東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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機械化の結果

強くなった→×

弱くなった→×

重くなった→○


岐路と桃色玉

「ジジ……ア……!」

「でァッ!」

 

 巨大な鉤爪と拳が交錯する。

 驚くことに、擦れて鳴るのは耳をつんざく金属音。同時に舞い散る火花。

 片や金属、片や肉と骨。硬度に差があるはずだった。擦れて傷ができるのは拳の方。そのはずだった。

 しかし舞い散ったのは血ではなく、火花。傷ついたのは美鈴の拳ではなく、鉤爪の金属装甲。

 

 そう、気を纏った美鈴の拳の硬度は金剛に、その靭性は玉鋼に匹敵する。

 そして今の美鈴の精神状態は、闘士として最高の状態。

 烈火の如き怒りは身体を鼓舞し、氷の如き冷静さは一挙一動的確に見抜く。

 

 闘士の完成形、ここにあり。

 

 しかし、機械に呑まれ狂った咲夜もまた、一種の完成された形であった。

 無情無慈悲無感動。心は無く、冷徹に最適解を導き、それを淡々と遂行する。

 そして何より、機械ならではの演算能力があった。

 闘士としての勘。圧倒的演算力。

 この二つの優劣が二人の勝敗を分けるだろう。

 

 しかしながら、この戦いは同格同士の戦いではない。

 

「ア……」

「っつぅ!」

 

 血が舞った。

 その量は少ない。だがその一撃が、両者の差というものを明確に示唆している。

 傷を負ったのは美鈴。咲夜はいつのまにか美鈴の後ろに立ち、その鉤爪を突き出していた。

 咄嗟の勘で避けた為に傷こそ浅いが、“傷を負った”という事実は変わらない。

 

 そう、これこそが“差”。天賦の才能の差と言っていい。

 咲夜は時間を止めることができる。なれば追加された超重量の装甲など気にする必要もない。

 

「ちぃ!」

「サ……マ……」

 

 美鈴のカウンターを時間停止で躱し、背後からその鉤爪を振り下ろす。

 ごずん、と腹の底に響く鈍い音とともにその鉤爪は地面に放射状のヒビを入れながらめり込む。

 美鈴の極限まで高められた闘志は、背後の殺気すら鋭敏に察知する。

 故に、先程の大ぶりな攻撃は楽に回避できる。

 

 しかし。

 

「オ……ウ…サ……」

「ぐぅ……!」

 

 連続時間停止からの小刻みなジャブ。速さを重視しているだけあって、完璧には回避できない。

 そして放たれるジャブが巨大な鉤爪であるために、一撃が大きい。

 

 美鈴の身体は斬り刻まれる。

 鮮血が寒空に舞う。

 舞った血の量に反比例して、動きのキレは徐々に無くなってゆく。

 体の頑健な妖怪は、多少血を失ったところで死にはしない。だからその変化も微々たるものだ。

 だが、その微々たる変化が大きな変化を呼び起こす。

 時間を止めることのできる咲夜にとって、一瞬の遅れは無限の遅れに等しい。

 故に、美鈴の傷は加速度的に多く、深くなってゆく。

 

 やがて、巻き込まれないよう外からその戦いを見守っていた狂った人間たちが動き出す。

 動きが鈍くなったところを、濁流の如く飲み込むために。

 狂った者たちの輪は狭まる。美鈴の息は荒み、緑のチャイナドレスはズタズタに、赤く染まってゆく。

 そして……

 

 

 

 

「そこまでよ」

 

 戦場に眩い魔法陣が広がった。

 美鈴達を中心としたその魔法陣の大きさは、美鈴が彼方に吹き飛ばした人間達も飲み込んでなお余るほど。伏兵を警戒しての魔法陣の直径は数百メートル。

 瞬間、範囲内の人間───勿論、咲夜を含む────はその場でのたうち始めた。

 

「……やっぱり、急造の広範囲対象多数の魔法は効きが悪いわね」

 

 その魔法陣を作り出した張本人、パチュリーは小悪魔を引き連れ、空から舞い降り、独言る。

 

 その魔法は『任意の範囲内の人間を洗脳する』魔法。やろうと思えば地球全土を覆い、人間全てを洗脳することもできるだろう。尤も、そんな魔法を行使するための魔力、代償、時間はとても現実的ではないが。

 そんな高度な魔法を数百メートルという広範囲にわたって行使したのだ。それだけでパチュリー・ノーレッジという魔女がどれだけ魔法に秀でているかわかるであろう。

 しかし、行使と詠唱の為の時間が不十分であった為に、その効果は中途半端でしかない。人間を狂わせる力と拮抗し、洗脳に至っていない。

 だが十分だ。何も問題ない。

 

