銀の狐と共に 作:ロンメル
プロイセンにとって東の果てで行われた戦争は悪いことばかり呼び込む。ブリタニアが海戦の戦訓を取り入れ長距離戦に特化した巨大戦艦を建造就役させたのが去年。敵味方関係なく今までの戦艦群を全て旧式とした”勇敢”は二国間の熾烈な建艦競争を加速させたのだ。
一年に2隻巨大戦艦が就役する異常事態。加えて両国に挟まれたフランセーヌ、海軍再建を目指すソルビエス、はるか海の向こうのアルメリカ、対抗する皇国も弩級戦艦を計画しだす。
「国の名を取った戦艦が就役から半年せずに旧式か。」
「所詮兵器よ。使えないなら解体して次に回せばいい。」
「容赦ないなお前。」
ヴィルヘルムスハーフェン。皇帝の名を冠するプロイセン海軍の重要な拠点にリチャードとエルヴィナの姿はあった。2人が港から眺めるは巨大戦艦。彼女の妹達はドックから日の目を見ることなく解体され彼女は唯一改修を控えている。資材は解体した妹達を使うそうで不遇さが増している。
「折角の休暇中にそんな話をするからよ。」
「すまん。」
「許さない。旅行中のお昼はそっち持ちね。」
「おいおい。」
そう。自分とエルヴィナは休みを取って小旅行に出かけたのだ。特にすることも決めていない気楽な旅路である。しいて言えば買ったばかりの新車を乗り回したかった。比較的整備された道を選ぶこと数時間、大きな港湾都市に着き観光しているわけだ。
田舎に行こうものなら悪路で快適とは言い難い旅となっただろうからそこまで選択肢はないのだが。兎角昼食は我々プロイセン人の生命線。量と質が両立した食堂、宿泊所を見つけなければ彼女の機嫌は直らないだろう。難儀なものだ。
「そこのお2人さん。フィンケンヴェルダーショレあるよ。」
「どうするよ?」
「2人前お願い。」
「承知ー。」
潮風の吹く通りに面した店先から店員が声掛けをしてくる。港町なら新鮮なカレイを使っているだろう。エルヴィナはフリカデッレが良いと言って拗ねているが無視する。迎える娘は満面の笑みで窓際の席に案内してくれた。
フライの上で油が跳ねる音をBGMに待つこと数分。机の上にはボリュームのあるソテーが2皿。食事中特に話さず黙々と手と口を動かし続ける余所者2人へ周囲の視線が途切れることは無かった。
「…美味しいわ。」
「はっは、お二方サービスだ。所で見ない顔だが何処から来たんだ?」
「ベルリン。」
「帝都じゃないですか。いいなぁ。ってことは宿が必要ですよね!」
「あ、ああ。これから探すんだ。」
ぼそっと彼女が呟いた一言を目ざとく聞きつけた店主がビールを波々注いでくる。陽気な店主と騒がしい店員に乗せられるままその日の宿まで世話になることとなった。
しかし部屋が1つしか用意されていなかったことには焦った。傍から見ればそうなのだろうが平然と寝だす彼女の神経を疑う。結局ベッドにもたれて意識を手放したのは蜜牛時を過ぎていた。翌日の朝2人に揶揄われたのは言うまでもない。
平穏な日々は続かない。我が第二帝国と同盟を結ぶオーストリアがバルカンに手を出し火傷したのだ。オーストリアとセルビアは緊張状態に突入、我が国も選択を強いられていた。
内実はこうだ。オーストリアはソルビエスと密約を交わしボスニアを併合した。当然領土の持ち主オスマン、梯子を外されたセルビアは猛反発する。ここまでは当然の反応で大きな問題はない。
「ブリタニアとフランセーヌ。いや、フランセーヌか!」
「オーストリアが甘いだけ。分かってやってるでしょ?」
「一応唯一の同盟国だぞ…。」
前述した密約はソルビエス艦隊の黒海から地中海への通航権を認めること。これをフランセーヌ、ブリタニアが承認しなかったことで破綻。立場上ソルビエスはオーストリアに対し強硬な態度を取らざるを得なくなったのである。
「最近こんなことばっかりだ。」
「早く行くわよ。部下達が待ってる。」
「はいはい。」
プロイセンではソルビエスへの威圧の為東部への兵力の移動が始まりそれに伴い我が連隊にも命令が下った。目的地は東プロイセン、ケーニヒスベルク。万一衝突が起これば最前線となるだろう地区だ。
まあ今回は大丈夫だろうと思っている。皇国に敗れ内紛を抱える今のソルビエスに対外戦争を行う余裕はないだろうから。勿論暴走や現場レベルでの小競り合いは起こりうる。下らないことで部下を失う気は更々ないので顔には出さないが。
「出発する。存分に威圧してやろう。それが俺達に出来ることだ。」
「了解!」
物々しい雰囲気の中部下達の前で一言。自慢ではないが自軍の中でも高練度を誇る部隊。表面上臆する者は1人もいなかった。
ボスニア危機の始まりである。