旅路の終わりは、夢の始まり   作:ひきがやもとまち

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本来なら、最後まで行くか、前後編にしてセットで出して更新するかのどっちかが良いと思ったのですが、今は更新を優先しておくことにしました。

今話は【マザーズ・ロザリオ】へと続く伏線みたいなノリで書いてみましたが……間延びしたかも知れず、そこは心配。

次話で【朝露の少女編】は完結予定。



原作1巻版19話「ユメの終わる日」

 《黒鉄宮》の入り口に立って、救助要請の頼みを引き受けてくれた助っ人を待ちながら。

 私の心に・・・・・・ギルド《MTD》のギルドマスター『シンカー』の護衛を務める『ユリエール』に不安がなかったと言えばウソになる。

 頼みを聞いてくれたアスナさんやキリトさん、ユウキさんという三人の攻略組プレイヤーの強さを疑っている訳ではない。

 

 聞けばアスナさんはギルド《KOB》の副団長で、ユウキさんもキリトさんも《KOB》の団員だという。これほどの布陣で、戦力的に不足などある訳がない。

 

 だが・・・そうと思いながら私の心から不安が消えることなく蟠り続けてしまっているのは・・・・・・多分、私自身の罪悪感と自罰の念からくる後ろめたさによるもの・・・・・・そう自分でも自覚している。

 

 本来なら、ギルマスの護衛である私がシンカーの事を――リアルに戻ったら結婚しようと誓い合った関係にある私こそが、もっと気をつけていれば避けられていたはずの事態だったから・・・。

 放任種で甘いところがある彼の代わりに、キバオウ派の動向を警戒していた私が企みを察知することさえ出来ていれば、彼らに余計な負担と危険を冒させる必要すらなかったのに・・・全ては私が油断したせいで、そのせいで・・・・・・

 

 

 ――それに現実的課題としての問題も、まったく無いという程ではなかった。

 

 アスナさんたちの強さに疑問の余地はないが、それでも《黒鉄宮》の地下に新たに現れたダンジョンにPOPする敵モンスターは強力で、かつてキバオウが直接率いた先遣隊は散々に追い回された末に命からがら逃げ出してきている。

 奴らとて攻略組と比べれば力不足だが、弱いプレイヤーに分類される者達では全くない。逃げ帰ってきた先遣隊メンバーから聞かされたボスモンスターの話も気にはなる・・・。

 

 

 コーバッツたちが敗北を喫したのが七十四層にあるボスの間で、ダンジョンボスのレベルは階層の数に10前後を上乗せするのが妥当というセオリーでいけば、六十層相当のザコモンスターが基本配置されているこのダンジョンボスも、《軍の精鋭部隊を撃退した青い悪魔》と同等の存在と見るべきだろう。

 七十四層がクリアーされてから、まだ然程の日数は過ぎてない現状では、キリトさんやアスナさんたちのレベルも格段の上昇までは出来ていないはず。

 

 もちろん私自身も。及ばずながら力になるのは大前提とは言え、かなり厳しい救出行になることが侵入する前から予測され、私の心と胃はキリキリと痛めつけられていたのだ。

 

 

 まして・・・・・・『十歳未満とおぼしき非武装の幼女』も連れて行く、と宣言されてしまった側としては尚更に・・・。

 拒否できる立場にない私としては、受け入れるほか無い提案だったけれど・・・・・・正直もう少し真剣にやって欲しいという想いは捨てきれない。

 

 精神に障害を負っているらしき、精神年齢が低すぎる少女自身には同情の念を禁じ得ないとは言え、ダンジョンは子供とお手々つないでピクニック気分で行くところではない。

 

 そう―――思っていたのだが・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおっ!!!」

 

 キリトさんが右手に持った剣で「ずばーん!」と切り裂いたモンスターを一刀両断して、

 

「りゃあああああっ!!!!」

 

 左手に持った剣で「どかーん!!」と薙ぎ払ったモンスターを吹き飛ばし。

 

 

「どおりゃあああっ!!!」

 

 ユウキさんが両手に一本の剣をもって「どこーん!」とモンスターの集団に突撃して行って、

 

「おりゃおりゃーッ!!!!」

 

 両手に持った剣を目にも止まらぬ速度で振り回しては「ズバズバッ!」とモンスター達を一閃のもとに切り払っていく。

 

