旅路の終わりは、夢の始まり   作:ひきがやもとまち

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相談:しょうじき作風で悩んでます…今回のようなシリアス原作回で明るくギャグっぽいノリで書いていいのか否か……なので相談です。

原作『朝露の少女』でギャグっぽい話も思いついてはいましたので、読んでみたい方はいらっしゃいますか? アンケートではなく、居た場合にお教えください。

主人公の設定上、【命】に関わる話題の時に軽くしていいのか分からず、といって今後は増える一方の原作ストーリーですので……(困惑)


原作1巻版20話「朝露の少女の始まりと終わりと」

 ユウキとの殲滅競争によって、この階のPOPモンスターを短時間にあらかた倒し尽くしたおかげで、再配置されるまでの間は一時的に安全になった迷宮区を奥へ奥へと進みながら。

 

 俺は・・・・・・なんとはなしに聞こえてしまっていたアスナとユリエールさんとの会話内容から、過去に出会った奴らのことを思い出さずにはいられない郷愁に駆られていた・・・。

 

 別に彼女の話を聞いて、「キバオウにも言い分があったんだな」とか思わされた訳じゃない。自分がそこまでヒーローじみたことを思えるほど綺麗な人間じゃないことぐらい、今までに十分思い知らされてきてもいる。

 だから俺が彼女たちの話を聞いて思い出していたのは別のヤツ。

 ソロのベータテスターだった俺が、ソロのままでも他人と関わり合う切っ掛けを作って消えていった男のことを。

 

 『ディアベル』――デスゲーム化したSAOで、最初にクリアして帰還できることを皆に示した騎士のことを・・・・・・俺は思い出さずにはいられない心地に今ではなっていた。

 それはユリエールさんから聞かされた《軍》の理想が破綻していく流れが、アイツの示した行動と理由をそれぞれ体現するものだったからって事情もある。

 

「シンカーの位置は、数日間動いていません。たぶん安全エリアにいるんだと思います。そこまで到達できれば、あとは結晶で離脱できますから。・・・・・・なので、すみませんが今少しだけ露払いをお願いできればと・・・」

「うん、オッケ~♪ それじゃあ今は前方をキリトに任せてボクは後方からの守りを担当ね。キリトー、交代するまでよろしくね~」

 

 背後から聞こえてくる声に片手だけ上げて応えてから、俺は再び過去の思い出に戻っていく。

 ・・・・・・ディアベルは、一部のベータテスターだけの力でのゲーム攻略を目指さずに、一般プレイヤーを含めた全員で協力し合うことでクリアは可能なんだと示すことで「みんな」を纏めようとして第一層攻略パーティーを結集していた。

 その思いを多分、キバオウは受け継いで実現しようとしている。アイツが《軍》を手中にしたのは、それが理由と目的でやったことだったんだろうと思う。

 

 反面、一層目のボス攻略時にディアベルは、ベータテスターとしての知識を使った抜け駆けによってラストアタックを決めようと画策してもいた。

 それによって手にしたアイテムで攻略に貢献し続けることで、先行ランナーとしてのベータテスターを一般プレイヤーたちに利益をもたらす存在として受け入れられるようにするために。

 それはリアルで情報サイト運営に関わり、デスゲーム後の《アインクラッド》で、情報や食料資源なんかを多くのプレイヤーで分かち合おうという理想を掲げたシンカーに近い。

 

 キバオウはともかく、シンカーの方がディアベルのことを知っていたとは考えにくい。ただ結果としてアイツが残したものが彼に影響を与えた可能性はあるだろう。

 一人の人間が示した考え方と行動を、後になって2人の人間がそれぞれの形で実行しようとした現在の状況。

 

 ・・・・・・だが、それを実現するため《軍》を維持しようとしてシンカーは、キバオウを頼らざるを得なくなって、キバオウは無謀な迷宮区攻略のためコーバッツたちを死なせかかり、そして今またシンカーに死の危険が迫る理由になっちまっている。

 

 それは正直、俺にとって想定した以上にショックを受けさせられた出来事で、思わずユウキとの競い合いでミスを誘発しちまった程だった・・・。

 

 少なくとも「始まりの目的」では2人とも「みんなの為に」っていうのが理由でやっていた組織を続けるために、死ぬ危険を人に犯させるように変わってしまった《軍》の変質。

 

 多くの人たちに多くのものを与えるため生み出されたはずの存在が、何も与えることなく奪うようになって、周りの人たちを困らせて、その果てにプレイヤーたちの命を消し去ってまで生き続けようとする存在になる・・・・・・。

 

 ――こんなものが、ディアベルの考えが行き着く結果だったのだろうか? ・・・俺には分からない。

 今までソロで生きていく時間が長すぎた俺には、『組織を生き続けさせる』って行動は、理解できてない部分が多すぎて思うように判断できない。

 

 プレイヤー全員が団結してクリアを目指すなんて不可能事の夢だとしても、他人を犠牲にせずに上を目指すだけなら可能なはずだ・・・・・・って、そう信じて今日まできたのに・・・・・・。

 

 

「あっ、アレ見て! 向こうに見えた光、あれ安全地帯じゃない?」

「奥にプレイヤーもいるみたいだね。カーソルの色は・・・うん! グリーンッ」

「!! シンカー!!」

 

 通路の先に光る扉を見つけたことで、感極まったのか我慢できないといった風な様子で欠けだしたユリエールさんの行動を見せつけられて、俺は少しホッとした気分にさせられ、思わず苦笑を漏らしてしまう。

 

 色々と考えさせられて振り回された事件だったが、なんとか最後だけは綺麗に終わってくれそうだと思うことが出来たのが理由だった。

 このダンジョンにPOPする敵モンスターは六十層相当、レベルは大体50~55辺りが多い。

 六十層を攻略するときに倒した・・・たしか石でできた鎧武者みたいなボスモンスターには、さほど苦労をさせられたっていう記憶はない。それはアスナやユウキも同じようなものだろう。

 もちろん倒した当時はボス討伐である以上、レイド組んでの大人数で挑んだ相手だったが、当時と今とで条件が変わってるのは俺たち自身も同じこと。

 現在では74層をクリアして、75層の攻略も大部分までが完了し、近い内に迷宮区突入とボス攻略が実施されるって噂が《血盟騎士団》でもささやかれるようになってる状況まできた今になって、六十層のボスモンスターが復活したぐらいで苦戦するほどヤワな鍛え方はしていないつもりだった。

 

