今までの展開確認し直すのも大変ですけど、当時思いついてたアイデアを思い出しながら整合性取るのも結構大変なものですから…。
尚、何故か少しだけグラディールさんが格好良く書けたかもしれません。見方次第ではありますけれども。
――子供の頃、彼は『勇者』に憧れていた。RPGの中で魔王を倒して世界を救う、強くて優しくてカッコいい『選ばれし者』に。
幸いにも彼は、その夢が叶うと信じられるだけのものに恵まれてもいた。
テストではいつも満点だったし、運動会のリレーでは毎年アンカーに選ばれて、親は富豪とまでは言えずとも裕福だった。
彼は自分が『選ばれし者』だと信じ、それに相応しい者になろうと弱きを助けて強きを挫き、クラスの仲間たちから尊敬の目を集め続けていた。
・・・・・・それが上手くいかなくなってきたのは、中学校に上がってからだった。
テストで塾に通っているクラスメイトに勝てなくなった。運動会では運動部の子に負ける回数が増えていった。
小学校という限られた狭い世界でなら一番だった自分よりも、頭が良くて、運動ができて、親が金持ちな子供など掃いて捨てるほど大勢いるのだという現実を思い知らされたことで、彼は生まれて初めて『敗北』を骨の髄まで味わい尽くされたのだ。
あるいは、何か一つの部活動に入部して極める道を選べていたら、彼には可能性があったかも知れない。塾に入って名門国立校に入学する道も残されていたのかも知れない。
だが『選ばれし者』であり、あらゆる勝負で誰にも負けない勇者に憧れる彼には、『平凡な戦士』や『平凡な魔法使い』に成り下がる道がどうしても選べなかった。『モブキャラになる』のは絶対にイヤだと心の底から拒絶し続けてしまった。
やがて彼は、【生まれながらに一人だけ特別だった者】を否定するようになった。自分より優れた者を貶めることで優位に立とうとするようになった。
自分の欠点を努力して補おうとするより、相手の欠点を指摘して弱点を罵倒して失敗へと導くことで自分の方が上なのだと周囲にアピールするようになっていった。
心の変化が、成長期の肉体にまで影響したのか、目が落ちくぼんで頬が痩け、顔立ちは悪くなかった表情に陰気な陰を強く強く落とすようになってしまっていく・・・・・・。
――そんな彼に『最後の転機』が訪れたのは、2020年。伝説的なMMORPGが発表された日での事。
【ソードアート・オンライン】ナーブギアを用いた世界初のVRMMO。
学歴も背景も関係なく、剣一本さえあれば何処までも行くことが許された仮想の現実世界。
この世界でなら、自分はやり直せる・・・ッ! また1から選ばれし者としての勇者になれる可能性を手にすることができる! 特別な勇者でいられた頃の自分自身に戻ることが可能になる!!
現実の貧弱になった自分を捨てて、あの頃の最強だった自分に戻ることができるのだ!!
・・・・・・だが結局、この世界も彼を“裏切った”
努力よりもナーブギアとの相性がものを言う世界。レベル上げも、強い武器の入手場所も、情報を手に入れられるツテのある奴らの方が強くなれる世界。・・・結局は現実もゲーム世界も同じじゃないか。
だったらもういい・・・殺してやる。壊してやる、穢してやる。
こんな世界を綺麗だとか、剣さえあれば一人だけで何処までも行けるとか甘ったれた戯れ言を抜かしてるヤツらを殺して奪って、そいつらの犠牲で俺は上に行ってやる・・・っ!!
そのためなら、なんだって利用してやる! KOBも! ラフィン・コフィンも! 毒も! 全部自分にとっては同じものだ! 俺が得したいんだ! 俺が愉しみたいだけなんだ! 俺一人が愉しめればそれでいい!
どんなに強くなった所で、頭使って無力化しちまえば手の平の上で踊り狂って無様にあがいて死んでくことしかできなくなる、クズでゴミで生きてる価値もないクソばっかりで、ザコプレイヤーばっかりしかいないのが、この【SAO】ってクソゲー世界なんだから!!!
・・・・・・そう思っていた。そのはずなのに―――ッ!!
