東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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予想外、想定外、それと桃色玉

 サク、サク、と枯れ葉を踏みしめる音が小さく鳴る。

 枯れ葉を踏みしめる足の主は急いでいるらしく、踏みしめた枯れ葉を踏んだそばから散らしていた。

 

「……遅い。いくらなんでも、遅い」

 

 暗い夜道を、手から燃ゆる炎を明かりにして進むのは、藤原妹紅。

 今日は一緒に鍋でもつつこうと聞いていた。牛鍋にしようと聞いていた。日が落ちる前には帰ると言っていた。

 にも関わらず、待ち人は、慧音は日が暮れてもなお帰ってこない。

 

 何かに巻き込まれたのか。

 

 そう、妹紅は考えた。

 

 何か彼女では対処しきれない、何かが……

 もしくは、寺子屋での作業が進んでいないのかもしれない。それならば、私も手伝えばいい。

 どちらにせよ、私の助けがいるに違いない。

 

「っ! おっと、もう着いていたのか」

 

 目の前にいきなり建物が現れたため、妹紅は少しだけ身構えてしまう。

 手の炎がほかに引火しないよう、大きさを最小限にとどめているため、照らす範囲は狭いのだ。

 しかし、ここに来るまで寺子屋に気づかなかったとなると、あることがわかる。

 

 寺子屋には、今誰もいない。

 

 慧音やほかの教員がいるならば、明かりがついているはず。それならば妹紅が壁に激突する寸前まで気づかないなんてことはないはずだ。

 となると、慧音は帰ってしまったのか。

 

 手の炎を灯したまま、妹紅は寺子屋の外壁を辿る。

 ちゃんと戸締りもしてある。本当に誰もいないようだ。

 しかし妙に気になって、窓から中を覗き込む。

 

 だが、その時、何かが足を掴んだ。

 

「なっ! 誰だ!」

 

 掴んだものを蹴り払い、明かりの炎を何かがいた方に向ける。

 こと次第ではその炎を増幅させ、灰にしてしまうつもりだろう。

 妹紅はじりじりと何かに向かって近づき……

 

「…………ぅう」

 

 長い青い髪の、うつ伏せに伏した友人の姿を見た。

 

「慧音!? お前、何やっているんだ!」

 

 妹紅は慌ててその体を引き寄せ、仰向けにし、顔を見る。

 

 その顔は酷く青ざめ、血の気がないように見えた。

 目は虚ろであり、妹紅の顔を見ているのだが、おそらく焦点は合っていないだろう。

 そして腹部にはべっとりと血糊がこびりついていた。

 

「ぅ!? ……ぐうっ!!」

 

 それを見た妹紅の脳裏にはさまざまな感情、思考が入り乱れたことだろう。

 しかしその混乱状態の中、冷静にすぐさまそのぐったりとした体を担ぎ上げ、竹林へと向かったのは、妹紅本人の意思の強さ、そして友情の強さを如実に表している。

 たしかに、間に合うだろう。

 彼女が向かうべき永遠亭へは十分、間に合うだろう。

 

 だが……

 

 彼女は、付け狙う飢獣の視線には、気づかなかった。

 

 

●○●○●

 

 

「伝令! 伝令!」

「情報が足りない! 何が起きている!?」

「斥候部隊壊滅!? 我らは白狼天狗だぞ!? 曲がりなりにも妖怪が!?」

 

 妖怪の山はこれ以上ないほどに混乱していた。

 情報は錯綜し、予想外に次ぐ予想外によって指揮系統は混乱し、麻痺に近いものになっていた。

 彼ら天狗は歴戦の古強者である。

 当然、蓄えられた知識は膨大である。

 そのため、いかなる危機、異常事態でも対処し、解決できる。

 ……そう、思われていた。

 だが、いくら悠久の時を生きた天狗でも、一体誰が予想できようか?

 

「何が起きているのです? そこの……ああ、椛! 簡潔に教えなさい!」

「文さん! 今は新聞のネタを提供している暇はないんです!」

「そういう意味ではありません。一山に住む天狗として聞いているのです」

「……里の人間が攻めて来ているのです」

「それは知っています。いくら私が印刷作業に没頭していたとはいえ、それくらいは風の噂でわかります。しかしなぜ人間の襲撃程度でここまで荒れているのです? そもそも白狼天狗に人間ごときが勝てるはずもないですし、大挙して押し寄せた時の対処法も無数に用意しているはずです」

 