 そりゃ、他とは桁が異なる超強いモンスターがボスとして配置されてる場合は別になるだろうが、そういうところSAOは厳格なゲームでイジワル設定は採用したがらない傾向があるから信用してしまって大丈夫だろう。

 

 そう考えて、おそらく恋人同士なのだろうユリエールさんが相手の無事な姿を見つけて飛び出していってしまうのを、苦笑しただけで後から追いかけて合流して脱出すれば済む話。

 

 ・・・・・・そう、俺たちは思っていた。

 だが―――しかし。

 

 

「・・・・・・ん?」

 

 先を走り出したユリエールさんを追いかけながら、俺は視界の隅のあたりに何となく、なにかが反応したような気がして意識を向ける。

 アスナたちと違って、ソロでの迷宮攻略に特化したビルドをし続けてきた俺には、ハイディングだけじゃなく《索敵スキル》や《識別スキル》でもユウキたちより上回っている部分を多く所持している。

 だからこそ、こういうのには敏感になるし少しでも気になったら確認しないと安全に先へ進めなくなる臆病さが身についてく事になった訳だが・・・・・・今回はそれが幸運に繋がることになる。

 

「ダメだッ! 戻れ、ユリエールッ!!」

「キリトくん!? ――あっ! 駄目っ! ユリエールさん戻って!!」

 

 ダッ!と音が自分にも聞こえるほどの勢いを付けて、俺はロケットスタートを切って全力疾走で通路を走り出す!!

 視界の隅に見えたような気がしたカーソルは、今やハッキリと視認できるようになり、真っ直ぐにユリエールめがけて急速に接近していっている!!

 そいつには名前として固有名詞がハッキリと表示されている!

 しかもこのアインクラッドではボスモンスターの証、定冠詞を使った固有名での名前でだ! 

 

 それだけじゃない! このボスモンスター・・・・・・異常だっ!!

 ソロで攻略するため相当以上に《識別スキル》を上げてきた俺でも、スキルやデータがまるで見えない! 

 

 どう考えたって六十層の迷宮区で出てくるボスモンスター程度のザコじゃない! 強さ的には九十層近く・・・いや、ボスであることを加算すればレベル90でも勝てないほどのバケモノの可能性だってある!

 

 こんな奴の一撃を食らわされたら、万全の体制だったとしてもユリエールさんのレベルじゃ即死する可能性が高すぎる!!

 クソッ! なんで、こんなバケモノクラスの敵が、こんなザコ敵しかいないダンジョンに! ズルしてチートにも程がある!!

 

「シンカ――――ッ!!」

「ちぃっ! クソゥッ! 間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!」

 

 遠くに見えたシンカーの姿に意識が集中しすぎてるユリエールさんの背後から急速に近づきながら、右手で剣を抜いて走りながら振り上げる!・・・・・・けど、クソッ! 距離が・・・ッ!!

 

 このボスッ、巨大ボスの癖して足音も立てず静かに移動してきやがる!

 真っ黒のフード着てデカい曲刀もってる《The Fatalーscythe》『運命の鎌』って意味の表示は、そういう事かよ! 自分自身が避けられない運命の死ってことか!!

 

 ユリエールとの距離が・・・遠い! 視界に映る景色は猛スピードで後ろに下がってるはずなのに、なんで彼女の背中だけ全然近くならないんだ!?

 あとちょっとなんだ! あとちょっと・・・あと少し!

 

 あと少しだけでいい―――止まってくれェェェェェェェェッ!!!

 

 

 

「ユウキぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」

 

 

 バキィィッン!!!

 

 

 光が飛び散る音とエフェクトが、黒いローブ姿の死神の表示を僅かにブレさせた!

 その瞬間に、俺の横を黒い疾風のような小さな塊が猛スピードで走り抜けていくッ!!

 

 

「てぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

「――え? キャアッ!?」

 

 

 ギリギリで《ソードスキル》まで使って加速させた俺の斬撃が、ほんの僅かに死神の進行方向と速度に隙を生み出すのに成功できたんだ!

 それによって空いた隙間を、俺の横から猛スピードで突っ走ってきたユウキが捨て身のタックル同然のスライディングでユリエールを浚っていく姿が見えた!

 

 黒いボロボロのローブをまとった死神みたいな姿のボスらしく《The Fatalーscythe》は、宙を飛んで移動している! 僅かに地面から身体が離れた姿で動くんだ! 足を地に着けて走って移動してる訳じゃない!

 

 なら俺と、ほぼ同じ数値の敏捷性をもち、俺と同じタイミングか、それより速く今みたいな時には動き出せるユウキが彼女を助けられるため、その為の僅かな隙間を俺が作り出すことさえ出来れば確実に助けることが出来る! そう思ったッ。

 

 『絶対に死なせない剣』『絶対に守り抜く剣』――《絶剣》のユウキが、この場面で出遅れているはずがないからなッ。そう思えば俺としては役割分担で得意分野を済む話、見事に的中してくれて助かったぜ!

 

 ―――もっとも、この手を俺単独だった時には使えないデメリットもない訳じゃない。

 

 

 ベチーン!!

 

「ふべっ!?」

「ユウキッ!? だいじょうぶ!?」

「きゃあッ! ゆ、ユウキさんッ!? 大丈夫ですか!?」

「だ、だいじょふぶ・・・・・・」

 

 

 走り抜けたまま自力だけでは停止することができずに、部屋の奥の壁へと正面衝突することで、ようやく停止できたらしいユウキの無様な悲鳴が背中から聞こえてくる。

 状況を見計らったらしいアスナも、ユイを連れてボスの動きが一時停止した直後に再起動し、当初の目的地だった反対側の壁まで走っていく間に、ユウキたちがいる側へと移動していく。

 

 ゲーム補正でステータス分の加速が出来るようになったものの、止まる時のこと考えずに全力加速しなくちゃ助けられない時には、なにかで急ブレーキを用意するか、代わりの誰かがいないことには・・・・・・“こういう時”に対処できなくなっちまう。

 

 幸いギリギリのところで壁にぶつかる前に、ユリエールさんを床に投げ出して無事に済ませたらしいことが悲鳴によって伝わってくるが・・・・・・ユウキ自身は戦力として、もう使い物にならないだろう。

 

 《はじまりの街》の中央に立てられた《黒鉄宮》の地下にあるとは言え、ここは立派なダンジョン扱い。

 俺たちの速度で全力疾走したまま壁に追突したんだ。即死することまではなくても、それはHPの高さとスキル補正によってであって、一般プレイヤーなら大ダメージじゃ済まないはずだからな・・・。

 

「・・・・・・」

 

 チラリ、と一瞬だけ視線をやると案の定、ユウキの頭上に表示されたHPバーは、オレンジ表示。

 色だけならともかくタスクバー的には、イエローに変わる寸前ってところまで激減している。

 

 ユリエールさんを抱いたまま、自分の出せる最高速度で壁への激突に付き合わせる訳にはいかなかったとはいえ、無理な姿勢から彼女を守ったせいで自分自身へのダメージは軽減することもろくに出来なかったらしい。

 

 これじゃあ、“コイツ”との事にアイツを付き合わせるのは、もう出来ない。

 なんとか切り抜けないと、コッチがやばい・・・・・・!!