「なん、で・・・テメェがッ!?」
――長身のグラディールが、驚愕の表情で俺と奴の間に立ちはだかってきた奴の顔を見つめていた。
俺に止めを刺すため振り下ろした剣を、横から割って入って受け止めている黒一色の少女剣士を。イタズラ好きな【黒の妖精】の顔を、まるで自分が殺した奴が生き返ってきたみたいに信じられないものを見る瞳で驚愕させられている。
俺を守るため、俺を殺そうとしている奴と向き合ってるせいで背中しか見えず、その顔が今どんな表情をしているのか判らないソイツは「大丈夫だった? キリト」と俺に向かって聞いてきて。
「速く解毒結晶を使って。動けるようになったら、ゴドフリーさんにも飲ませてあげてね」
「あ、ああ。分かってる・・・」
俺は言われてようやく、自分がソイツの姿に意識を奪われて、すべき事をし忘れていたことを思い出す。
渡されていた袋から解毒結晶を取り出して口に含もうとするのを、グラディールが阻止しようと動き出すがソイツに――ユウキの剣に押し戻されて鍔迫り合いを続行させられざるを得なくされ、「く、クソがっ!」と口汚く吐き捨てる顔に焦りの色を濃く浮き上がらせる。
「て、テメェ! なんでここにいやがるんだ!? テメェの方にも俺の仲間が待ち伏せしてたはずだ! いや、たとえヤツらが負けても、あの距離を短時間で戻ってこれる訳が・・・!?」
「・・・・・・最初から分かっていたことだったからね」
「な、なにっ!?」
静かな声で返されて、グラディールは逆に焦りを強くする。
力比べの鍔迫り合いだと重装備の奴の方が有利だが、時間が経てば俺とゴドフリーが戦線復帰してしまい一方的に不利になる。
それが分かっているから焦っているのだろうし、その状況を打開するため何でもいいから取っ掛かりを得ようと仕掛けてきた会話だったらしい。
だが、それはユウキにとっては予想の範疇だったらしい。・・・あるいは本当に「最初から分かっていた事態」だったからこそ、今この会話も覚悟の上で事を進めてきた。そういう意味だったのかも知れない。
「知ってるかい? グラディールさん。赤ちゃんってさ、言葉が話せないからお母さんの目をちゃんと見るんだってお話」
「はぁ!? 何を意味分かんねぇことを・・・っ」
「人に“ゴメンナサイ”ってするときには、目を見て言わなきゃダメだよってお話。そっぽ向いてる人から謝られたって信じようって気にはなれないでしょ?」
「なっ!? あァッ!?」
あまりにも当たり前すぎることを言われて相手の驚愕が大きくなり、そして俺も――大きく目を見開いて驚愕させられてしまっていた。
それはあまりにも当たり前すぎて、人として普通のことで・・・・・・だからこそ俺たちゲーマーはついつい忘れがちになってしまうこと。あるいは忘れたことにして“仕方がないんだ”と心の底に蓋をして忘れたフリをしたくなってしまう、日常的なコミュニケーションの嘘本当を見分ける方法・・・。
それを使って、それだけを使ってユウキはグラディールの嘘を見抜いたと、そう言っているのだ。
「ふざけてじゃねぇぞガキが! ただのゲームなんだぞSAOは!! そんなもんで俺たちの計画が見抜かれて堪るか!! CGで作られてる目なんか見たって仕方ねぇだろうが!」
「そうかな? 赤ちゃんでも出来ることを大人の人がやらずに謝ってきたら、普通は頭から嘘だと決めつけてかかるのが子供のルールだと思ったことってない?」
「う、ぐっ!? て、テメェテメェテメェはぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
もはや策が思いつかないのか、それとも最初から上手くいく前提で計画を進めていたせいで後詰めを一切用意していなかったのか、グラディールにはもはや窮地を機転で切り抜けようとする意思は完全に損失したらしく力業で脱出を図ろうと、勢い任せ力任せで叫びまくりながらユウキに剣とソードスキルを叩き込み始める。
それに対してユウキは、適切に返し技を選んで大ダメージになる技だけを相殺しながら、致命傷に至る恐れのない小技を無視して当たるに任せ、自分からは反撃しようとせずグラディールの相手を引き受け続け・・・俺の方へと一瞬だけ視線を送る。
それで解った。ユウキは俺とゴドフリーのHP回復までの時間稼ぎをしてくれている。
