銀の狐と共に   作:ロンメル

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 今の時世兵力の輸送手段は鉄道が主である。今東プロイセンから帰る自分達を運んでいるのも鉄道。補給線を担うのも鉄道。軍と鉄道は密接に関係し現在の戦略に大きく影響を与える。現に参謀本部は東西を横断する鉄道網をフルに使った戦時計画を立てていた。

 

「…。」 

「いい景色だ。行きは冬だったからな。」

 

 最後尾に繋げられた無蓋貨車の縁。腰を下ろした2人は視界の全てを覆う新緑に見入っていた。しばらくすればここは黄金の海となり恵みをもたらすのだろう。過ぎ去る農夫が此方に手を振っている。リチャードは立ち上がって手を振り返した。

 ソルビエスと国境越しに睨み合うこと半年。セルビアがボスニアの併合を承認し両国は兵を引いた。しかし表面上何事も無く終わった危機は実のところオーストリア、セルビアの開戦準備が整わないという一点で回避されたに過ぎない。

 情勢を見るに戦争は無いと確信していた半年前の自分が恥ずかしい。

 

「ボスニアの処置、聞いた?」

「まあ、人づてには。国内にまた厄介増やしてどう纏めるんだ全く。」

「知らないわよ。」

 

 かの国は現在ソルビエスに支援された反オーストリア運動が台頭。セルビアは併合に反発しモンテネグロと反オーストリア同盟を締結。大国オーストリアは今回の事件で名声に傷が付き我が帝国とソルビエスの関係は悪化。何もかも良くない状況が続く。

 

「くそ、結局出来ることは早く出世することか。尉官程度に何ができる。」

「焦らないで機を見なさい。今得た戦友は将来貴方と肩を並べるのよ。先を急いでばかりでは周囲の理解者がいなくなる。」

 

 階級を手っ取り早く上げるのは戦勲。しかし今の欧州情勢は大きな戦を許さない。このまま歯噛みして待つしかないのか。そんな負の思考を正論で止めてくれるのはいつも冷静な言葉だ。全く出会った時からして偽物かと思う程人間味が出ている。

 

「まずは将官だ。」

「ええ、数年もすれば同胞は各所に配されるわ。彼女達は全員が一騎当千だし必ず上がってくる。」

「…追い抜かれたら。恰好付かねえなあ。」

「ふふっ。頑張りなさい私達の理解者さん?」

 

 国内の一部は戦争なんて起こるものかと笑う。そいつ等も本当は分かっているはずだ。急成長を続ける新参が他所からどんな風に思われているかを。人の業の深さを若造の自分でも知っている。

 

 

 

 

 練兵場の端、柔らかい芝を背に感じながら兵士達が寝転んでいる。直前まで体力作り兼レクリエーションとしてサッカーをしていた彼等は日陰に陣取り火照った体を冷やしていた。

 兵士達が東の田舎で過ごしていた間も世の中は進む。ベルギーはコンゴを暴政の下併合、イタリアーナでは巨大地震、モロッコにおけるフランセーヌとの協定締結など欧州が止まることはない。ちなみに我が帝国は上層部の性スキャンダルに揺れていたりする。

 溜息しか出て来ない外から目を逸らす若者数人の話題は身内の花だ。

 

「ハイデンハイム隊長は今日も凛々しかった。」

「新人、お前はまず名前で呼ぶことからだな。」

「無駄だ、無駄。全く脈なし。それに中尉から睨まれる。」

「第2中隊とこのエリーゼさんはどうだ?」

「銀行員の彼氏がいる。」

 

 支配階級に女性が数多存在する世の中。軍にも少なくない数の女性兵が存在する。男に比べ数こそ少ないもののその能力平均は高く重宝されちらほら要職に就いていた。勿論その中でもエルヴィナの能力は群を抜いている。

 

「出会いが無い。」

「街に行けばいいだろ。」

「何か違うんだよ。」

 

