東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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お祓い棒(殴打系武器)





霊夢と怪物と灰色玉

「ひぃいいい!? 無理無理無理! 霊夢お助けっ!」

「はぁ……なにが守護獣よ。被守護獣じゃない」

 

 暗く、しかし篝火の灯りが妖しく照らす人里を、霊夢は進み、あうんは怯えながらその後をついて行く。

 人里に近づくにつれ強くなる頭痛、にもかかわらず感じない妖気や魔力、霊力。

 その不自然さに気がついた霊夢は“ほぼ常時”夢想天生状態となる事により、狂化を免れていた。

 スペルカードとしての夢想天生は耐久スペル、つまりは制限時間付きだが、それは魔理沙が博麗の巫女としてのバランスブレイカーな力をスペルカードルールに落とし込むために設けられた制限時間である。そのため本来なら霊夢の天賦の才により膨大な霊力を消費しきるまで連続使用することができる。

 

 “透明ではない透明人間”となり、“この世全ての理から浮遊した”霊夢は、最早この人里を覆う正体不明の“狂化の気”は通用しない。

 

 とはいえ、狂化しない霊夢に何か不審に思ったのだろう。狂化し人里に残った僅かな人間が霊夢に向けて、もしくは後ろにいる人外、あうんに向けて攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、この攻撃が厄介なのだ。

 

「キィエエエエエエエ!!!」

 

 包丁を持った里の娘が、その愛らしい姿からは想像もつかない形相と奇声をあげ、突撃してくる。

 それに対して、霊夢は“斜めに”結界を張る。

 そして鳴る、ギャリギャリという結界と包丁が激しく擦れる音。

 体重を乗せて突撃したが故に、包丁の向きを逸らされ、バランスを崩した里の娘に、霊夢は無慈悲に後頭部をお祓い棒で殴る。

 途端、里の娘の体から力が抜け、どさりと倒れこむ。

 

 見事あまり傷をつけずに無力化に成功した形だが、霊夢の顔はすぐれない。

 視線の先にあるのは、包丁と擦れた結界。

 結界にあるのは、擦過跡。即席の結界とはいえ、単なる包丁が大妖怪の一撃並みの力を有している。

 それも恐ろしいし、それよりも恐ろしいのはその後。

 

「お……おっ……オオ……」

「もう立ち上がった……ほんとどうなってるの?」

「い、いいから逃げましょ! 早く!」

 

 気絶したはずの里の娘が、動きはぎこちないもののゆらりと立ち上がったのだ。

 瞳の焦点は合っておらず、どう見ても気絶しているのだが、それでも体は動き、包丁を構えている。

 最早これではどうしようもない。気絶しても立ち上がるなら、もう足を切り取るか殺すしかない。

 しかし霊夢にそんなことはできない。ならば、とっとと逃げるしかない。

 幸い、この状態の狂化した人間は動きが非常に遅い。小走りでも追いつかれることはない。

 

「一体どうなっているのかしら。こんな異変初めてだわ」

「悠長に行ってる場合じゃないでしょう!?」

「うるさいわね! 私だって色々考えてるの!」

 

 その場から逃げながら、霊夢は状況を整理する。

 

 まず、人里には人間を狂わせる妖力でも魔力でも霊力でもない、“何か”が満たされていること。

 第二に、狂わされた人間はなりふり構わず襲ってくること。おそらく対象はなんらかの方法で狂化を免れた人間か、人外。

 第三に、狂った人間の一撃は大妖怪のそれに匹敵すること。この人里を満たすものの影響の可能性が高い。

 最後に、気を失ってもなお、動き続けること。

 

 特に最後が非常に厄介だ。気持ち悪い上に、異変の大元をなんとかしない限り人間を完全に無力化できないということを意味する。

 

 あまりにも面倒な事をしてくれる。

 こんな異変を起こした奴の気が知れない。

 