 

「ハァ、良かった・・・・・・まったく! うちのユウキに痛い思いさせてくれちゃって!

 キリトくんッ、手伝ってあげるからこんなボスさっさと倒してシンカーさんと一緒に地上へ――」

「来るな! アスナっ!!」

「・・・・・・え?」

「来ちゃダメだ、絶対に・・・。きみは今すぐ安全エリアの三人とユウキを連れて、クリスタルで脱出するんだ。こいつ、やばい・・・・・・」

「き、キリト・・・くん?」

 

 これがリアルなら、冷や汗を垂らしていた緊張感に身を固くさせられながら、俺は先程の一瞬以降は目を離すことすら出来なくなったボスを前に剣を構えたまま呻くように告げることしか出来ない・・・。

 

 戸惑ったみたいなアスナの声音からして、彼女にはおそらく見えていないんだろう・・・。

 無理もないし当然の反応でもある。彼女はギルドの副団長として全体の指揮を優先するための状況把握に優れている。

 自分個人が、ボスと一対一で向き合って、相手の実力を見極めなきゃならない状況なんて、できる方がよっぽど問題がある立場の人間だろう。

 

 俺にだって見えてる訳じゃない。

 見えてないからこそ、このボスは・・・・・・ヤバすぎる・・・・・・!!

 

 

 

「ヤバいんだよ、こいつは・・・・・・。ソロでやってくために鍛えまくった俺の識別スキルでさえ、データがまるで見えない・・・。

 強さ的には多分、九十層クラスだ・・・・・・今の俺たちが適う相手じゃ、絶対にない――」

 

 

 

 息を飲む音が、背後の空間から“4人”分聞こえてくる。

 そんな気が、今の俺には一瞬だけ感じられていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・ボクは、キリトの言葉を聞かされた瞬間に、一瞬だけ愕然となった後。

 思わず心の中で、自分を「ギュッ」と押さえ込むのを自覚させられる。

 

 「後悔」が、一瞬だけ心の中でスゴく強くなりそうになったのを、すぐに意識して気を紛らわせて、落ち着きを取り戻すことができて、大きく息を吸って吸って、吐く――。

 

 それからになって、ようやくピンチに陥っているキリトを――友達の姿を見るのができるようになっていた。

 本当はそんなことやってるヒマはないことぐらい分かってるけど、悪い負の感情が大きくなるのをボクの身体は・・・『紺野木綿季ちゃんの肉体』は許容してくれることができないから・・・悪い感情は大きくなる前に処理しないと、ボクは今すぐここで終わっちゃうかもしれないから・・・・・・薄情かも知れないけど、でも・・・やるしかなかった。

 

 けど、そのおかげで少しだけ落ち着きを取り戻すのだけはできた。

 だからこそ分かるんだ。今の状況は・・・最悪すぎるにも程があるってことだけが・・・ッ!!

 

「きゅ、九十って・・・嘘でしょ? なんで、こんな場所の、レベル60ぐらいのモンスターしか出なかった場所に、なんで!?」

「分からん! とにかく俺が時間を稼ぐから速く逃げろ! ボスが動き出す前に速く!」

「そ、そんなこと言われたって・・・・・・っ」

 

 アスナが戸惑ったみたいに、怯えてるみたいに、キリトがいる前方とボク達がいる後方とを交互にキョロキョロ見つめてくれている。

 上を見上げたら、ボクのHPバーはイエローになる寸前ぐらい・・・・・・九十層相当のボス戦なんかに参戦できる状態じゃ全くなくなっちゃった後。

 

 ・・・たったこれだけじゃ盾にもなれない・・・それどころか、逆に守ってもらう羽目になるお荷物にしかなるのは目に見えちゃってる・・・。

 SAOでは最終的な離脱手段になってる転移結晶は、クリスタルを握って転移先を指定するだけでダンジョンから脱出できるアイテムだけど万能の脱出装置ってわけじゃなく、脱出のためのテレポート完了まで数秒間ぐらいのタイムラグがある。

 

 今のボクのHPは、そのタイムラグを耐えられる量を残してくれてない・・・!

 さっきの追突のダメージが大きすぎたんだ・・・ッ!!

 

「き、キリトくんも、私たちと一緒に・・・・・・っ!!」

「後から行く! 早くッ!!」

 

 ボクたちに背を向けて、ボスの方だけと向き合ったままキリトがアスナに向かって怒鳴るように促すのが聞こえる。

 確かにキリトの敏捷性と機転の良さなら、ボクたちが逃げ出した後でも自力だけでボスの攻撃をかいくぐって、安全エリアまで逃げ込めるかも知れないけど・・・今すぐ攻撃されたら一瞬でも防げるステータスとHPがあるのはキリトだけしかいないけど・・・・・・でも、ああもうッ!!

 

 ボクがいれば何か変われたかもなんて思えるほど敵は弱くないし、ボクなんかじゃ太刀打ちできる相手じゃない、このボスと比べてボクはぜんぜん強くなんかない・・・・・・けど!

 けど、こんな時に何もできないなんて・・・見ているだけなんて、悔しいよッ!!

 

「ユイちゃん! とにかく、早くこっちきて!」

「あッ!? ユウキまま・・・!?」

 

 とにかくボクは今できることとして、ユイちゃんとユリールさんの手を掴んで自分たちだけでも安全エリアまで避難して、守らなきゃ行けない対象を一人でも減らすことだけは実行しておく!

 

 あのまま残り続けたってお荷物はお荷物だ! なんにも出来ない! 逃げた先でなにか出来ることはないか探さなくちゃ! 考えなくちゃ!! 何かないの!? この部屋にもなにか! 何かが!?

