東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「ふふ、ふふふふふふ、ハハハハハハハハ!!」
トチ狂ったような笑い声が魔法の森に響く。
同時に肉眼では直視できないような強い光が迸る。
放たれた膨大な熱量は木々を焼き切り、へし折り、更地に変えてゆく。
突然膨大な熱量が放たれたために、空気は急激に熱せられ、膨張し、凄まじい熱風を放つ。
その熱風は木々を焼かないまでも、その葉を萎れさせ、木々を殺してゆく。
地獄の火炎が放たれたかのような魔法の森に立つのは、二人の少女。
無数の武装した人形を使役する魔女、アリス。
機械の尾、魔改造八卦炉が取り付けられた右腕、金属装甲を纏った魔法使い、魔理沙。
両者は対峙し、互いに不敵に笑う。
「全く、森をこんなにしてから……手癖が悪いわね。いえ、元からかしら?」
「ハハ、もう治らんよ。にしても、かなり人形の数が減ってるじゃないか。補給しなくていいのか?」
「必要ないわよ?」
互いに適度な毒を掛け合うのは、いつも通り。
しかし、魔理沙の目には正気が無い上に、明確な敵意がある。例え笑っていようとも、滲み出る敵意が。
人外全てに向けられる、悍ましい感情が。
いつもとの違いは、そこだ。それ以外は例え姿形が変わろうとも、力任せな戦闘スタイルも男勝りな言動のセンスも同じだ。
洗脳による価値観の変更。これで間違いあるまい。
アリスはそう判断し、戦況を冷静に判断する。
百は超えていた人形のストックも、今では六十ほど。今同時に動かしているのが十五体。かなりの痛手だ。
対して、魔理沙の損失は……よくわからない。人形の捨て身の突撃や自爆により、尻尾や右腕の装甲を何枚か剥いだが、どれだけのダメージが入っているのかよくわからない。その右腕や尾の馬力が衰えていないのを見るに、全く損傷していないのかもしれない。
しかし心配なのは、魔理沙の体にかかる負荷だ。
魔理沙の体に接続されているのは、トン単位の重さはあるであろう右腕と尾。金属装甲によって強力な膂力を得ているとしても、魔理沙は生身の人間なのだ。下手したら右腕が“落ち”かねない。
魔理沙の生還を目指すなら、短期決戦に持ち込まねばなるまい。
弾幕ごっこの要領で、魔弾を大量に放つ。
視界を埋め尽くすほどの大量の魔弾を。
しかし。
「はははは! チャチだなぁ!」
鋼鉄の尾を振り回し、次々と弾をかき消して行く。
呆れんばかりの耐久性。常識をことごとく壊してゆく。
尾は土を抉り、木々をなぎ倒し、地響きを起こす。
しかし、アリスは見ていた。
平時の、湖面の如き精神で、その時を。
重心を計算し、バランスが若干崩れ、修正するその時を。
「……今」
アリスの口元で発せられる、小さな号令。
魔法の糸で人形を操るアリスは号令なくとも人形を操れる。しかしそれでも口に出したのは、自らを鼓舞するためか。
無数の弾幕の裏から、隠れていた人形達が飛び出し、殺到する。
そう、弾幕は目くらまし。本命は、こっち。
そして今、魔理沙はバランスを崩している。尾で薙ぎ払うことはできない。また、右腕の魔改造八卦炉も火力集中型であり、四方八方から殺到する人形を捌ききれない。
完璧なタイミングの奇襲だった。
しかしなお、魔理沙は笑みを崩さない。
そして、右腕からオリジナルよりも太いマスタースパークを吐き出す。
あろうことか……地面を尾で少し蹴り、空中に浮いた状態で。
ねずみ花火というものを知っているだろうか。炎を吹き出す反動で、地面を滅茶苦茶にのたうちまわる花火の事を。その動きは予想困難であり、一種のスリルを味わえる。
だが、今回のはそんな可愛らしいものでは無い。噴射するのは木々を焼き切る光条。それが滅茶苦茶に、予想不可能な動きで噴射し続けるのだ。
「ちぃ!」
「ハハハハハハハハ!!!」
予想不可能な挙動で回転しながらレーザーを撒き散らす魔理沙に、人形の回避が間に合わない。
次から次へとストックを消費して人形を追加するも、魔理沙に近づけない。一定の距離を保ち、浮遊させることしかできない。
「本命を隠しての攻撃は良かったぜ! だがバレバレなんだよなぁ!」
高笑いし、ゆっくりと尾で着地する魔理沙。
瞬間、その尾が爆ぜた。
一条の光が、その装甲を貫き、爆散させた。
「……弾幕はパワー、なんですってね?」
その人形の後ろから、掌を魔理沙の方へ向けるアリスの姿がちらと覗く。
「……ほー、なるほどなぁ」