 用意周到で性格最悪。

 そう首謀者を判定し、霊夢はあうんを連れて人里を行く。

 

 途端、あうんが霊夢の手を引く力を強めた。

 理由はわかる。

 守護獣が邪悪に対して特異な感知能力を持つように、巫女もそういったものへの特異な感知能力を持つのだ。

 

「……あの、この先“ヤバい”と思うのだが……」

「わかるわよ。でも行くわよ。それが私の役目なんだから」

「ひぇぇ……」

 

 強く怯えるあうんを引き連れ、構わず直進する。

 その先にあるのは人里での祭りにしばしば使われる広場。

 そこから立ち込める、異様な雰囲気。

 

 と、その時。

 

「おっと!」

「ひぇ!」

 

 霊夢が立っていた場所に、光が迸る。

 橙色の光で痺れるような感覚……雷電だろうか?

 しかしなお霊夢は歩みを進める。

 

 そして、二人はしかと見た。

 コールタールのような漆黒の粘体。それは常に沸騰し、絶えず生まれる気泡は眼球に、割れた気泡は粘液を垂れ流し「■■■・■! ■■■・■!」と嘲笑うような声を出す口に変化する、形を変え続ける冒涜的な怪物を。

 触腕を伸ばし続け、暴れているようだった。

 

「ひぃ!? 無理無理気持ち悪い!」

「なるほど、これが異様な気配の正体ね。とっとと退治しますか」

 

 あうんは物陰に逃げ出し、霊夢はお祓い棒とお札を取り出し、戦闘態勢を取る。

 その鋭い目の先には、なんらかの本を掲げて笑う小鈴の姿があった。

 

「……待っててね、小鈴ちゃん」

 

 その黒い怪物は既に別の者を相手にとっていた。

 灰色の艶やかな髪、灰色の星が描かれた着物、黄色と橙色のピエロのような帽子、そして先ほどの橙色の雷電を放つ杖を持った幼子。

 妖力などは感じないが、おそらくアレも人外なのだろう。

 このグロテスクな怪物相手に果敢に立ち向かっている様子から、なかなか肝が座っているようだ。

 

「お取り込み中失礼するわ。私も混ぜて頂戴」

 

 挨拶と同時に札を投げつけ、浄化を図る。

 かつて退治した煙々羅のように実体があるのかすら怪しいが、被弾したところからジュウジュウと溶けているあたり、効果はあるようだ。

 溶けている様子もなかなか気持ちが悪いが、我慢する他ない。

 

「あれー? 霊夢さん? なんでここにいるんです? なんで私達とともに来ないのです? ……あー、そっかー。霊夢さんもそちら側なんですね」

「……何かに乗り移られている、と言うわけではなさそうね。洗脳に近いのかしら? 情報が集まっただけ良しとするか。じゃ、そこの灰色! 私に合わせてよ!」

「……」

 

 灰色の子はコクリと頷くと、前に出る霊夢と入れ替わり、後ろに下がる。

 そして、その杖の先に付けられた青い宝玉に力を溜める。

 霊夢は札を投げつけ、結界を張って怪物を細分化し、小さくなったものを片端から浄化し、消し潰して行く。

 

 しかし怪物も黙っているわけではない。

 「■■■・■! ■■■・■!」と忌々しい言葉を吐き散らしながら、触腕を伸ばし、粘液を飛ばし、応戦する。

 

 そしてそれを回避すべく、霊夢が高く飛び上がった瞬間、巨大な雷撃球が霊夢の靴を掠め、怪物の身体を削る。

 

「■■■・■! ■■■・■!」

 

 怪物の話す文言は変わらない。だが、そこには確かな苦悶が見て取れた。

 溜めに溜めた一撃だけあって、その怪物の体積は大きく削れていた。

 おおよそ、人間二人分くらいだろうか。

 そう、その大きさは霊夢が一度に浄化できるほど。

 

