東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「あー、ネタないなー。どっか転がってないかなー」
妖怪の山上空。
天下の妖怪の領土であるその空を、我が物顔で、かつダルそうにふよふよと飛ぶ者の姿があった。
その者はクセの強い茶髪をツインテールにし、紫の頭巾をかぶり、黒と紫の市松模様のミニスカートやハイソックスを履いており、さらに手には携帯電話と非常に現代的な姿をしていた。
しかし早苗でもあるまいし、単なる現代人が空を飛べるはずがない。
彼女は天狗。射命丸文と同じ鴉天狗である。
彼女のやる気のない台詞から分かるように、彼女もまた、ブン屋である。
しかし、はたての性格は文とは違い、その見た目通りの現代っ子的なもの。上下関係を軽視し、不謹慎なところも文以上に遠慮なく突っつき、興味のないことにはとことん興味を持たない、といったもの。
果たしてそんなスタンスでまともに取材ができるのだろうか。
まぁ、天狗という大妖怪のネームバリューと力で強引に取材することも可能といえば可能だろうが。
「人の街降りて潜入してみようかなー。念写で接近した写真は取れるけど取材となるとやっぱり秘密裏になるからなー」
ぶつくさと呟くが、それが果たして実行される時は来るのか。
だらだらと飛んでいる間にも時間は過ぎてゆく。
だからといって焦るということもない。
また発行が遅れることになるのだろうか。
だが、そんな矢先にあるものが目に映った。
犬走椛。白狼天狗であり、妖怪の山の哨戒をしている千里眼の持ち主。
彼女が歩くのは規定の巡回ルート。
生真面目な彼女は寄り道も道草もせず、常に規定のルートを歩き続けているのだ。
ここまではいつも通り。妖怪の山で毎日見ることのできる光景だ。
だが、いつもとは決定的に違う部分があったのだ。
なんか桃色の球体を被っているのだ。
何ぞあれ。
なんかまた前衛的なファッションに目覚めたのだろうか……
真面目さが一周回っておかしくなったのだろうか。
そうか……かわいそうに……ネタにしてやろう。
はたては歩く椛の近くに降り立ち、携帯のようなカメラを構えて話しかける。
「こんちは椛ー。なんかいいもん被ってるねー」
「これがいいものに見えますか?」
「ぷぃ! ぷぃ!」
「いひゃあ! 耳を引っ張らないでよぉ!」
正面に立ってようやくわかった。
椛が被っているのは帽子ではなく、桃色の球状生物だった。
それはしっかりと小さく丸い手で椛の犬耳を掴み、子供のようにはしゃいでいた。
耳を掴まれるのが相当嫌なのか、くしゃみを我慢するような、なんとも言えない表情を浮かべている。
そして椛の頭に乗る謎生物のその顔、そのフォルム、その色。全てに見覚えがあった。
「まさかそいつ……カービィね!」
「そうですその通りです」
「へぇー! まさかこんなところで見られるなんて!」
既に一年も前の事なのだろうか。
幻想郷の博麗大結界をぶち破り、侵入し、天狗も河童も単身薙ぎ払った存在。
取材しようと思ったが、運がなかったが為に取材できなかった存在。
「ほほぉ! これが例のー……中々可愛いじゃない」
「私は相当酷い目に遭いましたけどね」
「ふーん。でも話に聞いたような凶悪生物には見えないなー」
それが素直なはたての感想だ。
が、その発言がどうも椛の気に触ったようだ。
「何を言っているのですか! 見た目に惑わされてはいけません! 悪魔です! ピンクの悪魔ですよコイツは! あの時は油断していたとはいえ、天狗と河童の共同戦線を突破し、その後の反撃でも私の力を模倣して突破して、山の神二柱をナゾの物体で吹き飛ばし! あと何故だかこんなナリして馬鹿みたいな量食べるし! 私の今日の分の携帯食料もいつの間にか全部食べるし! 頭に乗るせいで手入れした髪の毛もぐっしゃぐしゃだし!」
「え……椛、その髪……手入れしてんの?」
「そ、そうですよ! 手入れしてちゃ悪いですか!?」
「意外だわー。椛真面目そうだからそんな事には時間使わないと思ってたわー」