最初からグラディールの企みを確信していたらしい彼女が、最初からヤツを殺すことなく今までは計画に乗ってやって泳がせておいたのも、それが理由なら納得がいく。
最初から『殺すこと』が彼女の目的ではなかったからだ。
俺たちを『殺させないこと』が叶いさえすれば、別にグラディールが反省していなくても自分たちを騙してたとしてもユウキには何の問題もなく、目的にも反していない。・・・そういう奴がユウキだったから、最初から目的が俺たちの誰とも違っていただけだった。それが俺たちが今日感じさせられていた彼女の違和感の正体だったのだろう。
その俺がした予測は、次に語られたユウキ自身の言葉で証明されることになる。
「別にね・・・キミがボクを恨んだり付け狙い続けてくる分には構わなかったんだ。
他の人に八つ当たりしないでくれるのなら、ボクだけを追ってきてくれるようになってくれたら憎まれ役を引き受けた甲斐もあったかなって、そう思える程度でボクの方にはキミを恨む理由も殺したいと思えるほどの理由もなかったし。
“ゲームの遊び方は人それぞれ”で、ボクにとってはそれで全然まったく問題はなかった」
「シャアアアアッ!! うらっ! うらッ! うおらァァァァァッ!!!」
「・・・《午前三時の惨劇事件》って聞いたことあるかい?」
「ああンッ!?」
激しい攻撃とソードスキル使用を繰り返しながら、ユウキの言葉で一瞬だけグラディールの表情に愉悦混じりの笑みが戻った。・・・ヤツ好みの話だったんだろう。
俺たちにとってはイヤすぎる記憶を彷彿とさせられる名前だが、コイツみたいなプレイヤーにとっては確かに好みそうな話題ではある。血盟騎士団よりも犯罪者ギルドの方がよっぽど似合ってそうなこの男の場合には絶対に・・・!!
「知ってるぜェ・・・、テメェら攻略組がようやく見つけた《ラフィン・コフィン》のアジト襲撃して裏切り者でて密告されて罠にはめられ、人殺せねぇテメェらは組織を潰せただけでPoHにも逃げられちまったっていう失敗談だろう?」
「へぇ、詳しいんだね?」
「ああァ・・・これでも感謝してたぐらいだからなァっ。何しろ、あの事件で人数減りまくったラフィン・コフィンからお誘いメールもらって、この殺し方を伝授してもらえたっていう恩があるくらいだ! テメェらのおかげで俺もけっこう人殺せちまったよ! ヒャハハハッ!!」
「・・・っ!? グラディール、お前・・・《ラフィン・コフィン》のメンバーだったのか!?」
俺は思わず声を上げずにはいられなくなってしまった。どうにで見覚えのある手口だと思ったが・・・まさか生き残りだけじゃなく、新規メンバーまで加わってたなんて想像もしていなかった!
「ああ、今回の件もどこで聞きつけてきたのか、奴らの方から提案してきて面白そうだから乗ってやったのさ。
最初は俺一人で全員まとめて休憩中に犯罪者ギルドに皆殺しにされ、必死に勇戦して生き残った俺だけが英雄になる計画を立ててたんだがな。
人数が多すぎるってのは厄介だったし、離れた場所で奴らがお前らと相打ちで殺されるだけなら、俺にとってはオードブルが少し目減りするようなもんだ。メインディッシュは別にある。
あの《閃光》を・・・すかした生意気女の綺麗な顔を、仲間死んで悲しんで泣いてるところに付け入って、殺される前に真相語ってやって、仇が目の前にいるってのに復讐もできずに死んでくしかないテメェの無力さを噛みしめさせながら殺してやるって言う、サイッコーに美味しいシチュエーションの超ご馳走がなァァァッ!!!」
「お前!? まさかアスナまでも・・・っ」
人殺しが楽しくて仕方がないと言ったようなグラディールの表情と言い方に、俺は改めてコイツへの怒りと憎しみを抱かされたが―――同時に確信させられてもいた。
コイツは“捨て駒だ”。少なくともコイツにとって他のラフィン・コフィンがそうだったのと同じくらいに、コイツ自身のこともそう思われていたのは間違いない。
何故ならグラディールに話を持ちかけてきたというラフィン・コフィンの生き残りたちはグラディールに対して、“あの事件で一番注意しなければいけない部分”を説明していないのだから。
「ホント詳しく教えてもらってるんだね、グラディールさんは。――でも間違っている」
「あん?」
「間違ってるんだよ、その情報は。言ってる内容は全部正しくて間違ってないけど、一番気をつけなくちゃいけないところが抜けている・・・」