 そう、人間が白狼天狗に勝てる道理はない。

 ごく一部の例外を除いて、空を飛ぶことも遥か彼方を見渡すことも風の如く走ることも剣で木を両断する膂力もなく、そして夜目も効かない人間が、悉くを兼ね備えた白狼天狗に勝てるのか。

 確かに多対一で白狼天狗を各個撃破する事は可能かもしれない。しかし、天狗は悠久の時を経て蓄えた知識により、妖怪の山を守るために様々なシチュエーションに備えた数百もの戦術を編み出し、そしてそれら全てを網羅している。

 隙はない。そう見えた。

 しかし、その“数百”という戦術を多いと見るか、少ないと見るか。

 この世に起きうる事象の数は無限と言えるだろう。しかし、彼らが想定するのは妖怪の山の防衛。それ以外の事象まで想定する必要はない。そうなれば、想定すべき事象は限られてくる。他は切り捨てれば良い。

 “隕石落下時の対処法”などもある時点でそのシミュレーションはかなり突飛な事象にまで対応していることがわかる。

 だが、それでも、完璧ではなかった。

 『理論的に起こらない』。そう思っていることこそ、起こるものなのだ。

 

 椛は軽く息を吸い、絞り出すように答えた。

 天狗にとって……いや、幻想郷にとって想定外の事象を。

 

「人間が集団となって……いえ、“人里にいる人間ほぼ全てが”妖怪の山を襲撃しています」

「……は? 里の人間ほぼ全て?」

「はい。ほぼ、全てです」

「バカな……里の人間に指導者が誕生したのか? そうならないようほぼ全ての妖怪が里を監視していたというのに……」

「いえ、指揮官はいません」

「……指揮官無しで里の人間ほぼ全てが妖怪の山を襲撃している!? そんな、そんなありえない!」

「ですが、事実です。集団による襲撃時による戦法に従って斬首作戦を行いましたが、誰も指揮官を見つけられていません。どころか、返り討ちに遭う始末です」

「返り討ち? 白狼天狗を?」

「ええ。……人間は謎の道具を使い、離れた白狼天狗を攻撃しています。何かを飛ばしているようですが、到底目で終えるものではありません。天狗の防御網も何らかの力によって貫通しています。……人質を使った停止を呼びかけましたが……人質を羽交い締めにした同胞を人質ごと撃ち抜きました」

「……理性を失っている?」

「かもしれません。また、明らかに死んだはずの人間が再び動き出し戦線に復帰する、という報告も受けています。なんでも頭が吹き飛んでも戦い続けているとか」

「……」

 

 射命丸文は絶句するしかなかった。

 一体、誰が予想できようか。

 里の人間ほぼ全てが、指導者もなく、単なる殺戮マシーンとなって妖怪の山に攻めてくることなぞ。

 断っておくが、別に里の人間全てが力を合わせれば、天狗達に勝てるといっているわけではない。例えば人間が十人いようが千人いようが、天狗達の起こす竜巻で一掃できるだろう。

 しかし、それはできない。できるはずがない。

 

 なぜなら、幻想郷の妖怪達は、神達は、人外達は、里の人間に依存しているからだ。

 

 幻想郷の成り立ち。それは科学の発展で存在を否定された人外達が、その存在を保つために作り上げた最後の地。

 その地の人間から科学を奪うことで、妖怪や神を信じさせることにより、妖怪と神を存在させ続けるために作り上げた地。

 だから、幻想郷の人間の殲滅など、できるはずがない。

 つまり、こちらからは手を出せないのだ。

 

 天狗達はありえないと思いつつも、里の人間全員が攻めて来る時の事は想定していた。

 その為に、人間の里をまとめ上げる指導者が生まれないよう目を光らせ、生まれてしまったらそれの処分法まで想定し、それもできず攻め込まれた時のための斬首作戦、人質作戦などを練り上げていたのだ。

 だが……指導者なく、人間全員が狂化しただ目的もなく、天狗を殺しうる力を持って殺戮しにくるなど、想定していない。できるはずがない。

 

 最悪の状況。あまりのことに、文は半ば口を開け、放心する。

 だが、そこへさらに最悪な知らせが別の白狼天狗の伝令によって飛び込んで来る。

 

「で、伝令! 伝令! たった今、“突如現れた”人間達の集団により、河童の集落が包囲されました!」

 

 

●○●○●

 

 

 闇を纏い、闇から垣間見るその目は、怪しく光る人里を眺めていた。

 

「ああ、どうしよう」

 

 金髪を冷たい夜風に流し、赤いリボンがひらひら舞う。

 

「私の……私のせいなのか……ああそんな……こんなことに、なるなんて……」


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