「わ、私だって女の子ですよ!? 最低限髪の手入れくらい───「ぽよ!」────ぴゃあ!? だから耳を引っ張らないで!」
どうやらカービィのペースに完全に飲まれてしまっているようだ。
さながら無邪気な子供の扱いに慣れていない保母さんである。
取り敢えずネタゲット。
「そうとは言っても、やっぱ可愛いわよねー。ほらカービィ、おいでー」
「ぷよ?」
「ほらほら、こっちこっち。獣臭い椛よりも私の方がいい匂いよ」
「誰が獣臭いですって!」
「ぷー」
カービィ腕を広げ、「こっちおいで」アピールをするが、カービィの反応は芳しくない。
完全に椛の頭に居着いている。
「……ありゃ、ダメか。獣臭い方が好きなのかな?」
「だからっ……」
「あやや、下っ端哨戒天狗につまらん新聞しか書けない駄天狗じゃありませんか」
「うぇ、その声は」
カービィとのじゃれあいタイムを木っ端微塵にするような、そんな蔑んだ声が上から聞こえてくる。
その声の主など、顔を見なくてもわかる。
射命丸文。同じブン屋、つまりは商売敵。
今日も今日とてスクープ狙いで飛んできたのだろう。
「ほう、カービィですか。つい最近夢を見ている間だけ幻想郷に来られるようになったと聞きましたが、こうやって対面するのは久しぶりですね」
「ぽよ!」
「はいこんにちわー」
「え? そうなの?」
「あらあら、はたてはそんな事も知らずに取材していたので? 既視感のある絞りカスみたいな内容の新聞が売りでしたのに、とうとう既存の情報も知らない情報貧乏になっていようとは」
「なによ! あんたのもつまらん上に下調べもない根拠薄弱のガセ新聞じゃない!」
「おや、私としては“その時点での”真実を伝えているつもりですが? 真実なんてものは移り変わるもんですよ」
相手の知らない情報を少し与えた事に優越感を感じているのだろう。
文字通り蔑んだ目で、浮遊したままこちらを見てくる。
降りてこないのはまるで“あなたと私にはこれくらい差があるぞ”と言いたげだ。
何か言い返す言葉はないか。
こういう言い合いは定例行事とはいえ、流石に悔しい。
そう、思っていた時。
「ぽぅ!」
カービィが飛んだ。
それはもう、椛の頭を強く蹴って、高く、高く。
その高さは文が飛ぶ高さまで達し……
むんず、と文のスカートの裾をつかんだ。
「#/&☆♪$2%+〒々:○*!?」
「……oh」
「……white」
突然の事態に、さしもの文も余裕を失い、バランスも失った。
そんな文に待ち受けるのは……大地とのディープキスであった。
その後、十一月一日分の花果子念報にて『天狗も空から落ちる!? 幻想郷最速大失態!』という見出しの新聞が発行された。
その新聞は見えるか、見えないかの絶妙なカメラアングルで収められた文の姿がでかでかと一面を飾るものであり、人里の紳士諸君に大絶賛されたそうな。
その後しばらくどこにでも見られた文の姿は消え、新聞の卸先である古本屋の看板娘から心配されることとなったのだが、それはまた別のお話。
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せんかんはるばーど めたないとおにいさん
カービィはですね、基本的にはポップスターの草原や近くの家にいまして、若干ゃ賑やかなところにいることが多いですね。
その為友人も多くて、さまざまな友人と合流しています。
適応力ぅ……ですかね。巨大ハムスターのリックの頭や巨大魚のカインの口の中に、スッと、乗ったり入り込んだりするんですよね。
椛殿の頭に乗ったのはリックと似ていたからでしょう。
ちなみに、他には鳥のクーというのがいましてね、足で掴んで運んでもらうんですよ。
文殿のスカートを掴んだのはそれだと勘違いしたからじゃないですかねぇ。
画面の向こうの読者の皆様……キサマ、十一月一日発行の花果子念報、読んでいるな!
人里で花果子念報がバカ売れしたのはあなた方のせいだったのですね……そう軽々しく幻想入りしちゃダメじゃないですか!
一応、花果子念報に掲載された写真、載せますね
【挿絵表示】