「?? テメェいったい何言って・・・・・・」
相手の言葉にグラディールは初めて動揺を示し、何が何だかわからないものを見る瞳でユウキを見つめる。
そう、ヤツの知識は正しいのだが間違っている。あのときの事件の概要が、一部だけ意図的に削除された情報だけを教えられてしまっている。
《午前三時の惨劇事件》という名の俗称で呼ばれる、あの時の襲撃作戦。
俺を含めた一部の傭兵ソロプレイヤーも参加しての《ラフィン・コフィン》のアジト襲撃が実行可能になった理由は、ラフコフのメンバーの一人が罪悪感に耐えかねて密告してきたのが始まりで、そのお陰で知ることができたアジト襲撃が完全には成功しなかった原因は俺たちの側からも密告者が出てしまったことだった。
極秘に極秘を重ねて計画された討伐作戦の情報が、いかなる経路によってか奴らに漏れてしまってたせいで、襲撃を予測してダンジョンの枝分かれした道の各所に身を隠していた奴らによって俺たちは背後から襲撃され、殺人への忌避感がある一般プレイヤーの俺たちの反撃は徹底できず、双方ともに多数の死者を出すことでようやくラフコフの組織だけは潰すことに成功できていた・・・・・・世間的には、そういう風に伝えられている。
もともと一部の攻略プレイヤーのみで行われた計画で、情報を知る必要がある者たちも少なかったから事件そのものがあまり多くの人に知られている訳じゃない。
ただ少なくとも、“あの場にいたプレイヤーたち”は全員がことの真相を知っていて、“命を助けられている”
それでも、あの事件は失敗という形で当事者以外には知られてはいけないことにしなければいけない、最大の懸念事項について新規メンバーのグラディールは何一つ教えられていない!
「あのラフコフ討伐作戦のとき、ボクはメンバーに選ばれてたんだけど参加はしてなかったんだ。でも途中からは参戦してる」
「ハッ! 怖かったから断っといて、途中から罪悪感でも沸きやがったのかよ? 偽善ヤロウが!!」
「違うよ、グラディールさん。ボクはただ・・・“みんなを背後から襲うような悪い人たちは、後ろから襲われちゃうぞ♪”って当たり前のことを教えてあげただけだよ♪」
「なっ!? なにィッ!?」
グラディールの目に今までで最大の驚愕が走り、それまでとは異なる化け物でも見る感情が目の前で剣を合わせているユウキに向かって注がれたものへと変わっていく。
・・・俺は今の時点では、そこまでは知らされていなかったが、どうやら俺たちの襲撃作戦を伝えた相手は、ラフコフから離脱した密告者本人だったらしい。
一度は罪悪感から犯罪者ギルドから足を洗ってはみたものの、今度は元仲間からの報復が怖くなり、また黒鉄宮の牢獄に入れられた後の生活も現実味を帯びてきたことで恐れを抱くようになったのか自分の浅慮を悔やみ。
いっそ“皆まとめてリセットして無かったことにできないだろうか?”と考えるようになってしまっていたらしく、そのための手段として考え出し、実行に移したのがラフコフと討伐隊を噛み合わせて共倒れしている隙に逃げ出してしまおうという計画だったらしい。
そのことに唯一気づいていたのが当時、罪悪感に苦しんでいたであろう密告者のメンタル面を気遣って、男性プレイヤーとコアゲーマーの多い攻略組の中では珍しいS級レア美少女の二人組アスナとユウキで、その片割れだけが相手の変化を毎日面会しに来ているうちに気づくことができていたのだそうだ。
ただ変化には気づいたが、具体的な中身までは解りようもなかったから参加を断り、密告者の護衛と見張り役に志願して、俺たちが討伐に出発した後に偽情報を流して脱走したところを待ち伏せし、相手自身の口から命乞いとともに情報を引き出し先回りして、襲撃時刻が決まっている俺たちよりも早くダンジョンに入って入り口の脇で隠れ潜んだまま時を待ち、俺たちを背後から襲撃しようとしたラフコフの背後から襲撃するという、奇想天外な大逆転劇を成し遂げた一番の功労者になったのがコイツだったのだ。
結局、人殺しができなかった俺たちの側に死者が一人も出ない理想的なハッピーエンドは迎えられなかったものの、死ぬかもしれない危機的状況に陥った十一人の内、五人までが命を取り留め、ラフィン・コフィンからは逃げ延びるに失敗した二十一名の内、五人までが降伏して捕縛されるという快挙を成し遂げた。