 

 

 ・・・・・・《軍》に属する私の常識と理解を超越しすぎた光景が、目の前で展開されていた・・・。

 一応はアインクラッド最大規模のギルドに属してギルマスの護衛役である私でさえ、1対1でなら倒せるほどのモンスター達が出てくる端から一瞬にして全滅させられるを繰り返している、まるでネット画像のゲーム上級者プレイでも見ているだけのような、そんな状況・・・。

 

 私の出る幕など全くなく、むしろ下手に手伝おうとすれば二人の《スイッチ》を邪魔してしまうだけではないかと思えるほどに・・・・・・圧倒的すぎるほど強すぎる二人の黒い剣士達が、チート無双しながら片端からモンスター達を討伐――というか絶滅させる勢いで倒しまくっていた・・・。 

 

 

「やれやれ、相変わらずなんだから二人とも。

 今は救出が優先だから仕方ないけど、普通だったら適正以下の狩り場で高レベルプレイヤーだけが独占なんて褒められた行為じゃないって分かってるのかしら?

 ユウキもユウキで、『もう我慢できな~い』って一緒に参加しに行っちゃうし。

 キリトくんの方は・・・・・・やっぱり時間的に仕事キツくてストレス溜めちゃってるのかな・・・? ダイゼンさんもゴドフリーさんも何故かキリトくんのこと気に入っちゃってるみたいだったし・・・」

「え、えと・・・なんだか、すいません・・・。任せっぱなしになってしまって・・・」

「え? ああ、いえいえ気にしないでください。あの二人のアレはもう病気みたいなものですから」

「そ、そうなんですか・・・?」

 

 本来なら率先して危ない役目を引き受けるべき状況と立場で、最悪の場合に私を囮にして彼らだけでも先に行かせることまで考えていた身として――蓋を開けてみれば完全なお荷物か、マッパーとしての価値ぐらいしか存在しない立ち位置になってしまっていた自分自身。

 

 ここに来るまでの経緯を鑑みれば、あまりにも情けなく申し訳ない気持ちに駆られて思わず謝罪の言葉を継げずにいられなかった私に対し、一人だけ近くに残って幼い少女を抱きしめながら見物役に徹しているアスナさんは、裏表のない表情で手のひらをパタパタ振りながら軽く言ってのけるだけ。

 

「キリトくんの方は、自分が最強になりたいだけでも戦い続けちゃうみたいな所がある人ですし、『最強バカ』なんですよ。

 放っておいても止めても、どーせ敵が出てきた時には突っ込んでっちゃう人ですから、言うだけムダです。

 ユウキの方は、お祭り騒ぎを見るとジッとしてられない子ですしね。二人とも好きにやらせておけば、そのうち飽きるか疲れて止めますよきっと。だから、それまで放置が正解」

『『なんかヒドいこと言われてるぞオイ!?(気がするんだけど!?)』』

「パパーっ、がんばれー! ユウキママも、がんばってー♪」

「ゲッホン!? ごっほん!?」

「キリト・・・ユウキ・・・・・・キリ、ト・・・・・・そうかッ! あの時のッ!!」

 

 呆れ混じりにアスナさんが評する声と、彼女に後ろから抱き留められてる幼女からの声援。

 その二つを聞かされて、ふと記憶巣を刺激するものを感じさせられた私は思考に没し、遠くの方から聞こえてきた気がした二人の声でようやく目当ての情報を脳内から探り当てて――喝采を上げる!

 

 これほどの戦闘が彼らに可能な理由が、ようやく分かったのだ!

 そしてそれはシンカーの――愛する人が生還できる可能性を爆発的に引き上げてくれる最大級の吉報となってくれる情報でもある!

 

 しかし、なんという因果な巡り合わせによる幸運なのだろう。まさか彼が、私たちのギルドマスター救出の役を引き受けてくれた剣士だったなんて・・・・・・これでシンカーは救われる! 彼らの力で救ってもらえる事が可能になった!