 実のところエリート部隊に属する彼等はかなりの優良物件である。ただ言葉が無くとも通じる上官2人の関係に憧れ高望みしているだけだ。何処に初っ端から熟年夫婦の出会いがあるだろうか。現に彼女、婚約者持ちの大多数は会話に参加していない。

 

「とりあえず俺は行くぞ。」

「あ、待てって。」

 

 傾く日の下連れだって兵舎に向かう数人を見送る部隊の仲間達。彼等の思考は大筋一致していた。ああいう奴等はのめりこむぞ、と。悪い女に引っかからなければ良いがという良心は元気の余った数人が始めたボクシングの熱に消えた。

 

 

 

 

 齢7に満たない少年少女が注目を集めて街を歩いている。1人は見慣れた貴族の長男坊リチャード。住人の目は彼が手を引くエルヴィナに向いていた。少年は好奇の目を向ける周囲を威嚇して進むが効果は見られない。一応記しておくと坊主がガールフレンドを連れているぞと見守っているだけである。

 

「…。」

 

 2人の間に目立った会話はない。あの出会いから1ヵ月、リチャードは自分なりに少女とコミュニケーションを取ったが満足な反応を得られていなかった。エルヴィナは常に端正な顔を崩さないが彼はめげない。饒舌とは言えない彼だが惚れた弱みか不器用ながら接触を止めなかった。幸い彼女はリチャードの家に引き取られている為時間ならある。

 2人は年相応の小さな歩幅で狭い道を行く。数分後ある酒場の前で少年は足を止めた。引っ張られる力が無くなったエルヴィナも無言で止まる。

 

「入るよ。親に内緒で偶に来るんだ。来たぞ!」

 

 返事も待たず外扉を開け中のスイングドアに体当たりする少年を少女は僅かに止めようとしていたが彼は気づかない。

 

「まだ準備中だ。ってお前か。その娘は誰だ?」

「あれ頼むよ。食べたら話す。」

「生意気な。」

 

 箒と布巾を投げて来た老人は悪態を吐き奥の厨房に消える。エルヴィナを椅子に座らせるとリチャードは慣れた手際で掃除を始めた。

 

「爺はフランセーヌ戦の経験者だ。セダンにも参加したらしい。話を聞く序に飯を集ってる。」

「…。」

 

 60も生きれば大往生の世の中40年前の実戦経験者はそういない。リチャードがこの酒場の戸を叩いたのも周囲に聞き込んだ結果だ。

 又聞きした武勇伝を話していると肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。

 

「フリカデッレだ。お父さんが嫌いで家では滅多に出ない。ジャガイモばかりだろ?」

「…ぅん。」

 

 そこは思っていたのかこくんと頷く少女に少年はテーブルを拭きながら満面の笑みで話を続ける。やっと見つけた会話の糸口を逃す理由はない。食に関する話題を必死に頭を捻って紡ぐ。

 

「汚いとこだけど味は保証する。」

「余計なお世話だ!ほらよ。食った分は働いて帰れ。」

「ぁ…っ。」

 

 机に置かれた皿の上には湯気を上げる分厚い肉の塊。ひき肉とパンの合作はウェルダンに焼かれ中まで火が通っていることが見受けられる。リチャードがナイフを入れると肉汁があふれ出た。ごくりと喉を鳴らしたのは少女である。

 無言で小さく切り取りフォークで口に運ぶ少女と反応が気になるもそっぽを向く60歳差コンビ。 

 

「ぉいしぃ…。」

「だろう?ちょっとくれ。」

「当たり前だ。」

 

 無表情で皿を少年から遠ざけ次を切り取る少女、ちょっかいを出す少年、不機嫌を装う老人。

 

 この肉料理、エルヴィナの中で不動の好物となる。以後2人は行動を共にし経験を重ねていくがこの思い出が記憶に埋もれることはなかった。

 

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