「さぁ、目を覚ましなさい。……もしくは、私の前に跪きなさい」

 

 パチュリーとともに舞い降りた者の瞳が瞬く。

 妖しく優しく夜の帳を照らす紅の光。

 その光を浴びた人間達は、もがくのをやめ、その言葉通りその者の前に跪いた。

 

 吸血鬼の魅了の瞳。吸血鬼であるレミリアにできないはずがない。

 確かに力ある人間は容易に抵抗するだろう。博麗の巫女がいい例だ。

 だが、目の前にいるのは単なる人間。それも洗脳作用が拮抗しあい、精神が不安定になった人間。同時に魅了することなど、容易い。

 そしてその魅了の瞳は、元より忠誠を誓っていた人間を正気に戻した。

 

「アっ……ぐ……うぅ……」

「咲夜さん! い、今それを外しますから!」

 

 うめき声をあげ、苦悶の表情を見せ、しかしいつもの冷徹で冷静な瞳を取り戻した咲夜に美鈴は駆け寄る。

 そして血塗れの腕で、咲夜に取り付けられた装甲を破り、千切り、剥がしてゆく。

 

「私は……美鈴、その怪我は……」

「いえ! なんてことはありません! 何も、何も問題ないです!」

「……ま、そういうことにしておきましょ」

「ははは、なかなか傑作だったぞ、咲夜」

「お嬢様、パチュリー様……?」

 

 咲夜はまだ余波で痛むのであろう頭を振り、辺りを見回す。

 

 何故美鈴は傷だらけなのか。

 なぜパチュリー様、お嬢様が門の外まで出張っているのか。

 なぜ周りには跪く人間がいるのか。

 

 

 なぜ───────お嬢様だけ、かなり離れたところに立っているのか。

 

 

 ───────途端、大瀑布がレミリアを襲った。

 

「がっ……!」

「お嬢様!?」

「レミィ!?」

 

 その大瀑布は、レミリアのいる場所にのみ、降り注いでいた。

 レミリアは動けない。動けるはずがない。

 なぜなら吸血鬼は、流水を渡れないのだから。

 

 そして、今まで跪いていた人間達が再び蠢きだす。

 咲夜の頭痛が、己が精神を汚染しようとする力が、より強くなる。

 流水に阻まれたくらいで、吸血鬼の魅了は解けはしない。

 ならなぜ、突如として洗脳せんとする力が再び勝り出したのか。

 

 答えは単純。洗脳力が強くなったから。

 

 彼方より、別の一団が瀑布に打たれ、身動きできないレミリアに近づく。

 それは、河童の集団であった。

 しかし背負う鞄からは異質なチューブが突き出し、水を吐き出し、レミリアにかけ続けている。頭には何かよくわからない機械が取り付けられ、表情を伺い知ることはできない。

 紅魔館にいる者は知らないだろうが、彼らは沢で連れ去られた河童達、そのものであった。

 そしてもう一つが……もはやオリジナルの影もない者。それはパラボラアンテナの塊とでもいうべき者。

 パラボラアンテナの隙間から見えるのは、優曇華の正気のない顔であった。その瞳からはおよそ意思は感じられない。

 それは、レミリアのもとに降り立った。

 

「レミ……くっ!」

 

 駆けつけんとするパチュリーの行く手を、再び狂った人間達が阻む。

 

 その人間の壁の奥から、もはや姿すら見えない壁の向こうから、レミリアの声が聞こえる。

 それは、普段と全く変わらない、戯けたような、静かな声だった。

 

「さ、パチェ、手筈通り頼むわよ」

「ダメよ!? 何言ってんの!? レミィ、貴女を置いて行けと……」

「そうよ?」

「そんなの無理に決まっているじゃない!」

 

 喘息持ちのパチュリーが、喉を労わることも忘れ、絶叫する。

 

 しかし返事は、いつもの優しいレミィであった。

 

「言ったでしょ? ここが岐路だって。パチェ、貴女を信頼しているわ。唯一無二の親友として」

「……っ!」

「さ、頼むわよ? 失敗はゆるされないからね?」

 

 

 

 

 

 人の波が、レミリアを飲み込んだ。

 

 パチュリーは、美鈴は、咲夜は、小悪魔は、パチュリーの転移の魔法によって、その狂乱から逃れた。

 

 後に残るは、寂しく残る紅き館のみ。

 

 

○●○●○

 

 

 なんだか外が騒がしいな。

 

 気になるなぁ。

 

 ……外に出ちゃおうかな。

 

 いやいや、ダメダメ。お姉様にちゃんと確認取らないと。

 

 ……でも、なぁ。

 

 …………気になる、なぁ…………







おい桃色玉どこだよ()

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