銀の狐と共に   作:ロンメル

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 軍人の朝は早い。6時には整列点呼、部下を連れランニングを行う。基地からほど近い1軒家を借りているリチャードとエルヴィナは5時には起きなければいけない。

 リチャードの1日は卵が焼ける匂いで始まる。ふらふらと洗面所に向かい冷水で目を覚まし席に着く頃には硬めの目玉焼きがのったパンが机に出るが食べることはせずじっと待つ。自分は硬め、彼女は半熟の両面焼きが好みで2人とも焼き加減にはうるさい。

 

「できたわよ。」

「ん、いただきます。」

 

 軍でも朝食は出るのだがそちらはコーヒーブレイクとして取っている。軽食とはいえぺろりと食べてしまうがこれも軍人故。理由は言わずもがな。この後片付けに出勤支度をすること20分、最後にエルヴィナの短い片側三つ編みを完成させて家を出る。軍人となり肩の長さに切り揃えた彼女の髪は指から逃げるので慣れるまで大変だった。

 

「エルヴィナ小隊長、おはようございます。中隊長も!」

「おはよう。いつも元気ね。」

「何で俺を後にした。おい。」

 

 上等兵の若い少年が基地の入り口で声をかけてくる。邪気のない挨拶にこちらも満面の笑みで対応してやることにした。

 

「痛てて!ごめんなさいー。」

 

 これでも連隊を形成する1中隊の長を務める身。指揮下の兵士は3個小隊の他補給段列を加えると300人に上る。共に走り、泥に塗れる訓練生活でそこそこの信頼関係は築けているとは思う。それ以上にエルヴィナは絶大な人気を誇っている。男が大半の軍隊で美貌と身体能力を兼ね備えた女上官とその上官と同居する男の上官。どちらに人気が出るか。まあそういう事だ。

 ゆっくりと練兵場の端へ向かうこと数分。整列点呼した部下達を連れランニングを行う。

 

「最後の一周は自由走だ。俺とエルヴィナを抜いたら昼飯が豪華になるぞ?」

「っ!」

 

 平坦なグラウンドを走ってもつまらない。態と起伏を富ませた悪路を走ること数十分。かなりのハイペースで走る兵士達の先頭はエルヴィナと自分。体格の良い男達の先頭が身長160程の女子なのだから初めて見る者は目をむく光景だ。

 悔しがる部下達をからかいつつ清掃、軽い朝食、兵舎に移動して座学。戦場では真っ先に小銃を担いで突撃する自分達だが各種武器の取り扱い、隣国の言語は勿論、数学、射撃理論、周辺各国の地理まで学ぶ。今回は先日配備されたばかりの機関銃についての講義だ。

 軍の頭脳たる参謀本部はボーア戦争、日露戦争を観戦し強固な要塞に籠る一般兵の操る機関銃の脅威を認めた。貴族出身者達の反論を抑えて、だ。これは実力主義の濃いプロイセン故の判断の早さでありブリタニア、フランセーヌでは田舎者の戦訓と一蹴されていた。

 現在軽量化した野戦用機関銃の開発にも着手し数年後には全軍に配備する予定だそうだ。自分達の所属する連隊はその先兵である。

 

「今汗を流しなさい。後で血を流したくなければ。」

「Jawohl!」

 

 がっつりと昼食を取り午後からは大隊規模で行う戦闘訓練。広大な荒地を泥まみれで兵士が走り”伏せ!”の号令で一斉に匍匐、そのまま敵を模した的に向けて銃撃する。実戦では事前に各種砲撃と煙幕が予定されているが今回はなしだ。毎回野砲をばかすか撃っていては限られた予算が干上がる。

 その後5時には清掃、6時に夕食、自由時間となる。持ち込んだ本や楽器、遊戯で暇を潰す者、熱心に自習する者、装備の手入れをする者。消灯ぎりぎりまで文字通り自由だ。自分とエルヴィナは与えられた士官室でコーヒーブレイクを楽しんでいた。

 

「チェックメイト。」

「ぐぐぐ、もう一回だ。もう一回。」 

「だめよ。いつまでも続くから一日4戦って決めたでしょ。これで9325勝…。」

「3204敗だ。」

 

 机の上にはチェスのボード。盤上では黒の騎士が白の王に剣を突き付けている。互いに8秒ごとに指し合うと決めて真剣に向き合うこと今日で6回。勝率が3割を切って久しいがこのままでは1割も見えている。

 

「と言うかまた強くなってないか?」

「成長するのは貴方だけではないのよ。」

「くっそ今に見てろよ。」

「楽しみにしてるわ。」

 

 瞬間的な判断力をつける為に始めた早指しチェス。最初こそ互角だったものが今や彼女の方が格上である。もっと強い相手としたらどうかと勧めたことがあるが所詮遊戯だと言って断られた。嬉しいやら悔しいやら複雑なものである。

 

「失礼します。隊長、これを懸けて一戦どうですか?」

 

 2人してコーヒーを啜り検討を始めること四半刻、部屋の戸がノックされ部下の1人が入ってきた。ポーカーの誘いをしに来たらしい。彼の手にはラインガルのワイン。場違いな高級品の登場にエルヴィナの頬がぴくりと動く。上体を一切動かさず机の下で此方を小突いてきた。

 完璧を模した様な彼女。読み、駆け引き、判断力の3つ揃って運だけ振るわない。チェスの勝率をひっくり返したものが自分との対戦成績である。弱点を見つけた時はいじける彼女を前に情けなくも喜んだものだ。

 

「やれ参加費目当てだろ。全く…これでどうだ。」

「おお…、また貯めこみましたね。」

 

 買ったり貰ったはいいが放置していた葉巻を机に置く。エルヴィナに匂いが付くと言われ1度でやめたものだ。彼女曰く今度目の前で吸ったら火種に拳銃弾をぶち込むそうだ。

 

「貴方達もこんなの吸ってると死ぬわよ。」

「じ、自分達はやってませんよ。他所とビールとで交換するんです。」

「それより行くぞ。皆待っているんだろ?」

「もう。」

 

 部下に案内されて部屋を出る2人。賑やかな食堂からの騒ぎ声と必ず勝てと言っているの彼女の視線に挟まれリチャードは歩く。

 

「お前、結構世俗に塗れたよな。」

「何よ。出会った頃の方が良かった?」

「…の方がいい。」

 

 その夜の一杯は豪勢になり2人の口は酔いにより軽くなったとだけ記す。

 

 

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