 

「なるほど、どこかで聞いた覚えがあるとは思っていましたが・・・キリトさんは少し前に話題となった《神聖剣ヒースクリフ》とデュエルした《黒の剣士》だったのですね。どうりで強い訳です。

 あの《軍の大部隊を撃退した悪魔を単独撃破した二刀流使いキリトの七十連撃!》と謳われた方の助力を得られるとは・・・・・・光栄です、キリトさんっ」

「いや、その数は盛りすぎだから!? って言うか更に増えてるし! 俺は一体どういう風な話として下層には伝わってんだよ本当に!?」

 

 前線から遙か遠く、第一層目の《はじまりの街》にいると最新情報に疎くなりやすい私でさえ《新聞》を読んで知っていたほどに著名なユニークスキルの持ち主にして、『軍の精鋭部隊を全滅の危機から救い出した』という事情から、逆の意味でも私たちの間では有名になっていた話題の人物。

 

 最初に会ったときはシンカーのことと頼みを聞いてもらえるかで頭がいっぱいになっていたため気づくことが出来なかったが、こうして戦いぶりを間近で見せつけられれば納得せざるを得ない、私たちとは次元の違うハイレベルプレイヤー。

 

 そんな相手が偶然にも、この時期に《はじまりの街》に来て《軍》内部の強硬派一派とイザコザを起こして騒ぎになってくれたのには、奇跡的と言っていいほどの行幸に恵まれた結果だった。

 その喜びと感動を素直に声に出して表したのだが、どうやら私が語った新聞の情報には彼にとって看過できない部分が含まれていたらしく、慌てた様子で私のもとまで戻ってきて否定の言葉を発してきたのだが。

 

「・・・って、あ!? おい、ユウキ! 俺がバトルから抜けてる間に数稼ぐのは反則だろうが!」

「へへ~ん、キリトが戦闘中に勝手にブレイクしに行っただけでしょー? ボクは悪くないもーん」

「ちゃんとタイムっつってから抜けただろ!? ルール守れルールを!」

「ブブーッ! MMOに一時停止のタイムボタンはありませ~ん。勝手に抜けちゃってフリーズ状態になっちゃった人が悪いぃ♪」

「チィッ! 負けてたまるか! はぁああああああッ!!!」

 

 ユウキさんと会話した後、戻ってきたときより大慌てで再び戦闘へ。・・・どうやら知らぬ間に『どちらが多く敵を倒したか?』を競い合うレースが二人だけの間で始まっていたらしい。先ほどまで以上のスピードと勢いで敵集団へと暴風雨のように突撃していく彼らがいる。

 

「・・・アホね、二人とも。まったくバカばっかりですよね、本当に」

「い、いえその・・・・・・若いうちは元気があった方がよろしいのでは・・・と」

「わー♪ スゴいスゴい、パパすごーい! ユウキママもずばーん!どかーん!」

「ごっほん!? ごっほんッ!!」

 

 ジト目になって、私的にはコメントしづらい感想を口にされるアスナさんと、無邪気に喜び続ける女の子。

 ・・・混沌とした状況だったとしか言い様がない・・・・・・思わず苦笑するしか他に感情表現の手段が・・・。

 

 ただ――何となくだけれど、彼女たちの破天荒な行動は――

 

「まったく! ユリエールさんも、そう思いませんか? 二人ともお子様なんだから、少しは巻き込まれる私たちの苦労とかも分かって欲しいですよね本当に」

「そう・・・ですね。ですが・・・・・・何だかすごく・・・・・・。

 “楽しそう”、だと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・愚痴になってしまいますが、私は正直ここ数ヶ月の間、ずっと自分を抑え続けて我慢ばかりしていたような、そんな気を今は感じている。

 当初よりギルドが巨大化して、ギルマスの護衛である私の発言にはギルマスの意思を代弁したものと解釈されることが多くあったものですから・・・。

 それでも、私が何か余計なことを言ってしまったせいで、マスターであるシンカーが責任を問われて、彼が傷つけられるようなことがないように・・・・・・と。

 そればかりを優先して、自分自身を押さえてばかりの生活を送っていた・・・・・・そんな気が、今は強く感じている・・・変ですよね。

 ゲームの中で他人を演じるなんて、当たり前のことのはずなのに・・・」

「―――っ、・・・・・・」

 

 ポツリと思わず呟いた言葉に、アスナさんが驚いたような視線を向けてくるのを感じながら、私自身も自分の発した言葉に意外さを感じて内心では驚いていたけれど・・・・・・声に出してみて、ストンと納得するものが自分の胸に落ちてきて――ひどく、納得できていた。