・・・・・・が、それでも尚問題は存在し、密告者を信じたが故の裏切りや、その後の展開も含め、決して良い印象を人に与えられる内容とは言えない事件概要となってしまったことから、この一件で当事者全員が箝口令を敷かれて、最大の功労者がその場にいたことを語ることは最大のタブーとして禁じられて今に至っている。
「多分だけど、ラフコフの生き残りさんたちはボクに復讐することだけが目的だったんじゃないかな? だから、その役目をグラディールさんに取られないために事件の真相を全部は教えなかったんだと思う。
キミが恨んでるのもボクなんだから、教えちゃったら本命だと気づかれちゃうからね。それだと“人殺せれば誰でもいいから手を貸しに来た”って思われてる相手に侮ってもらえなくなっちゃうでしょ? だからじゃないかな」
「なっ!? なっ!? なぁぁぁッ!?」
「まっ、最初から何かあると解りきってるレースのルールに従ってあげる理由もなかったし、ルール違反したり裏道通ったり背後から奇襲して隠れ潜んでるオレンジプレイヤーを問答無用で後ろから切っちゃっていけば、悲劇イベントなんて簡単に回避できちゃうものなんだから――さっ!!」
「ぐぅっ!?」
最後に気合いの声を上げ、ユウキがグラディールの腹を蹴りつけて距離を取ると同時に反撃に打って出る。
俺とゴドフリーのHPが回復するだけの時間が経過したことを、画面表示されている時計から推測したのだろう。
まだ完全にはほど遠くとも、攻略組の俺たちが一撃で殺されることは決して無い量のHPバーまで回復して、自分で自分を守り切れるまでになった俺たち。
つまりグラディールにとっての・・・・・・“詰み(ゲームオーバー)”だ。
「ふぅっ!!」
「ひぃっ!?」
そして始まる、【絶剣】の連続斬り。あまり見る機会がないが、ユウキの通常攻撃を組み合わせた連撃速度は、俺の二刀流によるシステム補正を抜きにすれば互角か、それ以上の早さにまで達しているかもしれない常軌を逸した早さを誇っている。
正直、習得条件がおそらく反射速度か反応速度なんじゃないかと思われる【ユニークスキル】の【二刀流】を俺じゃなくユウキが習得していてもおかしくはなかったんじゃないと思わされるほど素早すぎる連続剣劇。
にも関わらず、彼女が普段から【絶剣】と呼ばれるほどの早すぎる攻撃を繰り出せないのには理由があり、『感情によるブレがありすぎる』という欠点が普段は安定した速度で可能な範囲の攻撃だけをユウキに使わせる結果をもたらしている。
要するに―――今のユウキは本気で怒っているということだ。
だから全力を出して戦えている。全力を出して戦えさえすれば、俺やアスナだって勝負が解らなくなるほどの達人になれるユウキと、毒なしでの勝負で彼女に勝てなかったグラディールでは勝負にならない。
「く、クソッ! 調子に乗りやがってこのアマァ――って、ヒィッ!?! ちょ、ちょうどいいや、どうせ奴らが倒されたときはオメェも殺ってやろうと思って―――ひゃあァッ!?」
負け惜しみのセリフすら途中で中断させられながら、グラディールのHPがドンドンとすり減らされていく。
なまじ重装備な分、威力の低い片手剣での通常攻撃のみを使ってくるユウキを相手には即死させられるだけの致命傷を恐れる心配はない代わりとして、自分の命が徐々に削られていく恐怖心をジワジワと味あわされていく状況に陥っているのだろう。
表情からは先ほどまでの愉悦が消滅して、焦慮と焦りが絶望へと少しずつ変わってく様が微速度撮影でも見るかのように鮮やかに彩られていき、そして。
「わ、わぁぁぁっ!? ああああ、アアアぁぁああァァッ!? わ、解った!! 解ったよぉぉッ!! 降伏する! 俺が悪かった! 許してくれェッ!!」
半ば以上に恐慌を来し、無茶苦茶に剣を振り回すようになっていたグラディールのHPバーが遂に危険域のレッドゾーンに突入したことで、とうとう剣を投げ出して両手を挙げて喚き散らし、そのまま地面に這いつきばりまでして見苦しい命乞いをし始めて――
「も、もうギルドは辞める! あんたらの前にも二度と現れねぇよ! だから! だから――死にたくねぇェェェェッ!!!」
「・・・・・・辞めろッ! ユウキ!!」
「・・・・・・」