そう、本命は弾幕でも、その裏に隠れた人形では無い。さらにその後ろに隠れたアリスの一撃こそが本命。
『相手の策を見破った』。そう相手が思った時が一番の攻め所であることをアリスは知っている。
特に、人形遣いであるアリスが直接攻撃してくるとは思わなかっただろう。
「その尻尾は使い物にはならないわね。後はその右腕かしら?」
「やるじゃないか。だが私がこれだけで弱体化するとでも?」
「さぁ? でも私にはまだまだ策はあるわよ? 数撃ちゃ当たるってね」
「策士策に溺れるともいうぜ?」
「それはやって見ないとわからないわね」
一呼間開け、再び魔理沙が突撃する。
その右腕の魔改造八卦炉に光を灯しながら。
アリスはそれを、人形で槍衾を形成し、迎え撃つ。
やがて両者は中間地点でぶつかる……そう思われた時。
バキィ、と軋むような音を立て、魔理沙が吹き飛ぶ。
真横に吹き飛ばされた魔理沙は土を蹴散らしながら踏みとどまり、闖入者を睨む。
「おうおう、水差しとは無粋だな……誰だお前」
闖入者は自信満々に、箒の上からただ一声発する。
「ぽよ!」と。
アリスには見覚えがあった。というより忘れるはずもない。自分の書斎が吹き飛ばされたことはまだしっかり覚えている。
カービィだ。狂う前の魔理沙に居候していた桃色玉。
それが箒にのり、三角巾をかぶった主婦のような魔法使いのようなどっちつかずの姿で突進してきたのだ。
その瞳には強い意思が宿っている。
アリスと全く同じ意思が。
「……カービィ、突然で悪いんだけど協力してくれるわよね?」
「うぃ!」
「良し。さっきの突進を見ていると、貴方なかなか前衛向きね。ダイレクトアタックは任せたわ」
「ぽよっ!」
アリスは魔理沙と違って瞬間火力を叩き込むのは向いていない。そこだけは魔理沙に負けを認めよう。先の一撃だって、準備にかなりの時間を要した。魔理沙ならアリスの二分の一以下の時間で放てるだろう。
向いているのは、人形作りやその操作のような細やかな作業。
策と罠を張り巡らし、人形という手数の多さで四方から攻め立てる。決して正面切って戦うタイプではない。
そんな中、前衛を任せられる能力を得てやってきたカービィの存在は大きい。カービィが魔理沙へ正面から戦ってくれることで、後方のアリスはその能力をフルに生かして活動できるだろう。
「にしても……まさかここで因縁の相手と会うとはね。それも即席の味方として」
まだ書斎を吹っ飛ばされた恨みは忘れてはいない。
しかし自分はそんな負の感情で損得計算ができなくなるような者ではないと自負している。
昨日の敵は今日の友。よくよく言われることだが、そんな状況今までなかったし、あり得ない。
「……と思っていたんだけどね」
現実は小説よりも奇なりということか。
それにしても、カービィはほぼ常に魔理沙と一緒にいたはずだ。にも関わらず、なぜ逸れているのだろうか。
もし魔理沙が狂った人間に襲われたのだとしたらその場にいるカービィが抵抗するだろう。であれば、自分は魔理沙とカービィの戦闘中に出会うはず。
しかし魔理沙は狂った人間を引き連れて現れ、カービィは大分遅れて参戦した。
恐らくは魔理沙とカービィが離れたところを見計らって洗脳された、ということで良いのだろう。
だが情報が足りない。探知したところ、魔理沙は魔法で洗脳されているわけではない。全く別の何かによる作用によって洗脳されている。それは今でも、遠くからこちらを見ている狂った人間達もそうだ。
とにかく、今は魔理沙を正気に戻さなくてはなるまい。狙うは怪しいあの機械。
カービィは箒で殴り、それを魔理沙は機械装甲がなされた右腕で受け止める。柔らかいはずの箒は、あろうことか硬質な音を立てて衝突する。
「なんか、巫女のお祓い棒に通じるものがあるわね……」
あの巫女同様、カービィが持つ道具は大抵おかしな性質を持つ。
金属と同等の硬度を持つ箒……人や妖怪を殴っても折れやしない超耐久を持った霊夢のお祓い棒を見てなれていたつもりだが、見ていると常識が音を立てて崩れていき、頭がおかしくなりそうだ。
だが、頼もしいことに変わりはない。あの小さな体のどこにそんなパワーがあるのか、機械装甲が為された魔理沙を物理で押してゆく。
確かに魔理沙は魔法のパワーは強い。しかし、自身の体の強さは人間の範疇をでない。例え外部から補助をつけてもそこまでは強くならないであろう。
それを知ってか知らずか、カービィは至近距離からの殴打を続けている。その装甲も歪みつつある。
