次回はもう少し軽く書くように気を付けます。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
《トールバーナ》の裏路地で私とユウキが向かい合っている。
冷たい視線を向けている私の目を、ユウキは見ようとしない。姿勢的に見れないからだ。
彼女には今、私の目前で地面に額を擦り付けながら日本の伝統芸能、DOGEZAを敢行させていた。
「・・・あ、アスナ・・・そろそろ姿勢を解いていいかな・・・?
さすがに人の視線が・・・いや、NPCの視線が向けられてないはずなのに、なぜか痛いんだよぅ・・・」
「ダメ。もう暫くそうしていなさい」
「ううぅ・・・」
項垂れながら(たぶんそうしたんだと思う。見えないけど)声に嗚咽が混じり始めた辺りで私はようやく彼女“たち”を許す気になった。
まぁ、確かに自分でも大人げない事している自覚はあったし。
それに実害を被ったわけでもないから、噂に聞くネットを悪用した犯罪被害者たちよりかは随分マシだなと割り切れたのだ。
「いいでしょう。許してあげます。以後は反省して、デリカシーのない発言は慎むように。
わかったよね? ユウキ」
「ふぁい・・・」
「ん。では立ってよし」
フラフラとなりながら立ち上がるユウキ。
顔も目も真っ赤だけど、たぶん目の方が赤いのは顔と同じ理由じゃないんでしょうね。
「ううぅ・・・一生分の恥を十分の間にかかされた気分だよ・・・」
目元をグシグシしながら恨み節を述べてくるユウキに私は冷たく返す。
「自業自得です。まったく、女の子の前であんな破廉恥な話をして・・・少しは恥ずかしいと思わなかったの?」
「いやまぁ、その~・・・。ネットの世界ではあれくらい日常用語と言いますか・・・。うん、まぁ一般人には毒だったなと反省してます。割と本気で」
「ーー目が泳いでるんだけど・・・?」
「うっ! え、え~と・・・あれはそのほら! あれだよあれ! あれは本当にスゴくてさ~」
「あれってなに?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・なにか奢らせてください」
「よろしい。頂いてあげます」
ションボリしながら店舗を探し始めるユウキの後ろ姿に私は、改めて彼女のことを子供っぽいと感じてしまう。
もしくは男の子っぽい、かな。
なんだか一緒にいても女の子といる感じがしなくて、異性で同い年の一緒に育った男の子といる時みたいな安心感を覚えて、ついつい和んでしまいそうになる。
ーーここから早く出たいのに。こんな所に居たくはないのに。
なぜだか彼女と居ると安心できる。一緒にいたいと思えてしまう。
(同い年の従兄弟が男の子だと、こんな感じなのかしら?)
益体もない考えに耽っていると「あっ! 見つけた、あそこだ!」と、ユウキが何かを指さしてから猛スピードで走り出してしまった。
「ちょ、ユウキ!? 待ちなさいよ、もう!」
お目当ての店を見つけたからって、奢る相手を置いてけぼりにしてどうするのよ全くもう。
やっぱり、この子は子供だ。
昼間に出会って、キバオウさんに啖呵を切ったときには何事かと思ったものだけど、こうしてみると年齢相応・・・ううん、年齢不相応に幼い感じがしてなんだか面白い。
(手の掛かる子供を持った母親って、こういう気分になるのかしら・・・?)
「おじさーん! これくださーい。
この、《ハニービードリンク》って奴。すっごく甘くておいしいって評判なんでしょ!?
わー、楽しみだなぁ~♪ ボク甘いの大好物なんだぁ♪」
「ちょっと! 私に奢る話はどこに行ったのよ!
私にもその甘そうなの奢りなさーいっ!」
なんとなく頭をよぎったお母さんとの記憶を置き去りに、私はユウキの後を追いかける。
今はまだ必要ないと、私の心が鍵をかけて記憶のタンスにしまったことを自覚しないまま、私はユウキの隣に立って同じ商品を注文しようと店員役のNPCに視線を向けてーー
「あれ? その人、頭に?マークが浮かんでるけど何かあるの?