 

 私とてSAOを始めた当初は、彼らのように初めてのVR世界と体験に心弾ませ、自由に思うがままに自分のやりたいように《剣の世界》での冒険を楽しんでいる時期があった。

 千人だけのベータテスターでないとは言え、1万人の初回スロットを購入できた一員として、『己の腕と剣一本だけで幾らでも上を目指せる世界』に胸躍らせて、がむしゃらにレベルアップを目指していた時期もある。

 

 その時の経験と蓄積が、今では役に立っているのだから無駄だったとまでは思っていない。それがあったおかげでシンカーを・・・・・・愛する人を守れる役目を自分が担い続けることが出来ているのだから、後悔だけは一度足りとした覚えはないほどに。

 

 ・・・ただ・・・・・・その力と立場を得られたのと引き換えに、私個人が自由に動いていい権利を大幅に制限されてしまったのも事実ではある・・・・・・。

 

「キバオウたちの勢力と対立が深まるようになってからは尚のこと、不用意な発言で相手に言質を与えてはならないと、自分で自分の発言を律する機会が増えていき、今のような堅苦しい口調を気づいたときには自然とできるようになってしまっていた。

 今のように忌憚のない話を聞かせてもらって、私自身も今しているような反応を最後に返したのは、一体どれくらい前のことだったか・・・・・・」

「分かります――その気持ち。私も・・・・・・そういう思い出がない訳じゃないですから」

 

 そう返されて、今度は私が驚かされて隣を歩む少女を見下ろすことになる。

 見上げてる視点で見つめ返してくる彼女の表情と雰囲気などが、ふと自分自身のアバターを鏡に映したときの姿と重なって見えた気がして、思わず――

 

「あっ、お姉ちゃん笑った!」

「・・・え・・・?」

 

 彼女の胸元に抱きしめられている少女から、満面の笑顔を浮かべて指差されながら告げられた言葉に、私自身が誰より驚かされることになる。

 

 笑っていた・・・のだろうか? 先ほどの私は・・・。正直よく分からない・・・。

 偶然にもアバターがもっていた印象を役立てようと、謹厳実直そうで隙のない女らしい言動をと心掛けるようになって久しく、自分が最後に笑ったのは何時だったか思い出せなくなっていた私には上手く判断ができなくて・・・

 

 そんな私を見て、アスナさんの方はハッキリと笑顔と分かる笑みを浮かべられて、

 

「私・・・今、笑ってたのですか・・・?」

「そうなんだと思います。この世界だとナーブギアのせいで、そういうの隠せなくなってますから、感情エンジンで直接表現されちゃう。

 泣きたくなった時に、涙は隠せない。笑いたい時には笑顔を浮かべてしまう。誰も本当の意味で我慢できないのが、この《アインクラッド》という世界なんですから」

「そう・・・ですね。・・・そうなのかも、しれません・・・」

 

 そして今度は本当に、小さな笑みが零れてしまう自分を自覚させられた。

 その一方で、己自身への苦笑も感じる。ギルド内の誰にも見られる心配のない場所まできて、演技も何もないだろうに・・・・・・それだけ昨今の自分が周囲からの目を意識しすぎる性格になってしまっていたことに気づかされ、自分自身に対して思わず呆れずにはいられない気分になったから・・・。

 

「皆さんには感謝しています。無理なお願いを聞いていただいたこともそうですが、それ以外のことでも本当に。それに、コーバッツたちとの事だって・・・。

 結局はケンカ別れになってしまいましたが、《キバオウ派》のメンバーと意見をぶつけ合ったのは、考えてみると大分前にやったきりの事でしたから」

「そ、そうだったんですか? でも同じ街で暮らしてて、同じギルドに所属してる訳ですし、いくら対立してるからって任務とかクエストとかで互いに会話する機会ぐらい・・・・・・」

「ええ、もちろん。

 ・・・ですが、『相手に話を伝える』のと、『互いの意見を言い合う会話』は、全く違う行為なんだと、久しぶりにヤツと議論したことで思い知らされました。

 長らく一方的な意思決定と命令と伝達に、メールを送り合うだけに終始しているだけの関係になっていましたから。

 相手の話を『聞く気』はあっても、『聞き入れる気』は最初から持ち合わせていない者同士・・・・・・そんな話し合いなど、会話とは呼べない。そのことに気付かされた思いでした」