「あっぶないわね。ビリってきたわ。ま、良しとしますか。『夢想封印』」

 

 博麗の巫女の奥義。それは残った怪物を跡形もなく浄化し消し去った。

 それと同時に、不浄な気配も。

 

 さて、ここからが問題だ。

 問題は狂った小鈴。先も見たように、気絶させても起き上がり、襲ってくる。

 残念ながら、一度気を失わせて知性を大きく削ぐことしかできないだろう。

 

 そう思って、小鈴の方を見た時。

 

「あばばばばばばばば」

「……」

 

 灰色の子が、小鈴に杖を押し当て、感電させていた。

 

「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ!」

「……」

 

 霊夢は制止するが、灰色の子は止めない。

 小鈴は単なる人間である。霊夢や魔理沙とは違い、電撃に対する抵抗なんてあるはずがない。

 実力行使してでも止めさせようかとお祓い棒を構えた直後。

 

 ボフン!

 

 何かが破裂する音がした。

 そして小鈴は若干痙攣しながらも倒れ、煙をあげる。

 いや、煙を上げているのは小鈴ではない。

 小鈴が懐に持っているものだ。

 霊夢は小鈴の懐を弄り、煙を上げているものの正体を突き止める。

 

「……お守り?」

 

 

●○●○●

 

 

 障子のない茶室。

 そこに座るのは聖白蓮と、メタナイト。

 しかしここは命蓮寺ではない。

 戦艦ハルバード内にある、メタナイトの私室の一つだ。

 命蓮寺は既に放棄され、もぬけの殻。今頃は人間達が占拠している事だろう。

 命蓮寺にいた者たちは、一度メタナイトを泊めた縁もあり、“超法規的措置として”プププランドから異空間ゲートを通じて幻想郷に乗り入れたハルバードに避難している。

 つまり、今ここにいるメタナイトは夢を通じて幻想郷に来ているのではなく、直接幻想郷にやってきているのだ。

 

「此度はありがとうございます」

「いえ。私にも恩がありますから。……さて、今回人間達が暴徒と化した事に何か心当たりは?」

「恥ずかしながら、全く。……つい昨日まで熱心にお参りに来られた方もいるのに……この変わりようは……」

「……仕方ありますまい」

 

 メタナイトはメタナイトで、独自に調査を始めていた。

 この異変の直前、何か怪しい動きをしていたものは居ないか、と。

 そしてそう考えた時、真っ先に思い浮かぶのは、シャドーカービィだった。

 シャドーカービィは小刀を盗んで居た。

 大量の小刀で何をするのか、全く見当もつかないが、怪しい動きに他ならない。

 

「ところで、白蓮殿は小刀を盗まれたりはしませんでしたか?」

「小刀? もしやちょっと話題になったスリの話ですか? なんでも柳葉家が配布したもののみを盗んでいるとか」

「柳葉家? ……ああ、剣豪で有名な」

「ええ。命蓮寺の者も貰ってまして……これなんです」

 

 避難する際持ってきた大きな風呂敷を弄り、そこから小刀を取り出す。

 木製の柄、木製の鞘。何も変わった所はない。

 

「少しお借りしても?」

「ええ」

 

 メタナイトは小刀を抜き払い。少し振ってみる。

 しばらく振って居たが、やがて腕を止め、顔の側面、おそらくは耳があるのであろう位置に小刀を押し付ける。

 しばらくそうして居たが、突然弾かれたように小刀を収め、館内無線を取り出し、怒鳴り上げる。

 

「クルーに告ぐ! ポップスターに戻れ! いや、正確にはポップスターの公転軌道に出ろ! 後は私が直接話す! 急げ!」

 

 そこで無線をぶち切り、白蓮に頭を下げる。

 

「失礼、先ほど述べた通り、これから我々の世界に向かいます」

「構いませんが……どうしてですか?」

「少々この手のものに詳しい知り合いを訪ねに」


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