東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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秘神と桃色玉

「シャドーカービィ……か。確かマルクとの決戦時にもきていたな」

「うぃ」

 

 魔理沙とカービィは頷きあい、『あの』シャドーカービィであることを確認する。

 しかし、一体なんのことだかさっぱりわからないアリスは困惑した表情をする。

 

「誰なの、そのシャドーカービィとかいうのは。カービィの親戚?」

「だいたい合っている……のか?」

「うぃ!」

「そうだな、聞いた話だとカービィの小さないたずら心から生まれた存在で、どうも普段は鏡の国にいるらしい」

「……ホムンクルスみたいなものなの?」

「たぶん。自信ないけどな」

「で、そのカービィの暗黒面みたいなヤツが、貴方に協力していると?」

『その通りです。我々の起動時、偶然遭遇したのは幸運でした。我々はシャドーカービィに現状を伝え、協力を要請し、彼は了承しました』

「ふーん、いたずら心があってもお人好しなのは変わらないんだな」

「ぽよ?」

 

 魔理沙が一体なんのことを言ったのかわからないのだろう。カービィは顔を傾げてクエスチョンマークを頭上に浮かべる。

 しかし別に魔理沙も反応が欲しくて言ったわけではない。その後魔理沙はウンウン唸り、その頭を回転させる。

 しかし考え出してすぐさま唸り声は止み、晴れやかな顔を上げた。

 

「……よし!」

「あら、何か名案でも浮かんだのかしら」

「いや、分からん!」

「……はい?」

「永遠亭とか、妖怪の山とか、人里とか、色々回って調べたいことは山々だが、もうどこに正解があるか分からん! だから敵の本丸を叩きに行く!」

「また力に任せて……」

「しょうがないだろ。それが性にあっているんだ。あと、たぶん霊夢も同じようなことしているぜ。今頃情報収集なんかろくにせずに本丸へ直撃してるだろ」

「そんなのが巫女なのね、この幻想郷は……」

 

 そう思っている魔理沙にはお気の毒だが、霊夢は現在永遠亭へ情報収集に向かっているところである。

 こういった勘の差が、霊夢と魔理沙の差なのであろう。

 

「さて、そんなわけだ。ドローン、道案内をしてくれ」

『了解』

「それでアリス、箒を貸してくれ」

「箒? ……貴女、飛ぼうと思えばそのままでも飛べるでしょ?」

「いやそうなんだが、気分的にそっちの方が慣れててな」

「はいはい。わかったわよ」

 

 アリスは人形の二体を使役し、箒を取りに行かせる。

 

 そして、カービィは……

 

「…………」

「どうした、カービィ? ぼけっと空なんか見て」

「うぃ……」

「そう心配すんなって。私がなんとかするさ!」

 

 何も言わず、夜空を見上げていた。

 魔理沙の励ましも、特に効果はなかった。

 その顔は何か……悲しいものを見つめる顔に、よく似ていた。

 

 

●○●○●

 

 

「未だ人間は正気を取り戻さず。結界を削り続け……早苗は感知できぬ瘴気に倒れた、か」

 

 妖怪の山、守矢神社。

 普段はあまり訪れるものが居ないこの神社も、今だけは神社始まって以来の大盛況を遂げていた。

 

 集まっているのは避難した妖怪達であるが。

 

 百鬼夜行と化した守矢神社の境内を、八坂神奈子は本堂の屋根から見下ろす。

 そして境内の外では、神によって張られた結界で足止めされた人間達が、爛々と目を輝かせ、中の妖怪を狙っていた。

 

「神奈子、終わったよ」

「そうか。どんな感じだ?」

「うなされてるよ。結界越しでも僅かながらに届くんだねぇ」

「そのようだな」

 

 その屋根によじ登って来たのは洩矢諏訪子。その手には水桶が握られている。

 それは、早苗の看病の後。

 突如、早苗は頭痛を訴え、倒れたのだ。

 早苗はこの頭痛こそが、人を狂わせ、洗脳する力なのだと悟った。

 だから早苗はこの二人に頼み込み、自らを納屋に幽閉した。

 この安全であるはずの結界の中で、自分が狂い、命からがら避難して来た妖怪を傷つけないために。

 

「突然だったな。原因は呪いでもなく、魔法でもなく……時間差で発症するウイルスか何かなのか?」

「だったらなんで病魔の退散が効かないのさ」

「まぁ、だよな……神の力を通り抜ける、人を狂わす力、か……」

 

 神奈子はその正体を掴むべく、考え込む。

 ……いや、ただ境内で騒ぎ、咽び泣く妖怪達を眺めているだけだ。最早頭は思考を放棄した。いくら考えても無駄だと、そう判断したのだ。

 

 時が来たのだろう。背後から新たな気配を察した。

 

「……用意ができたのか」

「定刻通りだねー」

「ええ、カツカツでしたのよ」

 

 守谷神社の屋根に降り立ったのは、白いドレスのような服に紫の前掛け、細く大きなリボンを前面につけたモブキャップ、ファンシーなレース付きの日傘をさした女性……八雲紫。

 その顔はいつもの妖しい笑みを浮かべている。

 しかし、その笑みは無理やり貼り付けたものでしかない。その仮面の下の顔はきっと、疲れ果て、涙も枯れた見るに耐えない顔であっただろう。

 彼女が決して、見せることのない顔だ。

 

「では……守矢神社ごと、マヨヒガに移します。おそらくは早苗も元に戻ることでしょう」

 

 紫はスッを空を指でなぞる。

 その指に沿って、スキマは開く。

 そのスキマはみるみる膨れ上がり……守矢神社を包み込んだ。

 そのスキマが再び閉じた時には、既に守矢神社も、境内の妖怪も、二柱の神の姿も無かった。

 

 残ったのは、紫一人のみ。

 そしてか細く、泣くように、その名を呼んだ。

 

「……隠岐奈……摩多羅隠岐奈」

 

 その名は秘匿された神の名。

 秘神であり、全てを見せている者。

 そして、幻想郷の創造に関わった神の名。

 

 扉は開かれた。

 出づるは烏帽子をかぶった金髪の女性。羽織るは衣には北斗七星の意匠が施されていた。

 

 摩多羅隠岐奈。これが秘神の姿である。

 

「大分、やられたな」

「そうね」

「お前の愛した美しさは、今や見る影もないな」

「そうね」

 

 隠岐奈も、紫も、同じ方を向いていた。

 痴呆のように、ただ、眺めていた。

 

「……私は妖怪よ」

 

 紫はぽつりと呟いた。

 

「人からの畏れを糧とする、妖怪よ。その力を持って人を畏怖させる、妖怪よ。その本質だけは今も変わりはしない」

 

 語気が強くなって来た。

 片や妖怪、片や神であるために、姿こそ出会った当初と変わらないが、紫のその姿は、太古の昔を思い出させた。

 

 ……そう、幻想郷創造期の、あの若さを。

 

「時には力を出さないと、いつかは衰えてくるもの。今がその時でしょうね」

「全くだ」

「頼むわよ、隠岐奈」

「ええ、勿論。ふふふ。こうして二人で力任せに事を運ぶのはいつぶりか」

「さぁ? もう忘却の彼方ですわ」

「ところで酒呑はどうした? 久々に古い面子でやろうじゃないか」

「神社かしらね。ふふふ、おそらく飛びつくでしょうね」

 

 今一度、幻想郷に輝きを。

 

 その志に燃える古き者達は、長き時を得て、再び活力を得た。





陣営BBAとか思った方には漏れなくスキマ送りかトビラ送りかどちらか選べる権利が与えられます。

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