よく見たら注文したはずのドリンクも出て来てないみたいだけど・・・」
「あー、これはクエストだね~。この店員役のNPCさんがクエスト受注と発生条件を兼ねてるんだよ。
この流れだと、さしずめタイトルは『ハニービードリンクの材料を入手せよ!』って、ところかなー」
「???」
ネットもゲームも初心者の私が疑問符を浮かべていると、見かねたユウキが丁寧に解説してくれる。
なんでもこのゲーム『ソードアート・オンライン』に限らずRPGでは、こうした町中にいる誰かに話しかけて発生するイベントのことをクエストと呼び、設定されたクリア条件を達成すると報償としてアイテムやコルが貰えるらしい。
「じゃあ、この店員さんの頭に浮かんでるのがクエスト発生の目印なの?」
「そうだよ。この人以外にもいろんな町や村で同じような事が起きるんだけど、基本的にクエストの発生する場所には必ず頭上に?マークが浮かび上がるんだ。それで場所とクリア条件が、ある程度予測できたりするんだよ」
「へぇー。じゃあ、この場合は《ハニービードリンク》を注文したら頭に?マークが浮かんだから、クエストの達成条件は《ハニービードリンクの材料》を入手してくることだと思ったわけね?」
「たぶんだけどね。まぁ、蜂蜜関連の名前が付いたイベントだと定番だし、序盤から凝りまくった内容のイベントやクエストは設置しないんじゃないかな?
いきなりお客さん離れしちゃったら、運営も大変だろうしね~」
「ーー《雌牛の逆襲》は・・・?」
「・・・・・・心の底からごめんなさい・・・・・・」
お店の前で再び土下座するユウキ。いい加減に許してあげないと何度でも土下座しそうな気がするし、そろそろ許してあげますか。
「それで? ユウキはこのクエストどうするの?
時間的には不可能じゃないと思うけど」
普通に考えたら、本当に死ぬかもしれないボス戦を明日に控えてイベントクリアに乗り出す人は頭がおかしいと思うのだけど。
この子の場合は例外かもしれない。なぜか理由もなくそう思える私がいる。
無茶なことでも笑いながら楽しそうに挑戦して、ダメだったらやっぱり笑顔で「たはは~、失敗しちゃったよー」って報告しに帰ってくる子供みたいな空気が、この子にはある。
だから私は、あながちあり得ない選択肢じゃないと思って聞いてみたんだけど、予想に反してユウキは「う~ん・・・」と悩みはしながらも最後には「やっぱいいや。止めとく」と、クエストの開始を拒否して店員さんの頭上からも?マークが消えてなくなる。
「いいの? ユウキは挑戦したかったんじゃない?」
「うん、まぁね。でも明日がボス戦だし、アスナとキリトに迷惑かけたくないし。
それになにより、戦い終わって帰ってきたら真っ先に挑戦したいクエストが見つかって、今スッゴく嬉しいんだ! これで勝って帰ってくる楽しみが増えたよ~」
“戦い終わって帰ってきたら”
彼女はもう勝った後のことを考えてる。明日自分が死ぬかもしれないなんて、微塵も頭にない。
他の人が同じ事を言ってたなら、私はきつく叱り飛ばしたと思う。「そんな浮ついた気持ちじゃ死ぬわよ」って。
でもユウキなら仕方がない。そう思える。
だって、この子は子供なんだから。
子供が死ぬことを真剣に考えて思い悩むなんて辛すぎる。出来るなら最期の時まで笑顔で過ごしてほしい。そう思うのが親の感情で、大人の感情なんだと私は思う。
だからこれは、ただの意地悪。かわいい女の子にイタズラしただけの、ちょっとした悪ふざけ。・・・そのはずだったのに。
「いいの? そんなこと言って。明日のボス戦で真っ先に危ない目にあって死んじゃったら、ハニービードリンクを飲むどころじゃなくなっちゃうわよ?」
フードで顔の上半分が隠れているから、彼女には少しだけ笑んだ口元しか見えてなかったと思う。
それでも私には、彼女がはっきりと見えた。
言われた内容を理解し、咀嚼し、噛み砕いて飲み込んで納得した上で、彼女は素直にこう言ったのだ。
「それがなにか問題あるの?」と。
ーー沈黙が街に降り立った。
彼女と私。ユウキとアバターのアスナが対峙する路地に不自然なほど静かな静寂が満ちて、やがて砕ける。
砕いたのはユウキ。先のと同じく脳天気に、不思議そうに、ごく当たり前のことを言うかのような口調で彼女は絶望を口にする。