そして、ユウキの剣も止まる。止めてしまった。俺の制止によって、止めを刺す寸前まで言っていた相手への攻撃を止めさせてしまったんだ。
「もう、いいよ・・・ユウキ。そういうのは、お前には似合わない・・・。そんなヤツのせいでお前が汚れちまったら、アスナだって悲しむ・・・」
「・・・・・・」
頭を抱えて、自分の命を失いたくない、怖い怖いと言っている相手に止めを刺して、普通で居続けられるような性格を俺の友人たちは持っていない。
そうだ、そういうのは俺の役目なんだ。俺みたいな薄汚れたビーターの役目だから、お前みたいなヤツはしなくて良いんだよ・・・ユウキ。
そう思い、そう考え、立ち上がってユウキの元へ歩み寄り、代わりに止めを刺そうと近寄ろうとしていた俺に対して、ユウキの目を“向けさせてしまった”
その瞬間に、俺は俺の甘さによってグラディールに最後の愉悦の笑みを浮かべる機会を与えてしまう致命的ミスを犯してしまうことになると気づかずに――っ。
「あ、あああ、アアアァァァ・・・甘ぇ――――んだよ副団長の腰巾着様ァァァッ!!」
「!? ユウキッ!!」
一瞬の隙を突いて、地面に投げ出していた剣を拾い上げ、自分に突きつけられていたユウキの剣の切っ先をはじき返すと、無防備な体勢になった彼女に切りつけるため破れかぶれの一撃を放とうとするグラディールの凶行を目にした瞬間!
俺は反射的に駆けだしてしまっていた。
持続時間の長い猛毒のせいで、まだ体が本調子でないことも忘れて。
HPの残量的に防御すれば確実に一撃は耐えられても、無防備なところを直撃されたら即死させられる可能性があるのはユウキよりも自分自身の方だという現状も忘れて飛び出してしまい―――そして
「だからよォォォ・・・・・・・・・甘ェェェ―――――つってんだよテメェらはさァァァッ!!!」
「なっ!? しま――っ」
謀られた!・・・と気づいたときには既に手遅れだった、グラディールの剣はHPが満タンのユウキではなく、俺へと狙いをつけるソードスキルを最初から選択されており、光の尾を引きながら迫り来る剣閃は、自動的にシステムアシストで俺の方へと向かってきて命を奪い取ることが確定してしまった軌道を描きながら、まっすぐまっすぐ向かってきて! 避けようとする俺の体は泥の中で動くよりもさらに重く動かなくて!!
まるでスローモーションみたいに迫るグラディールの剣が、俺の体に食い込もうとする光景を、他人事のように意識してしまえる自分自身の心を不思議に思う余裕もなく。
「甘ェ甘ェ甘ェェェェから死ぬゥゥゥゥゥッ!!!!」
「うん、確かに甘いね。
敵を前にして素通りしようなんて甘すぎる」
グラディールの剣が、それを握っていた右腕ごと体を離れて宙を飛び、地面にボトッと落下する音と光景さえ、まるで映画の中で描かれる1シーンのようにしか思えないまま唖然として俺は・・・・・・グラディールの横で剣の切っ先を天に向かって振り上げている、下から掬い上げるような攻撃を放ち終わったばかりのユウキの迷いなく曇りなき姿に目と心を一瞬以上奪われることしかできなくされてしまっていた・・・・・・。
「・・・へ? お、俺の・・・腕・・・? 俺の腕・・・お、俺のォォォッ!? 俺の腕がァァァッ!?」
そして、利き腕を失っても尚HPバーがほんの僅かでも残っていれば死んだことにはならないゲーム世界故に、グラディールはまだ死んでいなかった。
本当に僅かな量、普通のRPGでたとえるなら、1か2程度の極微量な数値で偶然にも即死を免れていたらしいヤツではあったが、こんな数字では普通のRPGでも逃げるという選択肢を選ぶことしかできず、MMOではそれさえ選びようがない。彼にとっての状況は何も変わっていない。
だからこそ―――
「・・・・・・ちぃぃぃくしょぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
HPが残り僅かで剣と片腕を失って、左手の手刀だけが最後の武器になってしまっていたグラディールが最後の最後に俺に対して放ってきた攻撃。
それは、『俺を殺すための攻撃』ではなく『俺かユウキに自分という他人を殺させるため』に放たれたブラフでしかなかったことが、冷静になって客観的に見れていたならば、このときの俺にも解ることができていたかもしれない。
グサッ!!!