「―――ッ、・・・・・・・・・」

 

 苦い記憶を思い返しながら告げた想いに、アスナさんが再び何かで驚いたような表情を浮かべたような気もしたが、今の私には自分の気になる記憶を思い返している最中だったため、相手も同じと思いたかっただけかも知れない。

 

 

 

 ――今までの私たち《シンカー派》のメンバーは、キバオウたちの方針を『ただ身勝手な欲望を押しつけたいだけ』と考えていた。

 自分たちの独善を正当化させるため、力と利益で反対者達を押さえつけているだけで、彼らのやることに理由なり目的があるなどと想像したことすらない。

 彼らからの批判は、シンカーの方針を罵倒しているだけで、『彼らなりの合理性がある』という可能性など考えることすらしないままに・・・・・・。

 

 コーバッツから言われた言葉を思い出す。

 

 

 

『シンカー殿の方針は、ただ“他者を罰する役”に自分がなりたくないだけでしかないッ!!』

 

 

 

 私から見て、悪く言えば『放任主義』とも見えるであろうシンカーの方針は、組織運営者としては甘く見えたのかもしれないが、それが彼の優しさだと分かっているつもりだった。

 罰を与えるだけでは何も解決しないという想いも理由としてある。私から見て、それは決してギルマスとして悪いことではないのだと思っていたのだが・・・・・・しかし。

 

 控えめな口調ながら、サーシャさんから《はじまりの街》に住む一般プレイヤーの間で、そういう批判があったという話を聞かされて・・・・・・正直、愕然とさせられた。

 

 彼女が言うには、街に留まっている者達の1日ごとの収入は決して多い額ではなく、《軍》が分配しているアイテムやコルは当然ながら、手に入れた合計によって1人頭の割り当てが増減する。

 

 ・・・そのことが理由で、隠匿や着服をおこなった者達への罰が少なすぎることに一般プレイヤーや下級の《軍》団員たちの間でシンカーに対する怒りを感じていた者が少なからずいたらしいのだ。

 

 そして、シンカーの優し過ぎる性格の側面に、相手の言う通りな一面があることを認めずにはいられない自分が微かに、だが確かに存在してもいた。

 奴と言い合いになってしまったのも、理由の一つにはそれがあったからかもしれない程に…。

 

 

 

「“言っても相手は理解してくれない”“理解してもらえる連中でないのは明らかだ”・・・・・・そういう想いが頭の中にあって、伝えに行くのが面倒に感じるようになってしまっていた。

 相手もそれは同様だったようで、同じ建物内で同じギルドの任務をこなしながら分業化が進んでいき、お互いに《軍事面担当》《組織運営担当》と役割分担して、相手の分野には苦情や文句を言いに行くとき以外は口を出さないという不文律が出来るようになってしまっていた。それが昨今の《軍》が陥っていた状況でした」

 

 私から外部には知らせられない《軍》組織内の醜態を暴露する話を聞かされて、アスナさんはあからさまに『う、うわ~・・・』と言いたげな表情を浮かべられ、今度は本当に苦笑するしかない。

 事実そういう表情をされても仕方のない状態に陥っていたのが私たちだった。

 

「シンカーの事もそうです。私は護衛という立場上、今回のようなことが無いよう彼には口を酸っぱくしてキバオウたちの話には気をつけるよう、普段から彼に進言していました。

 奴らの話は信じぬよう、無視するよう強く主張した。

 無論それは彼に、危険な目にはあって欲しくないと思っていたからですが・・・・・・そのせいで彼には最近、説教くさいことばかり言うようになってしまっていた・・・。

 注意や警告、“相手を信じるな”、“話に乗るな”という話ばかりで、優しい言葉をろくにかけた覚えが無い・・・・・・。

 こんな事になって、そんな自分になっていたことを思い出し・・・・・・それで――」

 

 

「――“怖くなった”、とか?」

 

 

「っ!?」

 

 

 突然、横合いから顔を出しながら告げられた言葉に、私は驚かされながらも視線を下ろす。

 そして、悪戯っぽい微笑みを浮かべて私を見上げてくる、黒い妖精のような少女剣士の姿を見いだし、2度続けて驚かされた。

 

