないらしかった。
「な・・・て・・・提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのかよ!?」
胴間声で喚き立てるが、正直その気持ちはよく分かる。未攻略区域のマップデータは貴重な情報だし、トレジャーボックス狙いの鍵開け屋の間では高値で取引されている。
クラインの声を聞いた途端に男は片方の眉をぴくりと動かし、ぐいと上げを突き出してから大声を張り上げて一喝してくる。
「我々は君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」
傲岸不遜な物言いとは、まさにこの事だ。
ここ一年ばかりの間、軍が積極的にフロア攻略に乗り出してきたことはほとんど無くて、アスナやクラインたち率いる攻略ギルドと、俺たち一部ソロの傭兵プレイヤーに負担を押しつけ続けてきた癖して、『俺たちのため』に『義務』ときている。
余りにも度を超した傲り高ぶりは、向けられる相手にとっては逆に鎮静作用というか、白ける部分があるようだった。
「ちょっと、あなたたちねぇ・・・」
「て、てめぇなぁ・・・」
左右から激発寸前の声を上げているアスナやクラインに比べて、俺は幾分か冷静さを取り戻していたから、両手で二人を制そうとしたのだが。
――今日はもう一人、“こういう相手向きの奴”がいたのを俺はすっかり忘れてたことを思い出す。
「うん、わかったよコーバッツさん。
――はい、どーぞ♪ ボクたちが今逃げ帰ってきたボス部屋までのマップデータだよ。頑張って作ってきたんだから無駄にしないで下さいね?」
「む? ・・・あ、ああ。協力に感謝する・・・」
「いーえー♪ どういたしまして~。――あ! そうだ! ボクたち今お昼ご飯食べてたんだけど、コーバッツさんたち解放軍の人たちも一緒にどうかな? ご飯はみんなで一緒に食べた方が美味しいってボク信じてるし!」
「う。ま、まぁ、食料供与もまた諸君らの義務であり、それを拒絶するのは我々の活動理念に反することであるからもらってやらなくもないのだが・・・い、いやしかし! 今は職務時間中でだな・・・」
「え。・・・そ、そーなんですかぁ・・・せっかく頑張って作ってきたのに・・・(シュン・・・)」
「う、うぐぅぅ・・・・・・」
『・・・・・・・・・』
・・・驚いたな。なんと我らがアイドル黒の妖精ユウキちゃんが、泣き落としで軍の連中にハニートラップかけはじめちゃってるよ。厳つい角張り顔のコーバッツの唇が、緩みそうになるのを全力で押さえ込もうとしてさっきから不自然に震えまくってて面白ぇよ。
その後も、様々な手練手管で軍の連中を拐かし、コーバッツが聞き入れないときには部下の連中を味方につけて上司に非難がましい目を向けさせて仲裁に入って恩を売るなど、とにかく自分が『かわいい女の子』である事実を武器に使って最大限《軍》の連中を“休ませて”から。
「――馳走になった。礼を言う。それでは我らは上役より命じられた使命があるのでこれにて。
貴様等! 立て!!」
『応っ!!』
最初に出てきたときとは別人みたいに感情のこもった態度と口調で礼を言ってから(それでも高圧的に分類されるのは、完全にコイツ自身の人格に問題あると思われる)部下たちに命じて立ち上がらせて進軍を再開していった。
部下の連中も披露は癒えたのか、元気よく応じてコーバッツの後へと続いて去って行く。
「バイバーイ! ガンバって下さいねーっ! 応援してますからー♪」
元気よくブンブンと手を振り回すように右手を挙げて振りまくってるユウキに、振り向いて手を振り替えしてくる奴も二人ぐらいは混じってて、それを見せられた俺たちは毒気を抜かれた状態のまま黙って見送る事しかできなかった。
・・・したく、なかったんだ・・・なんか精神的に疲れちまってたから・・・・・・。
「なんて言うか、“普通の人たち”だったわね・・・・・・」
「ああ、そうだな・・・。かわいい女の子からリアルで話しかけられた経験少なくて有頂天になってる、ごく普通にガチな野郎プレイヤーばっかの集団だったな・・・・・・」
《SAO》、それは発売日当日にソフトを入手できた筋金入りのゲームマニアたち数千人が囚われている電子の牢獄。
規律という言葉と同じくらい、『リア充』という言葉から最も縁遠い『ネト充』どもが現実世界に帰還するため日夜競い合っている世界。
それは同時に、リアルでもゲーム内でも初対面でカワイイ女の子から親しげに話しかけられるなんて状況を『ゲームの中でこそ実現できる妄想だ』と割り切って生きてるはずの、現実逃避するためゲームしていた野郎共が大半を占める世界でもあるのだった・・・・・・。
「ん~~~・・・・・・休んだ休んだーっ。
――それじゃ、行こっか?」
『・・・・・・は?』
伸びをしてから言ってきたユウキの言葉に、俺たちは揃ってポカンとなる。
えっと・・・『行く』って・・・・・・どこへ?
