銀の狐と共に   作:ロンメル

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 ベルリンの夏は猛暑の日もあるが平均して冷涼である。雨が降ると上着無しでは寒いくらいだ。今日の様に小雨が降る日は特に冷え込む。

 

「…エルヴィナ、リチャード。」

「ようテュール元気だったか?」

「久しぶりね。」

 

 閑古鳥が鳴くカフェの隅、冷える体をコーヒーで温める3人がいた。薄暗い店内でテュールと呼ばれた女性が2人と対面している。軍服の上からでも一目で分かる鍛えられた体、鋭い眼光そして髪はエルヴィナと同じ銀色。

 彼女の名前はテュール・アドルファ。リチャード達との関係は同胞。世間話も挟まず報告を始める辺り彼女らしい。 

 

「近況だが特に変わりはない。私の柄では周囲の囲い込みも進まん。」

「そんなことはないわ。貴方にはカリスマがある。」

「世辞はいい。退役寸前の爺の副官に指名されたしな。以上。」

「ぷっ!っくく。」

 

 金の瞳が細められ部屋の温度が一段下がった。相棒が脇腹を小突いてくるが笑いは止まらない。一応記しておくとテュールとリチャードはエルヴィナを巡って張り合う関係であり険悪な仲ではない。口元にコップを運び一啜り。彼女は拗ねた様子で口を開いた。

 

「ふん。お前達はどうなんだ?」

「もう。私達は本部所属で第2師団司令部勤務よ。」

「変わったことは特にないが目ぼしい人材を見つけた。まあ本部は優秀な人材だらけだが議会に太いパイプを持っているのは彼くらいだ。」

「ほう。」

「名前はエーリッヒ・フォン・テンペルホフ中佐。考え方が軍事一辺倒なきらいがあるが付け込む隙もある。」

「任せた。」

「はいはい。」 

 

 話題の彼は軍の中枢で強固に大軍拡を主張して周りから白い目で見られている。そこで自分達が支持する代わりに多少の意見を下院へ通してもらう訳だ。尉官中心の若手で構成された集団と侮るなかれ。その後援、親達は貴族であり将官揃いである。平時の全ては戦争の準備と定める彼なら国力の増強案に異論を唱えまい。

 次いでエルヴィナがメモを手に淡々と話を続ける。

 

「次、カーラ・アイゼンシュタイン中佐。プロイセンの鉄道全てを手中に収める彼女は多少の無茶をしてでも味方にしたいわね。特に平時までダイヤを弄れるのは大きいかしら。」

「残念ながら彼女は戦時計画の重要人物だ。簡単にはいかないだろうがな。」

「やれ。」

「元よりそのつもりだ。」

 

 

 互いの進捗状況を交換した後は一方が世間話をする性格でもない為戦闘談義となる。彼等が集まって出てくる話題はそれ以外にないのだから。

 

「…野砲の大増強計画。」

「いいんじゃない?今の砲兵比率じゃ心許無いわ。」

「船と社会保障で金がないつってんだろ。少しずつ進めると決めたのを忘れたか。」

「予算予算とお前は政治家か?」

「俺には無理だ。25過ぎたらお前がなれよ。」

 

 彼等に権限を大きく制限された帝国議会は魅力的に映らなかった。先の人物は本部で人漁りをした結果偶然発見したに過ぎない。上院たる連邦参議院や外務省への接触を優先して比較的後回しにしていた事からも彼等が議会を重要視していないことが見て取れる。 

 上院に拒否権がある為仕方なくもあるのだが。

 

「ふん、お前が議題を出せ。」

「間接射撃の効率化。連絡員が走り回る現状はよろしくない。砲撃精度の向上は戦場を変える。」

「…いいだろう。店主!オーダー上から全部持って来い。」

(陸軍長年の悩み所を。長くなるわよ。どうするの?)