 見ると、戦闘は既に終わっていたようで、

 

 

「ぐ・・・っ、お、俺が《二刀流》を使って《絶剣》に勝てないなんて・・・いや、途中のターン分があっちには加算されてる訳だし、アレさえ無ければ僅差で俺の方が勝ってる計算に――」

「キリトくん・・・・・・言い訳くさいから、そういうの止めた方がいいわよ? 見苦しいだけだし」

「うぐっ!? い、いや・・・俺は・・・俺はぁ・・・・・・ッ!!!」

 

 

 なにやらキリトさんが懊悩する姿に向けて、アスナさんが冷静な態度と視線でツッコミを入れている。

 相変わらず仲のいいトリオだと思いながら、一方でいつの間にとも思わされずにはいられないのが当たり前の素早すぎる彼女の行動。

 しかし驚かされたのは、それだけが理由ではなかった。

 

 彼女の告げてきた言葉が、私の心で言語化できていなかった部分にピタリと当てはまるものだったことに、2度続けて驚かされたのだ。

 

「・・・・・・ええ、その通りでした。その時に初めて気がついて、私は怖くなったんです。

 もしこのまま“2度とシンカーに会えなくなったらどうしよう”・・・・・・と。

 まだ彼には“言いたいことが沢山あるのに”、“伝えたい想いをほとんど告げていないのに”・・・・・・このまま永遠に伝えることが出来なくなってしまったらと・・・そう思って怖くなり、激しく後悔して自分自身を罵りました。

 “こうなると知っていれば、もっと他に伝えたい言葉は幾らでもあったのに!”・・・・・・そういう想いを抑えることが出来なかったから・・・」

 

 その時の黒い感情の渦を不意に思い出し、私は思わず「ゾクリ」とさせられて身震いする。

 それはシンカーが死んでしまう危険性に恐怖したからでもあったが、それだけではなかった。

 こんな事態になったことで、初めて自分の想いの内側を自分自身が知ることになったのが一番の理由だったのだ。

 

 

 私は・・・・・・キバオウ達の悪意を知りながら、シンカーに対して「気をつけるように」と警告や注意ばかりを告げていたのは・・・・・・彼が本当に『死ぬ危険性がある』とは思っていなかったのだ・・・。

 

 いざという時は、自分が守ればいいと思っていた。

 たとえ力及ばず勝てなかった場合でさえ、自分が盾となって彼だけでも絶対に逃がしてみせると、心の中で『彼の生存だけは絶対』という前提で考えて日々の生活を送ってしまっていた。

 

 だから今、激しく後悔して、それ以上に恐怖している自分がいる・・・。

 伝えたい言葉をなにも告げないまま、自分にとって重要ではない注意や警告ばかりだけを伝えたまま彼と過ごす日々が終わりを迎えてしまったら――その可能性にようやく思い至り、心の底から怖くなってしまった・・・・・・それが嘘偽りない私の感情・・・・・・。

 

 そんな自分自身の情けない内情を、すべてユウキさんたちに曝け出した―――という訳ではない。

 見栄もあれば恥ずかしさもあったし、語り出したら我慢できなくなってしまう恐怖心もある。

 ただ・・・・・・彼女には何か、私の心に気付くものがあったらしい。「ふーん、そっかそっか」となにやら何度か頷きながら言ってくれた後。

 

 

 

「それじゃあ―――シンカーさんも、同じ気持ちでやった行動だったのが、今回の理由だったのかも知れないね」

 

 

 

 ・・・・・・その言葉を言われた時が、今日の私にとって一番の衝撃をもたらすものになる。

 

 

「ユリエールさんから、そんなに自分のことを思ってもらえて、自分を守るために色々してもらっちゃって。

 シンカーさんも多分、ユリエールさんのために、何かしてあげたい気持ちを抑えられなくなっちゃったのかもしれない。

 自分を守るため危険な役目を引き受けてくれる大事な人を守ってあげるために、自分でもできることを何かしてあげたくなっちゃった。

 だから彼は、一人だけでキバオウさんたちからの誘いに応じて、話し合いで解決しようとしたのかもしれない。

 相手が強攻策に出てきた時には、真っ先に自分を守るために前に出ちゃいそうなユリエールさんを、自分の得意分野で守ってあげたくて。・・・・・・そういう理由でやっちゃった結果が今につながる理由だったのかもしれないね」