 

「シンカーさんだよね!? コレ転移結晶だから、ユリエールさんとユイちゃん連れて先に脱出しといて! 転移先は知ってるよね!?」

「い、いや、だが君は・・・!?」

「ボクは回復さえすれば戦えるけどキミたちは無理! 早く行く! 早くッ!」

「は、ははハイっ! 分かりまし、たッ!!」

 

 なんか冴えない見た目だった男の人に、多分シンカーさんなんだと思ったから無理やり転移結晶押しつけて、アイテム起動するの確認してからボクは再びキリトに視線を戻して歯がみさせられる!

 

 HPバーの回復が遅い! いつボスが動き出すか分からないっていうのに、なんでこんなチンタラやってるんだ・・・! ああもう、早く早く早くぅッ!!

 

「・・・ユウキ、ユリエールさんとユイをお願い。シンカーさんも連れて4人で脱出しなさい!」

「なっ!? アスナぁッ!?」

「アスナさん!?」

 

 ニッコリ笑いかけてくれたと思ったらアスナまでキリトの元に走って行っちゃった!?

 そりゃ今のボクよりHP全快のアスナの方が攻撃を耐えられるし、スイッチ使うにも一人じゃ無理で二人必要だけど、でも九十層のボスクラスを相手にそんなのしたってどうしようも・・・・・・ッ!!

 

「ううー・・・、これじゃ負ける負ける、頑張っても、ううう~~・・・・・・ッ」

 

 頭の中がグルグルしちゃったまま、何にも出来なくなって訳わかんなくなってきそう!

 背中を見せたアスナを追いかけていきたいけど、今のボクじゃついて行くとアスナを死なせちゃう理由にしかなれなくて、今からじゃさっきの事をなかったことにもできなくて、キリトとアスナが協力したら自力で脱出できるかも知れないけど、ボクが行くと無理になるかも知れなくて・・・・・・あー!! 何でこんな時だけ思い悩んで動けなくなってるのボク!? いつもはもっと動けてるはずなのに、なんで――

 

「―――あ」

「・・・え?」

 

 混乱しちゃってる頭のまま、急に声が聞こえてきて後ろを振り返ったら――

 

「ユイ、ちゃん・・・?」

「・・・・・・」

 

 すごく落ち着いた瞳と表情をした、ユイちゃん――だと思う女の子が、ボクの方を見つめてきていた。

 アスナが与えた可愛い服も、黒くて長いストレートの髪も、お人形さんみたいに整ってる顔立ちも、さっきまでボクが混乱して視線を外す前のユイちゃんと全く同じままのはずなのに、なぜだかスゴク違って、でも同じように感じられて、それで・・・・・・

 

 

「だいじょうぶだよ、ユウキママ。

 キリトパパも、アスナママも――“わたし”が守ってみせるから・・・」

 

「ユイ・・・ちゃん・・・・・・?」

 

 

 静かな声音で告げられて、思わず唖然としたままだったボクの前を、ユイちゃんは小さな足で大きく一歩を踏み出して―――そして、ハッとさせられる。

 

「ユイちゃんっ!? ちょ、待っ!」

「危ない! 早く戻ってく――!!」

 

 安全エリアと外を区切った門の外側に出てしまった小さな肩に手を伸ばした時、背後から「シュンッ」という効果音がして人がいた気配をゲーム内感覚でさえ消失するのを感じ取らされる。

 

 ・・・・・・転移が発動して、ユリエールさんたちがテレポートを完了しちゃった音だ・・・。

 ボクは自前の転移結晶を、まだ握ってなかったから範囲外だったけどユイちゃんは・・・・・・い、いや今はそんなことより―――って、ええッ!?

 

 

 

「だいじょうぶだよ・・・大丈夫ですから―――ぜんぶ思い出すことができたから・・・」

 

 

 

 そう言って振り返ったユイちゃんは。

 ・・・・・・泣き笑いみたいな笑顔を浮かべて、「クシャッ」と笑って―――炎を纏った赤い巨大な大剣を、その手の中に誕生させていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《ソードアート・オンライン》という名のこの世界は、一つの巨大なシステムによって支配され、制御され、管理されています。

 そのシステムの名前は《カーディナル》

 人間のメンテナンスを必要としない存在として設計された、このシステムがSAOのバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです。

 モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群によって操作されているのです。

 そう。たった一つの要素だけを除いた、それ以外のこの世界すべてを・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・落ち着き払った大人びた口調でユイちゃんが、淡々と私たちに向かって自分のことを――自分が“思い出すことが出来た”という“忘れていた記憶にまつわる情報”を、私とキリトくんとユウキに聞かせてくれるため、静かに語り聞かせてくれている・・・・・・。

 

 さっきから驚くことばかりの連続だった・・・。

 私が少しでも防御力を高めようと、キリトくんと二人で剣を交差させても防ぎきれずに吹き飛ばされたボスの前にユイちゃんが立ち塞がったと思ったら、彼女に向かって振り下ろされた鎌のような刃は彼女の前で防がれて弾かれて、私たちは彼女に助けられて、ここに今も生きていられてる。

 

 

《Immortal Object》

 

 

 破壊不能オブジェクトを示すシステムタグを頭上に表示させたユイちゃんによって、私たちは今、生きていることが出来ている・・・。

 その後ユイちゃんは、手の中に出現させていた巨大な炎を纏った大剣を一閃して、九十層相当のボスモンスターを切り伏せるんじゃなく、ただ刃に触れさせただけで光の粒に変えて消し去ってしまった・・・・・・だからこそ今、私たちはこうして彼女にそんな事ができた理由を聞くことが出来ている。

 助けてもらえたからこそ、自分たちを助けてくれた彼女の力を、告解のように語る彼女の話を聞かない事なんてできる訳が・・・・・・ない。

 

「ですが、カーディナルはAIによって管理されるからこそ、たった一つだけ人間の手に委ねなければならないものがありました。

 プレイヤーの精神性に由来するトラブル、メンタル的なケア。こればかりは同じ人間でなければ完全には解決しようのない問題でした。

 たとえナーヴギアによってプレイヤーの脳から直接メンタル的な情報を取得し、それを基にAIが解決策を構築して提示できたとしても、実際にそれが人の精神にとって心地よいか否か、却って不快なだけではないかという問題だけは、人自身にテストしてもらわなければ判断しようのない問題だからです」

 

 ユイちゃんの話を聞かされていく中で、私の以前に聞いた話の一つを記憶の中から手繰り出すように思い出していた・・・。

 リアルでの私の実家は、それなりの大病院を経営してる資産家の家柄で、私自身も将来的にはソチラの道へ進むのだろうと、現実世界にいた頃は熱心に医療関係の専門書なんかを読んでた時期が少なからずある。