「“死んだらどうするのか?”よく使うフレーズだけど、これって意味のない質問だよね。
だって死んだら何も出来なくなるんだし、どうするも何もないんだし。考えるだけ時間の無駄無駄無駄。
そんなことに時間使うくらいなら、今したいことに全力出した方が絶対良いってボクは思うけど?」
それは余りにも正しくて、余りにも批判の余地が無くて、そしてーー余りにも暴力的で、容赦がない。一切合切の死生観を否定し尽くして、ただ「生きてる今」だけを見て考える。
そういう救いも夢も希望もない、“死”と“生”を明確に分けて隔てた、絶対の境界線。天国と地獄とあの世を、この世界とは別の全く異なる異世界だと断じ、「別世界の事なんて、この世界に生きる自分たちには関係ない」と言い切り、切り捨てる、残酷で冷酷で暖かみの欠片もない、死の冷たさに満ちた言葉。
「死ぬって言うのはね、アスナ。その人の旅が終わることなんだよ。その先はない。何もないんだ。ただただ真っ暗な道が続いてさえいない、何も感じないし感じられない。存在しなくなるんだよ。
生きてる人たちの祈りも願いも何もかも、死者には決して届かない。受け取る側の死者が存在していないからだ。
存在してない人に贈り物を届けるのは、神様にだってできないんだよ?」
笑顔で告げるユウキの顔は、先ほどまでとは別人に見えた。
ーーううん、違う。別人に見えたんじゃなくて、本当に別人のものになっていた。
天真爛漫な男の子みたいな女の子じゃない。キバオウさんに死なないでと叫んでた人命を尊ぶ少女剣士でもない。
その顔には願いに満ちていた。生きてという願い。死なないでという願い。
ただそれだけを願って願って願い続けて、それ以外の必要のないものをすべて削ぎ落としたような、窶れきって疲れ切った旅人の姿が今の彼女の顔には浮かんで見える。
旅人は続ける。
旅から得た悟りを教え聞かせるように。
旅で味わった悲観と苦悩を伝えることで、少しでも誰かが悲劇を避けれるように。
「死者は語らない。語れないんだ。言いたことを言えなくなる、行きたい場所に行けなくなる、伝えたい思いを伝えられなくなるのが“死んだ”って事なんだから当然だけど」
旅人は、少しだけ笑う。
疲れ切って休みたいのに休もうとはせず、歩き続けた自分の人生を誉めるように、自嘲するように、労うように、苦笑するように、心の底から愛おしむような笑顔で笑う。
「死体は何も語らない。形見は何も教えてくれない。それらから何かを感じ取ったなら、それは彼ら自身が死者たちとの思い出を掘り起こして、今の自分が置かれている状況に当てはめて都合よく解釈しただけだ。
「彼女は自分が死んでも喜ばない」「こいつを殺しても彼が喜ぶわけがない」
ーーそんなことは分からない。誰にだって死んだ人の気持ちなんか分かるはずがない。家族だってそうだし、遺族だってそうだ。生きてる人間には死んだ人間のことなんか今更、分かりっこない。
分かろうとして掘り起こすのが昔の記憶なら、それはその人自身の記憶を巻き戻しただけだ。自分の中で死者を昔に戻したに過ぎない。
自分が愛した頃の、好きだった頃の相手を美化して脚色しながら、思い出を捏造する事で自分が生きていくのに利用しているだけ。誰も本気で死んだ人の事なんて見ようとしていない」
「死んだ人は他人の記憶と記録の中にしか存在しないから。何にでも使える、何でも言わせられる。
死人には、苦情を言うための口はないからね。幾らでも、どうとでも出来るんだよ。
それが死ぬってことなんだから、仕方がないことなんだけれど」
「でもね、アスナ。確かに死んだ人は何も言えなくなるけど、何も言いたくないわけじゃない。何も伝えられないのは、何も伝えることがないからじゃない。なにひとつ出来ないのは、なにひとつしたくないからじゃないんだよ。
ただ、なにもできない。なにもさせてもらえない。何をしても、生きてる人には届かないし伝わらない。死んだ人が生きてる人にしてあげられる事なんてひとつもない。
願って祈って感謝したって、結果が出るとは限らない。
伝わらなければ祈りも願いも単なる雑音だ。うるさいだけだよ。うるさいと思ってくれるだけ、伝わったとも言えるんだけどね」
「死は旅の終わりだ。その人の旅の終わり、その人が書ける物語の終わり。後を引き継ぐ人がいたって、続きを読むことは本人には絶対出来ない。死者は本に触れないから。
