銀の狐と共に   作:ロンメル

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 そもそも相手にならない。プロイセン第1軍は国境警備隊を文字通り蹴散らしマース川に沿って防衛線を引こうとしていた敵を急襲した。ベネルクス王は徹底抗戦を選んだ様だが舌の根が乾かぬ内に6個しかない虎の子師団の内1つを失い要塞都市リエージュが孤立したという報告を受けることとなる。

 ベネルクスの軍事能力は欧州最低の水準で予備役を投入しても14万人足らず。対してこちらは107万人をベネルクス方面に割いている。ここまで戦力差があるとフランセーヌ生まれの精神論も紙屑以下であった。

 更にベネルクス軍兵士の歩兵装備は型落ちで軍服に至っては百年前からの骨董品を使いまわしている。たかが服装と馬鹿にする奴は戦場で煌びやかに光る敵の第1ボタンを付けると良い。もれなく胸元に銃弾をプレゼントしよう。此方も急な動員も相まって戦闘用ヘルメットの更新が遅れていたりするので正しく我が振り直せ、だ。第1軍の新兵には動員初日、頭の兜を叩き折る命令が下されている。

 ベネルクスの内情には多少同情する。70年に渡る中立は国内の社会主義政党を育て軍事軽視の流れを作った。参謀本部は攻撃精神に基づいた攻勢計画を作ることに無心し防衛の要である要塞は砲の更新が例によって遅れ堡塁のコンクリートは粗悪品、国内は普仏諜報員の練習場と化す有様である。

 

「酷いものね。」

「ああ。全くもって…気に入らない。」

 

 最前線を押し上げ続ける第2師団。第1軍の中でも特に突出した部隊はその手にブリュッセルを掴まんとしていた。敗走する敵が残した物資を奪取せんと街道沿いの町に入った2人は広場に所狭しと寝かされた兵士達を目にする。彼等の多くは外傷が無くただ荒い呼吸音とうわ言だけが響いていた。

 

「この惨状の中でもピンピンしている敵がいたらそら疑うか。」

「でも私達は何もやっていない。」

「そう、毒も撒いていないし、騙し討ちもしていない。そして化け物でもない。」

「最後は良い線行っているのだけれどね。…ごめんなさい。」

「ん。」

 

 リチャードは仮の指揮所とした家屋のポストを漁り紙束を取って来た。フランセーヌ語で書かれた一方は要約すると悪の同盟国を協力して倒そう!と書いてある。情報統制されているのか新聞には初戦敗北のはの字もなく志願兵を募る文章と広告が大半を占めていた。

 もう一方はネーデルランド語で書かれた物。こちらには初戦の大敗北が事細かに書いてありチクチクと軍部やフランセーヌへの非難が混じっている。

 

「対立を煽ったのは俺達だけどさ。国の存亡を前によくもまあ。」

「言語が違うとはそれだけ大きな事なのよ。」

「俺達はフランセーヌ、ソルビエス、英語を学ぶというに…。」

 

 数年前からネーデルランド系メディアを掌握し対立を煽って来たのは来て欲しくも無いこの時の為。元々就職や移住まで言語で制限があり両者に不満が募っていた事、実行する人員に困らなかった事から簡単に出来てしまった。

 この成功を皮切りに自国を中心に列強、辺境構わずリチャードは情報の手を伸ばすのだがここでは置いておく。

 

「さてブリタニアが動いたぞ。海軍がスカパフローへ集結。派遣軍の到着は3日後ってとこか。」

「恐らく最初にぶつかるのは第1軍よ。場所は…」

 

 エルヴィナの細い指先が地図上を滑りフランセーヌ国境に近いベネルクスのコルトレイクとモンスで止まる。ブリュッセルとパリを繋ぐ道上にある両者だが前者は重要鉄道拠点、後者は河に守られた田舎町。

 

「モンス。」

「だがあくまで推測。あくまで見かけたら集中的に攻撃、これでいいだろ。」

「見つけた敵を倒して進む。シンプルね。」

「ま、いきなり違う国の軍隊で連携は無理だ。数に劣るこっちはそこを突くまで。」

 

 国が3つあれば司令部も3つ。各々自軍の被害は小さく戦果は大きくしたい。今こそ派遣軍はフランセーヌの指示を聞くだろう。しかし甚大な被害を受けたとすると指示を出したフランセーヌに不満を持つわけだ。

 ブリタニアの本土は海の向こう。国土直接の危機であるフランセーヌと派遣軍の意識の違いも間隙だ。適当な噂でも流せば両軍に亀裂が入るだろう。元々フランセーヌ人とブリタニア人は長い歴史から見て仲が悪いのだ。プロイセンとよりはましだが。