「ぐほぁっ!?」
俺に手刀を叩き込もうと振りかぶられて、反射的に剣を前に出そうとしていた俺より先にグラディールの腹から黒い剣先が飛び出してきて、残り少なくなっていたヤツのHPを最後の一桁まで奪い去っていく瞬間に、ヤツは勝利の嗤いを口元に閃かせて俺に向かって呪いの言葉を吐くように唇を動かそうとして・・・・・・そして。
「この・・・・・・人ごろ――」
「違うよ、グラディールさん」
静かな声で冷静に、ユウキによって呪いの言葉は否定されてしまう結末を迎えることになる――。
「人殺しはキミだ。君たちが人殺しになったんだ。負けた途端に言い訳するのは辞めさい」
冷然と、お母さんが悪いことをした子供の言い訳を叱るときのような口調で、グラディールが最期に命まで捨てて放とうとした呪いを不発に終わらせられて一瞬だけセリフと意識を停止させられてしまい、どう表現していいのか解らない複雑怪奇な様々なドス黒い感情に支配されまくった表情へと変貌した顔を浮かべて怒気もあらわに何かを叫ぼうとして、その瞬間に、
「き――――」
パリィィィン。
・・・・・・ポリゴンの粒となって消滅してしまった。
最期に何を言おうとしたのかも解らぬままに。呪いの言葉は呪いとして完成することもないままに。
全てが全て、黒一色のイタズラ好きな妖精の手で邪魔されてしまったまま、誰一人として俺たちのことは殺せないまま。
犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》の新メンバーになっていたプレイヤー・グラディールは、跡形もなく俺たちの前からもアインクラッドからも永遠に退場させられた・・・・・・。
「――ゴメンね、グラディールさん。キミみたいな犯罪者一人の自己満足のために、関係ない人に呪いを残すことは許してあげることができなかったから・・・・・・」
空を見上げながらユウキが、何のこともない普通の口調でつぶやいた一言が俺に心に深く残り、
「キリトくーん!? ユウキー! 大丈夫!? 無事!? 怪我とかしてないでしょうね!?
ゴドフリーさんからメールが届いて急いで助けに来たんだけど、一体何があったの!?」
「・・・・・・悪い、アスナ」
俺は気遣ってくれているアスナの思いに感謝しながらも、今は優先しなくちゃいけないヤツが他にいることを自覚して、理解できていた。
「俺は大丈夫だから・・・・・・ユウキの奴と今夜は一緒にいてやってほしいんだ・・・」
「え? ユウキと?」
「ああ。俺の方は多分・・・キツいけど一人で復活できると思う。だけどきっとアイツは――」
平気だけど平気じゃない。
今日初めて知った、《絶剣》が持つ真の強さと危うさが解ってしまった今の俺には、今夜の彼女を一人にしてやることは絶対できなかったし、彼女にとってその役目を果たせるのは俺じゃなくて彼女だってことも思い知ることができていたから。
だから俺は、
「ユウキの命はたぶん、君のものなんだアスナ。だから君のために使うまで、他人のために失うことも壊れることも絶対にできなくなっている。
だから最後の瞬間までは無理だったとしても、今夜だけは一緒にいてやってほしいんだ」
そうしないと。いつかきっとアイツは永遠に・・・・・・
つづく
注:言うまでもありませんが、この作品は原作を基にしたフィクション二次創作ですので原作設定とは直接関係は一切ありません。