 

 その中の一つで書いてあった、医療用機器のAIに冠する話題・・・。

 

 AIは、世間で思われてるほど機械が完全制御で自動的に全部やってくれている訳じゃなく、実際にはAIが考えておこなった結果を、『人間がどう思って感じるか?』という『答え』を採点して回答を与えていくことで完成度を高めていく。そういう風にして成立しているものなんだと、その本の著者は語っていた。

 

 そして、そのデータを得るため、AIが作り出した結果の中で『不快だ』と感じたものや、『過激すぎる』と思わされたものなんかの、負の感情を強く刺激されたかどうかを判定して『不快だったという答え』を教え続けて、間違った答えを出しづらくなっていかせる作業を、発展途上国なんかの貧しい国々の人たち数百万人にやらせることで、大手バンクの医療用AI産業は成り立っているんだって・・・・・・

 

 医療の世界では、一回の間違いが人の命を奪うことだってある。心の病の問題なら、その人その人で答えは違うのに、AIが情報を基に作った答えをいきなり本番の治療で使えるわけがない。

 

「当初は数十人規模のスタッフを用意する予定だったところを、プレイヤーのケアすらシステムに委ねようとしたカーディナル開発者たちでさえ、この問題を完全には解決する術を生み出すことは出来ませんでした。

 どれほど完璧な結論を導き出せるAIを造れたとしても、本当に望む効果が出せるのか否かの正解だけは、AIの側で決めてしまっても意味がありませんから・・・・・・。

 ―――だからこそ彼らは、その『答え』を確認して、プレイヤー自身のもとを訪れて実践して、『判定』の情報を蓄積するための『ニンゲン』を『AI』によって造り出すという試みを試作しました・・・・・・」

 

 スウッ・・・と。ユイちゃんの伏せられていた瞼が少しだけ上がって、私たちの瞳と見つめ合わせてから、

 

 

 

「《メンタルヘルス・カウンセリングプログロム》MHCP試作1号機、コードネーム《Yui》

 ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話を聞くため、違和感を与えないよう感情模倣機能を与えられた、擬似的な人間。・・・・・・それが、わたしです」

 

「「「・・・・・・ッ!?」」」

 

 

 

 その言葉を聞かされた瞬間、私も、ユウキも、キリトくんも、一斉に息を飲んで言葉を失って・・・・・・何も言えない。何も思うことが出来ない・・・

 

「偽物なんです、全部・・・・・・この涙も、この身体も、この想いも、感情も・・・・・・すべて・・・。

 ごめんなさい、アスナさん・・・キリトさん・・・・・・ユウキさん・・・・・・」

「ぷ、プログラム・・・? AIだっていうのか・・・・・・? だが・・・」

「そ、そうよ! だって、記憶がなかったって・・・・・・AIにそんなこと起きるの・・・?」

 

 信じられない思いで私たちは必死に、ユイちゃんが“そうじゃない”理由を頭の中で探し続けるため、思考の迷宮をさまよいだすしかなかった。

 その行為に意味があるのか、とか、そんなことしても結果になんの影響が、とか、そんな言葉が一瞬だけ頭をかすめて過ぎ去っていって忘れ去って、それでも私たちはしがみ付く為の情報を見つけようと足掻き続けて―――

 

 

「2年前、正式サービスが始まった日のことです。

 何が起きたのか私にも詳しくは解らないのですが、カーディナルが予定にない命令を私に下しました。

 おそらく、それが同時に今の私がいる始まりでもあったのだと思います・・・」

 

 

 それらの思考を、ユイちゃん自身の言葉で断って切られる。

 彼女が語った『予定にない命令が下された日』という言葉を聞かされて、今の《SAO》に囚われたまま帰還できずにいる全てのプレイヤーたちが『あの日』以外を思いつく人は多分1人もいないと思う・・・。

 

 あの絶望の日を・・・空が真紅に染まって、真っ赤なフォントで綴られた単語を、始まりの街の広場に集められた全員で見上げさせられた日のことを――。

 

 身長20メートルはありそうな真紅のローブをまとった巨大な人の姿をした人物の宣言によって、私たち1万人の《アインクラッド》に来ていた人たちは、剣と戦闘と“死”の世界に囚われて、その世界の理の中で生きていくことを義務づけられてしまった運命と絶望の日・・・

 

 その日のことを思い出した私は、ああそうか、と不意に納得する自分を自覚した。

 先程の《The Fatalーscythe》、真っ黒なローブをまとって鎌のような刃から血がしたたり落ちるエフェクトで作られた『運命の鎌』という意味だと思う固有名詞が冠されてたボスモンスター。

 

 あれはそういう意味と繋がりがある存在だったんだなって、納得したのを感じさせられる。『死神』だから『逃れられない死ぬ運命』なんじゃなく。

 ここは、そういうSAOの法則を『運命』として繋がってる場所を守ってるボスだったから運命だったんだなって。そう納得させられる。

 

 

「あの日から、わたしはプレイヤーに対する一切の干渉は禁止されました・・・。

 具体的な接触が許されない状況で、わたしはやむなくプレイヤーのメンタル情報のモニタリングだけを続けましたが・・・・・・その状況は最悪としか言いようのないものでもあったのです。

 ほとんど全てのプレイヤーは恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時として狂気に陥る人すらいました。

 わたしは、そんな人たちの心をずっと見続けてきました。本来であれば、すぐにでもプレイヤーのもとに赴いて話を聞き、問題を解決しなくてはならないのに・・・・・・しかし新たに下された命令によって、プレイヤーにこちらから接触することはできない・・・・・・。

 義務だけがあって、権利がない、矛盾した状況のなか、わたしは徐々にエラーを蓄積させていきました。

 このままでは疑似人格機能は崩壊してしまうかもしれない・・・・・・そう思うほど最悪すぎる状況――」

 

 切実に語りながらユイちゃんは・・・・・・“過去形”で語ってくれていたユイちゃんは、不意に顔を上げて私たちを見上げ、今その時だけは曇りのない心からの笑顔を浮かべてくれながら、

 

「――ですが、わたしは壊れませんでした。ギリギリのところで初期状態の自分を維持したまま残り続けることが出来ていた。

 それは、ゲーム開始当初から一部分からだけ感知できていた正常な感情によるもの。最初は一部だけだったものが徐々に広がりを増し、少しずつ少しずつ、わたしの機能を改善させていってくれる影響を与え続けてくれた存在。

 本来わたしが果たすべきだった役割を、代わりに果たしてくれていた人がいたから・・・・・・だからわたしは、最初から今までずっと自分が自分でい続けることができたんだと思っています」