 

「伝令。へルタ夫人はリエージュを落としナミュールへ移動を開始。」

「御苦労様。下がって良いわよ。」

 

 パリの忌々しい塔が妨害電波を出している為無線は不安定な物となり伝令が多用される現状。あの塔を何とかしてくれとはプロイセン前線指揮官に共通する認識である。リチャードはゆっくりと腰を上げた。 

 

「そろそろ行くか。後ろも追いついて来ただろ。」

 

 触れる敵を薙ぎ倒し最前線を突っ走ること数日。早々にお隣から速すぎと苦言を受けた第1軍傘下第2師団第3歩兵連隊第2大隊。以前は並の実力だったはずの部隊はカーラがよく死者が出ないと言う猛訓練を経て古巣の第3近衛連隊に迫る練度と化した。

 ベネルクス兵が言う”突如後方に敵が現れて物資集積所を潰された。”は驚異的な進軍速度で敵の後ろを取ったこいつ等の仕業である。もう一つ”夜闇に音も無く犬連れの部隊が襲って来た。”の方はどこの部隊か分からないが大方超人兵の誰かが無双したのだろう。

 何はともあれリチャード達はベネルクス首都ブリュッセルへの進軍を続ける。  

 

 

 

 

 皇帝の海軍(カイザーリッヒマリーネ)。プロイセンが誇る世界第2位の海軍。嘗て装甲艦4隻の配備すら苦労していた不遇の軍。

 その飛躍的な拡充は海軍大臣テルミッツ指導の20年足らずで行われた。”勇敢”の登場などのどんでん返しはあったものの新旧高速戦艦合わせ20隻、装甲巡洋艦から潜水艦まで175隻を擁する大海軍となった。そして開戦した今小型艦艇を中心に更なる増強中である。

 ちなみに世界第1位の王立海軍はプロイセンに対し2倍の戦艦保有を掲げ湯水の様に金を溶かしている。プロイセンの目論見ブリタニアへの抑止こそ成らなかったものの財政圧迫は成したと言える。自身の肉を切って。

 さてその海軍。本土北西70キロに浮かぶ一大基地からネーデルランドを跨ぎベネルクスへ戦力の大移動を行っていた。

 夜の海面を切り先頭を行くウーボート9。U9型潜水艦1番艦艦長オッティーリエ・ヴェディゲン大尉はディーゼル機関の騒音に身を任せ艦長席に座っていた。暗く淀んだ空気の中白銀の髪と眼を光らせ来たる時をじっと待つ姿は彼女の若い見た目に反して畏敬の念をクルーに抱かせる。

 

(ああ盟主様。今からオットラが迎えに上がります。)

 

 容姿が示す通り彼女は帝国軍に4桁紛れる超人兵の一人。高い身体能力を生かす為大多数が陸軍に所属する中自ら海軍に志願した変わり種。その中でもただ1人潜水艦を操る希少種である。

 その分リチャード達がよく気にかけていたのだが元の退廃的な性質を拗らせてしまっていた。

 

「1時の方向距離12000に敵巡洋艦隊。沈めますか?」

「えへん。狩りはゼーブルッヘに着いてからです。手出しは無用。」

「了解!大尉殿。」

 

(大尉…。盟主殿は中尉だというのに私なんかが大尉。しかし手を抜くなど主への侮辱。そして手柄を上げればお褒めの言葉を貰える。お褒めの言葉…!)

 

「ばか。了解だけ言っておけ。」

「しまった。」

「…ぅ。」

「は?」

 

 俯き思考に耽っていたオットラが小さく呟いた。聞き取れなかった副長が漏らした息の摩擦音が船内に響く。爛々と紅玉の瞳を光らせ唇を舐めた彼女は右手を前に出し小指から拳を握る仕草をしながら命令を下す。

 

「総員戦闘態勢。進路変更、敵艦隊両側面から同時攻撃する。全艦へ通達。何が起きたのかも悟らせず、捻りつぶしなさい。」

「了解!」

「敵艦隊速度測定、艦種判別急げ。」

「距離7000で潜航。潜望鏡深度で待機。」

 

 

 この日スカパフローから出撃した装甲巡洋艦3隻を中核とする戦隊が夜の海に消えた。数名の船員が翌朝ネーデルランド籍の客船に救助されたが彼等の証言は”爆発と火災で15分経たずに海へ放り込まれた”に終始したという。

 

 

 

 

 

 

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