魔理沙の顔も、余裕ある笑みから凶悪な笑みへと変わっている。
余裕は失われ、それと同時に……冷静さも失っている。
機は熟した。
「……行けっ!」
自らを鼓舞する号令の下、地中から無数の人形が飛び出す。
万全な状態の魔理沙ならば、尾を使って避けただろうが、もはやその尾はちぎれ、役に立たない。
その装甲の重量により、素早さを失っている。
アリスは薄く、妖艶に笑い、糸を引く。
そして全ての人形は、爆散した。
魔力を多量に注ぎ込んでの爆発。その総エネルギーは尾を切り取ったものとは比べ物にならない。
黒煙が上がり、火花が散るような音が聞こえ出す。
「ぽよ!」
「……あら、お疲れ様」
その黒煙の中から箒に乗ったカービィがひらりと飛んでくる。
そして、その黒煙をアリスの隣で静かに見つめていた。
やがて黒煙は晴れ……中から煤だらけの魔理沙が現れる。
なんらかのバリアを張ったのだろう。魔理沙自身はそこまで傷ついていない。
がしかし、その犠牲となったのか、右腕の機械装甲は完全に破壊され、単なる重石に変わっていた。
「ああ……うぅ……」
「魔理沙、私がわかる?」
「ぽよ!」
「あー……ぁ……」
だが、目は虚ろなまま。相当洗脳力は強いらしい。
仕方ない、と精神系の魔法の術式を構築しながら、アリスは魔理沙に近づく。
が、その時。
「おおお、おおお、人外はまだ健在なり!」
「人外は滅ぼせ! 滅せよ!」
「未だ力はあり! 神秘の力は我ら人間にあり!」
今まで静観していた人間達が、ワラワラと魔理沙のもとに集まってきたのだ。
「っ!?」
その異様な気配に、アリスは思わずたじろぐ。
魔理沙を取り囲んだ人間達は、なにかを行なった後、すぐに散会する。
その後に残されたのは……
「オオオオぉ……」
4、5メートルに及ぶ、蜘蛛のような脚を背中に生やし、魔理沙自身の手足に砲塔を取り付けられた、先ほどとはまた毛色の違う変わり果てた姿。より化け物然としている。
「……人外駆除とか言ってる割に、自分自身が人外しみてきているわね。何かの皮肉かしら? っと、来るわね」
砲塔がこちらを向いた。
再度の戦闘は避けられない。
一体、連中はなんなんだ?
人間を狂った戦士に変える洗脳技術、堅牢さと火力を併せ持った道具の作成技術は幻想郷には無かったもの。
一体、どこからやってきた?
この狂戦士は、この狂気は、一体どうやったら止まるんだ?
アリスは再度、人形を整列させ、槍衾を形成する。
しかしその数は目に見えて減っており、アリスの目にも疲労が透けて見える。
だが砲塔は無情にも、その力をアリスに向けんとする。
力は極限まで高められ……閃光が迸る。
だが、その閃光は砲塔から迸ったものでは無かった。
遥か上空から降り注いだものだった。
カービィに続く闖入者の正体を見んと、魔理沙も、アリスも、カービィも空を見上げる。
その空には、いつのまにか太陽が昇っていた。
いや、太陽ではない。太陽ではなく、その化身を見に宿した地獄烏……霊烏路空であった。
霊烏路空は無数に弾幕を放つ。
自慢の高火力を生かした、巨大な火球を無数に。
それを魔理沙に向けて雨あられと降り注ぐ。
その火力は、アリスの人形による自爆の威力をはるかに凌駕していた。
狙いは甘い。だが、それを威力がカバーする。
魔理沙の蜘蛛の如き脚は次々折れ、苦戦すると思われた第二の形態はあっさりと打ち破られた。
森は広範囲にわたって焼き払われ、その焦土に霊烏路空は静かに降り立つ。
「おくー!」
「何が何だかわからないけど……地底の主の差し金かしら? 何はともあれ助かっ……!?」
アリスは、すぐに異常に気がついた。
霊烏路空の身体に変化はない。だが、その頭には目を覆い隠すような金属製のバイザーが取り付けられているのだ。
魔理沙のようなフル装備ではないが、つけているものと同種であることは容易に想像がつく。
ダメだ、こいつもだ。
なぜ魔理沙を襲ったのかは知らないが、こいつも洗脳されている。
半ば絶望的な状況に、アリスの冷や汗は止まらない。
どうにかして撤退し戦力を整える算段をしながら、アリスはジリジリと後ずさる。
が、直後アリスは己が耳を疑うこととなる。
『アリス・マーガトロイド。私は貴方に危害を及ぼすつもりはない。協力を要請する』
「………………は!?」
霊烏路空の口から発せられたのは、恐ろしく機械的で、無感情な声。
そして何より、その理性的な発言にアリスはその耳を疑った。
カービィ「待たせたな!」