「行くんでしょ? 休ませてはあげたけど、経験不足なあの人たちだけだとボクたちが逃げ帰ってきた青い瞳のボス悪魔には勝てないだろうからね。
全滅するかもしれないパーティーを見捨てるなんて、キリトには出来ないでしょ?」
「む・・・」
思わず即答で否定しようとしたくなる台詞を笑顔で言い切られた俺は、少しだけだがムッとさせられる。
見当違いとまでは言わないが、だからと言って『お前のことは何でも判ってる』みたいな言い方されて楽しい気分になる趣味を俺は持ち合わせていない。
「そうとは限らないぜ? なんたって俺は自分のことしか考えずに他のプレイヤーを見捨てた利己的なビーターらしいからな。
あいつら自身がそう言ってきてるんだし、今更俺に見捨てられても奴らにとっては決めつけてた内容が真実だったって証明できて、むしろ本望だと思うかもしれないじゃないか?」
いつものように露悪的な口調と表情で言ってのけた俺だったが、相手の表情を見る限りだと上手く行ったとは到底思えない。
なにしろそいつは、周りから忌避されて避けられてるビーターであるところの俺に向かって満面の笑顔を浮かべながら、こう言ってきたのだから。
「ビーターだから。だからこそ助けに行くんでしょ? キリトは。そうじゃなかったらビーターになってる今のキリトはここにいない。
キリトが今もこうしてビーターって呼ばれて、自分のことを悪いビーターだと思い込もうとしてる。その時点でキリトが彼らを見捨てられるような利己的な人間なんかじゃないってことぐらい今更みんな理解できてるからね」
「・・・・・・」
「だからさ、行こ? お腹いっぱいになってゆとりが出来てる今のコーバッツさんたちなら、ボクたちが追いつくまでの間くらいは保たせられるはずだよ。
クラインさんやアスナだって、あの人のことが嫌いになれても死んだりしたらきっと辛くて悲しいと思うだろうから、だから死なないうちに助けに行っちゃおうよ。きっとその方が上手くいかなかった時でも見捨てたときよりかは気持ちがいい終わり方ができるはずだから」
「・・・・・・」
「死んでから伸ばした救いの手は、自分自身さえ救えない。救いたいって想いだけじゃ心しか救えないし、救える力があるだけで救う意思のない人には誰一人救うことなんかしようとしない。
救える力と拾いたい気持ち。その二つを持ってる人が勇気を出して行動したときだけ救えるのが、他人の命だから。
そのことを誰より思い知ってるからこそビーターを名乗ってるキリトには、絶対に彼らを見殺しにすることなんて出来るはずがない。
ボクは、その事実を知ってるつもりだよ・・・?」
「・・・・・・・・・」
――なんとも居心地の悪い心地にさせられてしまって目を逸らす俺。
そしたら今度はクラインたちの嫌な感じにニヤけた笑顔で見られてるのが視界に入って瞬間的に「カチン」となる。
「・・・・・・なんだよ」
「うんにゃあ、別に。ただ青春してるなぁって思っただけさ」
「・・・・・・・・・うるせ」
そっぽを向く俺を大口開けて笑い飛ばしてからクラインは、
「さぁてと。そんじゃあ方針も決まったみてぇだし、そろそろ行くか。準備しろ、お前らぁ!」
『応よ! 準備万端整ってるぜギルマスぅッ!』
「もちろん、私もついてくからね? キリト君たち。本当だったら今日はユウキと私のレベル上げがメインの目的だったんだから、主役を一人だけ置いてきぼりにするのは許しません。いいですよね? クラインさん♪」
「Yes! アイ・マム!! ユア・マジェスティン!!」
『オール・パーフェクト美少女アスナ様―――っ!!!』
「お前ら、どこのアスナ様親衛隊の一員だ!? 噂には聞いてたけど軽く引くぞ!」
「あはははっ!!」
こうしてボクたちは全会一致でコーバッツさんたちの後を追っていって、可能だったら一人の死者も出さないための撤退戦を援護して、難しいようだったらボクたちが壁になって食い止めてる間に逃げ出せた人たちだけ連れてボクたちも逃げる。
そう言う方針で行くことに決まった。
さぁ、《SAO》始まって以来はじめてのボス部屋からのプレイヤー救出策戦開始だ!
敵を倒すばっかりな殺伐としたプレイよりも、よっぽど腕が鳴る良いボス戦だよね!
「・・・でもよぉ、ユウキ。いくら連中に気を許して貰うためつったって、流石にさっきのは人が良すぎる行為だったと思うぜ?」
「え? なんのこと?」
「マップだよ。さっき奴らにくれてやってたマッピングデータさ。お前らにマップ売って商売する気が無いのは知っちゃいるが、それでもタダでくれてやるってのはやり過ぎだぜ。
お前らだってアレ作るまでに相当な苦労と時間をかけたんだろうし、それに見合った相応の代価ってもんを頂戴するのは社会人としての義務ってもんがだな・・・・・・って、オイ。どした? なんでそんな冷や汗塗れみたいな気まずそうな顔して目を逸らしてんだ二人とも?」
「「・・・・・・(い、言えない・・・。特に何の目的もなく何となく訪れてきてて、《適当にブラついてたらボス部屋の前まで着いてただけなんです》なんて言う真実は、今この場で絶対に言っちゃいけない世界に隠すべき真実だと知っているから・・・・・・っ!!!)」」
つづく