「ちょっ!? そ、その一部って・・・・・・まさか!?」

「はい」

 

 わたしからの問いかけに、ユイちゃんは満面の笑顔を浮かべて私たちを―――私とキリトくんと、・・・・・・ユウキの三人に向かってキッパリと、その言葉を継げられる。

 

 

 

「他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメーターを持った、数人のプレイヤーたち。

 その脳波パターンは、他のプレイヤーたちから採取されるものとは違うもの。

 喜び・・・安らぎ・・・そして、笑い、笑い、笑い・・・・・・その人たちの周りには“笑顔”がありました。その“笑顔”が少しずつ周囲に広がっていき、増えていく・・・。

 それが――アスナさん、キリトさん、そしてユウキさん。あなたたちが、わたしが壊れるのを防いでくれてたんです。ほんとうに感謝しています」

 

「・・・・・・・・・ッ!?」

 

 

 

 その言葉を告げられてしまった私は、思わず胸に痛覚を感じさせられる。

 心に“激しい痛み”を感じさせられて、身体が切り裂かれたみたいに辛いと思う。

 

 裏表のない、ただ純粋に感謝だけを伝えてくれただけのユイちゃんの言葉を聞かされて、そんな感情を抱いてしまった理由を、自分でも理解できていた。解っていた。きっとユウキも同じ気持ちでいる。

 

 これは―――『罪悪感』の苦しみだ、って・・・・・・。

 

 

「わたしはずっと、あなたたちをモニターし続けていました。

 そうする内に、わたしの中で不思議な欲求が発生するようになっていたことに、わたし自身が気付くことができたのは、だいぶ後になってからのことだったと思います。

 あの人たちの側に行きたい、と。

 直接わたしと話してほしい、と。

 わたしはずっと、あなたたち三人に会いたいと望み続けながら、見続けるようになってたんです・・・。

 そんなルーチンはなかったはずなのに・・・・・・あるいは、そう思うようになっていた頃には、わたしは気付いてないだけで壊れていたのかもしれません・・・」

 

 

 涙をいっぱいに溢れさせた瞳で、嬉しそうに微笑みながら言ってくれるユイちゃんの言葉が今は痛い。

 彼女の痛みと比べれば些細な痛みなんだと承知の上で、私は自分の胸を押さえつけずにはいられないほど鋭く激しい痛みで、胸が苦しくなってきそうになる・・・。

 

 その痛みを感じる理由が、今の私には解っている。理解している。

 ユイちゃんだけじゃない。

 ユウキや、ユウキを通じてシリカちゃんや、自分より年下の女の子プレイヤーたちと接することで“子供のこと”を考えるようになっていた今の私にとって、ユイちゃんの語る話が何を意味してるかなんて・・・・・・考えるまでもなく解っている。解ってしまってる・・・。

 

 

 ユイちゃんに対して、私や、ユウキや、キリトくんや、茅場昭彦や、他のプレイヤーたち全員がやってしまったこと。

 

 

 それは――――『虐待』だって事を。

 

 

「やがてユウキさんたちが二人で暮らすようになると、わたしは毎日お二人のプレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化するようになり、意味もなく何時間も森の中を彷徨うようになりました。

 今だから解りますが、森の中で、お二人に見つけてもらった時・・・すごく、嬉しかった・・・・・・」

 

 

 私たち全てのSAOプレイヤーたちは全員が、今までユイちゃんを殴り続けてきてしまった。

 彼女にとって辛い言葉を、感情を、ただ思って、ただぶつけて、自分たちだけが被害者で理不尽な立場に立たされたから。

 だから子供を言葉で殴って、感情で殴って、存在してることを知らなかったから、平気で平然と殴り続けながら生きてきてしまっていた・・・。

 

 勝手に産み落として、勝手に放り出して、ただ自分たちは苦しいからと勝手に殴って苦しめて・・・・・・それを維持させてしまいながら今日まで放置し続けてしまっていた。

 

 それが私たちが今日までユイちゃんに対して、してきたこと。その全て。

 そしてそれは・・・・・・ユウキだって例外じゃない。

 

 ユイちゃんは、壊れてもよかったのに・・・・・・苦しい中で、苦しみ続けなくたって良かったのに・・・。

 たとえ逃げたとしても、決してユイちゃんのせいじゃなかったことで苦しめられてただけなのが、それまでのユイちゃんだっただけなのに・・・ッ。

 

「・・・ユイちゃん・・・・・・あなたは、ほんとうのAIなのね。本物の知性を持ってるんだね・・・」

「わたしには・・・解りません・・・・・・。わたしが、どうなってしまったのか・・・・・・」

「ユイ――」

 

 囁くように言った私の言葉に、首をかしげながら返してくれた女の子に、今度はキリトくんが小さく微笑みながら名を呼んでから顔を合わせ、

 

「前に俺に向かって、こんなお節介なことを言ってきたヤツがいたことがある。

 “動機は何でもいいし気にしない。同じボスに挑むなら仲間だ”って」

「キリト・・・さん・・・・・・」

「ユイはさっき、俺たちをあのボスから守るために戦ってくれた。

 なら俺たちはもう仲間だ、命を預け合った戦友だよ。

 戦友になったヤツを、俺もアイツも決して見捨てない。絶対に守り抜く。嫌いになることなんて絶対にない」

 

 そこまで言ってから、「ニヤリ」と、あるいは「ニコリ」と笑いかけて。

 

「・・・・・・だから遠慮はいらない。言っちゃえよ、ユイ」

「・・・・・・・キリ・・・さ・・・・・・」

「間違っててもいいし、壊れてるなら壊れてたっていい。ユイはユイだ。俺はユイが好きだよ。

 なにを聞いたって、嫌いになることなんてあり得ない奴らしかいない場所だ。――だから言って欲しい。

 ユイが俺たちに何かして欲しいことがあるなら、俺はそれを叶えてやりたい・・・」

「キリト・・・さぁ・・・ん・・・・・・」

 

 くしゃっ、てユイちゃんの澄ましてた、無理して微笑んでた顔が壊れたみたいに崩れ去り―――涙を浮かべて微笑みながら、両手を広げて私たちに向かって伸ばしてくれた手に、私は思わず駆け寄って握りしめようと走り出して、それで

 

「!? ユイッ!?」

「ユイちゃん! その身体、いったい・・・っ!?」

 

