東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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あしたはあしたのかぜがふく

 レミリアの呼びかけに、フランは狂気に飲まれながらも、微かに反応する。

 

「アァ……お姉……さま?」

「そうよ。私よ。」

「なんでここにお姉さまがいるのさ……」

「あら、忘れたの? まぁ、あなたが壊しちゃったものね。」

 

 レミリアはフランの右腕に刺さるレーヴァテインを引き抜く。

 すぐに何かを掴もうと、その腕は暴れだすが、レミリアはその腕を掴み、制する。

 

「全く、誇り高き吸血鬼の名が泣くわ。このくらいで大暴れして……全く、愚かね。」

「このくらい……? やっぱりお姉さまはなにもわかってない! 孤独がどれだけ苦しいか! 居場所がないことがどれだけ苦しいか! 誰にも構ってもらえず、ただ存在し続けることが!」

「愚かなのは、それね。」

 

 フランの狂気を一通り受け止め、レミリアはフランに一歩、また近づいた。

 

「フラン、あなたは普段は聡明な子よ。だからあなたは少しは激情を抑える術を学びなさい。足元も見えなくなるわよ。」

 

 そう言って、レミリアはフランの右手に、あるものを置いた。

 

 それは、桐箱の中身。

 それは、割れてしまったティーカップ。

 

 それをみたフランは、ただ呆然とそれを見つめる。

 

「一体いつの誕生日プレゼントよ、これ。私は結構前にあなたにあげた気がするんだけどね?」

「嘘……こんなもの、貰って……」

「じゃあカップの裏面見なさいよ。」

 

 カップをひっくり返し、裏面を見てみる。

 そこには確かに、今年のフランの誕生日と、『Happy birthday Remilia』と小さく書かれていたのだ。

 それを見たフランは、小刻みに震えているようだった。

 

 レミリアは残りのレーヴァテインも引き抜く。

 そして地面に力なく倒れたフランに、レミリアは寄り添う。

 

「これを言わなかった、意固地な私も悪いのかもしれないけどね。」

 

 そして優しく、包み込むように抱きしめた。

 

「遅くなったけど、ハッピーバースデー、フラン。」

 

 その抱擁は長く、暖かく、そして他者の入り込む余地を与えなかった。

 

 そしてしばらくした後、レミリアは素っ気なく、当たり前のように吐き捨てた。

 

「さ、絆ごっこは終わり。フラン、あなたが壊したものはちゃんと直すのよ。ここは()()()()()でもあるんだから。」

 

 そしてレミリアはフランを残し、「さ、お茶会でも再開しましょ」と皆に言い、そして元来た道を引き返した。

 そしておもむろに、数少ない窓の外を覗いた。

 そして少し目を見開き、呟いた。

 

「あら、紅い霧も晴れているじゃない。まるで夢のように。」

 

 

●○●○●

 

 

「いいのか、放って置いて。」

 

 前を進むレミリアに、魔理沙は問いかける。

 一人残したフランを案じてのことだが、レミリアはなんでもないように答える。

 

「むしろあれでいいのよ。あの子はちゃんと考える頭はある。一人の方が、きっと都合がいいわ。」

 

 それ以上はなにも答えずに、ただ前を進む。

 しかしふと、レミリアは思い出すように呟いた。

 

「にしても、結局あの霧はなんだったのかしらね。」

「フランが出したんじゃないのか?」

「いや。あの霧からはフランの『気』を感じなかった。あの霧から感じるのは、私の知らない、異質なものよ。」

「ふぅん。……ところで、ワドルディ達はどこに行ったの?」

 

 話の流れをぶち切るように、霊夢が話題を変える。

 強引な転換の仕方ではあったが、確かに周りを見てもあれほどいたワドルディ達がどこにも見当たらない。

 しかも、それだけではない。

 

「おい、カービィもいないぞ?」

 

 魔理沙がようやく、先ほどまでいたカービィがいないことに気がついた。

 ついさっきまでいたのに、一体どこへ行ったのか。

 

「一難去ってまた一難……本当にあいつはトラブルしか起こさないわね……」

「うーん、ゲームだとすごくいい子だったとおもうんですけど……」

 

 と、その時。

 目の前の瓦礫が一気に崩れる。

 間一髪、その瓦礫が誰かに当たることはなかった。

 そしてその崩れた瓦礫の奥から、あるものが姿をあらわす。

 それはホワイトブリムではなく、ヘルメットをかぶったワドルディの一団だった。

 

「……なにやってんの、こいつら。」

「……あっ、カービィ!」

「ぽよ!」

 

 そしてそのワドルディの一団の中に紛れ込むように、カービィも顔を出した。

 

 ぴょんと跳ねて、魔理沙の元へ駆け寄る。

 その手には、あるものが握られていた。

 それは、白と黄色の紐を捻り、固めたような棒の先に黄色い星が刺さったような、小さな棒。

 しかし小さいながらも、なぜだか安心できるような、そんな雰囲気を放っている。

 

「なんだ、これ?」

「また変なものを持ち出して……」

「待って霊夢。この棒、今回の紅い霧と同じ『気』を感じる。」

「それ本当?」

「間違いないわ。」

「あ! あとこれ、どこかで見た覚えがあります! それもカービィ関連で!」

「なにっ! これは、一体なんなんだ!?」

 

 早苗の発言に最も強く食いついたのは魔理沙であった。

 しかし、答える早苗の声は弱々しい。

 