 

「好きな人に守ってもらえるだけで、自分では何も出来なくて。

 向こう側にいる人達に、届かない手を伸ばすだけの生活って……けっこう耐えるの辛いものだったから……」

 

 

 そう言って、「多分の予想だけどね?」と笑ってジョークとでも思って流すようジェスチャーしてくる彼女だったが・・・・・・私には到底、そんな気持ちにはなれないほど衝撃を受けずにはいられなかった。

 

 ・・・今まで考えたこともなかった可能性。

 だが、あり得ることだと思えてしまうシンカーの性格と、その行動理由。

 

 彼女が言ったとおりの理由で彼が動いていたと考えたなら、昨今の彼が取っていた行動はピタリと当てはまって・・・・・・本当に・・・・・・

 

 

「?? お姉ちゃん・・・泣いてる? でも、ちょっとだけ違う・・・・・・?」

「・・・・・・ええ、いいんです。ありがとう。

 これは泣いているんじゃなくて、嬉し涙だと・・・自分でも今度は分かっていますから・・・・・・だから本当に、ありがとう・・・」

 

 

 

 多くじゃなくても、色んな人に支えられ、励まされながら、私にとって大切な人の救出行は先へと進み続ける。

 やがて《キバオウ派》から提供されたマップ上で、シンカーが留まり続けている安全エリアと思しき位置に近づいてきたことを確認し、目視でも通路の奥に光が漏れている大きな門のようなものがある部屋を見つけ―――その中に、一人の見覚えのある男性の姿を見いだした私は・・・・・・ついに溢れ出る感情を抑えきれなくなって走り出さずにはいられない!

 

「シンカ―――ッ!!!」

 

 ありったけの想いを込めて、ありったけの声で彼の名を叫びながら、愛する彼の元へ真っ直ぐにひた走る!

 もう我慢することなど出来なかったし、今まで怯えていた恐怖心に囚われ続けることも耐えられなかった私には、もう・・・無理だ! 自分を抑えるなんて、とても無理!

 

「ユリエ――――ルッ!!!」

 

 そんな私の思いと言葉に応えるように、彼もまた私に向かって両手を振って名を呼んでくれる!

 一刻も早く彼の無事を確かめたい!

 一秒でも早く彼は死んでない、生きているって事実を体感によって抱きしめたい! 理解したい! そして――安心したかった!!

 私たちの未来はまだ終わっていないんだと! 二人で過ごせる時は終了していないのだと! 確かめたい!!

 この手で、身体で、私の心でハッキリと!! だから――!!

 

 

 

「逃げろッ!! 来ちゃ駄目だーッ!!! その通路は! その通路には・・・ッ!!!」

 

 

 

 距離が狭まり、彼の声が、表情がハッキリと私にも識別できるようになった、その瞬間!

 

 

 ――ギラリ。と――

 

 

 鈍く光る鋼の刃が、私の見ている視界を真横へと一刀両断して通り過ぎていった。

 それはまるで、私と彼が過ごす日々を断ち切るように、終わらせるために、私たち二人の間に生まれた隔たりを、絶対的なまでに遠ざけるため振り下ろされたかのように。

 

 全ての終わりを・・・・・・《GAME OVER》を告げるゲームマスターからの、この世界を統べる神からの判決であるように。

 

 その瞬間の私には思うことしか――――出来なかった――――

 

 

 

 

つづく




*誤解されかねない内容かもと思ったので、念のため補足説明

今話の内容は、別段『キバオウ派』の擁護とかの意味にはなれないものです。彼らの方が悪いで普通に正しい。
単に『シンカーの側にも問題はあった』という類のもの。

何のかんの言ってもキバオウは、望まれて《軍》内部の地位が上がった人物で、彼が失脚しても『彼が成り上がれる理由となった問題点』が解決する訳ではない。

既に組織がデカくなり過ぎて構造的問題になっていたため、問題児を追放した程度では一時凌ぎにしかなれないとの判断が、《軍》の解体へと繋がっていく理由になっていた……そういう伏線ストーリー。
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