ーーでもね、アスナ。
口出しできないから、死んだ人は自分で自分の物語の続きを書けないから、生きてる人に続きを書いてほしいからこそ、自分を忘れないでほしいんだ。自分の事を決めつけないでほしいんだよ。
「この人だったら必ずこうした」「この人がこうするはずがない」
ーーそんな風に決めつけないで。
死んだ人は変われないから。変わりたくても変われなくなって、考えたくても考えれなくなって、別の道を探したいのに探せなくなって、物語の続きを書きたいのに書けなくなってしまったからこそ、人には生きてる自分を書いてほしいんだよ。変わっていく自分を書いてほしいんだよ」
「生きてるのに変わらないなんて嘘だ。死んでないのに不変なんて嘘だ。完全無欠で絶対最強なんて大嘘だ。
生きてるなら変わるさ。人と出会って話して恋して分かり合えば、人は変わる。
生き続けて戦い続けれてさえいれば敗けもするさ。勝ち続けるだけの人生なんてつまらない。敗けもあって挫折もあって失敗だってして、勝った人に嫉妬したり恨んだり喧嘩したり仲直りしたり。
そうやって人の輪を広げていきたいと願っているのに、どうしてやらせてくれないの? どうして死んだ人は首尾一貫、徹頭徹尾、自分のそれまでを貫かないといけないの?」
「そんなの嘘だ。大嘘だ。全然生きてない。死んでるじゃないか。生きてないし、生かしても貰えてない。
死者たちの・・・ボクの物語を終わりにしないでよ・・・生きたいと思っていた想いを美化して綺麗に纏めないでよ。汚くていいから、見苦しくてもいいから、もっとボクを生きていさせてよ・・・。
ボクは死を受け入れた事なんて・・・生まれてこの方一度だって無い!」
叫び。あるいは慟哭。
それは彼女が初めて見せた心からの本音で、私には理解できない内容だけれど、それが彼女の抱える重苦しい何かだと言うことだけはハッキリと分かった。
ーーーでも。
「ユウキ・・・あなた、泣いてるの?」
「・・・・・・え?」
言われて初めて気がついたという風にユウキは、自分の頬に手をやって涙で指が塗れていることを自覚すると、
「う、あ、や、うぁーー」
と、意味を成さない単語を連発しつつ、必死に顔を手で拭おうとして余計にヒドいことになっていく。
「もう、しょうがないなぁ」
私は彼女の、自分より少し下にある目元にハンカチを当てて涙を拭ってあげると軽く息を吐き、気合いを入れて彼女を抱え上げる。
「わひゃっ!?」
またしても意味のない叫びをあげて真っ赤な顔をしたまま取り乱し、右往左往しながら涙目で見上げてくる彼女に私は、どうしようもなく胸がときめくのを自覚する。
「泣き虫お姫様を王子様がお城へと連れ帰り、介抱して差し上げましょう。
さぁ、お姫様。カボチャの馬車も純白の駿馬もないけれど、凛々しい騎士様だけはちゃんと居ます。お城までの道中、ゆっくり愛を語り合いましょうか」
「あ、愛!? え、ちょっと待ってちょっと待って、理解が追いつかなーーって、今ボクお姫様だっこされてない!?」
「せいか~い。正解者には豪華景品として、王子様の添い寝で朝まで過ごす権利が与えられま~す」
「そいーー!? だ、ダメだよダメダメ! 絶対にダメーーっ!!
だってボクは、あれでああしてああなって・・・えーと・・・とにかくダメなんだってばーーっ!」
「ダーメで~す。もう正解者に送る権利は送られてしまいましたー。返品は受け付けておりませーん。大人しく朝まで一緒に眠りにつきましょうねお姫様?」
「無理!絶対ムリ!無理ムリ無理ムリ無理ムリ、ボクには絶対無理なのーーっ!」
「う~ん、この丁度良い案配のSTR値。子供が大人に抵抗してる時って、こんな感じなのかしらね? とっても可愛い!」
「あ~ん! AGIに極振りし過ぎたせいでSTR値が足りないーっ! 抵抗しきれないよーっ!」
「うりうり♪ ぐりぐり♪」
「わひゃーっ!?」
「お姫様をホテルへ御案なーい♪」
「いーやー! おーろーしーてーっ!」
「♪」
《トールバーナ》の夜は更けていく。
明日は第1層初のボス戦。
ーーそれは彼女らが初めて“死”を見る日。
作戦結構の明日午前十時まで、後九時間三十五分。
騎士ディアベル戦死まで、後少し・・・・・・。
つづく