「といってもうろ覚えで……よくわからないんです……」

「なら代わりに私が説明してやろう!」

 

 だがその時、この場にいる誰のものでもない声が響く。

 全員が辺りを見渡す中、それは地面をめくるようにして現れた。

 それはカエルの帽子をかぶった守矢の神、洩矢諏訪子であった。

 

「諏訪子様!? どうしてこちらに!?」

「いやぁ、いそいそと出て行く早苗が目に入ったから、ついて来ちゃったのさ。」

「っていうか、これの正体知っているの!?」

「ああ、知っているよ。これはスターロッドだね。」

「カービィ、あっているのか?」

「うぃ!」

 

 いきなり現れ、そしてあっさりとその物体の名前を看破する諏訪子。

 その様子に疑問を持ったのは、早苗だった。

 

「なんで諏訪子様は……そんなに詳しいんですか? 私も知らなかったのに。」

「それが初めて出たのは早苗の生まれる前だからな。あとなぜ知っているかといえば、『カービィ』シリーズを私が前いた世界でやっていたからだ。」

「諏訪子様が!?」

「まぁ、厳密にいえば先代の守矢の巫女がな。それをよく盗み見て、時々やらせてもらったものさ。初めてあった時、妙に既視感があると思ったら、ふと自分もやっていたことを思い出してね。」

 

 神もゲームを嗜むのか。

 そういった衝撃的事実の突然のカミングアウトに皆固まる中、あまりそのカミングアウトの重大性が分かっていないレミリアはさらに質問を続ける。

 

「で? そのスターロッドは一体どんなものなの?」

「確か……『夢の泉』という泉と1セットになっていて、夢を生み出す力がある、夢に力を与える力がある、夢を叶える力がある、とまぁ色々な伝説があるものだったはず。あとでいろいろ追加された設定も多いから、どれがオリジナルか既にわからないけどね。」

 

 さらに、と諏訪子は続ける。

 

「これはスターロッドだが、完全な状態じゃない。スターロッドは本来、赤と白が捻られたような棒に星がついた形をしている。これは分裂したうちの一つだ。おそらく、他にも六つある。」

「……なるほど、なんとなく読めて来たわ。いつの間にかこれが館にまぎれ込み、そしてフランの孤独から脱したいという願いに答えたというわけね。その方法に霧を出して誰かをおびき寄せるとかいうまどろっこしい方法をとったのは不完全なものだからかしら。」

「うぃ!」

 

 レミリアの推測に、カービィが肯定するように頷く。

 

 やはり、スターロッドと呼ばれるものはカービィと関係のあるものなのか。

 

「……厄介ね。そんなものがあと六つあるってこと?」

「願いを間接的とはいえ、叶える、ですか……異変を起こし放題ですね。」

「カービィはこれも探していたのか?」

「むー……」

「微妙だな。もしかして、偶然見つけたのか?」

「うぃ!」

 

 どうやら正解のようだ。

 しかし偶然見つけたとなると、おそらく他のスターロッドの場所もわからないだろう。

 

「結局のところ、今はどうしようもないってことか……」

「そうね。」

 

 結局、霊夢と魔理沙、そして早苗と諏訪子はこれ以上どうすることもできないとし、スターロッドを回収したカービィとともに、それぞれの家へと帰っていった。

 

 何もわからずじまいであったが、この一件に関わった者達は直感していた。

 この後の異変に、確実にスターロッドは何かしらの影響を与えるだろうと。

 幻想郷のルールに乗っ取らない異物がどのような異変を起こすか、到底予想できなかった。

 

 ただ、これだけは言わなければならない。

 紅魔館から出る際、一行はあるものを見た。

 それは紅魔館から打ち上がる、花火。

 まるで一行に感謝の意を示しているかのように見えた。

 紅魔館の中にあれだけの花火を打ち上げる施設はない。

 紅魔館の中に花火を打ち上げる能力を持つ者はいない。

 だが、花火のような現象を起こせる者はいる。

 その者は、確かにスターロッドの力で救われたのだ。

 

 幻想郷に何をもたらすか。それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 ……ところで、誰か何かを忘れてはいないだろうか?

 まぁ、忘れていたほうが平和なのだから、恐らくはめでたしめでたし、なのだろう。

 

 

●○●○●

 

 

「お嬢様、どうされたのですか?」

 

 数日経ち、傷も癒えた咲夜は、机に突っ伏すレミリアに紅茶の入ったティーカップを渡す。

 レミリアはあの後、ずっとひどく疲れた様子であった。

 咲夜はずっと気になってはいたが、ついに聞いてみることにした。

 

 レミリアはすぐには答えず、やがて絞り出すように言葉を発した。

 

「……世の中、知らなくてもいいことってあるのよね。」

「と、いいますと?」

「私の能力。私なら人の運命を見るのくらい容易いわ。でも人の運命を見るというのは、知らなくても良いことを知ると同義。」

「誰の運命を? もしや……カービィですか?」

 

 カービィという単語に、そこら辺を掃除していたワドルディが反応する。

 しかし、レミリア達は特に気にも留めない。

 

「そうよ。カービィ。」

「何を見られたのですか?」

「知りたい? 人間のあなたは発狂するかもよ?」

「……」

「好奇心は猫どころか、吸血鬼も殺す……ああ、怖い怖い。久しぶりにゾクゾクしたわ……」

 

 そううわ言のように呟きながら、レミリアは再び机に突っ伏したのだ。


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