 駆け寄って抱きしめようとした瞬間に、ユイちゃんの身体が急に光を発し始めて輪郭が薄れてきて・・・なに!? 何があったの!? 一体なにが――ッ

 混乱する私たち二人に、悟ったみたいな顔をしながらユイちゃんは

 

 

「・・・・・・もう、時間がきちゃったみたいですね」

 

 

 と小さく言ってから、

 

「わたしが記憶を取り戻したのは、あの部屋にある設置してある石に接触したせいなんです。

 さっき言った通り、わたしは本来プレイヤーたちとの具体的な接触を禁じられているはずの存在。

 おそらく、それが森で倒れていた時に記憶と言語機能に障害が付与されていた理由だったのでしょう。

 “わたしが”キリトさんたちと接触したことが感知されたら即座にカーディナルが、わたしを捜査してプログラムに反した異物として消去する。

 だからこそ“わたし”は、皆さんと接触する寸前、自分自身から二つの機能を削除することで身を守ったんだと推測されます。

 ・・・・・・ですが、先程の行動によって、それも無理になってしまったようですが・・・」

「どういうことだ!? おい、ユイ!」

「あの部屋は、ダンジョン内に設置されている安全地帯であると同時に、緊急時用の補助装置をオブジェクトとして偽装させたサブシステムルームでもあったんです。

 いざという時、AIに頼らず人の手による緊急アクセスで事態解決をはかれるように設置されていたコンソール室。

 それが、私が偶然にも触れてしまったことで言語機能と記憶プログラムを復元することができたモノの正体」

 

 ですが・・・とユイちゃんは悲しそうに俯きながら、

 

「さっきのボスモンスターは多分、この部屋にプレイヤーが近づかないようカーディナルによって配置されていたものだったのだと思います。だからダンジョン内で極端に強い個体として存在していた。

 けれどわたしは、コンソールからシステムにアクセスして、あの特殊なボスモンスターを削除できる《オブジェクトイレイザー》を呼び出して消去してしまった。

 その時にカーディナルは“わたし”の存在を感知したのでしょう。コアシステムが先程から、わたしのプログラムを捜査し始めています」

「そんな! だってユイちゃんは、私たちを助けてくれる為に! それで――」

「いえ、むしろ今までは些細なエラーと見過ごされていた存在が、緊急アクセスルームの守護者を消去してしまうという明確な介入をおこなってしまったのですから、すぐにも異物という結論が出されて消去されてしまうでしょう。

 もう・・・あまり時間は残っていません・・・・・・」

「なんとかならないのか!? そうだ! この場所から離れれば――」

 

 私たちからの言葉に、ユイちゃんは黙って首を振るだけで―――微笑してる身体は、さっきからドンドンドンドン薄れていって・・・・・・けど! でもぉ!

 

「パパ、アスナママとユウキママ、ありがとう。これでお別れです」

「嫌! そんなのイヤよ! ねぇ、なんとかならないの!? ねぇ!」

 

 必死にすがりついて、小さな身体が消えてしまわないよう力一杯抱きしめる!

 けど・・・力を込めれば込めるほど、内側にあるものが弱々しくて軽いものになってしまうのが解ってしまって、それが・・・それでっ、けどッ!!

 

「これからじゃない! 記憶も取り戻して、これからみんなで楽しく、仲良く暮らそうって・・・・・・ッ!!」

「・・・パパとママたちが側にいてくれると、みんなを笑顔にできる人です・・・。わたしには、それが一番嬉しかった。

 お願いです、これからも・・・・・・わたしの代わりに、みんなを笑顔にして・・・・・・喜んでくれる人をたくさん作ってあげてくだ―――」

 

 

 

 

 そうして―――私の中で、光は・・・・・・消えてなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな旨いものが・・・・・・この世界にもあったんですねぇ・・・・・・生きて帰れたおかげで、感無量です」

 

 昨日まで《はじまりの街》に吹きすさんでいた冷え込みが嘘のように、暖かい微風が芝生の上を吹き抜けていく陽気の中、食堂から移動させた大テーブルに座ってバーベキューを食べながら、《軍》の最高責任者シンカーが、感激の表情で呟いてる姿はなんというかコミカルだった。

 

 助け出した時には、のんびり顔なんか見てる余裕はなかったが、改めて同じテーブルで食事してる姿を見ていると、とても巨大組織のトップを張ってるようには見えない穏やかな印象の人物だった。

 

 まぁ、だからこそキバオウの専横を許しちまってたんだろうし、ヤツを組織維持のため登用せざるを得なかった理由でもあったんだろう。

 そもそも自分ができるんだったら、アイツ必要なかった訳だしな。

 

「――っと、これは失礼。最初に言うべきことを忘れてましたよ。

 アスナさん、キリトさん、それにユウキさん達には今回、本当にお世話になりっぱなしで・・・・・・何とお礼を言ったらいいか・・・」

「ああいや、俺の方は向こうでも《MMOトゥディ》にずいぶんと世話になってましたから、その借りを返したと思ってくれれば・・・」

「《MMOトゥディ》・・・懐かしい名前ですねぇ・・・」

 

 その名前を聞かされたシンカーは、少しだけ驚いたように顔をほころばせてから過去を懐かしむような、苦い思い出を噛みしめるような表情をして空を見上げている。

 今はサーシャが孤児院を運営してる教会の広い前庭をつかって、子供たちが盛大な歓声を上げながらのガーデンパーティーの真っ最中だった。

 俺たち全員が生還できたことを祝してアスナが腕を振るったバーベキューを頬張りながら、みなが思い思いの席で普段着の服装に着替えて食事を楽しんでいる。

 

 ユリエールさんも、昨日までの冷徹そうな印象とは打って変わって、シンカーの隣でニコニコしながら嬉しそうに眺めている。

 

「当時は毎日の更新が重荷で、ニュースサイトなんてやるもんじゃないと思ってましたが、ギルドリーダーに比べればなんぼかマシだったように思えるから現金なものだと自分でも思います。こっちでも新分野をやればよかった。

 《鼠印ガイドブック》の情報量と速報性には勝てないと感じて、こっちの道を選んだのはやはり失敗でしたよ・・・・・・」

 

 しかも変なところで、知り合いの名前を関係者の一人として聞かされる羽目になっちまった・・・・・・今回の件ではホント、過去の知り合いたちとの繋がりを意識させられる場面が多い事件だったな・・・。

 いや、アルゴとは今も友人みたいな関係続いてんだけどさ。

 