(つい。ま、付き合ってくれ。)

(いいけど。)

 

 簡潔に記すと砲兵の視認距離を超えた砲撃目標を撃破する際の手順を詰めようというわけだ。現在各国軍で主流の砲兵運用は小口径砲を歩兵に追従させ前線で直接敵を狙う機動戦。前線で砲列を組み榴散弾を撃ち続ける彼等は他兵科から一目置かれている。戦争を攻城戦を除いて間接射撃が忌避される理由は有用性以上に面倒臭さがあるからだ。

 

「電話、無線、飛行機。技術的な問題は明らかね。」

「考え方を変える。まず進撃時は置いておく。」

「リチャードお前が出した話題だ。逃げるのか?」

 

 三者料理への手は進むが議題は進まなかった。元々彼等にとっての世間話として始めた物。大皿を何枚も目の前に重ねたテュールの言葉に重さはない。口の中の肉を咀嚼しきってからリチャードは反論する。

 

「はあ?進撃時のメインは直接射撃だろうが。あれはあれで正解だろ。」

「守勢の敵は要塞でこちらを足止めして射程外から重砲を撃ってくるぞ?」

「何準備万端の敵を用意しているんだよ。それならこっちは臼砲で吹っ飛ばしてやるよ。」

「はいはい貴方達。脱線暴走開戦してるわ。それでリチャードは守勢時どうするのよ。」

 

 リチャードとテュールが熱くなりエルヴィナが呆れて止める。3人が揃うと自然こんな形となる。意外とバランスが取れた奴等である。何も知らないウェイターはその様子に戦々恐々しているが。

 

「ん、徹底した測量でチェスボードの様に細かく戦場を区分して砲撃指示を簡潔にする。敵野砲を優先して潰し小さな標的はその後直接狙う。」

「それはまた大事ね。」

「だが効果は見込める。幸い無線を用いればある程度地形を測ることも可能だ。よく言ったリチャード。」

「なんだか調子が狂う。やめろやめろ。」

「ふふっ。わたしも一つ提案があるのだけど。まあ願望かしら。」

「もったいぶってないで言えよ。」

「それは…。」

 

 彼女の語る突飛で野心的な軍団運用に引き込まれた2人は店主に恐る恐る閉店を告げられるまで話し込む。昔では全く考えられなかった光景。彼女達と作る非効率をリチャードは一番楽しんでいた。

 

 

 

 

 広大な農園に左右に挟まれた道を並んで走る2つの影。地面を蹴って走る巨体は栗毛のハノーバー。その馬上にはリチャード。次いでエルヴィナ。実家近くの駅まで列車で帰郷した2人は沈む太陽と競争していた。

 

「お義父様、怒っていないかしら?」 

「大丈夫だ。親父はエルヴィナに甘い。…序に俺の事も許してくれる、はず。」

「だといいけど。」

「鉄拳は勘弁だ。もうちょい頑張れ。」

 

 乗り手の意思を組んでギアを上げるプロイセン人の友。俊敏な動きの中に馬車をも引っ張るパワーを感じさせる彼等は空気を裂き疾駆する。お陰で辺りが暗闇に沈むすれすれで懐かしき門戸を見ることが出来た。

 遡れば600年以上続く古貴族の家柄だけあってその屋敷は大きい。使用人に馬を預け群がるペット達を躱しつつ2人は玄関へ歩く。

  

 

 ここで自分とエルヴィナ、テュールの関係を確認しよう。まず皆プロイセン帝国を構成するプロイセン王国陸軍所属の尉官である。次に自分はフォンを冠する貴族シュペルリンク家嫡男の肩書きが付く。つまり貴族のぼんぼんである。

 しかしこれは彼女達の立場と比べれば大したことがない。非公式だが彼女達は皇帝の血を引く存在なのだから。その解は彼女達が皇帝の遺伝情報を元に創られたデザイナーベビーという予想の斜め上の物である。それも相当血生臭い背景を背負い表沙汰に出来ないレベルで、だが。

 彼女達は現在把握しているだけで1054人の家族を持つと言ったら闇の一端が分かるだろうか。そして今も試験管で眠る家族がいる。

 エルヴィナとテュールはその中の成功例。そして自分は彼女達”超人兵”の協力者でありたいと思っている。まあそんなところだ。

 

 

「ただいま。」

「馬鹿息子。2時間の大遅刻だ。エルヴィナよく帰ったな。」 

「ただいま帰りました。お義父様。実は列車が事故で遅れて。ごめんなさい。」

「うむ。把握している。」

「もう少し取り繕えよお父様。」

 

 リヒャルト一年振りの帰郷である。

 

 

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