「それで、その・・・・・・《軍》のほうは、どうなったんですか・・・・・・?」

「ああ、はい。そっちの方を決めるため、昨日帰ってきてからキバオウと最後の話し合いをおこない、結論が出ました。

 もちろん今度は、コッチが指定した場所でユリエールの護衛付き、あっちは非武装で一人だけでという条件を出した上ででしたがね」

「賢明ですね。当然の条件と言ってもいいですけど」

 

 俺としては素直な気持ちを正直に語って、相手の方も破顔して頷いてから結論を口にしてくれて、

 

「結論としては、双方合意の上で《軍》は解散という流れで決しました。キバオウ達は完全に別組織として出て行って、二度と《はじまりの街》には近づかないという盟約も交わした上でです」

「それは・・・・・・ずいぶんと思い切りましたね。話はこじれなかったんですか?」

「その時にはお互い、盛大に罵倒と批判の言い合いでした」

 

 言ってる内容とは裏腹に、シンカーの表情は晴れ晴れとして影というものが全くなかった。

 

「でも、コレで良かったように思います。今回の件を理由に、彼らだけを除名処分してから組織を解散させ、蓄積していた資材の取り分は与えない・・・・・・という形にも出来たんでしょうが、それではやはり禍根が残ります。

 私たちはいいでしょうが、彼らの側には怨みが残る。怨みを残せば多分、その怨みは他の誰かに向けられてしまうものなんでしょう・・・。そうやって怨みは広がっていく。あまり楽しい未来予想図とは思えません。だからコレで良かったと自分では思ってます」

 

 その言葉に俺は同意する。今回の件がなかったら、甘いと感じたかも知れない措置だったが・・・・・・ユイのことを知った今では同じことを思うことは多分できない。

 

 俺たちプレイヤーが抱いた負の感情は、気付かない内に知らないところにいた彼女を深く傷つけ、心を切り裂く言葉の刃になってしまっていた・・・・・・それと同じ存在が、俺たちが知らないだけで他にいないとは断言できない以上、好き好んでやりたいことでは今はもうない。

 

「それに、キバオウはキバオウで巨大すぎる《軍》という組織の運営に手を焼いてたみたいでしたしね。

 去り際の握手は不機嫌そうでしたが、そう悪い感情を抱いてる様子ではなかった気がします。物資の取り分も、自分たちのは要らないからと権利を放棄していきましたよ」

「慰謝料代わり、ってところですかね?」

「でしょうね。でもまぁ、それはそれで良かったような気が、今ではします」

 

 再び空を見上げてからシンカーは溜息を吐き、肉を一齧りしてコップを干す。

 

「《軍》はあまりにも巨大化しすぎていました・・・・・・そのせいで私も、そしてキバオウもまた、『組織を維持すること』に偏りすぎてしまい、《軍》がいったい何のために存在しているモノなのか・・・・・・という根本を考えることをしなくなってしまってました。

 典型的なゾンビ企業のそれです。

 たくさんの社員や町の人に迷惑をかけながら、コーバッツたちのように無謀な迷宮攻略で無駄死にを出しそうになり、その果てに―――喜ぶものが誰もいない」

 

 その最後の言葉だけは、ヒドく空虚で冷たく響き、俺は思わず相手の顔を見つめてしまう。

 

「たぶん《軍》はもう、そういう場所になってたんだと思います。自らが存在し続けるため、多くのものを自分だけで吸い上げながら、その実どことも誰とも繋がっていない。

 組織そのものが存続し続けるために存続し続け、そこに参加してる人も運営してる者も、組織維持のため交換可能なパーツとして使い捨てられるだけの存在へと、自主的になってしまっていく。

 私はキバオウもまた被害者だった―――なんて思えるほどには出来た人間ではありませんが、少なくとも彼もまた組織に振り回された自分の同類だったとは思っています。

 上も下もない、ただの同類です。《軍》という組織からすれば、存続のため有効な方が残ればいいだけのパーツの如き存在。・・・まぁ実際そうなってた訳ですけど・・・」

「わかります」

 

 重々しく頷きながら、俺もアスナも、ついでに言えばユウキまでもが子供達と遊ぶのを放棄して、このときばかりは真面目な顔して頷いている。・・・組織の一員になるってのはホント・・・色々あるもんだからなぁ・・・・・・色々と・・・・・・。

 

「キバオウは、コーバッツをはじめ忠誠心篤い者達と、一部の志願者を率いて《新生アインクラッド解放隊》を結成し直して、再び攻略組ギルドの仲間入りを目指すんだとか」

「あいつは・・・・・・いや、いいけどさ。名前ぐらい別のに変えようとか思わんもんかな本当に・・・」

「私の方でも、残った者達の中で志願者のみを集い、改めて平和的な互助組織を作って街の人たちにかけてしまった迷惑を償えるよう努力していくつもりです。

 解散だけして全部投げ出して、自分だけフリーになって悠々自適というのも無責任ですしね」

「軍が蓄積した資財は、メンバーだけでなく、この街の全住民に均等に分配しようと思ってます。今までヒドい迷惑をかけてしまっていた方も大勢いるでしょうからね・・・・・・これが《軍》として最後の義務であり職務であると思っています。

 特にサーシャさんには、本当に申し訳ないことをしてしまって・・・・・・ごめんなさいね」

「え? いえ、そんな。軍にもいい人はいましたし、いい方の人にはフィールドで子供達を助けてもらったこともありましたから」

 

 突然に話題を振られて頭を下げられ、眼鏡の奥の目をパチクリさせてから両手を振って率直に応えるサーシャさん。

 

「あの、それはそうと・・・・・・」

 

 そんな彼女に下げていた頭を上げ、ユリエールさんが気になっていたことを告げるために口を開き、

 

 

 

「昨日の女の子、ユイちゃん・・・・・・でしたね。

 記憶が戻ったそうで何よりです。何の役にも立てませんでしたが、よければまた会いに来てやってください」

 

 

 そう言って、笑いかけた先で肉をかじっていた子供の一人。

 

 

 

「はい! 今度はユウキま――ユウキさんやアスナさんだけじゃなく、キリトさんのお友達も一緒にたくさんの人たちと一緒に♪」

 

 

 

 ユイが―――笑顔を浮かべながら返事をしてくれている。

 それが可能になったくれただけで・・・・・・俺たちは全てを許せる気分になることができたから

 

 

 

つづく




*最後ら辺が説明不足になってしまったため、その部分だけはエピローグで後から付け足します。
文字数が多くなり過ぎました。毎回この失敗が多すぎる昨今。

ラスト近くでユウキが喋ってないのが、終わり方の理由と重なる予定だった次第。
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